●リプレイ本文
●星の大河を仰ぎ見て
七月七日、織姫と彦星が年に一度だけ会う事が許される日。
それが七夕‥‥の翌日、尚も冷めやらない熱気を保ち京都の近場にて開かれている七夕祭に遅れ足を運ぶ冒険者達。
「七夕のお祭りかぁ‥‥わくわくしちゃうね、お祭り大好き!」
「真夏のお祭りは中々に風情があって面白い」
大手を振るって現れた冒険者達の中、村の入口からでも十分に見える祭の光景にミフティア・カレンズ(ea0214)が言葉を弾ませ無邪気に笑顔を湛えると、楽しげな彼女の雰囲気から普段は何処となく素っ気無いルクス・シュラウヴェル(ea5001)も微笑を浮かべ言うと
「さてさて、七夕にお祭りとは良いですわね。ここぞとばかりに腕前を見せる機会ですし夜店を出して、精一杯悪ずr‥‥」
「精一杯、何じゃ?」
「げふんげふん、料理を作るとしましょう」
「そうですね」
やはりその祭の光景を見て、多く集まる人々の姿に潤美夏(ea8214)がドワーフの特徴である髭を撫でながら何処か陰のある笑みを宿し呟くも、それは途中で巫女装束を纏う少女が緋月柚那(ea6601)の問い掛けによって遮られればドワーフの彼女、咳払いの後に自身がやろうとしているべき事を告げると、同じ事を考えていたミラ・ダイモス(eb2064)も彼女らより高い位置にある頭を振っては頷くと
「それでは、参りましょう!」
「あぁ、さて‥‥何をするかな」
外見、上品に見えるメリア・イシュタル(ec2738)が頬を朱に染め年相応にはしゃいでは皆の先を駆け、手を振り呼ぶと応じてルクスは数多ある夜店へ視線を配して悩む中。
「最近の京都は慌しくて、息を吐く暇も無い程。こうして息抜きを出来る時間は貴重な物ね。不穏な日々が続くからこそ、こんな日は大事に楽しみましょうか」
落ち着いた声音を響かせ、辺りを見回しては人々に浮かんでいる笑顔を見て神木秋緒(ea9150)もその表情を綻ばせるがしかし、先までいた筈の同僚らが姿の見えない事に漸く気付くと首を傾げるのだった。
「‥‥そう言えば、月夜さん達は何処へ行ったのかしら?」
●
一方、七夕祭が開かれている村の中央に位置する広場にて。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「アイスコフィンなので問題ありませんよ、しかし涼を取ろうと思っていたのですが‥‥実際にやってみると少々、イメージしていたものとは違いますね」
「少し、驚きますね‥‥あら?」
魔法の氷檻に閉じ込められている一人の浪人が姿を見止めた明王院未楡(eb2404)が穏やかに微笑みながら、彫像の如くその内部にて固まっている人物へ声を掛ければ、友人である彼の代わりに壮年陰陽師の護堂万時(eb5301)が答えを返し‥‥しかし次いで、頬を掻きながら何とはなしにその近辺に人が寄って来ない様子から嘆息を漏らすと苦笑を湛える未楡だったが、その背後から歩いて来た人物を見止めて彼女は目を見張る。
「まさか拉致されるとは思わなかったわ」
それもその筈、ぼやいている割には笑顔を湛える彼女こそ伊勢は斎宮の主である斎王その人だったのだから。
「たまにはこんな事も良かろうと思ってな、最近は特に慌しいみたいじゃったしの」
「‥‥たまに、ならな」
そしてその傍ら、彼女が来ていない事から天馬を駆って斎宮までわざわざ迎えに行った天城月夜(ea0321)が笑顔で返せば、しかし彼らの背後にいる斎宮のいまや幹部であるレイ・ヴォルクスが囁くと直後。
「‥‥っ!」
「余計な事は言わなくていいわ」
