【魔本解放】蟲群封殺

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 30 C

参加人数:15人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月18日〜12月03日

リプレイ公開日:2005年11月27日

●オープニング


 『レギオン』に付いて、完全にその生態は明らかにされていないが現状は三種が確認されており、宙に浮かぶ『レギオン』が指揮の元で『盾』と称される頑丈なレギオンと、攻撃力に優れた『剣』がシャーウッドの森を破壊し回ったが現状では僅かな動きこそ見受けられるも、行動は以前に比べて縮小している。
 その理由に付いては不明だが魔本に眠っていた主が不完全とは言え目覚め、レギオンを統率しているとすれば今後において更に苦戦する可能性はある、個々の能力が低いとは言え。
 以上の事から脅威である事には変わらず、故にシャーウッドの森に住まう長老達が近々残された封印を強化すると同時、破壊された封印に付いても改めて構築するらしい。

 『暗部』に付いてはようやく、その像が明確になる。
 その目的は全てを一度破壊し次なる再生にて生まれた者を導き、より高みへと至らせる事らしい。
 今、『暗部』には『蒼』のナシュトと『紅』のマリゥがいるが先に打倒したロイガーとツァールら『黒』の兄弟よりも冷静に事を運ぶ彼らは非常に打ち崩し難い壁となるだろう。
 それに仕える部下達の総数は不明、炎を操る志士とヴィー、ゼルクトゥスと言う面子が確認されるもヴィーとゼルクトゥスに付いては『暗部』より離反した模様、詳細は不明。
 だが彼らが離反しているとすれば『暗部』を根絶する為、その根城を暴く為に接触する必要があるかも知れない‥‥尚、『暗部』の手には二冊の魔本がある。

 その『魔本』に付いて、ルルイエの持つ一冊が解放された事によりそれに眠っていた『何か』が彼女の体を乗っ取り、独自に動き出した。
 恐らくは『暗部』と似た動きを取ると思われ結託されない事を祈る限りだが、それは時が来ないと分からないだろう。
 『魔本』に付いて、詳細は明らかにはされていないが恐らく長老達から話を聞けば分かる筈で、今後において調査すべき最も重要な案件である。

 そしてこれに対するノッテンガム、領主を中心に騎士団の士気も高くそれに加え私が製造したゴーレムを傘下に、聖人探索の際にエドワードと知り合ったユーウェイン卿が考えあっての事かキャメロットを往復しながらも助力している。
 市街の混乱に付いても非常に少なく自警団は一応その機能を果たしており、一見して穴はない様に見受けられるが『黒』の部隊壊滅の際、領主の右腕であるレイが行方不明になればルルイエも‥‥。
 また『暗部』に付いては先にも書いた通り、その根城を割り出す事には未だ至っていないが最も、現状はレギオンの再封印が先か。
 だが『暗部』を根絶せねば、また同じ事を繰り返すだろう事が容易に想像出来る事から早急にそれを探し当てる必要もある。

