一筆に魂込めて

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:12人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月06日〜01月14日

リプレイ公開日:2007年01月13日

●オープニング

●新年、明けましておめでとう
 伊勢藩主、藤堂守也の邸宅にて新年早々呼び出されたのはアシュド・フォレクシー。
 また先日の様に何事かの依頼と思い、上手く行かない新たな埴輪の製造作業の気休めにと考え向かってみれば、伊勢藩主の口から出てきた意外な話を前にして彼。
「は、書道‥‥か?」
「うむ。本来であれば斎王主催で酒宴を催すつもりだったのだが、状況が状況だ。斎宮が主催で開ける余裕もなく‥‥とは言え、静かに新年を過ごすのも今であれば余り宜しくない。人々を不安にさせてしまうかも知れないからな。故に伊勢藩が主催にて書初めを行いたいと思うのだ」
「確かに、な‥‥」
 口を開け放ち、簡潔に反芻して紡ぐと頷く守也がその真意の一端を語ればそれには納得するアシュドだったが、次には自身が抱いた一つの不安を紡ぐ。
「とりあえず、だ‥‥書道はやった時がないのだが、それでも問題はないか?」
「構わん、一般の者も参加させる心積もりだしそれに小手先の技術云々はさて置いて、新しい年を迎えるに当たって皆の意気込みを知りたいのだよ」
 だがそれは藩主、あっさりと一蹴すれば
「これから益々不穏になる事が容易に推測出来る中で果たして皆がどう考えるか、どうするのか‥‥その考えを知りたく思い、皆にはそれを心に刻んだ上で今年を過ごして欲しいと思ってな」
「なるほど‥‥分かった、とりあえず暇にしているだろう知り合いに当たってみる事とする」
 次にまた語られた、真意の一端を聞いてアシュドは暫し考え込むも道理が通るその話にやがて頷けば、痺れ掛けていた足を漸く崩し危なっかしく立ち上がるとよろよろと部屋を辞する。
「あぁ、それと一つ忘れていたが終わった後に簡素だが酒宴を催すのでその事も伝えておいてくれ」
 もその背へ投げ掛けられたもう一つの話を聞けば彼、歩みを止めて振り返ると苦笑だけ浮かべるのだった。

 と言う事でそれよりアシュドは伊勢にいる知人を巡る。
「任せろ、こう見えても書道の事は知っていて英国でも少し齧っている。そうだな‥‥ジャパンで言う所、五百九十六段相当の腕前を持っている事になるだろうか」
(「そこまであったか? と言うか嘘だろう‥‥」)
 その最初、神野珠の家へ向かうアシュドはその庭の片隅に許可を得てテントを張り住んでいるレイ・ヴォルクスの元へ向かえば、住人より返って来た答えに半眼湛え沈黙を返していたが
「‥‥面白そう」
「そうだな、英国では先ずやる事はないだろう。と言う事で良かったら当日、頼む」
「うむ、では早速勘を取り戻す為に練習をしようか‥‥」
 家には今、主もその友人もいない事から彼のテントに潜り込んでいたエドワード・ジルスがボソリ呟くと、それには頷き返してアシュドは用件だけ告げ終わった事に踵を返せば、何時の間に準備していたのか半紙に墨に筆を揃えたレイはすぐに絶叫放ち筆を走らせる。
「一筆入魂! ブラボー彗星筆っ!」
(「‥‥大丈夫なのか」)
 と、背後から響いて来たその雄叫びを聞いてアシュドは頭を抱えるが‥‥それは今更に遅かった。

 次に向かうは十河邸、今は丁度手隙だった様で在宅していた事からアシュドは早速話を持ち掛けると、それに答えを返したのはアリア・レスクード。
「書道、ですか‥‥聞いた時はありますが、実際には」
「気軽に参加して欲しいと言っていた、腕前はさて置いて」
「それなら、そうですね‥‥」
「まぁ書道なんて言うのは勢いで書けばいいんだよ、例えば‥‥」
 英国育ち故、当然な答えを返してくるも補足を加えるアシュドの話を聞けば考え込みながらもやがて頷く彼女に、その兄である十河小次郎がこれまた何時の間に準備していたのか、書道道具一式を目の当たりにして筆を握れば
「こんな感じになっ!」
『‥‥‥』
 それを迸らせるも、出来た一枚の作品を見て二人は沈黙だけ紡ぐと無論、いきり立つのは小次郎。
「何だ、その反応はぁっ!」
「まぁ、宜しく‥‥」
 両手を掲げ、憤りを露わにするもそれは気にせずにアシュドはうな垂れながら十河邸を後にした。

