【伊勢鳴動】伊雑宮、未だ奮戦中

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 32 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月12日〜12月21日

リプレイ公開日:2006年12月20日

●オープニング

●激戦は続く
 伊勢は鳥羽より更に南‥‥ひっそりと佇む天岩戸を奉りしは伊雑宮。
 その伊雑宮において様々な不幸が重なってより以降、伊勢神宮と妖怪達は今まで天岩戸を巡り密かに、激しい攻防を続けていた。
「あー、もう! しつこいったらありゃしないわねっ!」
 その中、苛立たしく声を荒げながらも果敢に拳を振るうは神野珠‥‥最近、斎王の近辺にて姿を見なかったのは主に伊雑宮の防衛の統括を託されたからこそで自身も多少、腕前に自信があったが故に伊雑宮の防備へ回ったのだが
「こうもわんさか、数で攻めて来られるとしんど過ぎ‥‥巫女さん部隊だけでも借りて来れば良かったかしら」
「愚痴を言う前に腕を動かせ、珠」
「分かっているわよ、レリア」
 常に数を揃え飛来する妖怪達の群れに呆れて一先ず近隣の妖怪を一掃した事から一息つくと共に誰へともなく愚痴を漏らせば、彼女に着いて来た剣士のレリア・ハイダルゼムが窘めると年下の彼女へ嘆息をつきながらも新たに飛来する妖怪達を一瞥し、改めて今までの状況を振り返ってみる。
「今回の一件‥‥宮司が殺されて、その息子が行方知らずになって、ご神体もついでに行方不明。それからよねぇ」
「その他、最近はあちこちで動きも激しい。私達が知らない所で動きがあったのかも知れないが‥‥ともかく、向こうから見ればあらゆる状況を踏まえた上で今が好機と判断したのだろうな」
「‥‥意外に頭の働く奴がいる、って事よね」
「そうだろうな。そして今も何処か、恐らくは近くに潜んで事の次第を伺っている筈。雑魚の割、動きに無駄がなく統制されている感が強い」
 月光の下、黒き霧の様に漂う妖怪達へ厳しい視線を送りつつ指折り数える珠へある冒険者より貰った魔法の剣振るい、息を整えてはレリアが推測を立てれば彼女の予想に対して巫女は考えられうる、一つの可能性を口にすると頷く剣士へ珠。
「ねぇ、それ‥‥手に負えるかしら?」
「知らん、だが言える事が一つある」
 暫し考え込んだ後、レリアへ再度問えば‥‥今度はあっさりした答えが彼女より返ってくれば肩を落とすも、表情は静かなままに剣士が再び口を開けば自身らが置かれている状況も冷静に分析して、それを紡ぎあげる。
「今のままでは頭の働く奴を探す事は出来ず、それ所かいずれ押し切られる可能性がある」
「天岩戸への到達は避けたいわね、何が起こるか知れないし‥‥でも下手に今、藪をつつくのもあれだからそれは早めに見定めたいけど先ずは人員の増強が急務、か。この面子で良く今まで持ったものだけど」
「何、まだ持つさ。だが‥‥早く手を打たないとこの泥仕合は私達にとって不利な方へしか進まない、手遅れになるぞ」
 その、彼女が予測する今後には、珠も同意すると改めて己が双肩に託された任に付いて線引きをし直した後、次に取るべき行動を見出せば近くにいるだろう『闇槍』の手の者へ叫び掛けるのだった。
「うーん、それじゃあ関係する寺院に手配している増援は出来得る限り早く伊雑宮へ駆けつける様、伝えて! 敵の中枢はそれより後に抑えるとして‥‥後は冒険者ギルドへ打診を。増援が来るまでの間、天岩戸を襲撃する妖怪達の中核の捜索と天岩戸防衛の補佐を主な内容として、対応出来る人員を至急集めて頂戴ってねっ!」

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 依頼目的:天岩戸を襲撃する妖怪達の中核だろう存在の捜索、調査と増援が駆けつけるまでの間、防衛の補佐!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要、また防寒着もそろそろ必須な時期なのでそれらは確実に準備しておく様に。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:神野珠、レリア・ハイダルゼム
 日数内訳:移動四日(往復)、依頼実働期間は五日。
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●今回の参加者

 ea1545 アンジェリーヌ・ピアーズ(21歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb0990 イシュメイル・レクベル(22歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb1915 御門 魔諭羅(28歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2007 緋神 那蝣竪(35歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3837 レナーテ・シュルツ(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5228 斑淵 花子(24歳・♀・ファイター・河童・ジャパン)

