狙われた斎宮

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:12 G 67 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月03日〜09月12日

リプレイ公開日:2007年09月11日

●オープニング

●明かされた真意
 伊勢は二見‥‥何時もと変わらず海岸沿いにそびえる斎宮を今、闇の中で見下ろす影があった。
「例え兵力が多かろうと、所詮は斎宮。戦いに長けている者はそう多くあるまい」
 一つ、響いた低い声の主は焔摩天‥‥何を目的として目覚めたか、知る者はいない。
「その狙い、当たりましたね」
 一つ、穏やかな声音で呟いた声の主はアドラメレク‥‥英国から渡ってきた悪魔が何を考えているか、やはり知る者はいない。
「尤も、こちらが予想していたよりも多く兵がいる様で‥‥少々、天岩戸で派手に動き過ぎて訝られましたかね。いささか、イレギュラーが目立つ様ですが」
「それも時間の問題だ、長くは持つまい」
「まぁ、持って貰いますけどね。それだけに外も内も動き辛いだろう以上」
 その二つの影、斎宮を全周囲から覆う様に妖に攻め入られている光景を見つめてはしかし、意外に動きが鈍い事をアドラメレクが気付くも優勢である事に代わりはないと言い放つ焔摩天だったが何を考えてか、悪魔はその整った表情を綻ばせ呟く。
「天岩戸を開け放つ鍵の全てを管理する斎宮を落とせば、後はどうにでもなる‥‥か」
「その為にもまず今回、頭まで潰したい所。後は妖孤達の動き次第‥‥ですが、果たして大丈夫ですかね?」
「そればかりは何とも‥‥」
 そして焔摩天はその消耗戦を見下しながら、その口より行動を起こした本当の目的を改めて反芻すると、自身らが成すべき事を告げる悪魔だったが‥‥天岩戸でも目論んでいる計画がそのキーマン故に気になってか、焔摩天へ尋ねるも返って来た答えは何とも煮え切らないもので
「‥‥まぁいいでしょう、それでは私達もやるべき事をやりましょうか‥‥あれが出でるより前に天照を潰しておかないと、ね」
 返って来たその答えに暫し沈黙するアドラメレクだったが、やがて気を取り直せば斎宮のその頂上を見つめ微笑んだ。

●ただ、歯噛みするだけ
 一方、斎宮内部では兵達の大半が天岩戸に向かってより後になって近隣に現れた妖の群れに困惑し、混乱し、手を焼いていた。
「思ったより兵が残っているのと、置き土産があって幸いだけど‥‥参ったわね」
「見事に内と外が分断されたか。少々、甘く見過ぎていた」
 その中枢が斎宮の間ではレイ・ヴォルクスが指揮を取る中、斎王は窓から覗く光景に歯噛みすれば伊達男も相変わらずの格好ながら自身の甘さに舌打ちするも
「そう、主が言うのなら自らの責を認めると言う訳じゃな」
「こう言った戦闘は久し振りなんでね」
 果たして二人の呟きの後、その後ろで平然と座り込んだまま天照大御神が厳しい声音を響かせるとレイはしかし、振り返らないままに肩を竦めるだけで全く動じない。
「内部への侵攻は?」
「まだ確認はされていません」
「‥‥尤も、それも時間の問題か。天岩戸を陽動と考えればいずれは此処を少数精鋭で直接、狙って来るだろうな」
 その余裕に天照が不機嫌な表情を浮かべる傍ら、戦況を伝える伝令の兵が斎王の間を訪れればレイ、簡単に言葉を交わせばまだ姿の見えぬ敵中枢が行動予測を早く立てる‥‥斎宮の中枢である此処を狙って来るだろう事を。
「どうやら腰を上げねばならぬの」
「来て早々、申し訳ありません」
「此処で主らを失っては元も子もないじゃろう、此処は手放すにしても」
 すれば彼の判断の後‥‥僅かな期間とは言え、斎宮に来てより斎王の間に新しく設けられた自身の席から初めて立ち上がって天照が呟くと、頭を垂れる斎王だったが掌をかざして少女は彼女がこれより紡ごうとした言葉を塞き止めると
「命さえあれば、後で取り戻す事も出来る‥‥故に此処は一度、下がるべきじゃろうな。それに妾の力も今、頼りない以上この戦いは継続するだけ無駄じゃ」
「天岩戸に現れた妖らに比べて確かに数は少ないが‥‥それでも五分の状況。相手も攻める気が見えない以上はこの膠着状態、単なる消耗戦以外の何でもない。なればその為に物的損害を被るのも致し方ない、か。此処はプライドを気にする場面ではない‥‥」
 一つ、抱いていた考えを二人へ次に告げれば冷静に戦況を読み解くレイもまた僅かに瞳をすがめながら天照の意に賛同すると‥‥果たして斎王は決断を下す。
「斎宮を防衛する隊へ至急伝達、防衛のみに徹底し機を見て後退を。一度、斎宮は放棄して伊勢まで下がります‥‥先ず此処が浮き足立つよりも皆、今成すべき事を成しなさいっ!」
 その決断は当然の様に動揺を誘いどよめきに包まれるが、それはすぐに響いた斎王の一喝にて収まると場に居合わせたそれぞれが動き出す中で彼女は密かに歯を食い縛るが
「とは言え内外がほぼ断絶されている今、非戦闘員が多い内部からどうやって抜け出ると? 妾らが下手に動けぬ以上‥‥別に兵を割く必要があるが、その余裕もあるまい」
「抜かりはない。念の為、事前に手は打っておいた‥‥もうじき来る頃だろう彼らに活路を開いて貰う」
 その心中を察しながらも天照は成すべき事を成すべく今の状況から脱する策を尋ねれば‥‥皮尽くめの男はしかし、帽子を深く被り直す中で唯一見える口元を綻ばせるのだった。

