水なき空に

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 85 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月21日〜04月24日

リプレイ公開日:2008年04月25日

●オープニング

 少し朧な大きな月に照らされて、花園馨(15)は気分良く歩いていた。
 江戸から少しはなれた村への使いを頼まれた帰りである。
 まだ冒険者として駆け出しの域を出ない彼は逃げ出したペットを探したり、物を届けたりといった依頼を中心に活動していた。
「地道な努力は大事なことだよな」
 たとえお使い程度の依頼とは言え、きちんとこなした後は気分がよい。
 それに今夜は提灯が必要ないほどの月明かりだ。
 もうすぐ江戸の街が見えてくるというところまで来て少し休むことにした。
 道から少し離れた場所に大小二本の桜が立っていて花を愛でながら座って休むに丁度良い。
「綺麗だな」
 月明かりに照らされ、散り始めるにはまだ数日は持ちそうな花を下から見上げた。
「桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける‥‥か」
 散り始めはさぞ見事だろう、その頃、昼間に来てみようかと馨は先人の歌を呟く。
 何、花の歌など他に大して知らないのではある。ふと浮かんだ一首を口にしたまでだ。
 その時である。

「ほう、雅な歌を」
 寂びた声がして馨は背後の桜を振り返った。
「どなたかおられるのですか」
 声は桜の幹からしたように思われた。
 てっきり桜の背後に老人でもいるのかと花闇の下で目を凝らしてみる。
 古木とも言えそうな桜の幹は太く、細身の人なら何とか隠れられそうである。
「どうか、そのまま。故あって姿はお見せできかねるが、貴殿に頼みがあってな」
「頼み?」
「見るところ、貴殿は冒険者殿、とお見受けするが」
「はあ、まだ駆け出しですが」
 胸張って『冒険者です』と言えるほどの腕前ではない。
 『声』はそれでも良いと言葉を続けた。
「じつは、この場所は、以前は良い花見の場所と人々に愛でられた所でな。昔は随分と賑わったものじゃった」
 年老いた夫婦や若い恋人達、小さな子どもを連れた家族が、賑やかに花見を楽しんだものだった。
「ところが‥‥」
 いつしか小鬼どもが毎年のように現れるようになり、悪さをするので人々は恐れ寄り付かなくなってしまった。
 何本かあった桜も鬼たちの乱暴で折られたりして枯れ、残るはこの二本になってしまった。
「これまで何とか守ってきたが、もう、寿命が尽きるらしい」
「でも、立派に花が咲いているではないですか」
「うむ。この古木が妻たる細木を支え、木を分けてやっていたのだが、細木がもう持たぬと言うのでな」
「そうなんですか‥‥」
 馨は古木の傍らの桜を見た。
 確かに良く見れば花数も少ないようだ。
 古木が枝を絡ませ支えるようにして立たせてやっているという感じだ。
「この春が最後の花となろうな。それで、ばあさんがな、最後に以前のように賑やかな花見にしたいと泣くのだよ」
 枯れゆく木を憐れんで老人の妻が涙しているのだと馨は合点した。
「おばあさんの望みを叶えるには鬼を追い払わなくてはならないのですね」
「そうして貰えると有難い」
「わかりました。鬼は何匹くらいいるんでしょう」
「その日によって数は違うのでな。鬼の間ですっかり桜の名所になってしまっているのが口惜しい」
「そんなに‥‥」
 数が多ければ馨一人では鬼を追い払うのは難しい。
「引き受けてくださるか、冒険者殿」
「はい、お引き受けします」
 たとえどんなに大変だろうと老夫婦の望みを叶えたいと思った。
「ならば、この古木の根元から南に十歩のところを掘ってみなされ」
 言われた通りにすると巾着が出てきた。
中を見るように促され、開いてみると金子が入っている。
「それは礼金じゃ」
 このお金で、幾人か応援を頼むことが出来る。
「春の天気は変わるのが早い。次の雨で桜が散る前に宜しゅう頼みまするぞ」
「はい、応援を集めてなるべく早く戻ってきます」
「うむ。では早く行かれるが良い。そろそろ鬼共も現れよう」
 それっきり不思議な老人の声が途切れた。
 人の気配も無い。
 が、不思議と怖ろしいという気はせず、馨は巾着をしっかり握り締めると急ぎその場を離れた。

 月明りの下、一路、冒険者ギルドへ‥‥。
「待っててください、おじいさん!」

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2139 ルナ・フィリース(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2963 所所楽 銀杏(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3064 緋宇美 桜(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

