【小次郎先生】 立ちはだかる言葉の壁
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■ショートシナリオ
担当:蘇芳防斗
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月04日〜03月09日
リプレイ公開日:2005年03月12日
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●オープニング
「此処がこれからオレの勤める場所‥‥」
そう言ってケンブリッジに立ち並ぶ校舎群、その中にある冒険者養成学校『フリーウィル』を丘の上から見て一言、ジャパン人の男がジャパン語で呟いた。
「ま、楽しくやって行こうか! 暫くは時間もあるし、辺りを見て回って見聞でも広げるかー」
宣言しては明るい表情で歩き出す彼だったが、一つ見落としている事に未だ気付いていない様子‥‥それ故にケンブリッジへ来て早々、クエストリガーへと駆け込む羽目になるのだったが、そんな様子からはまだ暫く時間が掛かりそうだった。
「なるほど〜、お話は分かりました。しかし、言葉が分からないのにどうやってここまで来たのです?」
「途中までは通訳のシフールを雇ってここまで来たんだ、最低限の事はオレでも分かるからな! で途中で別れたけど、町の中に入ってからはもう何言ってるかさっぱり‥‥案外難しいな、イギリス語って」
あれから暫く、クエストリガーのギルド員が辺りをうろうろしているおかしな人物を見つけ、ここらでは見た事のない顔に怪しく思って尋ねてみれば言葉が通じない。
しょうがないのでシフールの通訳を急遽連れて来て事情を尋ねてみれば、言葉を教えてくれと来たもんだ。
これで体当たり的な教え方ながらも推薦されてはジャパンからわざわざやって来た先生だと言うのだから、ちょっと信じられない。
‥‥と、そんな事情を話しながらも頭を掻くそのジャパン人にギルド員はちょっと困った表情を浮かべながらも
「まぁ、ここまで来た以上つっけんどんに追い返す訳にもいかないでしょう。フリーウィルの先生としてこれから動かれるのであれば尚の事でしょうし‥‥引き受けましょう」
「済まない、恩に着る!」
実際に困っていて、このまま路上に放り出す訳にも行かないと判断すると彼の依頼を受ける旨、シフールを通して告げれば彼は明るい表情を浮かべて一礼する。
「それでお名前をお尋ねするのがまだでしたね」
「そう言えばそうだった、挨拶が先だったな‥‥オレの名前は十河小次郎。一応志士だが、体を動かす方が得意だ。今後、何かしらで世話になるかも知れないがよろしく頼むよ」
言い忘れていた肝心の事を尋ねられ、答える十河にギルド員の男性は改めて確認を取るのだった。
「それでは、依頼の内容についての確認ですが‥‥日常生活の範囲で使うイギリス語を教えて貰いたいと言う事でいいですか?」
「あ、それと簡単な歴史とか最近のイギリスとかについても教えて貰えると今後の為になるから、それも‥‥っと、あと此処の生徒達はどう言った授業が好きなのかも聞いておきたいからそれら全部付け加えておいてくれ」
そして十河はニッと笑った。
●リプレイ本文
ケンブリッジのやや外れにある、草原はちょっと小高い丘に一本寂しく佇む木の元、指定された時間通りに待つ一行だったが当の依頼人はまだ来ず。
「先生に言葉を教えるなんて‥‥そう経験出来る事じゃないわよね」
「そうだね、それに面白そうな先生だしちょっと楽しみかな?」
「意外ね、私と同じ考えだなんて」
「そうかな?」
「ふふっ。でも仰る通り、今後の為に良い経験が出来そうで楽しみですね」
それでも天気がいい事も重なってのんびりと待つ一行の中、事あるごとに言い争っているナスターシャ・ロクトファルク(ea9347)とニーナ・ブリューソワ(eb0150)は珍しく互いの考えが一致する事に驚き、そんな二人の様子を見てソフィア・ファーリーフ(ea3972)は微笑むも
「普段生活していると忘れがちだが、しかしだな‥‥その国の言葉を話せないのにそれを忘れているなどとは、非常識にも程があるのではないだろうか。そもそも‥‥」
「まぁまぁ落ち着いて、シュリデヴィさん。先生も何か事情があって遅れているのかも知れませんし」
「同じ国の者として知らぬ振りは出来ないでござる。この楓‥‥出来る限りのお手伝いをするでござるよ」
当然な事が成されていない依頼人に偉くご立腹なシュリデヴィ・クリシュ(ea7215)が長々と思いの丈を吐こうとするのを察して、しわをきちんと伸ばした制服に帯刀する御山映二(ea6565)が笑顔で宥めれば同郷の神裂楓(ea9878)が今回の依頼に対して決意する。
