蛇女郎の誘い
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 10 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月12日〜07月18日
リプレイ公開日:2008年07月19日
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●オープニング
◆江戸から少しはなれた山中に一軒の古い家がある。
どれくらい昔に建てられ、誰が住んでいたか、など詳しく知るものはいない。
ほとんど人に忘れ去られ朽ち果て崩れるのを待っているかのような、そんな家だった。
ある時、道に迷った旅人が一夜の宿にしようと破れかけた板塀を越え、その古家に立ち入った。
「やれやれ、これで雨をやり過ごすことができる」
笠と蓑を外して、干し飯で簡単な食事を済ませようと一息ついた旅人だったが、ずりずりと蛇か何かが這うような物音に驚いて飛び上がった。
「だ、誰だっ!」
こんな山中のぼろ家に住み着くなど賊か化け物に違いないと旅人はすっかり震え上がった。
が、傷んだ板戸を開けて見えたのは真っ白い女の手であった。
「む、娘さん、あんた、いったいなんだってこんな山の中に‥‥」
言いかけた旅人は娘の顔を見て驚いた。
(美しい‥‥)
鄙には稀どころか、江戸の吉原にだってこんな色っぽい女はそうそうは、いまい。
女は艶やかな着物姿で旅人を手招きした。
旅人は魅入られたように娘に近づいた。
崩れかけた塗り壁に映った二人の影が一瞬重なったかと思うと、片方が床に崩れ落ちた。
◆「あれ?こんな場所に家なんてあったかな」
山に芝刈りに来た若者がふと怪しい家の前で足を止めた。
この善太という男、近在の村では気はいい、お調子者、として知られている。
村の年寄りの話では古いぼろ家があるだけと聞いていたのに、目の前にたたずむ家はこざっぱりと整えられていた。
庭の草は多少伸び放題ではあったが、山の中であれば不自然に整えられているよりよほど好ましい。
「ぼろい家があるだけだと聞いていたのになぁ」
誰が住んでいるのだろう、と善太は好奇心を持ったが、勝手に中に入るわけも行かず、うろうろと家の周りを巡ってみた。
「わっ!」
垣根の隙間から中を伺っていた善太は肩をとんとんと叩かれて叫び声を上げた。
振り向くと、中年の男が立っていた。
まるでがまがえるのような顔をした男だ。
男は善太をみるとにやりと笑った。
その口が本当に蛙のように大きく、また、長い舌が一瞬見えたようで、善太は恐怖の叫び声を上げるのをようやく堪えた。
なんだか息苦しい気がする。
(化け物だ。こいつ、絶対化け物だ)
男は『ついてこい』とでもいうように木戸を開けて善太を誘った。
「い、いや、お、お、俺は通りかかっただけだからっ」
下手な言い訳だが、とにかくこの家から離れようと、善太は口早に言うと、走ってその家を離れた。
「うわぁっ!」
ぬちゃりと湿った手に腕をつかまれ強い力で引き戻される。
怖気が走るのを渾身の力で振りきって善太は後ろも見ず、一心不乱に山を駆け下りた。
こけつまろびつ走ったおかげで村につくころには手足は擦り傷だらけになっていたが、そんなことはどうでもよかった。
善太は布団を被りこむとガタガタと震えるばかりだった。
その夜には熱を出し、すっかり寝付いてしまった。
善太の母は困り果て、村の庄屋に相談に行った。
この村でも数人の若者が山へ行って帰ってきていなかった。
「善太はどうじゃ。熱は下がったかの」
「それが、よほど恐い思いをしたんでしょう、うんうん言うだけで枕から頭もあがりませぬ」
「やはり、あの山には何か怖ろしい者が住み着いたようじゃの」
困ったことじゃと庄屋は項垂れた。
お上に申し出ても化け物の話など、取り合ってもらえそうにも無い。
「あの山には、うちの村の者が山菜を取ったり、炭を焼いたり、焚き木を拾いに行く。このままでは捨て置けん」
庄屋は冒険者ギルドに依頼を出すことにし、文を書いて村に巡回に来るシフールに託した。
●リプレイ本文
◆布団を被り込みうんうんうなっている若者を前にセピア・オーレリィ(eb3797)は
(やはり、毒気に中てられているようね)
と、解毒剤の瓶を取り出した。
「これを飲ませてあげて」
今回の依頼者の一人である若者の母はおずおずと小瓶に手を伸ばし受け取った。
「一気に全部飲むのよ」
セピアと母親の助けを借りて、どうにか薬を飲み干した若者の呼吸がみるみる楽そうになる。
