頭隠して、尻隠そう
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■ショートシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月12日〜02月19日
リプレイ公開日:2008年02月20日
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●オープニング
●伊勢国司、動く
伊勢某所‥‥療養の為に一時市街を離れていた伊勢国司、北畠泰衡は側近らを揃え何事か話していた。
「‥‥状況は?」
「確たる証拠は未だ、ですが‥‥」
その第一声が国司の問い掛けに対し、果たして応じたのは伊勢にいるジーザス会の長たるアゼル・ペイシュメント‥‥以前より国司の近くでも見受けられたその彼、内政にまで干渉するその意は一体。
「もし、お主の報告が事実であると申すなら」
「天照様を一体、どの様に‥‥」
「‥‥もしや、一連の騒動も」
「可能性として、否定は出来ません」
「ふむ‥‥」
だが、今はそれよりも話が続けられる‥‥その案件、どうやら天照大御神に関する事の様だが生憎とその会話は端々しか聞き取る事は出来ない。一先ず話は纏まったのか国司は皆を見回した後に己の決断を口にする。
「わしが伏せている間、主らには迷惑を掛けた。そしてどうやら、赴く必要があるか‥‥伊勢神宮、斎王の元へ」
「しかし、未だ体が」
「‥‥この話が事実で信頼すべき藩主まで結託しているとなれば、静観出来よう筈もない。故にわし自ら確認する必要がある」
アゼルは国司の身を案じるが‥‥それでも泰衡は決断を翻さない。固い決心がうかがえる。
「そうと決まれば早い方が良い。誰か、神宮にいる斎王へ連絡を。返答の如何に関わらず‥‥調査の必要があると。正直、左様な話は無いものと信じておるが、事が事ゆえ軽視は出来ぬでの」
側近の一人へ命を下すと外に広がる、穏やかな景色を眺めて国司は嘆息を漏らした。
●伊勢神宮、本殿前
「‥‥まずいわね」
「えぇ、まずいわ」
「証拠も完全でないまま、警戒し過ぎて報告を怠ったのが仇となったか」
数日後、仮拵えの斎王の間にて伊勢国司からの打診を受けた斎王と伊勢藩主が、顔を突き合わせては呻いていた。
「‥‥どうした?」
「国司様が伊勢神宮へ来るのよ」
「それが一体?」
と、その場に足を運んだレリア・ハイダルゼムに楯上優の二人は何処か間抜けなその光景に思わず問い尋ねたが一人だけ顔をあげた斎王が話す理由に、別段可笑しな話ではなかろうとレリアは首を傾げる。
「天照様が消えてから真なる天岩戸に至るまでの一件、神皇様へ報告しないままに行動していたのだけど、国司様はどこからかその話を聞いたらしくて、調査しに来るのよ」
「え、それは‥‥今まで、斎宮が独断だったと言う事?」
斎王の言葉にさすがの優も微かにだが眉根を顰める。斎王は頷き、その表情を曇らせれば
「えぇ。初めて会った時に天照様から申し出があって、可能な限り、上の方へ話を上げないでくれって言われてね。最初こそ報告はしたのだけど、今の混乱になってからは‥‥落ち着くまで伏せて置こうと思って‥‥」
理由を話しつつ、この状況を先見出来なかった自身の甘さに歯噛みする斎王‥‥しかし、それは今更な事で、やがて嘆息を漏らす彼女だったが
「でもいずれ、隠し遂せることでは無い。ばれるわね」
「そんな、それでは‥‥」
現実を確かに見つめるからこそ、神野珠が厳しい声音にてはっきり告げると言葉を詰まらせる優ではあったが‥‥打開策は無い訳ではないらしく、珠は笑みを湛えたままに言葉を続ける。
