【何でもござれ】京都の竜巻娘

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月15日〜03月20日

リプレイ公開日:2007年03月22日

●オープニング

●殴られ屋の京香
 京都の街中が一画‥‥外れも外れ、家もまばらにしか立っていない荒れた地にて空を裂いてはある浪人が刀振るいて舞えば、しかしそれよりも早く女性の志士が更に流麗な舞を披露するかの様、巧みに自ら目掛け振るわれる斬撃を悉く避け続けている光景を見る事が出来た。
「張り合いがないわねー、もう終わり?」
「‥‥ちっ」
 太刀筋こそ確かだが単調なそれを前に彼女が皮肉を漏らせば、煽られた浪人は舌打ちを一つ響かせると見事に彼女の挑発に応じ更に振るう刃を加速させ、遂には地を抉らん勢いで思い切り足を前へ踏み込んでは彼女目掛け全力で刃を振り下ろす‥‥が。
「はい終了、残念でした」
 それよりも早く響いた彼女の声と同時、浪人の眼前に細身の刃が突き当てられれば次には動きを止めて二人、浪人が懐から幾許かの金銭を彼女へ渡せば端正な面立ちに初めて笑みを宿し、踵を返した彼へ手だけを振って別れを告げる。
「なぁ、何だあれ?」
「殴られ屋だよ、殴られ屋の京香。掠ってでも彼女に刃を当てる事が出来れば彼女から金を貰う事が出来、それが出来なければ逆に彼女へお金を支払うって言う変わった生業をしているんだ、尤も‥‥」
 そんな一連の光景を見止めていた二人の冒険者の内が一人はある種、珍妙なそのやり取りに付いて尋ねると残されたもう一人が刀仕舞う彼女を見つめながら答えるも‥‥その途中。
「あーぁ、もう最近は詰まらないわねぇ全く。稼ぎ甲斐がないわ」
「そうか、そりゃあ相手にならなくて悪かったな」
「‥‥やっぱいい加減、誰かに仕えた方がいいかしらね?」
 彼らの事は至って気にせず京香と呼ばれている彼女が誰へともなく悪態を付くと、自身もその場から去ろうと踵を返そうとするが‥‥幾多の足音と殺気の篭った呟きを聞き止めれば彼女は顔だけ背後へ向ければ、その視界に六人ものごろつきと言った風体の男達を収めて肩を竦める。
「逆恨みする奴も結構に多いから、この辺りじゃあ彼女だけだけどな」
 するとさっきまでいた場所から何時の間にか後退した、彼女のファンらしき冒険者が先の続きを紡ぐが、次々に抜刀するごろつき達が益々殺気を膨れ上がらせればそれに当てられて彼らは身を縮こまらせ震え上がり、近くの民家の影へ隠れるが
「でもまぁいいわ、仕事じゃないから遠慮はしない‥‥わよっ!」
 その殺気を浴びても尚、彼女は涼風を受けているかの様な笑顔を湛えて静かに佇むが‥‥やがて彼らが殺気を治めない事を悟れば瞳をすがめると、艶やかな唇に緩やかな弧を描き、刀を抜きながら湛えていた笑みを凄惨なものに変えれば呟きの最後が掻き消えるより早く、色鮮やかな着流しを風に靡かせて誰よりも先に地を蹴った。

