●リプレイ本文
●だから、旅行じゃないよ?
「東雲八雲だ‥‥宜しく頼む」
「まぁた、そんな堅苦しい挨拶は抜き抜き!」
伊勢へ久しく足を運んだからこそ何時もと変わらない挨拶を目前に、集う伊勢の重鎮ら(?)へ交わしたのは言うまでもなく東雲八雲(eb8467)で、やはりそれに何時もの調子で斎王こと祥子内親王は彼へ掌振るい応じれば、他の八人へもそれぞれ視線を走らせると開口一番。
「ま、今更言うまでもないけどそう言う事なんでよろしく!」
「任せて下さい!」
大雑把な挨拶を皆へ告げれば、初めて訪れた伊勢ながら明るい声音でカラット・カーバンクル(eb2390)がすぐ彼女の意に応じると
「炊事や雑用があれば、それは私が!」
「‥‥まぁ、初めて来たのならそれも止むを得なし?」
「はい! なので色々と勉強させて貰いますね」
自身が成すべき事を明確に告げ‥‥今までに伊勢であった様々な依頼にて見掛けた事がないからこそ、斎王が苦笑を浮かべて誰へともなく尋ねるもカラットがそれへも元気を持って断言すれば、次いで輝かせた笑顔に斎王もまた釣られ笑みを湛える。
「それにしてもまぁ何と機が良い。丁度、退屈していたのじゃ」
「こっちは退屈を持て余す所じゃなかったがな‥‥」
その光景を傍ら、久々に見えた面々の顔触れを見回して緋月柚那(ea6601)も笑みを浮かべては呟くが、それに応じて嘆息を漏らしたのはアシュド・フォレクシー以外に誰がいよう。
「‥‥はて? 何の事じゃ?」
その彼は以前、柚那から貰った果たし状をひらひらと見せ付けるが彼女はそれに肩を竦めてはしらばっくれると、アシュドは深ーい溜息を漏らすが
「‥‥‥良い埴輪だな」
「お褒め頂き、有難うございます」
「まだ良く懐いてはいないみたいだが、微妙に形状が違ってこれはこれで趣があってまた」
「一応、女の子と言う扱いにしています」
「ふむ‥‥そこまで気にした事はないが、あるのかも知れないな」
一条院壬紗姫(eb2018)が連れていた何となく普通の埴輪と形状が違う様な気がしなくもない埴輪を視界の内に収めると、彼女との埴輪談義に花を咲かせるが‥‥そうなると無論、面白くないのは柚那。
「傍目からビーム!」
「ぴぎー!」
やはりこれまた、何時もと同じく懐から使い込んでくたびれた巻物を取り出せば詠唱を紡いで後に陽光の槍をアシュドへ注ぐ。
「‥‥暫く顔を合わせていなかったが、元気でやっていただろうか?」
「あぁ、あんたらも一応元気そうね」
「無論、問題はない‥‥」
久々だからこそ見られる、そんなバタバタした光景に何となしに唖然としながらもまた皆から少し離れた場所で言葉を発したのは侍の榊原康貴(eb3917)で、それが向けられた先である殴られ屋の京香は別段動じる風も見せず、笑んで答えると逆に彼へ問い返せば‥‥それにはやはり、彼女と顔馴染みである八雲が応じると
「しかし、伊勢関係の報告書をそれとなく気にしてはいたのが‥‥伊勢には今日まで中々、足を運べなかったな」
「ま、こっちも似た様なもんさ。伊勢藩の手伝いなんか始めたばっかりにねぇ」
対抗心から、と言う訳では決してないが康貴が所々で間を挟む志士の彼が話の間隙を縫って言葉紡げば、彼らのそんなやり取りを前にクスリ笑いつつも京香は肩を竦める‥‥と言う事で様々にある再会を前にすれば、言葉を交わさずにはいられない面々ではあったが
「ま、積もる話もあるだろうけど、それは道中でして貰うとして‥‥ぼちぼち、行きましょうか」
いち早く状況を察して斎王が凛と声を響かせれば、漸くその言葉に反応を見せて皆はそれぞれに赴くべき場へ行くべく、簡単な支度を始める。
「しかし二人きりで出掛けるなんて機会があるとはなぁ‥‥」
