帰り着く者
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■ショートシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月14日〜04月19日
リプレイ公開日:2007年04月21日
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●オープニング
●帰還者、若しくは来訪者
京都の出入口が一つである停車場にて‥‥レイ・ヴォルクスは吹く風にその身を委ねてはコートを靡かせてただ一人、佇んでいた。
その目的はある人物を迎える事で、だから相変わらずな格好ながらも念の為にとその背には『歓迎・ルルイエ様』と英国語にて書かれた旗を背負っており、故に周囲の人々より好奇の視線を浴びていたが‥‥当人はそれを全く気にせず平然と立ち尽くして待っていれば
「‥‥何もそこまでしなくても、何時もと変わらない格好ですから流石に私でも分かるのですが‥‥」
「念の為だ。それよりも長旅、ご苦労だったな」
「いえ、久し振りだったのでむしろ楽しかったです」
「そうか、それならばいい」
やがて響いた声に彼は振り返ると、英国からジャパンは京都にまで渡って来たルルイエ・セルファードを労うが呆れながらも彼女が微笑むと、久方振りに見たその表情とまだ真新しい着物を見ては思わずレイも釣られ、口元を緩めては彼女の来訪を歓迎するが
「それで、これからどうするつもりだ?」
「わざわざそれを口にする必要がありますか?」
「それもそうだな。ならば伊勢まで送るとしよう‥‥と思ったが予定通りなら近々、伊勢の関係者を集めて此方で花見を行うから、暫く京都に滞在しているといいだろう。まだ本調子ではないのだろう?」
「‥‥それでは暫く、京都の町並みを見て回る事にします」
次にはその目的を尋ねるも‥‥ルルイエから返って来た答えを聞けば彼は肩を竦め、だが一つの提案を掲げると暫し惑う彼女ではあったが、最後に添えられた彼の問いは自身も自覚しているからこそ、やがて彼女は首を縦に振ると
「それならこれから俺は冒険者ギルドに出向き、暇そうな連中を捕まえて来るから花見までの間は彼らと共に、無理をしない程度に辺りを散策するといい」
レイも頷けば、漸く背負っていた旗を引き抜き踵を返せばそれを肩に担いで彼女と別れると京都の冒険者ギルドの方へ向けて歩き出すのだった。
「‥‥もう一人の『来訪者』が彼女の事をマークしていなければいいが、さて」
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同じく京都、大きな建て構えながらも人影がまばらなとある寺にて。
「やれやれ。後もう少し、なんだがな‥‥何が足りないんだろうか」
賽銭箱を前にぼやいていたのはアシュド・フォレクシーで、そのぼやきから察するに恐らくは新たな埴輪の研究が途中にて詰まった様子‥‥何か背中も煤けて見えるし、ついでにその顔に浮かぶ表情はお世辞にも明るいとは言えず‥‥だからこそか、ちょっとした気晴らしで此処まで来たのだろうその彼。
「とは言え材料探しに京都まで足を運んだそのついで、神頼みに来るのも果たして正しいとは言えないが‥‥まぁいいか」
やがて目の前にある賽銭箱へ僅かな金銭を投げ入れては研究の成功を祈願こそするも、変わらずに表情は何処か浮かないまま。
「しかし京都に着てからもう一年が経つのか、早いものだな」
そして再び、彼は嘆息を漏らすと伊勢へと戻るべく踵を返して‥‥ふと、そんな事に思い至る。
「随分と色々な事があった、尤も今では英国にいた頃とそう代わり映えはないが‥‥私はあの頃から変わる事が出来たろうか?」
京都に着てから当分は余裕があったとは言えず、また落ち着いてからは埴輪の研究に没頭していたのだから今の今までそれを考える事はなかったのだが、吹く風が運んで来た春の香りに心を落ち着かせてか、駆け足で来た様な今までの道を振り返ろうとぼんやりと考え出しては『ある人物』の事を思い出した、その時。
「アシュドさん?」
「‥‥っ!!!」
彼の名を呼んだ声は間違いなくアシュド自身が待ちわびていた者の声で、もしかすればもう聞く事も叶わなかった声で‥‥だからこそ彼は驚きで飛び上がりそうになりながら恐る恐る振り返ると、その視線の先にいたのは間違いなく英国で眠っている筈のルルイエその人だった。
「お久し振り、ですね。お元気そうで安心しました」
そして直後に以前と変わらず凛と響いた声音に、彼女が纏う今までとは全く違った装いで且つ一年振りの再会ともなればアシュドが言葉を詰まらせるのは必須で
「どうかしましたか?」
「い、いや、ちょ、一寸ま‥‥まてぇー!」
だが彼女は彼の内心など知る事無く、明らかに戸惑っている彼に何事かと尋ねれば‥‥彼は呂律が回らない口調にて一度だけ叫ぶとやがて、脱兎の如く駆け出してはその場を後にした‥‥寺の境内にただ一人、彼女だけを残して。
「‥‥やっぱり相変わらずですね。まぁ、また後で挨拶に伺う事としましょう」
だがルルイエは久々の再会にも拘らずアシュドが見せた反応には嘆息だけ漏らすも、それすら懐かしみながら彼女はやがてのんびりと、その場を後にするのだった。
そして役者は集い出す、果たして来訪者は何をもたらすか‥‥今はそれに付いて誰も知らず、だが何かが動き出している事は間違いなかった。
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依頼目的:ルルイエと京都の観光!
