日蝕なんて怖くない!

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月16日〜07月20日

リプレイ公開日:2009年07月23日

●オープニング

「ううむ。間違いない。この暦からすると‥‥」
 ぶつぶつと書物を調べ、筆であれこれと書きなぐる。
「うーん」
 ここはどこにでもあるありふれた長屋。
 だが、彼にとっては立派な研究所兼住宅なのである。

 がらりと障子が開けられ少年が顔を見せた。
「博士〜。お待たせしました〜。八束です〜。蕎麦の出前に来ました〜」
 この少年の名は花園馨。
 少女のような風貌だが、これでも冒険者の端くれである。
 まだ冒険者家業だけでは食べていけないので、こうして近所の小料理屋『八束』で出前のバイトもしているのだ。
「うわ〜、相変わらず散らかっていますね」
 足の踏み場もない散らかった部屋で馨は手にしていた蕎麦をどこにおいたものかと辺りを見回した。
 珍しいものがいっぱいだ。
 竹簡を少し片付けてようやく蕎麦を置いた馨は黒い板をみつけた。
「何ですか、これ。うわぁ、煤じゃないですか」
 それは硝子の板に煤をくっつけたもので、おかげで指が真っ黒になってしまった。
「ああ、せっかくつけた煤が取れるじゃないか」
 馨の奇声にようやく書物から顔をあげた『博士』が文句を言った。
「何に使うんですか、こんなもの」
「お天道様を見るんじゃよ」
「はあ?」
「じつはな、暦からするとだな、近いうちに日蝕が起こるのじゃよ」
「にっしょく?なんですか、それ」
「あのお天道様が闇に喰われるのじゃ」
「ええ〜〜!!一大事じゃないですか!」
 天に輝く日輪が闇に隠される。
「ま、まさか、この世が終わったり‥‥」
「やはりな。いつの世も皆そのように蝕の日を怖れるのじゃな」

 博士の説明によると日蝕というのは歴史上幾度も訪れている現象らしい。
 世界の終末を示す不吉なものではない、自然現象なのだという。
 華国では龍が日輪を喰らうなどとも言い伝えられているらしく、驚かせて吐き出させるために派手に爆竹を鳴らす慣わしがあるらしい。

「ただでさえ、この頃は世の中が不穏じゃ。人々の恐怖が日蝕で増幅されねばよいが」
「あ、あの、起こる日時はわかっているのですか?」
「大体は。だが、蝕は時の流れと共にすぐに終わる、僅かの間の出来事なのじゃ」
「じゃ、皆さんがびっくりしないように前もって知らせておけばいいんじゃないでしょうか」
「しかしのう、知らせるといってもなぁ」

 二人は顔を見合わせた。
 大勢の人を集めて、日蝕など自然の現象に過ぎず心配は要らないのだと伝えたいが‥‥。

「僕、冒険者ギルドに相談してみます。いい考えが出るかもしれない」

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

◆「蝕の日、それは古来より壮大な自然に対する畏怖を人々に与えてきた。
だが、実のところ何ら怖れることはない。
何十年かに一度、太陽が月の影に隠れる、ただそれだけのことなのだが、何も知らされずいきなりその現象にあった人々は当然肝を潰すことになるのじゃ。
人々が驚き不安に駆られるのは何も知らないからで、前もってある程度の知識さえあれば、その機に乗じて騒ぎを起こさんとする不逞の輩の煽動に乗ることもないじゃろう」
 博士の言葉に一同は肯いた。
「実際問題として何ができるかだが‥‥」
 群雲龍之介(ea0988)が皆を見回す。
「小難しい原理を説明しても皆に一様に理解してもらうのは難しいんじゃないか?」
「あたしも覚えがあるの。おてんと様がなくなるのが信じられなくって泣きじゃくってたわっ。そしたらパパがおてんと様になってくれるって、約束してくれたのっ☆」
 という金糸雀(かなりあ)の祈り姫ジュディス・ティラナ(ea4475)の幼い頃の戸惑いは江戸の人々に共通することだろう。
「そういうことなら幅広い世代や立場の人々を集めてわかりやすく心配は要らないことを伝えたほうがいいと思うのだぁ〜」
 という玄間北斗(eb2905)に依頼人の一人である花園馨も大きく肯いた。
「でもどうやって人を集めたらいいんでしょうか。皆、仕事があるし、そうそう集まってくれるとも思えなくて」
「あら、何か楽しいいべんとを開催したらいいんじゃないかしら」
 御陰桜(eb4757)が馨にうぃんくする。
「あたしも自分の店やここでお客さんに宣伝するわ。数十年に一度のとても珍しいことだから見逃したら損シちゃうわよ♪って。江戸の人たちはお祭り好きだもの、絶対乗ってくると思うのよ。勿論、佐織ちゃんや詩織ちゃんにも協力してもらえばって話だけど」
「楽しい催しかぁ、それはいいですね。でも具体的には?」
「はい、はい、はーい☆」
 元気よくジュディスが手を挙げた。