 そして最後に向かった、と言うか歩いていたら一軒の茶屋にて呑気に茶を啜っているヴィー・クレイセアを見掛けたアシュド。
 このまま通り過ぎても良かったのだが、それでは余りに酷だし久し振りに見た気もするのでアシュドは声を掛け尋ねてみると
「暇だからいいぞ、と言うか我は今まで何をしていたのだ!」
「知らん」
「むぅ、何かお前の世話をしに来た筈なのだが何時の間にかお払い箱な感じ? と言うかむしろ捨て猫っぽく放浪しているんですが?」
「私に聞くな」
 逆に珍妙な騎士より尋ね返されるとアシュド、たじろかずにその問い掛けを一蹴すると
(「とりあえず、猫の方が可愛いのは間違いないな」)
 内心で嘆息こそ漏らすが、それはおくびにも出さず何とか表情を取り繕えば
「まぁとにかく、そうだろうと思ったから声を掛けた。腕前は聞かんが暇だと言うのなら当日、頼む」
「任せろ、無駄に余っていた余裕に余力に余談の全てを持って‥‥」
 次に彼を宥め透かす事に成功すると騎士より返って来た答えの、その途中までを聞いてアシュドは踵を返すのだった。
「何と言うか‥‥色々と不安だ」
 未だ続くヴィーの決意が辺りに迷惑なまで轟く中、今更の様に思いながら。

――――――――――――――――――――
 依頼目的:迎えた新年を良き物にすべく、入魂の一筆を書き記せ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は移動期間分のみ必要、また防寒着も必須な時期。
 それらは確実に準備しておく様に。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:藤堂守也、アシュド、レイ、エド、ヴィー、十河小次郎、アリア
 日数内訳:移動六日(往復)、依頼実働期間は二日。
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0696 枡 楓(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1057 氷雨 鳳(37歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6065 逢莉笛 鈴那(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6601 緋月 柚那(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)
 eb0094 大宗院 沙羅(15歳・♀・侍・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1065 橘 一刀(40歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3226 茉莉花 緋雨(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 楊 書文(eb0191)/ タケシ・ダイワ(eb0607)/ フィーネ・オレアリス(eb3529

●リプレイ本文

●伊勢藩主、邸宅前
「ふむ、見事に東洋系の者ばかりだな」
「‥‥何か初めてな気がする」
「そうだな、確かに」
「ブラボーだ」
「何が」
 先ずは集った一行を見回しては第一声を発した伊勢藩主、藤堂守也の呟きに対しエドワード・ジルスが紡いだ的確な発言はアシュド・フォレクシーを頷かせ、次に皮尽くめのレイ・ヴォルクスも唸らせれば、とりあえずアシュドがレイへ突っ込む中で守也は苦笑を浮かべながら参じた一行へ近付けば
「明けましておめでとう‥‥藤堂殿、先の依頼では世話になった」
「いや、こちらこそ助かった。尤も、今でも手を焼いている事に変わりはないがな」
「そうか。しかし今回、図体がでかいし迷惑が掛かるあいつは流石に連れて来なかった事だけは喜んで貰いたいな」
「‥‥連れて来たら門前払いだったぞ」
「冷たい事を言う」
 皆より年頭の挨拶を交わす中で氷雨鳳(ea1057)の挨拶に彼は頭を掻きながら答えるも、次に響いた彼女の言葉を聞けば守也、以前の依頼で華々しい戦果を挙げたグリフォンの事を思い出せば半眼湛えて簡潔に返すと鳳は喉で笑うだけ。
「小次郎とヴィーも久し振り、依頼の時は世話になった」
「うむ、あの時はよくも世話してくれたな‥‥ぶふぅっ!」
「明けましておめでとうなのじゃー、って間違ったわ」
 次いで視線を十河小次郎とヴィー・クレイセアへ向ければ挨拶交わすが、慇懃な態度で臨む馬鹿騎士はその途中、何処からか勢い良く飛んで来た緋月柚那(ea6601)のフライングクロスチョップをモロに喉元に貰い、轟沈すれば伊勢藩主邸宅の門前は一寸した賑わいに包まれる。
「わー、アシュド君久し振りー。ジャパンで再会出来るとは思わなかったよ。こっちでも元気してた?」
「‥‥まぁ、一応な」
 そんな傍らで珍しく見知った面子が見えない事からか、視線を泳がせていたアシュドへ久し振りに顔を合わせた逢莉笛鈴那(ea6065)より声を掛けられると、少し驚いた後に彼は言葉を濁しつつ答えるが
「あ、アシュド君。私のゴーレム紹介するね」
「こ‥‥これはぁっ!」
「ウッドゴーレムのヴィオレって言うんだ‥‥って人の話聞いてないし。でも相変わらず出安心したかな。で、ゴーレムの研究はどう? また手伝える事があったら言ってねっ」
「それならこれをくれ!」
「いや、それは無理だから」
 次には彼女の隣に佇むゴーレムを見止めると目を見開き彼女との再会以上に驚けばその最中で苦笑を浮かべながら口を開いた鈴那へ、アシュドは即答するもそれは流石に首を左右へ振って一蹴する彼女に彼は本気で悔しがる。
「何か賑やかでござるな」
「相も変わらず、って所ね。何もなければ普段はこんな調子なんだけど」
「何時もこの様な光景が広がっていればいいのでござるが」
「そうね、それには全く持って同意するわ」
 そんな光景を目の当たりに久方歳三(ea6381)は久し振りに来た伊勢と、そこに住まう人々を眺めては正直な感想を呟くと笑いを堪える源真弥澄(ea7905)から答えを聞けば、今置かれている伊勢の状況を簡単ながらに察するからこそ言うと弥澄も頷く。
 とは言えその事を気にしているのかいないのか、鮮やかな色合いの着物を纏う大宗院沙羅(eb0094)は目の前に広がる光景を見ながら何事か思案の真最中。
「伊勢の卸問屋はあんまり手応えなかったさかい、宣伝せなあかんな‥‥」
 勿論、本人も書初めをしに来てはいるのだが‥‥それ以前に自身の内で燃え盛る商人魂を抑えられる筈もなく、だがやがて何やら楽しげに話を交わしている小次郎を目にすれば彼女、瞳を光らせると以前の依頼で上手く行かなかった商売の足掛かりを作る為に大声で叫ぶのだった。
「皆はーん、振袖や羽織、袴を用意したさかいに着てくれやっ。ただやでただー!」
 その叫び声を聞いて、しっかりと後ずさる小次郎の方へ向けて歩きながら。

