間違えましたじゃすみません?

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 44 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月11日〜09月14日

リプレイ公開日:2008年09月19日

●オープニング

「返してくれなきゃ困るんですっ!!」
 涙目で訴えかける乙女を前に飛脚の早走(はやぞう)は途方に暮れていた。
「いや、そうは言われてももう届けちゃったものはしかたないじゃないっすか」
「そんなっ、もう、この世の終わりだわ」
 そう、目の前でよよと泣き崩れられてもなぁ、と早走は頭を掻く。
「わぁぁぁ、私、振られるんだわ。そいでもって、あのバカ様の側女に‥‥。そんなのイヤーっ」
「お嬢さん、いったいどういうことなのか、訳を話しておくんなせぇよ」
 襦袢の袖を引き出し涙を拭いつつ、乙女はようやく顔を上げた。

◆乙女は日本橋に店を構え、手広く商売を行っている井筒屋の看板娘である。
 ちなみに乙女というのは彼女の名前だ。
 その美貌ゆえに上はどこぞの大身の若様から下は粋な江戸の職人さんまで、持ち込まれる縁談はひきもきらず、毎日、降るように恋文も来る。
 
 お断りするにはそれなりの理由がある。
 乙女ちゃんには憧れの若旦那がいるのだ。
 もてもてにも関わらず、初心な乙女ちゃんのこと、自分から積極的に言い寄ることなどできはしない。
 ひたすら、その若旦那から恋文が来ないかなぁ、なんて夢見ては若旦那の店の周りを散歩するという地味なアピールが精一杯であった。
 だが、そんな乙女ちゃんの願いが天に通じたのか、とうとう乙女ちゃんを見初めた若旦那から待ちに待った恋文が来たのだ。
 乙女ちゃんは天にも昇る心地であった。

 しか〜し、この、乙女ちゃん、見た目は楚々として実に落ち着いた美女ではあるが、中身は天然、かなりのおっちょこちょいであった。
 しかも、かなりの近視。
 夜中まで行灯の下で浪漫草子や当節の流行風俗着こなし本、当代の役者名鑑を読みふけった結果である。
 降るように来る恋文にはきっちり自分でお断りの返事を書いていたことも目が悪くなった理由かもしれない。

 大好きな若旦那へのお返事を想いをこめて大切に書き上げた乙女ちゃんは、それを横において、別の文へのお断りの返事を書くことにした。
 送り主を見て、眉を顰める。
 某、大身の旗本の若様からの文である。
 この若様、もう幾度もお断りしているにも関わらず、大変諦めの悪い御仁である。
 なんでも親戚にお役人が大勢いるらしく、それを嵩にあちこちでやりたい放題なところも乙女ちゃんは嫌っていた。
「めんどくさいなー」
 『文には誠実に対応』が、モットーの乙女ちゃんもさすがにこのバカ様、いや、若様には嫌気が差していた。
「でも、もし、若旦那とのお話がうまく行ったら、バカ様もきっと諦めてくれるわよね」
 文には、父上のお供で上方に行くので帰ったら返事をくれと、性懲りもなくしたためられていた。
 別に若様が帰るまで待つ必要はない。さっさと丁重なお断りの文を出してしまえばいいのだ、と乙女ちゃんは気を取り直した。
「若様が帰ってくる頃には祝言だったりして。きゃっ」
 
 しかし、ことはおかしなほうに流れていった。
「‥‥何、どういうこと?」
 憧れの若旦那から『断られて残念だ、だが、潔く諦め貴女の幸せを祈っている』という趣旨の文が来たのである。
 混乱する頭で乙女ちゃんはあの夜の記憶を手繰り寄せた。
「あ」
 上紙に包もうとした際、手元が狂って、文を落としたときに、文の中身が入れ替わったかもしれない。
「ぎゃあ!誤解、誤解ですっ」
 しかし、若旦那のほうはいい。近所だし、ひとっ走りして事情を訴えればわかってもらえるかもしれない。
 だが、色よい返事をしたことになる若様のほうは‥‥。
「大変っ、飛脚、飛脚さんはどこっーーーー!?」


◆そうして現在に至る。
 考えてみれば、同じ江戸市中のこととっくに若様のお屋敷に文は届いている。
 ようやく、自分が飛脚さんに無理なことを訴えていることに乙女ちゃんは気付き、肩を落とした。
「ふうむ、なるほどね」
「私、若様のお屋敷に行って、文を返してもらえるように掛け合ってみます」
 要は若様が文を読む前に取り戻せばいいのである。
「うーん。それはどうかなぁ」
 早走は首を振った。
「相手にしてもらえるとも思えないなぁ」
 町娘風情の言うことなど門番も家人も信じないだろう。
「でも、なんとかしないと‥‥」
「困ったなぁ‥‥」
 ふと街を行く、数人の塊が早走の目に止まった。
 浪人風の者や、僧侶、その風体からはたまた明らかに月道の向こうからやってきたと思われる人に背中に羽の生えた人。
 冒険者たちである。
「そうか、冒険者だ。お嬢さん、冒険者ギルドに行きなせぇよ」
 あそこならこの娘の助けになってくれる誰かがいるかもしれない。