◆「はい、二十個上がりましたー!!これで百個ですね」
 群雲が器用に握っていく丸いおにぎりに詩織がこれまた丸く切った海苔を貼っていく。
「これ、いい考えですよね。お天道様の形のおにぎりに丸い海苔で日蝕とやらを模すなんて」
 料理ができる人は詩織にとって尊敬に値する。
 しかも群雲はおにぎりに掛かる費用まで自腹を切っているのだ。
「私も姉も皆様の心意気に感服いたしました。『八束』でもできるだけお役に立ちたいと思っております」
 八束姉妹の声かけで道場時代の元門下生も集まり、外では餅つきが始まっていた。
 おにぎりの費用を群雲が持ってくれたので、『八束』では餅や漬物、味噌汁、お茶などを提供する予定だ。
「それはありがたいが、店のほうは大丈夫なのか」
「はい。私たちのお店がここまで来れたのも冒険者の皆様のおかげなのですもの」
 部屋の向こうで佐織とともに何やら相談中の桜に感謝の視線を送ると詩織は群雲に微笑みかけた。
「それにしても群雲さんってとってもおにぎりがお上手」
「おにぎりはこれくらいでいいだろう。俺は会場のほうの手伝いをしてこよう」
「はい、あとでおやつを持っていきますね」

◆「佐織ちゃん♪、当りの引換券をお餅の中に仕込むのはどうかしら?」
「はい、面白いと思います」
 桜の言うところの『いべんと』にはお得なお楽しみがあってもいい。
「この店の一番高いこーすのお食事券なら、でーとにもぴったりだし♪」
 らぶらぶの意中の人を思い浮かべているのか、うふふと微笑む桜はいつにも増して艶っぽい。いつ会っても綺麗なひとだ。
 お店も軌道に乗ってきたし、いい加減自分も恋の一つくらいしてみたいと思う佐織であった。
 この桜が宣伝すれば噂もあっという間に広がるだろう。
「ところで、『いべんと』の準備のほうは大丈夫なんでしょうか」
 ただで配る食べ物と飲み物の手配は済んだが、肝心の『日蝕、怖るるに足らず』と人々を啓蒙する方法はどうなっているのか。
「ああ、それなら大丈夫よ♪ジュディスちゃんと玄ちゃんが大道芸で街を練り歩きながら人を集めてくれるし、会場に借りた神社の境内では人形劇もやるんですって」
「それは楽しそう」
「ところでね、佐織ちゃん、日蝕までの期間、『八束』でも協賛ふぇあをやったらどうかしらね」
「といいますと?」
「お食事してくれたお客さんに抽選でお食事券が当るようにするの。新規のお客さんを開拓するのよ〜♪あたしも給仕は手伝うからやってみない?」
「わ、それいい。さすが桜さん」
 