「だから天照様から直接、今回の一件について公に言って貰えれば万事は解決」
「そうね、未だ回答は貰っていないけど天照様もこの事態を話せば分かって貰える‥‥筈。尤もそれ以前に宝具を全て回収しなければならないのだけど」
すればそれを受けて斎王もその意見に同意して頷くと、しかし気難しい天照の反応をなんとなしに想像すれば天井を仰ぐが
「ならば‥‥いずれ見付かるにせよ、宝具を全て揃え天照様が復活するまでの間、ある程度の時間稼ぎをする必要があるのか」
「ご名答、国司様だって私達が独断で動いている確たる証拠が見付からない限りは強引に事を進めてこないでしょうし国司様とて、今の考えが分からない以上は警戒を緩められないからね」
一先ずの状況を察し、レリアが口を開いては尋ねるとそれには珠が笑顔にて応じるのだった。
「でも‥‥私達は自身の手に有り余り過ぎる程の力を、持っているのですよね」
その直後、優の囁きが凛と場に響き渡る中で。
●出された依頼とは
「‥‥伊勢神宮内部の掃除、か」
「あくまで表向き、だけどね」
そして斎王側で話が纏まってよりまた二日後、京都の冒険者ギルドにて珠とレリアが携えてきた依頼を聞き、ギルド員の青年は困惑を覚えていた‥‥何故そこまでに国司を警戒するのか。
「しかし‥‥国司の来訪だけで何故、そこまで」
「白か黒か、はっきりしないからね。万が一にも敵と繋がっている事を考えると、これを機にない事まで吹っかけられてとんでもない事が起きるかも知れないから‥‥念の為よ」
「敵と繋がっている、何故にその様な事を考える?」
「‥‥ジーザス会の介入から、国司様の動きが分からなくなっている事は明らかなのよ。だから」
故に彼はその疑問をはっきりと口にしては尋ねると、ある程度の事情は解していると思ったからこそ珠はその理由を明示すれば、青年は呻きながらも思考を巡らせて再び疑問を紡ぐ。
「とは言え、ジーザス会とて」
「そう、各地でも今の所は不穏な話は聞かない。ただ、正直に言えば‥‥何か得体が知れないと思わない?」
「‥‥ふむ」
だがそれは途中、やはり珠によって遮られると彼‥‥少なからず感じていた事を突き付けられれば同意する他になく、思考を巡らせるが
「疑って掛かるだけじゃ駄目だとは思うけど、今の伊勢の状況じゃそんな甘い事ばかりも言っていられないのが現状なのよね」
「‥‥一先ず分かった、すぐに手配しよう」
その暇を見逃さず、まくしたてて珠が最後の一押しをすれば‥‥果たして折れたのは青年、十分な間を置いて後にやがて首を縦に振れば漸く傍らに置かれていた筆を手にするのだった。
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依頼目的:伊勢神宮の掃除手伝い
必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は必要なので確実に準備しておく事。
また、屋外での行動になるので防寒着も必要な時期なので忘れずに持参して下さい。
それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(やるべき事に対し、どの様にしてそれを手配等するかプレイングに記述の事)
対応NPC:祥子内親王、神野珠、レリア・ハイダルゼム、楯上優(いずれも同行)
日数内訳:目的地まで四日(往復)、依頼実働期間は三日。
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●リプレイ本文
●時期外れの大掃除?