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は今回、不要です。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
対応NPC:ルルイエ・セルファード
日数内訳:依頼実働期間のみ、五日。
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●リプレイ本文
●帰り着く者
京都、冒険者ギルドを前に一行はレイ・ヴォルクスが連れて来た一人のエルフと顔を合わせていた。
「彼女の名はルルイエ・セルファード、皆仲良くする様にな。それでは後は頼んだ」
様々なざわめきを前、彼女の名をレイがどこぞの先生宜しく告げればすぐに踵を返す彼だったが今日は誰も引き止める者はおらず、すぐに皆はその視線を薄緑の着物纏うルルイエへ注げば
「ほぉ〜、またえげれすからの来訪客かの? る‥‥るる、家?」
「ルルイエ、ですよ。宜しくお願いしますね」
「東雲八雲だ、宜しく頼む」
「はい、こちらこそ」
その最先に口を開く小さな巫女の緋月柚那(ea6601)だったが、しかし尋ねながらも言葉を徐々に詰まらせれば苦笑を湛えて彼女は再び、己の名を紡ぐとそれに応じる東雲八雲(eb8467)だったが、その声音が固く響き渡ったのは皆の気のせいではない。
「お会いするのは初めてだが、アシュド殿やレイ殿を通じ良く知っている様な気がするな」
「二人をご存知ならそうでしょうね」
がその中でも他の皆が次々にルルイエへ挨拶を交わせば、彼女とは初めて見えた筈である同族のルクス・シュラウヴェル(ea5001)はしかしそれを否定する様、言葉と共に手を差し出せば静かに笑って頷くルルイエは差し出されたその手を握った直後。
「本当にルルイエさんだ‥‥良かったー! 心配してたんだよー!」
「ありがとうございます」
大きく響いた声と共に衝撃を体一杯に受けた魔術師の彼女、何事かと思いその方見やれば巨人のユーウィン・アグライア(ea5603)が感動の余り、遠慮なしに抱き着いて来た事に気付くとその内心を察し礼を述べた彼女へユーウィンは感極まって益々強く抱き締めると
「お久し振りです。と言うか‥‥ゆっくりお話しするのはこれが初めてですよね」
「そう、ですね。その節はお世話になりました」
「いえっ、何も出来なくて‥‥その、ごめんなさい」
「もう、過ぎた事ですよ。今となっては」
「あ、そう言えば‥‥」
「そなたを良く知る友人から言伝を受けてきた故、それをお伝え致す」
それでも何故か平然とするルルイエだったが次に普段とは違う、しおらしい雰囲気を宿したルーティ・フィルファニア(ea0340)との再会にも頷き応じれば声を弾けさせるもしかし、次にはうな垂れる彼女だったがルルイエは尚も笑顔でルーティを湛え宥めると、不意に思い出した『もう一人の彼女』に付いて尋ねようとする彼女だったがそれは途中、これぞジャパンが誇る侍と言った装いの滋藤柾鷹(ea0858)によって偶然遮られると、相変わらずユーウィンに抱き締められては振り回されるままのルルイエだったが視線を一先ずは彼へ巡らせると口を開く柾鷹。
「『おかえり。そして、ようこそジャパンへ。色々話したき事はあるが、今は叶わぬ。いずれ会った時に』と」
「誰でしょうか、気になりますがもしその方に会われたら『その時は宜しくお願いします』とお伝え下さい」
「確かに承った。が何はともあれ、今は旧知の友人方と楽しまれる様に尽力致そう」
彼が言う、自身の友人が言伝を聞けば彼女もすぐに答えを返すと二人は頷き交わすとやがて、満足したかユーウィンもルルイエを解放すると仰々しく頭を垂れたステラ・デュナミス(eb2099)が改めて彼女へ歓迎の意を告げる。