◆「では、花園殿もその老人の姿は見ておらぬのだな」
 群雲龍之介(ea0988)は寄り添う二本の桜を見上げた。
「はい。声だけにて。思えば不思議な体験でございました」
 狐狸の類に化かされたのかと頬を抓ってみたり、託された金を調べたりもしたが問題はなかった。
 その後も馨は付近の住民を当たってみたのだが、それらしい老夫婦は見つからない。
 おまけに小鬼共はどこからともなく現れ、その数も定かではないと言う。
「付近の村人から話を聞いて情報を集めようと思ったのだが」
「集落から少し離れておりますし、皆、恐がって近づかないようです。ただどうやら小鬼が浮かれて騒ぐのは夜が多いらしいです。」
「夜桜見物か。小鬼らもこの見事な花を愛でたいのかもしれんが、桜木を傷めるのは感心できんな」
「お花見…楽しくやるもので、桜を弱らせるものじゃ、ないです、から」
 薔薇の模様が浮かび上がる薄い布を頭から被った所所楽銀杏(eb2963)のその言葉は小鬼に限らずしばしば破壊者ともなりかねない人に対するものでもあった。
「桜をこれ以上、傷めない為にも、小鬼は追い払うことを優先させるのは、どう、でしょうか」
「ええ。なるべく桜から離れて闘うべきでしょう」
 気になることがあるのかルナ・フィリース(ea2139)は二本の桜のうちの大木のほうを見上げた。
「ルナ殿、何か気になることでも?」
 馨にそう聞かれてルナはええ、と曖昧に呟いた。
(もしかして、依頼した老人と言うのは‥‥)
「本当に見事な桜ですね。ジャパンに来て大分経ちますが、お花見をしたことはありませんでした」
 ジャパンの人々は桜という花に特別な思いを寄せるものらしい。
 それも道理だとルナは思った。この二本の桜は美しい。最期が近づいていると思えば尚更に。
「緋宇美桜(eb3064)殿、何をしておいでなのです?」
 地面を丹念に調べているらしい桜に馨が訊ねる。
「足跡を調べているんだよ。俺の前の地面を見て。人とも動物とも違う足跡があるだろう?小鬼だ。この足跡を観察すれば、小鬼達がやってくる方向や、大体の数が読める」
「なるほど」
 馨は感心して桜に尊敬の眼差しを向けた。
「どこに隠れればいいかも見当が付くってものだよ」
 そう言うと桜は傍にあった緑の茂った木にするすると登った。
「ここに隠れられそう」
 夕方近くになったら隠れることにしようと桜は傍にいた忍犬のダイマルとハチベエを撫でてやった。
 群雲の天丸、銀杏の火天 柱次と共に、彼らは見張りの役に立つに違いない。

「ところで見張りは、どう、します?」
 銀杏の問いにルナが答える。
「あなたと桜さんは夜目が利かれるようですから、二手に分かれていただくのでは?」
「それがよかろう。俺は所所楽殿と組ませてもらおうか」
「花園さんはどうします?どちらの組に入ってくださっても構いませんよ。昼間に集中してくださってもいいですし」
「僕だって夜も見張りますよ!」
「徹夜覚悟となるが」
 群雲は荷物からテントを取り出しながら馨を見た。
 目立たぬ茂みにテントを張り、草や木を使って擬装するつもりだ。
「僕、がんばります!!この桜が散る前におばあさんにお花見をさせてあげたいですから!」
 気負った馨に群雲は微かに口角を上げた。
「最期の花見か‥‥。老夫婦と夫婦桜の為にも全力を尽くすとしよう」


◆きぃきぃという音を発しながら、月明かりの下を小鬼たちが逃げ惑う。
 桜の木を背に、銀杏は小鬼を追う仲間たちを援護しようと周囲を見回していた。
 どうやら、傷の治療は今のところ必要ないようだ。
 大事な桜や仲間の荷物には指一本触れさせないとばかりに愛犬たちが小鬼を威嚇している。
 小鬼は十数匹いて、蜘蛛の子を散らすようだ。

 緋宇美桜は隠れていた場所から小鬼どもに次々と矢を射掛けた。
 二匹の忍犬が小鬼を桜に近づけまいと追う。

 その中を見事に戦闘馬を操ってルナが駆け回っていた。
 構えた小太刀の黒い刀身が月光に照らされ桜色にうっすら染まっていた。
「花園さん!」
 小鬼達の中に突っ込んで行きそうな馨をやんわりと留める。
「無理だけはしてはいけませんよ。時には退くことも大事なんですよ」
「は、はい!」
 ともすれば夢中になるばかりに周囲が見渡せなくなる馨はルナの忠告に冷静さを取り戻した。
 

