稀なる果実

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月22日〜10月25日

リプレイ公開日:2008年10月30日

●オープニング

「え、品切れですか」
 がっかりした青年に薬種問屋の番頭は申しわけなさそうに答えた。
「すみませんねぇ。あれはいつも置いてあるってわけじゃないんですよ」
 月道を通じて華国から入ってくるものは高価であり、またそれ自体珍しいものであるから、数はそう多くない。
「困ったなぁ」
 青年は信吾といい、薬師の弟子である。
 彼の師は老齢で、そろそろ引退することを考えており、弟子達に独り立ちをさせようとしていた。
 信吾は研究熱心で、なかなか薬師としての見どころのある青年である。
 しかし、師は厳しい人柄で、弟子達に最後の試練を課すつもりであった。
「人参果の薬を作ってみよ」
 というのだ。
 人参果は滅多にない希少なものあって、正確に言うとそれは草の根っこの部分である。
 このジャパンにも少ないながらも自生しているらしいが、野山によく薬草を採取に行く青年もまだ目にしたことはない。
「あと数日待っていただければ入荷するかもしれません。今、少し相場が高くなっておりますが」
「それはいったい幾らぐらい?」
「これくらいでしょうか」
 算盤を弾いた番頭に信吾は情けない顔をした。
(やっぱりな)
 まだろくに給金も貰っていない自分には手が届かない高価な代物だ。
 同輩の中には、実家が豊かなものもあり、彼ならいとも容易く買えるのだろうが。
 しかし、『できません』と言って師をがっかりさせたくない。
(どうすりゃいいんだ)
 何か、日銭を稼いで金を貯めるか。

「番頭さん、人参果はたしかこの国にも自生しているんですよね?」
「ですが、どこに生えているものか」
 自分は知らないのだ、と番頭は言った。
「そうですか」
 がっかりして店を出ようとした信吾に番頭の「あ」という声が聞こえた。
「何か、ご存知なんですか」
「大番頭さんが何か知ってるかもしれません。あの方はもう長いことこの商売をやってますから。よろしければ聞いてまいりましょう」

 大番頭さんの話ではもう何十年も前にこの江戸から少しはなれた山中で偶然にも人参果が見かけられた、ということだった。
 うっかり引っこ抜いてしまった村人が死んでしまったらしいのだ。
「死んで‥‥?」
「ええ。なんでもうかつには手を出せない植物だとか」
「うわあ‥‥」
 信吾は蒼ざめ、逡巡した。
 が、迷っていられない。
「場所を教えてもらえますか」
「ちょっと、あなた、採りにいくつもりですか」
「いきます!」
「無謀ですよ!」
 番頭は反対したが、信吾の決意にしぶしぶ大番頭から聞いた場所を教えてくれた。
「そこまで仰るなら止めはしませんが、悪いことは言わない、冒険者を頼みなさいよ」
 なけなしの金をはたいて、冒険者を頼んでも、人参果が手に入れば、大丈夫だというのである。
 煎じ薬にいる分はそう多くはない。残りを買い取ってあげる、とも。
「ただし、上手く行かないとあなたは無一文になっちゃいますね」
 おまけに独立もできないとなれば、また違う師匠のもとで修行しなくてはならない。
「運を天にまかせてやってみます」
 信吾は人のいい番頭に感謝しつつ店を後にするのだった。

●今回の参加者

 ea1401 ディファレンス・リング(28歳・♂・ウィザード・パラ・ノルマン王国)
 eb2810 レフィル・ウォーレグ(20歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