◆「うん、こんな感じかなぁ」
 とんかちを打つ手を休めて玄間は額の汗を拭った。
「それはなんだ?」
 群雲が彼の持ち物からちら見えしているモノに視線を送る。
「ああ、これ」
 玄間が手にとって見せる。
「たれたぬきちま。人形劇でがんばってもらうつもりなのだぁ〜」
「子どもが喜びそうだな」
 江戸で流行るかも知れんぞ、と群雲が呟いた。
「ジュディス殿と花園殿そろそろ山寺に着いてる頃じゃないか?」
 ジュディスは馨とともに、以前、依頼で知り合った山寺の和尚の元に協力を求めて訊ねていたのである
「狸と仲のいい和尚さんがいると聞いたけど、うまく協力してくれるといいなぁ」
「ぶんぶく茶釜か?確かに狸の中には化けるのが得意なやつもいると聞いたが」
「なんでも以前に狸と合戦をしたらしいのだ。それで豆吉という狸の長老と仲良くなったらしい」
 うまくすれば化け術を身につけた狸も協力してくれるかもしれない。それだけでも人寄せになると考えたのである。
 人手(この場合は狸手だが)は多いほうがいい。

◆「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、今から近所の神社で人形劇が始まるよ」
 器用に幾つもの色とりどりの玉を操りながら玄間が歩く。
 その前を行く馨はかわいい街娘に身をやつして派手にチラシを撒いている。
 その後ろはかわいい涎掛けをかけた狸たちがひょこひょこと続く。
 列の一番後ろは小さな身体で見事に棍棒を操るジュディスだ。
 この行列は充分人目を引き、後ろには子ども達だけでなく何事かと興味を持った大人たちがぞろぞろと行列をなして付いていく。
 会場では忙しく群雲と桜が準備に動いていた。

 ジュディス発案、博士の監修のもと作成された劇がいよいよ始まる。
 人々は配られたちらしを手に急ごしらえの人形劇の舞台に注目した。

『昔々ある所にお姫様がいましたっ☆
お姫様はとっても明るくみんなを元気にしてくれました☆
ところがある日、お姫様がいなくなってしまいました☆』

「いい感じに食いついてるな」
 お客の様子に群雲はよしよしと肯いた。
 子供向けに優しく噛み砕いたストーリーはかわいらしい人形のせいもあり、大人にも受けているようだ。

『いつもいるのが当たり前だと思ってたみんなは、お姫様の為にお祈りしました☆
そしてお姫様が帰って来ました☆』

◆「さぁ、忙しくなるぞ」
 人形劇を見終わった人々に食べ物を配りながら、皆は各々、わかりやすく日蝕について説明を続けた。
「とっても長生きなお天道様だけど、何時も働きづめだから、時々ちょこっと一休みする事があるそうなのだぁ〜」
「今度、昼間にお陽様が隠れちゃうんだって♪聞いた話だとお月さまが出ない夜があるのとおんなじようなモノらしいけど、数十年に一回とかのすっごく珍しい事だから見逃したら損シちゃうわよ♪」
「太陽と月の軌道が重なり合って此方から観ると太陽が月の後ろに隠れて観える」
「お天道様もお疲れなのだぁ〜早く元気になってなのだぁ〜〜南無南無」
「おてんと様に感謝を込めてお祈りしましょっ☆まぁるいお海苔を付けたお餅やお団子っ☆祈り餅をおてんと様にお供えしましょっ☆」

◆「はぁ、さすがにくたびれたのだぁ」
「すごい盛況だったわね♪」
 面白い話を聞き、美味しい思いをして人々が満足げに去ったあと、どっと押し寄せる疲労感と充実感に皆はその場に座り込んだ。
「不逞の輩も現れなくて良かったな」
「皆、きっとわかってくれましたよね」
 馨の言葉に、冒険者達は微笑んだ。
「ああ。少なくとも近々、日蝕が起こることは認識しただろう」
「そうね。博士によるとそれが大事だってことだもの♪」
「子ども達、すごく喜んでくれたよっ☆」
「きっと、日蝕が怖くないってことを広めてくれるのだぁ」
「よし、もうひと頑張りだ。ここを片付けるぞ」
「そのあとは『八束』で打ち上げよ♪一足早く帰った佐織ちゃんたちが準備してくれてるの♪」
 桜の言葉で皆が張り切ったのは言うまでもない。
「狸さんたちも一緒にご馳走を食べようね☆」
 ジュディスの誘いに狸達も大喜びだ。

 いつしか太陽は西に傾いていたが夏の空はまだ明るい。
「その日がきたら、俺もたまにはお天道様とお月様に『いつもありがとう』とお礼を言うかな」
 群雲が照れたように笑った。