【魔本解放】外伝 〜獅子と紅と悪魔〜

■ショートシナリオ


担当:蘇芳防斗

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月11日〜12月16日

リプレイ公開日:2005年12月20日

●オープニング

●獅子
「参りましたね、やっと部屋が片付いたと思ったのに」
 ぼやきながらも、傍らにいる青年を守りつつキャメロットの街中を駆けているのは円卓の騎士が一人、ユーウェイン・ログレスの悩みは少しピントがずれていた‥‥と言うのも彼と、ノッテンガムで今起きている事件に深く関わるだろうイアン・ヴェルスターは現在、何者かの襲撃に遭っていたからで。
「しかし小競り合いばかり、何がしたいのでしょうか」
「きっと狙いは‥‥」
 しかし本気で襲うつもりはないらしい、遠巻きに追い駆ける襲撃者達の様子に首を捻る円卓の騎士だったが、それにイアンは自身が抱えている一冊の本に視線を落とす。
「まぁそれだけとも限らないでしょう、専ら襲われているのは私ですし」
「‥‥どうしてユーウェイン卿は戦うのですか? 私は貴方や冒険者の皆さんの様に戦う信念はありません、どうして貴方は剣を取るのですか?」
 その彼の表情から心情を察してユーウェインは笑い言うと、暫くの間一緒に過ごしてきた彼の性根の強さを知りたくなったイアンは駆けながら一つ、問う。
「‥‥私の手だけでは到底足りませんが、出来得る限り多くの人々を守る為に」
 そして暫く、足音だけが響く中で呟かれた言葉はまだ続く。
「力がなかった頃に大事な人を失ったから。私はその人の分、他の誰かを守るとその時に誓ったからですね‥‥だから私はアーサー王に仕え、剣を振るい戦います。自らの理念を託すに相応しい方だと改めて教えてくれた人達の為にも」
 珍しく、彼にしては饒舌にそう言えば再び足音だけが響く中
「‥‥私も、戦うべきなのでしょうか」
「それは貴方が決める事です」
 イアンの独白にも決然と、円卓の騎士が思った事をそのまま口にする。
「話が過ぎましたね、一先ず急ぎましょう。此処では他の方にも迷惑が掛かります‥‥一先ず別の場所へ行きましょう。そこで迎え撃つ他なさそうですね」
 だが先程より近付いて来た複数の足音に気付けば円卓の騎士はイアンを促し、速力を上げるのだった。
「しかしこの調子ではいずれ‥‥手遅れになる前に後で冒険者ギルドに出向きますか」

●紅
「‥‥どうしてわざわざ、彼の帰りを待っていたのですか? 彼がいない間に目標を確保するのが楽だったのですが」
「それじゃ、詰まらないじゃないか」
 その彼らを何処か高みで見守る二人、彼らを追うもこちらを仰ぎ指示を求める部下の一人に首だけ振り、撤退させると傍らにいる側近からの問い掛けにあっさり答える長身の美女。
「‥‥はぁ」
「円卓の騎士を相手に、一度は戦ってみたいと思っていたからねぇ」
「とは言え、状況は切迫しています」
 それに思わず生返事を漏らす、かしまづいたままの側近へそれでも笑って答えれば負けじと釘を刺してくる部下に
「‥‥その様だねぇ、尤もこれ位打破して貰わないと私が今までついてきた意味がないわ」
 月光の下で髪を靡かせ僅かに逡巡だけするも、その雰囲気は未だ緩いまま。
「あれだけの事を言ったんだし、ならそれが出来る位の力を見せて貰わないと」
 次いで艶っぽく微笑むと、その様子にある疑問が沸かずにはいられなかったのだろう。
「‥‥何の為に、マリゥ様は戦っているのですか?」
「自分の為に、強さだけ追い求め極める為に‥‥興味があるのは純粋なまでに強い力、ただそれだけさ。それだけの為に私は『暗部』にいて、戦いの場を求めている。あいつはそれを提供してくれる」
 側近の問いに、マリゥと呼ばれた女戦士は円卓の騎士とは違う意思を見せ付けると今度は側近が溜息を漏らすより早く呟き、闇の中を動き出した。
「さて、円卓の騎士殿は何の算段もなく逃げた訳じゃないだろう‥‥そろそろ私達も動くとするか」

●悪魔
「ふぅん‥‥あれが魔本、って奴か」
 キャメロットより離れる二人と、それを見送りやがて動き出す二人を見つめる『影』が一つ。
「聖杯なんかより、こっちの方がよっぽど面白そうだ」
 人とエルフの血が混ざる者が抱える、黒い本を見つめ嗤うが
「‥‥けど、早々簡単にはいかないか」
 二組それぞれにいる、先日戦った円卓の騎士に大鎌を持つ女の実力から『影』は揺らぐも
「まぁいずれにせよ、奪う機会はあるだろう。今はその時を待つか」
 此処まで来た以上、既に引き返す道がない事から『影』は虚空に身を躍らせるのだった。

――――――――――――――――――――
 ミッション:迫る敵を迎撃せよ!

