牛頭と馬頭
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月23日〜06月28日
リプレイ公開日:2008年06月28日
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●オープニング
◆「え?また?」
顔色を青くした女中の知らせに凛は思わず立ち上がった。
骨休めの湯治に秘湯といわれるこの『舌切り雀の宿』に来て七日目のことである。
宿のある山中から下った里の村で、娘が一人、また一人と行方不明になっているというのだ。
昨夜も娘が一人消えたらしい。
「かどわかしかしら」
ペットも泊まる事のできるこの宿に凛は子狐の甚八 を連れて滞在している。
円座の上で丸くなっている甚八 に目を向け、凛は心配そうにそう呟いた。
「なんでも御仏の仕業か、神隠しかと村人は噂しているようで」
「まさか」
人を救う御仏がそのような、と凛は首を振った。
「でも、見たものがいるのです」
「まあ。御仏が娘を攫うところをですか?」
「はい、その人が見たのは板壁に映った影だったのですけれど」
「影、ですって?」
「はい。その影は馬のような頭と牛のような頭をしていたとか」
「まあ‥‥」
それならば見たことがある、と凛は思い出した。
確か、地獄で亡者を管理する役人として地獄絵図に描かれていたはずだ。
さるお寺で貴重なその絵巻を拝んだことがあった。
たしか、牛頭天王、馬頭天王というのではなかったか。
「村人は御仏のなされることなら仕方ない、と申しておりましたが」
「そんな馬鹿な。連れ去られた娘達はどうなるの?」
御仏の仕業であるわけがない、と凛は思った。
(きっと何か、悪しき鬼が関わっているのよ)
「攫われているのは、娘ばかりなのですね?」
「はい」
このままでは自分もこの宿に足止めを食ってしまう。
何より、娘達を酷い目にあわせるなんて許せない。
凛は決心するとさらさらと文を認めた。
「宿のご主人に頼んで、これを江戸の冒険者ギルドに届けてください」
冒険者には以前、妖狐の件で大変世話になったことがある。
こういう不可思議な出来事は役人に訴え出ても埒があかないことが多く、時間ばかりがかかるのだ。
(御仏が娘をかどわかすような無慈悲なことをなさるわけはないわ、きっと冒険者さんたちが事件を解明してくれる)
◆冒険者ギルドの建物を前に一人の男が懐手をして立っていた。
切れ長の眼をした涼やかな美男子の武家風の男である。
「冒険者ギルド、か」
あの山中の『宿』からつけてきた手代がせわしなくギルドに入っていったのはほんの少し前のこと。
男はにやりと笑うと懐から手を出した。
古傷に目をやってからぺろりとそれを舐める。
そこにはもう癒えてはいたが、刀傷が白く残っていた。
「冒険者には借りがある」
男はそう呟くと、ギルドの扉をくぐった。
中は冒険者たちで賑やかだ。様々な種族、服装をした者たちがいた。
その中をまっすぐ男はカウンターに向う。
「いらっしゃい、見かけない顔だけど、江戸のギルドは初めてかい?」
「ああ」
「壁の掲示板に依頼があるから見ていってくんな」
「わかった。‥‥それは?」
才蔵の視線が、受付人の手元に落とされた。
「ああ、たった今、入った依頼でね。壁に張り出そうと書き写しているところだ。何でも山ン中で娘のかどわかしが起こっているらしい」
「それにしよう」
「え?この依頼をかい?あんた、腕に自信があるらしいね」
「さあ、どうかな」
「またまた‥‥。じゃ、登録するから名前を教えてくれるかい?」
男は躊躇い無く答えた。
「才蔵だ」
「さいぞう、ね。了解。これで登録は完了だ。仲間が集まったら作戦ルームを開放‥‥あれ、いない。行っちまったのか?」
いつのまに?とギルドの案内人は首をかしげた。
●リプレイ本文
◆「村で合流ということだけれど」
林潤花(eb1119)は、辺りを見回した。そこそこ大きな村だ。