「生憎と、私も同道するつもりですが」
「‥‥やっぱなぁ」
その中、既に支度が済んでいた鋼蒼牙(ea3167)は斎王から少し離れてその行動を見守りつつ、密かに笑みを綻ばせるが‥‥何時の間に背後へいたか、常に斎王の傍らにいる側近の光がぼそり呟くと可能性の一つとして考慮こそしていたが、蒼牙は我慢出来ずに肩を落とし吐息を漏らす。
「そう言えば日程の最後‥‥探索の後はどのみち、何処かへ集まるかの?」
「まぁ、その様に手配しておいた方が良いだろうな」
「その点は抜かりなく。それぞれの組に任せるけど最終日までには可能な限り、ここに集まって頂戴。温泉宿を手配してあるから最後はそこで纏めね」
「気遣い、感謝する‥‥」
「どうせ、その方が良いだろうと思ったからね。これ位は」
だがその中でも支度が着々と進めば、不意に疑問を発した柚那に頷いて康貴も頭を巡らしては考え込むが‥‥それにはすぐ、斎王が解を発するとまたしても堅苦しく頭を垂れる八雲へ彼女が微笑めば
「さて、それでは参るとしようぞ」
「あぁ。それじゃ、行こうか」
自身が発した疑問もすっきり解消した柚那が果たして皆を促すと、蒼牙もすぐに応じては同道を願い出た斎王へその手を差し出した。
果たしてこの道中、どんな事があるのやら‥‥既に最初の一行が様子を見る限りでは、探索は既に名目上のものになっている様な気がしてならないのは、気のせいではない筈。
●伊勢市街
定番と言えば定番、灯台下暗しとも言う事からか伊勢市街の方へ足を伸ばし情報を集めようと思う者は少なくなかった。
「久し振り‥‥あはは、何だか久し振り過ぎて七夕みたい」
「うん‥‥そうだね」
その内の一組、何時もと髪型を変えそれを下ろしているミリート・アーティア(ea6226)とエドワード・ジルスの二人は肩こそ並べながら揃いも揃ってぎくしゃくと、別の意味で緊張しながら市街を歩いていた。
『‥‥‥』
ならば無論、いずれは二人とも揃い押し黙ってしまうのも必然だったが
「あんまり固くならないで‥‥って言っても無理かな。私もその、そうだしね」
それでも何とか呼吸に鼓動を整えて後、年上のミリートが努力して場の空気から緊張感を拭うべく言葉を発し、苦笑いを湛えつつエドを見れば
「じゃあ、ま‥‥いこっ」
いささか不自然ではあったが彼が笑みを湛えるのを確認すると次いでその手をとり、早く駆け出すのだった。
「伊勢での、最近の出来事‥‥ねぇ」
「まぁめっきり、静かになった事位か?」
一方、京香と共にやはり市街を歩き回り道行く人々から最近の状況を聞いていた康貴だったが、目新しい情報や妙な話に当たる事は残念ながらなかった。
「そうなのか?」
「幸か不幸か、ねぇ」
そして何人目かの人から話を聞きながら、改めて彼は京香へも尋ねてみると‥‥首を縦に振る彼女を見つめつつ渋面を浮かべると、康貴らと向き合っていた中年男女の二人。
「乱の前はあんなに慌しかったのに、今じゃそのなりも潜めて‥‥逆に不気味よね」
「それでも、藩の人達が努力しているのは目に見えるから安心と言えば安心だけどな」
「うむむ‥‥」
立て続けに発せられた率直なその話、当然ながら仔細が分からないまでも敏感に今の状況を察している事を知れば、呻く他にない侍だったが
「ありがと、それじゃあ何かおかしな事とかあれば伊勢藩まで知らせて頂戴」
それでも努めて平静に、京香は話を聞かせてくれた二人へそれだけは告げると礼を言って後にその場を後にし、康貴もまた彼女の後に続いて頭を垂れ場を辞すると京香の背中を見つめたままに呟く。
「‥‥見た目、穏やかでこそあるがやはり人々には分かっているのだな」
「そうね、まぁ実際にそれだけの事があった訳だし全部じゃないけど伊勢藩から事実の公表もされているから見た目の割、その心中は決して穏やかじゃあないわ」