「大丈夫ですよ、大体お察ししていますから」
「‥‥‥むぅ」
足元を思い切り踏み締められては呻く彼へ祥子は一瞥もせず、それだけ告げるが月夜と共に彼女を迎えに行ったルーティ・フィルファニア(ea0340)が我が主を宥めると、不満げな声を彼女が上げるその傍ら。
「なら、帰りも送ってくれるのだろうな」
「まさか、レイ殿なら一つ飛びでござろう?」
レイも決して暇な訳ではないのだが、同道したが故に帰り路の心配に付いても月夜へ尋ねるがすぐに彼女より返って来た答えを聞くと彼、祥子同様に表情へ不満を表すと相変わらずに被る皮の帽子の唾を下げる。
「この前は変な事を云って申し訳ございませんでした。まだまだ修業が足りないと言う事ですね。十種之陽光として暫く修業させて頂きます」
「えぇ、是非とも励んで頂戴ね」
「改めて、宜しくお願い致します」
「あー、いいわよ。こう言う場じゃそう堅苦しく振舞わなくても、ね?」
そんな中、斎王の姿を見止めてからこそ先日設立されたばかりである斎宮お抱えの巫女部隊『十種之陽光(とくさのひかり)』に所属する大宗院鳴(ea1569)と将門夕凪(eb3581)が彼女の元へ駆け参じれば、頭を垂れて挨拶を交わすとそれには片手を泳がせ応じる斎王の様子に、まだ主の人となりが良く分かっていない夕凪は暫しキョトンと‥‥だがやがて微笑めば、だからこそ改めて頭を下げる彼女に斎王が頷き返すと
「それでは、行くぞー!」
「‥‥だからって何故、私も呼び付けるんだ」
「どうせ篭りきりで埴輪を造っているだけでしょうから、たまには良いじゃないですか」
「不健康極まりない故、たまには体を動かさねばな」
「うっ」
「ふふっ、アシュドさんの負けですね。それではそろそろ、行きませんか」
その傍らで轟く柚那の激に、彼女から届いた文によって導かれたアシュド・フォレクシーは瞳を細め、今更な疑問を響かせるもそれはすぐにルーティの的確な指摘にて反撃されると直後にガイエル・サンドゥーラ(ea8088)も続き、厳しい声音で告げればそれには答えを返せない彼へルルイエ・セルファードが微笑み告げると、次には皆を促して祭の方へ向き直ると
「レんちゃらも引き連れていくのじゃー」
「わざわざこれを送ってくる辺り、そうだろうと思った‥‥まぁ、貴方の気が召すままに」
「しかし相変わらず、暑苦しいのっ!」
「ふべっ!」
「あっ、すまんのじゃ」
「‥‥むぐぐ」
小さな掌にてレイのマントを掴んでは引っ張る柚那の、子供らしくも乱暴な誘いに肩は竦めながらも文を取り出した彼が微笑むが、相変わらずの装いであるレイを見つめ手彼女は暫しの後、感想と共にハリセンを彼目掛けて振るうが‥‥それは自身が予想とは違う軌跡を描くとアシュドの尻を打ち据えれば、詫びる彼女は尚も呻くだけのアシュドへ微笑み掛け、だが颯爽と踵を返してはレイの皮のコートが裾を引っ張るとすぐに歩き出せば皆もその後を追う。
「‥‥だからって、何で俺まで」
「たまにはいいだろう、息抜きは大事だ」
『そうですよ!』
「‥‥‥」
がその最後尾、顰め面を携え不満を露わにするレイの弟子(強制)が矛村勇だったが、それは師匠によってすぐに窘められれば月夜とルーティにも睨まれると呻く事しか出来ない彼は止むを得ず、渋々と彼らに付き従う事とする。
「え、えと‥‥エドくん、行こっ。お祭りなんだから楽しまないと、ね?」
「ん‥‥うん」