「うりゃあ!」
 群雲は大声で小鬼を威嚇しながら、捕まえては強か殴って追い払う。
 向ってくる小鬼には容赦はないが、逃げる分には深追いはしない。
 要はここには手強い敵がいると知らしめればいいのだ。
 生きて返したほうがその認識が広がるに違いない。

 次の日もそれは繰り返された。
 諦めきれないのか小鬼達が昼間から様子を見に来ては彼らに追い返される。
 それも夜には途絶えた。
 数体の死骸を葬って始末する。
 こちらは無傷だが、小鬼たちにとっては打撃を被ったに違いない。

「これ‥‥」
 馨が泣きそうな顔をした。
 古木の一枝が地面に落ちていた。
 逃げ惑う小鬼が一度だけ桜に登り太い枝を追ってしまったのだ。
 冒険者たちは心配そうに桜の古い木を見上げた。
 桜は変わらず力強く見えた。
「なぁに、これしきの傷、たいしたことはない」
 一度だけ確かに寂びた声が聞こえ、皆は顔を見合わせた。

「その枝、俺が貰い受けてもいいか?」
「ええ。でもどうするんですか?」
「ちょっとな」
 その夜、もう小鬼たちは来そうになかったが一応見張りを立てて眠ることにした。
 木を削るような音を聞きながら疲れていた馨は眠りに落ちていた。

◆「どうやら、お天気は持ちましたね」
 ルナが晴れ晴れとした顔で天を仰ぐ。
 次の雨が来れば散るであろう花は今日を待っていたように満開となっていた。
 日よけ傘をさしかけてから銀杏は甘酒を用意した。
「本当、麗かな日、ですよ、ね」
 昨日の騒ぎが嘘のようだ。
「よし、出来たぞ!」
「わぁ、美味しそう!」
 桜餅・ももだんご・サクラの蜂蜜 桜茶・桜蕎麦と春にちなんだ可愛らしい食物の他に、群雲特製の手料理敷物の上に並んでいる。
「私も桜餅とももだんごを持ってきましたから、皆さんたくさん召し上がれ」
「俺は桜餅風の保存食!」
 あとは老夫婦を迎えるのみなのだが‥‥。

 もう一度老夫婦がいないかと探しに行った馨がしょんぼりして戻ってきた。
「やはり、見つかりませんでした。おばあさんが楽しみにしていたお花見がようやくできるというのに」
 冒険者たちは昨日と同じく顔を見合わせた。
「私、思うんですけど」
 ルナがぽつりという。
「そのおじいさんというは…もしかしてこの古木の桜…なんじゃないでしょうか」
「え?」
「土地には精霊が宿り森を守るといわれています。依頼人のおじいさんは木に宿った精霊なのでは‥‥?」
「古木の桜は妻を支えて気を分け与えてきたとおじいさんが言ってたような」
 そうだとすれば花見をしてほしいと望むのは、命数の尽きかけたこの細木の桜自身か、と冒険者たちはしばらく黙ってしみじみと絡みあう二本の桜の枝を見つめた。
「桜の花ことばのひとつに『あなたに微笑む』と、あるそう、です」
 銀杏が呟いた。
「愛していたんですね。奥さんの木を」
「そうだ、皆にこれを」
 群雲が小さな根付を四つ懐から出した。
「これは?」
「昨日の枝で作った。よかったら夫婦桜の思い出にとな」
「ありがとうございます」
 馨が嬉しそうに根付を目の前に掲げしげしげと見る。
「あ、桜の花の模様だ。美味しい料理と言い、群雲殿は器用でいらしゃるのですね」

「ね、望みどおり賑やかにやろうよ。盛大に楽しく、さ」
 桜が蛇皮線を取り出す。
「僕、踊ろう、かな」
 銀杏が言うと、馨も立ち上がった。
「僕も!」
「おう、踊れ、踊れ」


(花見を望んだおばあさんと、おじいさんとが…悲しみから放たれて、誰かに微笑むことができますよう、に…)
 蛇皮線の音に乗った桜の願いを籠めた歌声が
辺りに流れる。
 銀杏や馨が楽しそうに舞い、ルナが手拍子を打って笑っていた。
「お花見、初めてですけど楽しいですね」

 桜の下で大の字になって群雲は目を閉じていた。
 時折吹く風が花びらを空に舞い上げる。
「最後の花・・・か。咲いて良かったと思って安らかに眠ってもらいたいな・・・ 」
 柔らかな風が吹いて、二本の桜が揺れる。
 まるで彼らに礼を述べるように。

 明日は雨になるだろう。

『桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける』