●リプレイ本文
「初めまして、ヴァージニア・レヴィンよ。生業は吟遊詩人で、歌う事が大好き。貴女はどんな歌が好きかな? リクエストがあったら言ってね」
ヴァージニア・レヴィン(ea2765)は両手を握って、15歳位の盲目の少女、シア・エルシュと挨拶を交わす。
少女の顔にまだ硬さがあるのを見てリト・フェリーユ(ea3441)は
「知らない人ばかりで不安かも知れないですけど大丈夫、皆いい人ですよ」
温かく彼女にそう言い、頭を撫でて微笑むとシアも少しぎこちない笑みを浮かべ
「シア・エルシュです‥外に出掛けるのは久し振りで迷惑を掛けるかと思いますが、よろしくお願いします」
「そう緊張しなくても大丈夫だぞ‥」
「そうですよシア殿。それに外に出掛けるのが久し振りなら尚の事、楽しまないと」
シアの挨拶に琥龍蒼羅(ea1442)と白井蓮葉(ea4321)もシアを和ませようと挨拶を交わす。
そんな彼らの気持ちを察し、彼女は深々と一礼した。
「それとイギリス語が話せない人もいるけど、彼も『よろしく』だって」
「その人、どこですか?」
リトが天宵藍(ea4099)のゲルマン語を通訳して話すと、シアが尋ねる。
彼女の問い掛けに天が近くまで行くと、空気の動きで察したシアの両手が中空を彷徨い、やがて彼の顔に触れ
「こちらこそ‥よろしくお願いします」
見えないものの、天の顔に目線を合わせて挨拶をすると彼は微笑んでシアの頭に手を乗せた。
「身の回りの事なら大抵は一人で出来ますけど、外では余り勝手が聞かないかも知れません。歩く時は手を引いて貰えれば助かりますね。食事の時はやはり誰かが付いて貰わないと・・」
「分かりました、シアが必要な時に手助けする程度で宜しいですか?」
「先々の事を考えるとそうしてもらった方がいいんでしょうね」
彼女の母親と話すアルアルア・マイセン(ea3073)は、彼女の事を案じながらもそう伝えるが母親はそれに頷いた。
本当の優しさは甘やかす事ではないと、表情で伝えるアルアルアに改めてシアの母親は
「よろしくお願いします、でもシアもそうですが皆さんも息抜きを兼ねて楽しんで来て下さいね」
そう笑顔で言うと彼女に、白井の提案で作った一つのお弁当を託した。
街道を目的地の草原に向けて歩く一同。
ヴァージニアとリトの歌を聞きながら、アルアルアに手を引かれて歩くシア。
最初こそ見知らぬ人と久し振りの遠出に彼女の表情は強張っていたものの、今では一同の温かい気持ちに触れて徐々に表情を柔らかくしていた。
出発して暫く、外で食べる母親のお弁当がいつもより美味しく感じる事に驚くシアを見て笑顔を浮かべる白井に、彼女の手を引きながらも時折静かに自然にどんな事をしているか尋ねたり自分の普段の事についても話したりするアルアルア。
彼女達のやりとりを琥龍と天は遠目に見ながら、荷物を積んだ馬を引いて辺りを警戒していたその時
「どうやら目的地に着いた様だ‥」
先を歩く琥龍の視界に広がるのは、爽やかな風でそよぐ草花に溢れた草原だった。
一同がその光景を目にする中、シアはアルアルアの服を引っ張り
「着いたんですね?」
「えぇ、これからどうしましょうか?」
シアの問い掛けに頬を撫でて返すアルアルアに、でも彼女は笑顔で
「折角ここまで来たし、少しでも長く‥遊びたいな」
靴を脱ぎ直に触れる草の感触を楽しみながら、シアとリト達三人は草原から流れの穏やかな小川に入り水と戯れる。
「気をつけて入ってね」
「そんなに深くないけど、ゆっくり」
彼女らの先導でシアもおずおずと、流れる水に足を浸す。
「冷たい‥けど、気持ちいい‥」
呟く彼女は両足を小川に入れ、足元を流れる水を掬うと辺りに撒き散らす。
シアが撒いた水は偶然白井に掛かると、彼女は短く声を上げて
「やったわね〜」
お返しとばかりにシアに軽く投げ返す、それを皮切りにヴァージニアにリトも水を掬っては投げ始める。
「余りはしゃぎ過ぎない様、気を付けて下さい」
女性陣で唯一、小川に入らず一同を身守るアルアルアの言葉にシアは
「アルアルアさんも入りませんか? 楽しいですよ」
満面の笑みを浮かべて答えたその様子に、釣られて微笑みを浮かべた。
そんな彼女に、シアは声のした方向からいる場所を察するとそこ目掛けて水飛沫を掛けるのだった。
女性陣が水遊びをする頃、男性陣が一人の琥龍はせっせとテントの構築に勤しんでいた。
「自然に溢れるいい所だな・・」
まだ暑い日差しの下、彼は呟き汗を拭う。
「そう言えば、天は大丈夫だろうか・・」
会話が通じない武道家が森に入ってから暫く経つ事に気付くも
「・・まぁここなら大丈夫だろうな、戻って来たら少し手合わせして貰うかな」
そう思い、彼は再びテントを張り始めた。
