【何でもござれ】早過ぎる場所取り.1
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■シリーズシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 24 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月20日〜04月04日
リプレイ公開日:2007年03月28日
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●オープニング
●伊勢にて、篭り切りの日々
「もう少し‥‥か」
伊勢の市街より程好く離れた山の中、そこに建つ一軒の工房にてアシュド・フォレクシーは目の前のいかつい埴輪の出来栄えに一先ず、安堵の嘆息を漏らしていた‥‥ちょっといびつなその外観は一先ず無視して。
「とは言え、流石に気が滅入ってきた」
「そんな時は気分転換が一番だ」
「‥‥何時の間に来た」
「つい先程」
が長時間に渡ったその作業は流石の彼でも疲労をもたらすには十分で、次には床へ寝転りアシュドがぼやくと同時、その視界に皮尽くめの男が飛び込んで来れば呻く様に尋ねる彼へレイ・ヴォルクスは平然と答えを返すと
「正しく神出鬼没だな」
「そう褒めるな、照れるじゃないか」
「褒めてない、で今日は何用だ」
続くやり取りに益々疲労感を覚えた魔術師は早々に本題を切り出すと、皮尽くめの彼。
「花見とやらをしてみないか? ジャパンの風習、文化には前々から興味があってな。一度やりたいと思っていた所、京都で良い場所を見付けたんだ」
「去年もしたから私は十分だが‥‥」
「気分転換も大事だぞ」
すぐに回答を紡げば、それを聞けばアシュドは半眼湛え進行中の作業もあるからこそ断わろうとするも‥‥それは帽子の隙間から覗くレイの優しげな瞳の光によって逆に宥められる。
「‥‥手掛けている事があと少しで終わるから今は余り此処を離れたくはないな。その後でなら、考えてもいい」
「そうか、それならば丁度いい。生憎と俺も今は忙しく、後は面子の都合もあるのでどうせすぐには出来ん。場所取りは他の者に任せるとするか」
「ちょっと待てよ、その花見‥‥一体何時やるんだ」
「一ヵ月後だな、大よそ」
「幾ら何でも場所取りは早過ぎるんじゃないか」
すると渋面を湛えながら、しかし一つの妥協案こそ提示した上でアシュドは首を縦に振って肯定すると、皮尽くめの男も何事かに追われているのか頷き返せば改めて開催日時を尋ねるアシュドへ答えを返すと‥‥唖然とする魔術師へ微笑んではこう言うのだった。
「そんな事はないさ、戦いは既に始まっているぞ」
●京都にて、怠惰に過ごす日々
京都、十河邸。
「‥‥ぼー」
「全く」
黒門捕縛も成し遂げられ、だからこそか十河小次郎は気が抜けたかの様に呆け居間に佇めば妹であるアリア・レスクードに今日も呆れられていた。
それもその筈‥‥先日、その中核が全てを捕縛した黒門が一派の中には彼らの父も居りやはり同様に捕らえられれば今まで、面会する事叶わず未だに真実を知る事が出来ていないのだから、小次郎が悶々とした日々を送るのは当然と言えば当然だった。
因みにアリアに関して言えば兄よりも父の事に付いては詳しく知らない事もあって半ば開き直っており、そう言った点では小次郎よりもタフなのかも知れない。
「失礼する」
「あ、貴方は‥‥」
そんな折、玄関より響いた声を彼女は聞き止めると慌て駆け付ければそこには皮尽くめの男が一人、腕を組んで立ち尽くしておりアリアはその光景を前に驚くも
「どちら様でしたっけ?」
「‥‥レイ・ヴォルクス。英国にて最後の酒宴で同席した者だ、まぁその時だけしか互いに顔を見ていないから覚えていないのも止むを得まい」
「あぁ、そう言えば‥‥でも何故」
次には首を傾げ尋ねれば、流石の彼も鼻白みこそするが言葉を交わすのが初めてと言う事に気付くと改めて簡潔に自己紹介を済ませれば漸く頷く彼女に早速、本題を切り出した。
「一つ、頼まれごとを引き受けて貰えないだろうかと思って伺った次第だが」
「‥‥今はそんな気分じゃあ、ない」
「呆けているだけ、と言うのも違うと思うが」