伊勢に集うは八人の冒険者‥‥直ぐに神宮の方へと足を運べば表向きの名目、時期外れの大掃除を行う為に斎王が祥子内親王と挨拶もそこそこに、早く行動を始める。
本来の目的である伊勢国司が伊勢神宮来訪を前に天照大御神に関する悉くを、とまでは行かないだろうが朝廷にまで報告に上がっていない比較的新しいものや情報を隠蔽すべく。
「一先ず、最重要は宝具と真なる天岩戸かしら?」
その皮切り、ステラ・デュナミス(eb2099)が簡単に皆と意識の摺り合わせを言葉に出し行えば、それぞれに散る。
「この前、ここで仕事の手伝いしといて良かった」
その中、宝具や伊勢に伝わる深い歴史が未だ分からぬ二振りの霊刀を主として隠す面子は神宮内にて鬱蒼と茂る木々の中、その土中へとルーティ・フィルファニア(ea0340)が振るう魔法にて埋めていく。
「ふむ。しかしこう、物を隠すって言うのは‥‥悪戯心が沸き立つね?」
「いえ、そんな事はけして」
「えー」
その光景を見守りながら、鋼蒼牙(ea3167)は深くへ埋められる霊刀の一本が位置を確かに覚えながらも呟くが、それには穴の中に浮遊するルーティが首を振れば不満げな答えを返す彼だったが
「それはともかく、宝具や霊刀を早く隠してしまいましょう」
「魔法で穴が作られるのならば、痕跡は残りにくいか。ならばミーはダミーを適度に混ぜておく事としよう」
「それなら、こちらよりは資料の方が良いかも知れませんね」
ステラの声が次いで響き、残された時間が幾許かはっきりとしない事から促すと一風変わった騎士がジョンガラブシ・ピエールサンカイ(ec2524)、手持ち無沙汰を感じてか呟けばルーティが彼の提案へ更なる提案を返す‥‥そのやり取りの中でポツリ、唐突ではあったが抱く不安を堪え切れなかったからこそ言葉を漏らすステラ。
「それにしても同じ伊勢の、しかも要職の中に敵と繋がっている人がいるかも知れないと疑うのは‥‥きついわね」
「‥‥そうですね」
「ただ、伊勢についてようけ分からんミーでも一つだけ言えるのなら‥‥」
それは皆もまた同じく、伊勢に深く関わる者程疑心に駆られるが‥‥その中でもジョンは伊勢に関わる日も浅い事から口を開けば
「煎餅、食べるべか?」
「‥‥それは一息ついてからで」
あっさりと話の方向性を変えてみせると、それには呆れ首を左右に振りながらもステラはつい苦笑を湛えてしまうのだった。
●
「やはり、物を隠すなら『木を隠すなら森』作戦ですよね。良く楽しみにしていた食べ物の他に食べ物があるとついつい、他の物を食べてしまいお腹一杯になってしまった事があります」
「何処のお子様だがや、ユーは」
一方、仮拵えの斎王の間を中心とした文献やら資料の取り纏めに掛かる面子はと言えば‥‥何時もマイペースな大宗院鳴(ea1569)の様子を見る限り、のんびりとしたもので丁度その場に参じたジョンに突っ込まれる程であったが
「あ、これなんてどうですか? とっても美味しそうですよ」
「えぇ、そうね‥‥じゃなくて、それよりももっと大事な物があるでしょうに。先ずはそれらを纏めましょう」
「あ、はい。そうでした」
未だ気にせず、以前に見付けた食べ物に関する文献を再び紐解いた彼女を神木秋緒(ea9150)が窘めれば漸く場の空気が引き締まると斎王以下、場に介する面々は重要だと思われる文献等を纏め始める。
「しかし、記録の方は必要に応じて処分した方が良いやもな」
「そうねぇ、藩主の側にある資料は纏められている?」
「一応は」
「なら、被っている物に関しては全て廃棄してしましょう。後は‥‥私と勇、秋緒と鳴で餞別して残った三人は直ぐ、焼却して頂戴」
