●リプレイ本文
◆村人達が一時的に身を寄せている寺へ冒険者達は出向いていった。
ここから村は半日ほど離れた場所にあり、とりあえずは落ち着きを見せているようだ。
「では、逃げ遅れた方はいないのですね?」
リュー・スノウ(ea7242)の珍しくも美しい姿に村人達はどぎまぎしながら肯いた。
「はい、不幸中の幸いにて、子ども達も年寄りも皆、無事に」
「それは良うございました。けれど、恐ろしい目をなさいましたね」
「はい、まさかあんなことが起こるとは‥‥」
「そのことだがよ、その七人の亡霊はなして封印されていたんだべなぁ?」
神多羅木翠雨(eb5245)の言葉に村の庄屋も首を捻った。
「はい、昔のこととて知る人間もおりませんで。ただ、昔、あの塚を築いたというえらいお坊様はしばしこのお寺にも滞在されていたらしゅうございます」
「ならば、この寺に何か文献でも残っているかもしれんな。和尚に尋ねてみよう。塚が残っていれば何かわかったかもしれないが」
鷹司龍嗣(eb3582)が言った。
削り取られたという封印文字はもしかすると精霊碑文学で読めたかもしれない。だが、実際は骸骨武者達の復活と共に塚石は砕け散っていた。
「だが、上手くすると武者達の鎧冑から奴等が生きていた年代が割り出せるかもしれないぞ。家紋があればもっとはっきりするのだが」
群雲龍之介(ea0988)はどうなのだ?と庄屋を促す。
「お前達、誰か家紋のようなものは見なかったかい?」
庄屋は村人に尋ねたが誰も首を横に振るばかりだ。恐怖のあまり目に入らなかったらしい。
「では、まずは村とその周辺の地理をお話頂いて把握することにしましょう」
糸のような目で微笑むような伊勢誠一(eb9659)の飄々とした雰囲気に村人達の緊張は少し解れたようだ。
村の家々の並びや袋小路、土手や小川等々を口々に説明する。
伊勢はそれを丁寧に訊きながら絵図面を作っていった。
「七人の骸骨武者は常に七人一緒に動いているのか?」
それまで黙って話を聞いていたヨハン・アルバー(ec4314)の質問に村人の一人が答える。
「いいえ、思い思いに動いているようで。村やその辺りをうろついて昼夜構わず、でさあ」
「近頃、様々な場所で過去の亡霊が出てきている様ですが今は人の世なれば黄泉の淵へ送り返すまでですな」
「かつて旅の僧に封じられたようだが…再び封じても、いつかまた封印は解かれるかもしれない。私たちの手で、天に還そう」
伊勢や、陰陽師らしい鷹司の言葉に皆は肯く。
「で、作戦は?」
ヨハンに劣らず寡黙な侍、瀬崎鐶(ec0097)がぼそりと呟いた。
見取り図を見ながら神多羅木が言う。
「落武者7人を同時に相手にするのは厳しいだよ」
「数は七対七…ならば如何に『衆を以て寡を撃つ』状況を作るか…。自分が囮になって、敵を分散させる様にしてみましょう」
伊勢はぐるりと仲間を見回した。
「なるほど、皆は待ち伏せして取り囲むという作戦だな」
それは良いと群雲が賛成した。
「奥が袋小路になってる狭い通路におびき寄せたいだべな」
神多羅木の意見に伊勢は薄く笑む。
「できればもう一方、囮役をお願いしたいところですが」
瀬崎が名乗りを上げた。
「その役目、僕が引き受けよう」
「決まりですね」
「ふむ。囮役の伊勢殿が骸骨武者を誘き寄せ分断、そこを攻めると。了解した」
「では私は皆さんの援護をさせていただきます」
「村人が村へ戻れるように退治しに行くべ!」
「街道の近くとあらばさらに被害が広がる可能性があるな。急がねば」
「ふむ、村人達の暮らしの為に、そして未だ迷える死者の御霊を鎮める為にも全力を尽くすとしよう」
「士気も上がったところで出発しましょうか」
「さ、皆用心して行こう!! 」
ペット達を寺に預け、彼らは出発した。
◆夕刻が近づいていた。
リュー・スノウは左手に光球を掲げ、仲間たちを導いていた。この光の届くところにいる限り骸骨武者達は仲間に手を出せない。
そうしておいて、彼女は敵を探知する。
幸いと言うべきか骸骨武者達は皆、村の中にいるようだ。
「やはりこの村に恨みがあるのか」
熱を帯びた指輪に目をやりながら鷹司は呟く。
無人となった村を武者達は彷徨っているようなのだ。
村の外で旅人を襲っても結局はここに戻ってくるらしい。何かを捜し求めるように。
「来ます」
敵の動きを察知してリューが警告する。
不死と成り果てた者を誘き寄せ、伊勢と瀬崎がこちらに向って走ってきた。
「まずは1体めだべ」
神多羅木が水晶の小盾で武者の刃を受け止め、レイピアで突く。
「あり?」
鎧の隙間を的確に突いたにも拘らず、武者はダメージを受けず襲い掛かってきた。
「そうだべ!体が骨では隙間だらけで突き攻撃が効き難いんだべ」
すかさず神多羅木は盾で切りかかる敵を撥ね返した。
「そうだ、俺達は敵の体勢を崩すことを狙おう。隙を作れば他の者が攻撃しやすくなる」