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 依頼目的:斎宮内部に在する人々を逃がす為の活路を開き、市街まで後退の間の支援を行なえ!

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要なので確実に準備しておく事。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。

 対応NPC:祥子内親王、レイ・ヴォルクス、天照大御神(以上、斎宮内部)、アシュド・フォレクシー(斎宮の防衛中)
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●今回の参加者

 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6601 緋月 柚那(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

レベッカ・オルガノン(eb0451)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

●ただ、ただ駆ける
 伊勢は二見にある斎宮より強襲の報を受け、懸念されていたからこそ予め集っていた冒険者達はそれを聞くなりすぐ京都を発てば、我武者羅に持てる速度で街道を突っ走る彼らの意気は斎宮が今置かれている状況の割、高い。
「‥‥嫌な、雲行きですね」
 その駆ける一行の中、果たして伊勢の方を見やっては有翼の摩獣を駆るフィーネ・オレアリス(eb3529)は長い金髪を荒れる風に任せては靡かせながら進む先に見える、正しく暗雲垂れ込める様相を現実として捉え、呟くと
「やはり陽動‥‥でしたか、とは言え天岩戸の守りも大事。となると今は切り抜けるしかなく」
 伸びる街道を疾駆しながらでも見えるその光景に緋芽佐祐李(ea7197)は今回の妖達の動向に歯噛みして呻くが‥‥すぐにやるべき事へ思い至れば更に地を蹴り、速度を上げる。
「なればこそ、これを挫けばかなりの痛手を与えられる筈。正念場、ですね」
「あぁ。友も天岩戸で頑張っている以上、不利な状況でだろうと見捨てられぬ。ならば活路を必ずや開いてみせる」
 すると彼女が紡いだ言の葉に傍らを駆ける御神楽澄華(ea6526)も頷き応じては息を吐くと、滋藤柾鷹(ea0858)もまた前を見据えたままに天岩戸にいる友人の心配をするからこそ、今回の依頼を必ずや成功させると誓えば
「何となく嫌な予感がしてたんです‥‥ですからこれはきっと修行の賜物、東洋の神秘ですね♪」
「‥‥忍者になれば、そうなのですか?」
「いえ、そんな事はありません」
 しかし、それらのやり取りを前に忍者になりたてのルンルン・フレール(eb5885)は今日も夢見がちに断言して見せると、荒れる風の中でそれを何とか聞き止めたフィーネの疑問には佐祐李、果たして首を振るも‥‥ルンルンはのんびりと鼻歌を歌っていたりする。
「しかし斎宮の防衛が一端はアシュドーが受け持っておるのか? 何とも頼りないのー」
「まぁそう言わずに、折角駆け付けて下さったのですから」
 その、緊張感があるのかないのか微妙な雰囲気を携える一行が駆ける中‥‥漸く伊勢市街が目に留まれば、小さな巫女の緋月柚那(ea6601)がその市街を一時闊歩していた埴輪の製造者の事を思い出し、今までの経緯から不意に本音を漏らすが信頼の裏返しであるからこそ出た彼女の不安に佐祐李は苦笑を湛え、それでも宥めれば
「後は‥‥悪魔の動向にも気を配らねばなりませんが、皆さん大丈夫でしょうか?」
「問題はない‥‥がはて? 半信半疑の心構えが良いのかの?」
「基本、そうですね」
 最先を駆けたままに首を巡らせ、皆へ最後の確認にと尋ね掛ければそれに最初応じる柚那は力強く頷きこそするが、やがて次にすぐ疑問を紡げばそれに皆が様々応じ、確認するも
「急ぎ参ろう、雲行きも怪しくなってきた」
「えぇ、そうですね」
 辺りを吹き荒ぶ生温い風からは最早、嫌な予感しか覚える事が出来ず柾鷹が静かに、だが良く通る声で皆へ呼び掛けると澄華もそれに応じれば、一行はあと僅かにまで迫る斎宮を目指し更に速度を上げた。