そんな、様々に賑々しい一団はやがてそれぞれが思う場所へ散り出すとその中で普段とは違う装いの巫女装束を纏い、何時もは結っている髪も下ろしているミリート・アーティア(ea6226)が顔見知りの、始終黙したままである幼き魔術師のエドワード・ジルスへ恥ずかしげに顔を俯け、頬を染めながらも意を決して彼を誘えば‥‥何時もと違う外見に様子には気付きつつも首を傾げるもしかし、別段断る理由もなければやがて頷くとミリートの手を取って歩き出すのだった。
●爽やかなる、祭 〜一日目〜
「ふむ、冷やし飴か‥‥エド、飲むか?」
「何か欲しい物があれば買うぞ、その時は遠慮なく言ってくれ」
「‥‥あれー?」
と言う事で囃子笛の音が響く祭のその中、ミリートはエドと共に歩いていたが何時の間にやら多くの面々とすぐに合流してしまうとルクスやガイエルにエドを取られれば、首を傾げる彼女ではあったが
「でも‥‥やっぱりいいなぁ、お祭りって。ジャパンに来てから幾つか見て来たけど、こればっかりは飽きが来ないや‥‥うん、私も冷やし飴一つー!」
周囲へ視線を走らせるとお祭独特の賑々しく華やかなその雰囲気を改めて肌から感じれば、顔を綻ばせると一人頷いた後にミリートはその場に割って入ればエドと同じものを屋台の親父へ注文すると次いでエドと笑顔を交わす彼女。
「あれから埴輪の実験は進んだのか?」
「‥‥ん。まぁ、順調に実運用へ向けて進んではいるな」
「耐水性はやはり何とかせねば不味いと思うが、その点は?」
「やはり焼きだな、後は魔法的に何らかの処置が取れれば言う事はないが‥‥」
その傍ら、その光景に笑みながらガイエルは何処か呆けた表情を携えているアシュドへ声を掛ければ、遅れて反応する彼の視線の先にいる存在に気付きながらも彼女は話を続けると漸くアシュドの視線がガイエルを捉えれば途端、考え込みながらも答える彼だったが
「む‥‥そう言えば、ハニワンコ計画は順調かの?」
「あ、あぁ‥‥」
その話を耳にした柚那が次に問いを響かせるとそれには僅か、目を見開いた後に彼は暫し間を置き囁いた。
「‥‥忘れてた」
「傍目からビーム!」
その真実の答えを受けて彼女、速く懐から巻物を取り出しては叫ぶが今は生憎と夜。
「‥‥は出ないから、えい!」
「ぶっ」
「あれだけ言ったのに何でじゃー!」
「ハニワナイトの改修とか、その上位種の構想とか製造で手一杯で‥‥」
「むー‥‥じゃあ今考えるのじゃ、すぐ答えるのじゃ、むしろ今から造るのじゃー!」
柚那が紐解いた巻物に封じられている魔法は効果を現さず、すぐにその事へ思い至ると彼女は腰に挿していたハリセンを抜き、彼の頭部を打ち据えるとアシュドは痛みから渋面を湛えるが、それでも柚那は尚も憤慨すればたじろいで彼は言い訳を紡ぐも‥‥むしろ火に油を注ぐ行為以外の何者でもなく、彼女が益々いきり立てば
「足を一生懸命にパタパタと動かすちっちゃい埴輪、いたら可愛いと思いません?
「いいかも、ねー」
「‥‥うん」
「と言う事で手乗りサイズも追加して、検討して貰えませんか?」
その傍らにてルーティが柚那の喧騒に便乗し、新たな埴輪のアイデアを紡いでは近くにいるミリートとエドの同意を取り付け、彼を見つめると四人の視線を受けてアシュド。
「ぐぬ‥‥」
「また、アシュドさんの負けですね」
「そして約束を破った事も頂けないな、故に相応の報いは受けて然るべきかと‥‥主にその懐で」
「‥‥この一件がなくとも、そのつもりだったろう」
言うまでもなく答えを返せず呻くだけ呻くと、その様子からルルイエが一連の騒ぎに審判を下せば続き『相応の罰』を提示するガイエルだったが、それだけは聞いてもうろたえず、アシュドは彼女へ切り返すもその当人は何も言わず微笑を湛え肩だけ竦めると
