【何でもござれ】時期遅れの初詣?
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■ショートシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月20日〜02月26日
リプレイ公開日:2007年02月28日
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●オープニング
●昼に近い頃、京都の冒険者ギルドにて
「ほら、良い加減起きなさい。もう昼も近いよ」
「‥‥ん」
京都の冒険者ギルド、誰かに揺すられて卓に突っ伏していた一人の志士は漸く、その目を開ける。
「‥‥何処だ?」
「何処だ、って冒険者ギルドに決まっているじゃない」
「‥‥あぁ」
すると彼は顔を上げるなり開口一番、起こしてくれた妙齢の女性へ尋ねれば‥‥返って来た答えから暫しの間を置いた後に辺りを見回して彼はやっとその事に気付く。
「何故、冒険者ギルドにいるんだ?」
「何故、って‥‥昨日夜遅くに来たじゃないか」
「昨日‥‥」
だが何故自身が冒険者ギルドにいるのか、その事に付いては思い至らず女性のギルド員にその理由を尋ねれば再び返って来た答えに首を捻りながら、思い出そうとして走った頭痛に顔を顰めながらそれでも土の志士である彼、東雲八雲(eb8467)は漸く此処に至るまでのきっかけを何とか思い出し、自身の記憶を遡り始めるのだった。
「昨日は確か、知り合いの志士達と呑みに出て‥‥」
●回想 〜昨夜の出来事〜
「伊勢にある『庫蔵寺』って知っているか?」
「‥‥ん?」
とある酒場にて、親しい間柄の志士達と愉しく話を交わしていた八雲はその折に壮年の志士が紡いだ、先までの話とは何の繋がりもない唐突な話に首を傾げた。
「何やら掛けた願が叶うって話だぜ、最近腰が痛くて何とかならないものかと思っていたらその話を聞いてよ。駄目元で願掛けしたら何と! 叶ったって訳よ」
「そんなぁ、たまたまだろ?」
「‥‥いやいや、でもあの界隈じゃ『庫蔵寺』で願掛けしたらそれが叶ったって話は良く聞いたぜ?」
(「‥‥そう言えば今年は初詣に行っていないな‥‥」)
するとその反応を見て興味を持ったと捉えてか、何時もは静かな彼は酒の力を持って饒舌にその話を始めると、他の志士達は揃い呆れるが壮年の志士は尚食い下がらずに皆を見回せばふと内心にて初詣がまだだった事を思い出す八雲だったが‥‥ふとその時、眩暈を覚えれば一瞬ではあったが視界が歪む彼は飲み過ぎた事に気付き止むを得ず、懐から今日の飲み代に足りるだろうだけの金を卓上へ置いて立ち上がる。
「ん、どうした八雲?」
「いや‥‥少々飲み過ぎたらしい、悪いが今日は此処で引ける」
「おう、気を付けて帰れよな!」
すると同じ歳の志士が問い掛けにそれだけ返して八雲はいささか頼りない足取りにて志士達の見送りに掌掲げ応え、酒場を後にする。
「‥‥初詣、か」
そして外へ出れば冷たい夜風に身を震わせながら、ボソリ呟いたその時に視界は歪み意識が黒く染まると‥‥次に気付けば八雲は冒険者ギルドの前に立っていた。
●
再び、冒険者ギルド。
「‥‥あぁ」
漸く、此処に至るまでの顛末を未だ頭痛走る中で思い出した八雲は渋面を湛えながら、しかし納得すると
「漸く、思い当たったみたいだね」
「冒険者ギルドに来てからの事はいまいち、記憶にないが‥‥」
「顔色こそ変わっていなかったけど結構に酔っていたみたいだったから、当然と言えば当然かな」
「まぁ、丁度いいか。次の依頼でも‥‥」
目の前にいるギルド員の彼女は顔を綻ばせるが、それから先の事が良く思い出せない彼は彼女の笑顔を見てもその表情を明るくする事なく呟くと、昨夜の様子を語る彼女に八雲は顔を逸らしながら依頼が張り出されている壁の方を見やりすぐ、口を開け放つ。
それもその筈、今日も人が群がっているそこには以下の様な依頼書が貼り出されていたのだから。
『同行者募集
願を掛けると願いが叶う(らしい)『庫蔵寺』へ同道する者を募集する。
恥ずかしながら未だ初詣に行っていない事と、興味を覚えた件の真偽も確かめてみたい。
私同様に初詣がまだの者がいれば嬉しいが、興味本位の参加でも構わないので良ければ付き合って貰えればと思う。
此方からの報酬はないが、道中に掛かる費用は私が持つ故に宜しく頼む。
東雲八雲』
「何だ、あれは」
「あんたの依頼じゃないか、忘れたのかい‥‥って記憶にないんだったね」
無論昨夜の詳細な記憶がない彼はギルド員の女性にすぐ向き直り問い詰めれば、その彼女。
「夜遅くに戸を叩くのがいたから誰かと思えばあんたでさ、とりあえず中に入れたらあの依頼を請け負ってくれってうるさくてうるさくて。しょうがないからこっちが折れて依頼書認めて、あそこに張り出したらそれを見て安心したのか、やっと寝たんだよねぇ」
「因みに‥‥」
「手数料が掛かるけど、それでもいいなら」
「‥‥それでは、このまま募集を続けてくれ‥‥」
「はいよー」
平然とした表情にてスラスラと昨夜の状況説明を紡ぎ出せばそれを聞きながら自身、唖然としながら‥‥それでも冒険者が冒険者に対して依頼を出すと言う話は今まで聞いた記憶なく、故に駆り立てられる恥ずかしさから依頼の取り下げを試みるも、それを察した彼女が八雲の言葉を途中で遮り言えば彼は懐にある財布を取り出して‥‥その軽さから顔を顰めるとそれだけギルド員の女性に告げ、尚更に増した頭痛を先ずは治めるべくその場を後にするのだった。
「‥‥本当は手数料なんて貰わないんだけど、面白そうだからいいよね?」
その背を見送りながら囁く彼女の言葉だけ、静かに響く中で。
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依頼目的:初詣に行こう! or 願い事を叶えに行こう!
