【伊勢鳴動】外伝 〜紅の巨星〜

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 85 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月05日〜03月13日

リプレイ公開日:2007年03月13日

●オープニング

●三度、夫婦岩
「あー、やっと落ち着いたなぁ。何とか旬が終わる前に伊勢海老の漁が再開出来そうで一安心だぜ」
「全く全く」
 伊勢は二見、斎宮から望める海原がその一角にて今までの一騒動が終わった事に安堵する漁師達は久方振りに揃えば今、これから正しく漁に出ようと意気込んでいた。
「ではこれから今まで漁を出来なかった分、伊勢海老捕まえて巻き返すぞー!」
『おー!!!』
 今までに色々とおかしなものばかりが沸いて出ていたが故、全くと言っていい程に出来なかった漁の再開から期待に胸躍らせ、一団の大将らしき男が息も荒くして叫ぶと他の海の男達も続き声を轟かせた丁度その時だった。
 それを合図にしてか、タイミングよく海が粟立てば‥‥それに気付いた漁師達が固唾を飲んで見守る中で紅の装甲に身を包んだ海洋生物が現れたのは。
「キャシャーーーー!!!」
 やがて先の漁師達が叫びに己も呼応するかの様、盛大に己の存在を誇示したそれは伊勢海老‥‥だったが、その大きさは先に放たれた叫びに比例して馬鹿でかい。
「‥‥なぁ、いきなり大物だぜ。やったな」
「大物、だが幾らなんでもこれは大き過ぎやしないか?」
『えーと‥‥』
 大よそ二町と半(ほぼ2.5m)のそれを前、漁師の一人が唖然としながらも待ち望んでいた獲物を前に何とか声を捻り出し、喜んでみるも‥‥しかし現実を確かに捉えている大将がしっかり突っ込めば皆、返すべき答えを淀ませながら巨大な伊勢海老と暫しの間、にらめっこ。
「三十六計が一つ、こんな時はなぁ‥‥」
「こんな時は‥‥?」
「逃げるんだよぉー!」
「うわぁぁん! 何時になったらまともな漁が出来るんだよーっ!!!」
 しかし何時までもそんな間が続く筈もなく、やがて大将が踵を返し両手を振っては砂地にも拘らず恐ろしい速度にて駆け出すと誰かの絶叫が虚しく響き渡る中、他の漁師達も脱兎の如くその場を後にするのだった。

 こうして夫婦岩を舞台にした戦いの幕は三度、切って開かれた。

「‥‥と言う事でまただが、頼む」
 それより大よそ三日を経て、京都の冒険者ギルドに顔を出しては早々に三度目の夫婦岩を舞台とした依頼を打診するのはやはり、レリア・ハイダルゼム。
「また夫婦岩か、しかも今度は何故に巨大な伊勢海老が‥‥」
「そんな事、私が知るか」
 すっかり見慣れたその顔に、ギルド員の青年は嘆息を漏らすも‥‥相変わらずぶっきら棒な口調にて応じる彼女の表情にも少しではあったが困惑の色を見て取ると彼。
「それもそうか‥‥で数は?」
「確認された限りの話では小さな伊勢海老‥‥とは言っても一町(ほぼ1m)少しの大きさが四匹と、その倍以上になる大きさの伊勢海老が一匹と言う話だ」
「数は少ないんだな、しかし‥‥」
 一先ず話を本題に戻し、尋ねるとレリアの答えに安堵する青年だったが先に彼女が紡いだ話を思い出せばその最後は淀ませると
「その能力に付いては未知数だ、なんせ今までに私も見た事がなければ聞いた事もない奴が相手だ」
「‥‥厄介だな、漸く伊勢の方も落ち着いたかと思えば」
「まぁ今までの件とは関係ないとは思いたいが‥‥そうだな」
 彼の後を継いで代わり、不安要素を遠慮なく語る銀髪の剣士にギルド員の青年は眉根を顰め呟けば、レリアも淡々と同意するがそれは僅かな間だけ。
「余り無駄話をしている余裕はなかったな、それでは済まないが頼む」
 未知の敵を前に緊迫しているだろう伊勢と、巨大伊勢海老が現れたその鼻先にある斎宮の事を考えれば彼女は表情を引き締めると最後、端的に青年へ告げれば踵を返して冒険者ギルドを後にするのだった。