●混沌
 やがて、斎宮へと辿り着いた一行‥‥その進軍速度から予定よりも早く場に辿り着けば、確かに今回の依頼を果たすべく戦場の動向を密かに伺っていた。
「正しく、話の通りだ。斎宮のほぼ全方位が敵に覆われている」
 それでも割いた時間は僅か、今回の目的は速さを尊ぶからこそ一刻もせぬ内に戦場の状況を探りに行った者が戻れば、その一人が柾鷹の情報に眉根を顰めたのは柚那。
「‥‥じゃが、ここで諦めては敵の思う壷じゃ」
「あぁ、だからこそ脱出路に相応しいだろう場の目星まで付けてきた。そちらにて拙者らが陽動を起こし、ルンルン殿を内部へと送り届ける‥‥合言葉や目印は皆、準備出来ているでござるな?」
 程無くして彼女が呻き‥‥しかしすぐに力強き言葉を織れば、至って落ち着き払っている彼も頷くと鞘に納められたままの刀を地に突き刺し、簡単に場の図を描けば皆に進むべき道を指し示しては最後の確認をすると頷きだけ皆、返せば
「それでは‥‥ルンルン忍法、穏身の術です!」
 それを見てすぐにルンルンは懐へ忍ばせていた巻物を取り出し、綴られている文字を連ね読み上げると巻物に封じられていた力が解放されては彼女を光の屈折の中へ放り込む。
「皆さん‥‥宜しくお願いしますね」
「はい、間違いなくフルーレ様を斎宮の内部へお届けして見せます」
「私も隙があれば内部への侵入を試みますので」
 そして直後、歪む視界に密か戸惑ってはよろめく彼女だったが声だけは毅然として響かせれば澄華と佐祐李がそれぞれに彼女へ応じ、得物を握り締めると向かうべき先を見据えて六人はそのすぐ後に響いた柚那の掛け声と同時、再び駆け出すのだった。
「良し、それでは‥‥動くのじゃ!」
 果たして何が待ち受けるか知れずとも、ただ一片の躊躇いすら見せずに。

 伊勢湾を望む二見の海岸沿いにてアシュドも広く、投入出来るだけのハニワナイトを展開しては防衛線を敷く傍らに辿り着いたのはフィーネと柚那の二人で、単身のみならず必要だろう資材も携え彼の戦場へ飛び込んで来るも
「悪いが、この状況だ‥‥それだけの暇はない」
「‥‥それも、そうですね」
「だがそのアイデア、いずれ後で使わせて貰おう」
 戦いの真只中であるが故、フィーネが材料まで持ち寄って申し出たハニワナイトの強化案は多くそれを統率する魔術師に施す余裕等ある筈もなく、辛うじて保っている冷静さにてそれだけ告げられるとうな垂れる彼女ではあったがアシュドは最後、何とか手短にだが付け加えると、再び視線を戦場の方へ投げる彼にフィーネは笑顔を浮かべるが
「そして先に佐祐李が言っていた概要に付いても理解した、一先ず此方はこのままで戦線を維持する。後は合図だけ、頼むぞ」
「それは勿論、任せて下さい」
「なら、フィーネに柚那も自身がやるべき事を‥‥ぶ!」
 その笑顔は見ないまま、だが今は既に姿を消した佐祐李が告げたプランにも同意するからこそ場に駆けつけた二人を促すも‥‥直後、彼を襲ったのは一条の閃光。
「あ、済まんのじゃ」
「‥‥混戦とは言え、頼むから同士討ちだけは勘弁してくれ」
 そしてすぐに、閃光の射手である柚那が簡単に詫びるとアシュドは焦げてちりつく髪の毛を撫でては顔に纏わりつく煤を払い、普段より豪勢な衣装を纏う柚那へ呻き懇願するのだった。

