●リプレイ本文
鬼達が歩を進め大地を踏み締める度、揺れるだけでは済まず抉られ削り取られていく‥‥それ程の剛力を持って鬼達はただ、前へ進む。
その力任せな進撃を前、大地は自らを削られながらもしかし抗う術を持たないからこそ静かに鬼達を見送る他にない‥‥例えその行先が今、終盤に差し掛かっているだろう水無月会議が開かれている京都であろうと、なかろうと。
だからこそ、その恐るべき進撃を留める者が必要となる。
「速度を上げろ、まだ鬼達の殿に追い着いてもいないぞ!」
その留める者、最初に鬼達の存在を発見した伊勢藩が主の藤堂守也はただ急ぎ鬼達が眼前へ出るべく馬を駆っては部下達を叱咤していた。
無論、馬が潰れないペースを保ちつつ許す限りの速度を持って。
しかし、中々に追い着けない事に歯噛みして彼は焦りを覚えるも‥‥京都を前に鬼達を阻んでくれるだろう冒険者達の存在を考えれば、その焦燥は何とか抑え込み改めて部下達へ告げる。
「‥‥馬の調子にも配慮する様に。潰せば代わりはなく、状況が悪化する故に急いでいるからこそ、各々冷静に対応しろ」
そして言うと同時、遠くにて土煙を上げては京都を目指し疾駆する鬼達を一瞥だけして彼は正面へ向き直ると、最早惑う事無くただ少しでも早く先へ進む事に専念すべく手綱を固く握り、愛馬を操るのだった。
●ただ、駆ける
伊勢藩の部隊が京都へ向かい進行する鬼達を追撃する中、標的とされているだろう京都より疾風の如く飛び出したのは言うまでもなく、冒険者の一団。
「一難去ると今度は二難‥‥みたいですよね。何だかことわざが変わっていません? と言うか、一難すら去ってない様な気がしてなりませんし」
それぞれが馬に翼持つ獣に騎乗し、或いは魔法の足具にてただ駆ける冒険者の内、地上をひた走る面子の中でルーティ・フィルファニア(ea0340)は果たして今の京都の状況を鑑み、皮肉めいたアレンジ諺を披露しては溜息を漏らしていた。
果たして彼女が言う『一難』とは今、京都に滞在している長州勢で後の『二難』とは京都近郊に現れた酒呑童子が軍勢と、伊勢藩より現れた鬼達の事か。
「その通りですね。急な予定で決まった会議と言うのに、狙い済ましたかの如く各所からの鬼の侵攻‥‥偶然と片付けるにはいささか出来過ぎですが、今は裏に気を揉むよりも目の前にいる敵を確実に止める事こそが重要でしょう」
「長州勢は‥‥気に食わんがな。京にいるのは奴らだけでは無いし、止めねば」
「勿論です、神皇様をお守りしなければなりませんから」
それは定かではなくとも比較的、的を射ていると感じたルーティのアレンジ諺へ真剣な面持ちでグリフォンを駆る御神楽澄華(ea6526)が皆より少しだけ高い位置より頷き、次いで自身らがやり遂げねばならない事をも改めて皆へ告げると、軍馬を駆る鋼蒼牙(ea3167)が眉根を顰め長州への嫌悪を露わにしつつ、だが何とか割り切ればその隣に並び、たどたどしくも馬を操る神楽聖歌(ea5062)も決意を固く凛と言の葉を響かせれば確かに揃い、頷く一行ではあったが
「しかし一体どれ程の数か。鬼は斬る、と本来ならば言いたい所なのだが‥‥」
「藩主殿の話では正面切っての戦闘は無謀と言う以上、数的には明らかな差があるのだろうな」
