すすり泣く琵琶
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月21日〜10月26日
リプレイ公開日:2008年10月29日
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●オープニング
呼ばれているような気がした。
日頃、楽の素養があるわけでなし、必要もなかったのに、惣次がそれを手に取ってしまった理由である。
「お客はん、お目が高こうございますな」
それが、由緒のあるものだとか古道具屋の主人が手もみしながら言っていた気がするが、惣次はロクに聞いてもいなかった。
おそるおそる弦を弾いてみると、びぃん、とそれはうなった。
(おいおい、琵琶だぞ。弾けもしないくせに)
志を抱き、京に上ったものの、もとは田舎侍である。
琵琶などと言う雅な物にはとんと縁がなかった。
だが、欲しい。
何故か欲しくてたまらない。
「主人、いくらだ?」
持ち金が足りなければ、刀に物を言わせても、と思いつめるほど、惣次はこの琵琶を手に入れたかった。
その不穏な空気を読んだのか、古道具屋は口元を引き攣らせながらではあったが、値段を述べた。
(よかった、足りる)
惣次は有り金をはたき、念願のそれを手にした。
大事に抱えて、宿にしている旅籠へ向った。
が、そうまで思い入れた琵琶を今は持て余している。
「惣次さん、顔色が悪くないですか?」
江戸から来たという志士、八束伊織が心配そうに顔を覗き込む。
惣次とは伊織が上方へ来て知り合ったのだが、最近、ひどくやつれている気がする。
落ち着かない世に中は人心も乱れがちで、神皇家のために働くことは無論、昨今増加している偽志士への取り締まりも中々に忙しい。
「じつは、このところ、あまりよく眠れていない」
げっそりこけた頬で惣次は答えた。
「いったい、何があったんです?」
惣次が言うには夜な夜な琵琶がすすり泣くのだという。
最初は宿の女中をしている小娘が泣いているのかと思った。
が、声をたどってみると、あきらかに琵琶が泣いているのである。
「それってまずいじゃないですか」
闇に魑魅魍魎が跋扈することで知られた京のこと、よからぬものが憑いているに違いない、と伊織は思った。
「そう、思うか」
「ええ。そんな危ない代物は店に返してしまわれては」
「あの古道具屋め、妖のものを俺に売りつけたか」
惣次が返すと決意を固めたふうに見えたので伊織は安堵した。
が、後にそれを後悔することになろうとは。
「え?惣次さんが亡くなった?」
訪ねた旅籠の主人に惣次の死を知らされ、伊織は驚きの声を上げた。
やつれてはいたが、別れ際には笑顔すら見せていたものを。
「それで、惣次さまはこれをあなた様に託したいとのご遺言で」
「えぇ!?」
伊織が困惑の声を上げたのも無理はない。
差し出されたのは件の琵琶である。
「‥‥返してなかったのか」
惣次はこの琵琶によほど執着していたと見え、結局、最後まで手放さなかったのだ。
このまま古道具屋に引き取らせたところで、また犠牲者が出るかもしれない。
伊織はじっと琵琶を見つめた。
彼の眼には何の変哲もない琵琶に見えるのだが。
本当に夜な夜なすすり泣くとすれば、妖の者に違いない。
(なんとか、調伏できないものだろうか)
自分に出来なければ、誰かの手を借りるしかない。
助け手を求めて、伊織の足は冒険者ギルドに向った。
●リプレイ本文
◆大物だ。と八束伊織は内心焦っていた。
自分のような駆け出しに毛が生えたような志士の依頼にこんな人たちが応じてくれるなんて‥‥。
勿論、面識はなかったものの、名乗られた四人の名はいずれもこの京で、いや、ある方は日の本で、いやいや、世界にすら響き渡っている。
だが、四人は今、ごく当たり前のように、宿の一室で向かい合い、挨拶を済ませたところである。
(うわぁ、初めて会った。本物だー)
「八束殿」
「うわ、は、はい!」
和泉みなも(eb3834)に話しかけられて伊織は飛び上がった。
「では、早速ですが今回の件について詳しいお話を聞きたいと思います」
「はい、よろしくお願いしますっ」
緊張ゆえに思わず何を話すにも力が入る伊織は宿奈芳純(eb5475)が気になってしかたない。
見上げるような大柄にも拘らず、柔らかな印象を与えるこの男は今、静かに座して伊織の言葉を待っている。