山宿にいる依頼人、三蔵屋凛とは顔見知りだったが、顔を合わすのはことが解決してからでもいいだろう。
「それよりも‥‥」
問題はあの男が何を考えているのかなのよね、と潤花は呟いた。
その視線の先、『才蔵』は村の出入り口の外に立っていた。
仲間の冒険者達は皆、彼を胡散臭く思っているが、潤花は唯一彼の正体を知っているのだ。
何故、凛の周辺に現れたのか。その真意を問うてみるのも面白いかもと潤花は微笑んだ。
(ま、それは様子を見て、だわね)
見ると、村にぞくぞくと仲間が集まってきている。
ある者は馬、ある者は魔法の箒、またある者は不思議な長靴。
村人達は姿を現した冒険者達一行に早くも警戒の色を見せている。
才蔵とはとりあえず初対面を装うことにし、潤花は皆のもとに足を向けた。
◆村長の家の離れを借り受け、拠点とし、とりあえず落ち着いた。
江戸の古着屋で購入した女性用の着物が部屋の隅で幾分嵩張っている。
「牛頭と馬頭か。急がないとまずいな‥」
日向大輝(ea3597)が心配げに呟いた。
目撃談から犯人は牛と馬の頭を持っているらしい。
村人は牛頭天王、馬頭天王だと諦めムードだが、冒険者達の間では牛頭鬼と馬頭鬼の仕業と目星はついていた。
どちらも娘を攫って己が子孫を残そうとする性質があると言われている。
「攫われた娘はこれで五人だそうだ」
超美人(ea2831)が言った。その目は才蔵を怪しむように見据えている。
「女性を取り戻すことは勿論だが、この先被害が出ないようにする必要があるな」
理不尽なことが許せないカイ・ローン(ea3054)にレイナス・フォルスティン(ea9885)も肯いた。
「最後に娘が攫われた日からもう大分経っています。痕跡を辿るなら急いだほうが良いのでは」
長身の陰陽師、宿奈芳純(eb5475)が言う。彼の力を駆使するにも時間の制約がある。
「ええ。急ぎましょう。私は娘さんたちの匂いをこのメレサスに覚えさせて、跡を追わせてみます」
マロース・フィリオネル(ec3138)が愛犬メレサスを撫でながら提案した。
「で、才蔵殿、あなたはどうするつもりなんだ?」
小鳥遊郭之丞(eb9508)は才蔵にそう問いかけた。
先ほどから涼しい顔で無言でいるのだが、やはり胡散臭い。
潤花以外の者は皆同様のようだった。
「皆の作戦に合わせる。心配せずとも、勝手な行動はしないさ」
才蔵はそう答えたが。
だが、油断はならない、と小鳥遊、宿奈、超美人は目で合図した。
「まずは探索だ。俺もセイを出す」
この男が何者か、もう少し時間をかけて見定めよう。
そう思いながらカイは皆を促した。
◆「なるほどここですか」
牛頭と馬頭の影が映っていた板塀を前に宿奈は魔法の力でその場所の過去を探った。
頭に浮かぶ映像を仲間に送る。
「どうやら山のほうに向ったようだな」
カイとマロースは愛犬たちに娘の着物の匂いを覚えさせた。
地面の匂いを辿り始めた犬たちを彼らは追い始める。
一方、日向と小鳥遊は猟師から情報を収集していた。
「なるほど、山の中に洞窟があるんだな」
「ああ。中は広くて奥のほうは迷路のようになってんだ。先はどこまで繋がっているか俺らも知らん」
「へぇ」
「言い伝えだと、洞穴のずっと奥は遠く都や奥州のほうまで伸びているというが、誰も確かめる者などおらんしなぁ」
でかい牛頭鬼たちが隠れる広さは充分にあるらしい。
(そこが怪しいな)
「だが、おまえさん方、山には入らねぇほうがええ」
「何で?」
「俺ら見たんだ。山ん中でよぅ。あれは鬼だな」
「どの辺りで見た?」
「食べ物を探してたんだろうな。そういえばあの洞穴の近くだわ」
小鳥遊と日向は顔を見合わせた。
食べ物が娘達に与えるためのものだとすると生きている可能性は充分にある。
「その洞穴の場所を教えてくれ!」
◆「ねぇ、何が目的なのかしら?」
村の裏手の高台に立つ才蔵に潤花は問いかけた。
「あの時の女か。奇遇なことだ」
