【何でもござれ】 〜元気のない彼に贈る〜

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月15日〜03月30日

リプレイ公開日:2005年03月22日

●オープニング

「‥‥‥‥はぁ」
「いつまでもしょぼくれていないで下さい、アシュド‥‥」
 ノッテンガム市街の片隅、以前の事件‥‥捕縛したゴーレムが逃走した事件だが、それをきっかけに領主であるオーウェンが彼の屋敷を調査し、暫くの間屋敷への出入りを禁じられた事が今回の依頼のきっかけとなる。
 あれから一ヶ月半の時間が経ち、事件から数日後に出た領主からの回答に日々塞ぎ込む様になったアシュド・フォレクシーは今日も今日とて飽きずにベッドで不貞寝。
 慌しいながらもそんな彼を心配するルルイエは今日も声を掛けてみるが、相も変わらず反応がない様子にどうしたものかと困り果てていた。
「何も屋敷が没収されたと言う訳ではありませんし、もう暫くすれば戻れますよ。それから今回の件を踏まえた上で対策さえ練っておけば‥‥」
「はぁ‥‥」
 それでも優しく、再度呼び掛ける彼女だったが先程と変わらず彼方を見ては溜息を一つつけばそれに釣られて、ルルイエも思わず溜息。
「‥‥こうなっては、皆さんの力を借りる他ありませんね」
 やがて頭を振ってはその考えに至ると、彼女は窓から遥か虚空を見上げるアシュドの心配をしながら足早にその部屋を退出して行くのだった。

「‥‥参りました、この様なケースは初めてなので」
 六日後、キャメロットは冒険者ギルドにてそれなりに長い付き合いになった受付嬢に呟いては相談を持ちかけるルルイエの姿があった。
「あの件は相当堪えた様ですね、でも以外に女女しい所があるんですねアシュドさんも」
 受付嬢が微苦笑を浮かべ、彼女を和ませようと話を振るも帰ってきたのは沈痛な表情のみ。
「‥‥そうですね、とりあえず人を集めてみて相談に乗って貰う事にしてそれからアシュドさんを元気付ける何かを一緒に探してみませんか? ルルイエさんもいつもとちょーっと落ち着かない様だけど、沢山の人から話を聞けばきっといいアイデアが思い浮かびますよ!」
「‥‥そうですね」
 彼女の明るい提案に、やっとルルイエも微笑を浮かべて答えると受付嬢も微笑んでそれから早速依頼を認めようとしたが
「こんな抽象的な内容の依頼、もしかしたら初めて受けるかも‥‥大丈夫かな?」
 僅かな不安を覚えながらも、人の良さ故にルルイエを放ってはおけない受付嬢は気を取り直して依頼内容を頭の中で構築し始めた。