●斎宮放棄
 斎宮内部、慌しいのは相変わらずながらも主の斎王は至って普段と変わらず自身が席に腰を据えていた。
 それは変わらない状況から既に開き直っていたからか、それとも何時までも続くものではないと信じていたからか‥‥ともかく、周囲の慌しさとは裏腹に彼女の周囲だけは静かだった。
「花忍ルンルン、ただ今参上!」
「ん、お疲れ様」
「‥‥驚かないのですか?」
「これしきで驚いていたら、今頃とっくに死んでいるわよ」
「それもそうですね」
 だがそれは唐突にその場へ姿を現したルンルンによって破られれば‥‥やはり、動じる事無く斎王は掌を掲げ、現れた新米忍者に応じると瞳を伏せてはがっかりする彼女だったが、斎王が次に響かせた句を聞けば納得するも
「打ち合わせの通りに今、外部にて道をこじ開けていますので内部に残る人達もそれに便乗し、活路を見出しましょう」
「戦闘の出来る人間は少ないけれど、まぁそれしかないでしょうね。レイ」
 すぐに外から聞こえてきた剣戟の音を耳に止めるとルンルンは斎王へ予め送っていた念話の通り、改めて進言すればそれを受けて斎王は傍らに佇む皮尽くめの男へ声を掛ける。
「外の部隊を纏めれば良いな」
「えぇ、手筈通りにお願い。天照様は私達と共に」
「‥‥丁度鬱屈としておった所じゃ、その鬱憤を晴らさせて貰うぞ」
 するとすぐ、簡潔に返って来た答えに頷けば次いで天照を見つめ促して彼女は立ち上がると、外へ凶暴な光湛えた瞳を向けては笑う少女に周囲の者は戦慄を覚えるが
「それでは、早く動きましょう。今となっては時間との勝負です、僅かたりとて無駄には出来ませんので」
「えぇ」
 それを宥める様に、ルンルンに遅れ斎宮内部に駆けつけた佐祐李が場にいる皆をもう一度だけ促せば‥‥黒き箱を携えた斎王は頷き返すと斎王の間を後にする皆の最後、振り返れば先まで自身が座っていた席を一度だけ見つめ、囁いては誓った。
「‥‥必ず、戻ってくるからね」

「紅蓮の槍穂よ‥‥全てを穿ち砕きて、灰燼へと帰せ!」
 果たして戦場の中、翼獣が瑞鶴を駆っては上空から爆炎の球を放ち地上を焦がせば柾鷹がその只中を果敢に駆けては敵の目を惹き付けると、漸く斎宮内部からの連絡を受けて狼煙を上げれば‥‥それを合図、道をこじ開けるべく内外の一端に集結した兵達は一斉に動き出し、やがて内外の点は線を結ぶに至り一行は漸く斎王らと合流果たせば
「何とか、此処までは上手く行った様だな」
「えぇ、ですが伊勢に辿り着くまで気は抜けません」
 表情は厳しいまま、しかし斎王以下の要人が健在である事には安堵して柾鷹が言葉紡げば、頷きつつも佐祐李が視線を斎宮から伊勢の方を見ては言うと
「殿は‥‥必然的にアシュド様になりますが、大丈夫でしょうか?」
「問題はない、元よりそのつもりだ」
「それに私達も付いていますので、大丈夫ですよ」
 その中でレイの指示にて部隊が戦闘を行いつつも再編成されては後退の準備が整う中、翼獣を手繰ったままに澄華が早く動いていた割、今になってやっと集結地点に到達したアシュドへ尋ねると、鼻を鳴らす彼にフィーネも応じれば同時に斎宮の兵達がいよいよ動き出す。
(「しかし今になってもこの動き、気になる。末端にまで斎宮の要人追撃命は出ていないのでござるか? だとすると」)
 一時とは言え斎宮の放棄に、しかしその光景の中で妖達の殆どは後退する兵達には目もくれず斎宮に突き進むと訝る柾鷹ではあったが
「ともかく、この場を皆が脱するまで拙者らが時間は稼がせて貰うでござる!」
 果たして斎王の気持ちを察すれば多少でも場にいる妖を払い、斎宮を少しでも守るべく魔力宿る太刀を振るえば雄叫びを上げるのだった。

「漸く、動き出しましたね。斎宮を抑えに掛かる彼らへは最初に与えた命のまま、動いて貰って下さい」
「‥‥ならば追撃は」
「えぇ、手筈通りに。なので鬼達の誘導は伊勢の地理に私より詳しいだろう貴方へ任せましたよ」