懐手していた腕を出して才蔵は低く唸るように呟いた。
その手には傷痕が刻まれている。
「誤解しないでね。あなたが何を企んでようと干渉する気はないから。単なる好奇心よ。まさか‥‥」
潤花はからかうように才蔵を見上げる。
「嫁が未だ忘れられない、とか。あらら、図星なの?」
才蔵が睨みつけてくるのを潤花は面白がった。
冗談はさておいて、外れではないのだろうが、それだけではなさそうだ。
五本の尾を持つ妖狐は何か大事を企んでいるのかもしれない。
「ま、いいわ。とにかく、ここは協力しましょ。この依頼とあなたの目的が一致してる、それで充分」
「ならば一つ教えてやろう。鬼が根城にしている洞穴は酷く深い。迷い込めば大変なことになるぞ」
「へぇ。ってことは入り口付近に誘き寄せろって事ね」
なんだ、才蔵君ってば敵の居場所を知っているんじゃない、と潤花は微笑んだ。
村に戻る途中で超美人に呼び止められ、潤花は振り向いた。
「何かしら」
「潤花殿はあの男と親しいのか?」
「親しいって程でもないけど」
「才蔵は、妖の者ではないだろうか」
超美人は潤花を伺いながら続ける。
「例えば、妖狐、とか」
潤花は答えない。
「依頼人は以前、妖狐と関わりがあったと聞く。私も以前四尾の妖狐と関わりがあって‥‥」
「五本よ」
「え?」
「私が関わった妖狐の尾の数は五本。違う狐じゃないかしら」
「だが、才蔵が妖狐であるのなら」
このまま捨て置いていいものか、と超美人は息巻いた。
以前、妖狐には手痛い目に遭わされたことがあって、今なら互角に闘える自信もついていた。
「どうなのかしら。私が遭った妖狐が才蔵だなんて確信はないし」
才蔵を庇う義理は無いが、彼の企みを見物するのも面白いじゃないの、と潤花は思っていた。
「彼もこの依頼には前向きみたいよ。一応は、ね」
「‥‥依頼優先、か。わかった。娘達の無事を第一に考えよう」
超美人は渋々ながらも肯いた。
◆「あの洞窟で間違いなさそうだな」
皆は茂みに身を潜め、ばっくり開いた洞窟の入り口を注視した。
宿奈と潤花の巻物で洞窟の少し奥まった場所に数人の人間の体温や息遣いを確認する。
マロースと潤花が救出班、その他の者は戦闘班である。
宿奈の作り出す女性の幻影で鬼達を洞穴の外まで誘き出す作戦だ。
才蔵の助言がなくとも日向の調べでこの洞窟が危険なほど深いものであることはわかっていた。
ズシンズシンと重そうな足音が洞窟から響く。
娘の姿の幻影が逃げ惑うのを2匹の鬼が追いかけてきたのだ。
手には大きな斧を持っている。
「青き守護者カイ・ローン、参る」
カイは槍を手に鬼に近づいた。
足元では忍犬セイが彼を守るように鬼に吠え掛かっていた。
銀色の蝶のような妖精がカイの周囲を飛び回っていた。
「ユエ、援護を頼んだぞ」
「よっ!っと」
身に余る太刀をどうにか抜くと、日向は同じく牛頭鬼に立ち向かった。
とにかく手傷を与え、救出班が娘達を救い出す時間を稼ぐつもりだ。
牛頭鬼にはレイナスも共に姫切を振るっている。
カイの妖精、ユエが飛び回って、牛頭鬼にスリープをかけるのだが、攻撃するたびに目覚めてしまう。
すかさず、宿奈がスリープをかけ、牛頭鬼の動きを止めて仲間を援護していた。
馬頭鬼のほうには、超美人と小鳥遊、そして才蔵が当っていた。
「奴は大振りだ。斧を振り下ろした瞬間隙ができる、そこを狙うんだ」
馬頭鬼との実戦経験のある小鳥遊の言葉に超美人は肯いた。
振り下ろされた斧を才蔵が際でするりとかわす。
(なんという身軽さだ)
妖狐という確信は無いが、超美人はますます怪しいと思った。
今のところ、邪魔する素振りは見せないが。
振り下ろされた斧が地面に突き刺さり、馬頭鬼に隙が生じた。
「今だ、首を狙えっ!」
小鳥遊の声に超美人は共に馬頭鬼の首めがけて猿正宗を振り下ろした。
◆洞窟内の宿奈が特定した場所で娘たちは恐怖に震えていた。
「皆さん、ご無事ですか。助けに参りました」
マロースが優しく言うと、中でも気丈らしい娘が進み出た。
