橋の向こうから

■ショートシナリオ&プロモート


担当:Syuko

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月24日〜03月27日

リプレイ公開日:2008年03月27日

●オープニング

 最近、志士たちの間で流れる噂がある。

 神皇家の御膝元である京の都の治安を守るべき志士の中で行方不明者が出ているのだ。

 不思議なことにその者たちは決まって夜、しかもある場所から足取りがつかめなくなるらしい。

 はじめのうちは、行方不明になった者たち、皆が比較的顔立ちの整った良い男であることから、

 どこかの白拍子にでも入れ込んで自堕落になったのかと言うものもいたが、数名も続くと気味が悪い。

 いなくなった者の中には志士ばかりでなく、町方や公家に仕えるものもいるらしいのだ。


 だが、ここにそれらしい妖にあったと思われるのだが無事戻って来られた男がいた。

 志士としてはまだ新米といえる八束伊織である。

「橋ですよ、橋の向こうにいたんです」

「何が?」

「女です。そりゃあ美しい女でした。おいでおいでと言うように手を振られると、
まるで吸い寄せられるように足がひとりでに近づいていくんです」

「妖だというのか?」

「わかりません」

「おぬし、どうやって逃れてきた?」

「それが、橋のたもとでつる草に足を取られてすっ転んでしまいまして。
 草を切ろうと小柄を出しましたら急に女がふっと消えたのです」

「そなたの見間違いでは?」

 志士に取り立てられてまだ一年足らず、実家が江戸で道場を営んでいるという割には
 腕っ節もたいしたことはない。

 そんなものに幾人もの志士を連れ去った妖が恐れをなすだろうか?

「きっとおぬしの勘違いだろう」

「そんな、決して見間違いなどではありませぬ!」

「恐い怖いと思っていると枯れ尾花も幽霊に見えると言うぞ」

「それに」

 少々意地の悪い一人が言った。

「それが真に妖であったとして、貴殿は一度無事だったのだから、心配はあるまい。
どうだ、方々、この件はこの者に任せてしまっては」

「おお、それが良い。神皇家にお仕えする我ら志士の名折れにならぬようしっかり頼むぞ」

「そんなぁ」

 どういうわけで自分が助かったのか皆目わからないのに‥‥

 途方に暮れて伊織は小柄を見つめた。

 江戸を離れる際、魔除けにと先祖伝来のこれを妹達が持たせてくれたのだ。

 銀製なので売れば貧しい生活の足しになるものを、と伊織はぎゅっと小柄を握り締める。

「うん、ここはなんとか頑張らなくては。だけど一人ではどうにも心もとないな」

 本来、仲間であるはずの志士たちには頼めない。

(こういうときは‥‥だ)

 伊織は冒険者ギルドに向った。

●今回の参加者

 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2304 室川 太一郎(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb8467 東雲 八雲(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