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 依頼目的:巨大伊勢海老を倒せ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要、また防寒着も必須な時期。
 それらは確実に準備しておく様に。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:レリア・ハイダルゼム
 日数内訳:目的地まで五日(往復)、依頼実働期間は三日。
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●今回の参加者

 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9384 テリー・アーミティッジ(15歳・♂・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb0990 イシュメイル・レクベル(22歳・♂・ファイター・人間・ビザンチン帝国)
 eb4756 六条 素華(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

ユーディス・レクベル(ea0425)/ 慧神 やゆよ(eb2295

●リプレイ本文

●三度、夫婦岩
 二見玉置神社を背に、夫婦岩を眼前にして集う一行はその視線の先にて波を生んでは海を爆ぜさせている巨大な五匹の伊勢海老を唖然とした表情にて見つめていた。
「えーと‥‥何度目だっけ?」
「三度目だな、しかし良くも揃ったものだ」
「えへへー」
 そんな一行の中、現場に来てより初めて口を開いたイシュメイル・レクベル(eb0990)の疑問には早く依頼人のレリア・ハイダルゼムが答えると次いで皆を見回して‥‥見慣れた顔ばかりである事に珍しく顔を綻ばせれば、釣られ笑顔を湛える小さな戦士。
「しかし何と言いますか‥‥漁師の方々も災難ですね。今年に入ってからまともな漁が出来ていないのでは」
「こうも続くと、そんな土地柄と思うしかないよね。後は誰かが誘き寄せているか‥‥でも、だとしたら一体誰だろ」
「尋常ならざる者である事は確かだな」
「はぁ‥‥勘弁願いたいわね、全く」
 とは言え目の前に広がる光景は以前と変わらず‥‥いや、今までで一番に酷い様な気がして六条素華(eb4756)が瞳をすがめ呟けば続くイシュメイルの推測と疑問には誰も答えられず、だがシグマリル(eb5073)が彼の推測を正しき解答と見立てた場合の黒幕が持つ力量に付いて簡潔に述べれば、大仰な溜息と共に肩を竦める源真弥澄(ea7905)だったが
「蟹に続いて海老だなんて伊勢湾って美味しい所なんだね、上手く退治してまた美味しいのを食べたいな〜」
「まぁその話は倒してからにしないとね、と言う事で今回もがんばろー!」
 シフールの魔術師がテリー・アーミティッジ(ea9384)が呑気に明朗な声音を響かせ皆を和ませるも、それをやんわりと宥めつつマキリ(eb5009)が皆に檄を飛ばせば応じる一行。
「で、伊勢海老に付いて詳しく知っている人は?」
『‥‥‥』
「ま、そりゃそうよね」
「どうやら戦う前に近くの漁師から話を聞いた方が良さそうか」
「後は‥‥まぁ、そうだな。当たって砕けろ、だな」
 だったが、そのすぐ後に響いた弥澄の唐突な質問には皆、先とは裏腹に押し黙ると彼女が苦笑を浮かべる中でレリアが真剣な面持ちにて一つ、案を紡げば河童の黄桜喜八(eb5347)は己が嘴を撫で頷きながら他の者とは違う思考を持つからこそ閃いた単純明快な妙案を思い付くと、一行はそれぞれに未だ夫婦岩の近くで何を思ってか蠢く、巨大な伊勢海老を見つめた。