「善太さん、もう、何の心配も要りません。山の怪異を解決するために我々が来たのですから」
宿奈芳純(eb5475)の柔らかな物言いに善太はおそるおそる目を開いた。
目の前には、座っていても思わず見上げてしまうような大男と、こんな山の村では一生お目にかからないような妖艶な美女。
「ねぇ、善太さん。宿奈さんの言う通りよ。私達が来たからにはもう恐がらなくていいの」
流れるような銀色の髪の美女に頭を優しくなでられて、善太はどぎまぎしながら、なんとか肯いた。
(少しは落ち着いたようね)
「山の家で何があったか、話してくれるかしら?」
セピアが微笑んだ。
「ふうん。ちょっと相通じるものがあるから興味あるわね」
林潤花(eb1119)は呟いた。仲間たちとは少し離れており、この呟きを聞いた者はいない。潤花にしてみれば、たかだか数人を餌食にしたところでこうして冒険者を引っ張り出してしまうとは随分間抜けな妖怪に思える。自分ならばもっとうまくやる。
ま、今は冒険者としての立場であることだし、その間抜けな妖怪には同情する義理も無い。
「とりあえずは情報収集ね」
この村でも幾人かの若者が行方不明になっている。
その中の誰かの関係者として妖怪の棲家に向うのもいい。
◆遠目に古家が確認できる位置で宿奈は目を凝らしていた。
壁を透けて、家の中が見られる魔法で中を確認しているのだ。
「どうやら、敵は二匹のようです」
巻物を使って、敵の体温を探る。
「体温が人よりも低目のようですね。それから家の中には透視できない箱があります」
「やはり妖怪が住み着いているのか、‥‥私の出番のようだな」
強さを求め、物の怪討伐に生きがいを見出している超美人(ea2831)は腕が鳴る、とでも言うように曲刀を手にした。
「幸い、囮にぴったりな美男子もいることだ」
作戦としてはオーソドックスだがな、とカノン・リュフトヒェン(ea9689)がクールに言う。
「俺が囮役ってことだな」
最近ますます女性に間違われることが多いためか、反って妙な気分だなとリフィーティア・レリス(ea4927)は苦笑した。
「村娘を装って私も同行するわ。そうね、許婚を探してるってことにしようかしら」
行方不明の若者の背格好などを詳しく聞いてきたので、うまく話を作ることができそうだと潤花が提案する。
妖怪に警戒心を起こさせないためにも囮役はこの二人に任せ、他の者は外に隠れて待機することとした。
「それにしても‥‥もう少し早く動ければ被害はもっと少なくて済んだかも」
セピアが残念そうに呟く。
宿奈の透視では生きている人間の反応は無かった。
おそらく行方不明の若者達はことごとく妖怪の餌食になってしまったに違いない。
できることは妖怪を退治して、これ以上被害者が増えることを防ぐことだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……どちらが出ても、斬るには変わりない。とりあえず、我々は身を潜ませよう」
カノンが怪しげな家を冷たい目で睨んだ。
◆どこからみても十五の小娘だ。
潤花は素朴な村の娘の恰好でリフィーティアの後に続いた。
今までの傾向から見て、妖怪の目的は若い男だろうが、若い娘に妖怪がどんな反応を示すか興味があった。
「もし、どなたかいらっしゃいませんか」
一見、小綺麗に整えられた門前で呼びかける。
『いいですか、敵は魅了や幻覚を使ってくる恐れがあります』
宿奈の警告を思い出してリフィーティアは用心しなければ、と胆に銘じた。
食べ物には極力注意、敵に近づき過ぎるのも危険だ。
短い応えのあと、木戸が開いて醜い男が顔を出した。
茶色の水干を身に纏っているが、顔に無数の吹き出物があり、肌がぬめぬめと気味悪く光っている。口が大きく、まるで蝦蟇のようだ。
「何の御用ですかな」
しわがれた声で蝦蟇の男は二人に問うた。
「はい、私は麓の村の者ですが、もう幾日も帰ってこない許婚を探しております。もしや山中で迷っているのではとここまで来たのですが、日が暮れてしまって」
潤花は不安げに空を見上げた。
「そちらの方は?」
「村に滞在している旅のお方です。心細くて、一緒に来てくれるようお願いしてしまいました」
蝦蟇の男はリフィーティアを値踏みするようにじろじろ見た。
「それはお困りでしょう。よかったら泊まっていかれると良い」
と二人を招きいれた。
「今、主に知らせてまいりましょう。寂しい山の家です。主はお客が来られるのを悦ばれましょうから」