「まぁそう尖がるな、こう言った場こそ紳士たる男子が率先するものだぞ」
「‥‥分かっているさ、それ位」
「アシュドー、ハニワンコー! ハニワンコー!」
「‥‥もう少しだけ、時間をくれ」
それでもレイが彼女らの肩を持つ様な発言をすれば、一先ず奢りの一件に付いて彼は同意すると懐から財布を取り出し‥‥しかし柚那から再三にして執拗な問い掛けには、それだけ返すのが精一杯だった。
●
騒がしく団体にて祭の只中を賑やかに闊歩する者達がいればその一方では夫婦揃い、静かに祭を楽しんでいる者達もいた。
「巫女装束は似合いますか?」
「あぁ、悪うない」
その将門夫妻が夕凪、両手を掲げては最近になってより着る様になった巫女装束を自身の夫へ見せ付けると、顔を綻ばせて彼が応じれば釣られ笑顔を湛える夕凪。
「たまにはこんなんもええな」
夫が次に紡いだ言葉を聞くと、久方振りに落ち着いた時間を共に過ごせる事から益々華やかな笑みを湛えれば、それを前に照れてか唐突にそっぽを向いた夫だったが‥‥それを逃がすまじと夕凪は彼の腕に己の腕を絡めると一先ず、奉納舞の為にも拵える料理の材料を揃えるべく、市場へと向かえばその夫婦とすれ違うのは何時の間にやら団体の輪を抜け出した、場の空気とは余りにも違う刺々しい雰囲気を纏う勇と脱走した彼を追い駆けて来たルーティ。
「修行に打ち込んでいる様ですけど、得るものはあったでしょうか?」
「さぁ、な」
「黒不知火を振るい、敵を討つのは矛村さんでも如何せんただ一人と一振りの刀。折角同じ『五節御神楽』になったんですから、少し位は頼って下さっても損はさせませんよ?」
「‥‥どうだろうな」
刺々しい雰囲気はそのままに歩く彼の背後から尋ねる彼女だったが、変わらずの態度で応じる勇にいよいよルーティも業を煮やせば
「相変わらず、難しく考えていませんか? そう言う時は‥‥」
「ちょ、そこを掴むな」
「今に目を向ける事が一番ですよ、と言う事でお祭を楽しみましょう? あんな感じに」
伊雑宮が宮司の息子の襟首を掴み、勇の拒絶は爽やかに無視して彼女はその頭を別な方へ向けてやれば‥‥そこにはペット達と仲睦まじく祭を楽しんでいるミフティアの姿があった。
「やぁん、どれも美味しそー‥‥うーん、どれにしようかな。ね、どれが良い? 食べたいものがあったら言ってね、たまには贅沢しちゃおう!」
「おいしそー! ここにあるの、全部一つずつ下さーい」
「‥‥うわっ」
無邪気に笑顔を咲かせ視線を彷徨わせながらもはしゃぐ姿を見て、勇は果たして何を思ったか‥‥それは知れず、彼女も気付かずに夜店を次々に練り歩けばその途中、一軒の夜店で並んでいる全ての食べ物を買い込む鳴の姿を見掛けたミフティアは思わず驚くも、巫女は平然とそれを抱えながら笑顔で言って退けるが直後。
「鳴殿、そろそろ舞の練習だ。参るとしよう」
「えー。まだ食べたりないんですけどー‥‥ってあーれー」
「後で様子を見に行ってみよ、っと」
ガイエルに呼び止められると彼女はぎこちなく首を回し答えるが、やはり笑顔を浮かべてガイエルは彼女の肩を両手で掴み全身全霊を込めて抱える食物ごと練習を行う場である村内の寺の方へ押し出すと、間の抜けた悲鳴を上げる鳴を見送りながらミフティアは舞、と言う単語に反応してやがて一人決意して頷けば、再び夜店に視線を巡らせとある事に気付く。
「あれ、美夏さんじゃないですか? 何をしているんですか」
「見ての通り、周りの夜店に紛れて私も店を出しているんですわ」
「成る程ー、それで美夏さんは食べ物を売っているんですね‥‥うん、美味しそう。頂いて良いかな?」
