●リプレイ本文
●移動日 〜京都、冒険者ギルド〜
「行く年来る年‥‥って行く年はもう終わる寸前だけど、元気にいってみよー」
「おー!」
京都の冒険者ギルドを前に『伊勢神宮で年の瀬を過ごそうつあー』に参加する冒険者達が揃えば、年の瀬だろうが年初めだろうが年がら年中に元気なハンナ・プラトー(ea0606)とミリート・アーティア(ea6226)の掛け声が辺りに響くと、微笑みながら一行は改めて年の瀬と新年のこの狭間‥‥今年も一年、色々とあったからこそ様々な感慨に囚われる。
「さてさて、久し振りの伊勢ですわね。私が顔を出さない内にも色々とあった様なので、年末年始の暇潰しついでに、伊勢がどうなったのかを見物でもしましょうかね?」
「ついで、って‥‥」
だがそんな事を感じさせず、至って気楽な調子で潤美夏(ea8214)が言葉紡ぐとある意味では感心し、ある意味では呆れてステラ・デュナミス(eb2099)が苦笑を浮かべ応じると、その反応には笑顔だけ返すドワーフの彼女。
「でも‥‥私も、随分と‥‥久し振りです。斎王様や珠様、レリア様はその‥‥お元気、でしょうか?」
「そうですね‥‥余り変わらないですよ、ね?」
「何でこっちを見るよ」
そんな、場に介する皆の様々な話を聞きながら最近になって京都へ戻って来た水葉さくら(ea5480)は昨年の秋口より、全く足を運んでいない伊勢にいる人々の近況を案じれば、それを聞き止めたルーティ・フィルファニア(ea0340)が鋼蒼牙(ea3167)の方を見やりながら彼女へ答えると、何とはなしにつっけんどんに応じる蒼牙だったが
「一先ず、皆さん揃ったのならそろそろ伊勢へ行きませんか?」
「そうですね、余り時間もありませんので参りましょう」
早くも痺れを切らした茉莉花緋雨(eb3226)が皆を促すと、メリア・イシュタル(ec2738)もまた、彼女に続けば漸く一行は伊勢を目指して歩き出すのだった。
「所でおせち料理を作ろうと思いますが皆さん、好き嫌いはありまして?」
美夏の疑問が響く中で、それに応じながらも取り急ぎ明日までには伊勢へ入るべく半ば駆ける様に。
●二日目 〜伊勢神宮〜
と言う事で、伊勢への道中をすっ飛ばして駆ける一行が伊勢神宮へ辿り着いたのは言うまでもなく年も変わった日の夜だったが、それでも早い内に着く事が出来た一行は伊勢神宮にて落ち合う事を約束すると、人を集めるべく二手に分かれ一方は伊勢神宮の内部へ、もう一方は伊勢に深く関わる人達が多くいる神野珠の住まいの方へ向かうのだった。
先ずは伊勢神宮、初詣にて人でごった返すその中で漸く伊勢の重鎮たる斎王こと祥子内親王と伊勢藩主が藤堂守也を見付ける面々。
「新年明けましておめでとうございます」
「はいはいおめっとさん、去年はお世話様ー、今年も宜しくねー」
「何か、随分と投げ槍な気がしますが?」
するとその二人を探していた面子の内、ミラ・ダイモス(eb2064)が誰よりも早く頭を垂れては新年の挨拶を二人へ交わすも‥‥斎王様は随分と適当な対応で彼女似に応じれば、その余りの投げ槍っぷりな対応に天城月夜(ea0321)が訝り尋ねてみると、それに彼女。
「‥‥そりゃ、新年早々にお偉いさん方と沢山お話すればね」
「それはお疲れ様でした」
「ま、何はともあれ新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくっと」
その理由を静かに一行の前で明らかにすれば深々と頭を垂れ、労うルーティだったが蒼牙はそんな素振りすら見せず、新年の挨拶を交わせば
「祥子様、私達も何かの行事には五色の巫女服で演目を行うのは如何でしょうか」
「ふぅん? 十種之陽光がいるけど?」