◆「信吾さまも皆様もよろしくお願い申し上げます」
 上品な女性にそう丁寧に挨拶されて薬師信吾は慌てて自分も頭を下げた。
 齋部玲瓏(ec4507)と名乗ったその女性は学者なのだという。
「依頼書を見たときから、お話してみたいと思ってました。ディファレンス・リング(ea1401)です」
「よろしくお願いします!」
「あたしは、レフィル・ウォーレグ(eb2810)だよ。ディファレンスとは友人なの。今回はディファと一緒に秋の野山を探索したいと思って参加したの。人参果にも興味あったしね♪」
「人参果のお薬がひとりだちの課題なのですか。何の職にもそのようなものがあるものですね」
 と言う玲瓏に信吾は大きく肯いた。
「年老いた師匠に安心してもらいたくて。なんとか、人参果を手に入れたいのです」
「それにしても難しい課題ですね。あ、私も駆け出しですが薬屋なので」
「それは心強い。ディファレンスさんは人参果を見たことがおありですか?」
「見たことはないのですが、私の故郷のある薬草と似ているのではないかと思うのです」
「異国にも人参果が?」
 信吾はたちまち興味を掻き立てられたようだった。
 大陸の西の果てにはさぞ未知の薬草があることだろう。
「信吾さまは人参果の特徴などご存知なのですか?」
 玲瓏に問われて信吾はごそごそと粗末な本を取り出した。
「これは、師の書物を書き写したものなのですが、ここをご覧ください」
 信吾の手によるものなのだろう、決して上手いとは言えないが、絵はその植物の特徴だけは捉えていた。
「私の本をご覧になりますか?華国から伝来した書ですが漢方医学については広く載ってございます」
 玲瓏の写本「金匱要略方論」は信吾にとっては垂涎の品であった。
「素晴らしい、とても詳しいですね」
「なるほど、やはり思ったとおり、人参果とは我々の言うマンドラゴラのようですね。レフィルも耳にしたことはあるでしょう?」
「うん。貴重でレアだってことは知ってるよ」
 マンドラゴラ。
 万病に聞く薬として有名なこの植物は一方でとてもやっかいな性質を持っていた。
「お話では、昔、人参果をうっかり引き抜いたが為に亡くなった方がいらっしゃるということでしたね」
 玲瓏は信吾に確認した。
「薬種問屋の大番頭さんの話ではそうらしいのです。発見されるのが遅かったので、すでに人参果は干からびかけていたので、他に被害者はいなかったようですが」
「人参果とマンドラゴラが同種のものだとすれば、それは肯けます」
 と言うディファレンスに玲瓏も肯いた。
「ええ、この本にも注意事項として書いてありますね」
 人参果は引き抜かれるときに咆哮をあげる。
 その叫びは近くにいる者に麻痺と死を及ぼすのだ。
「じゃあ、見つかったとしてどうやって採ればいいの?」
 レフィルの質問に信吾はうーんと頭を抱えた。
「引き抜くのが問題ならば、周囲の土を掘るというのはどうでしょうか」
 ごっそりと根を傷つけぬように土ごと掘りあげるという信吾の提案に玲瓏は微笑んだ。
「山芋掘りの要領ですね」
「とにかく、出発しましょう。いい考えも沸いてくるかもしれません」
 ディファレンスの言葉に皆は秋の山を目指した。

◆山中の開けた場所で皆は弁当を広げていた。
 おにぎりに漬物、小魚の佃煮、里芋の煮付けという質素なものではあったが、信吾の母の心づくしである。
「秋の野山って空気がすがすがしいね♪」
 背中の綺麗な羽をゆったりと動かしながらレフィルはご機嫌におにぎりをほおばった。
 彼女にとっては少々サイズが大きいのでディファレンスが調整したもの、をである。
「空が高いですね」
 秋晴れの空を食事を終えたディファレンスは見上げている。
「青い空から視線を移せば見事な紅葉、心が洗われるようですね」
 玲瓏も楽しんでいるようだ。
「ホーリーも喜んでいるみたい。さっきも山ぶどうを見つけたの」
 鷲と獅子の体を持ったグリフォンのホーリーに最初、信吾は面食らったが、少し慣れてきたところだ。
「いろいろ見つけたようですね」
 レフィルの側の籠には色々な収穫物が入っている。
「これ、食べられる?」
「むかごですね。山芋と同じような味です。この蔓の下を掘ると芋が埋まっているんですよ」
 玲瓏が答えた。
「そうなんだ〜」
「後で茸と一緒に焼いて食べるといいですよ」
「うん」
 慎重に書物を見ながら玲瓏は茸を選り分けていた。大丈夫、ほとんど無害のものだ。
「あまり深く入り込まないで下さいね。あなたは方向音痴なんですから」
「わかってる」
「信吾さま、昔、人参果を抜いた人が亡くなっていた場所は大体わかっているのですよね」
「はい、もう少し先の辺りだと聞いています」
「で、どうするかですね。耳栓は勿論するとして」
「この絵図によると山芋などより根が周囲に張るようですし、土ごと掘りあげるにしてもかなり周囲に余裕を持たせて掘らなければ。こういうのはどうでしょうか?人参果の地上から出ている部分に縄をかけて離れたところから引く、というのは」
「叫び声がどれくらいの範囲に聞えるか、またどれくらいの時間か、が問題ですね」
 やはり耳栓は必須のようである。