「遠慮なくどうぞ、ですわ」
それは眼前の夜店の奥にいる美夏の姿で、それにすぐ気付いたミフティアが声を掛ければ彼女は振り向くなり答えると、それに頷いて暫し‥‥目の前にて並んでいる椀に視線を落とし新たな椀を並べる辺り、問題なく売れているのだろう店主は快く応じるとそれを手にしてミフティアは早速一口頬張ると
「あ、凄く美味しい!」
「それは当然、腕によりを掛けて私が作りましたから」
「ほら、あんずも食べてご覧。美味しいよっ」
すぐに椀に盛られていた身をほぐした魚、煎った胡麻、焼き味噌で味を整えては季節の野菜と豆腐で仕上げた汁掛け飯の感想を紡ぐと、此処で漸く笑顔を浮かべた美夏が頭を垂れればすぐに次の椀を手にしてミフティアは愛犬へもそれを差し出すと、やがてそれを一口食べては次いであんずががっつく姿を見れば顔を綻ばせる彼女。
「‥‥余り、腹は減っていないんだが」
「他にも夜店はありますよ。お腹が空いていないなら食べ物以外の夜店を探しましょう、ほらっ」
「あ、いや。だから引っ張るなと‥‥」
その光景を前、勇は辺りの夜店へも視線を配してその悉くが食べ物ばかりを並べている事に気付いて毒づくが、それにもルーティは懲りる事無く言えば彼の上着の裾を掴むと続く拒絶はやはり意に介さず、隣の通りにもあるだろう夜店の方へ勇を伴い歩き出した。
●奉納の舞、練習 〜十種之陽光(とくさのひかり)〜
「おんりょーたいさん、おんりょーたいさん」
寺の境内の片隅の影、万時が何事か呟いては何やら怪しげな舞を観客なき中で舞うその傍ら。
「手解きだけ、と言う形になるけどもし良かったら教えて貰えるかしら?」
「えぇ、構いませんよ。何人でも見る事に変わりはありませんから」
「奉納の舞を覚える機会など、早々ありませんし‥‥ご指南の程、宜しくお願い致しますね」
「こちらこそ、未だ拙い腕前ですが宜しくお願いします」
今回、祭に参加しては奉納舞を納める十種之陽光が四人に加え、奉納舞に付いて学びたいと申し出た秋緒に未楡の改まった一礼に優が応じ、頭を垂れるとそれぞれへ舞いに用いる道具を手渡していくと
「以前より間は空いていないが、こう言った機会でもないと中々に‥‥な」
「武道もそうですけど、日々精進ですからね。頑張りたいとは思いはするのですが」
「皆さんお忙しいですからね、それでは始め‥‥」
神楽鈴を受け取ったガイエルは少し前に伊勢の各地で舞った時の感覚を思い出しながら、鈴を鳴らしては呟くと頷いては夕凪も微かに溜息を漏らし‥‥しかし玉串を優から受け取ればその表情を引き締めると、踵を返して優は鳴へも向き直るが
「はふはふはふはふ‥‥」
「食べるのはいい加減、止めなさい」
「うごふっ‥‥!」
未だ抱える、夜店で買い込んだ食べ物の数々を頬張っている姿を見れば優は固まり、だが直後に立会人の斎王の拳が彼女の腹部を抉る様に打ち据えると、それには流石に悶えて鳴は食べ物だけは離さないまま、しかし膝は屈するが
「‥‥人が安心するのは、強き者に守られている時だと思います。ですので、わたくしは剣舞を舞いたいのですが」
「奉納舞に決まった形式こそありませんが‥‥」
「良いんじゃない、好きにやらせたら」
「それでは、奉納舞の一環に組み込む事としましょう。それならばついでに‥‥他に何か、あるでしょうか?」
それを機にか、途端に表情を真面目なものへ変えて鳴は息を整えた後に自身の意を紡ぐとそれを受けて惑う優だったが斎王の意見を聞くと頷いた後に改めて告げれば、他の皆にも意見を聞くべく見回すと