●今回の参加者

 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec3999 春日 龍樹(26歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

七槻 錬太(ec1245

●リプレイ本文

◆「お願いします。バカ様の側室だけは嫌なんです」
 手違いで届けられた恋文を見れば、あの若様のこと、勘違いしまくって即日結納ということにもなりかねない。
「いや、痛恨のミスって奴だな気の毒に‥」
 春日龍樹(ec3999)は呟いた。男気溢れる彼としては、目の前で難儀している女子を見捨ててはおけないのである。
 それは、春日とは対照的な体格のルディ・ヴォーロ(ea4885)も同様である。
「女の子の必死のお願いは、聞いてあげなきゃオトコノコじゃないよねー!」
「じゃ、じゃあ、何とかお力を貸していただけるのでしょうか」
「勿論。自分の失敗とはいえ好きでもないオトコと結婚するなんてのは可哀想だしねぇ?」
 縋るような乙女の視線に御陰桜(eb4757)は妖艶に微笑んだ。
(わ、美人さんだー。お胸もおっきい)
 ちなみに乙女は、男女を問わず美しいものには目が無いのである。
 メイド服を華麗に着こなす桜に乙女はぼうっと見とれた。
(わ、こっちの人も素敵)
 乙女は異国の風貌のアニェス・ジュイエ(eb9449)にも思わず見とれた。
(わ、今はそれどころじゃないんだった)
「とりあえずなんだけど、もう一度詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」
「は、はい」
 桜に促されて乙女はどぎまぎしながら事の次第を語り始めた。
「ふうん、若旦那ってそんなにいい男なんだー」
「そおなんです!歌舞伎役者に負けないくらいの男前なんです」
「そうなの〜〜。でもあたしのいい人には敵わないと思うけどな〜」
「わ、桜さんの彼氏ってどんな人なんですかぁ」
 すっかり脱線している話を戻そうとアニェスは苦笑しながらつっこんだ。
「その若旦那はすっかり振られたって勘違いしてるんだろ?早くなんとかしなきゃね」
「そ、そうでした」
 我に返ってたちまち瞳を潤ませる乙女をアニェスは慰めた。
「はいはーい、泣かないの。文はきっちり取り返してくるからあんたはどうやって告白するかって事でも考えときな」
「うん。まずはどうするかだよ」
 ルディは皆を見回した。
「ちゃんとした屋敷ならいつ、だれから文が届いたか記録してると思うんだ。だから文はすり替える方向で考えたほうがいいと思う」
「うむ。乙女さんに断りの文を書いてもらおう。それと同時に俺の名でためしに若君あてに文を出してみよう」
 春日の意見に乙女はすぐに文机に向った。
「キミの名を出して大丈夫なのかな?」
「俺の生業は剣術教師だからな。生徒募集の売り込みの文なら読後すぐに屑籠行きだ」
「なら、その文がどこに届けられるか追えばバカ様の部屋や文箱の場所がわかるね」

◆ギルド。
 アニェスの友、七槻錬太が作成した若様の屋敷の見取り図を前に皆は額を寄せていた。

 昼間、イザと言うときの見張りにルディの鷹ファーンが上空を警戒する中、ルディとアニェスによる下見のための潜入が試みられた。
 二人は、屋敷の間取り、人の出入り、文の行方、見張りの人数、間隔、侵入に適した場所を調べ上げた。
 一方、桜は地味で目立たない姿で、屋敷外に立っていた。
 出入りする家人を見つけてはしばらく尾行し、その人物の見た目だけでなく癖や声音、口調などを観察する。偶然を装いぶつかって匂いまでも調べた。
 得意の人遁の術で家人を装うためだ。
 春日は近所の飲み屋で客を装い、情報収集。運よくバカ様んちの家人の席の近くで愚痴などを聞くことが出来た。どれほど主が無謀でも主君は主君。勤め人は辛いものである。よってこんなところでくだを巻くぐらいしかできない。
(ふうん、やっぱり評判どおりのバカ様らしいな)
 よって同情の余地なし、と春日は杯を呷った。
「勘定を頼む」
 
 こうして各人が集めた情報をもとに作戦が立てられた。
 アニェスが慎重を期するために地図上、ダウジングペンデュラムで目的地を確認する。
「間違いないね。文は若様の部屋の床の間の棚の文箱の中」
「では、作戦決行といくか」
「うん、乙女ちゃんの恋のためにがんばりましょー♪」