まだ見ぬ鬼達の群れがどれ程のものか予想出来ないからこそ、厳しい面持ちを携えながら魔法の足具にて得た凄まじい勢いを持って地を蹴る龍深城我斬(ea0031)がボソリ、表情のままに厳かなる声を響かせると彼の前をほぼ同じ速度で駆ける明王院浄炎(eb2373)もやはり予想こそ出来ない事からこそ、事前に聞いていた話を反芻すれば瞳をすがめるも
「だからとて、足止めだけなら決して出来ぬ筈はない。俺達を信頼して任せてくれた以上‥‥それには必ず応えよう」
「あぁ、勿論だ」
それには頷きながら‥‥しかし見た目の割、意外にも皆を鼓舞する様に我斬が熱い言葉を紡いでは自らをも発奮させると、それに果たして応じたのは彼と同じく自らの足で地を蹴り駆けるルクス・シュラウヴェル(ea5001)。
「とは言え‥‥だ、戦いを前に余り気を張り詰め過ぎていてもしょうがない。此処で一度、休憩を挟む事にしないか。肝心な時に戦えぬのではそれこそ、本末転倒だからな」
「一文字も少し、へばっているか‥‥頃合だな」
「そうですね、合流地点も近い事を考えればそれが妥当かと思います」
立ちはだかる壁が厚いからこそ、冷静に彼女は皆へ休憩の提案をすると一日近くも走り通しである事から鋼が愛馬の様子を悟れば、神楽も目指すべき場所が近い事を察しルクスへ頷き掛けると一先ず地上を駆る面々はそれぞれ、一時だけ歩を止めた。
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その一方、彼らより先んじて鬼達の侵攻状況を伺うべく重い雲が立ち込める空を翼持つ獣駆りて高く羽ばたき進んでいる面子もいた。
「しかし何でこんな時に‥‥最近、江戸でも京都でも何かある度に鬼が湧いている様な気がするのは気のせいかな? とにかく、伊勢藩と合流するまでは何が何でも頑張らなきゃね」
「えぇ、鬼達にはぶぶづけでも突きつけてお帰り頂きましょう」
その最先を駆るのは友人の手を借りて予め出来るだけの罠の材料を拵えた袋を下げる魔法の箒に跨りしライル・フォレスト(ea9027)で、彼の訝りは皆も同様に抱いている事であり今は答えが得られるものでないからこそすぐに思考を切り替えて彼、やり遂げなければならない事を改めて念頭に据えれば‥‥漏れたその呟きを聞いて巨大なロック鳥に乗るリアナ・レジーネス(eb1421)が朗らかな笑顔を湛え彼の意に頷くと
「鬼達を京の町へ至らせる訳には行きません‥‥『五節御神楽』として伊勢藩と協力し、必ずや鬼達から京を守ります」
彼女の傍らにてグリフォンを巧みに操るミラ・ダイモス(eb2064)がただ前だけを見つめ、静かに決意を滾らせると同時‥‥響いたのは誰の声だったか。
「お、見えた‥‥あれかな」
その判別こそ出来なかったがミラはその声に釣られ視線を彷徨わせれば、辛うじて見えた土煙の中に居並び駆ける鬼達の頭部を見止めると、空を進む皆はその数と光景に言葉を失う。
それもその筈、パッと見ただけでもその数は五十か‥‥下手をすれば百をも越えれば森の中を駆けているにも拘らず、障害物である筈の木々を物ともせずに薙ぎ倒しながらただ只管に突き進んでいたからこそ。
「‥‥流石の数ですね、確かにこれだけ差が歴然としていると正面からぶつかるのは無謀を通り越して自殺行為に他なりません」
「その軍勢、相手にとって不足無し」
「えぇ、しかしそれだけに少しのミスが命取りに‥‥」
「ま、なる様になるさ」