しかしそれは皆同様で誰からともなく力強く頷いた、その時だった。
「やっ、すまん! 遅くなってしまって申し訳ない‥‥ってジャパン語じゃ分からない者もいるか」
足早でやってくる、その格好から日本から来たと察する事が出来る男性がやって来ると片手を眼前に掲げて詫びる仕草を取れば今回の依頼人、十河小次郎その人は羊皮紙を掲げ
「俺の名前だけど、とがわー、こじろうって言うんだ。ジャパン語だけど、こう言う字を書くんだ。情けない依頼で申し訳ないが宜しく頼む、な」
前半こそ(一応)イギリス語(っぽい感じ)だったが、後半は完全に日本語で本当に単純な所しか理解していない事を察する一行だったが、それでも益々やる気を持ってかその目を輝かせる。
「で、皆の名前も知っておきたいから自己紹介よろしく! これから色々教える事になる者もいるかも知れないからな」
「そうですね、それでは僕から‥‥初めまして、ラス・カラードと申します。よろしくお願いします、十河先生」
「ボクはカンタータ・ドレッドノートと申します。フリーウィル在学ですので今後先生の授業を受ける事も多いかと思います。宜しくお願いしますね」
そんな一行の様子に好感を持って、先程より声のトーンを一段上げて言う十河にジャパン語で自己紹介を始めるラス・カラード(ea1434)と楓の通訳を介してカンタータ・ドレッドノート(ea9455)だったが
「先生なんて呼ぶなよ、照れるじゃないかー!」
そう言っては先生と呼んだ神聖騎士とバードの背中を思い切り叩く十河、その表情からはどうやら本気で照れている事が伺える。
「‥‥やっぱり気になりますか?」
と転んだ矢先にカンタータが被るフードがはらりと落ち、ハーフエルフ特有の耳が覗けば十河の視線に気付いてそう尋ねたが
「んー、まぁあれだ。種族だの敬語だのって何処の国でも五月蝿いが、みーんな同じ生き物だろう? って事で俺はそう言う事は気にしない。それと俺の事はコジローって呼んでくれよなっ!」
『わ、分かりましたー‥‥』
随分と砕けた考えの十河は答えにほと安堵してか微笑を浮かべる彼女だったが、しかしながらもその光景に残された面々は唖然と返事をすれば、十河は皆が自分の考えに理解してくれた事を察して満面の笑みを浮かべた。
‥‥ちょっと違う様な気もするが、あえて誰もそれは言わなかった。
さて、教師と生徒は教える側と教えられる側。
それが逆転する事は普通あり得ないのだが、今回の依頼はその立場を逆転させるもので教師と言う存在に憧れそれを目指す者からすればいい経験になる‥‥言う事で。
「‥‥はい、小次郎君。此処までは分かったかな?」
「何と無く分かりました!」
俄然張り切るのは十河より一行の方であって先生を目指しているのだろう、人への教え方に長けたソフィアを中心に教えるも十河相手にそれは時折苦労を強いられていたが
「Is this what?」
「‥‥これは何ですか? と、お嬢様が言っているでござる」
皿を指差して問いかけるゆっくりと喋るニーナの言葉を訳す楓に、首を傾げて逡巡する十河だったが
「‥‥‥‥This is the plate!」
皆のアイデアから身近な物や簡単な単語から教えていく案は、僅かずつではあったが着実に蓄積されていた。
「You will do pleasantly with everyone, don't you think?」
「う、む‥‥‥‥それは分からん」
がまだちょっと彼には難しい、普段使う日常会話を時折混ぜる事も忘れない。
「会話は、言葉だけで行うのではありません。表情や動作も見ていれば何と無くですが分かる事もありますよ」
「なるほど、それもそうか」
「では、それを踏まえた上でもう一度‥‥」
だが詰め込み過ぎも良くないと言う事からか、一休みを兼ねイギリスについての事も十河の希望に沿ってその合間に教えたり、逆にジャパンについて教えていたりもした。
「ジャパンにはそんな物があるのか?」
「外国の人間から見れば、見た目悪く食べる気が起きないかも知れないが美味いぞ〜」
「食に関してはジャパンも変わったものが多いですね」
「着る物も変わっているでござるよ、着物ほど着る物が大変な服はないでござろう」
「ほー、しかし着てみるのも面白そうだな」
十河や御山、楓が故郷を思い出して話す光景に特に先程まで根気よく雑用をこなしていたシュリデヴィが感心すれば
「‥‥なるほどね、それらの話は耳にした事はあるけど大変だったみたいだなー」