すればその呟きに応じ京香も頷きながら表情を雲らせては呟くと、その彼女の肩を叩いて康孝。
「早く、何とかしたいものだな」
「その為にももう少し、頑張らないといけないわね」
「‥‥あぁ、そうだな」
だからこそ笑んで力強く言うと、京香は微かに笑んで後に彼の胸を小突きながら応じれば、暫く間を空けて康貴は先よりも更に力強く頷いた‥‥出来る事なら、今のこの一時がこれからも続く様に願うからこそ。
「‥‥余り良い情報はなかったね」
「最近は、本当に今までの事が嘘みたいに何も‥‥ないから」
「ふーん‥‥」
だがもう一組の康貴と京香の組がそうである様に、ミリートとエドらもまた芳しい情報は得られずにいた。
「でも、まだ時間はあるから‥‥もしかすれば何か、有益な情報が‥‥あるかも」
「うん、そうだねっ。これからこれから!」
だがそれでも最初の頃よりは自然に言葉を交わす様になっており、至って前向きに二人は事に臨もうと決意するも
「でも‥‥今日はもう、遅いよ」
「あや、そうだね」
エドの指摘通り、既に日が沈んでから時間もかなり経ち辺りも人影なく閑散とすれば暫し考え込んで後にミリートは驚くべき言葉を発するのだった。
「じゃあ‥‥一緒の宿で、一緒の部屋で、一緒に寝よっか?」
因みにエドの表情がどんな事になっていたかは‥‥最近、抑揚もつく様になってきた事を察すると想像に難くない事だけ、書き残しておく。
●天岩戸
そもそも、伊勢で今に至るまでの騒動の発端となった天岩戸へ足を運んでいたのは柚那とアシュドの二人。
「お主、篭り切りではもやしになるぞ? 根を詰め過ぎても良い事なぞある筈もない」
「誰のせいだ、誰の‥‥」
「うちのせいじゃないぞ?」
その巨大な岩塊を見上げながら柚那、しかしそれとは全く関係のない話を始めては同道するアシュドを呆れさせるも、その素っ気無い反応に彼女は僅かに眉を潜めながらも首は左右に振れば唐突に、話の矛先を変える。
「‥‥しかしまぁ、変わらず大きいのぅ。じゃが肝心の天照は斎宮‥‥と言う事は、この中はカラッポなのかの?」
「まぁ、一般に伝わっている話の通りであればそうなのだろうが‥‥」
そして紡がれた疑問‥‥と言うよりは事実の確認か、柚那のその話にアシュドも天岩戸を見上げながら今までの情報を整理しながら考え込みつつも呟くと
「実際、事実は異なるんだったか。そうなると、この中には違う『何か』があるんだろうな」
「妖の群れが欲して止まないもの‥‥か」
その途中に割り込んで彼女は思い出した話を改めて紡ぎ、それに頷きながらこの岩塊の内部にある『何か』を推測するが
「一体、何じゃと?」
「私に聞くな‥‥だが」
「だが?」
彼女に問われた所でその答えは容易く出る筈もなく、だが予想出来る事をおぼろげに言葉にする。
「解放されれば、人にとっては間違いなく災いとなるものだろうな」
「ふむ、まぁ‥‥未だに分からん事だらけじゃ。なれば先ずはこの辺りを片端から調べる他にあるまい!」
「あ、気を付けろよ‥‥何があるか分からん」
「心配ないじゃろう、封たる要石は未だ健在な筈じゃからな!」
「‥‥やれやれ」
すればそれを聞いて尚、奮起する柚那は次にすぐ駆け出すと無警戒にも程がある無邪気さを持って天岩戸周辺を駆ければ、注意を促す彼へ笑みを返し応じると嘆息を漏らす魔術師ではあったが
「しかし、考えているだけでは確かに駄目だな‥‥動くだけ動き、調べるだけ調べてから考えてみるとするか」
そんな彼女の行動を目の当たりに一つ、確かな事実だけは認めると自身もとりあえず辺りの様子を伺うべく動き出そうとして、直後。
「おわぁっ、アシュドー!」
「っ、何か出たか‥‥」
