【聖人探索】インビジブル・ストーカー

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:7〜13lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 60 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月10日〜09月25日

リプレイ公開日:2005年09月19日

●オープニング

 ――それはオクスフォード候の乱の開戦前まで遡る。
「王、ご報告が」
 メレアガンス候との戦端が開かれる直前のアーサー王を、宮廷図書館長エリファス・ウッドマンが呼び止めた。
 軍議などで多忙のただ中にあるアーサー王への報告。火急を要し、且つ重要な内容だと踏んだアーサーは、人払いをして彼を自室へと招いた。
「聖杯に関する文献調査の結果が盗まれただと!?」
「王妃様の誘拐未遂と同時期に‥‥確認したところ、盗まれたのは解読の終わった『聖人』と『聖壁』の所在の部分で、全てではありません」
 エリファスはメイドンカースルで円卓の騎士と冒険者達が手に入れた石版の欠片やスクロール片の解読を進めており、もうすぐ全ての解読が終わるというところだった。
「二度に渡るグィネヴィアの誘拐未遂は、私達の目を引き付ける囮だったという事か‥‥」
「一概にそうとは言い切れませんが、王妃様の誘拐を知っており、それに乗じたのは事実です。他のものに一切手を付けていないところを見ると、メレアガンス候の手の者ではなく専門家の仕業でしょう」
「メレアガンス候の裏に控えるモルゴースの手の者の仕業という事か‥‥」
 しかし、メレアガンス候との開戦が間近に迫った今、アーサーは円卓の騎士を調査に割く事ができず、エリファスには引き続き文献の解読を進め、キャメロット城の警備を強化する手段しか講じられなかった。
 ――そして、メレアガンス候をその手で処刑し、オクスフォードの街を取り戻した今、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

●赤い海
 見渡す限り赤だけが視界を塗り潰す‥‥壁も、床も、天井も。
 その中で何かが揺らめいて見えた様な気がしたけれど、僕の思考はそれを気にしている場合じゃなかった。
 僕の目の前で父と母が倒れていた、互いに何処にあったものか刃物を握れば互いを刻んだ末に最後はその左胸を刺し貫いて。
 それは突然の出来事だった、談笑響く夕餉と言う現実の中に響いた未来を指し示す小さな、小さな声が響けばそれは不自然でも現実と化す。
 奇怪な状況の中で僕の頭は悲鳴を上げる、現実として認識すべきか夢として認識すべきかと。
「勢い余って殺してしまったが‥‥まぁいい、口伝なら各地の状況を聞いてこいつに伝えているだろう、聞いてみる事にするか」
 そのただ赤だけの視界の中で何処からか声が聞こえる、何も見えないのに、ただ声だけが‥‥僕はもう現実を現実として認識出来なかった、これが限界。
 そして世界が音を立てて崩れていく様な錯覚の中で僕の意識が暗転しようとしたその時、ドアが悲鳴を上げたけど、そんな事はもうどうでも良かった。

●聖人と剣士と
「‥‥しつこいっ!」
 華奢な体躯から本来なら扱う事も困難だろう長剣を彼女はいとも容易く振り抜いて、追い縋るグレムリンを二匹同時に腰から両断すれば、レリア・ハイダルゼムは残る片手で半ば引き摺る様に無表情な子供の手を引いて思考を巡らせる。
「手遅れだったが‥‥まだ終わりではない、か」
 現場に駆け込んだ時には既に遅く、屋内の惨状を思い出し歯噛みするもまだ暖かみを帯びているその子の手を握りながら駆け、次の手を講じる。
「今の状況で『あいつ』に頼むのも癪だが‥‥そうも言ってはいられない、か」
 憮然とした表情はそのまま、更に眉根を顰めるも止むを得ないと割り切ればレリアは追手の気配が遠ざかって行くのを感じ、剣をその背にしまえば虚ろな表情を浮かべる子供を抱えて一路、ノッテンガム城を目指した。
 何処からか付かず離れず付き纏う視線をその背に敢えて受けながら‥‥。

