狙われた祈紐
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 36 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月07日〜09月11日
リプレイ公開日:2009年09月11日
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●オープニング
◆「もう夏も終わりだなぁ」
縁側で足をぶらぶらしながら花園馨は少しぬるくなった瓜に手を伸ばした。
非常勤で勤めている(いわゆる『ばいと』)小料理屋『八束』の美人姉妹から余り物の瓜を貰ったのだ。
「この夏はあまり活躍できなかったなぁ」
巷の冒険者たちが命を張ってさまざまな苦難に飛び込んでいるというのに何と言うていたらく。
うっかり『ばいと』のほうに精を出しているうちに世間の波にすっかり乗り遅れてしまった。
冒険者としてはだめだめだと馨は首を振った。
それも『八束』の夏の海辺のバーベキューツアーが盛況で馨も借り出されててんてこ舞いだった所為もある。
おかげで八束は儲かり、正社員にならないかというお声も掛かったのだが、馨としてはあくまでも冒険者が本業なのだ。
そう、兄上に胸を張って『一人前の冒険者です』と言うためにも。
「うん。ここからが仕切りなおしだ」
これという依頼はないだろうかと馨はギルドに向った。
「人見御供の少女を救う‥‥うわ、これは難度が高そうだな‥‥僕の力じゃ無理かも」
と、壁に貼られた依頼書に目を走らせる。そのうち見慣れない言葉に目が止まった。
「いのりひも‥‥?何、それ」
どうやら『ばいと』に精を出しているうちに本当に世間から置き去りにされているらしい。
「と、とにかく狙われてんのか、‥‥警備くらいなら僕にもできないかな」
依頼書をよく読んで祈紐が貴重なものと言う認識はできたが馨は実際、目にしたことはない。
その貴重な品が治められた神社仏閣から続けざまに盗まれるという事件が起こった。
誰が、何のために?ということはわからない。
泥棒のことなので恐らく深夜なのだとは思うが、いつのまにやら忽然と消えているらしいのだ。
奉納されている側としては放ってもおけず警戒はしているのだが二件続けて盗難が起こったとなると、ここは専門家に頼むほうが良かろうと、こうしてギルドに依頼を出してきたらしい。
「皆の祈り、皆の心が篭った大切な品を盗むなんて酷いヤツなんだ。よし!」
馨は勇んで窓口に向った。
◆「まあ、今の子‥‥」
すれ違った男の子に三蔵屋凛は吃驚して振り返った。
こざっぱりした童姿ではあるが、右側の袖と一緒に結び目がたくさんある紐が揺れているのがちらちら見えている。
それだけなら大して気にも留めなかっただろうが、何としたことか、その童のお尻のあたりには尻尾のようなものが突き出ているではないか。
目を擦ってみても間違いない。
白昼夢を見ているのかと思わず頬を抓ってみる。‥‥痛い。
「あの尻尾って狐!?」
狐といえば苦い経験を持つ凛である。
狐の尾が付いているということは小さくともあの子は『化け狐』ということになるのでは‥‥。
「うわ、どうしよう」
関わったほうがいいのか、見なかったことにしてしまおうか。
散々逡巡してから凛は様子見のために冒険者ギルドに立ち寄ることにした。
知らない人に以前の事件の話を打ち明けるのは気が重いが、顔見知りの冒険者に会えれば少しは気が楽だ。
少なくとも受付のおじさんは知っているわけだし。
何か事件が起こってるかそれとなく聞いてみて、何も無ければいいんだし。
「仕方ないわね。見てしまったのですもの。放ってはおけない」
ため息をつくと凛は店とは反対の方へ足を向けた。
●リプレイ本文
◆ギルドの一室、群雲龍之介(ea0988)が提供した江戸の裏地図の写しを卓に広げ冒険者達(奇しくも全員男性だが)はそれを取り囲んでいた。
その中には一名、冒険者ではない女性がいた。
三蔵屋凛。廻船問屋の女将である。女将と言っても独身なので念の為。
「犯人も不明、目的も動機も不明ですか。子供の悪戯のようにも思いますが実際はどうなのでしょうね」