「あの鬼たちは?」
「安心して頂戴。仲間が退治しているところよ。それよりケガはない?お腹もすいているんじゃない?」
潤花とマロースが運び込んだ食料と水を見て娘たちは目を輝かせた。
鬼の調達してくる食料で娘達の口に合うものはそう多くは無かった。
娘たちは食べ物を口にし、汚れた着物を着替えた。
娘達が鬼共に乱暴されているようなら心身の手当てを、と考えていたマロースだがそんな素振りはない。
「鬼は、そのぅ‥‥」
口篭ったマロースに変わり、潤花がズバリと聞く。
「鬼にヤなことされなかった?」
「それが‥‥」
娘達の話ではもう一人娘がいて、その娘が鬼の相手をしてくれたとのことだった。
その娘を前にすると鬼達はすぐに眠ってしまい、娘は何事もなく皆の所に戻ってくる。
「で、その娘さんは」
「姿が見えないのです。それで私達心配で」
村から連れ去られた娘はすべてここにいた。
「その子のこと何か知ってる?」
潤花が訊ねると娘達は皆一様に首を横に振った。
「村にも近在の村にもあんな人はいないわ」
「どういうことなのでしょう。その娘さんは無事なのでしょうか」
案じるマロースに肯きながらも潤花には思い当たることがあった。
(才蔵、だわ)
妖狐には配下の化け狐がいる。凛の件の時もそうだった。
配下を娘に化けさせ、鬼達の隙を伺っていたのだろうか。
◆槍を構えてカイは牛頭鬼の腋に向って突撃した。
「ぐわっ」
日向の突き攻撃で消耗していた牛頭鬼は断末魔の叫びを上げ、地面に崩れ落ちた。
少し離れた場所では既に馬頭鬼が倒れている。
「片付いたな」
後は、娘達を村に送り届けるだけだ。
娘達が無傷であることを冒険者たちは喜んだが、何か不審な点は否めない。
牛頭鬼や馬頭鬼に攫われ、汚されずに済むとは。
「とにかく、風評から娘たちを守るためにも、このまま神隠しにあってたことにしておくほうがいいんじゃないか?」
「牛頭天王と馬頭天王の気まぐれということにするんですね」
小鳥遊の提案に宿奈も賛成する。
「では、村に戻ろう。娘たちは歩けるか」
「ええ、大丈夫なようです。でも‥‥」
レイナスの質問にマロースが答えた。
たとえ体は無傷だったとしても、鬼に攫われたのだ。
心の傷が癒えるには時間がかかるだろう。
村人によく注意してもらうのは勿論のこと、今後の身の振り方について凛に相談してみようと小鳥遊は思った。三蔵屋は大店だというし。
「私はここで」
才蔵が突然別れを告げた。
まったく身勝手な男だ。
「基本、冒険はギルドに帰るまで、だが?」
超美人が言っても才蔵は動じた様子はない。潤花に向けて
「私の報酬は無用と伝えてほしい。実際、途中で離脱するわけだから貰える道理もないだろう」
という。
「会っていかないの?」
「その必要はない」
「あら、そう」
それだけ言うと潤花は『行きましょうか』と皆を促した。
妖狐に闘志を燃やす超美人も心残りではあるが、それに続く。
「皆様、本当にありがとうございました」
依頼の完了を告げると、凛は大層喜び、宿の主に頼んでご馳走を用意した。
「潤花さん、お久しぶりです。その節は本当にお世話に‥‥」
「堅苦しい挨拶は抜きね。凛さん、お元気そうで何より」
「はい。でもまたお世話になってしまって。ここは良い宿ですが、ずっと足止めされては困りますもの」
「出湯、楽しみにしてたんだよな。俺」
日向が言うと宿の主人も喜んだ。
この宿も助けてもらったことがあり、冒険者にはとても好意的なのだ。
「ペットの湯もございますからどうぞごゆっくり」
凛と宿の心づくしで冒険者たちは束の間の休息を楽しんだという。
「それにしても‥‥」
才蔵の狙いが何だったのかははっきりしない。
あの洞窟には重要な意味があるのか、それとも単に凛の願いを叶えたかったのか。
冒険者達の話から才蔵の名を聞き困惑する凛を見やりながら潤花は微笑んだ。
後日、冒険者たちは、娘達を凛が三蔵屋に奉公人として引き取ったらしいと噂で知った。