「‥‥ふん」
滅多にない客の来訪故にか、久方振りに居間より動き出した小次郎がつっけんどんに答えを返すも‥‥何処まで彼らの話を知っているのかレイが平然と言葉を紡げば、鼻を鳴らすのは小次郎の方だった。
「‥‥それで、何だ?」
「花見をする為の場所取りだ、今から一ヶ月後位に開くつもりで考えている」
「幾ら何でも」
「だが、今よりは余程有意義ではないか?」
「‥‥それは」
そして場に宿る険悪な雰囲気だったが、それを払うべくアリアが肝心の内容に付いて彼へ尋ねてみると、返って来た答えには当然の様に呆れるアリアだったが続く彼の言葉を聞けば返すべき答えに言い淀むと
「因みに冒険者ギルドの方へは既に打診済みだ、済まないが詳細はそちらで聞いてくれ‥‥それでは、頼んだぞ」
その隙に全てを押し付けるかの様、レイが言えば彼らより返事を貰うより早く踵を返してその場を後にする。
「兄様‥‥」
「分かっている。らしくないのも、このままじゃいけない事も‥‥だが」
そして玄関に残された兄と妹、唐突な珍客からの依頼に困惑こそ抱くアリアではあったが確かに彼の言う通りでもあって最終的な判断を気遣わしげに兄へ委ねると‥‥彼は髪を掻き毟りながらぼやき、外へ歩み出れば蒼き空を見上げ呟くのだった。
「なぁ、俺はこれからどうすればいいんだ?」
それから暫し、二人は相談の末に今回の依頼を引き受ける事とする‥‥が彼らの抱いている困惑とは裏腹な事態が待っている事には当然の事ながら、気付く筈も無い。
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依頼目的:絶好の花見場所を押さえ先ずは半月の間、死守せよ!
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要、防寒着もまだ必要な時期なのでそれらは確実に準備しておく事。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
対応NPC:十河小次郎、アリア・レスクード
日数内訳:依頼実働期間のみ、十五日
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●リプレイ本文
●桜の木を目指し
京都、冒険者ギルドを眼前にまだ暫く先に予定している花見に向けて早くも場所取りを行って欲しいと言うこの時期らしい、しかし一風変わった依頼を引き受けた面々がこの日、集っていた。
「アリアさん、お久し振り♪」
「お久し振りです、葵さん。相変わらずお元気そうですね」
「それだけが取り得だからねっ」
その中で明るき声を響かせて神子岡葵(eb9829)が今回の依頼、同道する事になったアリア・レスクードへ笑顔を浮かべ挨拶交わすが
「‥‥あら、そちらはお兄さん? よろしくねっ!!」
「おう、十河小次郎だ。宜しくな!」
「こちらこそ、ね。しかし話はかねがね、娘達から聞いているけど‥‥ふぅーん」
次にはその傍らにいる男性を見やれば、早々アリアと似ているとは思えない彼の立ち位置を何となく見抜くと、十河小次郎もすぐに応じれば妙齢のエルフの僧兵が淋羅(eb0103)は初対面の彼を見定める様、視線を這わせながら彼女。
「沙羅から振袖を貴方に渡して欲しいと言われて持って来たんだけど‥‥貴女用の振袖よね、きっと。着付け出来るから着てみる?」
「えぇと‥‥とりあえず先に場所を押さえてからにしませんか?」
「じゃあそうしましょうね」
バックパックより娘から託された色鮮やかな振袖を出すも、二人を見比べながら振袖に添えられている宛名が違うのだろうと言う事に気付いて羅はアリアへ声を掛ければ、頷く彼女の提案に笑顔を浮かべた。
「しかし、男の冒険者が私だけというのは感激の極みだね」
「いや、俺もいるが」
「‥‥ふふ」
さすればその光景の中、改めて皆を見回した和久寺圭介(eb1793)がそんな事に気付くと、男性の数が少ないのは確かだったが小次郎が突っ込めば彼は何を思ってだろう、暫しの間を置いて不敵に笑うと途端、表情を露骨に歪める志士と静かに火花を散らす圭介。
「しかし何と言うか、気の早い話ですね。何だってこんなに早くから、花見の場所取りを行うのでしょうか?」
