【レギオン】外伝 〜森闇胎動〜

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 60 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月09日〜10月24日

リプレイ公開日:2005年10月19日

●オープニング

「あれだけの力押しでも屈せぬなら、その残像が消えぬ内‥‥」
 梢を揺らし、樹から樹へと飛び移りシャーウッドの森を駆け抜ける黒衣の男。
 弟が率いる部隊の伝令から、現状だけ掴めば冷たい表情を変えず静かな声音で呟いた時。
 静かに、だが凄まじき勢いを持って振るわれる大振りのナイフが辿る軌跡から皮一枚の差で逃れる。
「何を企んでいるか、分からないが‥‥やらせん」
 それを振るう巨躯の男が肩口まで伸びる白髪を靡かせ、それだけ呟けばゼストが振るった一刃に次いで唸る風撃に黒衣は吹き飛ばされるも
「‥‥ふん」
 意に介する事無くその身を翻せば、何事もなかったかの様に一本の樹へ着地する。
「甘いぜ!」
 だが、その隙を逃さず疾くグロウが黒衣の背後へと現れ両手に持つ短剣を振るう。
「‥‥」
「んな‥‥っ!」
 しかし、がら空きの背へ目掛け振るわれた必殺と思われる一撃は見事なまでに空を切り、彼が驚きに目を見開くと同時に見舞われた衝撃に成す術なくグロウが地へ叩き付けられると黒衣は静かに、先程とは違う樹の枝に降り立つ。
「流石、愚鈍な兵だけではないか‥‥」
「世辞はいい、見付けた以上はこのまま帰す訳には」
 そして静かに佇み、三人を見下ろし呟く黒衣へゼストが冷たく言い放ち、再度武器を構えて地を蹴るも
「今、遊んでいる余裕はないが故に悪いが失礼させて貰う‥‥」
 彼の刃が届くより先にその身を虚空へ舞わせ、木々の隙間を飛び交い三人の前から黒衣は姿を消すのだった。
「一人ではないだろうな‥‥防衛が最優先だ、散って各部隊に伝達する。警戒を厳に、と」
 遠ざかる音だけが木霊する森、その響きだけ耳に捉えながらゼストは歯噛みするも、冷静に状況を把握してグロウとシェリアに指示を出せば、三人もまたその場から姿を消した。

 ‥‥その翌日、ノッテンガム城にて。
「間を置かず、再度の襲撃か」
「‥‥待っているだけでは埒が明かない。封印を防衛する部隊とは別に、森内部を暗躍する敵部隊の動きを事前に捉える為の部隊が必要だ。レギオンとは違い、知恵がある以上‥‥敵の動きを事前に察知出来ないと後になって」
 ゼストの報告に爪を噛む、領主のオーウェン・シュドゥルク。
 その様子をゼストとレイ、騎士団長は彼のここ最近の忙しさから当然の事だろうと気にしない事にし、ゼストが紡ぐ続けての提言に領主もその続きを手で制した後、頷き返すが
「分かっている、この状況下において待ちの姿勢が危険だと言う事は。だがすぐに部隊の再編は出来ぬ」
 一つの懸念を口にした、当初こそ兵の少なさ故の利点であったそれは今となっては枷になっていたが為。
「なら‥‥」
「呼ぶしかあるまい、これからが正念場である以上‥‥残る二つの封印はもう、一つたりとも破壊させる訳には行かない」
 だが一時的に解消出来る案は常にあり、その間に可能なだけ再編する方向で行く事に決めると
「もう暫くすれば、現存する封印へ強化を施せると言う長老の話があったな」
 次いで紡がれるレイの報告に頷き、オーウェンは僅かに厳しかった表情を緩めるも
「そう言えば、市街の状況は?」
「特に何も、平穏なままだ‥‥外から見ただけなら」
 ゼストの疑問に騎士団長は答えの割、その表情を顰める。
「市民が置かれている状況に『暗部』の他の動きがを考えますと、一時的にでも市街の警護を増やすべきかと‥‥」
 レギオン、暗部とそれに加え魔本‥‥全ての事象が絡み合い、成すべき事の複雑さから呻き、だが市街の状況も察すれば打つ手を考える領主は、不意に銅鏡に映る自身の髪の毛の中で以前より多く見受けられる白髪に、自身の至らなさから来るだろうそれを見止め嘆息を漏らすのだった。

――――――――――――――――――――
 ミッション:封印破壊の為、暗躍する『黒』の部隊を撃退せよ!