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は依頼人持ちなので不要。
しかし防寒着は必須なのでそれだけ、確実に準備しておく様に。
またそれ以外で必要だと思われる道具は各自、『予め』準備して置いて下さい。
日数内訳:目的地まで五日(往復)、現地にて一日滞在
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●リプレイ本文
●冒険者からの依頼
此処は京都の冒険者ギルド‥‥確か、記憶に間違いなければ先日もあった筈の冒険者による風変わりな依頼が再び、別な者によって張り出されればそれに参加すべく集った一行は今、志同じくするだろう依頼人の元に集っていた。
「ふむ、お主か。此度の依頼人と言うのは」
「そう言う事になる、な‥‥未だ依頼した時の事が思い出せなくて恐縮だが」
「いや、仕事らしい仕事のない依頼も久し振りでござる故に気にする必要はない。むしろ楽しみでござるよ」
と言う事で集う一行の中‥‥出会ってよりずっと今までばつ悪そうな表情を湛えている依頼人こと、東雲八雲を見定めながら滋藤柾鷹(ea0858)が声を掛けると彼は肩を竦めつつ詫びるが、それを受けて巨躯の侍は顔を綻ばせ言うと志士も漸くその表情を緩めるが
「しっかし東雲八雲って名前で依頼が出てるからびっくりしたわ」
「俺もだ‥‥」
「何度か依頼も一緒になった仲だし‥‥まぁ、今回も気軽によろしくね」
「あぁ」
「全く、相変わらずかったいんだからっ!」
その八雲の背後から少なからず顔見知りである神子岡葵(eb9829)が軽い口調にておどけて見せると、今度は苦笑を湛える彼に次いで風の志士が手を差し出せば、ぎこちなく応じる八雲の肩を彼女が思い切り引っ叩けば咳き込む依頼人の様子に途端、場は和むと
「しかし意外にいるのですね、初詣に行っていない方が」
「お正月に伊勢にいたのは確かですが行き損ねていましたね、私は」
「あら、そうだったんですか」
その光景を目にしながら淑やかに微笑む緋芽佐祐李(ea7197)と一条院壬紗姫(eb2018)の二人、直後に辺りへ視線を配すれば風変わりな依頼でもそれなりの数になる一行に意外だとの感慨を覚え、壬紗姫が言葉漏らすと皆を代表して答える佐祐李の話を聞けば静かな微笑を浮かべる彼女に頷き返して大柄な忍びは次に視線を空へ向けると
「しかし伊勢には色々と縁があるのですが、その様な謂れのあるお寺がある話は初めて聞きましたね」
「そうなんですか‥‥しかし、願いが叶うにしろ叶わないにしろ初詣は大事ですよね」
「はい、新たな一年の方向性を決める大事な行事ですから」
「全くじゃな」
伊勢と深く関わり持つものの、今までに聞いた事のない依頼人からの話を思い出せば首を傾げるも、壬紗姫が端正な面持ちを崩さないままに諭せば笑顔を湛える佐祐李に続き、しゃがれた声が場に響けばすぐにその声の主は振り返った二人へ穏やかな声音にて挨拶を交わす。
「わしはカメノフ、エルフのウィザードじゃ。よろしくのぅ、お嬢さん方」
「‥‥先ずは柾鷹に倣って依頼人への挨拶が先じゃない?」
その声の主ことカメノフ・セーニン(eb3349)の挨拶に二人は笑顔で応じこそするも、更に彼の背後からロア・パープルストーム(ea4460)が長い金髪を掻き揚げながら窘め掛ければ彼は困った様な表情を浮かべるも
「まぁそう、固い事を言いなさるな」
「‥‥っ!」
「ぼるぅあっ!」
猫背の老人は直後、紡いだ言葉を詠唱の代わりにサイコキネシスを完成させればロアが纏うスカートを持ち上げようとするも‥‥その事態にすぐ気付いた彼女は即座、拳を掲げカメノフを容赦なく打ち据えれば盛大な叫び声を上げて地と接吻を交わす彼。
「‥‥老い先短い老人を、もうちょっと労わらんか〜」
「全然、そんな風には見えないんだけど‥‥」
「やれやれ」
しかし意外に打たれ強いのか、すぐに顔を地面より引き抜くと穏やかな口調にて彼女を非難するカメノフの様子には皆が皆、肩こそ竦めながらも苦笑を浮かべると
「所で、ハツモウデとは何じゃろうか?」
『‥‥‥』
「‥‥とりあえず、行こうか。恐らく、そっちの方が早い筈」
「そうだな」
直後、ロシア生まれの彼が当然の様に響かせた質問には一行、唖然とすればそれでも八雲が何を思ってだろう早く決断を下すと頷き応じた柾鷹の返事が掻き消えるより早く、先ずは依頼人が一行の先に立っては歩き出すのだった。
●時期遅れの初詣?