●今回の参加者

 ea0606 ハンナ・プラトー(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5866 チョコ・フォンス(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5981 アルラウネ・ハルバード(34歳・♀・ジプシー・人間・ビザンチン帝国)
 ea6914 カノ・ジヨ(27歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea7209 ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea7509 淋 麗(62歳・♀・クレリック・エルフ・華仙教大国)
 eb0870 焔 王牙(23歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1147 国盗 牙郎丸(48歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●道中にて 〜一つ、昔話を〜
「ルルイエさん、初めまして!」
「えぇ、初めまして‥‥とほとんどの方が初めまして、ですね。皆さん今回はよろしくお願いします」
「しかしそのアシュドさんの身に何があったんですか? 元気付けて下さい、なんて変わった依頼は早々ないから気になるのだけど」
 元気よく、赤い髪に美麗なローブを舞わせながらチョコ・フォンス(ea5866)の挨拶から始まったこの依頼。
 自慢の金髪を梳かしながら疑問符を浮かべ、この依頼に至るまでの経緯を尋ねるロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)のウィザードならではの細かな質問は確かに事実で、今回の依頼は珍妙な依頼なのだが‥‥彼女らの挨拶と質問に一行と向き直って挨拶を交わすルルイエ・セルファードは現に困っており、それを救う為に一行に協力を仰ぎ集まって貰った以上、どんな依頼であれそれは果たさねばならない。
「まぁ、なんと言ったらいいんでしょう‥‥管理不行き届きでゴーレムに殴られては逃げられ、その為にノッテンガムの研究施設が現在、領主の方に取り押さえられ‥‥等と言った諸所の事情が積み重なって、手の施しようがないまでに落ち込んでしまったのです」
「ふむ‥‥とりあえず、そのアシュドとやらを元気付けてやれば良いんだな?」
 掻い摘んでのルルイエの説明を聞いてロゼッタは納得して頷くと、己が成すべき事を確認する屈強な巨人の忍者、国盗牙郎丸(eb1147)が野太いながらも柔らかな声音で尋ねると
「はい、私も頑張ってはみたんですが彼も中々頑固な所があって‥‥」
「でしょうねぇ、あれだけゴーレムが好きだからね。色々と手が焼けるわ、ルルイエさんも」
 ルルイエの返事に、この依頼の面子の中で唯一彼らと面識があるアルラウネ・ハルバード(ea5981)はそう呟くも、面倒見のいい彼女の表情は満更でもなさそうだったり。
 だがアシュドとの面識のない者が多い一行にいささか不安を覚え‥‥
「ゴーレムを愛する余り、ね‥‥他人の趣味はとやかく言わねぇけど、それで人様に迷惑かけんのは良くねぇよな。っと‥‥追い打ちかけてもしゃあねぇか。しょぼくれられてても鬱陶しいしな‥‥ちぃとばかし、気合入れてやるか」
「そうだね、深く考えたって始まらないし‥‥とりあえず、私の音を聴けー! って位の勢いでね」
 させない様、ぶっきらぼうにだが彼なりの優しさを込めて言い放つ武道家の焔王牙(eb0870)に、彼の考えに賛同して頷くハンナ・プラトー(ea0606)が明るくそう言えば、自らの相棒であるリュートベイルを軽くかき鳴らす。
「ありがとうございます‥‥でも」
「大丈夫ですよ、人は悩む事で成長するのだと思います。だから余り心配し過ぎずに、長い目で見守りましょう。それとルルイエさんがそんな調子では私達も頑張る事が出来ませんから、ね」
 そんな一行の気持ちに感謝して頭を下げる彼女だったが、すぐにその表情に影を落とすと淋麗(ea7509)はその若々しい風貌と僅かにギャップのある、年相応の発言で彼女を諭し励ますと、何とか笑顔を浮かべたルルイエの表情に一行は安心して
「それじゃあ行きましょうか、アシュド君を元気付ける為‥‥ノッテンガムへ」
 誰にともなくアルラウネはウィンクを一つ飛ばすと、皆は一路ノッテンガムを目指して歩み出した。

「‥‥知り合った頃のお話とかですか?」
「そうそう、どう言うご縁が合ったのかなーって気になっちゃって」
 道中にて、首を傾げるルルイエの隣を歩きながらうんうんとツインテールを揺らして頷くのはチョコ、目を輝かせてその答えを待つ彼女にアルラウネもふと気付く。
「そう言えば私も聞いた事がないわ、気になるわね‥‥」
「顔見知りのアルラウネでも知らないってんなら、気になるな」
 生きとし生ける者は好奇心を常に持ち合わせており、アルラウネの一言から皆のそれは燃え盛るとルルイエに詰め寄る。
「え、えーと‥‥話さないと駄目ですか?」
『‥‥‥‥』
 そんな彼女は皆の視線を一身に受けながら珍しく慌てるも、返ってくるのは無言のプレッシャー。
「‥‥分かりました、少しだけですよ」
 その沈黙が続く事、暫し‥‥やがてルルイエが根負けして呟くと少しずつ、昔の話を語り始めた。
 静かに流れ出す、ハンナが奏でるゆったりと落ち着いた曲の中で。