勇貴 閲次(eb3592)/ 室川 門土(eb3694

●リプレイ本文

◆「志士の東雲八雲(eb8467)だ。宜しく頼む。」
 自分と同じ志士と名乗る八雲に八束伊織は驚いたようだ。
 志士の仲間に橋の妖の探索を押し付けられ、よもや、同じ志士の中に自分を助けてくれる者がいようとは思っていなかったのだ。
 しかも二人も。
「橋のたもとに美女の物の怪が出没ですか。私は志士ではありますけど冒険者として動いているから問題ないですし」
 そう言ってくれた山本佳澄(eb1528)に伊織は感謝の眼差しを向けた。
 江戸を出て一年余、少々、志士に幻滅しかけていたのだが、それも吹き飛びそうだ。
 だが、八雲も佳澄もいずれもこの京都に名の響く強者のようで少々気後れするのは否めない。
 そんな伊織を励ますように室川太一郎(eb2304)が朗らかに笑いかけた。
「八束伊織殿、微力ながら助太刀しますよ」
 どこか異国人の風貌をした室川が自分の緊張を和らげようとしてくれているのがわかる。
「今宵の所は、勇貴殿が街を警護してくださいます。私達は情報を収拾して作戦を立てようではありませんか」
「は、よろしくお願い致します」
「まずは貴殿の体験した話を詳しく伺いたい」
「ああ、こちらは私の兄で室川門土と申します。お話を伺いながら件の橋を見に行きませんか」
 室川の提案に皆は同意し、情報収集の為に例の橋に向った。
 昼間に見ることで何か気付くことがあるかも知れない。
「八束殿、貴殿が切ったつる草はどの辺だ?この手の相手は死霊、悪魔辺りの仕業である可能性が高いが、植物関連の可能性を消しておくために一応、調べたい」
 備前響耶(eb3824)に訊ねられ、伊織は橋のたもとの土の上を這うつる草を示した。
「確かこの辺りです」
「なるほど、刃物で切った痕があるな。つる草が絡んだのは偶然か」
「さすがに昼間には異常はないようですね」
佳澄が試しに橋を渡ってみるが特に変った様子はなかった。
「それにしては、人通りが少ないですね」
 橋に出る妖の噂は広がり、人々はこの橋を避けているようだ。
 琉瑞香(ec3981)は周辺の露店の商人や、近所の人に様子を聞いては恐怖や精神的な衝撃を回復させる魔法を使った。
「志士だけでなく、町方からも幾人か行方不明者が出ているようですね。やはり見目の良い男ばかりだとか」
「そうなると‥‥」
 ベアータ・レジーネス(eb1422)には妖の正体の目星はついているようだ。
 が、彼は慎重に巻物を取り出した。
「それは何ですか?」
「過去を覗き見ることが出来る魔法の巻物です。伊織殿が助かったのは、恐らく銀製の武器があったからでしょう。銀を嫌う魔物もいますから」
「そうでしょうね。お話を伺っているとどうやらその妖物は『魅了』を使うらしい。気をつけたほうがいいでしょう」
 そう示唆する琉瑞香に室川も肯く。
「八束殿、そのお守りの小柄は必ず身につけておかれたほうがよろしいでしょう」
「は、はい」
「あなたに何かあれば江戸の妹御達が悲しまれましょう」
「山本殿にもご兄弟が?」
「ええ。兄が。今は遠い異国におりますが」
 家族を思う気持ちは相通じるものがあるのだろう。
「私もできるだけのことはしましょう」
「何にせよ、準備は万全にしたほうがいいでしょうね」
「夜の探索だ。灯りも必要だろう。そちらは俺が用意しよう」


「ところで作戦だが‥‥」
 備前響耶は一同を見渡した。一先ず冒険者ギルドに戻った彼らは、卓を前にして作戦会議の真っ只中である。
「自分は囮を使うのが有効だと思う。相手が出て来てくれん事には始まらん」
「囮ならば、私が引き受けよう」
 ベアータの申し出に備前は同意した。
「ただし、私はジャパンの人間とは様子が違う。妖が反応しない場合も考えられますが」
「その場合は妖の狙いはかなり限定されていると見るべきだろうな。そうなると」
 皆の眼が自分に集まっているのを感じ、伊織はごくりと固唾を飲んだ。
「貴殿は一度狙われた身、妖の好む条件を満たしていると考えられる。勿論、無理にとは言わぬが」
 志士として誇りある男になってほしいという響耶の心が伝わってくる。
「やります。やらせてください!私は剣の腕もまだ拙き身、囮くらいしかできそうにありませんから」

◆一同はほの暗い大路に立っていた。
 ここから件の橋まで歩いていくことにしたのである。
 昼日中は賑やかな大路も、日暮れと共に一気に寂しくなる。
 妖怪が出没するという噂は後を絶たなかった。
 志士ともなれば、妖の噂を恐れてなどいられないのであるが、冒険者として活動している者以外はめっきり外出を控えているらしい。
 八雲と並んで提灯を持って先頭を歩いていた伊織がふいに「わぁ!」と声を上げた。
「伊織?」
 転んだ伊織を八雲が助け起こす。
「すみません、何かが足に。毛が生えていました」
 それが足に絡み付いて転んでしまったのだと言う。
「すねこすりですね」
 ベアータが苦笑する。
「そう厄介な妖怪ではないです。こうして暗がりで人を転ばせる、もう、行ってしまったようだ」
「すねこすり?猫のような感じでしたが」
「足元に気をつけることです。この街の夜の闇は深い」
 佳澄の口調は志士としての経験を積んだという重みがある。
「例えば、辻に出た時は注意をすることです」
 夜目の利く室川が顎で前方を指した。
 つられて前を見た伊織が思わず声を上げそうに息を吸った瞬間、響耶が黙って手で塞ぐ。
「静かに」
 目の前の道を異様な牛車が通り過ぎていく。
 車を牽いている筈の牛がいない。しかも妙に朧に霞んでおり、何よりも恐ろしいのは車の前に鬼の形相が浮かんでいることだった。
「朧車。夜の街を走り回り、人を轢き殺そうとします。あなたも志士なら夜警の折に出くわすこともあるでしょう。闘うこともできますが、今は橋の探索を優先するので、こうしてやり過ごすのも一つの方法でしょう」
 琉瑞香の解説に伊織はこくこくと肯いた。
 朧車の脅威が過ぎ去ったのを見て響耶が口を塞いでいた手を外した。