勢い良く立ち昇るその土煙を視認して、リアナも平静を装いながらも呻くが‥‥この光景を前にしても尚、強気に言葉を紡いだ手練の騎士がルーラス・エルミナス(ea0282)の厳かな声を聞けば、益々不安を煽られる彼女だったがそれを察してライルが肩を竦めつつもしかし、自身らが出来る事を理解し割り切っているからこそ穏やかな声音にて宥められると再び笑顔を湛えるべく深呼吸をした、丁度その時。
「あーん、こっちよぉ〜♪」
地上より響かせた声は届かず、しかし派手な色合いの布を掲げては空を飛翔する面子を呼ぶべく様々な意味で規格外な忍びの百目鬼女華姫(ea8616)が奮戦すれば、その姿を暫く後に見止めた彼らは彼女の元へ舞い降りると
「もう少ししたら皆も合流するから、今の内に出来る準備は済ませましょう☆」
「よっし‥‥じゃあやるぞっ!」
地上を進んでいる面子の状況を端的に告げ、迫る刻限に少しでも多く対応するべく場にいる皆へ声を掛ければ、ライルの檄が響けば同時に皆は鬼達の進軍を少しでも阻むべく早々に罠の設置へ取り掛かるのだった。
●進行阻止 〜準備〜
そのやり取りから暫く‥‥地を駆けていた面々も空を進み先行していた面子に合流を果たせば、予定通りに罠の構築に勤しむ一行。
その場、京都より二日までは離れていなくとも一日と半は掛かるだろう森の中‥‥罠を構築する時間も考慮に含めれば、防衛線としてはギリギリの距離である。
「んー、こっちの方はこんな感じでいいのかー?」
「‥‥問題ない」
「あ、それはもう一寸大きく掘ってくれないかな?」
「鬼の体躯を考えれば、確かにそうだな」
その森の只中において、自身の手を動かしながらも浄炎にライルが指示の元で率先して蒼牙やルーラスら男性陣が率先して落とし穴を掘り進めたり釘を打ち付けた板をあちこちへ隠蔽しつつ設置すれば
「どうせなら、以前の模擬戦でこんな訓練もやれば良かったかも知れませんね」
「ふむ、そう言われると一理あるか」
「良い案です、今度提案してみましょうか」
その光景を見ながら『五節御神楽』に所属する女性三人が後退しながら黒く染まった糸やら紐を張り巡らせつつ、防衛の際に役立つだろう罠の存在に感心していた時だった。
「‥‥っ、場の空気が」
「‥‥凄い、重圧ですね」
「どうやら、そろそろ刻限の様だな」
「面白くなって来ましたね」
唐突に場へ走る緊張感を察し、足元に草を輪にして縛っていた我斬がその重圧から呻けば澄華もまたそれを受けて表情を厳しくすると‥‥皆を見回しながら浄炎が立ち上がれば皆へ告げると、不敵な笑みを浮かべてルーラスが自らの得物が柄に手を掛け呟けば
「取りあえず、最低限の備えは出来たかな?」
「そうですね」
場の空気に飲まれない様、深く息を吐いてから辺りを見回した後にライルが明るい声を響かせると端的に答え頷く聖歌へ彼が頷き返せば同時。
「改めて言うまでもないと思うが今回の目的は伊勢藩と合流するまでの間、京都へ至らせない為の時間稼ぎに徹する事。故にそれまでの戦闘は最小限に、伊勢藩と合流してから挟撃に至る事だけは忘れずにな」
「言われるまでもない」
「さて‥‥それでは頑張ろう、皆」
「はい。精一杯、時間を稼ぐ事にしましょう」
「では、行ってきますね」
浄炎の、改まった説明に際し緊張感を露わに厳しい表情のままで蒼牙が応じれば‥‥皆の耳にも微かだが届く距離にまで迫って来た、地鳴りの様な音を察しルクスが場を締めると応じた聖歌の傍らにいたリアナが身を翻せばミラと共に翼持つ獣を駆って大空へと飛翔するのだった。