「兎がおったぞ!」
動揺も露わに叫ぶ柚那の声を聞いて、慌て駆け出すが‥‥彼女が指す先を見つめては確かに跳ねる、白い兎を見つめると先とは違う質の嘆息を漏らすのだった。
●二見方面
天照大御神、神話上だけの存在だった筈の太陽神が果たして冒険者と見えた地‥‥それが答志島。
この地へ再び足を運んだのはその時にも訪れた事がある蒼牙と斎王に、おまけで側近の光が三人。
「祥子さんは馬に乗って貰おうか‥‥乗れるよな?」
「祥子、乗れなーい」
『‥‥‥』
「お前ら、死ね」
唯一ある港について後、斎王へ気遣いを見せる蒼牙だったが‥‥予想外の反応を前にすれば側近共々固まるのは必死で、故に彼女は鋭い眼光閃かせて逆切れ気味に何とも物騒な言葉を紡ぐ。
「‥‥はまぁ、冗談にしておいて何処に行くつもり?」
「天照様がいた、古墳の様子を見ようかと」
「未だ、何かあるとは思えぬが」
「以前にいた悪霊の存在がどうしても気になるんだよね‥‥それと意外にああ見えて、抜けている所もあるかも知れない。念の為の確認だよ」
「まぁ、悪くない提案ね」
だがそれも僅か、すぐに何時もの表情を取り戻すと未だ固まる蒼牙へその行き先を尋ねれば、それには何とか反応して答える彼に光は厳しい面持ちにて率直な意見を紡ぐも、その動機はすぐに侍の口から告げられれば‥‥果たして軍配が上がったのは蒼牙。
「お褒めに預かり、光栄です」
「冗談はともかく早速、行きましょ」
「‥‥へーい」
斎王の賛同を得て恭しく頭を垂れる彼に、だがしかし祥子はあっさりそれを流すと今度は蒼牙がちょっと不満げに言葉を返しこそするも、すぐに馬を引き出す辺り一応は捜索の事も忘れていないらしい‥‥本人的にはそれでも旅行だと思い込んでいるのかも知れないが。
「所で、祥子さん的には此処に何かあると思うか?」
「まぁ‥‥ないでしょうね」
「えー」
と言う事でそんな素振りは表に出さず、侍の君は馬を引きながら祥子に尋ねるも‥‥その返事は至って素っ気無く、思わず声を上げる蒼牙だったが
「幾ら天照様でも、今の一件に関わる何かが此処にあれば少なくとも把握している筈‥‥だけど、そう言った話が今までにまーったくない事を考えればねぇ」
「成程‥‥ま、でもそれならそれでたまの散歩にこう言った場はうってつけじゃないか?」
「悪くはないわね」
「自然も豊富だ、確かに気分転換には良い」
(「‥‥むー」)
その主たる理由を彼女が次に口にすると確かに納得を覚えた彼、頷きながらも自身が振った割にすぐ話題をすり替えて尋ねれば、やはり素っ気無い言葉が返ってくるもしっかりと笑んで応じる彼女の様子には胸を撫で下ろし‥‥次に響いた側近の彼女の答えには内心で着いて来なければ云々と不満たらたらも
「何だ、私の顔に何かついているか?」
「いいえ、何でも!」
「ほら、余りのんびりしている暇もないんだからさっさと行きましょ」
「たまにはゆっくりしても良いと思うんだけどな、無理して倒れられても困るしな‥‥俺が」
それは表に出ていたらしく、すぐに問い詰められる羽目となれば狼狽しつつも何とか答えを返し、そして祥子にまで追い立てられれば思わず心中の一端を漏らす彼。
「あぁ! 別に祥子さんの事を心配して言っている訳じゃないんだからなっ」
「はいはい‥‥」
だがすぐその事に自身で気付き、慌てて言い直す蒼牙に彼女は果たして生返事で応じ溜息を漏らすのだった。
●
一方で斎宮の重役が一人である神野珠が住居を訪れ、以前にとある依頼で知り合う事となったウィザードのシリルの元に足を運んだのはガイエル・サンドゥーラ(ea8088)。
「以前、アシュドを見て見覚えがあるとか言っていたのが少し気になってな」
「あぁ、その事でしたか」
