女の合戦・うはなり打ち
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 39 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月22日〜11月25日
リプレイ公開日:2008年11月30日
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●オープニング
◆妙は江戸に嫁入りしてきたばかりの十八歳の若妻である。
亭主とは一周り以上も年が離れているが、とても大切にしてくれて幸せな日々である。
家業の商いも順調のようだし、言うことはない。
まだ嫁いで日が浅いので、隣近所とは馴染んだとはいえないが、それもそのうち何とかなるだろうと妙は暢気に構えていた。
そんなある日のこと。
妙のもとに一通の書状が届けられた。
使いの者は羽織りをまとった妙齢の女性で、大袈裟にも塗りの文箱から書状を取り出すと妙に差し出したのだ。
『あなたさまにもお覚えがございましょう。左記の日時にうはなり打ちに参りますのでそのおつもりで』
「う、うはなり打ち!?」
うはなり打ちとは、漢字で書くと後妻打ちというのだそうである。
三行半で離縁された先妻が憎き、後妻に恨みを晴らす果たし状というわけだ。
「そんな、私‥‥」
亭主が再婚であることも知らされぬまま嫁に来た妙としては、寝耳に水であった。
おろおろする妙を使いの女は見下すように言い放った。
「こちらはそれなりの人数を集めております。あなた様のほうでもぬかりなくご用意ください」
ここまで言われて、怯えているだけでは女が廃る、というもの。
妙は泣きそうになるのを堪えながら、
「承知、致しました。万事、相整え、お迎えいたします」
とどうにか答えた。
(あとで旦那さまを締め上げてやる!)
と思うのも無理はない。
◆「旦那さま、どうするんですかぁ」
涙ながらに訴える妙をよしよしと宥めながら亭主は(ああ、困った)と内心呟いていた。
手勢を集めようにも、この界隈に妙の知り合いなど居ない。
うはなり打ちは形式的なもので、先妻が自分を捨てた亭主の家財、主に台所道具を暴れまわって打ち壊すというものらしいが、亭主の弁によると先妻は中々気が強い女だとのこと。
「すまない。まさか、今時、うはなり打ちなど、言ってこようとはなぁ。どうしたものか」
折り合いの悪い女房とやっと別れたというのに、まさかこういうことになろうとは。
合戦を断るのは女の沽券に関わる。
だが、隣近所のおかみさん達は心情的に先妻側である。
「では、こうしよう。冒険者ギルドに応援を頼んであげよう。おまえに怖い思いをさせるわけにはいかない」
「ほんと?」
「ああ、本当だとも。待っておいで、すぐに申し込んでこよう」
●リプレイ本文
◆「ちょっと旦那さん、こちらへ」
微笑みながら手招きする緋村櫻(ec4935)にお妙の亭主は不穏なものを感じながらおそるおそる近づいてきた。
「まずはご事情を聞かせていただきたいと思いまして」
「じ、事情でございますか?」
「そや。大体、再婚なんを黙っとったっちゅーあんたがあかんわな」
金色の髪の吟遊詩人ヨーコ・オールビー(ec4989)につっこまれ、亭主はぐうの音も出ない。
「そうじゃ、その辺の事情をとっくり聞かせてもらおうではないか」
「隠すつもりはなかったんですよ。言おう、言おうとはしたんです。でもただでさえ、年が離れているので‥‥」
不甲斐ない亭主である。
「何せ、前の女房はきつい女でして、毎日が戦々恐々としておりました」
このままでは、いびり倒されるのではないかとこの気弱な亭主としてはありったけの勇気を振り絞って間に人を立てて三行半を書いたのだという。
その人の世話でうら若くかわいらしいお妙を娶ることが出来、ようやく手足を伸ばして暮せると、亭主はほっとしたのだった。
年若い女房に頼られれば何やら自信も湧いてくる。
素直に何でも感心するお妙のおかげで家業を頑張ろうという意欲も出てきた。