 成功条件:『黒』の部隊の殲滅、捕縛
 達成条件:『黒』の部隊の捕捉、交戦
 失敗条件:『黒』の部隊と接触出来なかった時、封印が破壊された時

 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、用いる場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 その他:不穏な空気が拭えないシャーウッドの森、先日から『暗部』の介入が始まった事により封印を防衛する部隊とは別の敵の動きを補足、独自に攻撃する遊撃部隊を増設する事が急務となり、その設立をする前に冒険者の皆さんへ白羽の矢が立ちました。
 今回皆さんはゼストさんがシャーウッドの森内部で補足した、先日とは違う『黒』の部隊を追撃して下さい。
 『黒』の部隊を見付け、交戦さえ出来ればある程度の牽制にはなると思いますが‥‥可能なら捕縛まで出来ると、今後のためになるでしょう。
 但し敵部隊の目的は不明です、普通に考えれば封印の破壊なのでしょうが何か意図あっての動きも考えられます。
 それらを踏まえ、臨機応変に事へ臨んで下さい。
 それでは一時的にではありますがご協力の程、宜しくお願いします‥‥十分にお気を付け下さい。

 傾向:索敵〜戦闘中心、シリアス
 参加NPC:ゼスト、シェリア、グロウ
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●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2155 ロレッタ・カーヴィンス(29歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2634 クロノ・ストール(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea5304 朴 培音(31歳・♀・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea9285 ミュール・マードリック(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

水鳥 八雲(ea8794)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035)/ セレス・ファーレン(eb2589

●リプレイ本文


「さて、次の手は」
 シャーウッドの森の何処かの樹の上で、風に靡く黒衣をそのままに静かに呟くのは『黒』を統べるロイガー。
 先のゼスト達との交戦から、どう動くべきかと検討を繰り返していた。
「目的はただ一つ‥‥ならば」
 だが遂には思考する事に飽き、部下達へ指示を下せば行動を再開するのだった‥‥森に眠る闇を蘇らせる為に。

「一先ず、話は以上だ‥‥問題はないよな」
 その頃の一行、ノッテンガムに辿り着けば早々にゼスト達と合流を果たし一つの封印へと向かっていた。
 その道中で今までの事の顛末を聞き終え、ゼストが友人達へ話した事に抜けが無いか確認を取れば
「急で済まない‥‥」
「いいえ、これも皆の笑顔を護る為。人々に危害を加える恐れのある者達の暗躍を見過ごす訳には行きませんから」
「そうですよ、だから余り気にしなくても大丈夫です」
 次いで仏頂面のままではあったが、ゼストが一つ皆へ頭を下げるとその彼の肩を叩き穏やかに微笑む沖田光(ea0029)とぶっきらぼうな彼へも礼儀正しくリアナ・レジーネス(eb1421)が声を掛ければ彼もやがて顔を上げ‥‥ぎこちないながらゼストも笑った。
「しかし、封印の防衛はいいが今後一体どうなるのだ‥‥」
 だがその彼へ、次に掛けられた言葉はスカルフェイスで表情の全てを隠すクロノ・ストール(ea2634)からの疑問。
「‥‥レギオンの動きが沈静化している今、封印を再度施し直す。これ以上の被害を出さない為にも、それは早急に行なうつもりだ」
 そんな彼の装いを、だがゼストは別段気にする事無く静かに返せば皆はその答えに驚くも
「封印の強化はエルフ達のみが行えるものなのか?」
「そう言う訳ではないが、それが行なえるのはシャーウッドの森の長老達だけだと言う話だ」
「封印以外で防衛すべきものに心当たりは?」
「‥‥封印を強化する術を知る、長老達だろう。今は封印の近くにいるから、準備さえ整えばすぐにでも行なって貰うつもりだがそれ故、護衛こそつけているが危険だ」
「そうか」
「しかし世は何処も翳り在り‥‥いや、もう翳りは越えておるか」
 暫く続く二人のやり取りが終われば、何とも言えぬ状況へ天城月夜(ea0321)が嘆息を漏らす代わりに小さく呟くと、遠くを見つめ整ったその表情に影を落とすが
「でもっ、封印を守ってる友達のお手伝いが出来る様に頑張るの!」
「そうだね、あっちじゃあ友達が頑張っているんだ‥‥私も体張って頑張らないと」
 彼女の頭上を飛び交ってはそれにカファール・ナイトレイド(ea0509)が明るい声音で叫べば、マスカレードで顔を覆うミリランシェル・ガブリエル(ea1782)も宙を舞うシフール同様に笑って賛同すると
「そうでござるな」
 その光景に月夜も自身の中で昂ぶっていた気を静かに、ゆっくりと落ち着かせれば笑って彼女らに応えた‥‥その時だった。
「‥‥情報が不足し過ぎている、依頼書にも書いてあったと思うが可能な限り、捕縛を」
「‥‥話を聞く限り、少なくとも敵は強い。捕縛や尋問等と言ってはおれぬよ‥‥」
 さっきまでは至って静かに言葉を交わしていたゼストとクロノだったが、一つの確認を端に場へ漂う、険悪な雰囲気‥‥どちらの言い分にも利があるから厄介で、まずはゼストを落ち着かせようとグロウとシェリアが動き出そうとするが
「そうかも知れませんが、一先ず善処してみましょう。やってみなければ分からない事は沢山、ありますから」
 そりより早く、場の雰囲気を気にする事無くロレッタ・カーヴィンス(ea2155)が二人の間に割って入り、諭せば次いで仮面を覗き込み静かに微笑む。
「行こうか」
「えぇ、既に状況は余談を許さない様だからね」
「お気を付けて下さいね」
 その仮面の下の表情がどうなっているかは分からないが、クロノがそれだけ言って踵を返すと封印を防衛する者達の見送りを背に受けつつ、森の中へと姿を消すのだった。