●
「雷光よ‥‥我が掌にて束となり、我が眼前にて蠢く闇を薙ぎ払わん!」
その大空を駆るリアナは直後、京都へ迫る鬼達を改めて見付ければ空の高みより雷撃を放っていた。
「京を乱す鬼よ去れ‥‥さもなくば、天と地より災いを受けるだろう」
「どちらへ行かれるかにも寄りますが‥‥まぁ聞くだけ、野暮でしょうか?」
そんな彼女らの狙いとは鬼達の挑発に多少なりとも鬼達の群れへダメージを与える事で、前者に際してはミラやリアナが呼び掛けを前から既に鬼達が僅かに進む速度を緩め牙を剥いて咆哮を上げる辺り、成功していると言えたが‥‥後者に対しては焼け石に水、と言った感が強いもそればかりはどうしようもない。
「あら、怖い‥‥っ!」
それでもリアナは攻撃の手を緩めず、おどけた調子を見せながらも疾く雷撃を地へ穿ちつければ、漸く自身らの手に届かない存在と知ってか鬼達は再び京都の方を見据えて駆け出すと
「‥‥止まった方が良いと言うのに」
「一先ず、戻りましょう。罠があるとは言え、何時でも迎撃出来る準備をしておかないと」
天空に潜んでいるかも知れない邪なる存在に警戒しつつも進む鬼達を見つめボソリ、囁くミラではあったがリアナの呼び掛けを聞けば巨躯の騎士はリュケイオンの手綱を引き、その場を去るのだった。
●進行阻止 〜惑いの森〜
リアナにミラが先んじて鬼達の群れと接触を果たしていた、その一方‥‥皆が見守る中にてルーティはライルより借り受けた巻物を広げては記されていた言葉を一言一句違わず、織り紡いでいた。
「我は願う‥‥草よ、樹よ、森よ、自然よ! その穏やかにて大いなる懐を今一時、歪み歪ませ捻じ曲げて出口なき回廊へと変えん!」
その巻物に封じられた魔法、フォレストラビリンスは程無くして効果を現せば見た目にこそ分からずとも森へ歪みの道を与えると
「これで先ずは一息、ですね」
『鬼達は進路を変え、私を追い駆けて来ています。迎撃の準備、お願いします。後、状況や鬼達が漏れ出た場所は捉えられる限り、此方から連絡しますね』
「さ、そうなると暫くは静観しながら出番待ちね〜♪」
何度となく織り紡ぎ、その度に返って来た手応えと疲労感から吐息を漏らしては額に流れる汗を拭う彼女が呟くとその折、手近に生えている木から魔法を用いて響いたリアナの声を聞けば女華姫が微笑み言うと
「相互に連絡が取り合えれば尚、良かったんだけどなぁ」
「それは今更、言ってもしょうがありません。今となっては、出来る事をするだけです」
「‥‥あぁ」
先の声を聞いてライルは空の高みにもあるかも知れない危険な要素に一抹の不安こそ覚えるが、澄華に宥められれば止むを得ず頷くも未だ重く立ち込めている空を見上げればやはり彼は呟かずにいられなかった。
「空の方は果たして、無事だといいんだけどな」
●
‥‥やがて刻は進む、地を鳴らす轟きは流石に掻き消えこそしなかったが何時の間にかその音は小さくなっていた。
「ちゃんと仕掛けた罠に引っ掛かってくれているかしらね〜?」
その、先までと違う場の様子に女華姫は鬼達が惑いの森へ入り、出来得る限り仕掛けた罠に囚われている事を祈念するが‥‥森の中の状況は分かる筈もなく、ただ一行は身を顰め、息を潜めて来るだろう刻を待つ。
可能であればこのまま、惑いの森に閉鎖されていて欲しいとは思いながら‥‥しかしそれは無理だろうとも悟りながら。