だがその状況を宥める様に、本人にはそのつもりがなくとも雪桜火憐(ec0745)がのんびりと声を発し、小首を傾げる彼女へ
「さてな、英国から来たばかりの依頼人に聞いてみればいい。京都にはいるらしいから、探せば見付かるだろう」
「まぁ、依頼とあれば文句はないんですけどね。それと花見にも参加したいですし、頑張りましょうかね」
「そうだな。今回の依頼は長そうであるし何はともあれ改めて宜しくお願い致す」
「うん、宜しくね」
小次郎は視線を漸く圭介から外し、自身より頭一つ高い巨人の志士を見つめ答えるとしかし彼女から返って来た答えに足元を滑らせれば、その光景に表情を崩さないまま東郷琴音(eb7213)が生真面目に皆へ告げれば、桜あんこ(ea9922)は笑顔を湛え頷くと十河兄妹に視線を移し兄妹を見つめる。
(「何時ぞやの兄妹さんですね‥‥仲良くなられた様で良かったです」)
「ん、そういや‥‥見た記憶あるな」
かなり以前、彼らを和解させる依頼の一端に加わっていた時の事を思い出しながら‥‥その時とは違う二人の雰囲気に内心でだけ呟き密かに顔を綻ばせると、彼女の視線に気付いた小次郎はあんこの顔を暫し眺めて首を傾げた後、思い出して口を開いた。
「伊勢の和菓子屋に勤めていたか?」
「違います」
名前が名前とは言え、そんなボケが出てくる事にあんこはしっかりと小次郎へ突っ込むのだった。
●
「うわ、思っていたより沢山いますねぇ」
「本当にもう、戦いが始まっているとは」
それより一行、人伝にて話を聞きながらやがて桜の樹が連なる川の袂に辿り着くも広がる光景を前に皆は唖然と口を開け放つ‥‥それもその筈、何せ目の前では人々がこぞってあちこちで群れているのだから。
「とりあえずは開けている場所が最優先だな」
「それとどうせなら、複数の種類の桜が見られる場所が良いかも知れません」
「いえ、折角ですから出来るならそうしたいですね」
「後は‥‥おっきい樹がいいよね!」
「そうなると近過ぎても返って見辛いだろうから、距離を考える必要もあるか」
「出来るなら、花見当日に咲きそうな樹にしないといけないわねぇ」
「そうなると‥‥」
そうなるとその光景を前に一行は早く頭を寄せると、確保すべき場所に付いての条件を摺り合わせれば今度は一斉にその視線を辺りへ巡らせると八人の中で最初に複数ある条件に適するだろう場所を見付けた琴音は、その視界の中で同じ方を目指し動き出す人影を次に見止めれば慌てて先ずは単身、愛馬に跨り駆け出すのだった。
「急ぐ必要がある様だなっ!」
●
その日の夜。
「一時はどうなる事かと思ったが‥‥」
「先ずは安心していいのだろうね」
あれから琴音はその機動力を持って無事に川沿いに広がる場所を確保すると、彼女が押さえた場所を皆で確認すればそれなりに依頼人が出した条件に合う事と加えて、自身らが望む花見場所としても相応しい地である事が判明し、今はその場にて腰を落ち着けていた。
「それじゃあ早い内に始めましょうか」
だが、そのままでは誰かが入って来てもおかしくない状態なので羅が早々と動き出せば確保した場所を明確にすべく、桜の木々を注連縄(っぽく縄を細工したもの)にて次々に結び付けて行けば境界を作り始めるも
「でも、いいんでしょうか?」
「こう言うのはね、やった者勝ちなのよ」
「なるほど、勉強になりました」
「おーい、流石にそりゃまずいだろ」
目の前に広がる光景故に鼻歌を刻み、作業する羅へのんびりとした声音を響かせて尋ねた火憐だったが彼女より返って来た真直ぐな答えを聞けば、おっとりしている巨人の志士は思わず納得して頷くも直後に羅の行動は小次郎によって突っ込まれる事となる。
「それじゃあこれだけ広い場所を確実に一ヶ月、押さえる為にはどうすればいいのかしらぁ?」
「う‥‥そ、そうだなぁ」
しかし淋は小次郎へと歩み寄り尋ねると、言葉に窮する彼はその身を委ねんばかりにまで近付いてきた彼女から視線を逸らす様に蒼き空を見上げ、考え込む事暫し。
「ま、いっか」
あっさりと先の発言を翻すと顔を綻ばせる羅だったが、そんな彼女とは裏腹に眉根を上げて小次郎へ目掛け、数多の石を放るアリアに葵の二人の攻撃を受ければ彼は直後、轟沈するのだった。