 成功条件:首謀者の捕縛、ないしは駆逐。
 達成条件:敵の迎撃に成功した時。
 失敗条件:迎撃に失敗し、ユーウェイン卿及びイアンに有事があった時。
 必須道具類:依頼期間中の保存食(日数分)と防寒服一式は忘れずに。
 それ以外で必要だと思われる道具は各自で『予め』準備して置いて下さい。
(販売されていないアイテムに関して、使う場合はプレイングにて根拠の明示を忘れずに)

 概要等:皆さんには今回、ユーウェイン卿とイアンさんを襲う不届き者の迎撃を二人と共に行なって頂きます、それと『暗部』である可能性が高い事から出来るなら首謀者の捕縛か駆逐をお願いします。

 傾向等:シリアス、純戦闘系
 NPC:ユーウェイン、イアン
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●今回の参加者

 ea0941 クレア・クリストファ(40歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1364 ルーウィン・ルクレール(35歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea1753 ジョセフィーヌ・マッケンジー(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1757 アルメリア・バルディア(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イスパニア王国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea6202 武藤 蒼威(36歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

サリトリア・エリシオン(ea0479)/ 三好 石洲(ea2436)/ 和紗 彼方(ea3892)/ 竜 太猛(ea6321

●リプレイ本文


 一日近くを移動だけに費やしたその翌日、一行は円卓の騎士であるユーウェイン・ログレスが自己の鍛錬に使っている、木製の小屋に辿り着けば今は様々に話を交わしていた。
「‥‥以上が私の知る、魔本に関わるお話になります」
 その円卓の騎士に守られるハーフエルフのイアン・ヴェルスターが自身、知っている限りでの魔本に付いて講釈をすれば、迫る敵をどう迎え撃つかで意見が交わす中。
「もしかすれば、ですが‥‥デビルがいる可能性もあるのでは?」
 柔らかな声音でアトス・ラフェール(ea2179)がアルメリア・バルディア(ea1757)の友人達が集めて来た今回の件に関連しそうな報告書を纏めた羊皮紙の一枚を見、一つの問いと一つの予想を紡げば
「先日から続く襲撃に関して、恐らくはイアン殿が言う『暗部』かと‥‥しかしデビルですか。確かに以前、聖人を救出する際に取り逃がした者はいましたが今回の件に絡んで来るとは」
「聖杯よりも、魔本に注目したのではないでしょうか。目にこそしてはいませんが、恐ろしい力を秘めている様ですし」
 黒衣の神聖騎士にユーウェインは悪魔の存在を断定し難く、言葉を濁すが羊皮紙のもう一枚を持つアルメリアがそれに目を通しはっきり言うもピンと来ないのか、呻く彼。
「まぁそんなに物騒な物なら、コレに入れといた方が安心よ」
 そんな円卓の騎士の様子にカラカラと笑い、クレア・クリストファ(ea0941)が一つの箱を取り出すと、ユーウェインはイアンを見て視線だけでどうしようかと尋ねる。
「彼らの横に立てる位の力をつけなければ、ならば今はやれる事をやるのみ」
「しかし円卓の騎士と肩を並べて闘う、か‥‥我ながら成長したものだ、負けないぞ」
 と、そのやり取りから珍しい一面を垣間見せるユーウェインだったが、それを見ても尚アトスが決意を口にすると、道中は皆の呼び掛けにも何処か無愛想だった武藤蒼威(ea6202)はそれまでと違い、年相応には見られない面立ちに円卓の騎士への対抗心を燃やすが
「‥‥面倒は嫌いなんだがな、目の前で死なれちゃ困るんでね」
 彼らとは逆、厳しい口調でシュナ・アキリ(ea1501)がボソリと言えば次いでユーウェインの背を見据えると、彼もその視線に気付き振り返る。
「言っておくけど、あたしはあんたらが嫌いだ。戦争の片棒を担いでいる円卓の騎士様がね」
「‥‥否定はしませんよ、けれど私達もそれを失くす為にも剣を振るっています。それだけ、頭の片隅にでも留めて置いて貰えますか」
 そして目が合う二人‥‥しかしシュナは引かず想いの丈を遠慮せず彼にぶつけるが、肯定する彼の静かな瞳と言葉には脳裏に蘇った義弟の死に様が思い出されると
「ふん」
 鼻を鳴らしてそっぽを向くのが精一杯だった。出来る事なら信じたいその言葉はまだ、受け入れられそうになかったから。