ヨハンが大槍を構える。
「・・・騎士、ヨハン・アルバー。お相手仕る」
囮作戦は概ね上手くいき、4体は難なく撃破できた。
「家紋は見当たらぬな」
ただの骨とくたびれた武具となった一塊を見下ろし群雲は首を振った。
その手の十手で叩き割った古い冑はありきたりの形だ。それほど重要な地位の武将ではなかったのだろう。
伊勢の持っていた呼笛の音がした。
探査の魔法で敵の位置、数を知ったリューが皆を振り返る。
「3体、一度に来ます」
「何!」
伊勢と瀬崎は上手く敵を細い路地に誘導してきた。伊勢の刀から放たれる真空波で中の1体はダメージを受けながらそれでも追ってくる。
路地の出口で皆は敵を待ち構える。
「後ろの1体は他の武者とは違う。おそらく首領でしょう。自分は死霊侍とは以前にも戦ったことがあるのです。」
冷静な伊勢の言葉に皆は身構えた。
どうやら先ほどの3体よりは手強い相手らしい。
ヨハンが大槍を繰り出すと、鎧武者はそれを避けようとよろめいた。
「ピュアリファイ」
「ライトニングサンダーボルト」
リューと巻物を広げた鷹司が魔法で攻撃する。
がくがくと鎧武者の体が崩れた。
瀬崎は仲間の死角が残り2体となった骸骨武者に突かれぬよう援護に回っていた。
首領と思しき死霊侍は生前の剣の腕も他の武者より勝っていたらしい。時折鋭い一撃を繰り出してくる。
姫切を逆手に持った伊勢がそれをかわす。
ひゅうひゅうと声にならない呻きが武者の肉のない咽喉から洩れていた。
「過去の亡霊は、黄泉の淵に還りなさいッ!」
ガチリという金属音と共に刀同士がぶつかり合った。
神多羅木のレイピアが鋭く突き出され、武者の体がぐらついた。
◆遺された骨は脆かった。かさかさと乾いた音を立てては風に転がされ塵となっていく。
「結局、鎧だけが残ったか」
古び朽ちた鎧をそれぞれ手に取ると彼らは村を出、寺に向った。
そこに転がしておくのは忍びなかった。
寺に戻ると待っていたかのように和尚に出迎えられた。
「おお、無事戻られたか。何よりじゃ」
和尚は彼らの持つ鎧に目を向けると合掌した。
丁寧に本堂に鎧を並べると、一通の書付を差し出す。
「これは?」
「寺の書棚を探してようやく見つけた古い書付じゃ」
受け取った群雲は黙読し、傍にいた伊勢に手渡す。
「詳しいことはわからないのですね」
彼らがどこの侍でいつ死んだのか‥‥。
ただ、戦の後、落ち延びてきた彼らを最初は匿った村人が、勝者の厳しい詮議を恐れて彼らを討ったということしか。
このまま刀を捨て村人として新しく生きなおそうとしていた彼らにはすでに心寄せる村娘もいたと言う。
「覚悟の上の自害ならこうはなるまい」
瀬崎がぽつりと呟いた。
伊勢が肯く。
「おそらくはだまし討ちであったのでしょうな」
集団にこそ起こりうる狂気。詮議に怯えた村人達は武者達を生贄にしたのだ。
「旅の僧についても書かれているな」
鷹司が文面に視線を走らせた。
己が罪というよりも落武者達の祟りを恐れた村人達に旅の僧は塚を築き弔うことを勧めた。
そして災いが起こらないよう石に封印の文字を刻んだのだ。
村人達が彼らを敬い畏れる限り塚は大切に祀られ、災いは起こらないだろうと。
「だが」
鷹司の後をヨハンが引き取る。
「月日と共に村人は塚のことを忘れてしまった」
子どもに罪はない。塚を敬い、畏れることをきちんと伝え教えなかったのは大人たちだ。
いや、人と言うものは喉元を過ぎれば熱さを忘れるもの‥‥。
「いいか、今度は決して忘れちゃなんねぇぞ」
神多羅木が子ども達を諭す声が聞こえる。
彼は子ども達と一緒に鎧を一つ一つ丁寧に穴に納めていった。
骸骨武者たちの脅威は去ったが、塚を再建してはどうかとのリューの勧めに和尚が賛成したこともあって村人達は総出で彼らの鎧を葬ることにしたのだ。
「此度得た教訓はお子達にとっても必要な事。古き物を大切にし先人の言葉が持つ意味を敬う、其を伝え続けるに善き導となってくれるかと存じます。」
「はい、今度こそ、決して。代々しっかり塚を敬い大切にお祀りするよう言い伝えます」
先祖の所業に複雑顔の庄屋は大きく肯いた。村の為に七人は犠牲になったのだから。
「そうすることで彼らも村の守りとなってくれることだろう」
新しく据えられた七つの石塚が並ぶ。
経を唱える和尚の傍で瞼を閉じたリューが祈っているのが見える。
群雲が桃の香りのする酒を塚に振りかけた。
「ねぇ、早く早く」
子ども達が神多羅木の緑の手を引っ張っている。
叱られたときはさすがにしゅんとしていたが、彼にすっかり懐いてしまったらしい。
冒険者達はせめてもの心づくしをと願う庄屋に招かれていた。
「お姉ちゃんも早くぅ」
「あ、ああ」
手を引かれ戸惑いながらも先を行く瀬崎の後を皆がゆったりと微笑んでついていく。
誰ともなしに皆が振り返る。
春の陽射しが温かく七つの塚に注いでいた。