●サポート参加者

天霧 那流(ea8065)/ ガイエル・サンドゥーラ(ea8088)/ ユナ・クランティ(eb2898)/ 音無 右京(eb3814

●リプレイ本文

●静かなる岩塊
 伊勢は伊雑宮、天岩戸を奉るその社を前に集うのは冒険者が一行。
 その目的は大挙して天岩戸に迫らんとする妖怪の群れから今もまだ静かに佇むだけの岩塊を守り通すが為で、一行が京都より移動すれば丁度二日を経て伊雑宮へ三日目の明け方頃に到着すると早い時間にも拘らず皆を出迎える、伊勢神宮の中でも高位に当たる神野珠らと挨拶を今は交わしていた。
「陰陽師の御門魔諭羅と申します」
「花子ですよ〜、河童なのです〜。宜しくお願い致します〜」
「此方こそよろしくねっ!」
 恭しく頭を垂れては艶やかな黒髪を翻す御門魔諭羅(eb1915)に、のんびりと間延びした口調にて挨拶紡ぐ斑淵花子(eb5228)へ、明るい声音にて返す珠だったが纏う巫女装束が煤けている、その身形を見て陰陽師。
「しかしイギリスから久し振りに里帰りしてみれば、随分と騒がしい事になっておりますね」
「まぁね。最近では京都で乱があったばかりだし、伊勢にしてみれば何かもう落ち着く暇がないって感じ?」
「あら、大変なのですね」
「大変じゃなきゃ、皆を呼んだりはしないわよ」
 表情を曇らせながらも珠へ労いの言葉掛ければその彼女は溜息一つと次いで肩を竦めると、今更にその状況を知ったかの様、アンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)が小首を傾げるとその彼女がマイペースを前に珠はうな垂れるが
「妖怪がうじゃうじゃ、かぁ‥‥」
「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、って言うか‥‥死兵の戦力相手の辛いとこよね」
「それでも、やる他にない。正直言えばうんざりなのだがな」
 伊雑宮が周辺を見回し、辺りの燦々たる光景から激しい戦いである事を察したマキリ(eb5009)が己の矢筒に視線を落とし、心許ない矢の数に僅かながらの不安を覚え呟くとその彼とは違う考えながら緋神那蝣竪(eb2007)も頷き、傍らにて崩れ落ちている死霊侍の残骸を見つめ言えばレリア・ハイダルゼムが厳しい声音を響かせるも
「妖怪などわたくしが皆纏めて蹴り飛ばして差し上げますわ♪ ほ〜ほっほっほっ!」
「ま、ジリ貧状況の打開策の為、多少なりともお役に立てれば幸いね」
「及ばずながら助太刀するわ」
「期待しているわよ。さ、それじゃあ何時でも動ける様に準備して頂戴な。主な襲撃は夜だけれど、此処にいる以上は何時でも気が抜けないからそこんとこ、宜しくー」
 己の金髪を掻き揚げ、次いでその手を返しては口元に当てながらぱふりあしゃりーあ(eb1992)が断言すれば、何処から沸いてくるのか自信ありげに高笑いを放つとその様子に呆れながらも那蝣竪が同意すれば、知人より聞いて来た話を頭の中で反芻しながら源真弥澄(ea7905)も改めて約束交わせば珠は彼女らの意に感謝し、顔を綻ばせると一先ずは話を打ち切り、踵を返そうとした時だった。
「勇さん、何処行ったのかなぁ‥‥」
「勇さん、とは誰ですか?」
「此処の跡取り息子よ、父親である宮司が不可解な死を遂げた頃と同じ時期に失踪‥‥今も見付からないまま、鋭意捜索中。そして時を同じくして伊雑宮に妖怪の群れが雑多に現れる様になり今に至る、と」
 久方振りに聞いたイシュメイル・レクベル(eb0990)の声を聞けば、彼が紡いだその疑問に騎士らしい出で立ちのレナーテ・シュルツ(eb3837)が更に疑問を重ねると、今回の事の発端にもなっているだろう矛村勇の事に付いて一先ず簡潔に語れば
「意外に込み入った話ですね。そうなるとこの一件、どの様な形か分かりませんが彼が関わっている可能性が非常に大きい‥‥」
「まぁ、そうね」
「しかし捜索中、とは言うがむしろ手が回らないと言った方が正解か?」
「そんな事はないんだけど、割いている人手が少ないのは事実ね。今の所、悪い方には転んでいないから尚更に。でも早い内に手は打たなきゃならないのよねぇ、手遅れになる前に」
 湛える表情は涼しいままに、その話を聞いて六条素華(eb4756)が考えに耽りながら呟くと補足して珠がもう一言付け加えるがレリアに揚げ足を取られれば巫女は渋面を湛え、言い淀むも
「神野さん、早速いいかしら? 防衛に際しての打ち合わせをしたいのだけど」
「っと、ちょっと話し込み過ぎたかしら? まぁとりあえずはそんなとこ、良かったらその件も後で手伝って頂戴ね」
 そんな様子の珠を見かねてか、助け舟を出すかのタイミングで弥澄が声を掛けては彼女を呼ぶと呼ばれた方へ向き直りながら珠はそれだけ告げて主要な関係者を集めるべく駆け出すのだった。