●お勉強 〜伊勢海老に付いて〜
 と言う事でそれより暫し、一行はたまたま近くを通り掛かった漁師を捕まえれば老人といっても過言ではない彼より伊勢海老に付いて講釈を受ける事となる。
「いーかー、お前らぁ。伊勢海老って言うのに付いて説明するぞぉ」
「頑張れよぉ、ガマの助」
 妙に意気込むその老人が皆へ呼び掛ければ同時、一人岩場にて忍術により召喚した大ガマへ檄を飛ばしていた‥‥どうやら直接の情報収集を平行して喜八は行なう模様。
「伊勢海老と言う名の語源としては、此処伊勢が伊勢海老の主産地の一つとされていた事に加え、磯に多くいる事から『磯海老』より伊勢海老になったと言う説があるんだなぁ」
「へー、なるほど」
「何だ、いないのか‥‥もう少し探してみれ」
 だが漁師は彼を気にせず、声を張り上げれば波がしぶく中で初めて聞いた話にイシュメイルが頷くと、瞳をすがめる河童は肝心の目標が見当たらない事に海間を泡立たせながら大ガマを泳がせれば
「また、兜の前頭部に位置する前立に伊勢海老を模したものがある様にぃ、伊勢海老が太く長い触角を振り立てる様や姿形が鎧を纏った勇猛果敢な武士を連想させ、『威勢がいい』を意味する縁起物として武家に好まれており、語呂合わせから定着して言ったとも考えられているんだぞぉ」
「でも語源よりはその生態とか、そっちの方が気になるんだけど」
「そりゃ悪かったなぁ‥‥」
「いたか‥‥そんならぶちかましで即、蹴りを入れてやれや」
 まだ続く、漁師の伊勢海老に付いての語源には弥澄が口を挟めば老人が渋面を湛えると喜八もまた一斉に現れた伊勢海老を前、顔を顰めれば五匹の巨大なそれと大ガマは遂に衝突を果たす。
「そうさなぁ、伊勢海老の生態と言えば昼間は岩棚や岩穴の中に潜み、夜になると獲物を探す。食性は肉食性でなぁ、貝類や海栗等の色々な小動物を主に捕食するが、海藻も食べる事もある。貝等は頑丈な臼状の大顎で殻を粉砕して中身を食べるんだなぁ」
「で、苦手な物とかはないのですか?」
「そこで背後だ、背後に回って‥‥」
 そして生まれた巨大な波が岩場に当たれば高くまで飛沫を上げる中、漸く伊勢海老の生態に付いて語りだした漁師はやはりそれを気にせず、直後に響く素華の質問を聞きながら振り返れば此処で初めて彼は喜八が操る大ガマと四匹の伊勢海老が繰り広げる激戦を目の当たりにする。
「天敵といやぁ普通は人間とか沿岸性の鮫、石鯛、蛸等だけどなぁ‥‥今回の奴ぁ間違いなく違うだろうなぁ。因みに強敵に遭うと尾を使って素早く後方へ飛び退く動作を行って逃げるから、気を付けるんだぞぉ」
 だが一呼吸だけ置いた後、先に紡がれた火の志士への解を述べれば暫しの間、大ガマと伊勢海老の激戦を一行と揃い、眺めるが
「‥‥流石に一対五じゃあ無理だったな。けど思っていた程でもない、か」
「ねぇ、聞いてた?」
「皆が聞いてりゃ、それでいいさ‥‥こっちはこっちで得る物があったしよ」
 乱打戦の結果、やがて大ガマが海に沈めば初戦も初戦は伊勢海老にこそ軍配が上がるが、それでも思っていた以上に奮戦した大ガマの戦い振りに喜八は次に響いたマキリの問いへ答えの代わり、笑みを返した。

●うねる海流、轟く雷鳴 〜前哨戦〜
 そんな訳でまた暫く、漁師のお爺さんが漸く去ればそれより一行が頭を寄せての相談を経ると弥澄は先に受けた講釈の影響か、眠たげに瞳の焦点を彷徨わせながら欠伸を一つこそするも、気を引き締め直して皆へ呼び掛ける。
「さて‥‥一通りの勉強は済ませたし、実物も見られれば相談も済んだからそろそろ行きましょうか」
「先ずは小さい方の海老を一匹ずつ餌で誘き出して、ボコ殴りだねっ!」
「ボコ殴り‥‥せめて袋叩きとか、の方が相応しいと思いますが」
「余り変わらない気がするぞ」
「とにかく、小物を狙って敵の戦力を削いでいきましょう」
 すると彼女に最初、何時もと変わらず元気に応じるイシュメイルがメイスをかざし、意気を吐けば‥‥しかしその言い回しに素華が真剣な表情で応じるとシグマリルもまた真面目な面持ちにて突っ込むが、堂々巡りに陥りかねないその会話を弥澄が一先ず収めると
「だがまだ何か明かしていない手があるかも知れない。気を付ける事は変わらず臨もう」
「あぁ、そうだな」
「それじゃあ‥‥行こうっ」
 シグマリルが苦笑湛え、だが次にはすぐに厳しい表情を取り戻して海面に蟠っている五匹の伊勢海老をその視界に収めながら言えば、連れて来た二匹の魔獣を撫でながら喜八も応じるとマキリの掛け声が響く中、一行は動き出した。