 先の依頼より冒険者達が纏めたものを元に、アシュドが更に手を加え作成した資料より一部を抜粋。


「‥‥魔本についてはアシュドに一任する、だがレギオンに付いてはどうする?」
「それに付いても長老からお話があるそうです」
 ノッテンガム城にて、魔本の話に一段落着いた事からその視線を騎士団長であるヴリッツ・シュベルツァへ注ぎ、レギオンに付いて問い掛ける領主のオーウェン・シュドゥルクへ彼はそれだけ再び長老を促すと
「先から喋り放しで申し訳ないが‥‥封印に付いての話とは?」
「ようやく封印の強化及びに再構築の目処が立ったのでそれを実行する為、防衛の人員をお貸し頂きたく思うとる」
「それは一向に構わんが、改めて言うまでか?」
 答える長老の要請には以前より応じており、今更な要請へ逆に首を傾げる領主だったが
「‥‥と言うのも、五箇所全てにおいて同時に行なうのでな」
「レギオンの動きが鈍い今を好機と見てか」
 続く言葉に納得するが、長老は領主が紡いだ言の葉に僅か、顔を顰める。
「襲撃がないとはこの状況でも言い切れん、魔本の一冊が解放された事でな」
 次いで曖昧な言い回しに領主を困惑へ陥れれば、アシュドは叫びたくなる衝動を必死に抑える中
「レギオンを統べるものがあの魔本に眠っとると我らが保管する文献に記されていての、それを考えれば」
「なるほど、分かった。そうなると自らを復活させる足掛かりに襲撃があると考えるべきだな。だが、そうなれば逆に封印を一つずつ再構築すればいいのではないか?」
「‥‥時間がないのじゃ、一度崩れた封印は文献に記されている通りなら一定の期間を持って完全にその力を失う。今ならまだ、その力は弱いながらも残っておる故に再構築まで、然程時間を要さん筈」
 更に話を続ける長老の話の後でオーウェンは今までの話を纏めると、確実性のある提案をするがそれはあっさり崩され、渋面を浮かべると
「必要な時間を聞かせて貰おう」
「封印を再構築するのに許されている時間は後二週間程度、強化及び再構築自体には二日あれば十分じゃろう。我々の代では初の試みなので正確には言いかねるが‥‥じゃがそれを過ぎてしまった場合、新しく封印を施すのには大よそ一ヶ月を要す」
 ならば折れる他なく領主、残されている懸念材料に付いて問えば言葉を濁しながら答える長老。
「これ以上長引かれては困るな、様々な面において」
「そうなると各場所へ戦力を分散させなければなりませんね」
「だがやるしかあるまい、此処まで来た以上は‥‥ヴリッツ、キャメロットの冒険者ギルドへ至急通達を、出来得る限り至急だ!」
 オーウェンも腹を括り、騎士団長の呟きにも叱咤を持って指示を下せば駆け出す彼の背を見送りつつアシュドへ視線を戻すと
「それと悪いがアシュド、冒険者達の対応を頼む。魔本の件もあるが人手が足りない」
 事の大きさ故、多忙であるにも拘らず領主の命へ静かに頷くアシュドの心情は如何なるものか、分かる者はいなかったが
「それでは詳細の程をお教えしよう」
 それでも長老は、自身が知りうる限りの事を彼に伝えるべくその口を再び開いた。

――――――――――――――――――――
 ミッション:封印(及び封印跡地)を一定期間、防衛せよ!

 成功条件:封印強化及び、他の封印の再構築に成功した時
 達成条件:残された一つの封印の強化若しくは封印の再構築に成功した時
 失敗条件:残された一つの封印が破壊された時
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 その他:レギオンを再度封印する為、残された封印及び封印のあった場所に赴き封印が施されるまでの間、防衛をして頂くのが今回の依頼です。
 但し全ての場所において、それを同時に行なうので騎士団から皆さんには各封印へ配備して欲しいと要請を承りました。
 数はどう分けても構わないそうですが、一箇所につき最低一人は配置して頂きます様に宜しくお願いします。

 傾向:防衛系(森林、対レギオン中心)、状況によっては死者が出る可能性も
 NPC:アシュド(依頼期間中は同行しません)、ゼストら
――――――――――――――――――――

●今回の参加者

 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1135 アルカード・ガイスト(29歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea1180 クラリッサ・シュフィール(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1782 ミリランシェル・ガブリエル(30歳・♀・鎧騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2538 ヴァラス・ロフキシモ(31歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 ea2634 クロノ・ストール(32歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea5541 アルヴィン・アトウッド(56歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

アリオス・エルスリード(ea0439)/ メリル・マーナ(ea1822)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035)/ ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583

●リプレイ本文

●Insanity(狂気)
「‥‥騎士団の配備が先に終わってしまったか」
 五つの封印の中心、黒く薄汚れた外套をはためかせ呟いたのは誰のものか。
 手に持つ黒い本とは別の巻物を開き、発現する呪文の効果から周囲を取り囲む様に設置され、今も残る唯一つの封印を忌々しげに睨み付けると次いで憎悪の音叉を鳴り響かせる。
「この機を逸したなら、完全な解放は一時諦めた方が良さそうか‥‥?」
 そして現れる、浮遊するレギオン達を見回しその総数に付いて把握すれば『彼女』の記憶を弄り、沸いて出た不安要素に僅か眉根を顰めてごちるも
「まぁ、後で考える事にしよう‥‥一先ず、器は手にしたのだからな」
 次には満足げな笑みを浮かべ、ルルイエだった『それ』は指揮系統を司るレギオンへ手始めに一つの指示を下した。
「この程度で崩れて貰えるなら、楽で助かるが‥‥」
 だがその言葉とは裏腹に、彼女の表情には愉しげな笑みが浮かんでいた。

