小天狗のお願い

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月21日〜05月26日

リプレイ公開日:2008年05月28日

●オープニング

 近頃、街で囁かれる噂がある。
「また出たらしいぞ。綺麗な女が突然槍を持って襲ってきたらしい」
「羽が生えていたというではないか」
「いや、俺は鋭いくちばしで突かれたという旅人の話も聞いた」
 どうやら烏天狗が出るらしい。
 山の中を通る旅人を脅かして命からがらの目にあわせるのだという。
 天狗といえば、霊山を守護し、信心するものを陰ながら助けるとされる存在である。
 一方で邪な思いを抱く者を排除する傾向にあるとも言われているのだが、今度ばかりは被害は無差別的に起こっていた。
 一番困っているのは、この江戸の街に向うのにその山を通らなければならない近在の村人であった。
 藁や竹で作った製品を売りたくとも、邪魔をされて商品を谷に落としてしまったことも一度や二度ではない。



『困ったなぁ』
 一人の小天狗が呟いた。

『あいつも若いのう。気が短くていかん』
 齢百歳を軽く越えていても、天狗たちの世界ではまだまだ若者なのである。
 彼らは霊山を守護する天狗に仕える小天狗なのであった。烏天狗と呼ばれることもある。

 近年、山を訪れる人間の無礼さに業を煮やした仲間の一人が、腹立ち紛れに暴れているようなのだ。
 仲間の憤りもわかる。が、江戸近郊の山中で無関係な人間に悪戯しているとあれば、放っておくわけにもいかない。
 何とかしたくとも自分は霊山を守る天狗殿を補佐する身、勝手に出歩くわけにもいかなかった。
 この小天狗は仲間内でも有名な律義者なのだ。

『なんとか天狗殿に知られる前にあいつを連れ戻さねば』

 たとえどんな理由があれ、職務放棄はお叱りを受けることになりかねない。
 それに、旅人に難儀をもたらす存在を退治しようという勇者が現れるかもしれないではないか。
 冒険者の中には侮れない力を持つ者もいよう。
 仲間が調伏、退治される前に、信頼できる者をギルドで雇い連れ戻してもらうのが良い。

『まあ無傷で、と注文をつけるのはさすがに無理かな』

 何せ、自分達、烏天狗は背中に羽根があり自由自在に空を飛ぶ。
 また、人の姿に変ずることも出来るし、槍の使い手でもあるのだ。
 場合によっては、少々痛い目に合わるのも仕方なしと小天狗は苦笑した。

『腕の立つ者が集えばよいがのう』

●今回の参加者

 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

雀尾 嵐淡(ec0843

●リプレイ本文

◆「なるほど、谷は結構深い。落とした品物を取りにもいけず村人が難儀するはずじゃ」
 磯城弥魁厳(eb5249)は谷底を覗き、独り言を言った。
 彼は仲間に先行して情勢を調査しているのである。
 友の雀尾嵐淡の話ではこの辺りなのだが‥‥。
 被害者達の話では烏天狗は変化の術を使いこなし、美しい女に化けていることもあったという。
 茂みに身を潜ませ移動しながら、磯城弥はそれらしい人影を探した。

「天狗が八つ当たりとか修験者を守護してたりする割に修行が足りてないのもいるんだな…」
「それだけ昨今、山へ入る人間のマナーが酷いってことじゃないかしらね」
 日向大輝(ea3597)とセピア・オーレリィ(eb3797)はそう話しながら歩いていた。
 彼らは、一見、暢気な旅人を装って山中を進んでいる。
 磯城弥が古着屋で調達してくれた服のおかげで日向は行商人風に、ジャパンの人間とは明らかに見かけの違うセピアとトマス・ウェスト(ea8714)は物見遊山の外国人に身をやつしていた。
 外目には旅慣れた行商人に案内を請うて同行している外国人の旅人二人、といったところだろうか。
 ドクター・ウエストは野営道具を積み込んだ驢馬、鈍器丸を連れていた。昨夜は野営で大いに役に立ったが、戦闘では危険が及ぶかもしれないので、猫の覇威却戸丸と共に、少しはなれた茶屋の主人に預けた。
 その茶屋の主人の話では、よく件の烏天狗が出没するのはこの辺りらしい。
「ほほう、噂によるとこの辺りかね〜」
 ドクターの物珍しそうに谷を渡すつり橋や谷底の細い流れを見た。
「中々、絶景ではないか〜」
 おのぼりさんよろしく振る舞いながらも、そこは名だたる冒険者、隙は無かった。
今回の依頼、依頼人もその対象も人外の者、油断は禁物である。
「ま、問題の烏天狗さんも訳もなく暴れているのでもないようだし、出来る限り意に沿うようにしてあげたいところね」
「でもよ、無関係な人間に当たるってのはなぁ」
 そこのところはきちっと言ってやんなきゃな、と若き最強志士は呟いた。

「おや、磯城弥君が戻ってきたようだね〜」
 ドクターの言葉通り、傍の叢からいきなり磯城弥魁厳が姿を現した。
「この先の道にて烏天狗らしき存在が待ち構えておりまする」
「で、どんな様子だ?」
「女子の姿をしておりまするな」
「へぇ、噂どおりね」
「なるべく谷から離れるように誘導しよう。相手は飛べるんだ、足場の無いところはやっかいだ」
「それに谷底へ落とさないようにしないとね〜」