「変態については過去進行形ですけどね」
ケンブリッジで昨年起きた事件に変態や怪盗についての話を聞いて、複雑な表情で呟く十河に補足するラスが苦笑を浮かべたり。
そんな話を挟みつつも、授業は次のステップに移行する。
「習うより慣れろ、今度は実際に会話をして見ましょう」
「‥‥そうだな、暫く学食に篭り切りで流石に気が滅入って来ていた所だし丁度いい!」
御山の実践ありきな発言から外での実地もやろうと言う提案に、十河は諸手を挙げて賛成する。
‥‥それもその筈で頭から煙を上げながらも頑張っていたのだから、一行はそんな彼の子供っぽい様子に微苦笑を浮かべたが
「普通ケンブリッジに来るのならばイギリス語を学んで来ると言うのは当然だろう。それを忘れるなど、教師として如何な物か? 大体だな‥‥」
「もう勘弁してくれよ、反省してるからさ。なっ‥‥じゃ、行こうぜっ!」
再び始まったシュリデヴィの長い説教に一言詫び、彼女が何か言うより早く十河は逃げる様に食堂を飛び出すと一行も彼を追い駆けて街中へと飛び出して行った。
と、色々ありながらも皆一丸となって最終日は夕暮れ時を向かえ、日常で使う最低限のイギリス語(身振り手振り付)を辛うじて習得した小次郎は皆から何とか及第点を貰うと、今後の参考にとそれぞれが好きな授業等について尋ねていた。
しかし及第点なので、まだ分からない言葉も多い事から彼のサポートをニーナに仕える楓が務める。
「ボクはそろそろ近接時の刀剣の扱いを覚えたいと思っています。今は戦闘でほとんど役に立てませんから」
「私は剣の稽古とか走る授業とかが好きかな」
「やはりフリーウィルの方々は実際に体を動かす実技訓練等が好きなのではないかと思います」
「そうだな! 心身ともに元気が一番、その為にはやはりそう言った授業がいいよな〜」
「それと一度、小次郎さんと試合をして貰いたいなと思ってるんだ」
「よし来た! だが手加減はしないからな!」
そう言う三人に頷き返し、自身も得意だと言うだけあって張り切る十河に苦笑を浮かべる一行。
「ニーナらしいわね。私はそんな事よりも精霊魔法学や精霊碑文学、図書館での読書と言った授業が好きね。魔法の腕をもっと磨きたいし、古い歴史を知る事は面白いからね」
「そうだな‥‥やはり僧院ではやらない様な、実践的な魔法の授業が好きだな」
「‥‥前向きに検討するよ、嫌いじゃないんだけどな」
「嫌いでないのならぜひやって頂きたい! そもそも小次郎は志士なのだろう? 魔法が使えてこそ‥‥」
今回はニーナと正反対なナスターシャが魔術師らしい回答を述べれば、シュリデヴィも彼女に賛同するも、その話には乗り気なく返事する十河に説教好きな僧侶は攻め立てる。
そんな彼女を宥めては何とか答える十河だったが、徐々に沈むトーンを聞く限りではやはり頭を使う分野は余り得意ではない事が改めて伺えた。
「あー、分かった。俺が悪かった! しっかりそっちの方も勉強して、皆に教えられる様にするさ。あぁ‥‥する‥‥さ」
「頑張って下さいね、それで私なんですがケンブリッジ内の珍しい建物や場所を探検するとか、やはり困っている方の問題を解決する様な授業してみたいですね。それと皆で共同浴場に行ってみたいです、ご存知ですか? 大勢で入浴するそうですよ‥‥珍しいですよね」
「ほー、変わった事を言うなぁ〜。でも面白そうでいいな! 何かあったら授業の一環として皆と一緒に動いてみる事にしようか」
「ぜひ、宜しくお願いしますね」
落ち込む先生を励ましては一風変わった発言をするソフィアに、顎に手を当て思案する十河だったが力強く頷き返すと、彼女は返事の代わりに微笑を一つ。
「‥‥と、もう夜も近いか。皆、今まで色々と済まなかったな。おかげで少しはマシになったよ」
「時間のある時じゃが、もっとイギリス語を覚えて貰う為に拙者が会いに行くでござるよ」
「お、悪いな! その時は飯位なら奢ってやるからな」
「それとこの聖書を読んでイギリスの語学、文化を理解して下さい。この聖書が読める様になればイギリス語はもう完璧ですよ。ケンブリッジの一教師として生徒達の育成に励んで下さいね。それでは、あなたにセーラ神の御加護があらん事を‥‥」
皆の話を一通り聞き終えてふと空を見上げれば、空が黒く染まり掛けている事に気付いて最後の挨拶をすると、楓とラスの気配りに感謝して
「おう、これから俺も皆と一緒に頑張るから宜しくなっ!」
『はーい、先生!』
「ばっかー、照れるじゃないか!」
彼の決意に一行は思わずそう言うと‥‥十河は皆まとめて吹っ飛ばすのであった。