悩める鬼に愛の手を

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月29日〜02月04日

リプレイ公開日:2009年02月08日

●オープニング

◆旅人は急いでいた。
 江戸まであとひと息とは言え、すでに日は傾いている。
 雲が多い。夜中には雪になるかも知れない。
「用が長引いて予定より遅くなってしまった、急がねば」
 夜道はおっかない、とさらに足を早めようとした、その時‥‥。

「もうし、そこのお方」
「う、うわあ、吃驚した。何です?あれ?どこなんです?」
 確かに声がしたのに、と旅人は辺りをきょろきょろと見回した。
「誰かいるんですか?」
 声はすれども姿は見えず、気味が悪い。
「き、気のせいかな‥‥」
 もともとあまり胆力があるとはいえない男なのである。
「気のせいなんかじゃありません」
 消え入るような小さな声はすぐそこの茂みから聞こえているようだった。
「脅かさないでくださいよ。なんです?用があるなら顔を見せてください」
 ほっとしてそう言うと、躊躇いがちな応えが返ってきた。
「見せてもいいんですが、吃驚しないでください」
「やだなあ、吃驚なんて‥‥ひぃっ」
 旅人は驚いて腰を抜かした。
「す、すみません、だから吃驚しないでくださいと言ったのに」
 そんなこと言われても無理な話だ。
 何せ、その声の主は真っ赤な顔の鬼であったのだから。
「う、うわっ!助けてくれぇ、食わないでくれぇ」
「食べたりしませんからどうか落ち着いてください」
 鬼はその形相に精一杯の笑みを浮かべた。
 が、その顔も充分に怖い。
 余計に旅人は震え上がった。
「私は人畜無害な鬼ですから、ご安心を」
「は、はあ」
「あなたを呼び止めたのはお願いしたいことがあるからなんです」
「お、お願い?」
「あなたは江戸へ帰るのでしょう?」
「何故、それを‥‥?」
 鬼は旅人が昨日ここを通るのを見ていたのだと言った。
 江戸から遠ざかる者には用がなかったのと、早朝だったので声を掛けなかったのだ。
 鬼は街道沿いの茂みに身を隠し、じっと話を聞いてくれそうな、ありていに言えば気の弱そうな人間が通りかかるのを待っていたのだそうだ。
「じつは、私の代わりに文を書いて欲しいんです。私は人間の字が書けませんから」
「文?いったい誰に」
「江戸には冒険者が集うギルドという場所があるのだと仲間の噂で聞きました」
 知っていますか?と言われて旅人は「一応は」と応えた。
「では、話が早い。お願いします」
「は、はあ」

◆奇妙な体験をしたものだ。
 狐に騙されたのかとも思わないでもなかったが、懐を確かめると鬼に言われ自分が書いた文はちゃんとある。
 口述筆記させられた内容に旅人は、なぜギルドなんです?だれか身近なひとに相談しては‥‥と思わず問うたが、
「怖がらずに鬼と会える普通の人がいると思いますか?」
 と聞き返されて納得した。
「とにかく、これをギルドに届けりゃ頼まれた用は完了だ」
 文とともに預かったいくばくかの金子をぽんぽんと着物の上から叩いて旅人は呟いた。


依頼 「悩める鬼に愛の手を」

依頼人 節分を前にすっかり気が重くなった赤鬼

内容  近くの村人と仲良くするきっかけが欲しい。
    豆で追い払われるのはもう嫌だ。
    当方、人畜無害の善意の鬼。
    誰かなんとかしてください。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb5061 ハルコロ(30歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb8588 ヴィクトリア・トルスタヤ(25歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 神剣 咲舞(eb1566