というフォックス・ブリッド(eb5375)の秀麗さにどぎまぎしても仕方ないのである。
「それにしても面妖な。祈紐は大切な物なれど金銭的な価値のあるものではない。悪魔が狙うにしては持ち帰ることはせんと思い候。馨殿はどう思われるか」
アンリ・フィルス(eb4667)に問われて馨は考え込んだ。
「確かに。凛さんが目撃された子どもが持っていたのが祈紐なら悪戯なのかもしれません」
「だがその子どもに尾が付いていたのだろう?化け狐なのだとすれば、被害にあった寺社に足跡やらが残っているかもしれない」
リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)は地図に記された現場を指し示す。
「ギルドの者の話ではこの界隈で祈紐が奉納されている寺社はこことここだ。次はどちらかが狙われる可能性が高いのではないだろうか」
「場所が特定できればいいのだが。もう一つ、犯人を捕らえたとしてその後をどうするかだな」
群雲は皆を見回した。
「凛殿の前で言うのもなんだが、俺は化け狐即ち悪だと決め付けるのはどうかと思う。聞けばまだ子どもだ。何かわけがあるかもしれないとは思わないか」
冒険者たちにとっては思い入れのある祈紐だが、化け狐、しかも子どもにとってはいったい何の意味があるというのか。
だが、以前妖狐に遭遇したことのある凛がいうのだから見間違っているとも思えない。
「その辺りは捕らえて見なければ解からぬな。その化け狐の仕業かどうか調べるためにも拙者は被害にあった寺社を訪ねるでござる。現場百回と巷でも申し候えば」
アンリの提案にリンデンバウムは肯いた。
「次に狙われる寺社を絞り込むためには情報収集が不可欠だ。わかったことをどんどんこの地図に書き込んでいこう。私はまだジャパンの地に不案内だ。馨殿、同行してもらえないだろうか」
「はい、僕でよければ」
◆手分けして被害にあった寺社に向った彼らであったが、それぞれ収穫はあった。
たった一人で境内をうろつく子どもを見かけた僧もいた。盗難のあった日は雨降りでその中をうろつく子どもは僧の記憶に残っていた。腹でもすかせているのなら何か与えようと食物を持って引き返したときには子どもの姿が無く、その後祈紐が無いことに気づき騒ぎとなった為、失念していたらしい。
別の情報はこうだ。
未遂に終わったため公になっていなかったが、祈紐に近づこうとした子どもが咎められ、逃げ出すという事件が起こっていた。
遺留物はなかったが、軒下の泥土にはおそらく子どもと思われる足跡も残っていた。
ここのところ晴天が続いていた所為で泥の足跡は石畳にも残っており、群雲はぬかりなく自らのペット天丸と跳丸にその匂いを覚えさせた。
お堂の軒下で例の地図を広げ、リンデンバウムはわかったことを書き加えていった。
「被害にあった寺社はこことここ、いずれも境内が広く身を隠す墓場や林を抱えている」
「狐にとっては身を隠す絶好の場所というわけですね」
フォックスが地図に視線を落とす。
「祈紐奉納の情報を得た場所のうち、失敗したこの神社は町の真ん中であまりにも人目に付きやすい。もう一度狙われる可能性は低いのではないでしょうか」
「一方、こちらは鎮守の森を抱えてござる」
アンリが言うと、フォックスも肯いた。
「狙うならおそらくこちらでしょうね」
◆指し示された神社は小さいが鎮守の森を抱えている。
祈紐が奉納されたお堂を遠巻きに冒険者たちはそれぞれ身を潜めていた。
「狐であろうと相手は子ども、菓子には弱かろう」
アンリは豆菓子の包みを懐に忍ばせている。
「今日盗みに来るとは限らない。長期戦の覚悟で望まねば」
日が暮れてきて、リンデンバウムは傍らの馨にそういうと魔法を詠唱した。
「今のは何の呪文ですか」
「あのお堂に侵入するものを感知する。これなら離れていてもすぐにわかる」
反対の茂みではフォックスが黒い弓の弦を手に身を潜めていた。
「フォックス殿」
群雲の声にフォックスはキザに口角をあげた。
「ご心配なく。威嚇射撃ですよ。姿をくらませられては元も子もないですから」
「そうだな。逃げたとしても天丸と跳丸に追わせるまでだが。それにしてもいったいどういう了見なんだろうな」