●Faint Desire(一縷の希望)
「ルルイエさんが!」
「‥‥防衛が大事なのは解っていますが、どうかお願いします〜!」
 それより遡る事少し、ノッテンガムへ至る道を団体様ご一行が賑々しく進んでいた。
 その総数が十五人ともなれば、それは当然な訳だがこれから臨む依頼の為に未だ綿密な打ち合わせをしていたが、現状のノッテンガムに付いての状況を説明するシェリル・シンクレア(ea7263)の話に一度だけしか会った事はないながらもピノ・ノワール(ea9244)の叫びに皆は一瞬、目を見張る。
 ピノが叫んだその話とは、『何か』に囚われてシャーウッドの森を暗躍しているだろうと言うルルイエ・セルファードの話で
「そうですねぇ、気にはしてみますけど〜‥‥」
 優雅に靡く髪を弄りながらクラリッサ・シュフィール(ea1180)の様に、彼女を少なからず知る者は言葉を濁しながらも彼女の提案を受け入れる者もいたが
「そんな事、俺は知ったこっちゃねぇなー」
 紅の瞳を輝かせ、粗暴な口調でヴァラス・ロフキシモ(ea2538)が言う事も尤もだった。
 この依頼では封印を守り、新たに出来るだけ多くの封印を再構築しなければならない‥‥それを阻もうとする者がいれば、それが誰であれ許す訳には行かない。
「でも! それでも‥‥」
 現実的に彼が言うその理屈は正しく、シェリルもそれは理解していたが必ずしもそれに感情が追い付くか、と言えば答えは‥‥ノーだ。
 そのずれに小さな魔術師は何と言えばいいか分からず、叫ぶもその語尾は掠れやがてうな垂れる。
「あー、大仕事になりそうだねー」
 そして辺りに皆の足音だけ響き出してから暫く、不意に喉を震わせ声を発したのはリオン・ラーディナス(ea1458)で、次いで彼は荒く肩で息を繰り返すシェリルの小さな頭を軽く叩けば
「まぁ二人とも落ち着いて。とにかく出来得る限りの事をしよう、な!」
「ふん」
 ただ前向きな一言だけ紡げば、ヴァラスは鼻を鳴らすもシェリルはその一言に僅か救われたのだろう、微笑むと固まっていた場の雰囲気は一先ず落ち着いた。
「所でレギオンに付いて、詳細を教えて欲しいのですが」
 その雰囲気の中、次に口を開いたのは先程から変わらず落ち着き払った表情を湛えるアルカード・ガイスト(ea1135)で今回対する敵に付いて自身を含め、この依頼に臨む者の中では知らない者の方が多いだろう事を配慮し、改めてそれを知る者へ呼び掛けると
「レギオン? 世界の果てを知らねー様に、そんなモンスター知らねー」
「そう言わず、後でこちらを見て置いて下さい」
 相変わらずの調子で言うヴァラスへアルメリア・バルディア(ea1757)が彼の振る舞いを気にせず、笑顔を湛えたまま数枚の羊皮紙を風に靡かせ言えばそれらを皆へ回す。
「個々の能力が強くないとは言え、統率の取れた集団に襲撃されるのは脅威です。騎士団の方々にも援護をお願いするべきでしょう」
「そうだな。それと今回は比較的長い時間、戦闘の継続を強いられると思う。精神的にも非常に厳しい戦いになるだろうな、そう言った面でもお互いに助け合わないと」
 そしてその羊皮紙の一枚を受け取り、目を通しながら先に打ち合わせた際に聞いた話を思い出してピノが言う一つの提案にリィ・フェイラン(ea9093)が先日までレギオン達と戦った自己経験から頷き、更に別な提案を掲げると
「‥‥クソッタレ混血種と一緒に依頼を受けてやってる俺って寛大だよなぁ〜、ムヒヒヒ」
「後、シャーウッドの森に付いては一通り把握している。もし何かあれば」
「あ、ならさ‥‥」
 その背後から下卑た笑い声が響くもリィは別段気にする素振りを見せず、再び口を開けばリオンの呼び掛けに振り返る。
(「‥‥何と言われようと構わない、私には守らなければならないものがあるから」)
 瞳に宿る光だけ鋭くし、その決意を改めて心に刻んで。