「父さん、その子は?」
 今から十年近く前、アシュドさんの屋敷。
 ある日‥‥彼の父親に手を引かれて現れた、私の事について尋ねるのはその頃のアシュドさん。
「あぁ‥‥ちょっとした事があってな、身寄りがなくなった子だ。これからこの家で一緒に暮らすから、仲良くしてやれよ。お前と一緒に魔法を教えるつもりだから、努力を怠るなよ。才能だけならこの子の方が上だからな」
「‥‥‥」
 アシュドさんの問い掛けに彼の父親がそう答えるも、私は‥‥何の反応を取る事も出来ずにただ佇むだけでした。
 その虚ろな目は何を見据えていたのか私は覚えていませんし、当時の彼にも分かる筈はなかったのですが‥‥彼の言葉を今でもまだ覚えています。
「大丈夫、まだ君は生きているから‥‥諦めないで、生きる事を。君に何かあったら僕が守るから」
 そして手を差し出してアシュドさんは微笑むと、私の頬に何かが流れ‥‥私が生きている事を思い出させてくれたんです。

「その頃は随分と可愛かったんですね、それが今じゃ‥‥」
『‥‥』
「‥‥それ以上は言わないで下さい」
『‥‥‥‥』
 普通ならばいい話ないのだが‥‥普段の行いとは段違いな昔のアシュドに、チョコの率直な感想は最後まで綴られる事なく一行の沈黙に飲み込まれると、ルルイエはうなだれては否定せず静かに呟くと場を包むのは更なる沈黙。
 ‥‥何はともあれ、ノッテンガムへ着実に近付く一行の背中からは哀愁が漂い
「刻を経て、人とは変わるものですが‥‥それは残酷でもありますね」
 まだ見ぬアシュドを思い浮かべて囁く淋にルルイエも含め、皆は頷くのだった。

●いざ御対面 〜本当に、凹んでいるよ、アシュド君〜
「アシュドさん、お久し振り! 早く元気になって、ゴーレムのお話一杯聞かせてね。居座る気でお見舞い来たから、ってのは冗談で‥‥」
 晴れ渡る空の元、やがて到着するノッテンガムの市街地にあるアシュドの仮住まいにて一人の使用人が皆に紅茶を出しては恭しく一礼して部屋を出る中、チョコは楽しげにそう呼び掛けたが彼は沈黙を返すのみ。
「っちゃ、なんか話以上の凹みっぷり?」
「‥‥なぁ、この腑抜け叩いていいか」
「賛成だな」
「み、皆さん、少し落ち着いて下さい。一応病人なのですから」
 そんな彼の様子にハンナは額に手を当て、喧嘩っ早い焔とそれに賛同して国盗はベキボキと拳を鳴らせば、慌てふためきながら微妙なフォローで二人を宥めるロゼッタ。
「いつか、ゴーレムに命令をかける方法が分かれば、ちっちゃいゴーレムで試した方がいいよね。『危険』だから」
 そんな訳で場は一時騒然とするがそれでも挫けずにチョコは、人伝で聞いた話を元に作り出した木彫りの、ジャパンの埴輪と言うゴーレムに似せた事から「はにゃ君」と名付ける人形の手足を操りアシュドに見せ付けると
「!」
 僅かに反応するも、暫くすれば何かさっきより落ち込んだりして。
「こんな調子じゃ、少し心配だけど‥‥ルルイエさん、お願い」
 その彼の様子に不安を募らせ珍しく顔を曇らせるハンナだったが、窓の外に映る『それ』を確認するとルルイエはアシュドに囁きかけた。
「アシュドさん、窓の外‥‥何かいますよ?」

 遡る事、小一時間程前。
 アルラウネはアシュドの仮住まいからマジカルミラージュを使うのに程良く離れ、それなりに見渡しのいい丘を見付け、その天辺に一人陣取っていた。
「やっぱりアシュド君にはゴーレムしかないし、例えお馬鹿な事してもゴーレムを追っている貴方が一番キラキラしているわ。だから‥‥目を覚まして。そしてまた一緒に冒険しましょう」
 静かに微笑み、呪文の代わりに紡がれたその言の葉は程なくして形を成す。
 だが彼女はアシュドの事を心配する余り、ある事を失念していた。
 彼の事を良く知っているからこそ、見えなくなるものもあるのだと言う事を。
 それに人とは皆が皆、思っているより強くはないと言う事を‥‥。