「確かに、その通りではありますが‥‥」
気を利かせてか、話題を変えようと仕事の話ではあるがミラが一つの提案を掲げるとそれに乗って斎王はふむと考え込めば、その流れならば問題がない事に月夜が先ず目論んでいる事(と言うと聞こえが悪いが)を進めるべく言の葉紡ぐと暫し、彼女らが話に耳を傾ける斎王。
「え、えと、その‥‥お久し振り‥‥です」
「お、久しく見なかった顔がいる。元気そうねー、さくら。どうしてたの?」
「あ、はい‥‥えっと、少し‥‥じゃなくて、その‥‥大分遠くの方へ」
とそんな五節御神楽が皆の影に隠れていたさくら、斎王の傍らにいた珠の姿を見止めると此処で初めておずおずと口を開けば、漸くその存在に気付いた巫女は苦笑を湛えながら以前と変わらない彼女の姿にやがて笑顔を浮かべ尋ねると、たどたどしくも面と向かって珠に応じてさくらは漸く見付かった話し相手と暫し会話に興じる。
「そう言えば知人から伊勢に向うなら巫女装束を、と申されたのですが‥‥何故で御座いましょうね。私はそれでも別段に構わぬのですが、ふむ?」
「‥‥余り気にしない方がいいな、それは」
そんな面々を見つめながら今は流石に面を外す神楽龍影(ea4236)は一人、伊勢藩主と新年の挨拶を交わした後に早々と新年会への参加の約束を取り付けると、『友人』から聞いた話を口にしては首を傾げれば‥‥その『友人』が誰か、判別こそ付かないながらも言わんとする事は容易に察しがついたからこそ、深い事は言わず宥めるのだった。
●
そしてもう一方、伊勢神宮の巫女さんである神野珠の住まいではと言えば。
「シリル先輩お姉さーん! あけましておめでとー!! まだあれからそんなに日は経ってないけど、元気でしたかー?」
「あらあら、元気でしたよ」
一行の来訪を予見していたからこそ、その家に住まう一同は門前に揃い皆を出迎えればとある村から先日伊勢に着いたばかりである魔女のシリルを見止めた、彼女を慕って止まない慧神やゆよ(eb2295)が尋ねながらもその懐目掛け飛びつけば、苦笑を湛えて応じる彼女は陰陽師と戯れると
「アシュドーアシュドー、久しいの‥‥しかし、暫く見ぬ内に随分と背が縮んだのではないか?」
かたやでは緋月柚那(ea6601)、小さな御身を屈めては門松代わりに飾っているつもりなのか門前にある埴輪へ本気か冗談か、しかし表情は真面目なままに呼び掛けていたが
「‥‥何処を見て言っている?」
「うん?」
彼女が呼んだ名が当人、アシュド・フォレクシーが柚那の背後から嘆息交じりに応じると‥‥暫しの間の後、振り返って彼女。
「‥‥あぁ、こっちか。ふむ、元気そうじゃな」
「生憎と、元気だ」
やはり本気なのか嘘なのかはその表情から読み取れないまま、アシュドの顔を見ては変わらない様子に安堵したからこそ逆に詰まらなげな表情を湛えると肩を竦める彼だったが
「所でレんちゃらは何処じゃ?」
「‥‥レイなら多分、神宮の方だな」
「何でじゃ、アシュドーとレんちゃらはセットであるべきなのじゃ。一心同体なんじゃからのっ」
「何処がどうなるとそうなるんだ‥‥」
次いで響いた彼女の疑問から何やら妙な問答が続くと、その光景を前に苦笑する一行。
「明けましておめでとう‥‥がこんな大勢で此方へ来るとは、何用か?」
「おめでとうございます、レリア殿。大体はお察し頂いている物かと思いますが二見の温泉宿にて新年会を開きますので、そちらの方へ参加されないか伺いに来ました」
「寒い時には温泉に限るし、療治にも持って来いだからね」
しかし、そんな中でも普段と変わらずに応対するレリア・ハイダルゼムの疑問が彼らの問答が傍らで響くと、それには一条院壬紗姫(eb2018)とミリートが揃い応じれば予想通りの提案を前、レリアは友人の家を空ける事から暫し逡巡こそするも