「やはり、勢いだけは凄まじいものがありますね‥‥」
「だからこそ、迷いの森は間違いなく有効だろう」
まめに空を見上げ、時折に覗く太陽からフォレストラビリンスを展開している時間を確認するルーティの傍らで、しかしそれにも拘らず微かに感じる地響きから澄華は有り余る鬼達の剛力を目の当たりにして唖然とするが、冷静な声音でそれを逆手にとって作戦を考案した浄炎が確信を揺るがさずに呟くも
『出て来ました、皆さんから南西の方角‥‥二匹! こちらは私達が追います』
「‥‥ん?」
上空を舞うリアナ達から早くもその報がもたらされれば、場に緊張感を走らせる一行は次いでルーラスが見つめる先をも見つめ‥‥その方にはやはり、右足に釘を縫い付けた板が刺さっているにも拘らず迷いの森を抜け出て来た鬼の姿を見止めると
「魔法がもう綻んでいる訳じゃなさそうだが、意外に侵攻が早いか」
その光景を前に惑わず騎士は己が養うグリフォンのエアグライドへ跨れば、すぐにその腹を蹴り飛翔させると緑色の穂先を携える黒き槍を掲げ、鬼の頭部を抉り貫けば
「えと‥‥少し早いですが第二陣の方へフォレストラビリンスを張りますね」
「‥‥私達はもう少し後方へ下がろう」
「そろそろ、出番の様ですね」
「えぇ、そろそろ待つだけなのも飽きてきたので深追いしない様に気を付けながら‥‥鬼退治と行きましょう!」
徐々に近付いて来ている鬼達の気配を何と無しに感じてか、たたらを踏んで後退しながらルーティが言うとルクスは頷いた後、彼女に続いて後ろへ下がるとその彼女らとは逆に潜んでいた藪の中から漸く身を出しては伸びをしながら聖歌が自らの得物を抜き放ち言うと、澄華も彼女に応じて魔力が宿る自身より倍もある長大な槍を難なく担げば‥‥直後、二人は揺れた梢の奥から現れた新たな鬼へ目掛け同時に地を蹴り、飛び掛かった。
●進行阻止 〜しかし、緩まぬ勢い〜
その光景を見据えながら、僅かずつではあるが辺りに響く轟きが増して来ている中。
「さて、伊勢藩が未だ来ない以上は出来るだけ数を減らして行かねば持たんな‥‥」
冷静に、冷徹に不運が宿る刀を抜き放っては蒼牙が次いで現れるだろう、鬼達に警戒していると
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」
その傍ら‥‥然程遠くない場所にて木々を縫い、盾にしながら小太刀を弄びつつ鬼を挑発しながら我斬が軽やかに駆けている姿を目にすれば
「‥‥ってマジに鬼相手でやる事になるとはな」
「それだけの余裕があれば、大丈夫だな」
「そんな事はないさ」
その最中にも拘らず、直後に嘆息を漏らす彼だったがそれを聞き止めた蒼牙も嘆息を漏らし彼の方を見ては肩を竦めると、その反応へ静かに応じた後に我斬は常に後退すべく地を蹴っていた足を止めれば、唐突に蹴るべき方向を変えて前方へ鋭く飛び出すと驚いた鬼を傍目、すれ違い様に逆袈裟を決めれば弱っていた鬼を打ち倒して鼻を鳴らすも
「鬼はー、外‥‥でしたっけ?」
「確か、そんな感じだったと思うけど‥‥っと!」
「‥‥やっぱ、随分と余裕だなぁ」
「お二人とも、肝心な手の方が余り動いていませんよ?」
直後、蒼牙の耳に響くルーティとライルの声を聞けば彼はやはり、嘆息を漏らすが‥‥その眼前、唐突に風が舞えば響いた声の主は澄華のものだったか、二人を窘めれば直後に上空へ舞うとやがて視界の片隅、惑いの森を抜けて来たにも拘らず猛進する鬼が一匹を見止めれば紅蓮の焔を宿した長大な槍を掲げると同時、それ目掛けて疾く滑空すると