「さて、件の橋に近づいたわけですが、本当に囮ができますか」
ベアータが伊織に確認する。
「はい、元々、私が言い付かったことですから」
「銀の小柄は持っておられますね」
 室川は自らも銀のナイフを携帯していた。黄泉還った死人を斬るという魔力を帯びた刀「姫切」をも手に、準備に怠りはない。
「はい、持っています」
 自分を案じた妹達の思いを手に伊織は力強く肯いた。

◆妖に気取られぬよう、橋から距離を置いて、皆は伊織を見守った。
「刻限だ」
 丑の刻、皆が見守る中、ぼんやりと橋の向こうの空間が揺れた。
「来た」
 伊織は懐の中で銀の小柄を握り締め、ゆっくりと橋を渡り始める。
 冒険者達は思い思いの方法で妖の正体を調べた。
「ブレスセンサー、反応なし」
 そう呟いたベアータの手の中で古びたしゃれこうべがカタカタとその歯を鳴らした。
「数は1。橋の向こうまで約10mですか」
 琉瑞香はその魔法の力で敵の数まで察知できるらしい。
「やはり不死者でしたか」
 皆はそろそろと身を潜めていた場所から顔を出して橋を見つめた。
 橋の向こうで目を見張るような美女が伊織に向かいおいでおいでと手を振っている。
「大丈夫なんでしょうか?妖に魅せられているのでは?」
 室川にベアータが答えた。
「琉殿がレジストデビルを掛けてくれている。ある程度は抵抗できるはずです」
 妖の美女は伊織に妖艶に微笑み、美しい衣の袖を広げた。
「今だ、包囲!」
 霊剣アラハバキを掲げた響耶が合図したと同時に視界がぱっと明るくなった。
 琉瑞香が魔法の光を照らし、伊織に近づいたのだ。妖の美女が怯み、顔を覆った。
「やはり妖の正体は『愛し姫』ですか」
 時折京に出没するこの妖の名を知る冒険者も多い。
「コアギュレイト」
 怯んだ愛し姫が逃げ失せないよう、琉瑞香が足止めする。
「死霊か、ならばこうだ」
 韋駄天の草履を履いた東雲八雲が素早く妖に近寄ると、懐から和紙の包みを取り出し中身を振りかけた。
 妖は苦悶の表情を浮かべ袖で顔を覆う。
 清めの塩だ。塩がかかった袖が焼け、腕に明らかな痕を残した。
「その傷は死霊にとっては癒えぬ傷。これ以上人々を惑わせるというなら容赦はしない」
 八雲の言葉に合わせるように日本刀「姫切」を構えた室川と山本がにじり寄る。
 と、妖が打ち掛けの裾を翻した。
 足止めしていた魔法が効力を失ったのだ。
 哀しそうな表情を浮かべたまま、愛し姫は薄れ姿を消した。橋の向こうの空間の歪が消えていく。

「な、なんだったんですか、あの美しい人は」
 呆然と妖の消えた辺りを見つめたまま伊織が呟いた。
「愛し姫。死霊の一種です。美しい者や才能ある者を愛でて冥界に連れていくと言われています」
 ベアータが説明した。
「じゃあ、今まで行方不明になった者たちは‥‥」
「おそらく冥界に。戻ってはこられますまい」
 気の毒だが、どうしようもない。
「だが、この辺りに出没することはもうないでしょう」
 愛し姫も癒えない傷を負って痛い目を見たのだから。
「‥‥淋しそうな顔でしたね」
 視線を落とす伊織の肩をしっかりしろとでも言うように響耶が叩いた。

◆「備前殿はただ働きですか?」
 そう訊ねる室川に響耶はクールに答えた。
「京の治安維持は見廻組の仕事だからな。報酬は受け取れんよ」
「ところで、どうして八束伊織が狙われたと思う?」
 八雲の問いかけに皆はギルドの前で首を捻った。
 はっきり言ってそう美男というわけでもない。醜いわけではないがまあ平凡だ。
 才走っているわけでもなさそうだし、剣の腕前も志士としての心構えもへっぽこだ。
「何か、隠れた才能を秘めているとか」
「さあ」
 結局は愛し姫の気まぐれではないかということに落ち着き、彼らはギルドを後にする。
「志士としてこの京の街にいるんだ。また出会うかもな」
「次に会った時は冒険者になっているかもしれませんよ」
 山本はそういうと空を見上げた。