わんこのお願い

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月19日〜08月23日

リプレイ公開日:2008年08月28日

●オープニング

◆「困ったことになった」
 宮司は境内をぐるりと見回して溜息をついた。
 幾度見ても、あるはずのものがそこにはなかった。
「いったい誰が、こんな重いものを」
 仲良く並んで境内を守っているはずの狛犬の片方、口を開けたほうが忽然と姿を消したのは三日前のことだ。
 盗まれたのだとして、石造りの狛犬をどうやって台座から外し、運んでいったものやら。
 周辺には不審な荷車の跡なども残ってはいなかった。
 それにこの宮は、長い階段の上にあるのだ。
「ううむ」
 狛犬とは、鳥居が結界の意味を持つのと同様、神社を不浄なものから守るためにある。
 それが片方だけでは、恰好が付かないばかりか、色々問題が起こるかもしれない。
 この宮の狛犬は代々この地を守ってきた由緒正しいものだった。
 それが自分の代になって失せてしまうとは。
 泥棒が買い戻せというのならそうするつもりだ。
 だが、そのような申し出もなかった。
 一応、役人に届けても見たのだが、その行方は知れなかった。

 思い悩んだまま、また夜が来た。
 眠れぬ宮司は厠に立った際、癖のように、狛犬の座る、宮の入り口方面に目をやった。
「なに!?」
 見間違いかと思い、急いで目を擦る。
「うそだろ‥‥」
 信じたくはなかったが、残る1体の狛犬までもが跡形もなく消えているではないか。
 宮司は思わず裸足のまま、狛犬たちの台座に走り寄った。
「ない。ないっ!!」
 へなへなとその場に宮司は座り込んだ。

 翌朝、夢なら良いのに、と宮司は再び、狛犬のところに向った。
「あれ?」
 昨夜いなくなったはずの口を閉じたほうの狛犬「吽」がいつもと変わらぬ顔で座っていた。
「どうなってるんだ‥‥。私は寝ぼけていたんだろうか」
 だが、もう片方の狛犬「阿」のほうは戻ってはきていない。
「おまえまでいなくなってしまったら‥‥」
 宮司は考えた末、狛犬「吽」の首に鎖を撒きつけ、それを台座に固定した。

◆じゃらじゃらとやかましく鳴る鎖を引きずって、「吽」は真夜中の江戸の街を走っていた。
 何が、なにやらわからないまま、いなくなった相方を求めて。
 いつの頃だろうか、こうして台座を降りて動けるようになったのは。
 時々、夜の散歩に出かけていた相方「阿」が、おかしくなったのは、いつもの散歩コースから外れて「吽」の知らない神社に行ってからではなかったろうか。
 出不精な「吽」と比べてこまめな「阿」は色々な神社の仲間たちを訪ね歩いているようだった。
 まったくどこへいったんだか。
 作られたときに与えられた使命を全うするのが当然の「吽」には、奔放な「阿」の行動は信じがたい。
 誘われたときに一緒に行っとけばよかったのだ。
 鎖を引きずりながら、「吽」は次の神社へと向うのだった。

◆「‥‥鎖が切れている」
 ちゃんと元に戻ってはいるものの、明らかに昨夜最後に見たときとは違う「吽」の狛犬の様子に宮司は頭を抱えた。
 鎖が台座から引き抜かれ、だらりと地面にぶら下がっていた。
「もう、私の手には負えないぞ」
 宮司は覚悟を決めると、相談のために冒険者ギルドに向った。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb5534 天堂 朔耶(23歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

