罠・死を呼ぶ反物
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月16日〜11月21日
リプレイ公開日:2008年11月23日
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●オープニング
◆着物を手に入れようと思ったら、方法はいくつかある。
金に余裕があれば、呉服屋の暖簾をくぐればいい。
古着という手もある。
寺の門前市には古着屋がよく店を出していた。
だが、そこにも気に入ったものがないとくれば‥‥。
「おや、お客さんかい」
門前市の賑やかさとはまったく正反対のうらぶれた路地の奥。
一見、ごく普通のボロ家が立ち並ぶ場所にその店はあった。
店の主人とおぼしき人物はいかにも怪しげで、紅い手ぬぐいを顔に巻きつけて人相もはっきりしない。
見回すとそこには店のみすぼらしさとは反対にきらびやかな反物だの着物だのがところせましと積み上げられている。
鮮やかな浅葱色と白の矢模様に思わず目をやると、店の主人は気味悪く笑った。
「おやおや、なかなかお目が高い。それはどこぞの裕福な八百屋の娘が愛用していた着物でね。袖を通せば高いところに登って半鐘を叩きなる代物なのかもしれないよ」
どこかで聞いた話だ。
「それは、さる武家のお内儀の着物さね。ご亭主に裏切られ殺された憐れなお方の忘れ物さ」
「ああ、そっちの組み紐は‥‥」
次から次へとうれしげに品物の怪しげな由来を語る店の主人に男は笑みを漏らした。
「なかなか品揃えがいい」
「それはどうも。なかでもお奨めはこの反物だ」
まったりとした艶の練り絹に繊細な刺繍が施されたその反物はどんな女が見ても手にとりたくなるような美しさである。
「今は形を潜めてはいるが、面白いことになるよ、こいつはね」
「なるほど。では、こいつを貰っていこうか」
店の主人と客の男は顔を見合わせにやりと笑った。
◆「ご覧になって。嫁入りの支度に相応しい反物でしょう?」
三蔵屋凛は、近々祝言を挙げる友、お千佳のもとを祝いの品を持って訪ねた。
千佳とは琴のお師匠さんが同じなので、それで近しくなったのである。
「まあ、素敵。見事な品ですね」
「ええ。明日にも仕立てに出すつもりなんです。もう支度は粗方終わったのだけれど、この反物に一目ぼれしてしまったの」
それでぜひとも嫁入り支度に加えることにしたらしい。
「きっとお似合いよ。お千佳さんには」
色白なお千佳にはこの反物で作る着物も、祝言のときの白無垢もとても似合うだろう。
「次はお凛ちゃんの番ね」
「あら、私は当分いいわ」
凛は結婚はもうこりごりだと苦笑した。
そんなことがあった翌日。
「え?お千佳さんが!?」
友の訃報が凛を襲った。
「なんで?昨日はあんなに元気で幸せそうに‥‥」
お千佳は誰かに縊り殺されていたのだという。
「そんな、酷い‥‥」
凛は泣き崩れた。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
さらに数日後‥‥。
「今度はおまっちゃんが?」
お松も千佳と同じく琴を習う友達であった。
そのお松までお千佳と同じように家の中で首を絞められ死んでいたのだという。
「恐いわ。いったい誰が下手人なの?」
お千佳の形見分けだと届けられた花簪をそっと撫でながら、凛は薄気味悪いものを感じていた。
二人も連続して娘が殺されたというので役人も躍起になって捜査しているようなのだが一向に目星がつかないらしい。
じつは、お松の家からも、形見分けをしたいから家に一度来て欲しいと言われている。
ついこの間、一緒にお千佳のお葬式に出たお松がこんなことになるなんて。
あの時、凛はこの簪、お千佳は反物を貰った。
お千佳が大層気に入っていたのでぜひ、着物に仕立てて着て欲しいというのが彼女の母親の涙ながらの願いだった。
「あの反物‥‥」
何やら胸騒ぎがする。
誰かについてきてもらったほうがいいのではないだろうか。
できれば、妖に詳しい人物に見てもらいたいが‥‥。
そう考えると凛には頼みにする先は一つしか思い浮かばなかった。
冒険者ギルド。
「ちょっと出かけてきます」
凛は店の者に声をかけると草履を急いでつっかけた。
●リプレイ本文
◆お松の霊前に手を合わせると、凛はゆっくりと振り返った。
「お凛ちゃん、この方たちは?」
様々な風体の冒険者たちを前に、お松の母親は戸惑ったようだ。