「差し入れを持ってきましたですわ」
「あぁ、ありがとうございますっ!」
丁度その時、場に参じた美夏が皆の為にと自身の夜店でも出していた汁掛け飯を持ち寄り声を掛ければ、それを前にしても鳴がやはり表情を変じさせせれば苦笑を浮かべつつも場に居合わせる皆も彼女に続くが、一つだけ椀が余る。
「そちらの方も、どうですか?」
「あ、もし頂けるのなら遠慮なく‥‥」
お盆に残る、それを見つめると次いで寺の影で未だに怪しく舞っている万時を見れば美夏は彼へも声を掛けると、果たして彼はそれを聞き止めて皆の下に近付けば残った椀を手にして一頻り掻き混ぜた後、頬張る。
「‥‥‥!」
「あら、当たりの様ですわね」
「‥‥何を入れたんですか?」
「器の下に、刻んだ唐辛子と練った辛子と山葵と、アクセントに生姜と山椒を少々」
「さ、練習を始めましょうか」
が暫く後、彼は唐突に顔面を真っ赤に染めればその口から正しく火を吹いて何処を目指してか猛烈な勢いで駆け出すと、その光景に満足して微笑んだ美夏へルルイエが尋ねれば彼女から笑顔と共に返って来た答えを聞くと斎王はさりげなく、すぐに椀を置いては手を打ち鳴らして皆へ練習をする様にと促すのだった。
●爽やかなる、祭 〜二日目〜
「何もこんな所まで埴輪を連れて来る必要は‥‥」
「念の為のテストだ、気にするな。それに助かっているだろう?」
「確かに助かってはいるが‥‥数が数だけに、気にするなと言われても‥‥」
一方、夕凪と同じく蒸し暑いだろう中で奉納舞を行う十種之陽光が面々へ差し入れるべく、足りなかった食材の買い足しに人手と言うか埴輪手のあるアシュドを伴うルクスはその帰り路にてやはり思っていた事を改めて告げるも、それに彼は別段動じた風も見せず返されるとルクスは二人の後ろで食材を抱え跳ねる二十体の埴輪を見て難しい表情を浮かべた、その時だった。
「お痛をしている人はいませんかー?」
祭り故にか、浮かれ過ぎている人がいないか見回っている万時が呼び声を聞けば直後。
「良かった、助けてくれ! お痛をする人が向こうから来るんだ!」
「え‥‥?」
「此処にいたでござるか‥‥」
十河小次郎の絶叫にも等しい叫び声が辺りに轟くと、それを聴き止めた万時は首を傾げるが更に直後、黒衣を靡かせて颯爽と現れた月夜。
「なぁに、悪い様にはせんよ」
「嘘だっ、その目はあからさまに真実を語っていないっ!」
「そんな事はないでござる、さぁ一緒に行くでござるよ」
「いーやーだー!」
冷笑を湛えては小次郎へ詰め寄ると彼は尚も抗うが途端、微笑を湛えて彼の手を握れば月夜は小次郎の拒絶を無視して力尽くで彼を引き摺り出すも
「一体、何だというのでしょう?」
「‥‥ふむ、それなら万時殿も一緒に来るでござるか?」
「あ、いいのですか。でしたら是非」
その光景を一部始終見つめていた万時がボソリ、呟くとそれを耳にした月夜は踏み出していた歩を止め、暫しの静止の後に首を回し彼を見据えては尋ねると何事か分からないままではあったが万時は惑いも見せずに応じると、月夜は二人を何処かへと連れ去るのだった。
「‥‥後悔するぞ」
その光景をやはり、最後まで見ていたアシュドが深く溜息をつく中で。
●
「良くお似合いですよ」
「そう、ですか? 未だに着物は着慣れない感じがするのですが‥‥」
「そんな事はありません、元はいいのですからもっと自信を持っても大丈夫ですよ」
「そうですよ、羨ましいです」
一方、未楡に紫陽花の浴衣に着付けられたアリア・レスクードは未楡とメリアの賛辞に照れ臭く頬を紅く染めていた。