「うあぁぁぁああああぁっ!!!」
 窓の外に現れたのは二足歩行の鳥を模したウッドゴーレム、その嘴に咥える花束を差し出すが見る者から比較的近くに展開された蜃気楼はゆらりと歪んでいた。
 それでもルルイエに皆も一緒になって彼に呼び掛けると‥‥ハンナが曲を奏でる暇を与えずにアシュドの絶叫が部屋に響き渡る。
 どうやら先日の件が今もまだ彼の心を蝕んでいるらしくそれに起因するゴーレムの幻影を見て
「‥‥参りましたね、少し離れている間に此処まで進んでいたとは」
 そんなアシュドの様子を見ていられないと、目を伏せて呟くルルイエに皆もまた沈黙を重ねたが
「もー、アシュド君に捧げる曲も折角気合入れて練習して来たのに‥‥このまま終わったんじゃ私の気が済まないっ!」
 人を楽しませる事を天然で理解しているハンナが場の雰囲気を即座に察すると、リュートベイルの弦を弾いて明るい音色を連ね始めた。
「下手だなんてとんでもない、とてもいい曲ですわね」
「負けていられません、これしきの事で‥‥それだけ傷付いているのならそれ以上に癒してあげましょう、アシュドさんの心を」
 音楽にはそう詳しくない一行だったがそれでも挨拶の際に然程上手くない楽器の腕前だと言っていた彼女のリュートベイルから流れ出でる音にロゼッタが感心すれば、皆も頷いてやる気を取り戻すと、淋の新たな決意を受けて次の作戦準備に取り掛かった。

「‥‥所でどうなったかしら? 戻っていいものかしらね」
 マジカルミラージュの効果は切れたものの引き返す算段まではしていなかった事に気付き暫くの間、丘の上で一人悩むアルラウネ。
 その後、ハンナが駆けつけては作戦が失敗した事を聞くと意気消沈するも
「一筋縄じゃいかなかったのね‥‥流石はアシュド君ね、でも‥‥」
「おーい、大丈夫かなー? 次の作戦行くよー」
 遠くを見つめてはまだ秘めたる野望にアルラウネは燃えるのだった。

●そしてピクニックへ! 〜心の洗濯を〜
 初日は結局あれから、アシュドを宥めるのに手一杯だった一行。
 そんな訳でアシュドが落ち着くまで待った翌日‥‥
「アシュドさん、部屋に篭っているだけでは気が滅入るだけですわ。お散歩でもして森の方にでも足を伸ばして見ませんか?」
 ロゼッタの提案に、虚ろな視線を返すだけの彼にどうしたものかと困る女性陣だったが
「そのまま此処にいる事でお前さんは何か変わるのか? 何も変わらんなら外に出たって構わんだろう‥‥さ、そうと決まれば善は急げだ!」
 そんな時に頼りになるのは男達。
 焔はアルラウネに淋を連れて買い物に出ていたが、仮住まいに残る国盗の呼び掛けに小さく頷いたアシュドを見てニッと笑うと自称、天下の大泥棒はベッドからゆっくり這い出ようとする彼を豪快に引き摺り出しては抱えると、いの一番で部屋から飛び出した。