「こっちはもう一つの封印がある方向ね」
「‥‥大丈夫かなぁ」
 それから暫く、日は落ちて夜の帳が辺りを包む頃。
 一枚の地図を頼りに森を彷徨う六人の中で艶やかな面持ちを浮かべるマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が持てる知識に魔法の全てを導入し、怪しい痕跡を悉く看破しては一つだけ気になる足跡からその先にあるものを判断すれば、朴培音(ea5304)が静かな足取りながらやや不安げ言葉を紡ぎながら彼女の後に着いて行く。
「しかし、余りにも簡単ではないか」
「なら、試してみる?」
 しかし気にせずとも目に留まるのはレギオンが進んだ痕跡、その上を如何にも「通りました」と言わんばかりの跡を、不審に思うミュールの反応は当然だったがそれでも彼女は笑みを浮かべ、皆へ尋ねるとその答えが返ってくるより早く一本の光の矢を構築すれば、条件を指定した後
「導いて、月の光よ‥‥あたしが求めるものの元へ」
 即座にそれを解き放つがそれは、暫くは真っ直ぐと飛ぶもやがて方向を百八十度変えれば、一拍の間を置いて術者へと突き刺さる。
「あ」
「けふ‥‥少なくともこちらにゼストさんが見た、黒衣の男はいないみたいね」
 その結果に朴が小さく声を上げるとマリトゥエルが咳き込み、それだけ言えば艶やかな銀髪を跳ね上げて、今来た道を引き返す為に踵を返した。
「‥‥大丈夫なのか」
 冷静なミュール・マードリック(ea9285)が見送りに際し、珍妙な節を持って舞った友人を思い出し外套を目深に被り直せば、嘆息を漏らすその中で。

 一方、一つの封印の樹の前に陣取っている防衛班とゼスト。
 因みにもう一つの封印の樹へは厚い陣を敷く騎士達が、封印の強化を施せる長老達の元にはグロウとシェリアを中心にした部隊が護衛の為に付いている。
「現在、北東に二個の中型呼吸‥‥動物みたいですね。この辺りから遠ざかる様に東の方角へと進んでいます」
 張り詰める緊張の中、騎士達は揺るがず武器を構えるその中でリアナの声が凛と響くも
「いつまでもその調子では先まで持ちませんよ。ゼスト様‥‥暫しの間だけ休憩を取る事にしませんか?」
「‥‥そうだな、交代しながら少し休憩を取ろう」
 場の雰囲気を察して、ロレッタが彼女の肩を叩いてはやんわりとした声音で提案するとゼストも頷き、騎士達も含め一行は交代で休憩を取る事にする。
「所でゼストさん、森に入ってからレギオンを見かけないのですが‥‥最近、どの様に動いているのでしょうか?」
 その折、ゼストの隣に座っては彼へ声を掛けるのは光。
 ちょっとした好奇心も含んではいたが、それは表情に出す事無く尋ねると
「最近は少し前に比べ、見掛けなくなった気がする」
「そう、なんですか?」
「あぁ‥‥尤も、狸寝入りしているだけだろうが」
 彼の答えに怪訝な表情を浮かべると次いで、異性に間違えられる秀麗な面立ちを少し歪めて考えを巡らすが
「見えぬ事に今から根を詰めて考えてもしょうがないでござろう、気持ちは分かるが今は休む事に集中しよう」
「‥‥そうですね。僕が考えてもすぐに分かる事ではないでしょうし、今は時が来るのを待つしかなさそうですね」
 責任感の強さから来る堅苦しい月夜の呼び掛けに、だが彼はそれを受けて表情を緩ませると一先ずレギオンに付いては考える事を止め、目の前にある簡素な保存食に向かった。