 それからやがて時は過ぎる。
「まぁうだうだ考えてもしょうがないさ、もう此処まで来たんだ‥‥後はやる事だけ、しっかりやろうぜ!」
 街道を歩く皆の目に大きく、何処までも広がっている様に見えるシャーウッドの森が飛び込んで来れば、小難しい話に飽きたのだろうクリムゾン・コスタクルス(ea3075)がまだ続いている相談をやや怒った口調で一蹴すると、皆へ向け檄を飛ばし歩く速度を上げるのだった。
 森に蔓延る蟲を討つべく、ノッテンガムの人々とシャーウッドの森を守るべく、『狂気』に囚われているルルイエを救うべく‥‥様々な想いを持って。

●Irregularity(ちぐはぐ)
「封印は再構築出来る可能性があるのなら‥‥封印の元へ辿り着いてから再構築まで大よそ二日と少し、魔力が尽きるまで護り抜きましょう」
「えぇ、後ほんの僅かですからね。それでは皆様、ご健闘をお祈りしています」
 そしてシャーウッドの森に入った一行は暫く、一団のままで歩くもやがてそれぞれが守る封印へ向かうべく道が分かたれる所まで来るとピノの決意に皆が頷き、セレス・ブリッジ(ea4471)も激しい戦闘を前にも拘らず微笑を湛えれば踵を返すが
「待ってくれ、セレス殿。セレス殿はこちらにご同道願いたいのだが」
 大気を震わせその言葉を紡いだルシフェル・クライム(ea0673)が同じ封印を守ると把握していた為に彼女を呼び止め、彼女が周囲を見回せば向かおうと思っていた道には確かにクリムゾンら三人が既におり、恥ずかしさに頬を染め慌てて彼の元へ駆け出す。
「それとミリランシェル殿も」
「あ、私も? でも‥‥」
 その中でシェリルも同様に天城月夜(ea0321)に呼ばれ駆け出せば、ルシフェルは続き優れた剣技を持つミリランシェル・ガブリエル(ea1782)にも呼びかけるが彼女の視線の先には
「‥‥‥」
 道中、常に静かだったクロノ・ストール(ea2634)が表情を隠す様に覆う骸面をそのままに一人、ルシフェルらが向かおうとしている封印への道を先に踏み締め歩き出していた。
「クロノが行くみたいだし私はこの前、死に損なった場所へ行きたいんだけど」
「済まないが、今残っている封印が壊される訳には行かない。何としても封印は死守せねば‥‥それなのに彼があの調子では。それに我らの処が敗北してしまえば、それ即ち全ての敗北となってしまう」
「‥‥まぁ、しょうがないか」
 その光景に彼女を呼び止めた神聖騎士は嘆息を漏らすも、今置かれている状況から人々を守りたいと言う信念から言った事は曲げず、ミリランシェルを引き止めると彼女もルシフェルの話を理解し、髪を靡かせては折れると
「済まない、アルヴィン殿」
「止むを得まい‥‥」
 先を進むクロノが守る予定だった封印へ行くアルヴィン・アトウッド(ea5541)へ詫びるも、渋い表情を浮かべるがルシフェルが先に言った事はその通りでミリランシェルに続き、エルフの魔術師も折れる他になかった。
「行こう、皆。いつ襲撃があるやも知れぬし、準備等もあるだろう‥‥時間は多く使えるに越した事はないでござる」
 これだけ人が多ければ、話のすれ違いもある訳で当初とは僅かに違う編成になった一行だったがそれでも戦いはもう間も無く、月夜の呼び掛けを持って皆はそれぞれの封印を目指して歩き出した。
 その中で密かに一人、出だしから背負わされた気苦労からかルシフェルが溜息だけ漏らした事は同道するセレスとミリランシェルしか知らない話である。