 さて、場面は変わり京都の冒険者ギルド。
「‥‥もううんざり」
「全く、いい加減にすればいいものを」
 渋面を浮かべギルド員の青年へぼやいていたのはやはり殴られ屋の京香。
 暇な折には顔を出し、依頼を引き受けている為に比較的顔馴染みである彼は殴られ屋のぼやきに何時もと変わらず呆れて見せるも
「知らないわよ、突っかかってくるのが悪いんだから。どいつもこいつもちっちゃい奴ばっかり‥‥あーもう全く、嫌になるわね。大体ねぇ‥‥」
 それでも彼女の悪態が尽きる事はなく、青年の眼前に置かれている卓を苛立たしげに叩けば、見た目の割に性格に多少なりとも難のある彼女の普段と変わらない態度に彼は苦笑こそ湛えるが始まると長い、彼女の愚痴が漏れ出している事を察すると
「‥‥で、今日は何用だ?」
「あぁうん、そうね」
 それを遮るべくギルド員の青年、用がない限りは足を運ばない京香へ此処を訪れた理由を尋ねると彼女は漸く本題を思い出せば先まで浮かべていた表情を一転させる。
「ちょっとした依頼を引き受けたんだけど、どうにも人手がいる内容でさ。少し手伝いを募りたいな、って思ってね」
「もしかして、また無償で依頼を引き受けたのか」
「‥‥悪い?」
「悪くはないが、もう少し身になる事をすればいいものを」
「だから殴られ屋をやっているんじゃない」
「‥‥まぁ、その話は今ここでしても仕方がないか。で、肝心の内容は」
 すると開かれた小さな口より紡がれる前振りから‥‥いや、それ以前から青年はある意味では悪癖とも言えるだろう毎度ながらの彼女からの依頼の概要を察し言えば、頬を膨らませる京香は開き直るが説教をしようとする彼は続き、やはり何時もの様に聞いている京香の答えを聞けば嘆息を漏らし、自ら折れると頷く彼女は漸く話の本題を静かに語り出した。
「実はさ、ある病に掛かっている人が居てね‥‥もう余命、幾許もないんだ。でもその人が生きている間に一度、桜を見たいんだって。幸いにも京都の近くでもう桜が咲いている場所があるのは知っているんだけど、季節柄その辺りって物騒でね。あたし一人じゃ依頼人を担いでそこまで行くのは難しいから、護衛として冒険者の手を借りたいんだ」
「‥‥同道する者もいるだろう、何人だ?」
「病人のお爺さんと今まで連れ立って来たお婆さんに、その息子達が三人。冒険には縁もない人達だから少し多めに人手が欲しいな」
「分かった、とりあえず人手を集めてみる事にする」
「何時も悪いね、でも宜しく」
 すればその話を聞いてギルド員の青年は更にあるだろう詳細に付いて京香へ尋ねれば、返って来た簡単な答えに一先ず頷くと何時もと変わらずに筆を取れば彼女は初めて、顔を綻ばせるのだった。

――――――――――――――――――――
 依頼目的:既に咲いている桜の袂まで京香らを護衛せよ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要、防寒着もまだ必要な時期なのでそれらは確実に準備しておく事。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 日数内訳:目的地の山(中腹辺り)まで四日(往復)、最後の花見に一日。
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●今回の参加者

 ea0480 鷹翔 刀華(28歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7905 源真 弥澄(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9850 緋神 一閥(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3917 榊原 康貴(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5228 斑淵 花子(24歳・♀・ファイター・河童・ジャパン)
 eb6553 頴娃 文乃(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb8467 東雲 八雲(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