「でぇやぁぁぁーっ!」
『これは、負けちゃいられないな』
果たして響いた雄叫びと同時、紅蓮の槍が正しく鬼の心の臓を抉ればすぐに鬼の胸より槍を抜き放つと再び上空へ舞うなり、それを前にして我斬と蒼牙が揃い呻けば‥‥直後、現れた鬼へ飛び掛る二人。
「ちっ、糸じゃあ足は止まらないかよっ!」
「まさか此処までとは‥‥正しく、狂気の沙汰か? だが‥‥」
かたや一方、別な箇所から沸いて出た鬼に対するライルは、その表皮に幾筋も流れる血を見て、その源である傷口が糸の罠にて出来たものと察しながらしかし、思っていた以上に効果を現していない事に舌打ちこそするも‥‥しかしそれ以上に何事に猛るか、留まらぬ鬼達の侵攻に浄炎は目を見張るが
「それでも完全に効いていない訳ではない、弱っている鬼から確実に潰すんだ」
「もっちろんよ〜」
戸惑いを見せたのは僅かな間だけで、すぐに皆へ指示を下すとそれを受けてごつい体躯の割、軽やかな身のこなしで地を蹴り飛翔して応じたのは女華姫で
「うふふふ‥‥私の目からは、逃れられないわよぉ〜!」
愛用する忍者刀を手に、やがて樹上へ静かに降り立てば‥‥辺りへ隙なく視線を配し、皆よりも実力が劣るからこそ連携を重視する彼女は他の皆が対している鬼達の側面へ潜り込めば、がら空きになっているその脇へ刃を走らせすぐに飛び退き次の獲物を探す。
「光の縛鎖よ、我が敵を戒めるべく疾く奔れ!」
「地の縛鎖よ、我が敵に鈍重なる枷を与えるべくその力を一時だけ貸したまえ!」
そんな折、場に朗々と響くのはルクスにルーティが織る詠唱。
魔法において、詠唱から既に魔法としての力を持つからこそ一つ一つの言葉に意味を込め、一つ一つの響きに力を込め‥‥そして全てにおいて完成された詠唱を解き放つからこそ紡がれた言葉が意味を成し、放たれた響きも意味を成せば魔法は具現化される。
「徐々に数が増えてきている、気を付けてくれ!」
「あぁ。だが罠が突破されても‥‥その間の足止めでこちらが動ければ十分だ!」
果たして彼女らが具現化させた魔法は光にて、地にて敵を縛り上げる魔法でその効果が間違いなく現れた事を確認してからルクスはすぐに次なる目標を探すも‥‥リアナが次々に轟かせる雷撃の中、目に留まる鬼達の数がまだ微かとは言え増えている事に警告を発すれば、その眼前にて己が身に闘気を宿しては刃を巧みに振るう蒼牙がすぐに応じると
「今は貴様らが出る幕では無いんでね‥‥悪いが、お引取り願おうか!」
「喰らえ‥‥『白き戦撃』!」
両手に携える二刀を掲げて吐き捨てる様に頑健な鬼へ向け叫ぶと同時に続け様、両手の得物で鋭き剣閃を描けば‥‥しかし、よろめくだけだった鬼の背後からやはり闘気を纏ったルーラスが正しく剛風が如き一撃を見舞う。
「‥‥っ!」
「悪いが、やらせんよ!」
だが、それを受けて尚崩れない鬼は腹部まで貫いた槍の穂先を掴むと首のみを彼のほうへ回しニタリ、嗤えば唐突に出来た隙を狙っていたか更に彼の側面から現れた別なる鬼の拳が彼を打つ‥‥もその寸前、平静を保っていた騎士はそれを盾で受け止めれば直後に二匹の鬼へ雷撃が轟くとルーラスが持つ槍を放さない鬼目掛け、凄まじき闘気を放出しては蒼牙が打ち据えれば出来たその間隙、澄華が再び空の高みから降り立つとその首と胴を永遠に決別させる。
