【人の想い】 過去と未来と

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 21 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月20日〜02月28日

リプレイ公開日:2005年02月25日

●オープニング

「私は‥‥いつでも貴方を見ているから‥‥そんなに、泣かないで。ね‥‥?」
 雨粒が降り注ぐ中、蒼白の顔に微笑を浮かべては静かに言う彼女に僕は何も言えず、ただ涙を流すだけだった。
 その隣では彼女を必死に治癒しようと友人が精一杯の努力をしていたが、その手に灯る光が消えるのを見て僕はする中、彼は一つ首を振って呟いた。
「ダメだ‥‥傷が深過ぎる、オレ程度の腕じゃこれは‥‥」
「そんな! やってみなきゃ分からないだろう! 諦めるなんてお前らしく‥‥」
 彼の宣告に叫ばずにはいられず、だがそれを聞いても彼女は静かに
「ありがとう‥‥でも自分でも分かる、もう‥‥長くない事を」
「君まで何を言うんだ! そうだ、近くに村が」
 運命を受け入れる二人に、僕だけは最後まで抗おうとした‥‥けれど
「ごめん、ね‥‥最後の最後で足を引っ張って、それと本当に、今迄‥‥あり、がとう‥‥だい‥‥す‥‥‥‥」
 彼女の最後の言葉は途中で区切れ、僕はただ泣く事しか出来なかった。

「すいませんー」
 今日もまた、冒険者ギルドの扉を開けては依頼を持ち込んでくる者が一人。
 年の頃はまだ若く見える顔立ちだったが、その立ち振る舞いからは表情で伺える年齢よりも上だと思われる女性。
「はーい、なんですかー?」
 それに答える受付嬢の姿はカウンターには見えず、どうやら奥で報告書の整理をしている様子。
 それにちょっと戸惑いながらもキョロキョロと待てば、それから暫くして受付嬢が姿を現せば、安堵の溜息を漏らしつつも受付嬢の質問より早く彼女は言葉を紡いだ。
「弟を助けて下さいっ!」
「‥‥どうすればいいか、詳しい事情とか話してね?」
「はっ! そう言えばそうでした‥‥」
 要点だけ述べる彼女に、受付嬢は優しく尋ねると彼女は思い出したかの様に慌てながらも依頼の内容と、それに至る事の顛末を語り出した。

「依頼なんですが最近一人で依頼を受けてはボロボロになって帰って来るグリュウさんと一緒に、この依頼をこなして来て下さい」
 一区切り入れ、別の依頼書を冒険者達に見せる。
『オーガに襲われる我が村を助けて下さい』
「性格は温和で優しく、皆からも好かれている冒険者の鑑。昔から良く色々な人とうちのギルドの依頼をこなしてくれた腕の立つ人なんだけど、最近はなんて言うのかな‥‥普段の振る舞いとかは変わらないんだけど、その依頼のこなし方とかを見ると自暴自棄になっている感じがするのよね。で、この依頼も彼一人で行くとか言って‥‥相当数のオーガがいるのに幾ら強いとは言え、彼一人じゃ無謀でしょ?」
 彼女の言葉に一行が頷けば、受付嬢は話を再開する。
「それで一緒に行ってくれる人を探しているのと、そんな彼の様子にいち早く気付いた彼女が最近のその様子にいても立ってもいられなくなって」
「‥‥こんな事を皆さんにお願いするのはおかしい話だとは分かっています、けど私じゃ何もしてあげられなくて‥‥お願いですっ、弟を‥‥グリュウを助けて下さい! 最近の様子はもう、見ていられないんです」
 受付嬢の後に続いて、依頼人である女性が一つ頭を下げては涙を零すと
「そう言う事でどうせならいっしょくたにしちゃえ、って事で彼と依頼をこなし、今の彼になってしまった原因を何とか断ち切って上げて下さい」
「なんか色々と難しい依頼だな」
 そんな雰囲気はお構いなしに‥‥逆に気遣ってかも知れないが明るく、受付嬢は久方振りの依頼にいつも以上に微笑んでは、依頼の受付を始めるのだった。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea1968 限間 時雨(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2700 里見 夏沙(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5210 ケイ・ヴォーン(26歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea5443 杜乃 縁(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea9089 ネイ・シルフィス(22歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