「さ、折角ですからお兄さんにもこの格好を見て貰いましょう」
「えぇと‥‥少し、恥ずかしいです」
が着付けたからには多からずとも誰かしらへ見せなければならないからこそ、未楡がアリアの手を取り彼女の兄がいると言う場の方へ歩き出せば、言葉の通りに照れてだろうたどたどしい足取りでアリアとメリアもやがて続き‥‥歩く事暫し。
「いらっしゃーい!」
『‥‥‥』
聞き慣れた声が聞こえると三人はそちらを見ればそこには、何やら派手派手しい色合いの着物を身に纏い今回はかつらまで付けて見事に女性に扮している小次郎と万時の姿を捉え、唖然とするも
「‥‥今までもそうだと思いますがきっとお兄さんは、恥ずかしいだろうアリアさんの事を思って気を遣っているんですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そ、そうだぞ! 気を遣っているんだ!」
すぐに未楡、機転を利かせて時折に見ているだろう光景のその真意をアリアへ伝えると久々に見たそれを前、相変わらずに狼狽しながらもアリアが首を傾げればぎこちなく小次郎、何度も頷くと話の方向こそがアリアの浴衣に向かないがやがてそれを切掛けに離しに花が咲けば一先ず表情を緩ませる未楡。
「やはり月夜さん、呼び込みはもう良いですよ」
「五節御神楽の同僚だからとて、遠慮する必要はないでござるよ」
「‥‥うーん」
とは言え、小次郎とアリアの傍らでは相変わらずに女装する万時の呼び込みが続くとその傍らにある夜店の主がミラは漸く、呼び込みの発案者である同僚の月夜へ丁寧に遠慮する旨を告げるも彼女は微笑んだまま首を左右に振ると呻くミラではあったが、少なからず自身が拵えたイースターエッグ等の美術品を並べる夜店へ立ち寄る客の足に増減はなく、当分の間は見守る事として走らせていた筆を漸く止めれば
「とりあえず、出来ました。久々に描いたので出来の程は不安ですが」
「お上手ですよ、ありがとうございます」
「‥‥喜んで貰えたなら、私としても嬉しい限りです」
先から眼前の椅子に腰を掛け並ぶルルイエと優へ声を掛け、出来上がったばかりの肖像画を差し出せばそれを見たルルイエが笑顔を浮かべると、その表情と感想に珍しくミラが照れ、顔を俯かせながら自身も彼女らの感想に感謝すれば‥‥その光景を見つめ、静かに思い耽る者あり。
その名、夜の中にいても映える黒衣を纏う『五節御神楽』が神木秋緒。
「どうしたでござるか?」
「人々が憂い無く日々を楽しめる様に、これからも頑張らないと‥‥って思ってね」
「‥‥そうでござるな」
「その為にも、今の内に英気を養う事としよう。どうやらこれから慌しくなりそうだと言う話もあったし、尚更にな」
「本当ですか?」
「相変わらず、はっきりとはしていない口振りではあったが‥‥それは止むを得まい」
「後手に回るのは勘弁したいから、なるたけ先回りして動けると良いんだけど」
その彼女の様子を見て、同僚の月夜が何事かと尋ねれば彼女は目の前で今も様々に色を変えている光景を見つめたまま呟くと、その意を察して月夜も頷くと舞の練習の休憩なのだろう、寺の境内から足を運んで来たルクスが二人の背後から言葉紡ぐと、それを受けて秋緒は思わず尋ね返すがルクスの答えに変わりはなく、息を吐いて後に秋緒は考え込んでしまうも、それは少しだけ。
「ま、それよりも今は折角のお祭を楽しみましょう。時間も限られているから尚更、ね?」
すぐに笑顔を浮かべれば、今この時を楽しむべく同僚達を促すと再び人ごみの中へ掻き消えた。
●捧げた願いは?
