水晶の眠る谷

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月16日〜04月21日

リプレイ公開日:2009年04月30日

●オープニング

 江戸から西方に二日ほどかけて行った先に水晶を採掘して生計を立てる村がある。
 採った水晶は月道を経て華国やえうろぱなどに輸出されることが多いのだが、このところ目に見えて輸出量が低下していた。
 鉱脈が枯れたわけではない。
 謎の覆面集団が出没しては、村人の労働の賜物を横から掠め取るのだ。
 覆面集団の正体はわからない。
 だが、腰に大小二本の刀を指し、その服装から見ても夜盗化した浪人のたぐいではなさそうだ。
 崖の間の細道で待ち伏せされ、最初は、悲鳴をあげて水晶を投げ出しなんとか逃げ帰っていた村人達もいい加減我慢なら無くなりつるはしや鍬を手に立ち向かっていったのだが‥‥。
 やはり向こうは武術を修めていると見え、到底敵わなかった。

 お恐れながらとお上に訴え出ては見たのだが、苛々するほど反応は悪かった。
 根城も山中の廃寺と大方の見当は付いているのに、言を左右に一向に動こうとしないのだ。
 このままでは年貢として納められる水晶を避けると村の暮らしは成り立たなくなる。

「おかしいじゃないか、何故、代官所は、盗賊を取り締まってくださらないのだろう」
 これ以上、怪我人を増やすわけにも行かず、村人達は額を寄せ合って相談した。
 直訴、という手もあるが取り上げてもらえない上に無駄死にする可能性もある。
「こうなったら、江戸の街まで出て、冒険者ギルドに頼むより他はない」
 村長は怪我のない若者たち二人に望みを託すのだった。

●今回の参加者

 ea0640 グラディ・アトール(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

◆「まったく支障はありませんわ」
 刈萱菫(eb5761)に太鼓判を押され、グラディ・アトール(ea0640)は安堵の表情を見せた。
「いぎりす生まれと仰いましたかしら? とてもジャパン語がお上手ですわ」
 読み書きや難しい文言には多少の難もあるが、日常会話には問題ないと菫は請合った。
「よかった。この件には不可解なところがあるから。村の人たちに話を聞きたいと思っていたんだ」
 なるべくたくさんの情報を得る為にもジャパン人である菫一人にまかせるよりも手分けしてあたりたい。
「レイアさんも、来られると良かったのですけれど‥‥」
 菫の表情が微かに曇る。本当なら、この場には三人の冒険者が揃うはずだった。依頼を受けた冒険者が急な用などで来ない事はままある事だが。
「彼女の分も、俺達が働らねーとな」
 グラディも頷く。
 敵は村人を襲い生活の糧となる水晶を奪う悪辣な集団。
 ただのならず者ではなさそうなのが気にかかる。
「とにかく明日にも現地に向おう。じゃ、向こうで」

◆グラディと菫は時が惜しいと馬で水晶の村に向った。
「ここがそうなのか」
 グラディがジャパンで目にしてきた村の風景とは若干違う雰囲気だ。
 土地が痩せているのか水の便が良くないのか瑞々しい水田は見られない。
 村人が細々と自足するだけらしい畑があるばかりだ。
 それだけこの村は水晶の生産に頼りきっているのだろう。
「これでは、水晶を奪われては食べるものにも困りますわね」
 と呟く菫。
「罪も無い村人を襲うなんて・・・許せねー事する奴がいたもんだぜ」
「ええ。あたし達で何とかしなくてはなりませんわね」
 馬で村に入った二人を村人達は待っていた、とばかりに歓迎した。
 すぐに村長の家の座敷に通された。
「遠いところをありがとうございます」
「その後、被害は出ていませんか?」
「はい。怪我人も増えてきましたし、あれ以来、谷に入ることを禁じています」
 だが、それでいつまでもつかどうか。
 米や金に換えるべく商人が来ても交換することさえできない。
「このままでは我らは飢えてしまうでしょう。今は山のものと畑のもので細々やっておりますが」
「なるほど」
 ぐずぐすしてはいられない、と二人は肯きあった。
「しかし、今日のところは我らの歓迎を受けてください」
 ぽんぽんと村長が手を叩くと、村のおかみさんたちが膳を持って現れた。
「この状況ではたいしたおもてなしはできませんが、この通り今は春、筍や山菜はたくさんございます」
 精一杯の村人たちの歓待をここは受けるべきだろう、と判断して二人はご馳走になることにした。
「ところで冒険者の方はあなた方お二人で?知らせではもうお一人来てくださると聞いておりましたが」
「そのうちやってくるだろう。俺たちは馬で来たから彼女より早く着いたんだ」
「そうでしたか。何分、よろしくお願い致します」