「アリッサ・クーパーと申します。グリュウ様の事はお任せ下さい」
「余り時間もないので‥‥グリュウさんの事について、お尋ねしても‥‥宜しいでしょうか?」
「事情が事情でなんていやぁいいか、分からないからな」
 冒険者ギルドの片隅、依頼人であるグリュウの姉に挨拶するアリッサ・クーパー(ea5810)が営業用の微笑みを浮かべる中、引っ込み思案な性格を振り切って質問を切り出す杜乃縁(ea5443)と、呟く里見夏沙(ea2700)の浮かない表情を見て向かいに掛ける彼女は
「そうですね‥‥それでは」
 三人の真剣な眼差しを浴びながら、昔話を語り始めた。

「初めまして。深き森『知の部』所属、楽士担当のケイ・ヴォーンです。私の事はケイと呼んで下さい」
「騎士のヒースクリフだ。村人を助ける為にも頑張ろう」
 一方その頃、ケイ・ヴォーン(ea5210)とヒースクリフ・ムーア(ea0286)の二人の挨拶を皮切りに、未だ冒険者ギルドに残っている三人を除く他の面々はグリュウと邂逅していたが
「‥‥宜しく‥‥けど、本当についてくるのか?」
 当の本人は憮然とした表情を浮かべ、至ってそっけない返事のみ。
 受付嬢の話から予想こそしていたものの、取り付く島もないその様子に一行の表情は曇るが
「なんと申されようとついて行くでござる」
「‥‥好きにすればいい。時間は余りない、そろそろ動くぞ」
 それでも滋藤柾鷹(ea0858)がきっぱり告げると、彼はそれだけ言って一行の先頭を歩き始めた。
「君が一人で戦いたいならそれで構わない。だけど、私達は君を仲間だと思っている。そして此処に居る皆、仲間を助けるにはどんな危険でも冒すだろう‥‥君が一人で無茶をすればするだけ、皆の危険が増す。それを覚えておき給え」
「‥‥‥‥」
「‥‥恋人を失って自暴自棄、か。やっぱり守り切れなかった自分を責めてるんだろうね‥‥。でも、それは遠回りな自殺‥‥このままじゃあ前に進めないよ」
「だね。だからこそ進むべき路を見失ったグリュウを導く為、あたし達が頑張らないとね」
 そんな彼の態度に過去に失った絆を察して、それを和らげようと優しい声音ながらも釘を刺すヒースクリフだったが彼からの反応はなく、そのやり取りを見ながら静かに言葉を交わす限間時雨(ea1968)とネイ・シルフィス(ea9089)は彼の心傷の深さを垣間見、やるべき事を改めて見据えると頷いては先を歩く彼らの後を追い駆けた。

「子供の頃からとても仲が良かったから、あの事件は余程の事だったんだろうけどね」
 再び冒険者ギルド。
 目を伏せ、しかしその声音は昔を思い出してか明るい響きを含ませ呟く依頼人の様子に
「大切な人を失うというのは‥‥言葉では言い表わせない程、悲しい事だと思います‥‥。でも‥‥そこで立ち止まってしまったら‥‥ダメだとも思います‥‥」
 その話に杜乃は良く異性に見間違えられる綺麗な顔立ちに、哀しみを湛えながらも自らなすべき事を見出してそっと立ち上がった。
「僕達に何が出来るのか‥‥分かりません、けれど‥‥」
「信じて待っていて貰えるでしょうか、私達とグリュウ様の事を信じて。必ず、昔の彼を連れて戻って来ますので」
「だから、のんびり昼寝でもして待ってな」
 三人揃って紡いだ各々の想いに依頼人は静かに頭を下げると、彼らは踵を返してグリュウと共に先を進んでいるだろう他の面々と合流すべく、その場を後にするのだった。