「私の知り合いの方たちです。お坊様もいらっしゃるの。少しでもおまっちゃんのご供養になればと思って」
「それはありがとうよ」
僧姿の雀尾嵐淡(ec0843)、琉瑞香(ec3981)を先頭に冒険者たちはお松の白木の位牌に香を手向けた。
「ありがとうございます。あの子も喜んでいるでしょう」
「ところでね、おばさん。私、今度のことをこの方たちにご相談してみたんです。お千佳さんに続いておまっちゃんまで。何か怖ろしいことが隠れている気がして」
お千佳に続きお松も同じく絞殺されるという不審な死に方をしているのである。
「おつらいでしょうが、お話を聞かせていただきたいのです。これ以上被害を出さないためにも」
沖田光(ea0029)の言葉におかみさんは蒼い顔をして肯いた。
「私も、娘が誰に殺められたのか、知りたいのです。お上のお調べはまだ進まないらしくて」
なんなりと聞いて欲しいというおかみさんにチップ・エイオータ(ea0061)は尋ねた。
「お松さんが亡くなった夜、何か、不審な物音を聞いたり、人物を見かけたりというようなことはなかったのかな?」
「いいえ。それはお上からも聞かれましたが、何も不審なことはありませんでした。ただ、朝になって娘が起きてこないので様子を見に行かせたら、あんなことに‥‥」
「では、お嬢さんは夜のうちに?」
「はい」
おかみさんが袖で涙を拭うのを群雲龍之介(ea0988)は傷ましそうに見た。
「前の晩、お嬢さんの様子に変わったところは?何かに怯えている様子などはなかったか?どんな小さなことでもいい、思い出してもらえないだろうか」
「変わったこと、でございますか。そういえばその夜は、お千佳さんから形見分けで頂いた反物を箱から出し、香を焚いてあの人を偲ぶつもりだと申しておりました」
「その反物は今、どこに?」
「元の木箱に納めてあの子の部屋においてあります。曲者が押し入ってきたときに、抵抗してもみ合いになったのでしょうか、部屋が散らかって箱も反物も床に転がっておりました」
「さきほど、不審な物音はしなかったということでしたが、争う声なども聞えなかったのですね?」
「ええ。誰も聞いていないのです。よろしければ娘の部屋をお見せいたしましょう」
反物はお松の部屋の飾り棚に桐の箱に収められて置かれていた。
「なるほど、ここなら、声を上げれば他の部屋に聞えるはずだね」
チップが部屋を隅々まで調べながら言った。
「裏の木戸や店の表にもこじ開けられた後などはないのですね?」
「ございません。お上もそれで首を捻っておられました。困ったことに、うちの中の誰かがお松を殺めたのではないかというお疑いまで受ける始末でした」
裏庭には犬が寝ているし、勝手口の傍は使用人部屋もある。
「外からの侵入の形跡なし、か」
群雲が幾度か開け閉めして木戸を調べる。庭には怪しい足跡なども見当たらない。
「そうなると、やはり」
「ああ。反物が疑わしいな」
お千佳とお松を繋ぐのは反物だ。
「出処が気になりますね、僕たちは最初の犠牲者の家を訪ねましょう。凛さん、一緒に来ていただけますか」
沖田の言葉にチップ、群雲は凛を伴い、その足でお千佳の家に向った。
凛を連れて行ったのは、遺族をあまり刺激しない為である。
形見分けで渡した反物がお松まで死に至らしめたとあっては、お千佳の親も平静ではいられまい。
「反物自体の調査は雀尾さんと琉さんに頼むとして、俺たちは反物の出処を洗い出そう。未来有る娘さん達の命を、これから暖かい家庭を築くかも知れぬ可能性を無残に奪うとは‥‥絶対に許さん!!」
「うん。お千佳さんは祝言の前だったんだよね、それを良く思わない人物がいる可能性もあるよね」
◆「おかみさん恐れ入りますがこの反物を預からせて頂けないでしょうか?」
「亡くなられたお松さんの為にも、反物を供養いたしたく存じます」
僧侶である二人の申し出にお松の母親はむしろ安堵して反物を二人に託した。
「ぜひにお願い致します」
お松の葬式は済ませたものの、下手人もわからず、役人方には内部の犯行ではないかという見方もあって、皆、大変困っていた。
お千佳の家から貰ってきた途端、娘が同じように死んだことを考えると正直言って反物を手元に置くのは気味が悪い。
こうして木箱ごと預かった反物を手に、雀尾と瑞香は荒れ寺の境内にて反物を調べ始めた。周囲に人が居ない場所を選んだのは、被害を出さないためである。
ここに居ることはお松の家に言付けしてあった。