「そう言う事でおいでませ京都へ‥‥って私も別に出身地ではないのだけどね。まだ一年一寸しか此処にはいないけど頑張って案内、務めさせて貰うわ」
「宜しくお願いしますね、ステラさん。でも英国から出たのは今回が初めてで」
「なぁに、京の都は良き所じゃ。何処へ行ってもな。さぁ、何処へ参ろうかの?」
も途中で上げた顔に浮かぶ口元に僅か、舌を覗かせては表情を綻ばせるステラが断言すると果たしてルルイエも頷き応じればいよいよ、柚那を先頭にして歩き出した一行はリュートの音色が響く中、春の京都を巡るべく四泊五日の旅に出るのだった。
●その初日
初日は無難に京都から、ルルイエの体調を考えた皆の配慮で取りあえずは何のけなしに京都を徘徊する一行‥‥の筈だったが、何を思ってかルーティは京都の街中を疾駆すればやがてルルイエの事を一番に知るアシュド・フォレクシーを捕まえてくると、今は観念して彼。
「全く、わざわざ探しに来なくていいものを」
「でも折角だしね。それでルルイエさんって、うーんと‥‥アシュドさんの、恋人さん?」
「‥‥違うわ」
「こんな気立てのいい助手さんが病み上がりをわざわざ、異国からやって来てくれたと言うのに‥‥ん〜、隅に置けませんね? このこの♪」
「だから違うと‥‥」
一行に遅れ歩を進めながら嘆息を漏らすが、ステラがアシュドの態度を宥めると湛える笑顔はそのままにいきなり核心を突いてきた彼女へアシュドは瞳をすがめ否定するが、時として恐るべき行動力を持つルーティより更に小突かれれば肩を落とす彼だったが
「それで、プランは大丈夫なのか?」
「なるべく負担の掛からない様にしたつもりだが‥‥後は、何とかやるしかないな」
「そうだな、それじゃあ宜しく頼むぞ」
唐突に頭をもたげれば今回の裏方を務める八雲へ振り返り尋ねると、難しい表情を湛える彼はしかし瞳に真直ぐな光湛え答えれば、それに満足して踵を返すアシュドだったがそうは問屋が卸さない。
『何処へ行くんですか、アシュドさん?』
背後よりエルフの魔術師コンビ、何処か空恐ろしい声音を響かせては当然の様に彼を呼び止めると止むを得ず振り返ったアシュドは次いで満面の笑みと、それとは大分温度差がある二人の雰囲気に気圧されればその歩を止めざるを得なかった。
●
と一行の後方にて四人が騒がしくしている中、今はユーウィンを先頭にして歩く前の方はと言えば
「あっちがあたし達の所属してる冒険者ギルドで、こっちが冒険者酒場で‥‥って馴染みの深い場所に来てどうする自分!」
「構いませんよ、いずれ私もお世話になると思いますしね」
京都の街中を巡る最中、再び冒険者ギルドへ戻って来ると思わず自身へ突っ込むユーウィンだったが、苦笑を湛えてルルイエは取りあえずギルドへ至るまでの道を覚える事が出来たが故に巨人の彼女を慰めれば次いで、辺りへ視線を配すると
「それにしても佇まいや街並みは確かに英国のそれとは違いますが、やはり此方も随分と賑わっていますね」
「ジャパンにおける中心である事に加え、商いが盛んな土地柄だからと言った所か」
「なるほど」
「それと此処、京都は甘味が非常に美味しい。故に女性も多い事だし当分、付き合って貰う事になるかと思うがルルイエ殿、甘い物は大丈夫か?」
「はい、大好きですよ」
「それでは早速、あそこに見える甘味処へ行こうなのじゃ! 確かあそこは‥‥」
周囲の商人達が上げるどよめきに驚いたからこそ率直な感想を述べると、その理由を連ねたルクスを見つめ彼女が納得すればそれに補足する彼女が京都の見所の一つを挙げると、その問いに対してもルルイエは頷けば早速柚那は一軒の甘味処を目聡く見付けると、誰よりも先に駆け出した。
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「しかし、ルルイエ殿。本当によく着物がお似合いだ、見惚れる程に」