●円卓の騎士
「また聖杯探索のお話、ですよね?」
 白き鎧を纏った男性の姿を確認すると彼が口を開くより早く尋ねると、頭を掻きつつ頷くユーウェインは何時もの温和な表情を浮かべたまま、言葉を紡ぎ出す。
「先行している知人から、接触すべき『聖人』が何者かの襲撃に遭ったと報告を受け、取り急ぎノッテンガムへ向かいたいのです。事態が急を要し、特別に馬車を借りられましたのですぐに動ける冒険者の力を借りて『聖人』と合流、その安全を確保しなければなりません」
「『聖人』‥‥『聖壁』と同じく『聖杯』の元へ導く鍵‥‥となると、すぐにキャメロットへ引き返してくるんですか?」
「それが出来れば一番安全なのでしょうけど‥‥」
 そしてざっと依頼の概要だけ示せば彼女の問いには、その表情を一変させ曇らせる。
「彼の両親が目の前で殺され、心神喪失状態の為にすぐには動かす事が出来ないでしょう事からノッテンガムに暫く留まる予定です、それに‥‥」
「それに?」
 重々しい口調で端的にそれだけ言えば、だが受付嬢は平静を装って言の葉を途中で区切った彼の次の句を尋ねる。
「その子の為に、今後の為にも、早めにその根源を絶ちたいんですよ。危険でしょうけど‥‥今度こそ、きっと‥‥」
 それに獅子の騎士、僅かに影を過ぎらせその最後を小さく紡ぐと首を傾げる受付嬢の様子に気付けばすぐ何時もの温和な表情に戻り、それは最後まで紡がず依頼の詳細についてを改めて語り出した。
「彼は今、ノッテンガム城で知人と共に匿われていますが話ではノッテンガムは今、別件で非常に慌しく‥‥『聖人』の警護含め、領主が人事の再編成を終えるまでの間だけ市街の外れにある領主の別荘を借り、私達が警護する事が今回の依頼です。そこならまだ当分の間、別件の心配をする必要はないそうなので」
「大変そうな依頼ですね、確かにノッテンガムはレギオンと言うモンスターが溢れかえっているという話は耳にしていますし‥‥そんな時期にタイミング悪く重なるなんて」
「ですが敵が既に布石を済ませている以上、こちらとしてはもう後手を踏む訳には行きませんから、此処まで来た以上‥‥前に進む他ありません」
 そのやり取りを通し、珍しく眉根を顰めては難しい表情を浮かべ、考え込む彼女へユーウェインは苦笑を浮かべつつ締め括り改めて一礼すれば、やがて彼女は自身の分身とも言える筆を手に取るのだった。

――――――――――――――――――――
 ミッション:レリアと合流し、二人と共に『聖人』の身を狙う悪魔を倒せ!

 成功条件:???
 達成条件:ノッテンガム滞在期間中の五日間、『聖人』を守り通した時。
 失敗条件:保護すべき聖人が重傷以上の傷を負った場合。
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 その他:『聖杯』に行き着く為の情報が一端へと導く『聖人』と『聖壁』。
 イギリスの各地にあるそれらを確保するのが今回、アーサー王が出したお触れです。
 今回の依頼はノッテンガムにいる一人の『聖人』、今はもう亡くなってしまわれた様ですが口伝と共に残されているその子供の安全を確保する為、悪魔の一団を殲滅して下さい。
 今回は特別にユーウェインさんが馬車を手配してくれたそうなので、そちらで現地まで移動して貰います。
 もし疑問等がありましたらその時はユーウェインさんまでお尋ね下さい。
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0453 シーヴァス・ラーン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3982 レイリー・ロンド(29歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea7487 ガイン・ハイリロード(30歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ラピス・リーフセルフィー(ea6428)/ ヨシュア・グリッペンベルグ(ea7850)/ フィラ・ボロゴース(ea9535)/ 紗夢 紅蘭(eb3467