そして伊勢へ向けて街道を歩き通す事、三日目の夕刻頃‥‥一行は漸く、目的地である庫蔵寺に辿り着く。
「道中は随分と平和でしたね、女装盗賊団もどうやらちゃんと伊勢に仕えているみたいで安心しました」
「伊勢の騒動が一段落付いたと言う話は聞いていた‥‥がしかし、少しばかり見るに耐えない光景が目に付いたでござるな」
その道中、随分と静かで平和な光景に佐祐李が顔を綻ばせるが庫蔵寺に至る際、通り掛かった伊勢の街並みは少なからず知る者にとっては多からずとも酷い有様で、その風景を思い出しては柾鷹が渋面湛え呟くと
「伊勢の騒動とはもしや妖怪の類、ですか‥‥?」
「えぇ、それがどうか‥‥した」
「あ、ごめんなさい‥‥」
「いえ、なんだか分からないけどこっちこそ」
伊勢には初めて来た壬紗姫が簡潔にその事情に付いて尋ねると頷き応じたロアはその次に、彼女が浮かべる美しくも凄惨な表情に思わず息を飲めば一拍遅れ、場にわだかまる空気を察した壬紗姫は深く、深く息を吸った後に皆へ詫びるが‥‥葵があっけらかんと応じれば
「しっかし、随分と長い階段じゃのぅ‥‥老骨には堪えそうだわい」
「勢いで昇ればきっとすぐよ、もしカメノフがへばったらその時は引き摺ってあげるから」
「‥‥それは遠慮願いたいのぅ〜」
カメノフもまた、場を和ますかの様に眼前にある長い長い階段を見上げながら相変わらず呑気な口調にて呟くと、笑いながら葵の続き紡いだ句には大好きな女性とは言え辛辣な言葉故に渋面を湛えながら彼は再び、どれだけ長いだろう庫蔵寺へ至る階段を見上げた。
さて、予定より前倒しとなったが早くに庫蔵寺へ至った一行は長き階段を登る事にする。
「今年の目標、か‥‥」
丁度夕刻、眼前に伸びる階段のその更に上から皆を照らす橙色の陽光の中を歩きながらポツリ、呟いた葵の心情は果たして如何に‥‥そして感慨に耽るのは彼女だけでなく壬紗姫も同様だった。
(「私の願い‥‥母様達の敵討ちとして妖怪を全て滅ぼす事、そして一条院家を再興する事」)
その彼女、今に至るまで掲げてきた己が信念を、願いを改めて内心にて反芻する‥‥今度はその表情に悲願の欠片も出す事無く、だが確かに。
(「その為に、私は冒険者となった‥‥依頼を利用し、他の冒険者を利用し、妖怪を滅ぼす為に‥‥その筈でしたのに」)
庫蔵寺が本殿を目指し、夕焼けに照らされる階段を確かな足取りにて一歩一歩昇る中で様々な依頼を通し出来た絆、それを走馬灯の様に己が脳裏に巡らせながら眼前にて沈んでいく橙の光を瞳細め見つめれば、今度もやはり内心にて呻くと彼女は今まで掲げてきた目標が揺らいでいる事を悟る。
(「復讐の為でなく、冒険者らしく冒険をする‥‥過去を忘れる事は出来なくとも、未来を作る為に‥‥その為には」)
すればその事に惑いながら、だがやがて彼女が新たに目指すべき答えに至った時‥‥一行は果たして庫蔵寺の境内に辿り着けば、本殿を前にして賽銭箱のただ鼻先にいる事に壬紗姫が漸く気付けば一人、静かに自嘲の笑みを湛えるも皆はそれに気付く事無く辺りを見回していたその時、唐突に疑問の声が『再び』上がった。
「それで、初詣とは一体何なのじゃ? 起源やその歴史は何じゃろう?」
「う‥‥」
その声の主とはやはりカメノフで、先に尋ねた疑問を更に細かくして皆に問う辺りは女性好きとは言え魔術師らしいもので改めてのそれを前に一行は皆が皆、揃って一歩後ずさりこそするも
「‥‥確か初詣とは、年が明けてから初めて寺社‥‥神社や寺院、西洋でしたら教会等に参拝して一年の無事と平安を祈る行事の事を指すでござるな」
「で、その起源とは?」
「‥‥流石にそこまでは拙者も知らぬ」
暫しの間を置いて一行の中、柾鷹が彼の疑問に対して確かな答えの一つを提示すれば感嘆の声を上げる他の面子だったが、残された疑問を再びカメノフが口にすれば彼は両の腕を掲げ降参した、その時に響いたのは物腰柔らかい男性の声。
「起源、と言うのは私も存じませんが‥‥元々は『年蘢り(としこもり、としごもり)』と言って家長が祈願の為に大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に蘢る習慣だったそうですよ。やがてその年蘢りが大晦日の夜の『除夜詣』と元日の朝の『元日詣』との二つに分かれ、『元日詣』が今日の初詣の原形となったと言われている様です」