些細な事ではあったが、どうにも腑に落ちない唯一つの疑問を聞くべく此処へ足を運んだ彼女は開口一番、それを発すると‥‥柔らかな笑みを浮かべて魔女。
「英国にいた折、フォレクシー家に一時ですがお世話になっていた事がありまして」
「成程‥‥」
「まだあの頃は随分と可愛らしくて、否応にも時の流れを実感しましたね」
その答えをあっさりと明示すれば、同郷故に有り得ない話ではない事からガイエルも納得して頷くが、その後に続いた魔女の言葉に引っ掛かりを覚えてもう一つだけ問いを紡ぐ。
「‥‥下らない事を聞くが、シリル殿は一体幾つか?」
「女性に年齢は聞かないものですよ、例え問い手が女性でもね」
見た目、話題に上がったアシュドと大して年の差が見えないからこその問いに、しかしシリルは笑みを零しながらも口元に人差し指を当て言えば
「あ、折角此処まで足を運んで貰ったのだから何かお土産を探してきましょう」
「い、いや‥‥」
余程聞かれたくないのか、その話題から逃げる様に掌を打ち合わせると引き止めるガイエルが響かせた言葉も虚しく、小走りにて珠の住まいの中へとその姿を消すのだった。
●要石周辺
伊勢に六つある要石、その存在は一般に対し公にはされていない‥‥何せ、天岩戸に関わる伝承を全て引っ繰り返す秘密があるのだから。
故にそれの維持、管理は伊勢藩にとって重要な項目の一つと言えるだろう。
「物見遊山で来たつもりはないのだがな」
「‥‥え? 別に観光では無いですよ、多分‥‥うん」
その一つがある鳥羽の要石が近くにある町まで足を運んだのはルーティ・フィルファニア(ea0340)と、その要石の維持と破壊が唯一出来る霊刀の一振りを持つ矛村勇‥‥だったが、要石の観察や最近の状況調査はさておいてルーティは彼をあちこちへ引き回し呆れさせていた。
「でも、羽を伸ばしてこそ分かるものもあると言うかー‥‥悩み過ぎては見られる物も見られませんよ、きっと」
「何、だと」
そして言い訳がましい言い訳を紡いだ彼女に勇は何も言わず、溜息だけを漏らすがその反応を前にルーティは彼を見つめ、常日頃から厳しい表情しか見た事のない青年へ告げると‥‥その遠回しに紡がれた言の葉が自身の事を指している事に気付き、勇は眼差しも鋭く彼女を半ば睨む様に見据えるが
「そんなに‥‥目標とか使命とか、そればかりでは追い掛けても息切れしてしまいますよ?」
その強がりには決して動じず、尚も笑みを浮かべては言葉を続けると
「あ、決して悪い事ではないんですけどね。嫌いでも無いですし‥‥ただ黒不知火を振るう事だけを理由にして、矛村さんがここにいる必要はないんじゃないですか?」
「‥‥ふん」
「またそんな、不満そうな顔をして」
「これが普通だ」
「あぁ、そうでしたね」
その最後にはしっかりとフォローもした上で締め括れば不満げに鼻を鳴らす勇と暫し、何時もの会話を交わしながら街の中を闊歩しているとやがて、様々な商店が軒を連ねる大通りへと差し掛かり‥‥ルーティは彼の着物の袖を引っ張り、口を開く。
「そんな訳で折角、女の子と二人きりなんですからプレゼント位下さいな?」
「どうしてそうなる‥‥」
そんな唐突な願い出に対し、勇は今までに見せた事のない渋面を浮かべるが‥‥とある店に視線を止めれば足早にそちらへ向かい、何かを買うとすぐにそれを放り投げては彼女へ告げる。
「‥‥これで十分だろう」
果たしてルーティの掌へ過たず舞い落ちたのは何の変哲もないただの木刀で、だからこそそれを受け取った彼女は調査も忘れて木刀を握り締め、振り回しては彼を追い掛け回すのだった。
●
「とりあえず、要石の周辺に変わった事はなさそうだな」