 出遅れた三人が合流し、全員が揃って暫く。
目的の村へと至れば詳細な情報を得た上で一行はオーガ討伐へと足早に向かう。
「行き違いがまず、怖いでござるな。話から察するに比較的夜間の行動が活発な様であるから、日中の内に討つ事にしましょうぞ」
 滋藤の提案に一行は反対する材料もなく頷くと、北にある洞窟へ森の中を散開しては進み始めた。

「見張りはいなかったよ、どうやらのんびり寝ているみたいね」
「そうか、ならお言葉に甘えて先手を打つ事にしよう」
「風向き‥‥今なら悪くねぇな。点けるぞ」
 限間の偵察から洞窟の状況を把握する一行は里見の合図を受け、偵察の間に集めていた落ち葉へ火を点けた。
 ‥‥濛々と洞窟へ向け流れる煙を眺めて少し、流石に我慢出来なくなったオーガ達は巣穴から這い出て来ると、それをいち早く察知したグリュウが駆け出した。
「ったく一人で‥‥皆、とにかく続いておくれ。行くよっ!」
「十二時方向、先頭を歩くオーガに白銀の矢よ‥‥降り注げ!」
 その光景に嘆息を漏らしながらネイの掛声と同時、魔法を扱える者がグリュウの攻撃より早く一斉に魔法を放つと前衛を務める戦士達は混乱するオーガ達の群れへと突っ込んで行った。

 数は一行より僅かに勝るオーガだったが、一行の作戦に多少浮き足立てば数の有利は皆無となっていた。
それでもオーガの膂力は凄まじく一進一退の攻防を繰り広げる一行の最中、サポートを僅かに受けながら一人奮戦するグリュウの背中目掛けて振るわれる斧が彼に当たろうとした、その時だった。
「危ないっ!」
「なっ‥‥」
 グリュウを守る為、彼の近くにいたネイが突き飛ばし身を挺して庇ったその行動に唖然としながらもそのオーガを剣で切り伏せて、彼女を案じてその元に駆け寄れば
「つぅ‥‥ねぇ、姉さんがどれだけ心配しているか、分かっているのかい? ‥‥あたしが言えたものじゃないだろうけどさ、あんたはまだ‥‥前に進める筈だよ、それに‥‥彼女の想いまでも無にするつもりかい!」
 痛みに顔を顰めながら、それでも想いを伝えてネイは崩れ落ちるとグリュウの脳裏に過去の記憶がフラッシュバックする。
「どうして‥‥どうしてだよっ!」
「仲間だろう? 助け合うのは当然だ!」
 掠める記憶に揺さぶられるグリュウが動揺しながら叫ぶ中、再び彼目掛けて振るわれる別の斧を今度はその身で受け止める巨人の騎士の叫びに彼は目を見開き、呆然と呟いた。
「仲間‥‥?」
「そう、それにね‥‥今のグリュウを見たら悲しむ人‥‥沢山いるよ」
「それと貴方様にはまだ心配されている方が生きておられる事もお忘れなく」
 アリッサが倒れるネイの元に駆けつける中、そのサポートをしながらもグリュウに優しい声音で語りかける限間、神聖魔法を唱えネイを癒す口調の冷たい僧侶もその後に続くと‥‥グリュウは程なくして立ち上がり、目の前に立つ最後のオーガを見つめ
「あの時も‥‥オーガだったな。ごめん、そして‥‥」
 祈りの様な呟きと同時、グリュウは剣を構えて駆け出した。


 戦い終わって、昏倒するネイを抱えたグリュウと一行は村まで引き返すと依頼の報告と同時、ネイの様子を見た村長の好意から彼女を休ませる為の部屋を貸して貰い‥‥それから始まったのは、グリュウを囲んでの大説教大会だった。