「すいません、助かりました」
「いいえ、こちらこそお助け出来て光栄の極みです」
「それよりも次が来ます、気を付けて下さい」
唐突だったとは言え、強き鬼を前にした騎士は的確な援護へ礼儀正しく頭を垂れるとロック鳥を駆る魔術師は静かに微笑み応じるが、常に真剣で事に臨む澄華はすぐに三人へ新たな鬼の出現を告げて散開を促すと、再び戦いへと挑む。
「うぉおぉっ!」
未だ現れる鬼は少なくとも、守る範囲こそ広いが故に一行は東奔西走を余儀なくされるが‥‥それでも浄炎は心折る事無く新たな鬼へすぐに応じるべく叫び駆け出せば
「決して此処より先には進ませぬ! 守る者がいる限り‥‥例えこの身が朽ちようとも決してだ!」
皆の意気を代弁するかの様、正しく咆哮とも言える雄々しき雄叫びを放てば強く、固い意思を拳に乗せて眼前の鬼目掛け、振り下ろした。
●進行阻止 〜挟撃、そして〜
鬼達の侵攻は止まない、鬼達の数も然程減らなければ地を踏み鳴らしては辺りに響かせている轟きは小さいままながらも未だ消えず、血飛沫が必ず何処かで舞えば戦闘は歪みの森が先端で継続していた。
「迷いの森で抑えているとは言え、流石に数が数か‥‥」
とは言えそう長い間、戦い続けていた訳ではない‥‥のだが先までと変わらず、僅かずつに現れる鬼達のその体が最初の頃とは違い、薄汚れているだけで傷を負っていない者が多くなっている事に皆が気付けば、そろそろ足止めの罠が少なくなっている事実を察した我斬は呻き、もう幾度放ったか必殺の剣閃を眼前にいる鬼が胸元へ描く。
「ちっ、僅かだが‥‥浅い!」
だが遂にはそれだけでは倒れず、僅かに散り始めている集中力から返って来た結果を掌に感じて舌打ちすればしかし気は抜かず、次に鬼が振るう豪腕を察して早くその場より飛び退れば
「休憩無しだと、そろそろ潮時だ。伊勢藩はまだか?」
「そろそろ、約束の時間な筈だな‥‥っ!」
「‥‥それならきっと、来てくれますよ」
大きく息を吐いた後、未だ冷静な思考を巡らせて伊勢藩の部隊が到着を焦がれると木々の間を縫っては鬼達の隙を突こうとするライルだったが、何処からか飛んで来た岩塊に気付くと慌てて樹上より飛び降りるその最中、いよいよフォレストラビリンスの維持を諦めたルーティが未だ残っていると目視にて確認出来る落とし穴がある辺りへ巻物を用い、幻影を張り巡らせようとした丁度その時。
幻影が展開される直前、その落とし穴がある近辺へ知らずとも恐れずに揺れた梢の奥から唐突に馬が現れ地に降り立てば、すぐ間近にいた鬼を切り伏せると早く一行の元へ駆けては叫び問い掛けたその主は‥‥言うまでもなく、伊勢藩主が藤堂守也その人だった。
「間に合ったかっ! 無事だな!!」
「お疲れ様です」
「それよりもすぐに挟撃へ移行する。皆がどれだけ前から戦っていたかは知らないが‥‥暫く休んだ後、手伝ってくれるか?」
そして彼の背後から続々と伊勢藩士達がその姿を現すと内心では安堵しつつも急ぎ来た守也を労う聖歌だったが、それには苦笑だけで応じて彼は戦い詰めだった一行へ一時後退の旨を告げれば追って現れる部下達へ指示を飛ばすも
「休んだ後‥‥と言わず、後もう少しだけならお手伝い出来るわよぉ〜☆」
「‥‥忝い、それならば頼む。だが決して無理はするなよ!」