◆しかし、レイアは翌日になっても姿を見せなかった。
「江戸で何かあったか」
「そうかもしれませんわね。とにかくあたし達で始めましょうか」

「ではその怪しい男たちは間違いなく武家なのですわね?」
 笑顔の眩しい菫を前に村人達は心を開いたとみえ、協力的だった。
「へぇ、着物は汚れておらんし、袴を履いておったしなぁ」
「二本挿しとったしなぁ」
「ああ。それに若いんじゃねぇかなぁ」
「どうしてわかるんだ?」
 この山の村では金色の髪をした西洋人は珍しいのか、村人達はグラディに話しかけられてどぎまぎしているようだ。
「そ、それは、身のこなしとか、着物の色だ」
「着物の色?」
 怪訝な顔をするグラディに菫が説明する。
「なんとなくわかるんですわ。ジャパンでは着物の色や柄で年齢が」
 もっとも好みやなにかで例外も多々ありますが、と菫は言い添えた。
「それもジャパンの風流ってやつなのか?」
「どうですかしら。季節や色彩に敏感なのは本当だと思いますけれど」
「とにかく、相手は若くて武芸を修めた集団というわけだな」
「ええ。どうします?代官所のことも気になりますわね」
「俺はまずアジトと思われる廃寺に偵察に行ってみようと思う」
「ではあたしも同行しますわ」
 少ない人数だ。ともに行動したほうがいい。
 二人はまず最近の代官所の情報を集めてみた。賊騒動が起きている今、代官所は村人達の噂の的だ。ただのよそ者には話さない事も二人には話してくれた。
「最近、代官所で何か変わった事は無かったかしら? どんな些細な事でも良いですわ」
「そういや、代官の息子が江戸から帰って来たが‥」
 村人の歯切れが悪い様子に、どんな野郎だとグラディが聞く。
「良くは知らねぇな」
 村長なら代官所にも良く顔を出しているから知っているかもというので、二人は村長に尋ねた。
「評判は‥‥よろしくありませんな。江戸で悪い遊びを覚えた様子で、方々に借金を作って逃げ帰ってきたとか。近頃は役人の若い子弟を徒党のように引き連れておるようで」
「おい」
 たまらずグラディが口を挟む。
 重要な容疑者ではないか、何で最初に話さない。
「証拠はございませんので‥‥それに代官所の事でございますから」
「泣き寝入りか。どこの国も変わらねーな。だが俺達が確かめる分には構わないんだろう?」
 黙り込んだ村長を置いて、二人は外に出る。
「とんでもない奴らだ。村人がどれだけ困っているか‥‥」
 怒りを露にするグラディ。
「まだ息子さんが賊と決まったわけではありませんわ」
 菫の言葉にグラディはしばらく考えていたが。
「行こう。苦しんでいる人がいるなら、それを助けるために剣を振るうまでだ」
「待ってください。村長さんは疑っているようでしたけれど、村人の皆さんは知らない様子でしたわ。村人には悪人たちが代官所と繋がっていることを知らせないほうが後々いいのではないかしら」
 冒険者は部外者だから良いが、今回の事件は村人と代官所にしこりを残す恐れがある。
「まあ、息子が賊なんてやってる代官の云う事なんか聞かないだろうからな。もめるだろうぜ」
 揉めに揉めて、或いは代官の首がすげ替わるかもだ。新しい代官が善政を敷くとは限らず、詰まる所は苦しい思いをするのは村人だ。
「この場合は、むしろ弱味を握って権力者のほうを黙らせたほうがいいかもしれませんわ」
「ふーむ。その為には奴等を黙らせる証拠が要る」
「ええ。それを手に入れ、盾にして代官を脅すんです」
 二度と村に手は出させない、と。
 さもなくばギルドを通じて江戸を支配する伊達家に通報する、と。
 はったりでもいい。ギルドの存在は津々浦々に響いているし、中には大物もいて各地の有力家に影響力がある人物だっている。田舎の代官なら充分ビビるはずだ。
「決まりだな」
「ええ」