天霧 那流(ea8065)/ 井伊 貴政(ea8384)/ 酒井 貴次(eb3367

●リプレイ本文

●桜を目指し 〜殴られ屋の京香と、老夫婦の想い〜
 京都の冒険者ギルドより、少々早い花見を行いたいと言う老夫婦の為に彼らが住まう家へと向かう冒険者達が一行の姿が見受けられた。
「うーん‥‥あの伊勢海老を逃したのは痛かったわねぇ。他所に流れて行ったらしいし」
「過ぎた事だし、しょうがないよ‥‥それよりも今は」
 春風そよぐその中でしかし、その陽気とは裏腹に陰気に肩を落とす源真弥澄(ea7905)は先の依頼の失敗を未だ引き摺っては今もまだ呻いていたが、その依頼に同道していたマキリ(eb5009)が彼女を宥めれば丁度、一行の眼前に依頼人が住まう家が現れると息を吐いて弥澄は背筋を正すと
「初めまして、護衛に来た花子ですよ。宜しくですよ」
「思っていたより元気そうで何よりだ、ご老人」
「今日は調子がえぇのな」
「けど歩く事は出来ないから済まないけど道中、宜しく頼むわねぇ」
 その門前にて一行を待っていた依頼人達へ河童の斑淵花子(eb5228)が気さくに挨拶すれば、それに依頼人達が応じると話では病にて余命幾許もないと言う老父の、意外にも健在な様子に一先ず安堵を覚えて声を掛ける榊原康貴(eb3917)へ彼は笑顔で応じるも、その傍らに佇む老婆は苦笑を湛えながら一行へ願い出ればすぐに頷いたのは淡白な表情を宿す鷹翔刀華(ea0480)。
「任せて‥‥けど花見には時期が早いのに、どうして危険を犯してまで見に行くの?」
「この時期、通例なんですよ」
「あたしらが初めて出会ったのが丁度、この時期でねぇ。夫婦になってからは何時も、少し早めに花見に行っているのよ。でも最近は、爺さんがこの調子で随分とお預けでねぇ」
「何となく、行きたくなったのじゃ」
 しかし浮かべる表情の割、柔らかい声音を響かせて今回の依頼に当たりどうしても気になっている事を出立前に確認すべく尋ねれば、困惑しながら口を開いた彼らの息子が一人に続いて老婆が答えるも、彼女の言葉を打ち消す様に微笑みながら老父が言葉を紡げば
「そっか、でも余り無理をしないでね」
「そうですよ、十分にお気を付け下さい‥‥」
「わかっちょるわかっちょる」
 彼が紡いだ言葉の真意を何となく察しながら‥‥実の所、深い意味はないのかも知れないが人の生と死に一番近いだろう僧侶の頴娃文乃(eb6553)が微笑みながらも釘を刺せば寡黙な志士の緋神一閥(ea9850)も老父を気遣うが、彼より返って来た返事に不安を覚える一行だったが
「志士の東雲八雲だ、宜しく頼む」
「お気楽浪人の京香よ、今回は宜しく頼むわ」
 老夫婦一家の後に今回の依頼人である、殴られ屋の京香へも挨拶を交わす東雲八雲(eb8467)へ彼女も応じれば直後。
「ふーん‥‥」
「どうかした?」
「いやね、冒険者とつるむのは久し振りだから大丈夫かな、ってね。昔、付き合いのあった連中は大した事が無かったからさ」
「さて、行くとするか」
 一行を値踏みするかの様に視線を走らせれば、その様子を尋ねるマキリに彼女は率直に答えを返し、慇懃な笑みを宿すもそれは気に留めた風も見せず八雲が皆へ呼び掛けると早くも咲いていると言う桜を目指し、皆はその歩を進めるのだった。

●桜を目指し 〜その道中、皆の意思〜
 それから一日目は街道を無事に踏破した一行と依頼人達は程無くして目的の山の麓へ至ると二日目よりその山の中腹に咲く桜を目指し、気を払いながら歩いていた。
「今日は天気も良ければ見晴らしもいいし、山登りに持って来いの日かな」
 その一団の先頭を務める刀華の後に付いて、辺りに視線を走らせながらマキリが言う様に天候は快晴で風も穏やかに吹けば、皆の足取りも軽いが
「山道を歩くのは‥‥妖怪に襲われた時以来かな?」
「事実だったとしてもそれを今、言うべきではありませんよ」
「‥‥そうだな」
「なぁに、構わんよ」
「所でご老人、昔は何をされていたのだ?」
「昔か、昔はそうじゃのぅ‥‥飛脚をやっておったわい」
 刀華は麗らかな陽気から昔を懐かしんでは言葉を紡ぐも、それは一閥に即座窘められれば呻き頭を垂れるが、康貴の背に担がれている老父は至って気にせず顔を綻ばせると和む場の雰囲気から老父を背負う侍は差し障りのないだろう会話を振っては暫し、一家との雑談に興じるが
「うーん」
「どうしました‥‥」
「一寸、気を付けて頂戴ね。近くに何かいるかも‥‥?」
 その傍らにて文乃が呻くと配慮に足りる一閥が今度は彼女へ何事かと振り返り尋ねれば、返って来た答えを聞くなり眉根を僅かにだが顰める彼。
「‥‥ふむ」
「ま、文乃が言うんだったら気を付けて然るべきよね」
 だが辺りには取り立てて目立つ様な気配は感じられず‥‥それでも彼女が皆のペットを面倒良く、且つ手際良く見ていた事を弥澄は知っていたからこそ潜んでいる獣が何処かにいるかも知れない事を察して一同の殿より警告すれば、皆は一度だけ頷いた後に再び荒々しい道を一歩、踏み締めた。