 今はまだ、風は静かなまま‥‥。


「こんなもんかよ‥‥詰まんねぇな、おい!」
「わわわっ、ミリランシェル君! 戦いは終わったからもう落ち着いてー!」
「しかし今まで交戦すれど、数が少なければ行動も消極的だ‥‥敵の戦力が何処かに集中しているのだろう。それを追い込んで防衛側と連携、挟撃を行える形が理想か」
 戦い終わって倒れ付す『黒』の部下を足蹴に、詰まらなそうに吐き捨てるミリランシェルの振る舞いをもう幾度目か朴が宥める中、ミュールは冷静な面持ちのままで皆へ提案すれば
「そうね、散々足止めされた感じだけど最後に残されたこの足跡‥‥皆が守っている封印へ進んでいるわ。今のタイミングなら」
 地面に残された痕跡から、マリトゥエルが彼に頷き賛同した時だった。
「‥‥相手の方が早かったみたいね」
 続きを紡ぐより早く、皆が蒼穹に走る雷撃を視界の片隅に捉えたのは。
「クロりんクロりん、何処行くのー?」
「長老達の元へ」
 その中、軍馬に乗って駆け出すクロノへ飛翔を開始しようとしたカファールが尋ねれば、短い答えと同時に仮面の騎士は愛馬の手綱を引き、疾駆させる。
「クロりーん‥‥行っちゃった、一人で大丈夫かなぁ」
「あいつなら大丈夫だ。それより私達も行こう、封印を守らないとなっ!」
 彼の行動に皆は戸惑うも、未だ戦いの熱気覚めやらぬミリランシェルの言葉に目的を思い出せば残る五人は封印の樹を目指し駆け出した。

「無事か」
 その骸面の騎士、軍馬を走らせる事暫く‥‥グロウ達が護衛する長老達の元へとたっぷり時間を掛けて辿り着く。
 見慣れぬ土地ゆえ、地図があろうとも迷うのは仕方なかったがそれよりも道中、敵と言う敵に出会わなかったのが不幸中の幸い。
「こっちは大丈夫だ、それよりも皆がいる封印の樹へ向かってくれ。奴はきっとそこにいる筈だ」
「‥‥分かった」
 そんな彼の行動にグロウは呆れつつも、意外にものんびりした声音で彼へ呼び掛けると仮面の下の表情は果たしてどうなっている事か‥‥それは誰にも分からないが、クロノは静かに頷くと再び軍馬を駆るのだった。