●真なる狙い
 果たしてそれより、伊勢を目指し進む斎宮から脱した一団だったが人喰鬼の群れによって挟撃の憂き目に遭っていた。
「下手には動けそうにありませんか、やられましたね」
 その状況に呻き澄華は微かに舌を鳴らす。
 それもその筈、悪魔の存在にそれぞれが注視していたからこそ察知すれば警戒にその進行を遅めるも、それ故に鬼達の存在に直前まで気付かなければ今に至る‥‥のだが、鬼達もまた何故か動きを見せず一行と睨み合えば、その様子を前にルンルンは今までになく真剣な面持ちを湛え疑念を呟く。
「鬼達に此処まで先回りされ、且つ統率が取れていると言う事は‥‥」
「流石にあの程度の包囲網は脱する事が出来ましたか」
 するとそれに応じる様、場に聞き慣れぬ声が響けば空の高みを見上げて一行はその主の姿を瞳に捉えると
「アドラメレク‥‥漸く、見付ける事が出来た。英国よりこちらに渡って来て一体何を目的とする」
「答える必要はありませんよ」
「‥‥ならば此処で貴方を討ち、伊勢を包む暗雲を払います!」
「余り気乗りはしないが‥‥止むを得まいな」
「この国の平和の為、絶対お前達の好きにはさせないんだから‥‥喰らえ! シュリケーン」
 感情を圧し殺し、声を響かせたレイが悪魔へと問い掛けるがアドラメレクはその問いを適当にあしらうが、それを機に真先に澄華が翼獣を駆りアドラメレクへ肉薄すると嘆息を漏らしながらレイも四六時中身に着けている皮のコートを脱ぎ放てばその背に翼生やし彼女の後を追うと、二人の邪魔をさせじとルンルンも巻物を開き氷の戦輪を放つが
「っ‥‥貴方は!」
「貴様では役不足だな、尤も‥‥」
「大天使‥‥貴方に今、用はありません!」
 ルンルンの牽制は意に介さず、黒炎の結界にて阻めば脇から踊りこんできた焔摩天が携える太刀にて澄華が振るった剛槍は受け止められ、彼女が歯噛みする間に悪魔へ迫るレイは結界に焼かれながらも突貫するが、裂帛と共に放たれた拳に迎撃されると地へ叩き落されると
「さて、天照‥‥私と死合いませんか?」
 胸元を払い、涼しげな声を響かせたアドラメレクの提案は果たして場の動きを止める。
「貴女が死合うのなら、この場にいる私達の手勢は皆引かせましょう。無論、余計な茶々が入っても困るので同時にそちらも引いて貰いますが」
「引け」
「しかし‥‥」
「誰もまだ、主らとつるむとは言っておらぬ。それに今、妾は機嫌が悪い‥‥この場にいる者、全て焼き払う事も厭わん。故に妾の気が変わらぬ内に早く、去ね」
 改めて、その詳細を紡ぐ悪魔に天照も応じれば逡巡しながらも敵の罠を警戒して抑止する佐祐李ではあったが、鋭い眼光と共にそこまで言われてしまうと彼女は引く他にない。
「まさか、お前達の狙いとは」
「鍵を狙っている事も陽動に過ぎない、今は‥‥故に大事に抱えるそれは預けておく」
 そしてその光景を前、漸く今回の一連の騒動が真意に気付いた柾鷹が悪魔を見つめ口を開くも、焔摩天が代わり答えれば偽装されている黒き箱を一瞥だけすると
「‥‥此処は引く他に、ありません。伊勢市街まで‥‥後退します」
 直後、決断を下し皆へ呼び掛けたのは言うまでも無く斎王その人で‥‥苦渋に満ちた表情を浮かべつつも何かまだ、手があるとでも言うか声音だけは曇らせずに凛と響かせれば伊勢市街への進軍を皆へ促すのだった。

●得た物と、失った物と
「お疲れ様〜。本当は駆け付けたかったのだけど‥‥ごめんなさいね」
 伊勢の市街を目前に、伊勢藩が部隊の一つである『華倶夜』が合流を果たすとその内の一人が伊勢藩の藩主へ援助を打診した佐祐李へ詫びるも
「いいえ。伊勢藩の方も気が抜けないのでしょうからその中にも拘らずのご協力、ありがとうございます」
「気にする必要はないさね。で、これで全員かい?」
 彼女は様々に気が抜けないだろう伊勢藩の事を考え、それでも少なからず希望に沿ってくれた事へ感謝すれば『華倶夜』が頭首はにこやかに笑みを浮かべ応じ、次いで居並ぶ斎宮から此処にまで至った皆を見回し尋ねるも
「‥‥天照様を除いて、じゃがの」
 それに答えた柚那が言う通り、アドラメレクとの接触から大分時間が経つにも拘らず未だ天照だけはその姿を晦ましたままだった。

 〜一時、終幕〜