「そうして商いにも身が入るようになった矢先の出来事だったんです」
「先妻さんとの間に見解の相違がありそうですね。近所の方々も先妻さんにご同情されていらっしゃる事、わざわざうはなり打ちをしにいらっしゃった先妻さん、と様々な事を考えても旦那さんに非はない、と思えないのですけれど?」
手に杓文字を掲げ、にっこりと素敵な笑顔を見せる櫻に亭主は身を竦める。
「そ、そりゃあ、若い頃から苦労を共にしてきた女房を追い出すような真似をしたことは気が咎めますが、もともと相性が悪かったんですぅ」
「そやから言うて、先妻はんとのことをなかったことにするんは無理っちゅうもんやで」
「ですが、もとはといえば、あいつが押しかけて居ついてしまったわけですし」
「‥‥要するにお主は押しに弱いというわけじゃな」
「そ、そうなんです。私は生来、気が弱くて‥‥前の女房の前では言いたいこともろくに言えませんでした。でもお妙は違うんです。あれは気の優しい女で私を立ててくれます!」
情けない話である。三人は申し合わせたように溜息を零した。
「どうやら先妻はんにも言い分が多々ありそうやなぁ」
「だが、この合戦、背中を見せたとあってはお妙の女が廃るというもの。台所を好きにあらされては面子が立たぬじゃろう」
「先妻さんの気が済むなら、少々暴れさせて差し上げるのも一つの策かと」
櫻の提案に二人は肯く。
お妙の面目を保ちつつ、先妻側の気持ちも宥めるにはどうすればよいか‥‥。
「ともあれ、双方大きなケガがないように。そして、うはなり打ちが各々にとって過去を清算し、新しい人生を歩むきっかけになるよう手を貸そうではないか。それに‥‥」
ニノン・サジュマン(ec5845)は楽しげに目を輝かせた。
「大和撫子はなかなかに熱い物を秘めておるようじゃの。参戦するわしも血沸き肉踊るわ!」
「たしかに面白い風習ではありますね」
女の嫉妬は怖ろしいもの、と古来よりどの世界でも言われているが、このうはなり打ちという慣わしはその嫉妬の陰湿な部分を少しでも解消しようという目論みが籠められているらしい。
公然と台所で合戦を挑むことによって、先妻の怒りは儀式の中に組み込まれ、独特のルールにおいて行われる。
陰湿に嫌がらせを延々とするよりよほどからりとした慣わしである。
「そやけど、事前に火の元の確認と刃物の始末だけはしとったほうがええよ」
「壊れ物や刃物は床下にでも隠しておいたほうがよかろう」
◆お妙はヨーコに貸してもらった守りのかんざしを頭に差し、緊張した面持ちでそのときを待っていた。頭には鉢巻き、着物の袖は襷がけしている。柄杓を持った手は怖ろしいのか微かに震えていた。
「お妙はん、ここが女の見せ所や。旦那殴るんは後回し、先ずは先妻からいったれ!」
すりこぎを手にしたヨーコが発破をかける。
櫻は桶を頭に、杓文字を構えている。
ニノンは鍋蓋を盾代わりに、お玉を掲げていた。
「は、はい!皆様、よろしくお願い致します」
もともとおっとりした性格なのだろう、今ひとつ迫力にはかけるが、まぁやる気はあるのだろう。
何せ、向こうはこちらに倍する人数を集めてきているのだ。
「修復に時間がかかりそうな竈なんかは死守いたしましょう」
素人相手に反撃するつもりはない櫻はとりあえず、竈とお妙への目配りを心していた。
「逃げたらあかんで。お妙はん。先妻はんはあんたに任せた。加勢連中はうちが相手や!」
こぶたんのひとつくらいは仕方ないやろう、喧嘩はするときは徹底的にしたほうがええこともあるんや、とヨーコは思う。
「そうじゃ、妙殿、ここで逃げては、見下されるばかりじゃ。女子の本気を見せてやれ」
「はい!ニノンさん、私、頑張ります」
勇気を奮い立たせる歌をヨーコが口ずさむ。
ニノンが勇ましく名乗りを上げた。
「やぁやぁ、我らこそは妙殿の加勢に参った三乙女。いざ尋常に勝負せい!」
わぁ、という声が先妻側から発せられ、鍋やすりこ木などの台所用具による合戦の火蓋が切って落とされた。
むこうは八人、こちらは四人、数的には不利だが、向こうは素人である。