次いで懇切に『初詣』に付いて知り得る知識を振り返った一行の視線を受け止めながら語れば、皆の目の前にいる白き衣を身に纏ういささか華奢な体つきの男性が一人は複数の視線を受けて尚微笑むと
「あ、もしかして‥‥」
「えぇ、庫蔵寺の宮司を勤めている者です。ちょっと変わった方が来ている様だったので失礼かと思ったのですがつい、立ち聞きをしては口を挟んでしまいました。すいません」
「いいえ、色々と助かります」
その装いと詳細に『初詣』の説明をした彼の正体を察し葵が尋ねれば、頷く宮司は次いで先の非礼を先ずは詫びるも、その彼に対し微笑み壬紗姫が首を左右に振れば
「どうやら皆さん、話を聞く限りでは此方へ初詣に来た様ですが‥‥一般的に正月三が日に参拝するのを初詣と言っております。一応、一月中に参拝すれば特に問題はないとも言われていますが‥‥」
「じゃあこれって、正確に言えば‥‥初詣じゃない?」
「まぁ、そうなりますかね。しかし明確な概念がないので別段、気にする必要はないでしょう」
「ふぅ〜む、結構に曖昧なんじゃの〜」
整った顔立ちを綻ばせて彼、一行の目的も聞いていたからこそ添える様に初詣の定義に付いても親切に解説すると、それを受けて葵が頭上を見上げ首を捻りながら言えば頷く彼はしかし先の話を僅か否定して疑問の主がカメノフの響かせた感想には同意の代わり、苦笑湛えると
「因みに初詣を行う回数に関する規定はなく多数の神社仏閣に参詣すれば色々なご利益があると言う説もあり、その場合は神社や仏閣を特に問わないそうなのでもし時間があれば他のお寺を回ってみるのもお勧めしますよ。伊勢には沢山ありますからね‥‥それでは、参拝のお邪魔になっては失礼でしょうからこの辺りで」
「ありがとうございました」
「いえいえ、それでは皆さんに多くの幸があらん事をお祈りしています」
最後まで『初詣』に付いて語れば彼は落ちて来た太陽を見やり深々と皆へ一礼すれば佐祐李も一礼にて宮司へ応じると彼は笑顔を浮かべたまま、踵を返してその場を後にすると玉砂利が鳴り響く中で声を響かせたのはロア。
「さ、それじゃあ改めて‥‥お参りしましょう」
「お賽銭は忘れずにね、気持ちで十分だから‥‥45cでいいかな?」
「何で?」
「始終ご縁がある様に、ってね‥‥っと」
仕切り直しにと皆を促すと葵の提案に彼女、首を傾げて尋ねればすぐに返って来た答えを聞いて納得すると賽銭を放る志士に皆も倣い同じ額を賽銭箱に放れば、願いを織るべく瞳を閉じると場にはすぐ、沈黙が舞い降りる。
「‥‥その為にはやはり、素敵な殿方と巡り合う事が必要ですね。幸せな家庭を築くのも一条院家再興の為には必要ですし‥‥」
「何じゃ、唐突に‥‥じゃがそれならほら、此処に居るじゃろうて‥‥此処に素敵な殿方が」
『‥‥‥』
「何じゃ、皆。ノリが悪いのぅ」
するとその中、小声ではあったが壬紗姫が先の続きを口にすれば、それを耳にしたカメノフは別段深く考える事無く己を指差し彼女にアピールするが‥‥次に彼女だけと言わず一行の生温い視線と沈黙を受ければしかし、肩を竦めて彼は笑顔を湛える。
(「『あの人』が怪我をせず、不幸に遭わず‥‥手っ取り早く言えば死ぬ様な目に遭いません様に遭いません様に‥‥」)
「‥‥ま、私なんかが異国の神様にお願いした所で、既に神の祝福でも何でも受けているんでしょうけどね‥‥叶うと言うのなら、祈るだけだわ」
「難儀な事だな」
そんな中、ロアは静かに自身の祈りこそ織るが‥‥直後、すぐに瞳開くと悟りを開いてか自嘲の笑みを湛え呟けば彼女と、彼女が祈りを織る対象の事を薄々ながらも知っている柾鷹が苦笑を浮かべればロアはただ静かに微笑むだけ。
「所で皆さんは何をお願いしましたか?」
「ふふっ‥‥私も義姉様に負けぬ様、義兄様以上の殿方と巡り合わせて下さいと」
「私は皆の願いが叶います様に、ってね‥‥後は秘密かな」
「殊勝な願い事じゃのぅ、因みにわしはな‥‥」