●Skirmish(小競り合い)
「ルルイエさ〜ん! アシュドさんを放置したままでいいんですか〜?」
 一つの封印跡地、森の北東に位置する場所にて一人熱心に水晶のダイスを転がしてはルルイエへ呼び掛けるのは随分と彼女になついていたシェリル。
 封印の場所は既に割れている為に、開き直って大声で呼び掛けて見るも返って来るのは木霊のみ。
「‥‥我々術者の回避能力はあっても気休め程度ですから」
 かれこれ一時間は続いている彼女の呼び掛けにアルカードは普段の落ち着いた表情をそのままに、だが声音だけは僅かに落として騎士達へ願い出ると「出来得る限りで」と言う約束を取り付けていた‥‥その頃、森はまだ静かだった。
「嵐の前の静けさ、とはよく言ったものだな」
 だがその状況に浮き足立つ事無く、冷静に状況を捉える月夜は先程からアルカードが気にする様に周囲をぐるりと見回してみるも、今はまだ何も起きそうになく一先ず安堵の息を漏らすも、封印の強化と再構築は既に一番北に位置する、唯一現存する封印から合図が上がった為に始まっており、気は抜けない。
「一先ず、便宜は図って貰えるそうです。ただ何が起きるか分かりませんので」
「‥‥自分の身は、自分で守れるでござる」
 だがいつの間にかその光景に魅入っている月夜へ、アルカードが静かに声を掛けるとそれが唐突だったのだろう僅かに表情を顰め、だが頷くと
「アシュドさんが必ず、ルルイエさんの王子様として助けますから〜♪」
「その彼女、果たしてどれ程になっているのか‥‥」
 再度、シェリルの叫びが森に響き渡るとまだ見ぬルルイエを駆り立てている『狂気』の存在に武者震いを覚え‥‥自身を宥め透かすべく、得物を引き抜き空に翳した。
 その得物に降り注ぐ陽光放つ太陽はまだ高く、レギオンが現れる気配もまたない。

「いたー!」
「どうしました!」
 同じ頃、南東に位置する封印跡地周辺に響くリオンの叫びに騎士達と相談していたピノが何事かと声の方へと駆け付け‥‥次いでその光景に何事かを察して無言で嘆息だけ、漏らす。
「いやほらさ、長期戦になりそうだから気を抜く事が出来る時にはしっかり気を抜いて置こうと思って」
 そのクレリックへ両手で宙を掻けば、尤もな説明を並べて弁明する彼のその傍らには当たりに居並ぶ騎士達とは違う、線の細い騎士‥‥まぁ即ち、未だに彼女のいないリオンはこんな場所でもナンパに精を出していた訳で。
 も実際に騎士達は皆、全身を鎧で覆っている為に実際に女性かどうかは兜を脱いで貰わないと分からず‥‥
「‥‥ちぇ、残念」
「そんな言い方はないでしょう? 申し訳ありません」
 残念ながら線の細い騎士が脱いだ兜の下にある顔は、その顔立ちこそ整っているものの男性のものではずれを引いたリオンは悔しそうだったが、その彼の代わりにピノが詫びるととりあえずその場は収まる。
「その気持ち、良く分かりませんが‥‥幾ら抜ける時にと言っても限度がありますよ」
「そうだね、いや悪かった!」
 まだ彼の力量は知らないながらも、そこはかとなく感じる実力からピノは特に声を荒げる事無くやんわりリオンを嗜めると、彼もすんなり詫びたその時だった。
「‥‥来ます、気を付けて下さい!」
 笑顔を浮かべ、騎士達へハーブティーを振舞いつつもブレスセンサーを持続していたアルメリアの警告が辺りへ響くと同時、ざわざわと森が不快な音を奏で揺れた。

 そしてそれは森中へ広がれば、防衛すべき各所で戦闘が次々に発生していた。
「拉げろ! 拉げろ! 拉げやがれぇぇぇ!」
 ただ前を駆り、長い黒髪を靡かせてはハンマーを振るって文字通り、レギオンを叩き潰すミリランシェルの半ば絶叫とも言える叫びが響く中、ただ一つ残された封印の近辺でもレギオンと既に戦いが始まっていた。
「クロノが何処かで戦っているとは言え‥‥レギオンとは、こんな物なのか?」
 警戒を厳にしていた為にここでも事前に敵襲を察知出来、今の所は大事に至っていないが中衛に位置し剣を振るっては確実に前衛を突破してくるレギオンを切り伏せるルシフェルの疑問には誰も答える余裕なく帰って来る事はなかったが‥‥確かに彼が訝る通り、その総数は然程多くなかった。
「‥‥話によると封印の既に四つが解けているのだったな?」
「はい、でも確かにこの数は先の話と比較すれば‥‥恐らく、強行偵察かその様な意味合いを持った襲撃ではないかと」
 一度距離を置き、封印近くで木の根を這わせ数多飛ばし前衛と衝突するレギオンを打ち据えるセレスへ尋ねると、ルシフェルが予想していた事と全く同じ答えを口にする。
「長期戦になりそうですね」
「うぉぉぉぉぉーーー!!!」
 そして彼女の、厳しい声音が響くと同時にミリランシェルの叫びが再び轟き『盾』のレギオンを打ち砕くと、それを合図にしてか残る蟲達はその行動を突如変えて引き返していくのだった。
「‥‥これは思っていた以上に手強い、か」