「お疲れ様でした」
「何とか、無事に終える事が出来たな」
果たして十種之陽光が無事に奉納の舞を終えると一行、見晴らしのいい高台へ至れば星の大河を仰ぎ見る中でルルイエの労いが響くとガイエルも珍しく表情を緩め、吐息を吐けば
「私達が舞う舞が、この先もずっと続いて皆さんの楽しめる世を作れるといいですよね」
「そうね、その為にもこれから頑張って頂戴ね。私も出来る限りの事はしてあげるから」
「はい、頑張ります!」
続き夕凪も僅かではあったが、ついさっきに舞った奉納舞より感じた手応えから今後の意気込みを強く語ると、その様子に顔を綻ばせて斎王が頷けば鳴も彼女の期待に応えるべく、やはり頷くも‥‥直後。
「‥‥でも張り切ってお仕事をしたので、お腹が空きました」
「沢山作ってある、遠慮なく食べてくれ」
「ですわね」
「腕によりも掛けましたので、出来る限り全部食べて下さいね」
一仕事終えた後だからこそ腹を空かせた鳴がお腹の悲鳴を響かせると、苦笑を湛えながらルクスに美夏、夕凪が揃いそれぞれに拵えた目にも涼しげな多くの料理を場に広げるとそれに腹減り巫女が一番に飛び付けば、一行もまた遅い時間ながらも彼女同様に小腹が空いた事から並べられる様々な料理に箸を伸ばした、その時。
「あ!」
「どうしたんですか、ミリートさん?」
「えと、短冊書くのすっかり忘れてた‥‥一寸行って来るね!」
「あ‥‥」
唐突に短くもミリートが叫ぶと、その異変にすぐメリアが尋ねれば肝心な事を忘れていたと告げて彼女、箸を置いては立ち上がると何故かエドも連れて高台を降りる二人。
「‥‥あ!」
「今度は鳴殿か、鳴殿も何か書き忘れたのか?」
「はい、美味しいものを一杯食べたいと書き忘れました」
『‥‥それは別に良いのでは』
するとそれを見送りながら今度は鳴も何事か思い出し立ち上がれば、今度はルクスが尋ねると彼女は朗らかな笑顔を湛え答えれば‥‥場にいる皆は揃い突っ込むと、暫しの間の後に響く、皆の笑い声。
「常に周囲が笑いに満ち、賑やかなのが一番じゃ‥‥」
そしてひとしきり笑った後、皆が再び会話を交えながらも料理を突く中で柚那は草むらに寝転がる愛犬のその腹に頭を置いては自身も寝転がると、視界一面に広がる星の海を見上げて未だ響く喧騒の中、囁くのだった。
●
それより後、やがて短冊が多く飾られている竹の袂にまで辿り着いたミリートとエドは揃ってそれに魅入る事暫し。
「去年は短冊に何を書いたっけ‥‥?」
まだ残されている卓と短冊の元へ至るとふと、昨年書いた願い事を思い出すミリートだったが
「あ、あはははは! な、何でもない‥‥です」
「???」
やがてその内容を思い出すと唐突に笑い出すや、エドの視線を受けている事に気付き肩を落とすも取り敢えず、皆が書き連ねている短冊へと視線を移す。
『リリアーナちゃんや左之助隊長さんとまた、会えます様に』
『絃也殿が無事に己を貫き通しますよう』
『伊勢で牧場が開かれ、淡い希望を灯しますよう』
『穏やかな日が続きますよう』
『願わくば誰一人欠ける事のない、平和が欲しいです』
『巫女に就職出来ます様に』
『退屈しない日々が続きます様に』
『伊勢に暮らす人々の平穏を』
『一日も早く、ジャパンに平穏が訪れます様に』
『兄さんと仲直り出来ます様に』
『皆が幸せになります様に』
『東国での件、京都と西国の件が解決し皆が安心して暮らせる世の中を‥‥』
『今年こそ良き巡りを』
『今まで出会った方々全ての出会いに感謝し今年一年、皆が幸せになります様に』
「ふーん、皆色々書いているなぁ。それじゃあ私は‥‥」
それらの様々にある願い事を一通り見て今年、自身は何を書こうかと悩むミリートであったが、傍らにて静かに佇むエドを僅かにだけ見れば筆を走らせた。
『もうちょっと女の子らしくなります様に』
「‥‥はぁ」
「何、書いたの‥‥?」
「‥‥ってぇー!? 見ちゃダメだよっ!?」
そして直後、書いた願い事に自身の事とは言え思わず溜息を漏らしてしまう彼女だったが、何時の間にやらミリートが書いた短冊を覗き込んでいるエドより見つめられては尋ねられると彼女は首元から顔全体を真っ赤に染め、早く短冊を竹の枝へ引っ掛ければ皆の元へ戻るべく彼を再び引っ張り駆け出した。
皆の願いが、叶います様に‥‥。
〜終幕〜