「‥‥そうだな、もう少しだけ羽目を外すのは問題ないか」
やがてそれに応じ、首を縦に振れば揃い場に足を運んだ一行が喜ぶその中でミリートがレリアの傍らにいたエドワード・ジルスへ思わず抱き着けば、可愛い物(物)に目がない壬紗姫を悶えさせたのは此処だけの話。
●新年祈願とか
やがて一行、伊勢神宮にて再び合流すればそれぞれが成すべき事に取り掛かる。
(「今年も程々に良い年に出来ます様に。後、独り身はそろそろ辛いです‥‥」)
(「小次郎先生と結婚出来ます様に‥‥いえ、手順を踏むなら先ずはお付き合い出来ます様に‥‥きゃ」)
(「今年も良い年であります様に、後は‥‥武術の腕前が少しでも上がります様に」)
(「昨年よりも神皇様の元でジャパンに平和が訪れます様に‥‥」)
が先ずは新年に際し、今年を良き年にする為の祈願を揃い行う面々‥‥どれが誰の願いなのかは一応伏せておくとして、様々にあった願いが果たされるかは言うまでもなくこれからの皆の行い次第か。
「あ、皆さん‥‥もし、良かったら‥‥如何、ですか‥‥?」
「もしかして、おみくじですか?」
「はい、そうです‥‥少しだけ、借りてきました」
そんな中、過去に伊勢神宮で臨時の巫女として雇われていた事があったさくらが人手の足りない今の時期を考慮して巫女装束を纏い雑務を手伝うその傍ら、一行の元へ木製の大振りな箱を携えて来れば‥‥それが何かを察したメリアが尋ねると頷いて巫女はおずおずと彼女に応じると
「やったー、やるやるっ!」
喜ぶミリートへさくらは釣られて笑顔を返せば一行の前、箱を差し出すと順番に木の棒を引いては宛がわれている番号の紙を貰い、それぞれに一喜一憂する新年。
「それじゃあ、後は各自自由で良いのかな?」
「良いんじゃない?」
「それじゃあ、シリル先輩お姉さんー。お守りを買いに行きましょー!」
「そうですねぇ、次は何時こちらへ来られるか分かりませんから‥‥そうしましょうか」
「わーい!」
そしてその後、ハンナが誰へともなく問いを投げ掛けると言葉尻こそ疑問系のままにステラが応じれば早速やゆよ、シリルに飛びついては人でごった返している神楽殿へ喜び勇んで魔女の手を引き駆け出せば
「では私達も、とっととおせちの材料を調達して来るですわよ」
「ちょ、何で我が‥‥」
美夏もまた彼女らの後に続く様、暇そうなアシュドやヴィー・クレイセアを捕まえては新年会で振舞う御節の材料を集めるべく促せば、不服そうな騎士ではあったが確かに彼女の思惑通り、暇だったからこそ止むを得ず市街の方へと足を向けるとそれらを機に皆もまた散開する、その中。
「皆様にとって、今年一年‥‥良い年になる事を‥‥祈念します」
巫女さんのお手伝い故、その場に残るさくらは人で賑わう本殿を遠目に自身の事よりも先ずは皆の為に祈りを捧げる。
「さくらー、悪いんだけどこっち手伝ってー!」
「あ‥‥はいー‥‥」
そしてそれが終わると同時、離れているにも拘らず響く珠のヘルプを耳にすれば小さな声で応じた後、踵を返すがふと一人、この場にいなかった人物がいる事に気付くと何となく辺りを見回して後、呟くのだった。
「そう言えば‥‥壬紗姫さんは、どちらへ‥‥行かれたのでしょうか?」
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「残念な事に、生涯の伴侶となる方には巡り合う事は出来ませんでしたが‥‥」
さて、その壬紗姫はと言えば丸興山庫蔵寺を訪れてはその本殿を前に頭を垂れて昨年にあった様々な出来事を報告していた。