「魔本に付いて、どう言った物なのか最近分かって‥‥それを受け取った私はこれで何を成せば、何と戦えばいいのかが分からなくなって」
「そう‥‥ですね、誰かに言われたからではなく自身で選んだ道‥‥自分は何がしたいのか、見つめ直すのが良いかと思いますよ」
 その傍ら、魔本をクレアが持つ聖遺物箱に納めるイアンの表情から何事かを察したアルメリアの問いから、返って来た彼の疑問へ彼女は小首を傾げながらも答えれば
「彼女の言う通り、思うまま進むのがいいと思います。それが一番に、自分を裏切らないのではないでしょうか」
 落ち着いた雰囲気を纏わせる騎士のルーウィン・ルクレール(ea1364)もアルメリアの言葉に頷き、自身へも言い聞かせる様に呟くと
「思うままに、自分で選んだ道を」
 反芻して呟くイアンへ二人、静かに頷けば彼は一度魔本へ視線を落として箱の蓋を閉めた。
『‥‥誰かを、自分を信じる事が出来るなら道は必ず開けます』
 母が遺した言葉の一端を今この時、脳裏に過ぎらせて。

「さぁトニー、外から来る奴がいたら吠えるんだよ」
 とそれから暫くして、現地に来てから簡易的な罠や敵の動揺を誘うべく皆から借りたテントにちょっとした仕掛けも施しては乱立させたりと、一行の中心となって迎撃の準備を取り仕切っていたジョセフィーヌ・マッケンジー(ea1753)は一段落してか、愛犬のトニーへ指示を出すと口笛を吹きつつ小屋へ入ろうとしたが直後‥‥トニーが鋭く吠え猛るのを耳にして次いで、呆れた。
「何もそう、急く事はないのにね」