「大体想像が付くから、いいわ」
そして皆がそれぞれに願いを織り終わり、瞳を開いていく最中‥‥ロアよりも最初に祈り終わった佐祐李が皆を見回し尋ねると、最初に壬紗姫が答えを返せば風の志士が葵も彼女の後に続き言うと感心するのはカメノフで、次いで自身の願いを口にしようとするもそれはあえなくロアに阻まれればうな垂れる年老いた魔術師ではあったが‥‥彼の瞳の光は未だ、絶えていない事に皆は気付かない。
「拙者は武闘大会で少しでもいい成績を収められる様にと‥‥これでは決意表明になるか?」
「いいと思いますよ。それで八雲さんは‥‥終わりましたか?」
「あぁ、ささやかな事だが‥‥今、終わった」
そんな中、場の空気を読んでか読まずか柾鷹が彼の後に続き言うとだが直後、真剣な面持ちにて己の願いに対して首を傾げれば佐祐李は微笑を湛え、首を左右に振って最後に話題を八雲へと振れば‥‥漸く瞳開いた彼は僅かな間、遅れた後に頷いては答えを返すと彼女も頷き返せば何処か落ち着かなげに口を開く。
「それなら皆さんで揃って赤福を食べに行きませんか?」
「それは美味いのか?」
「えぇ、非常に嵌ってしまって伊勢に来た際は必ずと言っていい程に食べています」
それは伊勢名物が赤福を食べようとの誘いで、八雲は初めて耳にしたその名に首を傾げ彼女へ尋ねると頬を赤らめながらも佐祐李が確かな答えを彼に提示すれば
「たまには悪くないでござるか‥‥ふむ」
「折角のお誘い、引き受けなくちゃあ損でしょ。と言うかあたしも話を聞いただけで食べた時がなくて興味あったし‥‥と言う事で早速ゴー!」
「壬紗姫さんも行きますよね?」
「えぇ、折角ですからご相伴に預かりますね」
柾鷹も相変わらずの堅苦しいままな表情ではあったが首を縦に振れば、にこやかに応じる葵が皆を促す中‥‥そんな一行の傍らにて、静かに佇むだけの壬紗姫へ佐祐李が声を掛けると何事か思い耽っていた彼女が最後に応じれば皆は踵を返し、庫蔵寺を後にするのだった。
「所で参拝が今日で終わってしまいましたが、それ故に空いた明日はどうしますか?」
「‥‥一日だが、時間に余裕があるから好き好きに動いて貰って構わないと思う」
「ふむ、それは愉しみじゃのぅ〜」
さて、願いが叶うと言われた庫蔵寺を参拝した一行のその後は‥‥と言う事で翌日、空いた一日の間のそれぞれ、自由に動く皆の姿を追ってみる事にしよう。
●ロアの場合
ロアの願い、それはスクロールにゴーレムの製造をする事。
それを願いては翌日、内心でも常に確かに願いながら先ずはスクロールの作成場所に相応しい場を探すべく伊勢の街中を歩いていれば
「ん、何だ‥‥ロアじゃないか」
「あらアシュド、お久し振りね」
何を思ってか、先日捕り物があった黒門邸を前に埴輪を引き連れ佇んでいるアシュド・フォレクシーと出くわした。
「丁度いい時に逢ったわ、実は聞きたい事があったのよ」
「ん、構わないが一体何だ?」
これぞ正しく天命、と悟るとロアは挨拶を交わした直後に早速本題を切り出せば彼より問題ない旨を受けるとやはり、率直に肝心なる話を切り出した。
「ゴーレムを造りたいんだけど、何かいい媒体とかないかしら?」
「ない訳もないが‥‥これから造るのだとしたら、どれ位の時間が割ける?」
「今日だけ」
「‥‥スクロールもそうだが、依頼期間だけの僅かな時間‥‥それこそ一朝一夕の間に出来る程に容易い物ではないっ!」
「そ、そう‥‥?」
すれば彼女の簡潔明瞭な話を聞きながらアシュド、眉根をキリキリと上げていくとロアの話が終わった後に瞳を大きく見開けば、高らかに告げる彼の剣幕に思わず一歩後ずさるも
「いいか、スクロールにゴーレムも同義とみなして説明するが‥‥それは愛情を込めて作らなければならない。さて此処で言う愛情とは‥‥静かな場所で、時間を掛けて、丹精に作り込む事! それが出来ない限りは素晴らしきゴーレム、そしてスクロールが出来る事は決してないのだ! 故に先ずはそうだな‥‥物を作る、と言う事から話そうか」
(「‥‥あー、しまったわね‥‥」)