「‥‥ですが少なくとも、復讐だけを考えていたあの頃では考えられぬ程に戦い以外の道を選び、そして多くの縁に巡り合えた事‥‥それに感謝したく」
走馬灯、と言うには大袈裟だろうが己の内で巡る想い‥‥新撰組への入隊や兄姉の近況に酒呑童子との会談やら伊勢であった出会い、その全てを包み隠さずに打ち明ければ彼女。
「さて、では改めて‥‥」
その後、漸く新年に願う自身の望みを神前にて明らかにするのだった。
「具体的には、父上や兄上の様に強く逞しく優しく‥‥エド殿の様に愛らしい殿方と巡り合わせて頂けます様に。あぁ、年下でも私は一向に構いませんので」
酷くピンポイントなその願い、果たして神様が聞いていたらどう想っただろうか考えて壬紗姫自身、知らぬ内にとは言え思わず微笑みながら。
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一方、伊勢神宮の本殿前では五人も揃った五節御神楽の面々が斎王へ願い出ては許可された、明日に行われる神楽舞に備え練習に励んでいた。
「どれだけ高く飛ぶ事が出来ても、遠くが見えても」
そして与えられた休憩の折、しかし時間が勿体無い事からルーティは本番でもやる事を考えていた空の高みよりレビテーションで舞い降りる際の動作確認を行いながら、その空の高みより伊勢を見下ろし‥‥ポツリ、言葉を漏らす。
「‥‥何処に皆さんが幸せになる道があるのか、その一番大切な所が見えないのが少し口惜しいですね」
「おーい、ルーティ殿! 練習を再開するでござるよー!」
「あ、はーい」
そんな彼女の表情に浮かんでいたのは己の力不足に歯噛みしてか、今の天候とは裏腹に曇っていたが‥‥それも月夜に呼ばれるとすぐにそれは引っ込めて地へ舞い降りると、神楽舞の練習が再開される。
「演奏はさっきの感じで良かったかな?」
「問題ないかと思います」
「後は、水芸と煙幕でござるが‥‥」
すると第一声、響いたのは常にリュートベイルを爪弾いているハンナの問い掛けで、それにはミラが首を縦に振るも次に響いた月夜の言葉にはステラ。
「‥‥まぁ水芸でも良いけど、踊る事自体が未経験だから先ずはそっちに慣れないとね」
「こちらは全体で練習する際にタイミングが確認出来れば大丈夫な筈です、多分」
額を指先で押さえ顔を俯けては応じれば、煙幕代わりのミストフィールドを隊員にやって貰う案を出したルーティは問題ない旨こそ告げるも
「ふむ、そうなるとやはり時間が足りないでござるな。こうなれば『すぱるた』で行く他にあるまい‥‥皆、覚悟して貰うぞぉっ!」
二人の回答を聞いて月夜はまなじり上げれば遂に叫び、それだけは断言するとハンナの伴奏の元で先よりも舞を重点においた恐るべき練習が始まるのだった。
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と言う感じで五節御神楽が女性陣の面々が神楽舞の練習を必死になって行っている頃、今回のつあーに参加している五節御神楽唯一の男性が蒼牙は斎王の元を訪れ、何事か懇願していた。
「申し出は嬉しいけれど光がいるし、ねぇ」
「はい、しかし一体どうして鋼殿が斎王様のお手伝いを‥‥?」
その申し出、斎王の仕事の手伝いをしたいと言う事だったのだが‥‥顔を見合わせては斎王とその側近は率直に困惑を表情に表すも
「かか、勘違いするなよなっ! 別に祥子さんの為じゃなくて、俺が祥子さんと回れたら良いなとか‥‥いや色々とごめん、反省する」
「勘違いしないわよ、全く‥‥年始なんだし、探せば他に楽しい事なんか沢山あるんだから付き合う必要なんてないのに」
「‥‥俺はそれで十分に楽しいですよ?」