 ‥‥程なくして手近な森へと辿り着けば、少しの時間を置いて結構な量の弁当等を携えて焔達も合流すると適当な場所を見繕って腰を下ろす一行。
「ちょっと懐が痛い気もするが、まぁこんなもんだろう」
「十分です、お疲れ様でしたわ」
 ちょっと軽くなった財布にふとそんな事を漏らしつつも買ってきた荷を降ろす焔に労いの言葉をかけたロゼッタの髪を靡かせる、一陣の風。
「‥‥‥‥暖かいな」
 この依頼で初めてだろう、アシュドの言葉に一行は驚くと昨日が昨日だっただけに途端、賑やかになるのは当然な訳で。
「天気のいい外でマイ相棒を弾き鳴らすのもやっぱ楽しいよね、と言う事で精一杯頑張るんで聞いてね」
「それじゃあ私も‥‥久し振りに踊ってみようかしら」
 音楽と言う存在が余程好きなのだろう、ハンナは言うとさっきよりもアップテンポな曲を奏で始めればアルラウネもそれに乗って舞い始める。
「ほら、アシュド君も‥‥一緒に踊らない? 少しは体も動かした方がいいわよ、最近篭り切りだったでしょう、ね」
「あぁ‥‥でも今は、いい。そんな気分でも‥‥ない」
 舞いながら誘う顔見知りのジプシーに、しかし言葉短く断るアシュド。
 少しうなだれるも野望を悟らせまいと舞を続ける彼女だったが、その表情に舞に影が差すのを見て取った焔が詰め寄ろうとする彼を制し、ロゼッタは静かな声音で話題を変える。
「‥‥キツネさんや野ウサギさんもそろそろ冬眠から目覚め出しそうなお天気ですわね」
「‥‥‥‥」
「草木も芽吹き出して、そろそろ待ち望んだ春がやって来そうですわ」
「‥‥?」
 響き渡る曲の中、辺りの景色を見回して含みのある言い回しで一人物思いに耽るエルフの魔術師に、何が言いたいのか微妙に察しながらも彼は首を傾げる。
 頭の回転もいささか鈍くなっているのだろう、アシュドの様子にロゼッタは少しの間だけ逡巡してから口を開く。
「‥‥そうですね。昨日より今日が、今日より明日がきっと良い日になっている筈ですわ。明日は今日と言う日を糧として来るのですから、今日をより良くしようと前向きに過ごせたのでしたら、その分明日の良い事は更に良くなる筈ですの‥‥と言う事を伝えたかったのです」
「あぁ、そうかもな。でも‥‥」
 まだ奏でられている曲に軽やかな鳥達の歌声が乗るが、表情を変えず呟くアシュドの声音には挫折と苦悩が織り込まれていた。
 だが、それと紡がれようとしていた言葉を察した淋は彼の手に自らの手を重ねて遮ると
「ごめんなさい‥‥少し、魔法を使わせて貰いました」
 高速詠唱で完成されたリードシンキングで彼の表層思考を読み取った事をまず詫びてから彼女は、凛とした表情を浮かべ再び言葉を紡いだ。
「何かを失う事、確かにそれ以上の苦痛はないかも知れません。でも貴方は立ち止まったままでもいいのですか? 失敗は成功の母と云います、恐れるべきものではありません。本当に恐れるべきは夢を失う時‥‥もし、貴方が夢を失っていないのなら落ち込んでいる場合ではありません。それに、貴方を応援してくれる人が沢山いるではないですか。自分の為だけでなく、その人達の為に頑張るのもいいのではないですか?」
「分かっている‥‥けれど怖いんだ。今度は大事なものを失いそうで‥‥」
「いくらなんでも一人で食べ過ぎじゃあないですか?」
「そうか? これでもいつもと変わらないつもりなんだけどよ」
「まぁ少し位ならいいだろうて、食べた者勝ちだ!」
「‥‥皆さん楽しそうですわね、向こうで少し休みましょう」
 余程堪えているのだろう、彼女の言葉を理解しながらも思考はそれに追いついていない彼の様子に、三人から少し離れた場所で焔の大食いを宥める一行の元に誘うロゼッタと彼へ手を差し伸べる淋に、その手を取るべきか逡巡するアシュドへ苦笑を浮かべ「大丈夫ですよ」と言えば、また一陣の風が舞う。
「冷えてきやがったな。風邪でも引かれて余計に凹んだりしたら俺らが困るから、一度戻るか」
 いつの間にか空に雲が現れては太陽を覆い、日も傾いていた今度の風は少し肌寒く動き易いが故に軽装な焔が身を一つ震わせて提案すれば皆は頷いて歩き出す、その中でアシュドは小さく笑うと、帰路へと着いた。