「やはり、女性を敵に回すのは恐ろしいね」
「全くだ」
アリアと葵の投石事件から暫く‥‥その場に駆けつける事はせず、ただ眺めるだけだった圭介は青痣作る小次郎へ今更に近付いては哀れみの微笑を湛え呟くと、怒鳴る気力のない彼は珍しくも圭介の感想に対し同感だと地に伏せたまま頷いていた。
だが圭介も既に自身がそう言った事態に陥っている事は気付いておらず‥‥だからこそ今はその表情を静かに緩め、小次郎へ微笑みかけていた。
●暇潰しの術
それより二日目から、一行は確かに花見を行う場所として押さえた地を守るべく長期に渡る座り込みを決行する。
とは言え普段の依頼とは違い、持て余す程にある時間が主だった敵である今回の依頼に対し一行は言うまでもなく手持ち無沙汰となるからこそ、それ故に落ち着かないのは冒険者の性であり、だがあんこは予め打診していた件に付いて小次郎へ尋ねすぐに箒を借り受ければ今は皆を巻き込んで押さえた場の掃除に望んでいた。
「ふんふんふふーん」
と言う事で桜の木々が枝揺らし、陽光が降り注ぐ中であんこは上機嫌に箒を操り冬の名残を丹念に払っていたがそんな折。
「どうか、しました?」
「い、いや‥‥!」
何処からか注がれている視線に気付けば彼女はその視線の主である琴音を見付けると首を傾げ、尋ねると普段は毅然としているその志士。
「幼き頃から刀ばかり握っておった故、その‥‥掃除は余り得意ではなくてな」
「ふんふん、それで」
「もし良かったら、だな‥‥掃除と言うものに付いて教えて貰いたいのだが」
「はい宜しい、じゃあこれっ」
表情こそ変えず、しかし何処か気恥ずかしげな声音で彼女に応じるも‥‥あんこは肝心な事が抜けている事から更に琴音へ問い尋ねれば、今度はその表情を朱に染めて生真面目な志士は間違いなくあんこが問いに対しての答えを明示すると、箒を手にしていた志士はその顔を綻ばせて傍らにあった一本の箒を琴音に手渡した。
●
「なるほど。意外と面白いものだな、掃除と言うのは」
「そうですね、始めると結構没頭します」
刻は進みその日も昼が過ぎた頃、今は一休憩を挟んで二人は掃除に付いて語らっていた。
「ねぇねぇ、ちょっとちょっとぉー」
「どうかされましたか?」
がその時、羅に肩を叩かれた琴音は振り返るなり何事にて問うたか彼女へ尋ねると
「ごにょごにょ」
「なっ、何と破廉恥なっ!!」
「‥‥一体何の本だ」
直後、耳元にて囁かれた彼女の疑問を聞けば先の比ではない程に顔を紅潮させ叫ぶとその場から逃げる様に駆け出せば、入れ違いに戻ってきた小次郎が琴音とすれ違うと彼女が駆けて来た方にいるエルフの僧兵へ声を掛ければ
「これは『待っている間は暇でしょうから』と、義理の娘から拝借した恋愛に付いてのいろはが書かれた本なの〜」
「そんな本、拝借してくるなっ!」
「そんな事言わないでよぉ〜ん」
毒々しい荘重が施された一冊の本を掲げる淋に全力を持って突っ込むが、身を捩じらせては困惑を露わにする彼女を前にすれば小次郎はやはり何処からか注がれる鋭い視線をその背に受けながら、彼女へ言葉を返した。
「せめて一人でこっそり読め」
無論、直後に小次郎は再びの投石攻撃を受ける羽目になったのは言うまでもなく、そんな落ちがついた所で日もまた落ちた。
●
「良い夜空ですね」
「まぁなぁ、とは言えやはり暇だな」
「こうして夜空を眺めているだけで、私は十分に退屈を紛らわせる事が出来ますが‥‥皆さん、そうではないのですか?」
「流石にそう言う訳には行かないかな」
静けさの中、月と星が瞬く夜空を見上げては呟いた火憐に小次郎は生欠伸を返しながら昼以上に持て余す暇から本音を漏らすが、それを聞いても不思議そうに首を傾げる彼女へ圭介は苦笑を返すが
「いーもーむーしー、こーろころーーー♪」
「寝ているんでしょうか‥‥」
「多分、寝ていますよ」
そんな事は露知らず、今は睡眠を貪るあんこが寝言には聞こえない寝言を唐突に響かせると、その通りに寝袋に入ったまま右左に転がる彼女の様子にアリアは思わず訝ってしまうが、火憐が何を確証にしてか断言した、その時。
「おうおう、良い場所だなぁ」
「どちら様ですか?」
「そんなこたぁどうでもいいさ。それよりもこの場所、俺達に譲って欲しいんだがねぇ。無論、ただでとはぁ言わない」