「うん‥‥五匹全部、はっけーん」
 お世辞にも天候が良くない中、重い雲が漂う空を飛翔するのはテリーで伊勢海老が居座る夫婦岩近郊から一行が潜んでいる岩場までを確かな視力にて見通し、伊勢海老の数を全て確認すれば
「それじゃあ、お願いだよ〜」
「任せて〜!」
 一行の元へ戻り、周囲の地形に伊勢海老の数を告げると最初の目標を見定めて一行は動き出す‥‥先ずは比較的、輪から離れている小さな一匹。
 浜辺から岩場まで、既に餌となる貝はばら撒かれておりイシュメイルの声援を受けたテリーが再び飛翔すれば、その眼前へ安全な上空より此処まで必死に抱えてきた貝を撒くと‥‥それに反応した一匹は貪り付く様に飛び掛れば、その光景を見届けて離脱するテリーには構わず砂浜に点在する数多なる貝を見付けると、動き出す。
「我が手繰りては生みし紅蓮の焔、更なる力を欲するからこそお前の力を貸したもう‥‥」
 その中、素華が静かに詠唱を織れば直接刃を交える者達の得物へ紅蓮を宿すと一匹の伊勢海老はやはりそれに気付かないまま一行の目論見通り、岩場まで辿り着けば一行は風と化したかの様に疾く動き出す。
「くらえー、のろのろこ〜せん!」
 その最先にて速く詠唱織り紡いだテリーがアグラベイションを完成させれば、足場が悪い中に突っ込んできた伊勢海老は益々動きを鈍くするとその機を逃さず、巨大なそれへ切り込んだ三人は暫し刃を交え、正直な感想をそれぞれ口にする。
「大蟹と同じ程度か、なればっ!」
「問題、ないわね」
「くっらえー!」
 レリア、弥澄、イシュメイル‥‥以前に戦った大蟹と比べ、強力な鋏がある訳でなければその動きも今となっては鈍重であるならそれぞれの得物が大剣で、斧で、鎚で頑強な殻ごと切り裂き、叩き割り、砕けば怯むのは伊勢海老で自身の不利を悟ればすぐに健在な尾を使い後退を試みるも
「悪いが、逃がしゃしねぇぞ‥‥」
「この伊勢海老を送る先にある存在は、伊勢の社を騒がせたい意図があるのだろうな‥‥だが」
 それは波打ち際に佇んでいた喜八によって遮られ、彼の槍にて尾を地に縫われれば岩場の高みより瞳すがめ狙いを付けるシグマリルが伊勢海老と、その先にいるかも知れない存在を確かに眼光にて射抜けば直後。
「そう易々と思う通りに事は運ばせんっ!」
 普段、クールな彼が高らかに決意の声を放てば共に伊勢海老の命を刈り取るべく、鋭き矢を固い殻に覆われていない眼へ目掛け、放った。

 三日目、依頼を果たすのに与えられている時間も残すは一日。
「さーて、残るは‥‥」
「大きいのが一匹だけ、ですね。気は抜けませんが向こうから襲い掛かってくる事は今までの傾向からしてない筈なので、一息入れてから最後の締めに入りましょう」
 軽量の短弓を下ろし、海原を見つめるマキリの瞳には素華が言う様に一番巨大な伊勢海老しかおらず、とりあえず安堵の溜息を漏らすと皆もまた同様に気が抜けてか、それぞれにその場へ腰を下ろすと‥‥視界に飛び込んでくるのは先程倒したばかりの伊勢海老で
「ならその前に少しよぉ、味見してみねぇか」
「一寸、気になるよね」
「でも誰か調理出来るの〜?」
 それを見つめ、言葉紡いだ喜八の提案にはマキリも頷き応じるも、皆の瞳が伊勢海老に注がれる中で次に響いたテリーの疑問には皆、沈黙を返すが‥‥その時に響く、今はまだ調子を崩していないレリアの発言には皆、驚きの表情を湛え彼女を見つめるのだった。
「これだけ揃っていながら調理出来る者がいないとは‥‥しょうがない、簡単な物だが私が作ろう」