●現実を見据えよう 〜本当の優しさとは?〜
「ほうら、首も回るし手も足も動かせるよん♪ って人形は嬉しくない?」
 日は完全に落ちた闇の頃‥‥月に星は雲の向こうに隠れその姿を隠せばいつもより濃い闇が辺りを包んでいた。
「今は興味がないし‥‥そもそもそれは君の力無しでは動かないだろう? そんな無駄なものを作っても私にはふざけているとしか見えないが‥‥」
 夕飯も済ませ、アシュドの部屋で語る一行の中でチョコが「はにゃ君」を彼に見せ付けると返って来るのは酷く感情が抜けた、ただ冷たいだけの言葉。
「ふざけてる? あたしはいつでも真面目だよ? 様々なモンスターの事について知識を深めたくて、でもゴーレムについてはアシュドさんの協力が必要なんだから! 友達が元気ないと悲しいよ‥‥だから、元気になるのだ!」
「そうそう、落ち込んでばかりじゃダメダメ。ひとりぼっちじゃないんだからさ、ね」
 流石に彼のその態度に引っかかるものを覚えたチョコが叫ぶと、落ち着く様にとハンナが彼女の肩を叩きながらアシュドと目を合わせ、励ますも
「君達は人の‥‥僕の気持ちが分かるのか? 分かるのならそっとして置いてくれ‥‥」
「おい、いつまでも腑抜けてるんじゃねぇ! お前がどれだけ凹んでいるのか、確かに分からねぇよ‥‥けどな、お前も分ってないだろうがっ! どれだけの奴が心配しているのか分かるか!?」
 彼女から目線を逸らして言うアシュドに焔は遂に我慢も限界を迎え、勢い良く彼の胸倉を掴み掛かって叫ぶと、荒れた息を整えて今度は先程と打って変わった静かな口調で
「‥‥お前よぉ、ゴーレムが好きなんだろ? だったら、ゴーレムを取られちまった今こそ、ゴーレムを返して貰うにゃどうしたらいいかを考えなきゃ行けない時じゃねぇのか? 好きなもん取られたからってふてくされてるだけじゃあ、本当に好きとは言えねぇ。取られたんなら、取り返す事を考えなきゃな‥‥」
 アシュドに説くが先程の勢いは何処へやら
(「‥‥なんか取られたら取り返せだの恋愛話か何かみたいに聞こえるのはなんでだ‥‥」)
 そんな事をふと思っては一人うなだれる。
「まぁ、なんだ‥‥過去にやらかしちまった事はやらかしちまった事。しかたなかったで片付けるのは良くないが、だからと言って今そんな風に落ち込んだって過去の何が変わる訳でもあるまい? 寧ろ、今ここで過去をきちんと反省した上でこれからの為になる事‥‥そうだな、お前さん、ゴーレムが好きなんだろう? だったら、これからは好きなゴーレムをより安全なものとし、領主や市民に受け入れて貰える様なものにしてみたらどうだ?」
「‥‥!」
 そんな事とは露知らず、いきなり静かになった焔に一行は首を傾げながらもその後を継ぐのは豪放な性格の持ち主である国盗。
 その性格とは裏腹な彼の紡ぐ言葉に今まで俯き、静かに皆の話を聞くだけだったアシュドはハッと顔を上げる。
「そうか‥‥今まで私はただ自分の為だけにゴーレムを使おうとしていた、けれどそれでは‥‥」
「手に余る力は振るう者の意思一つで容易に誰かを傷付ける事も出来るけど、考え方を間違えなければ誰かを守る事だって出来る筈よ」
「それが実践出来れば、お前さんの手にゴーレムを返してくれるかも知れんぞ? 今は研究用の屋敷が取られちまったかも知れんが‥‥頭で考える位の事は出来るだろう」
 呟く彼は、微笑みを湛えるロゼッタと国盗の続く言葉に少しずつ突き動かされていく。
「そうだな。なら、もっと知識を得てゴーレムの事について理解しなければ。それには‥‥」
「良かった、少しは元気が出たみたいね」
「でもでも! 身近にいる大切な人にこんな表情させていたんだよ? 心配させないでね」
 ブツブツと一人思考の波に飲まれるアシュドの様子に安堵する皆だったが、チョコだけは少し前向きになった彼の様子だけでは治まらず、いつの間に描いたのかルルイエの悲しげな表情が描かれた一枚の羊皮紙をぺちんとアシュドに叩きつける。
「あっ、でもこんな顔をさせる事が出来るんだよ、貴方は。それも忘れないで」
 言って更にもう一枚、今度は笑顔を浮かべるルルイエが描かれている。
「ゴーレムも大事だと思うけど、それ以上にもっと周りの人の事も気にしてあげないとねー」
『全く、昔の約束は何‥‥』
「待て! なんでその話を!」
『‥‥さぁ?』
 二枚の羊皮紙とチョコの言葉にアシュドが固まれば、ハンナの追い討ちに皆も同意して道中で聞いた話を言おうとすれば、それを遮るアシュドに邪な笑みを浮かべしらばっくれる一行に
「なんで知ってるんだー!」
 アシュドは雲に隠れた月がようやく現れて白々と人々の住まいを照らす中、久々に上げるであろう絶叫が辺りに響き渡るのだった。
「やっぱりアシュド君はこうでなくっちゃね」