●リプレイ本文

◆赤鬼の家は粗末ではあったが一応人家らしい体裁は整えてあった。
 土竈や、道具類は鬼が器用にも見よう見真似で自分でこしらえたものらしい。
 その粗末な家で赤鬼は大きな体を縮こめ、恐縮していた。
 この家に客人を迎えるのは初めてのことなのである。
 冒険者達をもてなそうと走り回った結果、その皮膚はいつもより一層赤くなっていた。
「本当に来ていただけるなんて‥‥」
「随分、人の言葉が達者なのだな」
 群雲龍之介(ea0988)の指摘に鬼は嬉しそうに肯いた。
「若い頃から練習したのです。夜になると里に降りて耳をすませました」
「なるほど」
 先日の鬼とは別者のようだと御陰桜(eb4757)はヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)と顔を見合わせた。
 二人は道すがらの会話で以前の冒険で関わった鬼を思い出していたのだ。
『オーガはこちらでは鬼といいましたね。先日も会う機会がありましたが心根の良い者が最近増えているのでしょうか?興味深い事象ですわね』
『鬼の中には人と睦みたいという願望を持つ者もいるとは聞いたことがあるわ。たとえ鬼違いだとしても力になってあげたいわね♪』
『豆まき、そんなにお辛いのでしょうか。確かに痛そうではありますけれど』
 小柄なハルコロ(eb5061)が言う。
『たぶん、人に忌み嫌われるのが堪えるのではないかしら』
 桜の言葉に、無表情ながら瀬崎鐶(ec0097)がこくりと肯いた。
『とにかく会ってみることだ』
 連れてきた仔馬を労わるように撫でて言った群雲にヴィクトリアが答えた。
『ええ。赤鬼の覚悟の程を聞いてみたいですね』
 こうして彼らは鬼の住み処につき、精一杯のもてなしを受けていた。
「お茶は僕が」
 言葉少ないながらもそう申し出た鐶に恐縮しながらもお茶出しを任せると、鬼は囲炉裏の前に正座した。
「まずは自己紹介を済ませましょうよ。赤鬼さん、あたしは御陰桜よ、ヨロシクね♪」
「群雲龍之介だ」
「わたくしはハルコロと申します」
 鐶が茶を皆に配る。
「こちらは瀬崎鐶ちゃんよ」
 桜が紹介すると鐶は「‥‥よろしくね」と呟いた。
「は、はい、よろしくおねがいします‥‥」
 返事する赤鬼の声がどんどん尻すぼみになっていく。
「ヴィクトリア・トルスタヤです。赤鬼さん、貴方に協力する前にお聞きしたいことがあるのですが構いませんか?」
「はい」
「貴方は何故、人と仲良くなりたいのですか?仲良くなって何がしたいんですか」
「わ、私は‥‥」
 鬼は口篭った。
「私は、子供の頃から仲間のように人に悪さをして楽しいとは思えなかったんです。鬼としては変わっているのかもしれません。遠くに畑で働く人間の姿や、元気に遊ぶ子どもの様子にとても心惹かれました」
「仲間に入りたいと思っていたのね?」
 桜の眼差しに鬼は大きく首を縦に振った。
「私はきっと間違って鬼として生れ落ちたのではないでしょうか」
 そう訴える鬼の顔は真剣だ(そしてちょっと怖い)
「鬼としてでも良い、せめて人と仲良くできたら、と」
「辛いことを聞くようですが、人と同族を秤に掛けねばならない様な事があったらどうするつもりですか?」
 ヴィクトリアの質問に赤鬼は言葉を無くし俯いたが、やがて顔を上げはっきりと答えた。
「もし人が私を受け入れてくれるのなら、私はその友を守るために力を尽くします」
「わかりました。貴方の覚悟の程、見せていただきました」
「ああ。一肌脱がせて貰おうか」
 納得した様子のヴィクトリアに賛成し、群雲も力になることを鬼に請合った。
「‥‥名前」
 ぽつりと鐶が言って、桜は「ああ、そうよね」と鬼に向き直った。
「赤鬼さんのお名前は?」
「名前ですか?」
 赤鬼は困った様子だ。
「赤鬼様って、お名前、ないんですか?」
 ハルコロが目を丸くし「でも鬼さまでは不便ではないでしょうか」と首をかしげた。
「じゃ、なんて呼ばれたい?」
「‥‥何せ、私は、どんな名が人に疎まれるかもわからないので」
「なら、名前については俺に考えがあるんだが」
 群雲がそう言って、とりあえず名が付くまではこれまでどおり「赤鬼」と呼ぶことで落ち着いたのだった。

◆「人柄というか性格に問題はないと思います」
 ヴィクトリアの言葉にハルコロも同意した。
 皆さんのペットの様子を見てきます、と行って土間に下りた鬼はとても丁寧に群雲や桜のペットたちの世話をしようと試みていた。
「確かに悪い方ではなさそうですね」
「じゃ、作戦を考えるわよ♪」
「まずは外見だ」
 群雲は予め江戸で求めてきた着物を取り出した。
 ジャイアント仕様のその着物なら鬼の身丈にも合うだろうと考えたのだが、丁度よさげだ。
「まあ、可愛い柄だこと」
 藍色の布地に可愛いわんこの柄を散らしたその着物はとてもほのぼのとした感じを醸し出している。
「後は小ざっぱり出来るといいんだが」
「それは任せて。ついでにもう少し自信も持ってもらわないとね♪」
 桜は荷物の中から髪きり鋏を取り出した。
 異国の女神の名を冠したこの鋏は、使えば見目が良くなるという代物である。
「この手ぬぐいで顔を拭いて、鏡を見れば、ね♪、赤鬼さぁん、こっちにいらっしゃいよ」