その中、伊勢には初めて来た割に下調べを欠かさなかったシフールのマリス・エストレリータ(ea7246)、黙々と東雲八雲(eb8467)の築く文献の山の傍らにて苦労しながらもそれを開き、目を通しながら的確な助言を紡ぐと斎王は何時も傍らにいる側近と暫しやり取りを交わせば後、皆へ指示を下すと先よりも早く動き出す皆だったが
「‥‥万が一、国司様に黒不知火の事を直接尋ねられたら自分が確実に守り抜いている、と応えておきなさい。実際、貴方はそうしてるんだから」
「‥‥あぁ」
「まぁ、それ以前に隠しちゃう訳だから余り緊張する必要はないわよ?」
「‥‥っ」
何となしに精細を欠いている様な、黒不知火の主が矛村勇の姿を見止めた秋緒は静かに彼へ声を掛ければ、僅かな間を置いて応じる彼だったが‥‥その内心を察したからこそ、口元だけ笑みながら秋緒が呟けばそれには答えに窮する彼の肩を叩くと彼女、機敏に動き回る皆を見ては彼らに倣うべく勇へ行動を促した。
「ほら、早くやってしまいましょう」
●
「そろそろ、良い頃合じゃろうか」
「‥‥そうだな」
そして着々と、天照に関する最新の事項を中心とした隠蔽が進む中でマリスが不意に空を見上げ口を開くと、箒を手に頷き応じるのは八雲。
「天候も良いし、そろそろ七洞岳へ向かうに良い折じゃ」
果たして二人、これより臨むのは天照の宝具と言われる腕輪『紅陽』の回収に当たっている冒険者らへ国司の来訪が近い事から、それを伊勢神宮ではない別な場へ運ぶ様に呼び掛けるべく参じる事‥‥尤も、宝具が回収されていなければ徒労に終わる話ではあるが
「はい、それじゃあお使い宜しく」
回収は果たされていると信じるからこそ、斎王が八雲へ自ら認めた文を託せばそれより直ぐ後に二人は七洞岳を目指し、空を駆るのだった。
●腕輪『紅陽』、その行先は
『そこな者ら、宝具の回収に赴いた者らか? 私らは斎王の使いでやってきた者じゃ、警戒せず先ずは話を聞いて貰いたい』
それから果たしてどれだけ飛んだか‥‥だが日が落ちぬ内、宝具を回収に七洞岳へ向かった面々を街道にて見止めると自身が養う鷹に跨るマリス、彼女らへ近付きながら詠唱を織って念話の魔法を完成させれば、その対象を殴られ屋の京香に選択すると程無くして返って来た答えに二人、視線を合わせては頷き交わし彼女らの目前へと舞い降りる。
「お帰り‥‥無事で何より」
「何、お出迎え?」
「そう言ってしまえばそうかも知れぬが、別口の依頼でな」
そしてそれらからそれぞれに地へ降りた八雲とマリスは皆を見回すなり口を開くと、二人の来訪の理由を尋ねた京香だったが、マリスは微妙なニュアンスにてそれへの解を返すと
「今、伊勢の国司様らが伊勢神宮にて色々と調査しておる。その間、宝具とやらの持込はせぬ様にと斎王様から言伝っての」
「済まないがここは一旦、藩主様の所へ向かってはくれないか? 詳しい事は今、話せない‥‥が、俺の言葉を信じてくれ!」
次いでその理由を明らかとすれば続いて八雲も口を開くと、見知った顔だからこそ懇願すべく頭を垂れる。
「あぁ、じゃあそうしようか」
「あ‥‥?」
「この件に関して、気にしているのがいたからね。どうしようか困っていた所さ。じゃあそう言う事で、藩主の家に行くよ!」
すると果たして京香、あっさり応じる様には流石に八雲と言えど唖然とするが彼女はその様子に微かな笑みだけ返せば直ぐに他の皆を見回し告げると、彼らはその場に残したまま足早のその場を去る。
「何と言うか、竜巻みたいな娘じゃったの」
「‥‥あぁ、そう言えばそうだった」