その天は森に危険がないか伺いつつ、夜に行うかがり火の為に大振りな薪を集めていた。
中々の重労働ではあったが一通りそれを終えると、途中で見かけた花畑へと足を運ぶ。
「シア嬢の為に花でも少し摘んで行こうか、香の強いものであれば分かってくれるだろう」
そう思い、花畑に入り香の強い花がないか探す天に木々の隙間を縫って明るい太陽の日差しが差し込んだ。
「イギリスも悪くないな、来た甲斐があったと言うものだ」
蒼天の空から指し込む日差しを見上げ、呟いた。
やがて日は沈み、鳥の囀りも止んだその日の夜。
天が日中に集めてきた薪を皆で山にし組み上げて火を付けると、暫くしてそれは燃え上がり辺りを眩しく照らす大きなかがり火となった。
一同はそのかがり火を囲い、シアを中心に談笑をしながら夕食を突付く。
やがてそれが終わると辺りに訪れる静寂、だがヴァージニアが一つの提案をした。
「静かな夜って言うのもいいんだけど、余り静か過ぎるのもあれだし・・また歌ってもいいかな?」
彼女の言葉にシアは頷くと、リトもやおら立ちあがり
「私も一緒に歌っていい?」
「勿論♪ だけど伴奏はどうしようか?」
「余り上手くはないが・・」
ヴァージニアの賛同に喜ぶリトと、疑問に答える様にオカリナを軽く吹き鳴らす琥龍。
かくして即席な組み合わせながらも、彼女達の歌が夜の帳に響き渡った。
〜夜の闇を切り裂くのは、流れる一筋の流星、眠る人々を見守るのは、静かに照らす月〜
〜夜は怖くないよ、星や月、私達を見守ってくれるから、だから安心してお休み〜
ヴァージニアの歌声に、その後に続くリトの歌声。
そして少しずれている気もするが、彼女達の歌声を支える琥龍のオカリナの音。
一同が聞きいる中、彼女達の曲はクライマックスを迎える。
〜夜、静かな夜、やすらかな夜、人はそれを抱いて寝るの、数多の星とただ一つの月に見守られて、そしてまた明日、頑張ろう〜
辺りに響いていた音が消えると再びの静寂が訪れるもシアの拍手が静けさを破る。
「とても・・良かったです。見えないけど何かが見えた様な、そんな気がしました」
微笑む彼女は拍手を続けながらそう言うと、聞いていた三人も遅れて拍手をする。
逆に歌い手側は、少し照れ臭そうだった。と、そんな時
「流れ星だ・・」
オカリナを片手に、微笑んでいるシアの背後を一筋の流星が流れた。
それから暫く、歌ったり今までに体験した冒険の話をする一同に様々な表情を浮かべて聞くシア。
が眠気には勝てず月が空に一番高く掛かる前にはお開きとなり、アルアルアは天から貰った花を持つシアを連れテントへ誘導し、残る一同は万が一を考えてまだ燃えるかがり火を絶やさぬ様に交替で周囲を見張った。
そして翌朝、早く起きたヴァージニアは
「朝の森って静かで空気がとっても美味しいからね」
そう言う彼女を筆頭に、まだ少し眠そうなシアと一同を連れ立って森へと入る。
森に入ってすぐ、シアは辺りをキョロキョロしだし
「なにか・・いる?」
呟いた矢先、少し離れた草むらを揺する白い影が一瞬だけ皆の目に映った。
天が「行こうか?」とリトに話しているその間に草むらに静かに歩み寄る白井、抜き足差し足と一歩ずつそこに近づいて行く。
も、後一歩と言う所で小枝が折れる乾いた音が辺りに響き、草むらから一匹のウサギが飛び出してしまう。
「えいっ!」
彼女もここまで来て逃がすまいとウサギに飛びかかる。
ばさささっ、と激しい音がして暫く草むらから顔を出した白井の腕の中で一匹のウサギがバタバタと暴れていた。
「お疲れ様です」
シアを先導して白井の元まで近寄り、声を掛けるアルアルア。
白井もウサギを抱えたまま立ちあがり、彼女の手を取ってウサギの頭に乗せた。
「・・これは?」
「ウサギって言う、白くて耳が長い可愛い動物だよ」
おずおずとウサギを触っていたシアだったが、白井の説明に頷くと先程よりもしっかりとウサギの頭を撫で始めた。
「さぁ、そろそろ朝食を取って・・帰り支度をしよう」
琥龍が太陽の位置を確認して呟くと、白井の腕の中で暫く大人しくしていたウサギが暴れると彼女の腕からするりと抜け出した。
「また・・ね」
ウサギが去って行くのを感じたシアは、走り去る方向に手を振った。
「無事に帰ってこその楽しいピクニック」
リトの言葉通り、あれから草原を発った一同は無事にシアを家まで送り届けた。
「行く前と違って随分明るい顔をして・・本当にありがとうございます」
礼を言うシアの母親に、一同はシアと母親に一人ずつ別れの挨拶を交わす。
「『今度会う時までにイギリス語を覚えておくから』だって」
「楽しみに・・していますね」
最後に、リトを通しての天の言葉を伝えるとシアはそう言って笑顔で頷いた。