 その頃、一行が守る封印の樹の袂。
 索敵に出ている六人が戻らない中、警戒を厳にしていた為に強襲こそ免れるも封印の樹を破壊する為、『黒』の部隊が殺到していた。
「愚かに 醜く 卑劣に戦いましょう
 暗い願いに目を眩ませ
 錆びた大義に耳を塞ぎ
 これが最善だと偽って‥‥」
 リアナが歌を詠唱の代わりに紡ぎ上げれば、次いで雷撃が響くその中で戦闘は更に加速度を増す。
「ゼスト殿が戦った黒衣とは、何処じゃ?」
「‥‥見えないな」
 黒い皮鎧を身に纏う者達が飛び交う中で、連携された熾烈な攻撃をいなしつつ周囲に視線を巡らせ、背を預ける巨人へ尋ねるもあっさりした答えに一瞬だけ肩を落とすも
「一先ず、此処を凌ぐ他ないでござるなっ!」
 自身へ迫る敵に、だが月夜は小太刀を取り回せば振るわれる白刃を正面で受け、ゼストの背を叩いては共に後退すると
「絶対に、守り通しますっ」
 その直後、光の掌より放たれた爆炎の玉が一瞬前まで彼女らがいた場所に着弾すれば、それが弾ける中で響く彼の声音には少し、残念そうな含みがあった。
 それもその筈、相対するのは『黒』の部隊のみでゼストが言う通り、レギオンはこの場に姿を現さなかった。
「ですが‥‥このままでは余り宜しくないですね」
 封印の樹の脇に佇むロレッタが言う通り『黒』の部隊が錬度に速度は高く、数的に有利とは言え決して気の抜ける相手ではなかった。
 その彼女の背後‥‥封印の樹目掛け、いつの間にか迫る二人の『黒』だったが一陣の紅い旋風がその目前を駆け抜ければ、自身より速いそれを脅威と感じ即座に飛び退る。
「遅くなってごめんね、ロレりん!」
「その呼び方、何とかなりませんか?」
 次いでカファールの呼び掛けにロレッタが苦笑を浮かべると、その後に続いて残る四人も現れ加勢すれば
「マリトゥエル殿っ!」
「‥‥やっと当たったわね」
 気合一閃、月夜が振るう小太刀から遠当てを繰り出し叫ぶ中で月の矢を放ったマリトゥエルが今までの苦労を思い出し嘆息を漏らすと同時、それに穿たれ梢の奥から姿を現した黒衣の男だったが気にする事無く、宙を舞う中で指を弾けば後退する『黒』の部隊に
「オラオラッ、逃がさねぇぞコラァ! これが私のMAX‥‥ブラッティー・エンド!」
「ズゥンビか?」
 自身が持てる力を全開に追撃するミリランシェルを除く皆が警戒し、僅かに動きが止まる一行は次の瞬間‥‥それがフェイクだと気付く。
「ちっ」
 黒き疾風と化すロイガー、慌て近くにいたゼストとミュールが踵を返しその背を切り裂くも風が止む気配は‥‥ない。
「‥‥‥」
 やがて紅い旋風が身の危険を厭わず彼の周りを渦巻くも、それを無視して飛翔すれば右腕を貫くリアナの雷撃に屈せず、眠気を誘うマリトゥエルの言の葉も振り払って短剣を立て続けに投擲すると次いで、澄んだ音を立て崩れ落ちる封印の樹。
「ちっ。好きでもねぇヤツと心中なんざ、趣味じゃねえが‥‥あの世へのエスコート、頼むわよ」
 だが着地すると同時、膝を屈するその隙にミリランシェルが駆ければ皆が止める暇なくロイガーを背後から抱き止め、渾身の力でその身を翻し体重を乗せると、朽ち果てたが今は鋭利な槍と化す封印の樹の根へ倒れ伏し、腹部を貫く熱い衝撃に二人は一言も発する事無く崩れ落ちた。

●森闇胎動
「どうして、この様な事を」
「‥‥虚しくなった。だからこそ、私の餓えた狂気を弟へ‥‥」
「それこそ‥‥虚しいだけではありませんか」
 最早力なく、腹部を貫く黒々と突き立つ封印の樹の欠片をそのままに光の問い掛けへ血を吐きながら返せば志士は目を伏せ、頭を振る。
「‥‥此処で、私は終わりだ‥‥チュール‥‥」
「死に場所を探していたのかしらね」
「知らねぇよ‥‥こんな弱虫の考える事なんか」
 そして、その言葉を最後に崩れ落ちた彼を見取りマリトゥエルが誰にともなく尋ねると羽交い絞めにした時、弱っていたとは言え抵抗すらしなかった事を思い出し腹部から未だ流れる血を気にせず、彼の遺体へ向けミリランシェルが呟いた時。
「‥‥流石に無理を、し過ぎたかな。世界が‥‥揺れている」
「揺れているよっ!」
 我が身に感じる揺れに耐え切れず、呟くと同時に膝を突くが朴の叫びに彼女は地面が鳴動している事を改めて知る。
「‥‥何かの前触れ、なのでしょうか」
 言葉の割、緊張感なくのんびりした口調でロレッタが呟くも皆はその言葉の意味だけ捉え、表情だけ固くしたまま崩れ去った封印の樹の袂に横たわるロイガーを静かに見つめるのだった。

 決戦の日は、近い。