◆しゃらりしゃらりとアニェスが動くたびに腕飾りや首飾りが揺れて音が鳴る。
 一見舞踏用に見える剣を両手に携え、彼女は舞った。
 バカ様のお屋敷の塀の外である。
 門前ではさすがに追い払われそうなので少し離れたところで。

 遥か月の道渡り
 遠き異国の風纏い
 日の本の国を訪ねし舞い手
 今日を逃せば叶わぬ邂逅
 ‥‥さァお立会い!
 お代は見てのお帰りよ

 異国の女の異国の装束。異国の歌に見物人が集まり始める。
 上手いことにバカ様のお屋敷の門番もこっちに気を取られている。
 家の中の者も外の賑やかさに誘われて出てきたようだ。
 見物人の中から見上げるような大男が抜き身の剣を持って加わった。
 春日だ。
 薄布を翻してアニェスが春日に斬りかかった。それを寸でのところでかわす。
 にやりと艶やかに笑った彼女がもう一太刀。
 アニェスが斬りかかり、春日がかわす度に見物人からはおおっという声が上がった。
 駄目押しとばかりに彼女は空に蜃気楼を放った。
 幾重にも重なる虹の幻影に人々は魅了された。

◆「陽動作戦は、上手く言ってるようね」
 屋敷のほとんどの者が外の賑やかさに気をやっている中、桜は昨日見かけた腰元に完璧に化けていた。勿論。彼女が外出中なのは確認済みである。
 このままの姿で若様の部屋に侵入し、文箱から乙女の文を探し当てられれば一番簡単なのだが‥‥。
「おい、何をしておる」
 鋭く声をかけた侍は腰元(桜)の顔を見て、緊張を緩めた。
「なんだ、そなたか。若様の部屋に何か用か」
「はい、お掃除をと思いまして。いつお帰りになっても良いように整えておくのがわたくしの仕事ですから」
「なるほど、良い心がけだ」
「ありがとうございます」
「何だか外が騒がしいな。私はこの辺りの見張りをしている故、安心して掃除に励むといい」
 この侍、なかなか勘がよさそうである。
 桜は仕方なく手桶に水を汲み、雑巾を絞った。
 ちらりと部屋の天井に視線を送る。
 ずらされた板からルディの小さな手が現れ、ひらひらと振られた。
 桜は片目を瞑ってから障子を閉めた。
「先にお廊下の拭き掃除を致します」
「うむ」
 桜はゆっくり廊下を清め始めた。
 部屋の中では、天板をはずし、降り立ったルディが予定通り文箱の中を漁っていた。
 紙と木の家は音がたちやすい。慎重に、慎重に。
 このジャパンの文字も読めるようになり、文程度ならば問題ない。
(お、昨日出した春日さんの宣伝メール発見。ってことはもう少し下だね)
「ん?何だ‥‥?」
 侍が部屋のほうを気にしたと同時に桜は空を指差した。
「まああ、あれは何でございましょう!」
 空にはアニェスの放った蜃気楼の魔法。
「なんだ、あれは。あんなものは見たことが無いぞ」
「ほんと、なんて不思議な」
 ルディは侍の気が逸れたことにほっと溜息をついた。黒い勾玉を握った手を緩める。
 侍は虹の幻に気を取られているらしい。
(‥‥あった)
 背中に括りつけていた風呂敷の中から乙女の交際お断りの文を出し、しっかり入れ替えるとルディは間違いの元になった文を大事にしまった。
(よし、撤収、撤収)

◆「上手く行って何より」
 最悪の場合、荒事も辞さない覚悟だったが幸い陽動作戦は見事に成功した。
 大切な手紙を手にし、乙女は心から安心したようだ。
「乙女ちゃん♪安心してる場合じゃないわよ」
 桜の言葉にルディが肯く。
「うんうん。今回は、何とかなったからいいものの気をつけないと、危ないよ?
‥‥で、この手紙、どーするの〜?」
「え?」
「真剣に書いた手紙だもん、見るべき人に見てほしいよね♪」
「は、はい。でも‥‥」
 行き違いになった文、向こうはすっかり振られたと思い込んでいる。
「こっから先は、あんたの勝負。若旦那は振られたと思ってんだからきっちり説明して、気持ちも伝えといで」
「はい!」
 文を大事そうに旨に抱きしめると、乙女はぺこりと皆に頭を下げ、走り出した。
「うまく行くよね?」
「ええ。きっとね」
 手を頭の後ろに組んで問いかけるルディに桜は答え、春日は駆けていく乙女の後姿に暖かい眼差しを向けた。
「頑張れ、恋する女の子♪」
 アニェスがそう呟いた。