斎宮跡にある、一つの要石を間近に以前と何ら変わりがない事に安堵を覚えて息を漏らすガイエル‥‥果たしてそれは彼女に同道する事となったレリア・ハイダルゼムに不服と写ったか。
「あぁ、それは私も気にして定期的に回っているし近くにある村に伊勢藩士達が数こそ少ないが詰めている。異常こそあればすぐにそれは伝達もされる様になっているが‥‥今までにそう言った話は挙がっていない」
僅かではあるが不満げに眉を立てつつも、声音は何時もと変わらない調子で要石の防衛について、昨今の状況を懇切に話せば
「ならば、黒門一派やルルイエの話については‥‥?」
「それも合わせて調べてはいるが、今の所は」
「そうか‥‥」
次いでガイエルは伊勢が抱えている不安材料の一つである、先日の乱の際に逃走した伊勢転覆を図った者らの名と天魔らに攫われた魔術師が名を紡ぐも‥‥頭を左右に振って端的に応じるレリアの反応に自身も思わず肩を落としたくなるが、この状況下だからこそそうもしてはおられず何とか背筋を伸ばし眼前の要石とその周辺を綿密に調査し終えて後、呟く。
「とは言え、まだ全てを捜索した訳ではないだろう‥‥私達にどれだけ時間があるか分からないが、それを有効に使って少しずつでも進まなければならない」
「分かっている‥‥」
その厳しく響いた声音を前、レリアも同じ気持ちだからこそ頷けば二人は別段異変が見受けられなかった要石へ背を向け、まだ時間が許すだろう次の要石へ向けて歩を進める。
「‥‥しかし、要石の近隣にて特に大きな動きがないとなると一体奴らは何を狙っている。天岩戸を開ける為には最低でも必ず、要石に干渉する必要がある筈だが」
「直接、こじ開ける手段を模索している事はないだろうか」
「そうなると天岩戸近隣に潜んでいる‥‥?」
「‥‥それもなさそうだ、要石以上に警備を敷いているが報告は同じくない。そうなると単純に考えて何処か、目に付き辛い何処かに潜んでいる筈」
そして歩を進めながらも一人、考え込むガイエルにレリアも応対しながら敵の狙いと潜伏している場所の検討を始め、そして剣士が呟いたとある一言から脳裏に閃きを覚えて南東の方を仰ぎ見た。
「人の目に、付き辛い場所‥‥人が足を踏み入れない場所、か」
●
『埴輪と行く夏の伊勢、要石巡りの旅 〜女一人旅編〜』と銘打ち愛馬に埴輪を連れて先の二人とは違う要石へ至る道を歩くのは壬紗姫、自身で掲げた名目から言うまでもないが勿論一人‥‥と一頭に一体。
「はぁ‥‥それにしても、エド殿のお顔を余り拝見出来なかったのが悔やまれます。久し振りにお二人の愛らしいお姿を拝見出来る機会でしたのに‥‥二人きりの所をお邪魔するのも無粋ですし、くすん」
傍らを苦労して同じ歩調で進む橘花と名付けた埴輪を見つめ、微笑みながらもそれだけが心残りで自身でも知らぬ内、溜息こそ漏らすも
「‥‥あぁ、でも今日も何て可愛らしいんでしょう」
それでも愛らしい橘花の姿を見て和めば、自身を慰める為にそれを抱き締める壬紗姫だったが
「熱い熱い‥‥!」
かんかん照りのお天道様が降らせる陽光を一身に浴びた橘花の表面は既にこんがりとしており、予想外の反応(?)に慌てて壬紗姫は埴輪から身を離して悲壮にくれる。
「ともかく、少しでも伊勢のためになる『何か』を見付けられると良いのですが」
だがそれでも、自身がやるべき事は確かに見据えており彼女は向かう先と定める深谷水道の最奥にある要石‥‥その入口の前に辿り着けば、内部から流れてくる風に乗って聞こえてきた何かの唸り声に気付いてすぐ、埴輪を連れて躊躇わず踵を返す。
「良く分かりませんが何か、いますね‥‥」
旋回する視界の端に僅かながら写った巨大な影も捉えたからこその素早い判断、それは正しく‥‥とは言えそれが何なのかまでは分からない事に不安も覚える。