 こうして一度目の交戦は大きな被害なく終え、だがレギオンの今までに見られなかった動きから一行はおろか騎士団まで嫌な予感を覚えずにはいられなかった‥‥。

●Hesitation(逡巡)
「‥‥まぁ、こんな物か」
 封印の強化及び再構築が一斉に開始されてから、一日と半日以上が過ぎた頃。
 先の戦闘が終わり、指揮種とのやり取りと戻って来た僅かな手勢から結果を確認して呟く『狂気』。
「流石に残されている封印の防衛は厚くしてあるな‥‥」
 その中、多めに割り振ったにも拘らずその数が著しく減衰している、残された封印へ向かった一団を見れば、ルルイエのその表情に浮かんだのは逡巡。
「さて、今後どう振舞うかだが」
 封印は破壊したいが、この状況では一進一退の可能性もあり少しでも確実な手法を取るべく、思考の渦に陥る『狂気』だったがやがて一つの答えが導き出される。
「‥‥回りくどいが、そうするか」
 そして腹を決めると彼女は改めて周囲を見回し、他と比べると比較的レギオンの数が減っていない一団を見付けて、そこを中心に戦力を増強する事に決めた。
「最終的に手駒は減るが、それでもこれなら‥‥十分だろう」
 その考えは何を見据えているのか、この時はまだ誰も知る事はなく‥‥そして激戦が幕を切って開かれるのだった。
「これからが、本番だ」

●Desired Wing(希望の翼)
「ギリギリだったねぇ」
 北西にある封印跡地では、その再構築があと僅かにまで迫っていた。
 そして迫るレギオンを前に僅かに安堵の笑みを浮かべながら魔力が宿る木剣を振るうクリムゾン‥‥先の戦いでは間に合わなかったが自身の知識を持って作られた、幾多の木々と木々の間にロープを幾重にも走らせ、辺りに伸びる蔦まで絡ませては拵えた時間稼ぎの為の網はその役目を果たし、その群れの進む勢いを削いでいた。
「此処は‥‥絶対に引けません〜!」
「く、あと僅かだと言うのに」
 だがそれでもレギオンはその網をすり抜け迫る‥‥ならば立ち向かうのがこの場にいる者の役目で、僅かな時間を稼ぐ為にクラリッサとクリムゾンがその身を挺して立ちはだかれば、壁となる皆を援護すべく樹上から矢を射掛け、弱っているレギオンに狙いを絞り確実にその数を減らすリィ。
「リィさん、ルルイエさんは見ましたかぁ〜?」
「いやっ、見掛けていない!」
 戦況としては防衛側が有利に進んでいる事からか、その身を削られながらも闘気で我が身を癒して今いる場所から揺るがず引かず、高みにいるリィへ呼び掛ける銀髪の騎士だったが帰って来た答えにうな垂れるも
「この‥‥うざいんだよっ!」
 持つ武器から防衛に徹するクラリッサとは逆、予想していたより多いレギオンを前に辟易と呆れ叫ぶクリムゾンは既に何体を屠ったか‥‥だがそれでも止まらぬ蟲の波に、遂に気の短い彼女は怒りに叫ぶ。
「ちっ、まだかぁ!」
「落ち着け、落ち着け、落ち着け‥‥」
 その彼女の様子にリィ、先の依頼を思い出しては粟立つ心へ言の葉を続け呟き、何とか理性を保とうと意識を強く保っていたその時だった。
「な‥‥」
「また、ですかー」
 射手の目に映る、過去に行う事のなかった後退する姿を再び見れば蟲と長く戦って来たリィはおろか、クラリッサもその光景に呻く。
「何だか分からないけど今なら‥‥押し返すっ!」
「進めぇ!」
 だが次いで響く、クリムゾンと騎士達の鬨の声‥‥そしてそれから暫くして封印は再び、あった場所へと築かれた。