●繰り広げられる、絶戦
 そして場面は変わり天岩戸‥‥周囲に鬱蒼と木々が茂る中で、戦いはその日の夜から繰り広げられる事となる。
『妖怪達は大抵、夜に来るわね。間は空くけど一週間の半分は‥‥全く、マメな事で』
「敵の正体がはっきりしない戦いは見通しが立てにくいですね。目的も天岩戸を目指している事以外分かりませんし‥‥やはり、情報が少な過ぎますね」
 その背面にて戦闘が始まるより前、珠より語られた話の一端を思い出して素華は戦場のただ中であるにも拘らず、伊雑宮に襲撃する敵の真意を僅かな断片だけで読み抜こうと思考を巡らせるが‥‥やがて一つの結論に思い至った、その時。
「六条さんっ!」
 黒髪を振り乱し、振り返ったレテーナと視線合えば直後に己が眼前にて嘴を剥く首の長い鷹の存在に漸く気付き、縄ひょうを構えるがそれを振るうより早く鷹の首元に飛び付いたのは一匹の熊犬。
「ありがとう、灼牙」
 次いで素華が愛犬へ礼を言いながら遅れて縄ひょう振るえば、それらの攻撃にたじろいだ鷹が熊犬を振り解き空へ舞おうとするが、その暇を逃さず駆け付けたレテーナが左手に握る長剣を煌かせ、長い首を叩き落すと
「とにかく今は凌がねば始まりませんか。援軍が到着するまで、しっかり守りましょう」
「あの‥‥それなら先ず、戦場の中で余り長く考え込まないで下さい」
「そうですね」
「ほらほらっ、先ずは口より体を動かした!」
 その光景を見て一先ず考えを改めた素華が相変わらず落ち着いた表情にて返せば、苦笑を湛えながらも窘める騎士へ淡々と頷き返す火の志士だったが、拳を振るい乱舞する珠からの檄が辺りへ飛ぶと炎の力を纏った彼女は殺到する妖怪の群れを改めて見つめると、紅に染まる両眼に厳しい光を宿しやはり淡々とではあったが、強く意気を吐いた。
「これだけの数、早々複雑な命令は下せていないでしょう‥‥それならいずれ、綻びが生じる。仲間を動き易く、敵の中核を指揮だけに専念させられる様に私の全てを持ってこの戦いに臨みましょう」