「闇夜に紛れるばかりが脳じゃない。むしろ円卓の騎士が来ているんだ、戦いたくてしょうがないこの衝動、抑えられて?」
 遠くで呟くマリゥの言葉が聞こえる筈はなかったが迎え撃つ一行、シュナの案で草を束ね結んだものや鋭利な枝等をばら撒いたり、限られた時間で出来る限りの準備をして待っていたが多少、集団の駆けるスピードが落ちた程度か。
「挨拶代わりよ! 外法‥‥轟天衝砕弾・墜月!!」
 だがそれだけでも一行には十分で、クレアが魔法で己の腕を限界まで上空へ伸ばせばその手に持つホーリーフレイルより衝撃波をその直上より放つと
「あんま騒ぐなよ‥‥こっちは狭い小屋に篭りっ放しで気が起ってんだっ」
「このジョーさんの弓からは逃れられないんだよっ!」
 伸ばされた腕が重力に従い、正しく月が堕ちる如く鉄球が地表へと突き刺さると同時に射手が二人、数多張るテントの影から一人は苛立たしげに、もう一人は悠然と微笑みながら矢を射掛ける。
「よし、俺らも加わるぞ!」
「えぇ」
 その攻撃により一団が散開する中、小屋の屋根に上っていた蒼威が飛び降り叫べばルーウィンもまずは自身に闘気を纏い、それぞれに駆け出した。
「渦巻け、風の奔流‥‥」
 その駆ける二人を雷撃で援護し、進む道を切り開いてから小屋のただ前に立つ残った面子の一人、アルメリアが周囲へ風の奔流を展開すれば急ぎ巻物を紐解き炎の力を宿す。
「少々、前が薄いでしょうか。ならば私も」
「‥‥あぁ、悪いけど卿は此処でイアンを守って貰えるかしら」
 援護を受けながらも『暗部』と接触を果たした蒼威にルーウィンらが奮戦する様子から円卓の騎士が何処か落ち着かず、剣に手を掛け言うがクレアが己の視界の片隅に何かを見止めると彼の言葉を遮り、アトスを見やれば
「一つ、徐々にこちらへ近付いて来るものがいます」
「だそうよ? それじゃあ悪いけど」
 彼の不死者を感知する呪文の効果から得た答えにクレアが笑うと、不精不精頷く円卓の騎士。
「それではそちらはお願いします」
 言葉と共に彼女へ己が闘気を分け与えれば礼の代わりに笑ってからクレアは駆け出した、大鎌を携えている『紅』率いるマリゥ目指して。
「来ますっ!」
 そして響く、アトスの叫びと同時に周囲に渦巻く気流が揺らげば唐突に現れた炎翼の悪魔は鉤爪をイアン目掛け振るう。
「狙いはイアンさんが持つ魔本だけですかっ?!」
「魔本だけあれば、十分じゃねぇのか?」
「‥‥残念ながら」
 だがそれはその間に割って入ったアトスの剣に阻まれ、次に響く問い掛けに悪魔は更なる疑問を返すと呆れたのはアルメリア‥‥どうやら魔本に付いての詳細は何も知らない様子。
「以前こそ取り逃がしましたが、今度こそは‥‥覚悟はいいですか?」
「戯言を」
 だがそれを気に留めず悠然と、しかし以前の経緯から怒気を孕ませユーウェインが己が剣を抜けば、下卑た笑みを浮かべるネルガルだったが
「お話はここまでにしましょう」
 僅かな詠唱でアルメリアが完成させた呪文はその先、悪魔が紡ぐ言の葉を遮ると次いでネルガルの到来に気付いたシュナが鳴弦の弓を弾けば
「此処で大人しく、死ね」
 鋭い一瞥と共に紡がれた冷たい言葉に悪魔は動じず、だが封じられる言霊と枷を掛けられた肉体に僅か、歯噛みしたがそれでも不敵に笑うと手早く印だけ組んでは爆ぜる火球を次々に生み出し放る。
「‥‥どうして、何の為に‥‥戦うのですか」
 その中で駆け出すユーウェインらを見て、未だ己の中で凝り固まる何かは溶けず一人呆然としたまま呟くイアンへ
「戦う理由、ね‥‥アイツみてえなのを生み出したくねえ、ただそんだけだ。あたしは」
 その一発に身を焦がされながらシュナは発した言葉と共に弦を弾く手を止め、矢を掴めば持つ弓より放ったそれは当たりこそしなかったが、宿った彼女の意思によってネルガルの体勢が僅かに揺らいだその一刻‥‥音もさせずにユーウェインがその体を悪魔が懐へ滑り込み、闘気を奔らせた刃で切り付ければ
「‥‥!」
 続けて炎纏うネルガルの体にアトスの剣にシュナの矢が激しく突き立ち、その左腕を落とすも未だ黙するネルガルはそれでも魔本だけを求め、顔を上げたイアンへと迫るべく地を蹴った。

「これでっ」
 その一方で後衛達の援護を受けながら『暗部』の一団へ突っ込んだ蒼威とルーウィン、卓越した技術を持って確実に部下達を屠っていくその中で周りを気にせず、一人先を走るマリゥを銀髪の騎士が追えば蒼威は周囲を見回してから自身の領域を確保したまま、残る敵を一手に引き受けていた。
「まだ青いな、この程度で膝を屈するとは」
 その中で常にマリゥの傍らにいた参謀と相打てば、迫る剣を盾で受け流し僅かに出来た隙がある間を見逃さず、足を払い地面へ転がすと
「お前達に構ってばかりもいられない、後は好きにしろ」
「‥‥そう言う訳には、行かない」
 それだけ告げて踵を返そうとするが、彼女は与えられた役目を全うする為にそのままの姿勢で彼の背目掛け、剣を振るうと
「覚悟が出来ている、か。なら相応に相手となろう」
 その彼女が取った行動に蒼威は不敵な笑みを浮かべそれを軽やかに避け、持つ槌を再び掲げてはその参謀と対峙するのだった。


「‥‥うん? 何処かで見た時のある顔だねぇ」
「半年前の借り、返させて貰うわ‥‥いざ、勝負っ!!」
 遂に太陽が天空の頂点に達した頃、マリゥは円卓の騎士まで後一歩と言う所でクレアに行く先を阻まれ、だが僅かに見覚えのある彼女が紡ぐ言葉に何事かを思い出せば嗤うと、クレアが次に発した言葉と同時、マリゥは大鎌とそれから少し遅れもう一刃を立て続けに振るう。
「私も、相手になりましょう」
「面白いわね、何人でもいいわ。尤も‥‥苛立っている私を止められるのならね!」
 その疾さにクレアは僅かに反応が遅れるがしかし、その間に割り込み連撃を悉く銀の槍で受け流すルーウィンが静かに言うと、『紅』は咆哮を上げた。