◆江戸の裏地図と呼ばれる図面がある。
 普通の地図には載っていない、抜け道や様々な情報を書き記してあるという優れものだが、その裏地図を広げて、二人の青年が額を寄せ合っていた。
 群雲龍之介(ea0988)とルディ・ヴォーロ(ea4885)である。
「夜になって狛犬ワンコさんに話を聞けばはっきりするかもしれないけどねー」
と言うルディに群雲は肯いた。
「一応、声はかけておいた。夜、いきなりよりも良いとパウェトク(ec4127)殿が言われるのでな」
「そうだよねー。僕的には残されてるほう、吽くんだっけ?可哀想だと思うんだよね」
「そうだな。できるだけ力になりたいものだ。吽殿が動けるようになったらこの地図を見せ、捜索箇所を絞ろうと思う。ところで近所の噂はどうだった?」
 ルディは先刻ご近所の聞き込みを終えてきたところである。
「うーん、どうして一匹がいなくなったかって理由が掴めればって思ったんだけど‥‥。とりあえず走る狛犬の目撃談はないね。結構移動速度が速いのかも。それか人目を避けて動いてるのか」
「この辺りで仏像の窃盗が横行してるなんてことは?」
「ないみたい。でも明日には少し足を伸ばして聞き込みをしてみるよ」
「やはり、自主的に家出中と考えるべきなのか‥‥」
 地図上に点在する各神社を見ながら群雲は呟いた。
「で、パウェトクさんは?」
「宮司殿に直に話を聞きに行かれた。できれば捜索に参加してもらうよう勧めてくるとも言っていたな」
「あんまり収穫なさげだなー」
 そもそも狛犬の不思議になかなか気付けなかった宮司殿である。その霊力は疑わしい。
「あれ、そういえば、天堂朔耶(eb5534)さんは?」
「早速、愛犬と愛猫を連れて情報収集も兼ねて捜索に向ったようだ」
◆「お社を護る狛犬さんがいなくなっては困ってしまうの」
 パラゆえ小柄な蝦夷の服装の男性が身の丈ほどのカメを連れているのを見て宮司は目を白黒させた。
「あなたが冒険者ギルドから来てくださった‥‥?」
「いかにも。わしも、ちびっとばかり神様と縁があっての、斯様なお話は気になっての」
「はあ、それは有難いことでございます」
「先ほど、吽のほうの狛犬さんには挨拶は済ませてきたが、宮司さんにお話を伺いたいと思っての」
「はあ」
「狛犬さんがいなくなる理由の心当たりなどはおありかな」
「それが皆目わからないのです」
「吽さんなら何かわかるかも知れぬの。では、このご近所の神社や祠であまり人気のない場所はご存知かの」
「人目のない祠ですか‥‥」
◆「ここにはいないですねー、総司朗」
 目星をつけた神社にはどっしりとした重厚な顔の狛犬が一対座っていた。
 真魚を抱いて、天堂朔耶は愛犬の総司朗に話しかけた。
「もしかして、どこかの可愛い狛犬さんに恋をしちゃったりして♪って思ったんだけどなー」
 ここの神社の狛犬は厳つすぎて違うようだ。
 まぁ、狛犬の美的基準というものがわからないのだが。
「やっぱり夜、現場を押さえるしかない!なのです。群雲さんたちが何か情報をつかんでくれてるかも、だし♪」
 帰って、夜に備えてお昼寝しましょう、そう言うと、朔耶は二匹を連れて帰路に着いた。

◆夜が来た。
 刻限を示し合わせて四人はあの神社に向った。
「あのう」
 ためらいがちな声がして、薄闇の中、灯篭の薄明かりの中で気味悪く響いた。
「わ、吃驚した、です!」
 一瞬、身構えた冒険者たちであったが、
「これは宮司さん。よう来てくださったの」
 と言うパウェトクの落ち着いたやわらかな声で警戒心を解いた。
「やはり気になりまして。今宵もこの狛犬が動き出すのでしょうか」
「まずは吽さんの意見を聞いてみよう」
「陽が沈みきって大分になる。そろそろ頃合ではないだろうか」
 群雲が暗くなった空を見上げた。
 そのときである、石でできた狛犬が生命が宿ったように伸びをしたのは。
「やあ、狛犬さん。お目覚めだね。僕はルディ。昼間、挨拶に来たんだけど覚えている?」
 狛犬は一瞬、彼らを値踏みするかのように目を細めた。
 実際石でできた体。表情が動いているわけではないが、そんな感じを受けるのだ。
 大人しくしているのは話を聞く気があるらしい。
 そのことにまず皆はほっとした。
「我らはここにおられる神主殿から依頼を受け、吽殿、そなたの相棒の捜索を手伝いたいと思っている。協力してはもらえないだろうか?」
「僕らも多少、役に立つんじゃない?」
 ルディが口添えをし、群雲は吽の反応を確かめてから、江戸の裏地図を出した。
「宮司殿、灯りを」
 宮司の差し出す提灯の灯りの下、地図が広げられた。
「阿殿の散歩の道筋がわかれば教えてもらいたい」
 この辺りかな〜とルディが指差すのと吽が肯いたように見えた。
「この辺はもう探したのですか?」
 朔耶の問いにも吽は肯いたように見える。
「とすると残るはこの辺りか」
「そういえば、宮司殿、昼間伺った祠もこの辺りではなかったかの?」
「そうです。あそこは、普段誰もいないので、ときどき私が掃除などに行っておりますが、少し荒れていて‥‥」
 パウェトクに宮司が答え、朔耶が飛び上がった。
「そこ、怪しい!行ってみるのです!」
「狛犬は足が速いかもしれないぞ」
「疾走の術で探してみます」
 朔耶が早速出かけると、彼らも腰を上げる。
「では我々も出発するとしよう」