◆「この辺りだと思うのですが」
 こんもりと緑の瘤のようなものがいくつかある場所で信吾は辺りを見回した。
 何せ、目撃談は数十年前のこと。
 場所が正確なのか、環境が同じなのかよくわからない。
「葉っぱとかの特徴はないのかな?根が二股とかに分かれてるのはわかったけど」
「書物によると細い葉っぱが何枚も瘤から出てるといいますよ。遠目に見ると深い緑色の土饅頭みたいに見えるとか」
「え〜。土饅頭って苔の生えたのならあちこちにいっぱいあるよ」
 レフィルはそういうと羽根で辺りを飛びまわった。
「ふう」
 そういって降り立った彼女を目で追っていたディファレンスは指を指す。
「レフィル、その土饅頭からは葉っぱが出てるようですよ」
「ほんとだ!」

 慎重に慎重に、信吾とディファレンスは土を掘り進めていた。
 耳栓をした耳をさらに布で塞いで、音は遮断してある。
 根がどこまでの歩手いるかわからないので、かなり外側を掘り、出ている部分に縄をかける。
 念の為に、離れた場所から縄を引く予定だ。
 縄を掛けおえた二人は合図をして玲瓏とレフィルの待つ木の下へ駆け戻った。
 音は聞えないので身振りでタイミングを合わせる。
『ひい、ふう、み』
 勿論、ディファレンスとレフィルの心の中の掛け声はそれぞれ母国語に違いないが。
「えいっ!」
 四人で力を合わせ縄を引いた。手ごたえがふっとなくなり縄が軽くなった。
 瞬間彼らはさらに自分の手で耳をふさいだ。
 縄の先で醜い赤黄色の物体が身を捩っているのが見える。
 ぽとり。
 空の上から何かが落ちてきた。
(鳥?ホーリーたちを離しておいてよかった!)
 耳を塞ぎながらレフィルはそう思った。
 耳栓のしようもないペットたちはうんと離れた場所に繋いできたのだ。
 玲瓏の鷲である雲居はかなり高く飛べるのでそこまで声は届かないだろう。
 縄の先の醜い根は運よく数秒で動かなくなった。
 念のためになおしばらく間をあけて皆は耳詮を外した。
「信吾殿、おめでとう、人参果だ」
「は、はい。これが‥‥」
 言葉少なに皆は人参果を見つめた。
 人の名を被せられている通り、ぱっと見れば人の形をしているその根は歪んだシフールのようにも見え、レフィルは少し眉を顰めた。
「うわ」
「人参果は鮮度が命といいますよ。早く山を下りましょう」
 玲瓏の言葉に信吾は我に返った。
「ありがとうございます。これで師に顔向けできます」

◆「ああ、凄い!何、これ」
 レフィルが大きな紅い茸を指差す。
 五十センチはあろうかという茸が数本、朽ちた倒木に生えている。
「すごい!食べられるの?」
 玲瓏がすぐさま答える。
「食べられることは食べられるのですが、迂闊に近づいちゃだめですよ」
「え?どうして?」
「叫ぶんです」
「また?」
 うんざりした顔のレフィルに皆は笑い、お土産に採って帰りましょうか、ということになった。
 
 後日、冒険者ギルドには彼らそれぞれに小さな薬壷が届けられた。
壷には短い文が添えられていた。

『師の試験には無事合格しました。人参果によってできた薬は師の命を救いました。
 僕には知らされていませんでしたが師は重い病に罹っていたのです。
 あなた達のおかげです。深く感謝します。
 追伸
 薬問屋で引き取ってもらった残った人参果のお金とあの大きな茸の代金を同封します。
 それと僕の作った解毒剤も。何かのお役に立てれば幸いです   信吾』