 その一方で悪魔と対峙していたユーウェイン達、声にならない声を上げたイアンの袂に飛び込み、鉤爪を振るうネルガルとの間に飛び込んだアルメリアがその目にしたのは
「シャドウ‥‥バインディング?」
 影の触手に拘束されるその動きを止めた悪魔と、自身の傍らでいつの間に手にしたのか、魔本を開き更に詠唱を紡いでいたイアンだった。
「イアン、殿」
 その動きが止まった場の中で、ユーウェインの声だけが響くと‥‥呼び掛けられた彼は微笑んだ。
「これが魔本の‥‥いえ、私の意志です!」
 そして直後、イアンの詠唱は完成しネルガルの影は爆散させれば、悪魔の下半身を吹き飛ばし残る上半身を虚空へと打ち上げる。
「何が‥‥悪いって言うんだ、力を求め‥‥」
「悪くはないよ、けどあんたは敵だった。それだけね」
 沈黙の効果が解けたネルガルが最後の台詞はジョセフィーヌが放った矢によって頭部を貫かれ、阻まれると次には残された全てが宙で霧散した‥‥それが力に固執したネルガルの、あっさりした最後だった。

「‥‥なるほど、厄介な力量な持ち主ですね」
 それから打ち合う事、十数撃‥‥身に纏う鎧のあちこちを刻まれ、己が血で体を濡らし肩で荒く息をする二人を相手にマリゥも流石に所々傷を負えば、多少息遣いも荒くなってはいたがまだ平然としている様子にルーウィンはその頑丈さに呆れ、次いで地を蹴る。
「まだ、足りないねぇっ! こんなものじゃないだろう!」
「!!!」
 もう何度か放った、速度に全体重を乗せた一撃‥‥と思わせておきながら、不意に速度を落とすと身を翻してはマリゥへ無防備な背を見せ、僅かな間も無く靡くマントの向こうから自身の脇を通し、敵がいる位置へ過たず強烈な一閃を打ち込むが‥‥突如現れた穂先にも怯まず弾かれると完全にルーウィンの体が泳ぎ、衝撃と共に地へ打ち倒されればその無防備な首元へ大鎌が閃こうとする。
「悪いけど、今日此処で私はあんたを越えるっ!」
「っ!」
 しかしユラリと、マリゥの側面に迫るクレアが足らない技量の分だけ彼とは違う気迫を持って叫べばそれは『紅』を揺るがし、その隙見逃さず自然に体の動くまま、聖なる鉄球を振り上げ、振り下ろし、打ち据え、打ち据え、ただひたすらに打ち据え続ける。
「十一ノ法、砕月聖闘断破‥‥」
「まだ‥‥ね」
 そして自身の体が限界まで悲鳴を上げる直前まで得物を振るったクレアが最後の口上を告げようとするも、幾度か感じた手応えのなさに相手を見ればまだ彼女は立っていた。
 全てが全てではない筈だが、力量の差故に甘かった攻撃は寸での所で致命傷を避けられたのだろう、己の未熟さに舌打ちするクレアへ
「この程度‥‥まだ、私は‥‥戦えるっ!」
「‥‥戦うより他、無いのですね。ならば色々と伺いたい事もありますしその身、捕らえさせて頂きます」
 マリゥは震える膝を抱え、体を起こし咆えれば再び大鎌を構えたがその直後に響く、澄んだ詠唱と次いで放たれた雷撃が彼女に突き刺さるとクレアはその時になって初めて、周囲を見回してみる。
「何とか終わった様ね」
 するとそれぞれ疲弊こそしていたが、アルメリアにジョセフィーヌらを筆頭に二人の元へ駆けて来る皆を見ると
「もう、終わりよ‥‥って、立ったまま気を失っているわ」
 マリゥへ投降を呼び掛けるが、地に突き立つ大鎌に身を寄せては身動ぎ一つしない彼女の様子にクレアは呆れるのだった。


 それからイアンに一行は打ち倒した『暗部』のマリゥ達を一先ずユーウェインに託せば一足先にキャメロットへの帰路へと着く。
「‥‥いつも心の中にあるもの程、それが大事であればある程に何かをきっかけにしてこうも簡単に忘れてしまうんですね。皆さんの戦う姿、心に残りました‥‥ありがとうございます」
 その道中で彼が述べる礼にそれぞれ、表情を綻ばせながら。