「そのように緊張しなくても‥‥。で、これが問題の琵琶なのね?」
国乃木めい(ec0669)の母のような雰囲気に伊織はようやく気持ちが落ち着いたのか、はい、と肯いた。
「とにかく人の眼に触れないようにしたほうがいいと思ったのです」
白い布でぐるぐるに巻かれた物体を伊織は手にした。
「あなたはその琵琶に触れても何ともないのですか?」
「はい、僕はどうやらまったく楽に縁がないようで。だからこいつも諦めているのではないかと」
マロース・フィリオネル(ec3138)に問われてドキドキしながら答える。
「ほう、琵琶が選り好みをするというのですね。興味深いですね」
「は、はあ」
「いや、もしかしたらですが、貴殿は懐に何か護符のようなものを持っていらっしゃるのでは?」
宿奈に問われて、伊織は懐を探った。
「護ではないのですが、二人の妹がいざと言うときのためにと持たせてくれた銀の小柄が」
「ああ、出さなくてもよろしいのですよ。できればこの依頼の間はそれを仕舞っておいていただきたいのですが」
マロースをちらりと見ながら宿奈は伊織を制した。
彼女は黙って口元に笑みを浮かべている。銀という言葉にその蒼い瞳の奥がゆらりとざわめいたのを伊織は気付きもしなかった。
「はあ、わかりました。仕舞っておきます」
「ありがとうございます」
「惣次殿は古道具屋でこれを手に入れたんですね」
「はい、そう申しておりました」
「そしてこの琵琶に魅入られるようにおかしくなっていかれた‥‥」
「はい。寝食を忘れて、ぶつぶつとまるで好きな女人に話しかけるようだったと宿の主人が言っていました」
最期まで落ち窪んだ目をぎらぎらさせて、琵琶を掻き抱くようにして亡くなっていったのだと言う。
「僕がもっと気をつけていればよかったんです」
悔いをみせる伊織を和泉は励ますように提案した。
「まずはその道具屋を当たってみましょうか」
「いわくのあるものなら以前の持ち主から相談を受けた神社仏閣があるかもしれないわね」
和泉と国乃木は街に出て心当たりを当たってみるという。
「過去にも例がないか、御所の図書寮の書物を調べられたら、と思うのです」
と言う和泉に宿奈は肯いた。
「私も陰陽寮を当たってみましょう」
「では、そちらのほうはおまかせするとして、私は、この琵琶を大人しくさせておきますね。あなたはどうなさいますか?」
マロースに問われて八束は自分も街に出て古道具屋を探すと答えた。
「では、問題の琵琶を拝みますか。マロースさん、お願いしてよろしいですか?」
宿奈の言葉にマロースはええと肯いた。
マロースが部屋に結界を張る中、国乃木が仲間達が琵琶の魅力に引き込まれないように術をかける。
白い布による戒めを解かれた琵琶はかなり使い古されたもののように見えた。
「かなりの年代ものと見ました」
「ええ。でもたいした飾りなどはついてはいませんね。弦が五本あるのは珍しいですね」
冒険者たちは布切れの中に鎮座する琵琶をいろいろな角度から調べている。
「おや、これは」
「ほんとですね。何か書いてあります」
「異国の言葉のようね」
これだけの面子が揃えば、異国の言葉も何種類かわかるものの、残念ながらこの見慣れぬ言語を解する者はいなかった。
「調べることがまた増えたようです」
蛇が這うように連ねられた文字を慎重に書きとめながら宿奈が呟いた。
◆「どうも気にかかるわね」
連れ立って歩く国乃木の呟きに伊織は彼女の顔を見た。
二人は惣次が行きそうな古道具屋を当たっていた。
「気にかかるって何がですか?」
「命のない物が勝手に動き出すというのはね、付喪神と言って、年月を経た道具に魂が宿るのだと言われているわ」
「つくも、がみ、ですか」
「ええ。それがどうして古道具屋に紛れ込んだのか。もし、今までも持ち主を取り殺してきたというのなら、呪いの琵琶だとか言われて、まずは神社や寺に持ち込まれると思うの」
「街の噂にだってなるはずですよね」
「そう。ということは何者かが意図的に付喪神の琵琶を持ち出したのではないかと‥‥」
「でも、いったい誰が」
国乃木は眉を顰めた。禍の種を蒔き、巷を騒がせて悦ぶ存在。悪魔。
忍び寄るその影を感じる。
「とにかく禍の種はなんとかしなくてはね。これ以上犠牲が出ないように」