●伊勢藩主、邸宅にて
 とそれから暫く、男性も女性もその殆どが沙羅の言葉に甘えて正月らしい礼装にて事へ臨む事に決めれば片やの女性陣。
「その、他の物はないのでしょうか‥‥」
 背丈もそうだが、童顔故にどうしても子供に間違われがちな和泉みなも(eb3834)が自身の背丈以上もの長さがある着物を前に沙羅へ問えば
「そない言われると‥‥そうやな。後はお子様用のちぃと可愛らしい柄のもんしかないで」
「‥‥一刀殿に振袖を着ると言ってしまいましたし、背に腹は代えられません」
 皆の着付けを一手に担う彼女から返って来た答えに次いで辺りを見回せば、確かに一着だけある振袖を見付けると肩を落とすも
「それにしても‥‥大丈夫でしょうか」
「なんや、アリア。兄貴の事が心配なん?」
「そう言う訳ではないのですが‥‥」
 みなもが苦悶している頃、アリア・レスクードは親友の茉莉花緋雨(eb3226)がわざわざ見繕ってきた振袖を苦労しては着ながら次に溜息を漏らすとそれを聞いた沙羅の問い掛けへアリアは首こそ振るも、
「何だかんだ言っても小次郎先生の事ですから、大丈夫ですよ」
「いえ、だから兄様の事ではなく‥‥十河家が」
『‥‥あー』
 その様子を見た緋雨は彼女の肩を叩き、優しい声音にてアリアを宥めるが‥‥尚首を左右に振る彼女の口から次に出た不安を聞けば、場に居合わせた皆は揃い生返事を返した。

「皆、良く似合うな」
「有難う御座います」
「うーん、うちも着替えれば良かったかのぅ」
「ならまだ余ってるさかい、時間が空いたら着替えればいいんちゃうか」
「そうするかのぅ‥‥でも、振袖なんて余り着た事もないし恥ずかしいなぁ」
「何やねん、煮え切らないなぁ」
 と言う事でお色直しが終わった一行、伊勢の人々が既に集う広間へ通されれば何事があっても絶対に着替える事なく、室内にも拘らず帽子を被ったままのレイから賞賛の言葉を貰うと弥澄が内心では呆れながら、しかしそれはおくびに出さず頭を垂れればその華やかな立ち姿を見て枡楓(ea0696)はちょっぴり後悔するも、沙羅が次に紡いだ提案には年齢の割に子供っぽい反応が返ってくれば、呆れて商人は肩を竦める。
「アシュドさん、酒場ではどうも。私の事覚えていますか?」
「‥‥さて、誰だったか?」
「鳳、と言えば分かるだろう? 先日は世話になった‥‥が女性を見る目は意外にない様だな」
「‥‥余計なお世話だ」
 その傍ら、何時もの浪人らしい小ざっぱりとした装いとは違う、非常に女性らしい振袖姿にて場に臨む鳳の問いにアシュドは暫し考え込みながらも真剣な面持ちにてやがて首を傾げると、その様子に肩を震わせる彼女が次に紡いだ言葉には返す答えが見当たらず呻くアシュドが渋面を湛えれば、鳳が表情を綻ばせた次の瞬間だった。
「うおぉ、早速新年に掲げた信念がぁ‥‥」
 何処かが振動している事に気付いて二人、辺りへ視線を配すれば‥‥やがて見付けたその振動元である小次郎を見つめ、暫くの間を置いた後に噴き出した。
 それもその筈、何時ものお約束とは言え振袖姿の彼を見れば友人知人はさて置いても見知らぬ一般ピーポーでも笑う事間違いなし、な訳で。
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
「己に慰められても説得力がないんじゃー!」
(『‥‥確かに』)
 畳の上に蹲っては拳を叩き付ける小次郎だったが、そんな彼を慰めたのはやはり男性ながらも振袖を着る昏倒勇花(ea9275)で、次に叫んだ小次郎へ皆は内心同情しては頷くも
「まぁ小次郎殿‥‥くっ、八つ当たりは‥‥良くないぞ」
「‥‥ありがと〜、藩主様〜♪」
「あ、いや‥‥」
 心の広い領主様が(必死に笑いを堪えながらも)小次郎さんを宥めれば、助けられた勇花が感謝の意を表し守也の二の腕へ己の腕を回せば流石、これにはうろたえる藩主だったが
「‥‥さ、それでは始めましょうか」
「そうだな」
「ち、一寸ま‥‥」
 その光景を前に小さき剣士の橘一刀(eb1065)が長き白髪を靡かせ踵を返し、皆を促すと彼とは真逆の巨躯なる明王院浄炎(eb2373)も同意すれば、引き止める藩主はそのままに皆は半紙と墨と筆へ、それぞれ正座しては向き直るのだった。

●一筆に魂込めて
 そんな訳で伊勢に住まう人々と共に始まった書初め。
 幾多ある部屋の一室に人々が分かれる中、一行と藩主が客人(?)はある意味では隔離するかの様に纏められれば今はそれぞれ、書初めに勤しんでいた。
「何故にお前が監視をしている‥‥」
「ほら、ヴィーが辺りに迷惑を掛けない様にと思って」
「‥‥何様だと思っているんだー!」
 がその中、騒ぎの発端となり得る存在であるヴィーが半紙に向き合っては筆を手にしたまま、振り返りもせずに背後に佇む弥澄へ呻くと彼女は何時作ったか、お手製のハリセンを手に自らの肩を叩きながら答えれば、彼は当然の様に抗議するも
「ほら五月蝿い、皆静かに書初めしているんだからあんたもちゃきちゃき書きなさい」
「後で覚えてろ‥‥何時か簀巻きにして桜の樹の根元に‥‥」
 直後、彼女が手にするハリセンにて叩かれれば辺りから注がれる皆の視線に一先ず大人しくこそするもボソリ、半紙から僅かに視線を逸らし弥澄を見ては小声にて反撃を試みたが‥‥やはりすぐに彼女から鋭い視線にてねめつけられるとはっきり詫びては再び半紙に向き合った。
「嘘です、ごめんなさい」
 決してヴィーがヘタレな訳ではなく、レディファーストにて折れたと言う事で一つ。

「‥‥むぅ」
 と最初こそそんな騒動(?)はあったが、それより以降は至って静かなもので時折響くのは墨を摺る音に思案の呟きやアシュドの様に、題目が決まらないからこその呻き声だけ。
「さて、去年は戦の年だったから‥‥今年は結ぶ年にしたいな」
「出来たっ」
 しかし彼の近くに配する鳳と柚那は手早く筆を走らせれば、先に声の上がった赤い振袖を黒き帯にて締め、纏う柚那の方を見てアシュド。
「早いな‥‥で、何と書いている?」
「『戦いとは、人そのものナリ』、ある偉人の言葉じゃ。決して己を忘れるな、全ては己の心次第であると言う事じゃな」
 彼女が認めた半紙を覗き込み尋ねれば、何時もとは違う真剣な面持ち湛える彼女より返って来た答えに彼は頭を掻くと、その反応に柚那が首を捻った時だった。
「『一撃必殺』‥‥だと何だから、『一撃必生』はどうかしら?」
「意味が分からん、どうせなら『一撃滅殺』とか」
 彼らより少し離れた所にて腰を据える男性ながらも振袖姿の勇花と、相変わらずの皮尽くめなレイの声が響いたのは。
「‥‥時折、レイの存在が疑わしくなる時があるのは私だけか?」
「ん、何がだ?」
「いや、何でもない」
(「格好もそうだが、色々と裏があるのか‥‥」)
 その、目の前に広がる珍妙な組み合わせよりも先にアシュドはさっき響いた彼らのやり取りに誰へ問う訳でもなく、静かに疑問を呟くと‥‥離れているにも拘らずその呟きを拾ったレイが首を傾げ、振り返れば半眼湛える魔術師と皮尽くめな年齢不詳の男を見比べて鳳はアシュドの最初の呟きを思い出し、レイの存在を訝るも
「それよりアシュド、いい加減に書いたらどうだ?」
「‥‥わ、分かっている」
 次に再びアシュドの半紙を覗き込めば、未だ白紙なままのそれに微かな忍び笑いを漏らしながら声を掛けると彼は狼狽を露わにした。

 とまた何処かで響く声、やはり戸惑いを露わにする声の主は小次郎の物。
「俺の筆魂がこの格好では燃え滾らないんだが‥‥」
「着替えれば良いじゃないですか‥‥」
「いや、だって‥‥」
(『な、何があった?!』)
 普段とは違う装いに意気消沈とすれば、その妹は場が静かな今を機に小声で提案こそするも‥‥それを耳にした沙羅の一瞥を貰った小次郎が言い淀めば、その光景をたまたま見てしまった皆は内心にて叫ぶが無論、その理由など聞ける筈もなく。
「みなも殿、良く御似合いだ」
「そ、そんな事ありませんよ‥‥それより一刀殿、そろそろ書かなくていいのですか」
「そう言うみなも殿も、とは言え確かに。さて‥‥」
 だが小次郎が筆の進まない間、今回参加した一行の中で唯一のカップルである一刀とみなもは彼とは違う意味で筆が進んでいなかった。
 とは言え、これみよがしに愛の言葉を囁くから筆が進んでいない訳ではなく真剣に目の前に置かれた半紙へ何を書くべきかと悩んでいたからで
「まだ‥‥式も済ませていませんし、『家内安全』は可笑しいですよね」
「ん、何か言われたか?」
「い、いいえ! 何でもないです」
 そんな折に響いた、みなもの静かな呟きはしかし傍らにいながらも聞き逃した一刀より再度尋ねられる事となり、彼女は頬を染めて勢いよく首を左右へ振れば次に二人は微笑み交わすと再び半紙へ向き直り、静かに逡巡するのだった。

 と意外に書くべき字に悩む者が多い中、それを目の当たりにした沙羅は余計に意気を吐くと
「漢字の国の人を舐めるんやないで‥‥やっぱり、これしかないやろう!」
 唐突に先まで閉じていた瞳を見開けば、筆を取っては半紙へ筆を勢い良く走らせる‥‥その動きは(多分)流水の如く、(これは間違いないだろう)崖が崩落するかの様な勢いで。
「そうだ、これしかないっ!」
「勝手にうちの真似すんなや、このボケェー!」
「ブルァアアァッ!」
 さすればさっきまで弥澄に突っ込まれ過ぎた末、気力失い半紙を前に突っ伏していたヴィーが僅かに見える視界の先に捉えた彼女の動き見れば、何を思ってか頭をもたげ筆を手にすると沙羅が動きを正しくなぞり、彼女とは違い勢いだけで筆を走らせるが次に書き終え筆を置いた沙羅が彼を見やれば、たまたま近くにあった一つの硯を掴み彼目掛け放って見事にそれを当て沈めるのだった。