●拝啓、お元気ですか? 〜アシュド君からの手紙〜
 あれから数日後、キャメロットの冒険者ギルドの一通の手紙が届いた。
 差出人はアシュド・フォレクシーの名が綴られている。
「立ち直っていればいいけどねー、先日初めて会った時の調子で書かれていたら嫌だなぁ」
「それは大丈夫でしょう。それじゃ、読みますね〜」
 アシュドを励ました冒険者達を呼びつけて、皆の前でその手紙を開封する中でハンナは手紙の内容を冗談めかしてそう予想すると、受付嬢は苦笑しつつも取り出したそれを早速読み始めた。

『拝啓。暖かな春の日差しが降り注ぐ様になって来た昨今、お元気でお過ごしになっているでしょうか? ‥‥まぁ形式ばったのは余り好きではないので、いつもの様に書かせて貰う。あの節は大変お世話になったと同時に迷惑ばかり掛けてしまい、誠に申し訳なかった。あの件を通して、自分が身勝手で小さな存在だと言うのに気付いたと同時‥‥私の周りにも心配してくれる人がいる事に改めて気付かされた』

「へっ、気付くのが遅いってんだよ」
「まぁまぁ、でも気付いて貰えて良かったですわ」
 椅子を傾がせて悪態を付く焔だったがその表情は何処となく綻ばせると、その真意を解しながらも彼を宥めるロゼッタもまた整った面立ちに微笑を浮かべる中、受付嬢は続きを紡いだ。

『‥‥まだ近くの人間も気遣えぬ程、人間的な器は大きくないが皆の言葉と今回の事を心に留めて、まずはノッテンガムの研究用の屋敷を取り戻せる様に頑張る次第だ。過去の事は悔いても縛られず、ゴーレムの有用性を世界に広めてみせる。時には協力を請う事もあると思うが、その時は何卒よしなに』

「元気になって、またゴーレムか‥‥あれはあれで良かったんだけどね。ま、いいわ」
「その時は頑張って手伝っちゃうよー!」
 少し残念そうにアルラウネは呟きを漏らしたが、嬉しそうなチョコの言葉に彼女も笑って頷いた。

『それではまた‥‥その日が来るまで今度は皆に迷惑を掛けない様、ゴーレムの正しい使い方を見出せる様に精進する事を誓って締めさせて貰う‥‥尚余談だが、新しい遺跡が見つかったのでまた近々、そこを調査しようと思っている。もしかすればその内に依頼として協力を要請するかも知れない‥‥その時は予定が空いていれば、力を貸して貰えると嬉しい限りだ‥‥それではまた。〜アシュド・フォレクシー〜』

「僅かでも成長した姿が見届けられて、安心しました」
「どうなる事かと思ったが‥‥全くだな」
 淋が微笑み未来に希望を持てば、国盗は改めて手紙を読もうと受付嬢の手から取ったがまだ読み慣れない文面にそれを早々に諦めると、天井高くに放り投げるのであった。
 今が元気であればそれでいい、次会う時に一回り大きくなっていれば。
 舞い落ちる羊皮紙を見て皆が皆、そう思っていただろうその時だった。
 冒険者ギルドの扉が勢いよく開け放たれたのは。

 〜Fin?〜