それを甘んじて受けず、女華姫が厳つい面立ちに溌剌な微笑みを浮かべ言えば近くにいる冒険者達を見回して藩主‥‥次いで頷いたり、肩を竦めたりと様々な反応こそ返すも誰一人としてその場より動かない姿を見届ければ守也は溜息の後、頭を垂れると
「行くぞ、今こそ伊勢藩の力を見せる時だ! 今まで鬼達の足を止めていた冒険者の皆に笑われぬ様、各自奮戦せよ!」
『おぉおぉぉっ!!!』
改めて場へ続々と集う部下達へ檄を飛ばせば、鬼達が今まで鳴り響かせていた轟きよりも遥かに大きな声量にて応じる部下達と共にいよいよ鬼達と激突するのだった。
「援軍が来たのなら‥‥後は殲滅するのみ!」
「行くぞ、後もう一踏ん張りだ」
「言われるまでもないぜ、まだ依頼期間も終わっていないんだからなっ!」
そしてそれを前に一行は言うまでもなく臆さず、疲労の影をも見せなければ蒼牙にルーラスが飛ばした檄へライルも両手に携える剣を逆手に構え、本格的に姿を現しつつある鬼達の群れへ伊勢藩士達と共に地を蹴った。
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依頼が始まってより期日である五日が経ち‥‥一行は戦いも途中、京都へと至る道を歩んでいた。
『京都では此方よりも先に騒動が落ち着いているだろうが、多からずとも混乱は未だに残っている筈。既に此方は最早時間の問題故、皆は京都へ戻り困っている人々の手助けをして貰えればと思う』
果たして皆へそう告げたのは伊勢藩主で、確かに鬼達も伊勢藩と冒険者達との本格的な激突の後に大分その数を減じていれば、一行の疲労が色濃い事に依頼期間が終わった事を告げれば皆を一足先に戦場から解放する。
「完全に、最後まで見届けられなかったのが残念か」
「とは言え流石にあれ以上、戦闘を継続するのは厳しかったのも事実です」
「‥‥戦い詰めだったからな」
「けど、少なからず目標は達しましたよね?」
その道中、引き返してより後より渋面を湛えて呟く浄炎だったが、今では蓄積する疲労から足取りも頼りない澄華が呻くと我斬も背後を一度だけ振り返りながら彼女に応じるが‥‥最後に響いたルーティの問い掛けには皆、頷くと
「無事に、退治して貰えると良いのですが‥‥」
「大丈夫だろ、士気高く意気も高かった。走り詰めにも拘らずあれだけ強く意思を保てるのならな」
「‥‥今となっては、無事を祈る他ありませんね」
「えぇ、そうねー♪」
それでも響くミラの不安はしかし、ライルが紡いだ言霊によってすぐに払拭されれば前を見つめたままに呟いた聖歌へ至って明るく、女華姫が笑顔にて応じ締め括れば一行は胸を張って京都への帰り路を急ぐのだった。
●後日談
後日、冒険者ギルドへ伊勢藩主より礼が認められた一通の文が届けられる。
その内容を読む限り、大きな被害を受ける事無く無事に鬼達の群れを撃退出来た旨が記されていれば、しかしその最後には今こそ静かではあるが未だ混沌に覆われている伊勢の藩主らしい言葉を持って締め括られていた。
『‥‥此度の一件もそうだが、伊勢は未だに濃い闇に覆われている。それが今はまだ形となっていないだけで見た目こそ静かだが、いずれ芽吹くだろう事は必死。その時はまた可能な限り、手伝って貰えればと思う』
果たしてこれを受けて一行がこれから取るべき行動は自由だったが、何を予見して書いたか藩主が記した文には認められていない真意が気になる皆ではあったが‥‥一先ず此処に、水無月会議を巡る伊勢の鬼騒動は幕を閉じた。
〜終幕〜