「‥‥大丈夫? 足痛くない?」
「大丈夫ですよ、ありがとう」
「私は疲れたー」
「はいはい」
 その夜、目的地である早咲き桜の袂まであと僅かと迫りながらも日が落ちた事から夜営を張る事となった一行はテントにて老夫妻を労いながら、その息子達と共に夕餉に使えそうな食材を探しながら、京香の冗談をあしらいながら、夜を過ごしていた。
「この痕跡は‥‥もしかして」
 やがて夕餉も終われば、見張りを立てての就寝を前に夜営の近辺を見回っていた文乃が足元に残されている痕跡を見付け、それを残す主に思い当たれば同時に揺れる草むらから果たして飛び出して来たのは
「兎‥‥っ!」
 暗がりの中でもそれを確かに見抜いた八雲が言う通りであった‥‥が直後、同じ場所より巨体が飛び出して来ると舌打ちと共に腰だけを上げて屈んだままに飛び退れば、一行は早く老夫妻とその息子達を中心に円陣を組む。
「やっぱり羆、か‥‥得てしてこう言う事って大抵、当たるから困るよね」
「さっ、それじゃあ‥‥行こうかっ」
「羆を倒しても、血の匂いに誘われて別の獣が出て来たらどうするの‥‥?」
「全部倒すっ!」
「結構、単純なんだね」
「‥‥うるさい」
 そんな中でぼやく文乃の態度は言葉の割にはさっぱりしたもので、だがそれに輪を掛けて京香が張り切り細身の刀を抜刀すれば呆れる刀華にやはり断言する彼女だったが、マキリが次に響かせた言葉には振り返って彼の頭頂を引っ叩くが
「それでは、此処は私が‥‥」
 場に張り詰める空気はその程度では緩まず、益々緊張感を高め羆が喉元で低く唸るとそれに応じて一閥が一歩、踏み出せば詠唱を織り紡いでは自身が習得している唯一の呪文を携えている刃に宿せば夜の闇に紅蓮の軌跡を描いて、すがめる瞳に羆を捉えたまま呟くのだった。
「降り掛かる火の粉は払わねばならぬとしても、桜の色を血化粧で染めたくはありませんからね‥‥」

「良く先に見付けてくれたわね、偉い偉い」
 翌日、早くに夜営を払い一同は再び山道を歩き出す‥‥も、まだ日が低い内から『それ』は弥澄の忍犬に捕捉されれば、やがて賛同を進む皆の前に姿を現すと先日に羆を焔宿した刀の軌跡に裂帛で追い払った一閥がその光景を前にして呻く。
「先の羆は上手く追い払う事が出来ましたが‥‥」
「流石にこれは無理だよね」
 それもその筈、一同が進むべき山道の途中を遮っていたのは大蟻の群れで即座に襲われこそしなかったが、道を譲る気もなさそう雰囲気に彼は先日と同じく携える刀に焔を宿し、威嚇してみるも‥‥それを前に単純な大蟻はむしろいきり立てばマキリもその足元に矢を放ってみるが、やはり結果は同じ。
「無理みたいですねー」
「大丈夫‥‥ですか?」
「大丈夫でぃすよ。問題無いです♪」
「貴方達には指一本とも触れさせはしない‥‥その為に俺達が居る」
 その中にて早く花子が決断を下せば、佩いている太刀を抜き放つと不安げに尋ねる老婆へ彼女は笑顔にて応じると八雲も静かに、だが力強く答えては一家を安心させる中で次に動き出した大蟻達を見つめ、ニコニコと笑みを貼り付ける京香。
「じゃあ今度こそ、行こうか!」
「ま、しょうがないわね。でも逃げ出したらそこでお終いよ」
「勿論、それじゃあ‥‥」
 誰よりも早く抜刀すれば、窘める弥澄に早く彼女は応じると細身の刀を水平に構えながら駆け出し先陣駆け、一行も彼女の後をすぐに追うのだった。