鍋蓋で振り下ろされる杓文字の攻撃を避けながら、ニノンは煙幕代わりに米ぬかをぶちまける。
投げつけられたざるを桶で撃退した櫻は妙の頭にヒットしそうなすりこ木めがけて、桶を放った。
「痛ぁ!」
野菜が投げられ、桶が土間に落ちて壊れる。
しまいには毬つきの栗が飛び交う騒ぎとなった。
飛んでくる毬栗をすりこ木で打ち返すヨーコに様子を見に来ていた近所のおかみさんたちもやんややんやと拍手をする始末だ。
暴れまわって台所を打ち壊そうとする先妻側と、そうはさせじと押し返す妙と冒険者たち。
散々暴れたせいで先妻方はもう肩で息をしていた。
頃合だと見たのだろう、さっきよりは勢いをなくした飛行物体たちを掻い潜り、先妻の仲人と妙の祝言のときの仲人が割って入ってきた。
「双方とも、もうよろしかろう」
と、宥めようとする仲人たちを支援しようと、ヨーコは戦意を喪失させる歌を歌った。
◆後は宴会となっていた。
台所はあの通り、酷い有様なので、座敷にはあらかじめ、亭主が手配した仕出しの膳が並んでいる。
最近、このお江戸で中々評判の良い小料理屋『八束』の美人姉妹、佐織と詩織が手際も良く、準備していた。
「お妙さん、あんた、若いのに中々やるじゃないの、まぁ飲みなさいよ」
あらかじめニノンの提案で近所のおかみさん達の膳も用意してあったので、中々賑やかな女の宴会となった。仲人方や亭主など男たちは少々居心地が悪そうだ。
ニノンの考え通りこの分ならお妙が近所に馴染むのもそう遠くはなさそうだ。
少し離れた席ではヨーコが先妻に酒を勧めていた。
「そういうわけでな、お妙はんは旦那は再婚やって事さえ知らんと嫁に来たわけや」
「まったくあの人らしい。本当に逃げてばかりなんだから」
「ほんまや、旦那はん、あんたが女甘くみとるさかい、こんな騒ぎになったんやで!?」
「本当だよ」
先妻ににらまれるのが怖いのか、亭主は「ひゃあ」と首をすくめると顔を逸らす。
「お主にも言いたいことがあろう。どれ、存分に言うてみい」
ニノンが勧めると先妻はぐいと杯を呷った。
「あの気弱な男を誰が苦労してここまでにしたと思ってるんだい」
「ほんまほんま」
「お主もこの男を忘れることが出来ず、辛かったであろうの。どうじゃ。あやつを一発殴って、スッキリしてみては。ああ、妙殿も殴って良いぞ。わしらが許す」
「そうだよ、あんたも殴ってやりな。何ならあたしがあいつの操縦方法を教えてやろうか」
亭主はひぃぃ、お助けを、などと畳みにつっぷしている。
「冗談だよ。あたしはともかく、若くてかわいいこの人がそんなことをするもんかね」
呆れたように先妻が手を振った。
そのとき妙が「ひっく」としゃっくりをしながら立ち上がった。
「そうですよね。やっぱり一発殴ってやるべきですよね!」
「へ?」
冒険者たちも先妻も他のおかみさんたちも呆気に取られて妙を見上げる。
「ぜひ、教えてください!旦那様の操縦方法を!」
「た、妙!?」
若くて可愛いはずの新妻が、と呆然とする亭主。
「この馬鹿亭主、反省しやがれー!ここに手をついて謝れー」
酒乱‥‥という言葉が無言の皆の間を飛び交ったのは言うまでもない。
◆「昨日はとんだ醜態をお見せしたみたいですみませんでした」
しゅんとして謝る妙に三人はいやいやと手を振った。
「あまり覚えてないのですが‥‥」
お恥ずかしい、とお妙は頬を染めた。
近所のおかみさんに勧められ、杯を重ねるうちに何やらいい気分になってしまったとのこと。
無理もないよな、と皆は顔を見合わせた。
土産の御薬酒を手に冒険者たちは見送る亭主と妙に別れを告げる。
「この先、うまくいくんやろうかねぇ、あの二人」
「まぁ、あの情けない旦那さんとでも、お妙さんにはこれから先も寄り添って頂きたい、と私は思います。普段は優しい方のようですし‥尤もどちらの旦那さんを信じるかはお妙さん次第、ですけれどね?」
「あの娘、中々、性根は座っているようじゃ、たぶん大丈夫であろ」
昨夜の妙の豪傑ぶりを思い出して三人は笑みを浮かべた。