 天岩戸、左側面‥‥囲う木々が此処だけは比較的薄く、視界の開けたその場でも周囲を舞う冷たき夜風は徐々に熱を帯び始めていた。
「無理は禁物です。怪我をされた方は治療しますので下がってください」
「ユムルター、そいつの邪魔してー! あ、でも危険だと思ったら逃げてー!」
 アンジェリーヌにイシュメイルの叫びが辺りに響く中、戦況は共に譲らず一進一退の様相を示していた。
「しかし、今日は何時もに増して数が多いな」
「全然減らないよー! 皆気をつけてー!!」
「流石に鬱陶しくなって来た‥‥」
 その中において一行より長く伊雑宮に滞在し、多くの妖を屠ってきたレリアは今日の光景に辟易として呟くと、迫る妖怪の一撃を確実に盾で受け止めてからホーリーメイスで眼前の敵を強かに打ち据えるイシュメイルが頭を巡らせ、雑兵ばかりとは言え未だに押し寄せてくる妖怪の群れを見つめ誰へともなく警戒の声を上げるが‥‥長期に渡る戦闘のストレスからか、友人でも余り聞かないだろう不機嫌そうな声を発してレリア。
「吹き飛べ」
 次いで端的に次の行動を言葉で示すと同時、剣閃を辺りへ迸らせれば近くの敵を一掃こそするも、守り手の射手達が射る矢の雨が間隙を縫って空を舞う異様な姿の鷹が一度に数匹、彼女へ飛来すれば一斉に啄ばむが
「天に仇なす邪なる者達よ。慈愛の神が鉄槌を持って裁きを下しますっ!」
「大丈夫?」
「一応、な」
 剣戟に鬨の声が響き渡る中、確かに涼やかな音が鳴る様にアンジェリーヌの声が凛と響けば僅かな間こそおいてだが、着実に一体ずつその動きを見えない網にて絡め取ればイシュメイルもまたその場に切り込むと返って来た答えには安堵こそするが、辺りを見回せばレリア同様に疲労の色が濃く表情に出ている伊勢神宮の防衛部隊の面々を見止め、だからこそ幼き戦士は聖なる槌を強く握り誰よりも疾く前へ飛び出るのだった。
「此処は必ず、守り通すよっ!」

 天岩戸、正面‥‥伊雑宮と岩戸を繋ぐ長き参道が伸びる場にて戦いの風は当然の様に此処でも舞っていた。
 尤も今は向こうが何を思ってか、退いた為に僅かながらの休息を取っていた一陣。
「‥‥回りの木を切り倒して積んで、道を塞ぐのも面白そうかも」
「そう言う訳には行かないでしょう〜?」
「言ってみただけよ」
 此方は未だ空から舞い降りる妖怪こそいなかったものの、だが参道を覆うかの様に再び迫る有象無象の群れを見止めれば、それを前に三白眼を湛えてぼやく弥澄に相変わらずののんびり口調で花子が窘めると否定する割、軍配で肩を叩きながら嘆息を漏らす志士。
「此方の状況を確かに把握した上で、戦力を集中させて力押しと言った感じですね、今の所は」
「統率こそ確かに取れているけど‥‥その流れは一定、か」
「この流れ、遡って行けば辿り着くのかなー?」
「かもね。でも今、あたし達が成すべき事は」
 懲りずに同じ方面からだけしか来ない敵の攻め方を魔諭羅が確かに見抜けば、確かに綻びのないその動きに弥澄は一応感心すると次に花子が発した推測に頷いて、正面を睨み据えれば
「天岩戸を守り抜く事! それ以上も、それ以下もなく、絶対にやり通さなければならない事」
「そうですね」
 改めて場にいる一同に言い聞かせる様、高らかに声を上げれば艶やかな陰陽師が微笑み頷くと同時。
「降り注がん、月光の欠片よ‥‥その姿、矢となりて彼の敵を討て」
 詠唱を織り紡いでは月光の力を借り受け矢と成し魔諭羅、迫る妖の群れが鼻面にささやかながらも打ち込むと
「月下の元、私達の行末は何人たりとも阻む事は許しません」
「さて‥‥あたし達も行きましょうか」
「はい〜。他の皆さんはお疲れですし、此処はあたし達が踏ん張って見せましょう☆」
 決然とした光宿した瞳にてただ前だけ見つめれば、息を吐いては唇を引き結び弥澄が駆け出すと花子も微笑みながら輝く太刀を掲げ、大きな胸を意ともせず敵の只中へ向けて疾駆するのだった。