それを前に蒼牙もまた動揺を露わにしては捲くし立て‥‥最後には一人で反省してうな垂れると、その様子を前に嘆息を漏らしては応じる斎王だったが直後に響いた、彼の断言を耳にすると先よりも深く溜息を漏らして彼女。
「‥‥もう、分かったわ。光、暫く休みを上げるから蒼牙に必要な事項だけ引き継いでおいて」
「は、ですが‥‥」
「貴方だって家族がいるでしょうに、せめて年始位は帰ってあげなさい。折角蒼牙もこう言っている訳だし、それなら使わなきゃ損よ」
彼に根負けしたからこそ折れれば、傍らにいる側近へそれだけ告げては了承を得ると最後に蒼牙を改めて見つめ、だがすぐに踵を返せば
「言っておくけど、今回だけだからね‥‥じゃ、引き継ぎ終わったら斎王の間へ来なさい」
「へーい」
歩き出しながらも指示を下し、彼の間の抜けた返事を背に受けながら斎王は足早にその場を去るのだった。
●三日目 〜伊勢神宮〜
翌日、伊勢神宮では神へ舞を奉納すべく神楽舞が舞われるが、五節御神楽が舞ったそれは果たして神楽舞と類別して良いものか悩ましく‥‥だがそれでもハンナと、五節御神楽では彼女の下につく者達が集い、真面目で粛々と伴奏を響かせる中で舞われた神楽舞はルーティが天上より舞台へ降り立った事を機にして始まると、舞自体は四人の足並みこそ何とか揃えながらも悪いだろう見栄えを多少でも補完すべくステラが予め背後に準備していた水の塊をウォーターコントロールにて苦心しながら舞いつつも操れば、果たして五節御神楽の神楽舞は無難な形で終わる。
「お疲れ様でした」
「とっても良かったよー♪」
「ありがとう、でも‥‥率直な所はどうだったのかしら?」
そして神楽舞も終わり、蟠っている一行の方へ舞い手達が戻ってくれば、彼女らを労うメリアにやゆよではあったが、ステラからの質問に対してはやゆよ。
「えーと‥‥頑張ってね!」
「あらあら」
「まぁでも、確かにね。うーん‥‥ままある事じゃないにしても、少しは練習しておいた方が良いのかしら?」
「そうですねぇ」
明朗快活、嫌味のない答えを持って正直に水の魔術師へ応じると傍らにいたシリルが微笑む中、ステラは至って真剣な面持ちで悩むとそれに追随してルーティもまた考え込むが
「そう言えば、ミリート殿は何処へ?」
その中で月夜、僅かに頭数が足りない事に気付くと誰へともなく尋ねれば‥‥果たして応じたのは壬紗姫。
「神楽舞を見終えた後、エド殿と二人で宇治橋の方へ行きましたよ」
「‥‥主も悪よのぅ」
「いえいえ、お代官様程では」
『うふふふ‥‥』
言葉にしてその解を月夜へ告げれば、良からぬ笑みを交わして二人は次にひそひそと言葉を交わせば‥‥その場に居合わせた何人かはすぐに駆け出すのだった。
●
「えへへー」
目前に五十鈴川が流れる伊勢神宮内宮、御手洗場の川原が片隅に件の二人は揃い座っては頬を紅潮させながらもミリート、傍らにいるエドの手を握ってはその温もりから思わず笑みを湛えていた。
「言わないと、やっぱ伝わらないよね‥‥」
唐突に彼の方へ向き直れば、先までの緩んでいた表情は何処へやら‥‥照れ臭そうにしながらも真直ぐな眼差しだけ向けて口を開けば
「わ、私‥‥エド君の事が好き。ずっと、ずっと側にいて欲しいの‥‥」
遂にはその胸の内にあった想いを初めて口にすると、エドがその答えを返すべく口を開くよりも早く‥‥その唇を唇で塞ぐミリート。
「今回はありがとうだよ。その‥‥色々と付き合って貰って‥‥だから、これはせめてものお礼。えへへ、初めては‥‥好きになった人に、ってずっと決めてたの」
そしてその長いキスを終え、唇を離すと彼女は今にも爆発しそうな勢いで顔を朱に染めながら今日の礼を改めて述べ、キスの理由をも丁寧に告げると
「大好き、だよ」
「‥‥うん、僕も‥‥」