そして二人、その場に残される事となれば暫し皆の背中を見送りつつ‥‥溜息交じりに漏らしたマリスの、京香に抱いた率直な印象を八雲が聞けば今更の様にその事を思い出しては呟くと知らぬ内自身、笑っている事に気付かないままマリスと共に斎宮へ戻るべく再び空へと舞った。
●来訪、国司
そしてマリスに八雲の二人が伊勢神宮より去ってからも、戻って来てからも国司の来訪が迫る中で一行は様々に重要だろう物件を探し当て、神宮内のあちこちへと確かに伏せれば‥‥最終日。
「伊勢神宮へ来るのは、久し振りじゃの」
「おや、国司殿。お久し振りです‥‥五節御神楽の鋼です」
斎王と交わした約束通り、確かに伊勢神宮へと足を運んだのは伊勢国司が北畠泰衡と伊勢のジーザス会を取り纏めるアゼル・ペイシュメントで、彼らの姿を先ず見止めた蒼牙が一礼にて応じれば国司。
「ご苦労じゃ、がその五節御神楽の一人が一体何を?」
「見ての通り掃除ですよ。国司殿はどうしてこちらへ?」
「最近、伏していた事もあったが伊勢の状況に疎くなっての。一先ずこちらにてその詳細を伺おうと思った次第じゃ。それにしても仕える場とは言え、わざわざ五節御神楽が掃除に来る理由‥‥何かあるのかの?」
「俺がわざわざ掃除に来ている理由ですか? んー」
彼の挨拶に応じ、言葉を返すと蒼牙もまた尋ねてみれば一先ず先に応じる国司は果たして明確な答えを明示すると次いで、話を巻き戻して改めて彼へ尋ねれば天を仰ぎ、首を傾げる彼はやがて視線を国司へ合わせて一言。
「祥子さんに会えたらな、と‥‥いやいや、何でもないですよ?」
「誰もそこまでは聞いておらぬのだが」
(「ふぅん、余り以前と変わった様子は見られないのな」)
一人で言った割、一人で勝手に照れて髪を掻き毟る彼の様子に苦笑を湛える国司の反応に、内心にて蒼牙は安堵を覚えるも‥‥その後方に控える謎多き男、アゼル・ペイシュメントの姿を見止めれば瞳を細める彼だったが
「身体の方は‥‥良さそうだな」
「あぁ、これは八雲さん。お気遣い、痛み入ります」
「気にする必要はない」
しかし八雲に至っては気にする風もなく、久々に見た彼へ挨拶を交わせば朗らかな笑みを湛えるアゼルの丁寧な言い回しに苦笑で応じる。
「お元気そうで何よりです、国司様。今日の体調は如何ですか?」
「すこぶる、とまでは言わんがまぁ良い方じゃな」
その、決して悪くない雰囲気の中に果たして斎王が現れると‥‥場の空気は変わらぬまま、笑みを交し合って後に斎王の方から早く本題を切り出すのだった。
「それでは、不要かとは思いますが私が伊勢神宮をご案内します」
●頭隠して、尻隠そう
「‥‥様子は、どうでしょうか」
「今の所は、特に問題なさそうだけど」
さりとて始まった、国司の伊勢神宮精査を巫女装束纏いて神宮内の掃除に励みながらルーティと秋緒、内心ビクビクしながら斎王と国司の様子を見守るも
「でも、何か忘れていないかしら?」
不意に、今まで地を撫でていた箒を動かしていた手を止めれば秋緒は唐突に呟く‥‥抜かりはない筈なのだが、何かを失念していると警鐘が響かせている自身の直感があったからこそだったのだが
「‥‥と言った所でしょうか」
「ふむ。暫し、辺りを散策させて貰うぞ」
「はい、それは一向に」
幸にも不幸にも、神楽殿周辺での彼女らのやり取りはそれだけで終わればやはり密かに、胸を撫で下ろす二人‥‥のその嗅覚、緊張が解けた事から香ばしい匂いを捉えると辺りを見回せばその視界の中に七輪を前、屈んでは何かを焼いている鳴の姿を見付ける。
どうやら、その七輪の上で焼いているのは伊勢海老か。
「たまには、わたくしがごちそうしちゃいますよ」
『おー』