◆『女』は旅姿で山道に一人いた。
 藁草履がすり切れて取り換えているふうに見える。
 下心のある男なら、ついつい鼻の下を伸ばして親切ごかしに近づこうとするだろうと思われるほどの色香だった。
 こんな山中にたった一人、友も連れず女がいるというのも見るからに怪しい話である。
 冒険者たちはお互い目で合図しあうと、旅の者を装って、偶然通りかかったように『女』に近づいた。
 
「どうかしたのか、そこのお方」
「具合でも悪いのなら見てあげても良いよ〜、我輩は医者だからね」
 日向とドクターが近づいてくるのを見ると女は突然にやりとし、杖を手に襲い掛かってきた。
「おいっ危ないじゃないかっ」
 杖を思っていたそれはいつのまにか槍に変じている。
「やはり、おまえ、烏天狗だな。正体を現せ!」
 振り回される槍を十手でガチリと受け、日向は叫んだ。
 風とともにバサバサという羽音が聞こえ、宙に舞った女が鋭い嘴をもった天狗の姿で日向を狙っていた。
「ホーリーフィールド」
 咄嗟にセピアが結界を張る。
「助かった」
「長くはもたないわ。早く、山のほうに誘き寄せて」
 谷に近い場所で動きを止めては烏天狗を谷に落としてしまう。
 日向は十手で攻撃をかわし、鞭で巧みに羽根や脚を絡めては、谷から離れるように仕向けた。
 応戦しながら逃げる素振りの日向はじめ冒険者達を烏天狗はバサバサと羽音を立てながら追ってきた。

「この辺りまで来れば充分じゃな」
「うむ。もう谷底に落ちる心配はないね〜コ・ア・ギュレイトォォォ〜!」
 ドクターの呪文が詠唱されるとピタリと烏天狗の動きが止まった。
 そこへ疾走の術で勢いをつけた磯城弥が首筋に手刀を打ち込む。
「落ちたね〜」
「見事に決まったわね」

◆気絶した烏天狗がようやく意識を取り戻した。
 彼は一瞬、暴れようとしたが、自分を囲む冒険者たちを見て諦めたのか、不貞腐れる様に胡坐を掻いて地べたに座った。
「あんたさ、何があったかは知らないけど山に誰かが悪さしたんだろ、それは同じ人間側として悪いと思う。たださ、それを懲らしめるならやった当人にやったときに仕置きをしろよ」
 烏天狗は憮然と答えた。
「当人とかいう問題ではない。我は人間全体のことを言っておるのだ」
 近頃、人間は、自然に対する畏敬の念を忘れている、と烏天狗は言う。
 山を荒らし、霊山を憚らず猟を行う。
「あなたの気持ちもわからないでもないわ。でも、あなたの仲間の小天狗さんがとても心配してたわよ。このままでは天狗さんのお咎めを受けるんじゃないかって」
「それは‥‥」
 さすがに己の暴走の自覚はあると見え、烏天狗は口篭った。
「ねぇ。御山に戻ったらどうかしら。無礼な輩はその場で罰するの。そうすることで人間もしちゃいけないことを学ぶと思うわ」
「そうだ。人間なんて、すぐ忘れちまうんだ。時間が経ったあとじゃなんであんたが怒ってるのか分からない。ましてや無関係の人たちにあたってどうすんだよ?そんなんじゃ悪さした奴らと大して変わらないと取られちまうぜ」
 日向とセピアの説得に烏天狗はうむむ、と考え込んだ。
「悪さした奴を見つけて懲らしめるんなら手伝ってやるからさ」
 山を荒らせばその報いが来ると身に沁みれば、近隣の人間も注意しあうようになり、それは噂となって自然と悪さをする人間が減るに違いない。
 烏天狗は一理あると観念したのか、こくりと肯いた。
「じゃ、その前に、迷惑かけた村人に謝ろうぜ」

◆磯城弥の操る空飛ぶ絨毯がゆっくり谷底から山道めがけて登ってくる。
「これで最後のようじゃ」
 絨毯に積み込んだ竹細工の籠などは谷底で上手く拾い集めることが出来た物だ。
 雨が少なかったのも幸いだった。
 谷底に散らばった品物はその大半が丈夫な竹製であったため、破損したものは僅かであった。
 烏天狗の難が去ったことを告げると、村人達は大いに喜び、冒険者たちに感謝した。
「今後は我々も、烏天狗殿のお怒りを買わぬよう充分気をつけてまいりましょう。山に入る余所者にもそう注意していきまする」
「そうしていただけるとありがたい」

「これで満足かね〜」
 ドクター・ウエストは風変わりな依頼主を振り仰いだ。
「うむ。真に結構。あの者も少しは身に沁みたろうて」
 木の上から、しわがれた声がして、依頼人の烏天狗が現れた。
 さきほど捕まえた烏天狗より年かさのようである。
 烏天狗は木の枝に座って下駄を履いた足をぶらりとぶら下げていた。
「だが、我輩達が咎めるより、君達仲間内で解決するほうがいいだろう〜。今後はちゃんと指導するよう、よろしくお願いするよ〜」
「耳が痛いのう。したが、これで何とか天狗殿のお咎めも受けずにすみそうじゃ。この通り礼を申す」
 烏天狗は新しそうな天狗羽織の懐から金色に輝く枝のようなものを取り出した。
「これは見ての通りじゃが、黄金の枝と申してのう。今後そなた達の冒険の役に立つこともあろう。なぁに、気にせんでも良い。先刻、磯城弥殿に結構な品を頂戴したゆえ」

 ほんのお返しじゃと烏天狗は上機嫌に笑った。