 とこうして一行が硯摺り、筆を走らせる空間は守られた‥‥尊い犠牲と、突っ込みの先導者が手によって。

 そしてその日の夕刻も過ぎようとしていた頃、参加した皆の作品を見回っていた守也は漸く一行らのいる部屋へと至り、襖を開けるなり暫し呆然とする。
 それもその筈、藩主から見てすぐ近くの部屋の一画には額から血を流し天地逆転な体勢のまま、首を異様な角度に曲げる死体‥‥ではなくヴィーが転がっていたのだから。
 一部、部屋が乱雑になっているのも気にならないと言えば嘘だが、そこまで気にしていては冒険者と付き合える筈もなく、やがて苦笑を湛え守也は一先ず転がっている死体もどきは無視して一同の作品を見て回れば、まずは緋雨の半紙に目が留まると
「『粋』か、上手いな」
「ありがとうございます」
「これ位がちょうどいい見本だが、さて‥‥他の皆はどうだろう‥‥か」
「こら、そこのいい年こいた独身中年! 我の筆舌し難い作品をミソカス見る様な視線だけで一瞥して終わるなぁっ!」
「あんた、やっぱうっさい」
 達筆な彼女の作品を褒めては掲げ、踊っている様にも見えるそれを皆へ見せ付けては再び歩き出すも‥‥その次に目に留まった、と言うか嫌でも目に留まる配慮がなされたヴィーが何時の間にか足の指にて掴み掲げる半紙を見やるも、それに躍る奇怪な文字は一瞥するだけで踵を返せば背後で騒ぎ立てる彼に弥澄だろう、ハリセンにて突っ込んだが故に鳴り響いた乾いた音を聞きながら伊勢藩主は視界の先にて鳳が認めた半紙を見つめ、簡潔に記されている『結』との一文字を見れば口を開く。
「どうしてこの字を?」
「理由は‥‥人との関係をもっと深めたく思っている事と、後は今年こそ腰を据えたいと思っている。だから結婚の結の字にも掛かっているんだ」
「意外だな、鳳の口からそんな言葉が聞けるとは」
「‥‥いえいえ、アシュドさんには負けますよ」
『‥‥‥』
 すると尋ねた答えに対し、彼女から答えがすぐに返って来れば藩主は頷くも傍らでそのやり取りを聞いていたアシュドが吐息を漏らしては笑うと口調を変えて鳳もそれに応じれば途端、場に走る緊張感を察して藩主は視線を彷徨わせれば、二人に学んで欲しい字を見止めるとその書き手へ次に尋ねると
「『慈愛』か、これは‥‥鈴那か。何故にこの字を?」
「どうしてこれにしたかって‥‥えへへっ」
「やっだー、聞きたい聞きたい?」
「‥‥遠慮する」
「えー‥‥でもやっぱどこでも大事だと思うんだ、広い意味でも身近な意味でも。特にジャパンはこんな時勢だからね」
「まぁ、それは確かにな」
 問われた忍びは照れ臭そうに笑うだけで、返って来ない答えと彼女の真意を藩主は暫し考えるがその答えが彼の頭に弾き出されるより早く、彼女が口を開けばそれと同時に導き出された答えが合致した事に守也は肩こそ竦めるが、その反応を見て鈴那が再び言葉を紡ぐとそれには同意して頷く藩主だったが
「だから聞きたい聞きたい?」
「いや、遠慮する」
 鸚鵡返しの様に再び彼女の口から発せられる問い掛けは丁重に断わると、不意に楓と視線が合えばその彼女が作品を見て一言。
「『二回戦突破』。これはまた、何と言うか」
「京都で毎週開かれる武闘大会。最近、幾度挑戦しても二回戦の壁が破れなくての‥‥そんな魂の叫びを筆に乗せ、書き記した次第じゃー!」
 絶句して言葉を詰まらせた訳ではなく、躍る文字に込められている想いを察したからこそ言葉を詰まらせれば、その藩主の代わりに場にいる皆へ自らの作品を掲げて彼女は口を開いて思いの丈をぶちまけると
「今年は精進してくれ」
「勿論じゃ! 何時までも『二回戦がある』のままでは居たくないのじゃよー!!!」
「‥‥頑張れよ、若人」
 真面目な面持ちにて頷く藩主が彼女の肩を叩き励ますも、未だ収まらない魂の鼓動を再び声にして、半ば絶叫するかの様に放った彼女の頭に手を置いて‥‥そのすぐ後に目へ留まった、ジャパン語とは微妙に違う文字が躍る半紙を見つめ守也はその前にて静かに佇む浄炎へ次に尋ねる。
「この字体は‥‥」
「華国語の方が僅かだが得意故、少々そちらの書き方にて似せて書いた」
「因みにこれは『自他共楽』と読んで相違ないか?」
 姿勢も態度も崩さないままに答える彼へ、その半紙に躍る字が自身の理解した字で正しいか確認するとやはり静かに頷くだけの彼は暫くの間を置いた後に漸く、その口を開く。
「己が幸せのみを求める者に真の幸せはなく、さりとて己が幸せでない者が他人に『本当の幸せ』を分け与えられる事もまた出来ぬ。故に己も他人も、共に幸せとなる道を探し歩む事が大切‥‥と説く教えの言葉だ」
 そして厳かなる口調にて彼の口より語られる『自他共楽』の意味を聞いて皆が頷く中で浄炎は僅かに顔を上げ、その視界にアシュドと小次郎を捉えれば
「身近な者が助け合う、その連なりが広まった結果こそが如何なる困難をも克服する奇跡だと、俺は感じている。幾許か己に厳しくするが余り、他者の幸せばかりを願い己が幸せを見失いがちな者が居る様に最近思えてな。己が不幸になる事で悲しむ者がおる事も忘れてはならんと皆に覚えて貰いたく思い、書き記した次第だ」
 再び言葉を紡ぎ出すと、やがてばつ悪そうに揃い頭を掻く二人へ彼は微かな笑みだけ浮かべると今まで珍しく黙したままだったレイが此処でやっと、その口を開く。
「全くだな、それを選んだお前はブラボーだ」
「そんな事はない。俺は未熟故に『力なき者達を護りし牙』となるべく『自他共楽』を心に置いて日々、生きている。これが俺の出来る事だと信じてな」
 その紡がれた言葉は要約すれば賞賛の言葉で、だが彼はそれを受けても尚謙遜して首を左右へ振れば藩主は感心して頷くと、その傍らにて浄炎と同じく静かに佇んでいた歳三の半紙に記された文字へ目を奪われる。
「『一期一会』か、いい言葉だな‥‥」
「拙者はこれまで数多くの方々にお逢いし、影響を受けて来たでござる。そしてこれからも、一回一回の出会いを大切にしたいでござるので‥‥」
「なるほど、土方殿の言う事は尤も。ならば勿論、今日の事も」
「大切にするでござるよ!」
「ありがとう」
 それを見た藩主が次に響かせる、複雑な声音は余りにも小さくて皆は聞き取れなかったが歳三は今まで歩んできた道程を思い返し、感慨に耽りながらだろう呟けば次に守也は浪人へ尋ねると間違いなく断言する彼の答えを聞いて顔を綻ばせるのだった。

●催される酒宴
 さて、それから書初めを終えた一行に一般の参加者達は伊勢藩主邸宅において催される宴に興じる。
「酒を飲む前に横笛での演奏を聞いて頂きたい‥‥」
 最初こそ鳳の様に特技を披露する者がいたが、暫くして皆に酒が振舞われ始めると外に漂う冬の冷気とは裏腹、場は徐々に熱を帯びていく。
 しかし喧騒が大きくなっているにも拘らず、鳳が奏でる笛の音が厨房にまで響く中。
「ふんふふんふふーん」
 料理を拵える他のお手伝いさんと共に厨房に立ち、自ら買ってきた材料にて英国風の料理を作る鈴那はその笛の音に合わせ、鼻歌を奏でるも次いで
「でも浄炎さん、いいの?」
「この様な席だ。皆もそうだが一般の人々にこそ、心から楽しんで貰わねば意味がなかろう」
「そうだね」
 傍らにて巨躯を縮こまらせ、一回り小さい割烹着を纏いながらやはり手伝いに勤しむ浄炎へ今も楽しく盛り上がっている宴会場の騒ぎを聞きながら問えば、見た目の割に家庭的な一面がある彼は手を止めないままに答えを返すと彼女もやがて頷けば、目の前にある仕込みが終わった材料へ向き直り腕を捲り上げた。