再度エドを見つめては先に紡いだ言葉を反芻すると彼もまた、顔こそ真っ赤に染めながらも瞳だけは彼女から逸らさずに応じれば、堪え切れずにミリートは彼を抱き締める‥‥がそんな時、彼女はエドの背中越しにうごめく影を見止めるとそれが何かを理解してその身をピシリと固め、口を開く。
「‥‥何時から、そこに?」
「『大好きだよ』の辺り位からでしょうか?」
「そうですわね、それにしてもエド殿‥‥顔を真っ赤にして、はぅ」
「一応言っておくでござるが、覗き見るつもりはこれっぽっちも‥‥」
それもその筈‥‥その影とは見知った顔の月夜にルーティと壬紗姫で、何とかミリートは言葉を発し三人へ尋ねると、それぞれに視線を合わせてはルーティが首を傾げて応じれば頷きながらもエドの愛くるしさに早くもノックダウン寸前な壬紗姫が身悶えする傍ら、月夜は今更の様にしらばっくれると果たしてミリート。
「‥‥きーっ!」
「あはは」
「うふふ」
「きゃっきゃ」
肩を戦慄かせてはエドから身を離し、顔は真っ赤なままに金切り声を上げて三人へ迫ればその反応に慌て逃げ出した彼女らと暫し、鬼ごっこに興じるのだった。
●四日目 〜二見、某所温泉〜
翌日、色々とありながらも一行は伊勢から二見のとある温泉宿へ場所を移せば新年会の仕込みもある事から一行、一足先に温泉へと先に飛び込むのだが‥‥女湯では血みどろの闘争が開始される。
「前にいぢわるしたんだから‥‥今度は月夜お姉さんの番だよ」
「はっは、そうは問屋が卸さぬでござる」
「それでも、囲んでしまえばこっちの‥‥」
その発端は先日の仕返しかミリートが起こした者で、ルーティとステラに巻き込まれてさくらが揃っては月夜を取り囲んでいたが‥‥肝心の彼女は偉く余裕で、しかし数的有利から構わずにルーティは月夜の間合へ歩を進め、そして即座に制圧される。
「そんな‥‥彼我の戦力差はこちらの方が上なのに‥‥!」
「ふっ、月夜流整体術‥‥甘く見ないで貰おうかっ!」
「あわわわわ‥‥」
どう言った光景が繰り広げられているのかはご想像にお任せするとして‥‥やがて湯の中に沈むルーティを傍目、鋭い眼光を湛える月夜に驚きを禁じえないステラは呻くも決然と彼女が言い放つ様は鬼気迫るもので、怯えて後ずさるさくらだったが時既に遅し。
「いざ‥‥克目せよっ」
『きゃー!』
遂には咆哮放ち、月夜が虚空へ舞えば次に上がる三人の大絶叫‥‥やはり何が起きているのかはお察し下さい。
「平和じゃのー」
「呑気ですわね」
「長閑だねー」
「お酒が美味しいです」
「いや全く」
そして眼前で繰り広げられる阿鼻叫喚の地獄絵図(?)を傍目、果たして柚那が我関せずと呟けば美夏もそれに応じると、やゆよはやがて降る雪を見上げて笑顔を零せばシリルと斎王は呑気に杯を酌み交わして雪見酒にて日々の疲れを癒すのだった‥‥尤もこの後、彼女らまでも酷い目に遭ったのは言うまでもない。
●
「良い湯だなぁ‥‥そして向こうは楽しそうで良いなぁ‥‥ぼこぼこ‥‥」
「まぁ、そう言わずに」
かたや、女湯よりは人影が少ない男湯‥‥隣から嫌でも聞こえる嬌声を耳に湯へ沈みながら呻く蒼牙を宥める龍影だったが、やがて侍が完全に湯の中へ沈んでしまうと苦笑を湛えながらも眼前にいる伊勢藩主、藤堂守也へと声を掛ける。
「この場で‥‥と言うのも悩んだのですが、藤堂様にお答え頂きたき儀が御座います」
「ふむ、何か?」
「先の水無月会議の件における、領土の神皇家直轄化に関する事にございます」
その、この場には似つかわしくない堅苦しい声音に藩主はしかし応じると‥‥やがて龍影の口から紡がれた話にはその顔を厳しくする彼だったが