●リプレイ本文

●Saint(聖人)
「皆さん、集まって頂き感謝します」
 冒険者ギルドの片隅、一行が全員揃った事を確認すると円卓の騎士、ユーウェイン・ログレスの物腰柔らかな挨拶に皆は笑う。
「‥‥どうかしましたか?」
「いや、円卓の騎士って言うからもうちょっと騎士然と言うか‥‥あぁ、別に悪い意味で言ってるんじゃないわよ」
 その理由に付いて、彼は皆を見回すと遠慮なく言うのはクレア・クリストファ(ea0941)。
 依頼を通して円卓の騎士と会うのが初めてだからこそ、想像していたそれと彼自身のずれに自嘲しながら彼へ言うも
「まぁ、よく言われますけどね」
 その円卓の騎士は柔和な顔立ちに苦笑を浮かべ彼女の言葉を肯定すれば
「ユーウェイン様、お久し振りです。その後、お変わり‥‥ない様ですね」
 相変わらずそうな彼を見てアルメリア・バルディア(ea1757)が安堵に微笑めば
「久し振りだ、ユーウェイン。先へ進む道と足場は‥‥見つかったか?」
 次いで以前、進む道に悩んでいたユーウェインを知るアリアス・サーレク(ea2699)も笑顔を湛え、声を掛ければ二人へ笑顔で応える円卓の騎士だったが
「積もる話もありますし、聞きたい事もあるでしょうがご存知の通り、時間がありません‥‥どうやら馬車も来た様ですし、続きは道中で」
 丁度外に馬車が来た事を察すると彼は皆の先に立ち、歩き出すのだった。

「私も詳しくは知らないのですが、聖杯へ至る為に『聖人』の口伝に『聖壁』に記された内容が必要になる、と先の探索から得た石版等から判明したのですが‥‥」
 ノッテンガムへ続く道を疾駆する馬車の中で多少揺れるのは止むを得ず、舌を噛まない様にレイリー・ロンド(ea3982)から問われた、今回の件に付いてそれに至るまでの経緯を語るユーウェイン。
「つい先日の戦争でそれらが奪われれば、『聖人』や『聖壁』を探そうとアーサー王が号令を下すより早く各地で、それらの命が奪われ壊される事態が起き‥‥今に至る訳です」
「あの戦争のどさくさにそんな事が‥‥それにはモルゴースも一枚噛んでいるか」
「えぇ、その可能性は高いです」
 要点だけの説明にレイリーは思いの他、大きな話に表情こそ冷静さを保っていたが伝う一筋の汗だけ、抑える事が出来ず呻く。
「『聖人』故に襲われる、か。自らの使命をどう思い死んでいったのだろうな‥‥いずれにせよ残された命は守る、聖杯が何だのは‥‥些細な事だ」
 そして静まる場の中、オイル・ツァーン(ea0018)が紡ぐ言の葉は皆も思っていた事で揃ってそれに頷くも
「えぇ、その通りです‥‥『聖人』だから助ける、のではなく助けを求めている者だからこそ守らねばなりません。それは、絶対に‥‥」
「‥‥そう言えば、向こうの様子はどうなんだ?」
 その中で表情に陰を落とし、先と様子が変わる円卓の騎士が様子に内心、首を傾げつつシーヴァス・ラーン(ea0453)はこの依頼で守るべき対象の、『聖人』が遺せし子の安否に付いて尋ねると
「今の所、無事ですよ。最近は襲撃もないそうですが‥‥それ故に次の襲撃は非常に危険でしょう」
 途端、彼はいつもの様子に戻りその問いへ答えるがふと立ち上がると幌の隙間を捲り、まだ見えぬノッテンガムの地へ想いを馳せた。
「この、命があるのは‥‥」

