深き淵の底から

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月08日〜09月13日

リプレイ公開日:2009年09月16日

●オープニング

◆山の奥、ほとんど人の立ち入らぬ場所に深い淵があった。
 傍らに人より少し大きいくらいの岩が立っている。
 岩にはなにやら文字のようなものが刻まれていた。
 大昔、力の強い陰陽師が刻んだ字だと知る者は近在の村々にもそう多くは無い。
 文字は風雨に晒され、すでに判読できなかった。

『この文字が消えるまで、おまえは淵の底から出てきてはならぬ』

 その陰陽師に固くそう申し付けられたのはそう、百年を九回を重ねて余りある昔。
 もうすぐ十回目の百年がやってくる。

 ぼこっ。
 水中で泡が立ち、水面へと上昇していく。


 もういいだろう。
 文字は薄れ、その効力を失っている。
 昔は神として人に恐れられ、祀られていたものを。
 生まれたのは海だが、川を遡り、こうしてこの淵に住み着いた。
 この姿を恐れたニンゲンは、淵に乙女を捧げた。
 それはニンゲンが勝手にしたこと。我が望んだことではない。
 それなのに、何故、こうして長き月日をを封印されねばならなかったのか。
 いくら水の中を棲家とする我でも、自由を奪われるのはもう我慢がならない。

『そう、あなたは悪くない』
 悲しげに囁く乙女の姿はゆらゆらと儚げで今にも水に溶けていきそうだ。
 その様をみるだに怒りの感情がわき上がる。

 そのとき、落雷が淵の側の岩を襲った。
 岩は焼け焦げ砕け散った。


◆「淵の主が暴れている?」

 青い顔でギルドに助けを求めてきた男は、江戸から二日かかる山の村人だった。
「助けてくれ、俺の妹が人身御供にされてしまう」
 村人の話では主とは、そりゃあ、でっかい蛟だという。
 その蛟が何の祟りか怒り狂って暴れているのだ。
 これでは山に入ることも適わず、それ以上に村人達は水害を恐れた。
 困り果てた近在の村では額を寄せ集め、故事に従って人身御供を立てようかという話さえ出た。
 運悪く白羽の矢が立ったのがこの男の家というわけだ。
 次に紅い月が昇る夜、男の妹は淵に捧げられてしまう。
「頼む、この通りだ。助けてくれ」

●今回の参加者

 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ec3138 マロース・フィリオネル(34歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5570 ソペリエ・メハイエ(38歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●リプレイ本文

◆とるものもとりあえず宿奈芳純(eb5475)は依頼人を乗せ、空飛ぶ絨毯で件の村に向った。
 村人の妹が人身御供にされてしまう前に手を打たねば。
仲間の冒険者たちは追ってそれぞれ駆けつけてくるだろう。