◆あらかじめ、村人達が再び谷に入り採掘を始める、という噂を流した。
 賊達は村人が日がな働いて得た水晶を狙っているのだから、朝、襲われる心配は無い。
 村人が谷で精を出している間に決着をつければいいのである。
 アジトで夕刻になるのを時間をつぶして待っているに違いない。
 案の定、廃屋に近づくとぷんと酒の匂いが漂ってきた。
 相手が村人だと油断し酒盛りの最中なのだろう。
「これなら楽勝だ」
「ひぃ、ふう、みぃ‥‥全部で十六人。一人につき八人ずつですわね」
 ボロ寺の上座と思われる場所に座っている若い男はみるからに偉そうだ。
「あれが首領らしい」
「代官の子息というわけですわね。どうします?」
「殺しはしないが、身動きできないくらいにはなってもらう」
「髷くらい落としてあげてもいいですわね」
「髷を落とす?」
「ええ。武士にとってはかなり恥ずかしいことなのですわ。あとの人達は覆面を取って顔を見せていただきましょうか」
「証拠になるようなものはあるだろうか」
「あの子息は腰に煙管をぶら下げています」
「紋章のようなものがあるようだが」
「ええ。家紋ですわ。代官の身内であるという立派な証拠になります。他の者も何かしらもっているでしょう。印籠とか」

◆グラディにとっては多勢といえど酔っ払いを相手にするのは不本意ではあった。
 右手の十手と左手の木刀で相手を気絶させる。
 村人相手には威力があった彼らの剣法も冒険者として場数を踏んだ彼の前では何ほどの力も発揮しない。
 とはいえ、相手は真剣を振り下ろしてくるのだ。
 ガチッという金属音とともにその真剣を十手で受け止め、すかさず左手の木刀で打ち込む。木刀といえど急所に当たれば絶命する可能性も有るからそこは手加減して‥‥。
 菫がどうしているかと見ると、彼女の小太刀「微塵」が次々と男たちの覆面を切り裂いていた。
「面がわれましたわね。あなた方が盗賊だと公になれば、親御さんが困るんじゃないかしら」
「貴様達の口を封じれば済むことだっ」
 だぁという掛け声だけは勇ましい若侍が、たちまち髷を切られて、情けない声を上げてへたりこんだ。
「大人しくしていれば髷を切られることもありませんでしたわ」
 だがまだ立ち向かってくるだけこの若侍はましなのかもしれなかった。
 こそこそと逃げ出そうとする代官の子息よりは。
「ひぃぃ」
 ぱらりと彼の肩に散切りになった髪が広がる。
 菫の投げた小太刀が曲げを切り落とし、彼女の手に戻ったのだ。
「仲間をおいて逃げるとはとことん卑怯な」
 グラディがぽかりと木刀で殴ると代官の子息は床に伸びた。
「おまえ達、この通り首領は討ち取ったぞ」

◆切り落とした髷、家紋の入った煙草入れに印籠。着物の切れ端。
 証拠の品を色々、手に入れると、縛った上、二度と村を襲うんじゃないと散々脅しつけてから放免した。そのまま代官所に連行してやっても良かったのだがそれでは目立ちすぎる。残念ながら二、三人は取り逃がしてしまったが、他の連中はいやと言うほど懲らしめた。
 夕暮れにならないうちに急ぎ里に下りる。
 血迷った代官所の連中が村に害を及ぼす前に証拠の品を見せて釘を刺さなければならない。
 思った通り、馬鹿息子のために怒り村に繰り出そうとしていた代官は、ギルドの名を聞いて蒼くなった。冒険者ギルドのことは幾度も耳にしていた。証拠が数々握られている以上、上に知れれば確実に罰せられるのは自分である。
「二度とご子息に村に手出しをさせない、あなた方も無理難題を押し付けないという約束をしてもらえるなら当分はギルドまでで話を止めておくことは出来る」
「もっとも後々の事を考えて証拠物件は私たちがギルドに預けます。いいですわね?」
 代官に否をいう権利は勿論なかった。

◆「ご覧ください、久々に谷に入りましたらこんなに良い水晶が取れました」
 夕刻、村人達が喜び勇んで村に帰って来た。
「まあ、なんて綺麗」
「見事だな」
「どうぞお好きなものをお持ち帰りください。あの文を下さりお力添えをくださった方にも勿論」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、明日はお花見に行きましょうよ」
「まあ、まだ桜が咲いていますの?」
「はい。何故か他の山よりも毎年遅れて開花する桜があるのですよ。そこにいく道には藤も咲いていますし、今が一番美しい季節です」
「それはいい。せっかくジャパンにいるんだ。風流とやらを楽しみたい」
「ええ。お言葉に甘えましょうか」
 幼い少女に手を握られてグラディと菫は微笑んだ。