●Void(虚無)
(「‥‥正直、何を言っても陳腐な慰めにしかならないだろうし、俺には他に出来そうな事思いつかないんだよねえ‥‥現実を認識する事は辛いだろうが、目を背けたままじゃ何にもならない、苦しんででもきちんと今を生きて欲しいものだ」)
 『聖人』の子であるエドワード・ジルスを前にガイン・ハイリロード(ea7487)はそれを言葉にせず、己が心の中でだけ思えばその代わり、クレアから借りた鳴弦の弓を弾き闇に覆われた世界の中で一時、静かな曲を奏で皆は耳を傾けるが
「‥‥‥‥」
 一行が別荘に来てからもう二日になるが未だ何の反応を示さないエドワードはその調子のまま今日も佇むだけで、その反応を弓弾く騎士は予想こそしていたが、それでもその結果にうな垂れる。
 それだけに閉ざされた扉は堅い事を改めて一行は知るも
「そろそろ眠くなって来たでしょう? 大丈夫、私達が守るから‥‥今日はもう休みましょう」
 今は皆、それを無理にこじ開けようとせず昇る月の高さを察したアルメリアがエドワードの手を握り締め優しく語り掛ければ、彼はまどろみの中で僅かにその手を握り返し‥‥静かにその目を閉じた。

 それから何度かの交代を経た頃、裏手を警備するのは仕える神が異なる二人の神聖騎士。
「親を失った子の哀しみ‥‥痛い程よく判る」
 自身にも何か思い当たる所があっての言葉だろうか、ポツリと呟いたクレアの表情は闇の中に沈み、窺い知る事は出来なかったが
「それでも‥‥同情してやる事が本当の優しさだとは限らない、本当の優しさとは」
「同じ所まで堕ちてやる事、だろう? そんな事は分かっているさ‥‥」
 ルシフェル・クライム(ea0673)の言葉に、だがそれを遮って先に答えを言えば彼女は今日も明るく輝いている月を見上げる。
 照らし付ける月光の眩しさに思わず目を細めるもその視界の片隅に一つ、黒い点を見付ければ背後から舌打ちが響く。
「来たぞっ」
 魔法でそれを感知したルシフェルの警告に、クレアは静かに嗤うと
「丁度むしゃくしゃしていたのよね‥‥片端から叩き潰す!」
 警笛の代わり、オカリナを吹き鳴らせば両の手に魔の力が宿る武器を握り虚空より真先に舞い降りて来た悪魔目掛け、呪文を完成させれば即座に黒く塗り潰された空へ右腕を捻り、伸ばした。

●Invisible Stoker(見えぬ悪魔)
 二日の猶予を与えられれば一行が準備は万端、裏手より聞こえたオカリナの音を察しシーヴァスがその身を翻せば慎重にその手へ握る『石の中の蝶』を見やる。
「‥‥まだ近くにはいないが、気を付けろ」
 震える蝶のまだ僅かな揺れに少しだけ安堵しながらも、自らを戒める様に皆へ声を掛ければゆらりと立ち上がるオイル。
「‥‥宜しく、頼む。レリア」
「あぁ。こちらこそ、な」
 口数の少ない彼へ、これまた饒舌な部類には入らないレリアが短く返せば揃いも揃って寡黙な二人が交わすやり取りに一行は僅か、和むが
「済まない‥‥奴らは必ず倒す。喪った者が返って来る訳じゃないが‥‥せめて、な」
 眠たげな表情を擡げ、視線だけ彷徨わせるエドワードへアリアスが幕開かれる戦いの前に詫びると、『勝利』とルーン文字で書かれた鞘から聖なる剣を抜き放ち、掲げた。

 その頃、別荘正面ではアルメリアが準備して来たエール樽へ群れるグレムリンへ、円卓の騎士が駆け出せば白銀の閃光を一筋残し、一匹を切り伏せれば慌て飛び退る悪魔達はそれぞれに空中で詠唱を始めるも
「させません!」
 彼女は立て続けに印を組み魔法を完成させれば内二匹を同時に沈黙させ、そして残る魔達が放つ呪文は悉く抵抗する。
「‥‥余り張り切り過ぎなくてもいいですよ」
「いいえ、ユーウェイン様の足手纏いとなる訳には行きませんので」
 戦闘前に言っていた言葉の割、奮戦する彼女の様子に苦笑を浮かべるが自身もそれに負けじとユーウェインが宙に舞い剣を振るえば、視線を合わせ微笑む二人へ同胞達が次々と舞い散って行く光景に残された悪魔は戦慄を覚えるのだった。