「敵は全て倒せば良いと言うものではない。敵を味方につける事で情報は多く手に入れる事が出来るし、戦力を増やす事が出来る」
「こんな状況で意味の分からねぇ問答は結構‥‥おおっとぉ!」
 紡がれる詠唱はやがて完成し、辺りに遍くだけの大気が一瞬で風の刃に形を成せば一体の『盾』目掛け放たれるとそれが両断される中で、後退しながら自らに言い聞かせているのかアルヴィンの呟きは常に前を駆り、蟲を切り伏せるヴァラスへは届かず。
「ま、やりたいなら好きにしてくれや。俺は俺で好きにやらせて貰うからよぉ‥‥しかし何だよ、この数はぁっ!」
「余りにも狙いが的確過ぎる、もしやこれを指揮しているのは‥‥」
「引くぞ、後退だ!」
 それもその筈で‥‥唯一、僅かな穴があった封印では遂に封印の根源が絶たれ、撤退を始めていたからこそ。
 しかしそれでも嬉々として叫び、両手に携える得物を振るうヴァラスは殿の中心でひたすらに暴れ、その中で響く騎士の叫びにアルヴィンの推測は掻き消されると再び、殿を援護すべく僅かな詠唱で電撃の地雷を設置すれば直後にそれは発動し、群れの鼻柱を打ち据えるも、レギオンは未だ怯む事無く追い縋って来る。
「このままでは‥‥」
 その光景にアルヴィンが呻くのは当然で、群がるレギオンの数は他の封印に比べ余りに多く、常に前に立ち続けていたヴァラスが奮戦しているからこそ今は凌いではいるが‥‥それも時間の問題に思えた。
 だが、その時
「何だぁ、ありゃあ‥‥」
 舞い散る、一片の羽毛を視界の片隅に見止めたヴァラスが続けざまに振るわれる『剣』の攻撃を回避していると次には耳に飛び込んで来る、風を切る音。
 そして何かがレギオンの群れ、その先頭の辺りに突き刺されば途端にそれは炸裂し蟲の群れを薙ぎ払った。
「‥‥っ、これは」
 纏う外套で吹き荒ぶ土埃から顔を守り、何事かとアルヴィンは土煙が僅かに収まった後で周囲を見回すと、地を穿った辺りには既に何も無い。
「悪いな、後は何とかしてくれ」
 だが何処からか響いてくる声に彼は顔を上げるもその姿は見えず‥‥だが聞き覚えのある声に彼は訝り、自身の記憶を弄るも
「てめえら虫ケラ共は‥‥一匹残らず、虱潰しだぁああああ――――っ!」
 未だによろめきながらも動くレギオンの群れへ嗤い、飛び込むヴァラスの声に彼は逡巡するも今やるべき事を見出し、淡き緑の光を自身に取り巻かせ彼の援護を始めた。

「‥‥がっ!」
 残された唯一の封印の再強化も後暫くと言う頃、そこから少し離れて一人で何を思ってか孤軍奮戦するクロノだったが‥‥多数のレギオンに囲まれると幾ら優れた槍を振るってもその数は一向に減らず、己が身のみ打たれ削られ貫かれていた。
「‥‥我に信など‥‥無かろう」
 それでも言葉と共に繰り出された槍には既に力なく、飛び込んで来た一体の『剣』にその胸元を鋭く切り裂かれるとその場へ遂に膝を下ろし、倒れ伏す。
「‥‥‥」
 その一撃を持って既に動く事は叶わなくなり、ポーションの瓶の栓を開ける事すら出来すにクロノは黒く染まった視界の中で死を覚悟し、次に来るだろう自身へ死をもたらす衝撃を待った。
「何‥‥ってい‥んだ、こ‥‥は」
 だがその瞬間はいつまで経っても訪れる事はなく、音の世界からも遠ざかるクロノの耳に何者かの途切れ途切れな声と、空を掴み打つ音だけが聞こえ‥‥死の衝撃が来ないままクロノは意識を失った。