「‥‥でもこのまま見逃せる筈もありませんよね」
もしかすれば魔法だけで生み出されただけの単なる、今の伊勢にとっては悪質な事この上ない悪戯であれば良いのだが‥‥それでも異変である事には違いない。
故にその事実だけは確かに受け止め、先までの調子を一変させて彼女は厳しい面持ちにて足早にその場を後にした。
●山岳地帯
他の場所と異なり、自然が主な敵となる伊勢の南東部にある山岳地帯‥‥この場にも無論、人はしっかりと派遣されていた。
「‥‥しかし、妾はどうしてこんな所におるのかの」
「まぁまぁ、細かい事は余り気にせずですよ」
その内の一人、八雲に同道する形で着いて来た伊勢初心者のカラットは彼の支援をするべく暇そうにしていた天照大御神も連れ立てば、現地まで足を運んだ割に今更首を傾げる彼女を宥めつつ調理に勤しんでいた。
「‥‥どらごん君も美人の精霊さんと居られると嬉しいもんね〜。弱くても安心だし」
「ばっか、俺はまだ本気出してないだけ‥‥本気出してないだけでござるよ。俺が本気出したら国の地形が変わってしまうでござるのでござるもんね〜」
「ふむ‥‥」
生憎の野営で簡単な物しか出来ないとは言え、それでも手早くお握りをまた一つ丸め終えると持って来たどらごんのぬいぐるみを片手、口元がしっかり動いている拙い腹話術を披露する彼女に天照。
「まぁ良いか、たまの暇潰しとしてはな」
(「‥‥ほっ」)
事前にある程度の話を他の皆から聞かされたからこそ、納得する様子を目の当たりにして密かに安堵を覚えるが
「しかし、彼奴の手伝いはしなくても良いのか?」
「はい、私はこちらの方が性に合いますので」
「‥‥そう言う問題ではないかと思うのじゃがの」
「‥‥え、えへへ。とにかく天照様も私達の食事を作るのを手伝って貰えますか?」
「手伝え手伝え」
次々に飛んで来る突込みには愛想笑いで誤魔化し、話の矛先をぬいぐるみ共々変えようと苦心すれば、果たしてその願いは通じた。
「ふむ‥‥これで良いか?」
そして一つ頷き天照、作り終えたお握りのある方へ掌を翳せば陽光の槍を放ち‥‥一瞬でそれを炭化させ、尋ねるとカラットはその光景を前に震えながらも何とかアドバイスは捻り出すのだった。
「‥‥も、もう少し火力を落とさないと‥‥美味しい焼きお握りは、出来ません‥‥よ?」
●
「見た目、目立って誰かしらの手が加わった事はなさそうだな‥‥」
その傍ら、今回の面子の中では間違いなく一番に力を注いで捜索に尽力している八雲は先ず辿り着いた牛草山の山道を歩きながら辺りの情景を眺めつつ、自然なそれに判断だけ早く下せば詠唱を織り、木々の群れと会話する為の魔法を施せば次いで眼前の一本の樹へ呼び掛け、問答する。
「最近、何か変わった事はなかっただろうか?」
『雨』
「‥‥他には?」
『太陽』
「‥‥‥他には?」
『地震』
「最近、地震は多いのか?」
『多分』
次々に繰り出す問いを前、素っ気無く答えを返してくる樹とある程度のやり取りを終えて彼は一先ずその樹との問答を終えると、此処へ来るまでに得た情報を纏めてみるも
「気候の変動はないが、地震が多いのは少し気になる‥‥何かの前触れか、それとも単なる偶然か」
しかし得られた情報はいずれも断片的で、大きな分類毎に纏める八雲ではあったが‥‥有力な情報に繋がるものはなく、疲労も蓄積している事から近くの草葉へ寝転がる。
「しかし何だろうか。何か、見落としている事がある様な気がする‥‥」
そして呟き、今までに伊勢であった依頼のその報告書の内容を改めて脳裏に蘇らせては纏めると‥‥件の山にて見落としているただ一つの事実を偶然にも思い出し、おもむろに立ち上がれば疲れも忘れて駆け出した。
「そうか‥‥!」
●締めは温泉?