不意に響いた聞き慣れぬ声に、起きていた面子が立ち上がれば巨人の志士がやんわりと尋ねるも唐突に現れたチンピラ然としたその声の主は火憐の問いには応じず、幾許かの金銭が入っている皮袋を投げては一方的に一行へ告げるも
「悪いけど、あたし達も仕事だからお断りするわ」
「別に構わねぇけどさ、俺達も余り事を荒げたくない訳よ。考え直してくれねぇか?」
「‥‥それなら尚更、首を縦に振る気はないな」
「それにしても本当に無粋よね、桜の花もそろそろ咲きそうなのにっ!」
「野郎共、やっちまえ!」
毅然とした態度を持って葵が彼らへ強気に応じれば、先よりも声音を荒げさせながら片手を掲げると‥‥その背後から現れた数人の同胞を見つめながら小次郎が尚も強く告げれば、怒気を孕ませるチンピラ達と睨み合う葵がその頭と口上を重ねては、退屈せぬ戦いが始まった。
●春風が香る中
やがて刻は過ぎ、依頼期間の半分程を消化した頃。
「とりあえず、落ち着いたと見ていいのかな?」
「でも、熊が山から下りて来た時にはビックリしましたね」
「まぁそれでも圭介の認識で問題ないだろう、一先ずは‥‥だが」
花見をすべく早くから場所取りに動いていた人々は最初こそ騒動を起こし、見舞われていたが今となってはすっかりと落ち着きを取り戻し、それはまた一行も同様で圭介が呟くと火憐はのんびりと時折にあった騒動を思い返しながら彼に応じれば、最後を締める様に頷く小次郎ではあったが
「やらせはせん、やらせはせんぞーっ!」
『何を』
「はいはい。小次郎小次郎、向こう行こうね」
「な、何だってー!? 俺はこいつに言わなければならない事が‥‥」
次には声を大にして圭介を睨み、公然と叫びを放つ彼‥‥とは言え、肝心の主語が抜けているのだからアリアを巡っての小次郎と圭介の話が分からない者にはそれだけでは通じる筈もなく、殆どの者が首を傾げる中でしかし僅かながらに話を察している葵は小次郎の肩を叩けば宥めるも、尚もいきり立つ彼を止める事は出来ず彼女はやがて溜息を漏らすと‥‥小次郎の口より紡がれようとした文句を塞ぐべく葵はその唇を己が唇で塞ぐ。
『‥‥あー』
「ま、とりあえず行こうねー」
するとその唐突を前に今度は皆が溜息を漏らす番で、しかし彼女は平然とその身を離すと次には小次郎を引き摺れば、此処で漸く退場となれば安堵するのは圭介で
「何なら皆も少し息抜きをして来るといい、此処は私が見ているから」
「‥‥それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
肩を竦めながらも次に皆へ声を掛けると、先のやり取りから何事かを察したあんこが立ち上がれば皆もその場を引き払うと残されたのは彼とアリア。
「折角早くから準備しているのだから最高の場所で観桜、と行こうじゃないか。そろそろ蕾も綻び始めている事だし」
久しく二人きりとなった彼らに沈黙は長く続かず、先ずは圭介が言葉を紡ぐも以前に逢ったのは何時の事か、アリアはそれ故にへそを曲げてか押し黙ったままだったが
「ふふ、私と会えなくて寂しくなかったかい?」
「‥‥知りませんっ!」
「やれやれ、我が姫君は不機嫌の様だね」
「誰のせいですか‥‥ん」
それは察しつつも彼は詫びる事無くアリアに尋ねれば、彼女は荒々しく口を開いてはそっぽを向くも圭介は無防備になったその背にそっと己の身を寄せ抱き締めれば、アリアの顔だけを自分の方に向けさせた後、その艶やかな唇に自身の唇を重ねる。
「‥‥こんな時ばかり、ずるいです」
「そんな事はないよ、これが私なのだからね。しかしこう、何ヶ月も逢えないと不便なものだな‥‥」
春風が一陣吹く中、やがてどちらからか唇を引き離すとアリアは声音こそ不機嫌そうに‥‥しかし、その背は彼に預けると圭介は彼女の髪を撫でながら呟いて、そして意を決し彼女の耳元に一度だけ確かに言葉を刻むのだった。
「いっその事、婚約でもしてしまおうか?」
春を迎えたからこそのドタバタ劇が様々にしてある中でも一行は一先ず花見の場所を無事に確保し半月の間、守り通す事が出来た。
だが不安が確かに芽吹いていた事には未だ、気付く筈もなく。
「にゃろう、覚えていろよ」
〜続く〜