「舞い、狂え‥‥轟く風の衝撃よ」
 彼が倒れ伏した場所より僅かに北、他の箇所とは違い封印の強化を行っている最も守らなければいけなかった封印も長く、戦いの渦中に巻き込まれていた。
「此処を破壊させる訳には‥‥行きませんっ!」
 尤も、あちこちで上がる狼煙から『絶対死守』と言う当初の目的は薄らいで来ているが、セレスの叫びからはその意思が揺らいでいない事を容易に察する事が出来る。
「行くぞ、オラァ! 拉げろぉぉ!」
 そして荒れ狂う風に僅か揺らぐ幾体かのレギオンを見逃さず、今までと変わらずに常に先を駆るミリランシェルが槌はそれらを次々に打ち据えて行く。
「後、どれ程だ?」
「‥‥もう、少しじゃ」
 しかしそれでもレギオンは騎士の壁をすり抜け強化の術式が施されている封印へ迫れば、漏れ出て来るそれを確実に切り潰しつつのルシフェルが問いに、長老が額に脂汗を流して呻き答えた時‥‥封印より僅かに離れた場所の梢が不意にガサリと揺れたのは。
 だが音はそれきり聞こえず、訝りながらもルシフェルがその音がした方へ駆け寄れば
「クロノ‥‥か?」
 そこには出血こそ収まっていたが全身が砕かれ、刻まれている騎士が横たわっていた。
「それより、何故此処に」
 今の戦闘前、封印の周辺は十分に散策を行ない何もなかった事を覚えているから当然に沸いて出る疑問。
「‥‥最低限の治癒しか施していない。悪いが、後の事は頼んだぞ」
 それをルシフェルが何気なく呟くと、何処からか降って来る声に彼は頭上を仰ぎ見るも
「待て、貴殿は一体‥‥!」
「余り、この姿を晒したくはないんでな」
 次に吐いて出たルシフェルの問いに『それ』は答えならざる答えを返し、微かに空気を穿つ音のみが辺りへ響けばその気配は掻き消えた。

 それから暫くして、最後となる封印の強化も無事に終わるとレギオン達もそれを察してか不気味なまでに大人しく後退し、此処に封印を巡る戦いは終結した。

●Playing(祈り)
「皆さん無事で何よりです〜!」
 最後にして最大の波状攻撃から時間は過ぎ、その翌日。
 久々に顔を合わせる十三人の表情には色濃く残っていたが、それでもシェリルの声が響くと皆は顔を見合わせ、綻ばせる。
「でも流石に皆、酷い格好だなぁ」
 だが、リオンの言う通りに尤も全員が全員ともボロボロで、唯一砕かれた封印を守っていたヴァラスとアルヴィンは動ける皆の中でも傷が深く、クロノに至っては騎士故に元より持ち合わせていた体力で今は峠こそ越えていたが‥‥未だ目を覚まさずにいる。
「そう言えば、ミリランシェル殿は?」
「あぁ、彼女でしたら‥‥」
 だが彼以外に見えない者が一人いる事に気付いた月夜は辺りを見回し、皆へ聞くとアルカードが彼女へその答えを紡ぎ上げた。

 そんな噂の彼女ことミリランシェルは一人、以前の依頼で『暗部』が『黒』の一人だったロイガーが朽ちた場所へと訪れていた。
「あんたの為に、祈ったりしない‥‥泣いたりしない‥‥でも、あんたの事は忘れない‥‥それが、生きている者の義務、だから」
 その戦いで彼が崩した封印は今回、再び構築され彼が成した事は既に消えてしまったが‥‥それでも彼女は一輪の小さな花をその封印の樹へ手向け、静かに呟けば昇る朝日の眩しさから顔を顰め、言葉を区切ると
「だから‥‥もう、ゆっくり休んで」
 何を想い紡がれたか、改めて紡ぎ出したその言葉だけ残して彼女は踵を返し、そこを後にした。

「ノッテンガムの騎士、森のエルフ達、そして『黒』‥‥一連の戦いにおける全ての犠牲者に敬意を‥‥彼らの魂の安らぎと、森に永久の平和が訪れる事を祈る」
 そして同じ頃‥‥リィの、祈りを込め紡がれた言葉に皆は黙祷を捧げた。
 もう二度と、この様な無益な戦いが起こらない事を切に願って‥‥しかしまだ、この戦いは終わらない。
 この戦いを巻き起こした、糸を手繰る者がいる限り‥‥シャーウッドの森に平穏は訪れない。

「再び封印は四つ、か‥‥一先ず、これでレギオンに付いては完全ではないながらも楔を打ち込んだになるな」
 その状況を何処からか静かに見やる者は、この戦いの結果にとりあえず安堵して呟くと
「次は‥‥」
 彼は顎に手を当て、次に成すべき事を見出す‥‥尤もそれは既に決まり切っていた事だったから、考え込む時間も僅か。
「『人』として、あいつと向かい合う事にするか」
 そしてその声は静かに、誰にも聞かれる事なく響くとそれが消えるより早く彼は地を蹴った。