●見えたる敵
 一行の大半が伊勢神宮の防衛部隊と共に妖怪達の攻撃を凌ぐ一方、天岩戸に取り付かんとする妖怪達の奔流の大元を見定めるべく、戦場の中を静かに疾駆する三人の姿があった。
「一先ず此処が最初の目的地、と‥‥」
「でもまだ続いていますわね、どうやら此処は伝令の中継点と言った感じね」
「上手く隠蔽しているわね、指示自体はそう難しいものでないから成り立っているけど‥‥所でマキリは?」
「あそこね」
 その三人、先ずは伊雑宮が近くにある高台にて最初の目的地を見定めれば今、その場所に辿り着くと辺りを厳しく警戒する那蝣竪に続き、木陰に潜みながら周囲を見回すぱふりあがこの場が持つ機能を見抜くと納得して一人、頷く那蝣竪だったが同道していたカムイラメトクの姿が見えない事を尋ねると‥‥武道家が一本の樹上を指差す方を見れば、確かにそこには小さな少年の姿が見えた。
「そんなに、遠くないかな。何か違う匂いが‥‥」
「何かいる?」
「いる、妖弧が三匹」
「‥‥通りで、厄介ね」
 その彼、頻繁にではないが自身らがやって来た方向とは逆から来る妖怪が木陰に紛れながら去る方を見て、微かに今までとは違う匂いを捉えれば、何時の間にかやって来た那蝣竪の問いに驚く事無く答えると、肩を竦めては両手を掲げる彼女‥‥だったが、支えが両の手以外にない事を失念してのその行動にマキリが慌て彼女の右手を掴み支えれば、揺れて軋むのは木の枝。
「っ、見付かった‥‥なら、これ以上の長居は無用だね。ぱふりあ!」
 その直後、背筋が粟立つ程の視線を感じて彼は振り返ると遠くにも拘らず妖弧が一匹と視線が合ったと悟れば急ぎ地に降り立って二人を促すも、敵もこの事態はある程度想定していたのか空を滑空しては三人目掛けて飛来する妖がいた。
「力づくで女を捕まえようなんて、無粋よ?」
 だが先の汚名を雪ぐべく、それより早く那蝣竪が動き飛来するポイントに一足で潜り込めばがら空きのその胴へ、暗器が風車を突き立てると怯んだその隙を見逃さずに踵を返し、風と化したかの様に駆け出せば
「全くね。でも、わたくしがいる限りは無理な話でしょうけど。ほ〜ほっほほ‥‥って邪魔しないでくれます? 危うくわたくしの綺麗な手で殴る所でしたわ」
「まぁまぁ、それよりも早く逃げよう」
 颯爽とその場より去る彼女とは対照的にぱふりあ、もはや残響にも残っていない那蝣竪が先に紡いだ句へ同意し、高笑いを上げようとして‥‥それを中断し、懲りずに向かって来た手負いの妖へすらりと伸びた足にて鋭い一閃をかまし、その頭部を完全に地へ埋めると不機嫌そうに鼻を鳴らして今は動かないそれをねめつけるも、マキリに宥められれば渋々とその場を後にすべく駆け出すのだった。

●黒き影
 一行が伊雑宮に来てから丁度五日後の朝‥‥伊勢の天岩戸防衛部隊は漸く、疲弊した戦線を何とか保ちきったままに待ち望んでいた多数の増援部隊を迎え入れた。
「一先ず、何とかなったわね‥‥ありがとう」
「助かった」
「こっちこそ、余り大した事が出来なくて」
「欲を言えば確かに、と言う所なんだけど謙遜しなくていいわ。依頼の目的を達する事が出来たのだからね」
 漂う寒気故、青く澄み渡る空の下で増援部隊を組み込んでの布陣を済ませた珠にレリアが伊雑宮の前に集う一行へ礼の言葉を告げるとマキリは遠慮がちに口を開くが、彼の言葉を肯定する様に頷く珠はしかし間を置いた後に言い直せば、次いで微笑むとその申し出に漸くマキリも顔を綻ばせるが
「でも、これからどうするのですか?」
「相手の出方次第だろう」
「この機、相手が手をこまねく様なら速やかに頭を叩き潰すし‥‥そうでなきゃ、まだ当分は泥仕合よね」
「いいの、此処までで?」
「何なら後少し位、手伝うけど?」
「えぇ、必要とあれば斎王様に打診して『闇槍』を少し貸して貰うから‥‥気持ちだけ頂いておくわ。と言う事で皆、お疲れ様!」
 次に響いたレテーナが問いには難しい表情を浮かべる珠の代わり、レリアがあっさりと答え紡げば遅れて珠も今度は真面目な表情で今後の方針を打ち出すと、その方針を聞いて表情を曇らせたのはイシュメイルに弥澄は揃い巫女へ助力の旨を申し出るも、彼女は顔を綻ばせ首を左右に振るだけで最後には笑顔で皆へ感謝しつつ、別れを告げるのだった。

 〜一時、終幕〜