「不死の者ではないようですね」
「魔法が掛けられているというわけでもない。むしろ生き物と言っていい」
二人の僧に恐れをなしたのか、反物はぴりっとも動かない。
「では念のためです。暴れぬように魔法を掛けておきましょう」
反物を呪縛して、二人は仲間の帰還を待った。
◆「お千佳さんのほうはいかがでした?」
「それが‥‥。お千佳さんは流れ者の商人から反物を買い取ったそうなんだ」
反物の美しさに惹かれ、また格安だったこともあって、喜んで行きずりの商人から買い取ったのだと言う。千佳の線からはこれ以上反物の出先は探れそうもない。
「今、おいらの友達が古物商を当たってくれてる」
チップの友人であるライルと室川が裏地図を使って数ある古物商を当たっていた。
「ライルなんか、奥さんのお土産に江戸のアンティークな着物を探してるなんて触れ込みで情報を集めてくれてるんだけど」
「それにうまく掛かってくれるといいのだが」
「人相も風体もわからないんじゃあね」
「ところで、この反物なのですが、沖田さん。不死の者の気配はいたしませんでした。雀尾さんがむしろ生き物ではないかと」
瑞香に問われ、沖田は肯いた。
「やはり。この反物、一反妖怪のようですね」
「一反妖怪!?」
皆の声が重なる。
モンスター全般に詳しい沖田の説明によると、一反妖怪は空を飛び、相手に絡み付いてその身体を締め上げ窒息させてしまうのだという。
「となると、コアギュレイトをかけておいて正解でしたね」
「効力を失わないうちにカタをつけてしまおう」
「闇に巣くう妖め…もうこれ以上、誰も殺させはしません。その深き闇、僕達が払います!」
沖田と雀尾の手に掛かれば罪の無い乙女二人を縊り殺した一反妖怪もひとたまりもない。
「問題は、このような怪しげな品を市中にばら撒く輩がいるということだ」
群雲は妖怪の残骸を見下ろした。
◆「曰くつきの品が有れば金は弾むんだが、あんた何か知らないか」
怪しむようにじろじろ彼を見ていた男は群雲が懐の中の財布を鳴らしてみせると、ずるがしこそうな笑みを浮かべた。
「旦那も酔狂なお人のようだ。まあ、心あたりがないわけでもありませんがね」
「ほう、珍しいものがあるなら是非見てみたいが」
男に続く群雲の後を冒険者たちは少し離れつけていった。
「ここか?普通の長屋のようだが」
頭にボロとつけたいような長屋である。
「店と言っても目立たぬように地味な商いをやってるらしいぜ」
「よくつぶれないものだな」
そう呟き、群雲が銭を与えようと振り返ると男がいない。
「消えた‥‥?」
店の前で佇む群雲に仲間たちが追いついてきた。
「群雲さん、案内の男はどうしました?」
「姿をくらました」
「それだけ中がヤバいってことかな」
チップが背中の弓に手をかける。
「それとも、あの男自身がヤバいのかも‥‥」
「とにかく、中に乗り込むぞ。事情を聞きだして場合によっては奉行所に突き出してやる」
群雲は建て付きの悪い障子戸を思いっきり開け放った。
ボロ長屋の中はやっぱりボロで、その中に色々なものが雑然と置かれてあった。
「‥‥もぬけの空ってやつだな」
「逃がしたか」
「それにしても‥‥」
一同は辺りを見回した。
袖の焦げた着物、帯、組み紐、カタカタと揺れる木箱に、血の付いた簪、一枚だけ割れている揃いの皿に、紙縒りで封のしてある刀。
「これ、どうします?」
◆姿をくらませた古物商と怪しい男の一件は一応、奉行所に届けられた。
事の顛末をはじめ、役人達は信じなかったが、押収品に中にやはり妖怪が混じっていて、役人自身に障りがあったため、二件の殺人は妖怪の仕業だと認められ、お千佳、お松の家人への密かな疑いも晴れたと言う。
押収された怪しげな物品は江戸の方々の寺に分散され、調伏、供養されることになっている。
改めて、二人の幸薄い娘たちの為に皆は手を合わせた。
「ありがとうございました。お千佳さん、おまっちゃんのことを思うと哀しいですが、あの反物の妖怪がいなくなって本当によかったです」
凛は、お礼にと店で使う瀬戸内海の海図を皆に手渡した。
手を振り、見送る凛にチップが手を振り返す。
一礼を返しながら雀尾は呟く。
「妖怪を退治したのは良かったが、あの男は何者だったのだろうか」
風の噂では都の辺りでは、近頃、魔人が悪行を行い騒ぎを起こしているという。
依頼通り凛の身は守れたし、二人の憐れな乙女の命を奪った妖怪は滅することが出来た。
だが‥‥あの男と謎の古物商、二人の行方はようとして知れない。