●桜を前に 〜桜花絢爛〜
 そして一同はやがて、京香の案内によって早咲き桜の袂へと到達する‥‥が。
「‥‥これだけか?」
「早々沢山ある訳ないじゃない、早咲き桜なんだし!」
 皆の眼前にある桜はたったの一本で、思わず八雲は囁くが生憎とそれは京香の耳へ入る事となり、即座にど突かれる彼だったが
「じゃが、見事に咲き誇っちょるの」
「やがて散り往くからこそ、限りあるからこそ懸命に、薫風に咲き誇る桜‥‥冬を乗り越え、生命の強さを知るこの季節が、私は一番に好きですね」
「そう、か? ‥‥どうにも、眠い‥‥春は嫌いだ」
「あらあら」
 しかしそのやり取りと、目の前に一本だけでも誇らしげに花を咲かせている桜に顔を綻ばせる老父に一閥も瞳を細め、眼前に広がる光景に和み呟くが‥‥刀華は舞う春風に当てられて欠伸を漏らすと老婆は苦笑を浮かべれば
「だが早咲きの桜も‥‥ふむ」
「‥‥悪くないわね」
 京香から逃げる様に改めて桜の樹を見た八雲が未だ、ど突かれながらも一人頷くと文乃も艶ある面立ちに微笑を湛えたその時。
「折角の機会だ、茶でも点てようか」
「そいつはいいのぅ」
「私達も頂戴出来ますかね?」
「あたしもあたしも〜」
「勿論だ、それでは暫し待たれよ」
 不意に響いた声の主は康貴のもので、彼が紡いだ提案にはすぐに老父が乗るとその妻が尋ねる中であけっぴろげな花子も老夫妻に便乗すれば、静かに応じながら康貴はその準備を始める。
「何時か己も連れ添う妻と、同じ景色を見る事が出来る様に‥‥」
 そんな長閑な光景のすぐ間近にて一閥はのんびりと言葉を交わす老夫妻を密かに見つめ、内心にて羨ましがりながら、しかし声にして呟いては桜の樹を見上げれば
「殴られ屋さん、かぁ‥‥腕に自信があるんだろうけど、変わった仕事をしてるんだね」
「在り来りな仕事じゃ退屈だし、一度限りの人生はほら‥‥楽しく生きないとさぁ!」
 その傍ら、やはり同様にただ一本の桜を見上げながらマキリがふと思い出したかの様に八雲をど突くのに飽きた京香へ尋ね掛けるも、直後には荒っぽく彼女に背を叩かれれば紡がれた答えを聞いて彼はむせ返りながら言葉を続ける。
「まぁ怪我しても当事者同士納得ずくならあんまり口を出す事じゃないのかな?」
「所が私に負けたって言う事が腹に据えかねる奴も中にはいて、面倒になる事の方が多いかも‥‥全く」
「それじゃあ、何で殴られ屋なんて生業をしているのよ」
「‥‥私と言う存在を誇示、実感する為かな」
 だが、その後に嘆息を漏らしながら返って来た京香からの話を聞けば、弥澄は誰しも当然に抱く疑問を紡ぐと今までに宿していた雰囲気を、発していた声音を唐突に変えて彼女は一言だけボソリ呟けば、途端に静まる場。
「そう言えば京香は今まで、どんな奴を相手にして来たんだ?」
「あ‥‥んー、そうねぇ。大抵はチンピラとか‥‥たまーに冒険者崩れの面子とか、大した事のない奴ばっか。でもねー‥‥」
 だが一行の中で一番の年長者である康貴が早く気を回し、茶筅を動かす手は止めぬまま話題を摺り返るとその気配りに遅れて気付いた京香は早く思考を巡らせれば、過去に対峙した名のある武芸者との話を始め、皆の気を惹き付けるのだった。
「良い眺めじゃのぅ‥‥」
「そうですねぇ」
 静かに茶を立てる康貴の傍らでただ一本の桜に魅入る老夫妻の邪魔をさせない様に。