足を引きずるようにして男が家の奥に引っ込んだ。
「息が毒々しいわねぇ。善太はあの毒気にやられたようだわ」
「まるで蝦蟇だ」
「齢を経て、且つ強い霊力を持った獣は人に化けることも出来るようになると言うわ」
とりあえず、相手の正体と出方を見極めよう、と二人は顔を見合わせた。
奥の座敷に通され二人の前に膳が置かれる。
御簾の向こうには女主が座している影が見えた。
蝦蟇の男が恭しく御簾を上げると、扇の陰で美女が艶っぽく微笑んでいる。
その視線はじっとリフィーティアに注がれている。ちろりと女が舌なめずりしたのが見えて潤花は
(おやおや堪え性の無い)
と内心苦笑した。
「許婚が行方知れずとはお気の毒な」
女主は気の毒そうな声音でそう言った。が、その表情は獲物をいたぶるような愉悦に満ちている。
出された膳に二人は手をつけた。潤花の提案でこっそり解毒剤を忍ばせてある。
食べるふりで誤魔かせなければ、使用するしかあるまい。
(とりあえず痺れた振りでもしておこうかしら)
◆宿奈の魔法のおかげで、中の様子が頭の中に流れ込んでくる。
息を潜めて待機していたセピア、超、カノンは女主がずりずりとリフィーティアに近づいているのを知って、頃合いだと飛び出した。
床に倒れ臥しているように見える潤花を顎でしゃくって女主は蝦蟇に言った。
「その女はおまえにやろう。妾(わらわ)はこの男を味わうとしよう」
美しいリフィーティアに近づきながら女主は残酷な笑みで魅了するように微笑んだ。
恍惚とした男の血は甘美なものだ。
とくに一口目、恍惚が恐怖に凍りつく一瞬の味と言ったら‥‥。
美しい着物の裾から蛇の尾が見え隠れする。
「さあ、おまえの甘美な血を味あわせておくれ」
「それ以上近づくな」
鋭い小柄を両の手に構え、リフィーティアは不敵に口角を上げた。
「おまえはっ!?」
慄く女主の後ろでむくりと潤花が起き上がる。
「そんな湿った手で触らないでちょうだい」
仕込み杖でがつんと蝦蟇男を殴って潤花は手をぷるぷると振った。
「やあだ。思わず殴っちゃったわ」
戦闘はお任せが私のスタンスなのに、と呟く。
「後は引き受けた」
再び襲い掛かる蝦蟇男を駆けつけた超美人が曲刀で斬りつけた。
「潤花殿、後ろへ」
突っ込んできた勢いで、妖怪たちと潤花、リフィーティアの間にカノンが割って入った。
一旦、距離を置き、仕切りなおしというわけだ。
「怪我はないな」
「ないわ」
「おまえ達は何者だ」
怒り狂った女主がぬっと伸び上がる。
髪がうねうねと逆立って蛇のように動く。着物からはみ出す蛇の尾をもはや隠そうともせず、割れた舌がちろちろと口からはみ出ている。
「観念するんだな」
超美人が曲刀を構え、じりじりと間合いを計る。
「蛇女郎‥‥か。聞いたことがありますよ。男の生き血を好むんですよね」
「でも、やりすぎたようだな」
説明する宿奈にカノンが相槌を打つ。
「教えてもらいましょうか、いったい幾人の若者を餌食にしたんです?」
「男たちの遺体はどう始末したのかしら?聴くまでも無いかしらね」
潤花が超に刀を突きつけられ身動きできないでいる蝦蟇の男に視線を送った。
おそらく、蛇女郎に血を吸い尽くされた男の遺体はこの蝦蟇の男の胃袋におさまったのだろう。
「醜悪だわ」
セピアが眉を潜めたと同時に蛇女郎がぐわっと牙を向いた。
◆月明かりが倒れた醜悪な妖怪の骸を照らしていた。
「終わったわね」
それを見下ろしてセピアが呟く。
「淡い期待だとわかってはいたけれど」
失われた若者達の命を惜しむ呟きに仲間たちは黙って同意を示した。
ともあれ、あの蛇女郎に若者が襲われる心配はなくなったのだ。
「ああ、これですね」
一応、家の中を改めているうち、宿奈が座敷の奥に据えられた箱を指し示した。
「何だ?ああ。透視できなかったっていう箱か?」
カノンに宿奈が肯く。
「ええ。この箱にはどうやら魔法がかけてあったようですね。蛇女郎にとって大切なものが入っているらしい‥‥」
「もしかして若者達の遺品とか」
獲物の遺品を収拾するとは悪趣味だが、遺品なら家族のもとに返すことができるかもしれない、と、リフィーティアが言った。
「残念ながら違う物のようです」
蛇女郎が死んで、ただの箱となったのか、宿奈の眼には中身が見えているらしい。
「開けてみれば」
と潤花が勧めた。
箱の中には酒樽が入っていた。
「強い酒だな」
超が匂いを嗅いで眉を潜めた。潤花が笑う。
「やはり蛇は酒が好きってことなのかしらね」
冒険者たちは名酒「うわばみ殺し」を手に入れた。