鼻息を荒くしてアシュドが一歩、彼女との距離を詰めればやがて熱く語り出す様にロアは己が額に手を当てて下手を打ってしまった事に気付くがそれは時既に遅く、それより暫くの間は彼の話に耳を傾けざるを得なくなった。
「‥‥まぁ、こんな所か。この話、確かに肝に銘じて置く様に」
「はぁ‥‥」
それよりエチゴヤを前に長々と一刻程度、アシュドの話に耳を傾けていたロアは漸く解放された事に思わず気の抜けた返事を返すも、彼はそれを気にせず微笑めば一つの巻物を彼女に差し出した。
「今回はその代わり、と言っては何だがこれをやろう」
「これって‥‥」
「この手の知識は然程詳しくないし慣れない作業だったから、一ヶ月は余裕で掛かったな」
その巻物を受け取っては彼女、すぐにそれを紐解けば記されている内容を読み取れば拙くはあったが確かな出来栄えのそれにロアはアシュドを見つめると、彼は肩だけ竦めて微笑めば
「‥‥ま、いいか」
「何がだ」
「いいえ、こっちの話よ」
彼が湛えたその表情を見てロアは己の表情を緩め呟くと、首を傾げる彼に先のお返しとばかりに笑顔で最後、それだけを告げた。
●柾鷹の場合
庫蔵寺にて柾鷹の姿が見受けられたのは街中を闊歩するロアがアシュドと出会うより早い刻限の頃で寺内を散策していた折、境内に向かう途中にて意外な人物と鉢合わせした。
「これは‥‥藩主殿ではないか」
「奇遇だな、こんな所で逢うとは」
「もしや守也殿も‥‥」
「‥‥一応、伏せておいてくれるか?」
その人物、伊勢藩主が藤堂守也へ柾鷹はその第一声にて彼が此処に来た理由に付いて尋ねれば、しかし彼はばつ悪そうな表情を湛え、答えの代わりにそれだけ言って苦笑にて応じる侍はふと道中にて気になっていた事を尋ねてみる。
「そう言えばあれより、色々時になっていたでござるが‥‥今の伊勢の状況は一体、どうなのだ?」
「まぁ、芳しいとは言えないな。道中から街並みを見て貰って分かったろうが先の影響の戦いを被っていれば、黒門の方も進捗は‥‥」
「ふむ‥‥それでも、以前に比べれば」
「まぁ、内部は確かに充実して来た事は確かだな。華倶夜も思っている以上に働いてくれている‥‥未だ、難点も見え隠れこそしているが」
それには素直に応じて藩主は表情を引き締めると伊勢の現状が一端をその口から苦渋と共に漏らし、だが柾鷹に宥められれば肩を竦めながらも頷くと
「まぁそう言った事で噂を聞きつけて、神頼みをしたくなった次第だ。気休めとは言え、たまにはいいだろうと思ってな」
「やれやれ」
最初の疑問への言い訳か、最後にそれだけを付け加えると正直に呆れる侍ではあったが
「‥‥口止めの代わり、と言う訳ではないがこれをやろう。貴殿程の使い手でもやはり守りは気を付けて置かねばならぬ筈、ならばこれは多少なりとも役に立つ筈だ」
部下を付けずに参拝する辺り、余程見られたくなかったのだろう守也は呆れる柾鷹へ紡いだ言葉とは裏腹に口止め料として己が着ていた羽織を彼へ押し付ける様に託せば、足早にその場を去って行くのだった。
「‥‥どうやら伊勢も、まだ大変な様でござるな」
●佐祐李の場合
彼女の願い、それは生まれ育った里で姉妹の様に同じ時を過ごした人物との再会‥‥とは言えお互いに成すべき事がある為に、その後に無事再会を果たせればそれだけでも良いと彼女は祈ると翌日、太陽が真頂点に昇った頃になって佐祐李は再び庫蔵寺の境内を訪れる。
「念には念を入れて、絵馬も奉ってみましょうか」
その理由は昨日の参拝が意外とあっさりしていたので少し不安になった為、再び参拝に来た次第で境内に入るなり目に付いた絵馬を見止めると彼女はそれへ近付き、手に取るが‥‥困った事に絵馬の近くには肝心の筆が近くにない事に気付くと佐祐李は暫し一人でのんびりと途方に暮れるが
「おや、筆がありませんか」
「あ、宮司様」
「いやいや、これは失礼しました。一寸手違いがあったみたいで誰かが片付けてしまった様ですね。えーと、確か‥‥これをお使い下さい」
「随分と立派な筆ですね、でもこれは‥‥」
背後にて玉砂利を踏み締める音を捉えた彼女が振り返ると、何時の間にか近くに来ていた庫蔵寺の宮司が辺りを見回し言えば懐を弄るなり一つの羽根ペンを取り出し佐祐李へ差し出せば、見た目高そうなそれに彼女が惑うと宮司。