●桜を後に 〜再会を願って〜
「我侭に付き合わせちまって済まなかったなぁ、色々とありがとよ」
「いいや、問題はない。むしろこちらが感謝したい位だ‥‥あれだけの桜を見る事が出来たのだからな」
「‥‥あれを見付けたのは私なんだけどね」
 やがて一行は花見を無事に終えると惑う事無く京への道を引き返し依頼人と共に無事、彼らの住まいへと帰り着くとその門前にて礼を言う老父へ、八雲も頭を下げて感謝するが‥‥彼の感謝にへそを曲げる京香が鼻を鳴らせば、彼女がそっぽを向く中で皆は笑いを弾けさせるが
「機会があれば京香殿と手合わせ願いたい所だが、今回は依頼人故に無理も言えんな」
「そうね、でも生きている限りいずれ機会はあるわ。その時まで精々、腕を磨いておきなさいよね。あれが本気なら、まだまだ私の相手じゃないから」
「‥‥努力しておこう」
 一頻り笑った後に康貴が己の顎に蓄えられている髭を撫でながらふてくされる彼女へ声を掛けると、身を翻して京香が向き直れば山中での戦闘を振り返ってか辛辣な評価をぶつけられると呻く彼に先の仕返しが成って満足したのか、彼女は微笑むも
「でも、何時かは挑戦する。京香を私の目標にするね?」
「それはお好きにどうぞ。でも手加減はしてあげないからそれだけ、宜しくね」
 それでも怯まず、無愛想な表情のままに呟いた刀華の宣言を聞けば京香は瞳をすがめ、笑みの質を不敵なそれに変えながら肩を竦めると
「それじゃあお爺ちゃん、お婆ちゃん、長生きしてね」
「おんしらもな〜」
「息子さん達はしっかり頑張って下さいですね〜!」
 次に文乃からの別れの言葉が場に響けば、それに応じる一家へ花子が尚も手を振っては別れを惜しむとその場より去ろうとする一行の様子に内心でだけ慌て、無愛想な浪人が遅れて踵を返せば京香もまた腕を掲げ、皆へ一時の別れを告げた。
「さって‥‥じゃあ私も行くわ、精々頑張んなさいよね」

 こうして無事に依頼を終え‥‥一時を共にした面子はまた、それぞれがいるべき場所へと帰るのだった。

●後日談
 花見を終え、無事に帰り着いてから一週間もしない内に老父はその息を引き取った。
 妻子に囲まれ、迎えた死の間際に彼は死の恐怖に駆られる事なく、穏やかな笑みを浮かべこう呟いたそうだ。
「最後にあれだけ‥‥綺麗な桜を、婆さんと一緒に見られたんだ‥‥もう、思い残す事は‥‥なぁんにも、ねぇよ。皆‥‥ありがと‥‥な‥‥」
 今まで歩んできた生を後悔する事無く全うしたと言う老父に、最後まで彼に連れ添った老婆はやはり穏やかに笑みを浮かべて見送ると、血の気が引いていくその顔に布を被せ‥‥だが老父が棺に入るその時まで、彼女は微笑みを絶やさなかったと言う。
「お疲れ様でした」
 冒険者に付き添われながら老父と共に見る事が出来た最後の桜が今もまだ、心の奥底で咲き誇っていたのだから‥‥。

 出来る事なら、冒険者の皆には世の太平を守ると共に人々の心にも安寧を与えられる存在になって欲しいと、私は願って止まない。

 〜終幕〜