「九ノ法! 月牙轟衝突ぅ!!」
 聖者の槍を振るうルシフェルより更に前に出ては叫び、魔の命を次々に刈り取るクレア。
 正面に比べると悪魔の数は多かったが、白の神に仕える神聖騎士の魔法がその攻撃を緩和させれば二人の前にグレムリン達は成す術がなかった。
「こいつで終いだっ! 処刑法剣五ノ法、破邪聖両断閃‥‥無に還れ、悪夢と共に!」
 そして最後の一匹へ高らかに宣告を下す様、両手に持つ二振りの剣を突き刺し上下と左右に振り払えば四つへと解体されたグレムリンは即座に肉塊へ化すと、それを彼女へ降り注がせる。
「‥‥残念だが、まだ残っているみたいだな」
 その光景にルシフェルは舌を巻くも、不意に周囲を取り巻く霧にシーヴァスの話を思い出し、その表情を引き締め互いに背を合わせると隙なく己の為にあるべき槍を構え直した。

「邪魔だ‥‥『転げてろ』」
 傾ぐ扉が奏でる音が響けば、次いでオイルが仕掛けたマントの簾が揺らぎ「それ」が舌打ちするより早くそれを仕掛けたレンジャーがインクの詰まった器を投げようとするも、響く言の葉に従う形で突如、体勢を崩し転倒する。
「‥‥くっ」
「魔法じゃねぇな、言霊か!」
「だけならいいけどな、しかし面倒くせぇ状況だ‥‥」
 呻くオイルの様子に先の光景を思い出し、叫ぶシーヴァスはエドワードの前でいつでも動ける様、剣を抜いて身構えたが彼の言葉に『それ』は嗤い、だが床一面に散る砂を見て呆れると皆の視界の片隅が揺らぎ、炎に包まれた翼を背負う悪魔が現れる。
 その行動は持つ力の自信から来るものか、悪魔の意図を図りかねる一行だったが
「そこの『邪魔な男』を『切り殺せ』」
 僅かな詠唱に再び言の葉がレリアへ向け紡ぐと、それに従い抜剣する彼女が振り被る先には『石の中の蝶』を持ち、エドワードを守るシーヴァスがいた。
「体、が‥‥っ」
「しゃ、洒落にならないな」
 呻くレリア、華奢な体躯の割に意外な膂力から振るわれる彼女の剛剣を辛うじて受け止めるも支え切れないと悟れば彼は慌て、友人からの借物を懐にしまい呻く中でその傍らを悪魔は駆け抜けようしたが
「やらせんっ!」
 闘気の盾を掲げ悪魔へ肉薄するアリアスが振るう輝く剣閃は、炎翼を広げ寸での所で避けるも
「これだけは、この音だけは絶対に止ませない!」
 次いでその俊敏な動きを鈍らせようとガインが力強く奏でる『鳴弦の弓』の音色に悪魔は顔を顰めたが
「小うるさいんだよ、『止まれ』っ!」
「この‥‥程度でぇ!」
 まだるっこしい手に悪魔が咆えれば闘気にて自身を高めている彼を言霊で封じ、僅かに音が止んだ瞬間に炎を体に纏えば次に奏でられる『鳴弦の弓』の効果を相殺し、一瞬の印で火球を掌に生み出してエドワード目掛け投擲する。
「だからやらせねぇっての‥‥しかしお前の炎、温いな」
 しかしそれはエドワードに当たる寸前、レリアの刃を苦心の末に流しては彼の眼前に立ちはだかり続けるシーヴァスの身を持って防がれると
「‥‥完膚なきまでに叩きのめすっ!」
 負けず嫌い故に出た彼の言葉が癪に障ってか、悪魔は醜悪な表情を更に歪め再び己の身を周囲に溶け込ませようとし、その直前‥‥一条の光が部屋に蟠る闇を切り裂き飛来した。
「ネルガル、ですか」
「もう少し正面の敵が多かったなら、危なかったですね」
 それを放つのは別荘正面の敵を早々に片付け、駆けつけたアルメリアとユーウェイン。
 何時もと違う円卓の騎士が怒りに近い雰囲気を纏っている事には誰も気付く余裕なく、だが空間に穿たれ浮かぶ白銀のナイフを目印に、ガインが弾き奏でる音の中で二人の騎士はそれを逃さず、飛翔する。
「心を操る悪魔が‥‥その痛みを知れっ!」
 真先に勢い良く飛び込むレイリーの連撃が内、一刃が不可視のネルガルがより早く右腕を捉え切り飛ばすと
「デビルよ、無に還れ!」
「ち‥‥っ!」
 次には一撃に吹き飛ばされる彼だったがその背後より止めと迫るアリアスが現れれば、舌打ちと指を弾く炎翼の悪魔。
 だが直後、それを合図にしてか部屋に立ち込める霧に一瞬彼は視界を奪われ‥‥それでも剣は振り抜いたが返って来た手応えは僅かに浅い。
「‥‥手前ら、覚えてろよ。『聖人』なんかもう関係ねぇ、この借りは必ず」
 怒気を孕んだ声がした方へ、騎士達は駆け出したが
「逃げた、か‥‥」
 掻き消えていく声に遠ざかる羽音を耳に捉え、オイルは落ち着いた声音で呟くも霧の中で一人、歯を食い縛る。
「次に返せばいい‥‥あいつが言う、『借り』を私達に返すより早くな」
 だが白き闇の中でも彼の心情を察し、レリアが自身にも言い聞かせる様にオイルへ声を掛けてはその肩を叩いた。