 一方の宴会場が一画では丁度今、沙羅が大声を張り上げていた。
「伊勢っちゅうたらこれしかないやろう」
『おぉ〜』
「いや、言っておくが私が‥‥」
「さ、皆食べとくれー!」
『おー!』
「いや、だからわ‥‥」
 場に居合わせる皆がどよめきの声を上げる中で彼女、傍らにある木箱の中から伊勢海老を取り出すと、更に場が盛り上がる中でそれの代金を払った(と言うより払わされた)守也が言葉を発するも半ば酒精が回っている場の面子には彼の声など聞こえず、いよいよ持って沙羅が伊勢海老をその姿のまま、皆へ回せば藩主はうな垂れるも
「所で、祥子内親王様はお越しでは」
「‥‥残念だが、神宮が抱えている案件にて伊勢の各地を巡っている最中だな。次に戻ってくるのは確か、月末だったかと。それに加えて関係者もその殆どが今は出払っているな」
「そう、残念‥‥じゃあ代わりに藩主様で我慢するわ」
 次に己が纏う衣を引っ張る感覚に気付き、そちらを見やると‥‥そこに佇んでいたのは勇花で、視線を彷徨わせては尋ねる相変わらず振袖姿なままの彼に守也が自身、知っているだけの話を語ると次には勇花がうな垂れる番となるが、すぐに頭をもたげて藩主の前に座った、その時。
「拙者は、ジャパンの星になるでござる!」
 部屋の片隅にてまるごとすたぁに身を包む歳三が即興の駄洒落(?)を披露し始めたのは。
 そしてそれを前にした守也が反応に困る中、相変わらずな彼へ鼻を鳴らし立ち上がっては歩み寄ると‥‥覗かせている顔をがっしと掴み勇花。
「それじゃあ文字通り‥‥星になれぇーっ!」
「歳ちゃん感激〜っ!」
 先までの声音ではない、本来の男性らしい声にて叫べば同時に彼を襖の向こうに見える庭へ勢いよく放るのだった、文字通りに歳三を星とすべく。
 そして星より上がる愉悦の声は一瞬だけで次に星はすぐ地へ堕ちると、その即興劇(?)を前に場はいよいよ宴もたけなわな様相を示しだす。

 そんな場へ暫しして厨房より料理と共に戻って来た浄炎は小次郎を見付けるなり声を掛ける。
「先に妻子が世話になった様だが‥‥人違いではないよな?」
「‥‥聞くな」
「いや、一応な」
 が書初めの時より変わらない格好の彼は何気に酷いその問い掛けへ頬杖を付いては返すと、先の質問は念押しの意である事を浄炎は告げ、詫びの代わりに携えて来た一品の料理を小次郎の前へ置くと憮然とした面持ちながらも彼は一先ず目の前の皿へ向き直るが
「でも、お噂通りの人で安心した様な‥‥」
「‥‥‥」
「エドくーん、あっちは見ないでこれ食べて〜」
「やっぱ無理かも」
 次に何処からか響いた弥澄の言葉を耳にすればエドの視線だけが注がれる中で直後、追い打ちの様に鈴那が小次郎を見るエドを窘めれば最後に嘆息を漏らした弥澄へ振袖姿の彼は憤慨して叫んだ。
「鬼だー! 此処にいる奴らは皆鬼だー!」
「はいはい、よしよし」
「まぁ、呑め」
 だが最近は慰めてくれる者もいるだけ、昔よりはマシなのかも知れない事には今は酒精も回っているからこそ、気付けずにいた。