「えぇ、先日外国から来たばかりの知人より貰い受けた物です、が‥‥もし良かったら貴方に差し上げますよ」
「え‥‥でも」
「使って見たのですがやはり慣れない物で、友人には悪いのですが困っていたのです。だから、ちゃんと使ってくれそうな貴方に差し上げたいと思いまして」
「そう、見えます?」
「何となくですけどね」
彼女の問いに肯定しながら、しかも唐突に彼女へ一つ提案をすると更に惑うのは佐祐李だったが、宮司が述べた理由を聞けば彼女は真剣な表情にて尋ねると‥‥しかし宮司は苦笑を湛え、曖昧な答えを返すだけ。
「でも自慢ではありませんがこの手の勘は自身、余り外れた記憶がありませんよ?」
「‥‥それでは、遠慮なく頂戴します」
「えぇ、大事に使ってあげて下さい。さすればきっと、良い事がある筈です」
「それも、勘ですか?」
しかし表情は綻ばせたままに彼は根拠なき理由を自信ありげに告げると、未だ遠慮こそしながら‥‥しかし佐祐李はそれを確かに両手で受け取り礼を告げれば、笑顔にてやはり断言する宮司へ彼女は最後に尋ね掛けると彼は笑顔絶やさず、だが何も言わずに首だけを傾げた。
●カメノフの場合
カメノフの願い、それは『う〜む、女の子にモテたいとかパフパフしたいとかそんな所じゃな〜。とにかく旅の思い出になればよいんじゃ』との事で佐祐李が庫蔵寺にいた頃と同じ刻限、伊勢の街中にいた彼の姿を見てみれば‥‥。
「おほほ、これはこれは‥‥」
何やらあちこちに視線を走らせては一人ハッスルの真最中‥‥と言うのも今日は伊勢の至る所にて何故か強風が吹き荒れていたからで、街を闊歩する女性達が纏う衣がそれを前に次々と舞い上がれば彼の反応も当然と言えなくはない。
「サイコキネシスを使う必要なく目の保養が出来るとは‥‥良きかな良きかな」
尤も和装に身を包んでいる女性に関しては容易くそれが持ち上がる事はなかったが、諸外国から渡って来た女性達はその限りではなく、漏れなく強風の餌食に掛かれば老いた魔術師が緩ませる視線に晒される事となり、しかし何時までも激しく舞う風の前にはそれ所ではない彼女達だったが
「何を一人、悦に入っているのかしら?」
「ん、何じゃ‥‥ロアちゃんか」
「こんな所、いても詰まらないでしょう? 折角だからあっちにでも行きましょう」
背後から響いて来た声に振り返れば彼、太ももの辺りをしっかり押さえているロアを見止めると残念そうな表情こそ浮かべるが、彼女からの誘いを受ければすぐに頬を緩ませれば直後。
「何じゃ、念入りに目隠しまでして‥‥」
「念には念を、って事でね。すこーし、我慢してね。すぐ楽になるから」
「おひょ、一体何じゃろうな〜」
「うふふ‥‥」
「もぎゃ、ちょ‥‥此処は一体ど‥‥」
手早く布切れにて両の目を覆われればカメノフは首こそ傾げるも、その耳元で彼女の囁きを聞くと喜び勇んでロアの手に引かれながら着いて行くが‥‥次の瞬間、その身に衝撃を受けると流石に慌てて彼は事の次第を尋ねようとするが、それは最後まで響く事なくやがて『蓋』は閉められる。
「‥‥伊勢の平和は私が守ったわ、確かに、間違いなく‥‥」
そしてその場に佇むロア、少々虫の居所が悪かったからこその半ば八つ当たりな行為に反省しつつもしかし、何故街の片隅にあるか非常に頑丈な蓋付きの大きな木箱の中に閉じ込めたカメノフの視線に晒されていた女性達を守った事に誇りを持って彼女はその場より踵を返すのだった‥‥一応、夜には迎えに来ようと思いながら。
世の中、早々美味い話ばかりではない事が実感出来る一件である。
●壬紗姫の場合
「また、来てしまいましたね」
夕刻も間近、徐々に太陽がその色を変えていく中でフラリと庫蔵寺を訪れた壬紗姫‥‥義理の兄姉が顔を思い出す中で知らぬ内、足を運んでいた事を今になって気付くと彼女は苦笑を湛えれば‥‥その視界の傍ら、動く白い何かを見止めると彼女は思わずそちらの方へ足を向ける。
「‥‥あら、鶏ですか。でも随分と普通の鶏と違って毛並みがふさふさで‥‥」
するとやがて白いそれが鶏である事に気付いて壬紗姫、しかし普通の鶏とは違う高貴な毛並みである事に心惹かれれば、彼女の事は気にせず辺りを徘徊する鶏へ近付くと