◆おりしも大きな満月が空に浮かんでいた。
 その満月を背に天堂朔耶もとい、仮面ニンジャー・シバは高らかに名乗りを上げていた。
「か弱きわんこを助けるため、仮面ニンジャー・シバ…参上!」
 人遁の術で姿を変えているのは勿論、声音も渋くなっている。
 お供の総司朗と真魚とともに「しゃきーん」というポージングも見事に決まり、仮面ニンジャー・シバは満足げに笑った。
 その視線の先には吽と良く似た狛犬(ただし、口が開いている)が呆気にとられたように見た目通り固まっていた。
(おいおい)
 群雲は心の中でそう突っ込んだが、いや、他の仲間が到着するまでのよい時間稼ぎになる、と考え直し、天丸に書付けを托し、仲間たちのもとへ送った。
 すぐにも吽とともにルディと、パウェトクが駆けつけてくるはずだ。
「最初に言っておく!わんこがお散歩するのは良いことだ!月夜の散歩はとても気持ちが良い!しかぁし!狛犬の勤めを放棄し、吽ちゃんや宮司様に心配かけてる悪い子にはお仕置きだ!お尻ぺんぺんしちゃうぞ!」
 お尻を打ったところで大して痛くもあるまい、と群雲は笑いを堪えた。
 仮面ニンジャー・シバはびしっと阿を指差してじっとにらめっこを続けている。
 が、いつまでもそれで大人しくさせていられるわけはない。
 低い姿勢をとると阿はうなり声を上げ、攻撃の姿勢をとった。
「おっと」
 群雲は二人の間に飛び出した。
「聞け、阿殿。我らは敵ではない」
 しかし、阿は群雲めがけて突進してくる。
「ぐっ」
 それを受け止めると群雲は力を籠めて、阿を組み伏せた。
「手荒なことをするつもりはない。話を聞いてほしい」
 群雲は、吽が心配していることや、宮司が困っていることをじゅんじゅんと阿に説いた。
 やがて、天丸に案内されて、皆が揃った。
 宮司は後ろでぜいぜいと肩を弾ませて苦しげだが、ようやく落ち着くと、おそるおそる前に進み出た。
「おお、まさしくうちの神社の阿の狛犬だ」
『ぐるる』
 吽が何やってるんだ、とでもいうように相方を責める声を上げたような気がした。
『くうん』
 阿が面目ない、とでもいうようにうな垂れた。
 悪戯が見つかってしまったという情けない顔に見える。
「あのさ、よく分からないけど、ずっと二匹でいたのに、一匹に職務を押し付けるのはよくないよねー!」
「何か理由があるのかの?動けるようになって嬉しさのあまりということも考えられるが」
「もしかして恋の花が咲いちゃったとかじゃないですか?」
 ぴくり。
「あら、阿ちゃんったら、図星です?」
『きゅうん』
 いくら甘えた声を出しても顔の厳つさは変わらない。
 だが、なんとなく可愛く見えてくるから不思議である。
 反対に吽は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「で、相手はどこのお嬢様です?」
 なおもつっこむ朔耶はいつのまにか術を解き、いつもの姿に戻っていた。
 付いて来いというように阿が歩き出すのを皆は追う。
「おや、これは気の毒にの」
 パウェトクが叢に転がった石の狛犬に近づいた。
「わ、狛犬じゃないー」
「うん、美犬じゃないですか♪」
 少し小作りな狛犬は台座から落ち、横倒しに叢に転がっていた。
 たしかにあっさりした顔だちといい、狛犬界では美人の部類に入るかもしれない。
「なるほどー、やっぱり恋だったんだねー。この狛子ちゃんがお相手かー」
 暗黙のうちに仮名=狛子に決定したらしい。
「誰かの悪戯でしょうか、半月前に掃除に来たときは異変はなかったのですが」
 宮司は汗を拭きながらその狛犬を確かめた。
「とにかく起こしてやるとしよう」
 群雲と宮司が力を合わせて、『彼女』を起こした。
「つまりはこの狛犬に恋をした阿殿が夜な夜な通っていたが、恋する相手が横倒しになっているのを見て、心配で離れられなくなったってことか」
「そのようだの」
「一途だねー」
「え?じゃ、恋は成就しちゃってるのですか?やりますねー。阿ちゃん♪」
「とにかく、これで心配はなくなったのだから夜、逢瀬に来ても朝には戻るようになるだろう。の?阿さん」
「そうしてくれると助かります」
 朝、戻ってさえきてくれれば、夜な夜な狛犬が出歩くことには目を瞑ろうと宮司は言った。
「解決だな」
 群雲が愛犬天丸の頭を撫でた。朔耶とパウェトクも肯く。
「でもさー」
 ルディが頭の上で手を組んだ。
「あの狛子ちゃん、さっきから吽のほうばかり見てる気がするんだけどー。気のせい?」
「‥‥ま、相手を選ぶ権利は狛子ちゃんにもあるでの」
「だね」
 あははという乾いた笑いが夜の闇に吸い込まれて消えた。