「蛟をどうにかするってことでいいんだよな。しかし主を鎮めるために生贄っていうその発想もどうだかなあ。人一人の命でどうにかなるようなもんじゃないっつの。それで治まらなかったり、たとえ治まったとしてまた暴れないとも限らないわけだし。向こうが望んでるもんじゃなけりゃ生贄なんか意味ねーよ」
 まったくリフィーティア・レリス(ea4927)の言う通りだ。
 一先ず依頼人の家に入り人見御供の白羽の矢がたった少女と会うことができた。
「安心してください。蛟の意向を伺ってその怒りを鎮めるよう尽力いたします」
 宿奈の言葉に蒼ざめた顔の少女が微かに笑みを浮かべた。
「山中の淵に蛟とは想像するだに窮屈そうじゃな。できれば海に返してやりたいのう」
 マギー・フランシスカ(ea5985)が言うとセシリア・ティレット(eb4721)も肯く。
「蛟の心は聞いてみないと解かりませんが本当に人見御供を求めているのかどうか‥‥もし蛟を上手く海に返すことができれば人見御供の必要性もなくなるのですよね」
「その蛟とかいう存在だけど、いつもそんなに気性が荒いの?なぜ貴方の村近くに蛟がいるのかも含めて詳しい経緯を教えてくれるとありがたいけど、教えて頂けないかしら」
 クァイ・エーフォメンス(eb7692)の質問に依頼人の男は納戸の中から振るい手箱を出してきた。
「これを見てくれないか。遠い昔、蛟が暴れたというときに人見御供が差し出された。その人見御供は俺の家の遠い祖先の一人の少女だったと言い伝えられているんだ」
 糸が切れてばらけた竹簡に墨でかかれた文字は遠い昔の出来事が後に子孫によって綴られたものらしい。
「蛟がいつよりあの淵に住み着いたものかはわからない。ただ村の年寄りの話ではまださほど大きくない時期にどういうわけか川を遡りあの淵に行き着いたのではないかと言う話だ」
「それが暴れまわったってわけ?」
「いや、それが‥‥。我が家に伝わる話と村に伝わる話では少々食い違いがあるんだ」
 男の話はこうだった。
 山の淵に蛟を見つけた少女がいた。
 少女は蛟を怖れず、蛟も少女を襲おうとはしなかった。
 少女は始終、山に出かけては蛟に会いに行った。
 それを覗き見していた村人がいた。
 村人が何を思ったのかは今ではわからない。村の伝説では少女を救おうとしたのだというが、男の家に伝わる話では蛟と少女の絆を理解せず少女を強引に連れ帰ろうとしたため蛟が暴れだしたのだという。
 暴れだした蛟に為す術がなくなった村人達は少女を淵に沈めた。
 その事実は今では少女が自ら望んで人柱に立ったという風に曲げられ言い伝わっている。
 その後蛟は旅の陰陽師に封じられたというが、その封じが歳月と共に弱まってしまったのだ。
「じゃあやっぱり人見御供には何の意味もないってことじゃないか」
 というリフィーティアにソペリエ・メハイエ(ec5570)が肯いた。
「まずは村人達を説得しないといけませんね」
「とはいっても村の人々は恐怖に駆られているでしょうからできるだけ不安を解消できるように手助けいたしましょう」
 マロース・フィリオネル(ec3138)の精神回復魔法で説得は容易くなるはずだ。
「ですが、強硬に人見御供を言い張る人もいるんだが、それがちょっとやっかいなヤツなんだ」
「といいますと?」
 マロースの問いに娘が悔しそうに唇をかみ締めた。
「以前、結婚の申し込みを断わったんです。それを根に持っているのかもしれません」
「どうすればいいのでしょうか」

◆「村の方々にお尋ねします、もし蛟が海に帰れば人身供養はしませんよね?」
 セシリアの問いかけに村の人々は自信なさげに肯いた。
「そりゃあ、なぁ」
「んだ。誰もそんな怖ろしげなことを望んでやしねぇよな?」
マロース、宿奈、クァイ、ソペリエと手分けして説得に回った感触では強硬に人見御供を言い張っているのは少数でそれも村の実力者の顔色を見てのことであった。
「宿奈殿」
 クァイの目配せに宿奈はすばやく呪文をつぶやく。
「おや、あの方は随分お疲れのようですね。静かで安全な場所へ運んで頂けますか」
 しばらく起こさないほうが良いでしょうという宿奈の口調はあくまでも柔らかいのだが、有無を言わさぬものがあり、村人はこくこくと肯いて男を運び去った。
「さて私共が蛟さんの怒りを鎮めることにご異存はございませんか?」
 村人達が一様に賛成するのを見てマギー・フランシスカ(ea5985)が地図を広げた。
「この辺りで一番大きな河、もしくは海まではどれくらい距離があるじゃろうか」
 できれば蛟を海に返してやりたい。
 それが冒険者たち皆の思いであった。