「確かに、即答致しかねる重い案件かも知れませぬ‥‥しかし例え今、即答が無理であるとしても将来の約束をして下されば、少しずつでも賛同して下さる雄藩が増える可能性があり賛同そのものが今後、他藩に対する説得材料となり得ますので」
表情に翳りを宿して龍影は暫しの間を置き、守也の内心を察するからこそ言い淀みつつも言葉を吐けばだが次には確かな理由を掲げ、断言すると‥‥漸く口を開いて藩主。
「そうだな‥‥少々、己の視野が伊勢のみに狭まっていた様だ。これからを見据えるのならその案件も確かに避けられぬな。故にその意見、丁重に拝領し検討させて貰う。忝い」
「いえ、私の方こそお耳をお貸し頂きましてありがとうございました」
厳しい面持ちながらも彼の意見へ確かに同意したからこそ頷き、頭を垂れては応じると龍影もまた感謝して頭を垂れ返せばどちらからともなく湯の上に浮く、盆に置かれた杯へ酌をして次こそ談笑を交わすも
「難しい話は苦手だ‥‥」
「確かに」
「その通りだな」
「や、レイさんがそう言うのはどうかと思うが」
「うん‥‥」
彼らにとっての談笑は他の面々にとっては少々難しいらしく、漸く浮上してきた蒼牙がまたしても湯へ沈みながら呟けば応じるアシュドにレイだったが、レイの同意には蒼牙が突っ込むと珍しくエドも同意するが‥‥まだ響いてくる女湯からの嬌声に我慢し切れず、蒼牙と揃い湯の中へ顔を沈めるのだった。
●新年会
そして、その日の夜は皆が顔を揃えての新年会と相成る。
「それでは、腕によりを掛けて作りましたので是非ご堪能下さいませですわ」
「‥‥じー」
「新年早々、毒を盛る程に無粋ではございませんですわよ」
「なら、良いのじゃがの‥‥」
その料理の群れの中核となる新年ならではの豪勢な御節を拵えた美夏が音頭を取れば、すぐに御節を皆へと勧めるが仇敵でもある柚那は果たしてそれを凝視したまま、良からぬ疑いを掛けるも今回だけは珍しくそれを美夏が否定すれば恐る恐る、柚那は箸を伸ばして適度に炙られ味噌で味付けが施された伊勢海老の一片を口に運ぶと
「うん、美味いな」
「むぅ‥‥悔しいが確かに、事実じゃ」
「新年早々からお褒めに預かり、光栄でございますですわ」
「それよりも湯から上がったばかりのエド殿もまた‥‥はぅ」
それを先に口にしていたアシュドが頷いた後、確かに彼女も申し分ないその味に素直と頷けば、深々と頭を垂れる美夏‥‥だったが、その傍らでミリートの傍らで相も変わらずに静かなエドの風呂上り姿に卒倒した壬紗姫の存在は見逃さず、茄子が刺さった箸を(以下略)する辺りは今年も相変わらずである事を密かにアピール。
「今年も、私は力一杯頑張ります! だから宜しくねー!」
「‥‥何時もの事では」
「いやだなぁ、気付いていてもそんな事を言うのは禁止だよっ」
「ぐぶぁっ!」
その一方で飲めや歌えやで大騒ぎな面々、次々に新年の抱負を語る中でハンナのそれへ突っ込んだアシュドは新年早々、照れ隠しなのかリュートベイルで強かに叩かれれば今年の行く先を早くも不安に思う彼だったが
「そう言えばアシュド様、埴輪に欧州装備を取り入れ、ファランクスや近接用の短弓等は如何でしょうか」
「‥‥考えこそしたがお世辞にも器用とは言えないからな、持たせるだけなら可能だが無用の長物になる可能性が高くて未だ試していない」
「試すだけ、試してみては?」
「ふむぅ」
捨てる神あれば拾う神あり、程無くしてミラに救われれば暫し彼女との埴輪談義に花を咲かせるも生憎とそのまま平和に終わる程、世の中は上手く出来てはいない。
「そう言えばアシュドー、ハニワンコはどうなったのじゃ」
「そうですね、そう言われてみるとあれから全然話を聞いていないのですが‥‥?」
「あぁ」