「‥‥お世辞を言っても何も出ませんよ?」
「いやいや拙者、世辞は言わぬ」
と言う事で柚那が見付けた甘味処へ入れば一行、それぞれに和菓子の数々を注文するとそれをつつく中で柾鷹が珍しくもルルイエのその姿を褒め称えれば紡いだ言葉の割、満更でもない彼女に柾鷹が更に続けると頷く皆の前、流石に照れ臭さの方が勝ったルルイエは困惑を露わにすると
「それじゃあ図書寮や御所へ行って見ない? 同じウィザードって事だし初めて来たジャパンに興味、あるでしょう? 一寸した腹ごなしのついでに少しお勉強でも、ね」
「そうですね、英国とは違う所が沢山あるでしょうから今後の為にも良さそうですね」
みたらし団子が最後の一串を頬張っては飲み込んだステラ、笑顔を湛えては助け舟をルルイエへ出すと、息を吐いては先ず自身を落ち着かせて彼女はその船に乗るべく首を縦に振るのだった。
●二日目
さりとて、初日は図書寮に京都御所へ至ればジャパンの歴史を垣間見るルルイエと交流育む一行はその日の内、洛西が嵐山へ向かう‥‥数々の景勝地があるからこそ人の足が途絶えない、名高き地。
「アシュド君の作った埴輪は大人気で、伊勢名物の一つに数えられてるそうだよー」
「本当ですか?」
「まだ、これからだ‥‥そう、これから。ふっふ‥‥」
その道中、ルクスが気を使って手配した駕籠に乗るルルイエの周りに集いし面子はいずれ彼女も行くだろう伊勢に付いて様々な話やその情勢を語る中、ユーウィンは後方に控えているアシュドが今までに伊勢で築いた功績‥‥と言う物の程ではないが、も語るとそれを聞き止めた彼は不気味な笑みを響かせると
「‥‥相変わらずですね」
「簡単に直れば苦労はしないな」
遠目に見えるその光景に僅かな微笑を湛えルルイエは嘆息を漏らすと、ルクスも同じ意見にて肩を竦めると次いで微笑を交わす二人だったが
「所でアシュド殿の事を如何に想われておるのか?」
「‥‥え?」
「失礼、個人的興味からでござる」
「えーと‥‥手の掛かる弟?」
「いっぐし!」
それを見止めた柾鷹は唐突な問いを響かせると、ルルイエはその疑問へ首を傾げつつ‥‥だが彼の真剣な面持ちを見れば冗談でない事を察すれば逡巡の後、その答えを囁くと直後に響く、誰かのくしゃみ‥‥誰のものかはお察し下さい。
「でもそれだけ、と言う訳じゃないですね‥‥何と言えばいいか、分かりませんが」
しかし未だ、困惑の表情を湛える彼女が言葉を濁すと侍が再び口を開こうとした時。
「よっし、到着〜」
「着物を扱っているお店、ですか?」
「そうだよ。流石に毎日その格好だと疲れるだろうから、もう少し軽いものとか後は予備とかも持って置かないとね」
先ずは目的地の一つ目に着いたと叫ぶユーウィンの声が先に響くと、表情は変えないままに紡がれたルルイエの疑問へ彼女は頷き返すと、アシュドを見ればその肩を叩くと声高らかに彼へ告げるのだった。
「さぁ、遠慮なく選ぶがいい!」
「私が何を?!」
●三日目
未だ嵐山に滞在する一行、今日の目当ては嵐山に咲き誇る桜の木々。
「だからと言って何故、私が全額持つ羽目に‥‥」
「まぁまぁ、たまの事なんですからいいじゃないですか」
「今は自給自足だ‥‥しかし着物に関しては皆で揃えなくともいいのでは」
「一時へたれていた事、ルルイエさんに話そっかな〜?」
「‥‥ぐぬぅ」
「うそうそ、ありがとう」
宿の近くにて買った弁当を携える男性陣の中、ブツブツと呟くアシュドはルーティに宥められても未だ不満げに言葉を紡ぐが次にユーウィンの囁き聞けば呻いたのは彼で、しかし礼は忘れず彼女がすぐに頭を下げれば同時、手頃な広さの場を見付けると茣蓙を広げては思い思いの場に座る一行。
「桜の名所と言えばやはり、吉野山なんじゃがなぁ‥‥」