◆山の淵は不気味なほど静まり返っていた。
「います。淵の中にかなり大きな存在が‥‥」
 巻物を広げてそれを感じ取ったセシリアが警告する。
 依頼人とその妹の安全を確保するために離れた場所にマギーとともに隠れてもらう。
 マギーはこの後の作戦のために魔力を温存してもらう必要があった。
「宿奈殿、あんたのテレパシーで蛟と話せるのならあたしの魔法で海に帰ることが可能じゃと伝えてほしいんじゃ」
「わかりました。耳を貸してくれればいいのですが‥‥。突然失礼いたします。私は陰陽師の宿奈芳純と申します。恐れ入りますが貴方さまがお怒りの理由を教えて頂けないでしょうか」
 陰陽師という言葉に反応してか、静かだった水面に漣が立った。
『陰陽師だと‥‥我をまた封じに来たか』
「待ってください!私たちはあなたを封じにきたのではないのです」
 セシリアの言葉にも蛟は耳を貸そうとはしなかった。
『そのような戯言、誰が信じるものか』
 水面が盛り上がり10mはあろうかと思われる蛟が首をもたげた。
「だめだ、聞いちゃいない。とにかく暴れてるのをどうにかしなきゃいけないんだから戦うしかない!」
 力を示せば、こちらの言うことに耳を傾けるはずだというリフィーティアの叫びに宿奈はしかたありません、と同意した。
「では僭越ながら参ります」
「マロースさん、私も潜り蛟さんに力を示すお手伝いをします」
 と七支刀を構えたクァイにマロースは水馬セイリスと共に近寄った。
 水馬の力によって水中でも呼吸に困らず活動できる。
 ソペリエと共に水中でクァイは蛟を攻撃により翻弄し誘い出す役回りである。
 宿奈の繰り出す月光の矢が命中すると蛟は苦しげにのたうった。
 水面に蛟が顔を出すとリフィーティアがすかさず攻撃を打ち込む。
 蛟に与えられるかすり傷はマロースが水中ですぐに治療し、仲間たちが水中で自由に動けるように支援し続けた。
「シュメルツェンド!」「トゥシェ!」
 蛟は少しずつ弱ってきているようだったが中々暴れるのを止めようとはしなかった。
 まるで何かを守るかのように。
『嗚呼、もうやめて。お願い』
 蛟を庇うように現れた一人の少女にマロースが気付いた。
「あなたは‥‥。宿奈さん、この人に私の言葉を伝えてください!」
『蛟は何も悪いことなどしていないの。ただ怒っているだけ』
「あなたは昔の人身御供の犠牲者なのですね?」
『私は、無理矢理村の人たちにこの淵に投げ込まれた‥‥。蛟は私を助けようとしてくれたけれど間に合わなかった。私は淵に沈み、蛟は怒り狂って村人達に復讐しようとした‥‥』
「私たちは蛟を退治に来たのではないのです」
 セシリアの声は少女に届いた。
『蛟を助けてくれるの?』
「約束します。蛟を私たちが海に帰します。ここはあまりにも彼には狭いですもの」
 だから力を貸して欲しいというマロースとセシリアに少女は肯くと蛟に添うように浮き上がりその太い首に透けた腕を回した。
 大人しくなった蛟に冒険者たちは戦いを止めた。
 力は示されたのだ。
「宿奈殿、あたしの言葉を伝えておくれ。あんたが望むなら海に帰る術があると。この子も成仏できるんじゃと」
 マギーの言葉にマロースも肯く。
「ええ。あなたがたがそれぞれ行くべき場所へいけるようにお手伝いさせてください」
『蛟、海に帰れるんだって。よかったね』
「その前にあなたの傷を治させてくださいね」
 セシリアの優しい声に蛟が首を下げた。

◆真夜中になって上空からグリフォンに乗ったソペリエが合図する。
 誰もいない、という意味だ。
「では準備はよいかの?」
 マギーは蛟に呪文をかけた。土の中を水中と同じく泳ぐことができるという魔法だ。
 地中からぬっと出した蛟の頭の上に上るとマギーは「出発じゃ」と号令をかけた。
 一番近い海まで目立たぬ道を選んで通っていく。
 計算に寄れば世が明ける前に大きな川の流れに行き着くはずだった。
 念のために上空からはソペリエと宿奈が警護に当たり、蛟の頭部とマギーはセシリアの聖なる魔法バリアで守られている。
「元気で暮らせよ、蛟!」
 手を振るリフィーティアはクァイ、マロースと共に残り、少女を送ることになっていた。
「次はあなたの番です」
「安らかに成仏してくれ。俺たちが真実を皆に伝える。二度と人見御供など馬鹿なことを考える者が出ないようにがんばる。あいつにも何も言わせない」
 決意を秘めた依頼人(兄)の顔を見て、三人は今の彼なら大丈夫だと確信を持った。
 少女は肯くと感謝の微笑を皆に投げかけた。
 依頼人兄妹が手を合わせる中、マロースの手助けで少女は空に帰っていった。

◆「無事、蛟は海に帰りました。これで納得しましたか?」
 セシリアが念を押す必要はもうなさそうだ。
 人見御供などという風習に頼らず、ギルドに助けを求めた男の方を村人達が支持したからだ。
 これで昔犠牲になった少女も安心することだろう。
 冒険者達はそれぞれ少女の冥福を祈るのだった。