◆「宿奈殿はどうお考えですか。自分は付喪神の類ではないかと思うのですが、もしかしたら前の持ち主の霊が取り付いているのかもしれませんし」
和泉に問われて宿奈は足を止めた。二人は御所に向う途中である。
長身の宿奈にパラゆえに少女に見える二人は、道行く人の視線を引いているが、本人達はそういう視線には慣れっこなのかあまり気にはならないようだ。
「実は先ほど、テレパシーで話しかけてみたのですが、答えてもらえませんでした」
宿で琵琶を調べているとき宿奈は琵琶を説得できないものかと探りを入れていた。
「リシーブメモリーも試しましたが駄目でした‥‥和泉殿の思われた通りかも」
「何です?」
「付喪神ならば、正体は霊です。幽霊の心は覗けないと、聞いた事があります」
「それは‥‥」
和泉は自分の推理通りかもと言われても、喜べなかった。霊であれば、何か想いがあるはず。それを聞けないとは、悲しい話ではないか。
想いがあって霊となったはずが誰からも忘れ去られ、怪異の琵琶としてだけ残る。
「‥‥もし琵琶に罪がないなら、壊すことは避けたいです」
和泉がぽつりと言った。
怪異を収められれば後はお祓いをして、普通に楽器として全うさせてやれたら。
「‥‥ええ。そうですね」
◆マロースは琵琶を見張りながら、その正体を改めて探っていた。
「霊には違いないわ。だけど物に憑くだけで、幽霊のように形を持つ事は出来ないみたいね」
今、琵琶は、結界の中、さらに動けなくしてある。
そして相手がアンデッドである以上、それを浄化する方法はあり、彼女にはその力があった。
おそらく仲間達も大方の予測はついているのだろう。
自分達の実力を持ってすれば調伏するのはそう難しいことではない。
それでも彼らは労を惜しまず街に出た。
琵琶の背景を調べるために。
ならば、自分は、彼らを待つべきだ。
「みんな、あなたを壊したくないのです」
◆判ったことはいくつかあった。
琵琶の背に記された文字が遠い大陸にかつてあった国のものであるということ。
その国はとうに戦で滅ぼされ、今は砂に埋もれていること。
「この琵琶はその国から長い時を経て、人の手から手へと渡りこの国に来たようですね」
「古道具屋は見つかったのですか?」
マロースの質問に国乃木は肯いた。
「ええ。大変だったけれど。古道具屋の主人の話では、褐色の肌の大柄な男が持ち込んだそうよ。二束三文の値段でいいと置いていったらしいの」
「怪しいですね」
「ええ。もうひとつ、面白いことが判ったの。ねぇ」
国乃木に振られて伊織は慌てて答えた。
「都のはずれの寺から琵琶が盗まれていて‥‥」
「その琵琶が五弦なのですね」
和泉に伊織が肯く。
「そうなんです」
「琵琶については私も書物を調べてきました。琵琶は大抵四弦なのですが、ある国では五弦の琵琶が好まれたとか。それでこの琵琶の出処がわかったのです」
「寺の話では、その昔、華仙教大国から来た僧が珍しいものだからととても大事にしていたそうです」
「その僧も異国の旅商人から譲られたのだと話していたそうよ。寺にあったときは大して騒ぎは起こさなかったのですって。せいぜい物音を立てるくらいだったそうよ」
「だとすれば、その琵琶を寺から持ち出した男がやはり気になりますね」
「ですが」
宿奈は顔を微かに表情を曇らせた(ようにみえた)
「男の手がかりがそれだけでは」
その男の行方はようとして知れない。
「ともあれ、この琵琶をどうするか、ですね」
「人を取り殺してしまったのは事実だけど、なんだか‥‥」
和泉が皆を見渡して言う。国乃木も同意した。
「弾き手を求めていたのかとも思ったけれど、もしかしたら、帰りたかった、のかしら。元の寺に」
「人の手から手へと渡るのに嫌気が差していたのかもしれませんね」
宿奈が言う。
「浄化できるものならそうしてあげたいですね」
壊すのは忍びないといいことで皆の意見が一致した。
人を魅了し、寝食を忘れさせるということさえ無くなればいいのではないだろうか。
「それでいいですね?」
マロースは立ち上がるとピュアリファイを唱えた。
◆「ありがとうございました。琵琶を返した寺で惣次殿の位牌も引き取っていただけることになりました」
そういって伊織は深々と四人に頭を下げた。
「それは、よかったですね」
伊織は素直に安堵し、喜んではいるが、冒険者達の胸には、謎の男のことが引っかかっていた。
‥‥波が寄せるように魔の影は忍び寄っている。