その埴輪談義を傍らで聞いていた柚那が唐突に以前から彼に託していた課題を思い出して尋ねれば、ルーティも掌を打ち彼を見つめると直後に再び不幸が舞い降りる。
「忘れ‥‥」
「馬鹿ー、死ねー、このダボハゼー!」
正直だからこそのその答えに、しかし随分と長い間放置されている事から柚那は一気に怒りの沸点へ至れば、アシュドを罵りながらどんな早業でか懐にあった扇を抜いて閉じたままでその頬をひたすら打ち続けるのだった‥‥その光景を目の当たりにする皆は彼が昨日、引いたおみくじは大凶だったに違いないと勝手に思い込む中で。
さて‥‥抜け駆けでの行動があちこちで発生する今回、この男もまた珍しく宴の席を抜けては自身よりも先に場を辞していた人を捜していた。
「何してんだー、こんな寒い中で外に出て‥‥寒っ」
「別にー。ただ何となく‥‥こんな事、稀にもないからね」
そしてそれは程無くして宿にある庭の傍らで見付けた蒼牙、さり気に声を掛ければ‥‥その人、祥子内親王は振り返らないままに今も降る雪だけを見つめたまま彼へ応じる。
「‥‥今後の伊勢の情勢がどうなるかは分からんが、どうなろうと俺は祥子さんを支えて行きたいので、今後ともよろしくっと」
「‥‥は?」
そんな静かな場の只中において蒼牙は別段何とも思う事はなく、さらりと改めて新年の挨拶なんか彼女に言ってみるのだが‥‥次いで返って来た反応にふと振り返ると彼、何かとんでもない事を言ってしまった事を今更ながらに気付けば、その動揺を何とか自身の内で必死に押し留める事へ躍起になるも
「‥‥そう言う事は今の肩書きから解放された時にでもまた、言って頂戴な」
「‥‥あ? 何、何だって?」
そんな折に響いた彼女の言葉は蒼牙の内へ浸透するには暫しの時間を要し、だからこそ首を傾げて彼は尋ね返すも祥子はそれ以上何も言わず、踵を返して宴の席へ戻るのだった。
●
二見の某温泉宿でそんな新年会が開かれているその頃の十河家。
「‥‥美味しいです」
「ありがとうございます」
単身で十河家にお邪魔していた緋雨はまだだったその家の大掃除を漸く今、完全にではないながらも終えて遅めの御節に雑煮を食し、雑煮の感想をその作り手であるアリアへ返しながらその味を覚えようと奮戦していた。
「まぁ、何とかなったかなぁ‥‥一応だけどな」
「そうですね、緋雨さんがいなければもう少し掛かったでしょうし」
「そんな‥‥」
「いや、正直に助かった。他の皆と二見の温泉宿に行きたかったろうに済まないな」
がそんな時、余程腹が空いていたのか先程まで忙しなく箸を重箱のあちこちへ伸ばしていた小次郎が漸く一息つき、改めて緋雨へ礼を言うとアリアも続いて頭を垂れれば一番の功労者だった緋雨は頬を赤らめ、照れながら遠慮がちに応じるも‥‥小次郎はそれでも引き下がらず、遅れてアリアに倣っては頭を垂れると
「まぁ、一先ず飯も食べ終わって落ち着いたし近場の浴場にでも風呂でも浴びに行くか」
緋雨が何か言おうとするより早く顔を上げては口を開くと立ち上がる彼だったが‥‥唐突に首周りが何かに覆われた事に気付けば振り返ると、背後に立っていた緋雨と首回りを覆う何かがマフラーである事に気付けば交互に彼女とマフラーを見る彼へ緋雨は笑顔を湛え、言葉を紡ぐのだった。
「本当は聖夜祭の時に渡せられれば良かったのですけど、漸く出来たので‥‥良かったら、その‥‥貰って下さい」
そんなこんなでそれぞれに想いを馳せ、願いを織り、楽しみながらに新年を迎えた一行はやがて日常へと帰って行く。
今年は一体どんな年になるか‥‥それは誰も知らない事ではあるが、誰しもが悲観する事無く新たな年を昨年よりも良くすべく過去でも未来でもない今、ただ目の前にある現実を見据えていた事だけは確かだった。
〜皆さんにとって今年一年、良い年であります様に〜