「‥‥ふさふさー」
「コケッコ!」
鶏の隙を見付けて彼女はその毛並みに思わず小さく叫び抱き上げれば、流石に驚いて白い塊は飛び跳ね壬紗姫の腕の中から飛び出すも‥‥振り返って浪人と暫しの間、視線を合わせれば見事な鶏冠を持つ彼はやがてのんびりと鳴きながら歩き出し、とある場所にて立ち止まるとやはりまた鳴いた、まるで此処に何かある事を告げるかの様に彼女を見つめながら。
「コッコッコッコ」
するとそれを何となく察した壬紗姫が彼の元に近付き、辺りへ視線を配すれば‥‥彼の足元で非常に珍しいものを見付ける。
「あら‥‥こんな所に四葉のクローバーが、でもいいんですか?」
「コケーコッコ!」
「有り難く頂戴しますね」
すれば彼女、念の為に彼と再び視線を合わせ問うと‥‥高らかに上げる雄鶏の、何処となく嬉しげな鳴き声を聞けばそれを了承と受け取って壬紗姫は珍しくその表情を綻ばせ、確かにそれを摘むとその代わりに暫く彼の美しい毛並みを愛でる様に撫でるのだった。
●葵の場合
「あ、埴輪だー」
その頃、伊勢市街にて一人ぶらぶらと街中を歩いていた葵は日も落ちそうな頃に道の傍らにてぴょこぴょこと飛び跳ねている一体の埴輪を見付けると、興味のあったそれに思わず声を上げていた。
「‥‥珍しいか?」
「そりゃあ、動いている所がたまらなくてねぇ〜」
すれば次の瞬間、背後より響いて来た声に振り返れば己の視界に収まる茶髪で黒い着物を身に纏う外国の出だろう青年が問いに正直な自身の所感を告げれば
「‥‥ふむ、話が分かる様だな。ゴーレムの二足歩行と違って埴輪のそれはまた独特で味がある。一部では情けなく弱い、と言う話も聞くがむしろ普通のゴーレムより埴輪の方が独特且つ画期的だな。そこに目を付けるとは私と話が合いそうだ」
「そ、そうねぇ」
一人頷いて彼が独自に抱く、埴輪感に付いての話が一端を紡ぐと葵は思わず身をたじろかせるが
「そう、そもそも埴輪とは‥‥」
彼は彼女のそんな態度には気付かず、更に埴輪に付いて熱く語り出せば葵はひょんな事になってしまったと苦笑を湛えながら、それから日が落ちるまでの間‥‥ずうっと語り通す彼の話を最後まで聞く羽目になった。
「何か、ひょんな所で手に入れちゃったなー。動かないのが残念だけど、まぁいっか‥‥とそうなると後は‥‥」
やがて彼、アシュドから解放された彼女は月明かりが夜空に浮かぶ中で葵は彼から長々と話を聞いてくれた礼にゴーレム製造にでも使う予定だったのか、持っていた素焼きの埴輪を貰えば今、願いの一つが一応叶った結果を抱えながら一行が待っているだろう宿へ足を向け‥‥その時、見慣れた背中を見付けると彼女は静かに歩み寄ってはその背を思い切り引っ叩く。
「ぶっ、一体何‥‥葵か」
「何か随分な挨拶ね〜」
「いや、済まん」
すると当然の様に噴き出す彼、東雲八雲が振り返れば掌掲げる彼女を見止めると直後に嘆息を漏らすが、彼の反応に葵が不満を露わにすれば八雲が真剣な面持ちのまま詫びると彼女‥‥暫し彼の事を見つめれば
「‥‥何か、俺の顔に付いているのか?」
「んにゃ、そう言えば八雲は何をお願いしたの?」
「‥‥そうだな」
怪訝な表情を湛え尋ねる彼に苦笑で返して葵、唐突に思い付いた疑問を尋ねてみると八雲は夜空に映え、輝く月を見上げ‥‥そして伊勢の街並みに視線を移し、所々崩れ落ちている光景を微かにすがめる瞳に収めながら彼女の問い掛けに対する答えを紡ぐべく口を開いた。
「何時か、平和になればいいな‥‥とそれだけだ」
それは恐らく皆が皆抱いているだろう願いで、さも当然の様に言った彼の毅然とした表情を見ながら葵は顔を綻ばせながら、一度だけ‥‥だが確かに頷くのだった。
果たしてそれが叶うのは何時の日か‥‥誰もが分からないその願いはだが、皆が皆抱き続けている限り必ず何時か、実現するだろう。
だから今はその日が来る事を信じて、僅か一時だけの休息に一行は身を委ね‥‥また明日から始まるだろう、様々な戦いに備えるのだった。
この依頼にて叶おうが叶わないが願った、皆それぞれが抱いている願いを叶える為にも。
〜終幕〜