◆桜が手を動かす間、ヴィクトリアはその傍で鬼にどうしたら村人に好かれるかということを諭していた。
「貴方が鬼であるという時点で大きなマイナス要素になる事は分っていると思いますが、プラスの要素が大きければ挽回は可能だと思われます。簡潔にまとめると善良であれという事ですから態度で示すしかないと思いますよ」
「はい、私もそう思います」
 素直に肯く鬼はどんな努力もするつもりのようだ。
「群雲さんとハルコロちゃんが庄屋さんを説得してくれてるわ。何かお仕事がもらえるといいわね」
「村の人々の為に懸命な貴方を見れば心を動かしてくれる方もきっと出てくるはずです」
 その頃、村では群雲とハルコロが村の長と面会していた。
「お、鬼ですか‥‥」
 始めは驚き嫌がっていた庄屋だったが、熱心な説得で『あなた方が責任を持って監視してくれるなら‥‥』と何とか前向きな答えを引き出すことが出来た。
「勿論です。万が一、赤鬼様に裏切られるようなことがございましたら…その時は残念ですけれども、わたくし共が‥‥」
 真剣なハルコロの言葉に庄屋は気圧されたように肯いた。
「あなた方がそこまで仰るなら、私も村の者に説いてみましょう」
「できれば、何か力仕事など与えてやってもらえると有難い」
 そういう群雲に庄屋がはたと膝をたたく。
「ちょうど、春までに山際の土地を開墾しようと話していたところです。それを手伝っていただけたら」
「承知した。きっと赤鬼も懸命に働くでしょう」

◆翌日から、冒険者たちと赤鬼は村に出かけ、開墾を始めた。
 大石を掘り出し、草で固い地面を掘り起こすのは大層な力仕事だ。
 だが、赤鬼は文句も言わず懸命に働いた。
 その横で同じように黙々と手を動かしているのは、群雲と鐶だ。
 彼らは傍で一緒に働くことで鬼が乱暴する心配は無いことを示そうとしていた。
 大の男の群雲はともかく、少女の鐶が怯えもせず鬼と共にいることがそれを証明していた。
 最初に興味を示したのはやはり子どもだった。
 子ども達は遠巻きにではあるが、鬼の容貌とミスマッチといえる可愛い着物柄にくすくすと笑った。
 そして少しずつ少しずつ赤鬼との距離を詰めてくるのだった。
「はぁい♪、お昼よ」
 桜、ハルコロ、ヴィクトリアがおむすびを盆に積み上げてやってきた。
「やあ」
 赤鬼に代わり、群雲が子ども達に声をかける。
 親しく話すには、あと少しといった距離だ。
「一緒に食べないか」
 見るからに美味そうなおむすびに子ども達は思わず引き寄せられた。
「皆でお昼を食べよう」

 赤鬼と共に子ども達が食事をすることに大人、とくに母親達は警戒心を捨てきれないようだ。当然だ、焦ってはいけないと冒険者達は思った。
 だが、少しずつこうして慣れていけば‥‥。

 冒険者たちと赤鬼の作業は続いた。
 群雲と鐶は鬼のサポートに励んだ。
 開墾の合間に赤鬼は水汲みや薪割なども買って出た。
 それがよかったのか、恐々だった村人の中に手伝いを申し出るものも現れた。
 中には鬼を利用しようとする者もいるかもしれないと群雲は警戒し、目を配った。
 子ども達はどうやら鬼の姿に慣れたようで鬼の手からおむすびを受け取ったりもするようになった。
「この鬼のおじさんは名前がないんだ。おまえ達で名前を考えてやってはどうだろう」
 群雲の提案に子ども達は口々に色々な名前を叫びだした。
「ごらんください。あのように子ども達はもう彼に懐いています」
 遠巻きに眺める村人達にヴィクトリアは静かに言った。
「たしかに悪い鬼ではないのかもしれんが」
「でもあたしはあの姿が怖くて‥‥」
「極端な例ですが2人の人物がいたとして1人は容姿の整った人物でもう片方は強面な人物、どちらに良い印象を持つでしょうか?」
 言わずもがなだという村人の顔。
「ですが、容姿の整った人物は態度が悪く強面の人物は気さくだったとすると?」
 第一印象も大事だがそれだけでその人物を評価するには不十分という事を説明する。
「それはたしかに‥‥」
 村人達は考え込み、そして鬼と子ども達を見つめた。

◆バラバラと豆が鍋で景気よく煎られる。
 術で鬼の角と虎皮の衣装に身を包んだ桜が艶な姿で「行くわよ〜」と叫んだ。
 赤鬼とともに鬼に扮した冒険者たちは子ども達とともに枡に盛った豆を撒く。
 群雲から『どこか遠くの地では鬼を守り神としている』と聞いた村人たちは相談して今年から豆まきの台詞を変えることにしたのだった。
「鬼は内、鬼は内」と。
 群雲が腕を奮った節分の料理に歓声があがる。
 庄屋のとっておきの名酒が惜しげもなく振舞われた。
 赤鬼改め『傳六』は嬉し涙を流した。