「まぁまぁ、ルルイエさんも余り本調子じゃないみたいだし遠くまでは流石にね」
「すいません」
だがご機嫌斜めなのは我侭なお嬢さんの柚那で、ジャパンを良く知るからこそ出た不満にしかしステラが彼女を宥めると次いで詫びるルルイエへ柚那はそれも理解しているから益々難しい表情を湛えるが
「ならば食にて紛らわそうぞ!」
「箸、上手く使えないんですが」
「ふむ、ならば今この時に鍛えると良い。実際、習うより慣れろと言うしな。それとも、此方が行ける口なら一杯どうか?」
やがてそれを目の前に置かれた弁当に注ぐべく箸を掴んでは走らせると、巧みな箸捌きを前に今度はルルイエが呻く番だったが今度は助け舟を出さずにルクス、ある意味的確な助言をすると共に片手に箸を、片手に杯を持っては彼女に選択権を与えるのだった。
●四日目
まだまだ嵐山に滞在する一行、今日はと言えば数々にある温泉巡り。
名高き温泉郷、と言うには及ばないが探せばそれなりにはあるもので一行はルルイエの療養も考え、ただ只管に温泉を探し見付けては浸かっていた‥‥ってそれもどうよ。
「此処って混浴ですか?」
「この先にある温泉はうちの宿で一番に大きいし、当然じゃな」
だがそんな突っ込みは無論誰もする筈なく、もう何件目かの温泉に来た一行は再びここでも番頭に対して紡がれたルーティの問いを聞く事となれば、しかし此処では番頭の婆様は頷くと一人密かに意地悪げな笑みを湛える彼女だったが
「因みに向こうの方は何だろうか?」
「向こうは男女別々に分かれた温泉じゃよ、こっちより小さいから滅多に行く者は見んが」
『向こうにする』
「ま、止めはせんよ」
「‥‥止めて下さいよー」
その思惑には気付かずとも八雲が目聡く傍らに伸びている通路に気付き番頭へ尋ねれば、返って来た答えを聞いた男性三人は揃い、すぐにそちらへ踵を返せば彼らを見送る番台へルーティが縋りつく中、残る女性陣は安堵とも困惑とも言えぬ溜息を漏らした。
●最終日、そして‥‥
迎えた五日目、依頼の最終日である事から一行は洛西、嵐山より踵を返せば京都の中心が洛中を迂回する形で然程離れていない洛東にある、かの有名な清水寺へ足を向ける。
「清水の舞台からの眺めも相変わらず、絶景じゃー」
「本当に、綺麗ですね。それに此処も桜が綺麗で‥‥そう言えば、桜の名前の由来って何でしょう?」
夕日が昇るその中で高みに昇りて、先日はいささか不機嫌だった柚那はしかし今日はご満悦の笑みを浮かべ下に広がる風景を見渡せば、ルルイエもやはり同意こそするがふと思い立った疑問を誰へともなく切り出すと一行は押し黙るが
「『桜』の名の由来、確か一説に『咲く』へ複数を意味する『ら』を加えてその名前が付いた筈ね。それと‥‥」
『へー』
「‥‥咲き誇る皆さんの輪に、また私も加えて貰えるでしょうか?」
「勿論ですよっ♪」
その中で頭を巡らしていたステラが口を開けば、紡がれる答えを聞いて他の皆が生返事を返す中でも彼女は続け言葉を紡ぐとその光景にルルイエは思わず微笑みながらしかし、儚げな表情を湛えながら口を開けば今までの刻を埋める為にステラから語られた桜の名の由来を聞いたからこそ、それを例えに一行へ問うとルーティがすぐに断言する中で皆もまた頷けば‥‥漸く微笑んだルルイエは改めて皆の前で頭を下げ、願い出るのだった。
「これから後、伊勢にてお世話になりますので何かあった時はまた宜しくお願いしますね」
「その時は遠慮なく、頼ってぐ‥‥ぶっ」
それに応えるべく今まで寡黙だった八雲が最後を締めようと口を開くも、緊張しきりだった彼が久々に口を開いたからこそ盛大に舌を噛めば、言葉を詰まらせる中で。
春香る中に風は吹き、新たな客を京へと迎え入る‥‥果たしてその風は何時まで続くか知れず、しかし彼女の刻は再び此処に動き出した。
〜一時、終幕〜