 そして翌朝、出立までに余裕がある事から一行はそれぞれに動いていた‥‥が、昨夜の宴の席は未だにそのままで殆どの面子は伊勢藩種の邸宅に残り、まったりと残された時間を愉しんでいたがその中でアリアらは伊勢神宮へと赴いていた。
「お伊勢参り、か。長き旅立ちを前に良い機会に恵まれたかもな」
「何のお話ですか?」
「後で、お話しますね」
 その数は四人、先頭を歩くアリアを追いながら呟いた一刀の意味深な発言を聞いて彼女は振り返り尋ねるが、彼の代わりに答えるみなもの瞳に僅かな哀愁の光こそ宿るもそれには気付かずアリア。
「それにしてもお二人共、仲がいいですね」
「‥‥そう、か?」
「えぇ、羨ましいな」
「そう言えば『彼』、最近姿を見ないけどあれからどうなの?」
「色々忙しいのか、全然姿を見ていません。元気ならいいんですけど‥‥」
 書初めの時より変わらぬ一刀とみなものやりとりを再び目にすれば顔を綻ばせ言うと、首を傾げる小さな志士とその彼の脇を小突くみなもを見てアリアと緋雨は揃い笑うが、その光景から何事か思い出し次に親友がアリアへ向け紡いだ問いは僅かだけ瞳を伏せさせると、彼女の頭を撫でてやる緋雨だったが
「ふむ、此処か?」
「そうですね、それじゃあ皆で願掛けしましょう」
 話に夢中となっていたのだろう、一刀が言う様に伊勢神宮内宮が本堂の前へ辿り着けば先まで曇っていた表情を払い三人へ呼び掛けると皆は揃い、二礼二拍手一礼の後に頭を垂れると
「私は『アリアと小次郎先生が幸せになれます様に』ってお願いしたけど‥‥アリアは何をお願いしたの?」
「皆が今年も元気に、幸せに過ごせます様に」
「相変わらず、真面目なんだから」
 緋雨は先のフォローにと、先ずは自身が願いを言った後にアリアへ尋ねてみれば彼女から返って来た模範的な回答にしかし微笑んだ、陽光が降り注ぐ中で。

「っ!」
 その頃の屋敷と言えば、再び喧騒が響き出した宴会場を脱出したアシュドが今、邸宅の内部を歩いていれば縁側の片隅にて巨大な猫が寝転んでいる姿を見止め、驚いていた。
「久し振りなのじゃ、アシュドー。四ヵ月振り位かの?」
「‥‥化け猫かと思ったぞ」
「失礼じゃなー!」
 がそれに気付いた化け猫、ゴロンと転がり彼の方を見やればその正体にアシュドは密かに安堵すると、次に吐いて出た余計な一言に化け猫に扮する柚那は憤慨するが 
「全くだ、せめてデブ猫‥‥」
「お主の方が失礼じゃ、レんちゃら」
「‥‥お前も人の事は言えないと思うが」
「横文字な名前は苦手じゃ」
 宴会場にて姿を見なかったレイが彼女の傍らにてフォローならざるフォローを入れれば、彼女の仕返しに皮尽くめの彼は帽子を目深に被り呟くが、湯女は聞く耳持たず再び体を庭の方へと向け鼻を鳴らす。
「で、こんな所で柚那は一体何を?」
「正月と言えばゆっくりとしていられぬ事が多くての。故に寝正月は憧れなのじゃ‥‥」
「そう言われてみると‥‥」
「思い当たる節があるだろう、お前もな」
 とまどろむだけの彼女へ次にアシュドは何を思ってだろう、愚問を口にすれば振り返らず答える柚那の答えを聞いて思い返す彼は直後、レイに図星を突かれると嘆息を漏らすと同時。
「‥‥たまにはゆっくりするのもいいか」
「そうじゃそうじゃ」
「だが、食べたばかりですぐに寝れば牛になるぞ。アシュド殿」
 二人に倣い縁側へ座りすぐに寝転べば柚那の賛同の直後に響く、何時の間にかこの場にやって来た鳳に見下ろされながら笑われるも、今は意に介さずアシュドは顔を綻ばせた。
「いいんだよ、たまにだからな」

●宴も終わり
 楽しき時間は早く過ぎ去る、とは良く言ったものでやがて出立の日を迎えれば一行。
「一刀殿と共にパラの同胞を救う為に蝦夷へ発つ事となりましたが‥‥何時かまた、御会い出来る事を願っています」
「‥‥私もです、気を付けて行って来て下さい。それと一刀さんも、みなもさんの事を守ってあげて下さいね」
「‥‥無論だ」
「こんとーさん、気を付けるでござるよ‥‥」
「歳ちゃんの事は向こうに行っても忘れないわっ」
 それぞれに別れを惜しみながらも和気藹々と話を交わす者が多かったが、未だ体内に残る酒精から渋面を湛える者達の姿も当然の様にあった。
「うー、頭が痛いのじゃな‥‥」
「ちと、飲み過ぎたかも」
 その筆頭が楓は酒精に対する耐性こそ多少ながら持ち得ていたが、自ら持ち込んだ酒の美味さ故についつい許容量を越えて飲み過ぎれば、それに付き合った沙羅もやはり走る頭痛に瞳をすがめ厳しい面持ちを湛えていたが
「‥‥でも書初めもしたし、これでうちの店は今年こそ大繁盛やなっ!」
 昨日から僅かずつ、伊勢藩主が邸宅の塀に張り出される皆が認めた書初めの中にある、自身書き残した『商売大繁盛』の文字を見やると一度深呼吸をした後に何とか顔を綻ばせるのだった。

 こうして伊勢の新たな一年は漸く始まりを告げた。
 果たして伊勢にとってこの一年、どうなる事か‥‥場にいる皆は知らずとも、だがその表情は一様に明るかった。

 〜終幕〜