二見にある、とある温泉宿‥‥目出度く全員が揃い大広間にて顔を突き合わせて‥‥はいなかった。
正確に言えば、全員が確かにこの宿にいるのだが一部の面子が独断で行動していた。
「‥‥そう言えば、姿を見ない人もいますがどちらへ行かれたのでしょうか?」
「まぁ、口を挟むのは無粋だろうな」
「たまの事だからねぇ」
無論それに気付く者は当然ながらいて、壬紗姫のその問い掛けに康貴が自身を振り返りつつ応じると何を考えてか京香もまた頷けば、いてもたってもいられずにやおら立ち上がる壬紗姫だったが‥‥流石にそれは皆に止められた。
その件の人物らとは果たして、ミリートとエド‥‥未だ幼い部類に入るだろう二人が混浴に浸かっている事までは皆も流石に知らない話。
無論、言うまでもなく隠す所はしっかり隠しているのでその点では問題はある筈もない‥‥エドの背後からミリートが抱き締めてこそいたが。
「ん‥‥凄く恥ずかしいけどこうしていると落ち着くや」
「‥‥‥‥」
とは言えエドは気恥ずかしさから何時も以上に押し黙っており、そのの様子に彼女は苦笑を浮かべながらもその耳元へ一つ、願いを囁く。
「その、この前は私からだったから‥‥今度はエドくんからキスして欲しいの。ダメ?」
「‥‥‥」
しかし、沈黙を重ねるばかりのエドに何となくその反応も有り得る事を察していたからこそ彼の肩に手を回したまま意気消沈とするミリートだったが、衝撃は予期せぬ次に訪れる。
「大好き‥‥だよ?」
唐突に外されるミリートの腕、そして振り返ったエドの顔が唇が触れればすぐに外された彼の唇から言葉が紡がれるとミリートは言葉こそ失いながら嬉しさの余り、エドを思い切り抱き締めるのだった。
「‥‥い、痛い」
さて、場面は戻って大広間。
「と言う事で、楽しみにしていた狐さんには会えませんでした‥‥」
「‥‥うん、ある程度でもやる事は見えたわね」
「流石に今回は入れなかったが牛草山の聖域と、深谷水道の要石か‥‥どうするつもりだ?」
カラットのがっかりしたと言う話を最後に斎王は皆の話を纏め、得た情報の中から今後に繋がるだろうものを抜き出し頷くも、その案件について具体的な話がない事に八雲が問うも
「斎宮と伊勢藩で検討して後に先ずはこちらで動くわ。その後、必要に応じて皆にも動いて貰う感じかしらね?」
「珍しく、消極的ですね」
「そんな事はないわ、私達だって力を有しているのだし出来ない事はない筈‥‥祖も、この場にいる皆に根本で大きな違いはないでしょう?」
「それはそうだが‥‥」
「余り、特別扱いはしないでね? それに皆の事も頼りにしていない訳じゃないから‥‥少しだけ、私達にも時間を頂戴?」
返ってきた斎王からの答えにルーティが口を挟むが、至って真面目な面持ちで斎王はそれだけ告げると、不安を言葉に乗せる蒼牙のそれをも一蹴してしかし最後には皆へ頭を垂れると唐突の事態にうろたえる一行。
「とりあえず、それはそれで‥‥お疲れ様っ」
しかしそれも長く持つ筈はなく、次に顔を上げれば先ずは今回の収穫を祝うべく声も大にして微笑み、彼女は杯を皆の頭上へ掲げるのだった。
〜一時、終幕〜