●Moving Heart(動き出す心)
「所でこれから、どうするつもりだ」
「そうですね‥‥ノッテンガムの騎士達が来てくれたとは言えまだあの悪魔が生きている以上、彼が動ける様になるまで暫くの間、此処に残ろうと思っています。口伝もそうですが、それ以上に彼の為に何か出来る事をしたいんです」
「そうか‥‥エドワード殿の事、頼んだ」
 あれから五日を経て、『聖人』を継ぐ事となったエドワードを守り抜いた一行を代表して円卓の騎士へ問うルシフェルに、強い光を宿す瞳で彼を見つめ答えを返すもすぐにそれを和らげ、白き神聖騎士へ頷き応えるが
「そう言えば、レリアさんとのご関係は?」
 このタイミングで何故か円卓の騎士へ尋ねたかった疑問を投げ掛けるアルメリアへ暫くの間を置いてユーウェイン。
「‥‥‥友人、ですが‥‥っ!」
 至って普通の答えではあったが最初の間が良くなかったのか直後、レリアが持つ剣の柄で脇腹を小突かれ彼が呻けば、彼女は皆へ視線を巡らせ『勘違いなき様に』と一瞥だけで訴えるも、彼女の思惑とは裏腹に場には笑いが満ちる。
「良く分からないが、まぁ頑張れよ‥‥ふ」
 ガインが円卓の騎士が肩を叩いて励ましながらも笑うその傍ら
「今は何も考えられないかも知れないけど思い出は心の糧になる。ただ俯いてばかりじゃあ二人共心配で天国へ行けないぜ、前を向いて進むんだ」
「何か困った事があったらこれを纏って冒険者ギルドに来てくれ‥‥必ず、力になるから」
 エドワードと別れを惜しんでかレイリーが彼の頭を撫で微笑みかければ次いでアリアスは彼へ、その身の丈より長いマントを羽織らせ彼へ誓うと
「‥‥‥‥」
 未だ変わらず無言のエドワードから口伝こそ聞けず仕舞いではあったが、ほんの少しだけ二人へまだ大分ぎこちないものの一行が着てから初めて浮かべる微笑を見て彼らは互いに顔を見合わせると、急ぎ皆を呼んでその喜びを分かち合おうとするのだった。