●紅の巨星、吼える! 〜決戦〜
 と言う事でレリアの発言からまた暫くの時間を経て、倒した伊勢海老が一匹を一行が解体せしめればレリアはそれと近くの家から借りてきた味噌に鍋等を用い、伊勢海老にて出汁を取っては簡単に味噌汁を拵えるのだった。
「良い出汁が出てるわね」
「美味しい〜」
「レリアさんの腕前もさる事ながら流石は伊勢海老、とも言った所か。だが‥‥」
 三月とは言えまだ肌寒い中、それを最初に啜った弥澄が率直な感想紡げば甘党であるイシュメイルも満足げに舌鼓を打つと静かに頷いてシグマリルもまた二人に同意こそするが、味噌汁に浮かぶ伊勢海老の身を食べれば首を捻ると
「身はあんま、美味くねぇのな。何つうかよぉ‥‥大味?」
 喜八もまた同じ感想を抱き、その身を舌で転がしながら言えば同時。
「キャーシャー!」
「あ‥‥もしかして、怒ったのかな?」
 場に轟いたのは夫婦岩の近くに残されている一匹の巨大伊勢海老が咆哮で、それを聞きながらも呑気に味噌汁を啜りながらキマリが伊勢海老の内心を察し呟けば、一時の休息を終えた彼は器を置くと箸の代わりに得物を持ち、徐々に近付いてくる最後の一匹と一行と揃い対峙するのだった。

 そしてすぐに一行が散開する中で始まった戦いの初撃は意外にも伊勢海老が獲得すれば、先手必勝とばかりにその口元から先に対峙した伊勢海老はして来なかった水の吐息を先ずは一番に先頭を駆っていたイシュメイル目掛け放つ。
「よぉっしっ!」
 だがそれはイシュメイルの読み通りで、直線状に放たれた水流の吐息を前に彼の掲げた盾によってそれを阻む‥‥もその間は僅かに一時だけ。
「うああああぁぁぁ‥‥!」
 やがて凄まじき勢いを持つ水の奔流は彼を盛大に吹き飛ばすと、一行が一瞬だけ気を逸らした隙を突いて伊勢海老は猛烈な勢いにて一行へと突っ込んで来る。
「っ‥‥!」
 畳み掛けての攻撃を前、弥澄は辛うじてそれを受け止めこそするも
「さっきまでの伊勢海老と動きが全然違うっ!」
「気を付けろ! この戦い‥‥下手をすると死ぬのは私達の方だ!」
 受け止めた得物から伝わってくる振動によって腕を痺れさせながら舌打ちすれば、その間に距離を置くべく後ろに広がる海へ飛び退った伊勢海老を睨み据えつつレリアが叫ぶと皆は息を飲み、己が背に冷や汗を流すこそが
「例え力量の差が歴然としていてもなぁ‥‥はいそうですか、って言って逃げられないんだよなぁ」
「そう、此処は引く時じゃなくて抗う時。それなら俺は最期までこの地に立ってみせるっ!」
 それでも従えている魔獣に指示を出しながら更には大ガマをも召喚した喜八がユラリと身を揺らしながら槍を構え伊勢海老の後方へ駆け出すと、キマリもまた決意の言葉を矢に乗せ駆けてはそれを牽制に放てば確かに戦う気が満ちている伊勢海老より逃げる事は難しいだろうと判断した皆はそれぞれに、死力を振り絞り伊勢海老へ挑むのだった。
「メインディッシュ‥‥必ずっ、倒すんだ!」
 先の攻撃より漸くその身を岩場より引き剥がし、起き上がっては即座に駆け出したイシュメイルは己が振るう強烈な一撃と共に叫べば、伊勢海老も負けじと上げた咆哮とぶつかり合えば海面を震わせる中で本当の激戦は始まった。

 やがて戦いは終わりを告げ、静かになった海原より波が寄れば砂浜を削るその中で一行は皆、散り散りに砂浜へその身を横たわらせていた‥‥黄色き砂を赤き血で汚しながら。
「やっぱ、何処かで‥‥侮っていたかも」
 癒し手居らず、懐に持っていた回復薬も少ない中で思わぬ強敵との戦闘なればこの結果は見えたもので、頬を涙に濡らしてテリーは悔しがるも
「それでも一先ず、撃退には成功したのですからこの場は良しとしましょう」
「そう、ね‥‥」
 倒せこそしなかったが奮闘の結果にて夫婦岩から伊勢海老を追放した事には成功した為、依頼の最低条件は達しただろうと素華が皆を慰めるが‥‥総意だろう、弥澄の返事は非常に歯切れの悪いものだった。

 だが伊勢にて起きていた一連の騒動はこれを最後に漸く幕を引き、一応の平安が伊勢に訪れたのはまごうなき事。
 とは言え、この戦いにて逃れた巨大伊勢海老は果たして何処へ行ったか‥‥人目の届かぬ地であればいいのだが、それだけが今は気掛かりである。

 〜終幕?〜