しかも尋常ならざる数を自身の傍らに置く彼女、二人の視線にやがて気付けば笑顔にて呼び掛けると彼女らしからぬ対応から、その場に居合わせた面々は思わずどよめけば
「あ、丁度良い所に。良かったら斎王様や国司様もどうですか?」
「伊勢海老を炭で直に焼いておるのか‥‥そうじゃな、たまにはこう言った物も良いかも知れん」
その中で斎王と国司の姿も遅れて見止めるとやはり先と同じ表情にて呼べば、斎王よりも早く国司が笑んで応じては揺らめく煙のその元へ足を向けるのだった。
●
そして至る、伊勢神宮の中枢である本殿‥‥正確には正殿、仮拵えの斎王の間も近くあるその場へと足を運ぶ斎王、国司、アゼルの三人は暫し簡素な作りの斎王の間にて話を交わせば、その折に視線を彷徨わせていた国司は『それ』を唐突に目に止めては凝視するとやがて、口を開く。
「ん、これは‥‥何じゃろうか?」
(「‥‥あ」)
その視線の先、あったのは‥‥黒だけに塗り固められた箱。
内心で呻いたのは誰か知れず、しかし秋緒が抱いていた失念とは果たしてこれか。
過去、とある一派とのやり取りに末に手中にしたそれは確かにあれから後、開けられる事がなければ誰しも半ば忘れていた、存在意義に用途が未だ明らかにされていない物。
「何やら、変わった箱の様じゃが‥‥開かんのか」
「えぇ、その様で。最近になって伊勢神宮の中で見付けまして。何かは分かりませんが、蓋も開けられませんので念の為に管理しています」
「そうか」
しかし時既に遅し、国司が立ち上がってはそれを手にしてあらゆる角度から見回し呟けば、しかし微動だにせず斎王が断言すると‥‥それには納得する彼に、微かとは言え緊張感を場に走らせていた皆は安堵の溜息を漏らしかけるが
「‥‥これは私達が持ち帰っても宜しいでしょうか?」
「と言うと」
「調査のお手伝いを、と思ったのです。個人的にも興味が尽きないものである、と言うのは二の次にするとしても」
それよりも早く声を響かせたアゼル、その問い掛けに対し斎王は眉を僅かに動かしつつも彼へ尋ねると‥‥率直に応じる彼を見つめて斎王は果たして内心、どんな言葉を吐いた事か。
「ふむ、そうじゃな」
それは知れずとも国司、アゼルの案を良しとして頷けば次いで視線を斎王へ向けると場の視線を一身に集める彼女は表情を変えず、口を開いた。
「‥‥それでは、お願いしましょう」
「ありがとうございます。お力添えになれる様、努力しましょう」
その答え、下手な疑念を抱かれぬ為の配慮から止むを得ずの決断で‥‥表情こそにこやかに応じる斎王へ、アゼルもまた同じ質の笑みを湛えると感謝からか頭を垂れた。
●果たして、その結果
「一先ず、大まかな状況は分かった。とは言えこれだけの規模の寺社ともなると流石に全ては見切れんな。また日を改めて来るとする」
そして夕刻、最後にそれだけを告げては去っていった国司らを最後まで見送りながら‥‥その姿が見えなくなったと同時、斎王は複雑な表情を湛え呟く。
「とりあえず、被害は最小限に済んだのかしらね?」
「恐らく、と言いたいけれどあの中に果たして確信が入っていない訳じゃなし、どう転ぶかは‥‥」
泰衡が手の内に渡ったのは黒い箱のみとは言え、それが何かが分からないからこそステラが応じると暫し呻く斎王だったが
「まぁ、過ぎた事は考えてもしょうがないわ。とりあえず、ありがとう」
「いや何の」
やがて開き直れば皆へ一先ず、一応ながらでも無事に終わった事から礼を告げるが‥‥一人、遠くを見つめるジョンが最後に漏らした言葉。
「とりあえず、当分は問題ないでがしょが気は抜かぬ様にバリボリ」
気こそ楽になるも煎餅を食べながらのそれに何となく、疲労感が増した気がするのは気のせいではない筈。
〜一時、終幕〜