「亡き人は最期、貴殿に何と申された? 今の姿を見れば心を痛められるのではないか? 貴殿は立派な冒険者だと聞いておる。時は掛かるやも知れぬが彼女が安心して見守れる様に生きては下さらぬか?」
 辛い過去を揺さ振り起こす滋藤の問い掛け、落ち着き払ったその表情とは裏腹に魂のこもった彼の言葉はグリュウに今あるべき姿を伝える。
「グリュウが死んだりしたらお姉さんを悲しませる事になるからね‥‥私にも弟がいて、お姉さんの心配する気持ち判るんだ‥‥それに死なせちゃった恋人を忘れろとは言わないけど‥‥生き抜いて見せなきゃ、死んだ彼女の為に、何よりもお姉さんの為に。自棄になって死ぬなんて格好悪いと思わない?」
 グリュウの姉の想いを届ける限間、姉弟の絆を呼び起こすのは同じく弟を持つ彼女。
 共感を覚えたからこそ紡がれた言葉は、程無くして彼にも伝わった筈だ。
「そんなに後を追いたいのか? 可哀想にな‥‥そんなお前を見たら彼女、永遠に彷徨って成仏も出来やしねぇな。お前、そんなに彼女を苦しめたいのかよ? 自棄になってんじゃねぇ! その前に‥‥ちゃんと祈ってやれよ」
 厳しい言葉で彼を責める里見、普段から捻くれ者で通る彼だから相手を思いやればやる程に口から出るのは厳しい言葉。
 だけどそれ故にグリュウの事を案じている、彼なりの表現に里見は幾許かの不安を覚えたがお互いの目線が合えばグリュウは頷いた、その言葉の本質を見抜いて。
「誰かを憎んでいますか? 私には大切な人を護れなかった自分自身を憎んでいる様に見えます。でも、それは何の解決にもならないですよ‥‥誰かを憎むのは簡単です、憎いと思う、だたそれだけで良いのですから。でも、自らを許して現実を見つめる事が今の貴方には一番大切な事ではないでしょうか」
「そうですよ‥‥想いを断ち切るのは難しいでしょうけど‥‥でも、もうご自分をお許しになって下さい‥‥。グリュウさんはきっと僕なんかよりも遥かに強いです‥‥だから、その力を悲しみのままに振るうのではなく‥‥悲しんでいる人達を救う為に使って下さい」
 杜乃の肩を借りグリュウを諭すケイに続いて、遠慮しながらも今後のあり方を指し示す志士の言葉は、暗闇で道程を見失っていた彼の中に再び明かりを灯した事だろう。
「その様な行為をされていれば神の御許におられる方も安心する事は出来ないかと存じます、それにその方も貴方様が神の御許に早く来られるよりも、天寿を全うしてから来られる事を望んでおられるかと思います」
 無表情に告げるアリッサの言葉、その表情同様に言葉尻こそ冷たく感じるもその意味を察するとグリュウは静かに微笑むのだった。
 遠くで見守っているだろう、あの人に向けて。

 ‥‥皆が皆、それぞれの想いをぶつける中でグリュウは静かに寝ているネイの傍らに佇みながら一行の言葉に耳を傾け、そして皆が一通り言い終えた途端に静まる場の中で彼はそっと
「目が覚めたよ、けど‥‥」
「‥‥意外に煮え切らないね、あんたも‥‥でも時間はかかってもいいと思うよ。彼女の想いに応えられるのなら、ね」
 しかし逡巡して途中で言い澱む彼に、流石に目が覚めたネイが半身を起こし優しく諭すとグリュウは改めて皆を見回して一行の思いやりに応える為、一言だけ告げた。
「まだ迷う事もあるかも知れない。でも皆の想いに応えられる様、オレは今を精一杯生き抜くよ。それは絶対に、だ」
 そして一行は彼の宣言に、誰からともなく顔を綻ばせるのだった。