「悪意がないことを祈りたいですね。でないとお灸をすえる必要が出てきますから」
明け方、軽く目を閉じていたリンデンバウムの眼がはっと開かれた。
「何かいる。小さい獣‥‥一匹だ」
薄明かりの中、馨が目を凝らして見ているとお堂に近づいた獣が格子の中を覗きこむように立ち上がり、やがて男の子の姿になった。
化けるのがまだあまり上手くないのだろうか、尻にはやはり尾がついていた。
ぎい、とお堂の扉が開く。
「今だ」
冒険者たちは一斉にお堂に向った。
◆人の姿を見た狐の子は人の姿のまま祈紐を握り締めたまま身を翻した。
「おっと、そうはさせません」
フォックスの放った矢が狐の子の数歩先の地面に突き刺さる。
「天丸!」
群雲の傍から天丸が駆け出した。牧羊犬である天丸は傷つけることなく仔狐を主のほうに追い込むことができる。
迫る天丸に五人の冒険者たち。
観念したのか仔狐は力なくその場にうずくまった。
それでも祈紐を離そうとしない。
「何故、こんなことをする?これはたくさんの人の祈りが籠められた大切な物なんだぞ」
群雲の言葉にも仔狐は頑なに俯いていた。
「人の言葉はわかるんだよな?」
としゃがみ込み、覗き込む群雲にようやく仔狐が顔を上げる。
「菓子でも食わぬか。おいしゅうござるぞ」
アンリに差し出された豆菓子に仔狐の喉がなった。
「よほど空腹だったようですね」
フォックスが苦笑する。
豆菓子を皆食べてしまうと仔狐は祈紐を握ったまま立ち上がった。
「待て!まだ聞きたいことがあるのだぞ。他の祈紐を盗んだのもおまえなのか?」
群雲の静止に仔狐は『付いて来い』といわんばかりに皆を見回し、森のほうへ歩き出した。
「追ってみよう」
◆狭い洞穴の中の光景に一同は絶句した。
すでに死んで幾日も経過したと思われる大人の狐の骸が横たわっており、その周囲を取り囲むように二本の祈紐が置かれていた。
「なんと‥‥」
「‥‥君のお母さんなの?」
馨の質問は必要のないものであったかもしれない。
母の骸を前に頭を垂れる仔狐の姿を見れば。
「そうだったのか」
「祈紐の力があれば生き返ると思っていたんですね」
人々の祈りが篭った祈紐。その噂は妖の世界にも広がっているのかもしれない。
その噂を聞きかじった仔狐は母の病を何とかしたかった。
‥‥だが。
「おいで。おまえの母上を土に返してあげよう」
おそらく認めたくなかっただけですでに諦めは付いていたのだろう。
仔狐は冒険者達が掘った穴に母が埋葬されるのを大人しく見ていた。
「これではお灸などとてもすえられませんね」
肩を落とす仔狐と少し離れ、皆は相談した。
「そうだな。にしてもこれからどうするか」
母の庇護を失うにはあまりにも幼い。
いくら化け狐と言ってもである。
「とりあえず事の始末はつけねばならないだろう。あの子を伴って祈紐を返しに行かねば」
群雲の意見に皆が肯いた。
「こういうのはどうです?あの子と共に皆で母狐の冥福を祈る祈紐を作るのです」
「それはいい」
「良い考えに候」
フォックスの発案にリンデンバウムとアンリも賛成した。
「ところであの子の今後の身の振り方でござるが‥‥」
「化け狐なら誰か相棒として欲しがるやつがいるかもしれん」
◆「まあ、そんなことが」
三蔵屋の座敷である。冒険者たちの話に凛は袖で涙を拭いながら居眠りしている仔狐に目をやった。
「では、この子は寄る辺のない身の上なのですね。かわいそうに」
今後この仔狐が悪事を仕出かさないようにするためにもきちんと育てる人間が必要だ。
化け狐として悪事を重ねればやがて討伐の依頼がギルドに出されることだろうし、そうなれば場合によっては自分たちがその依頼を受ける事だってありえる。
「ギルドでだれかこいつを引き受けてくれる者がいると思う」
動物好きの冒険者は多い。
「あ、あの。私が世話をするのは無理でしょうか」
「だが、凛殿は妖狐に危うい目に会わされたと‥‥」
群雲の懸念にも凛はきっぱりと言い切った。
「ええ。でも放っておけません。私、責任を持って大切に育てますから」
凛のたっての願いということで仔狐はそのまま三蔵屋に預けられることになった。
「そうと決まれば、皆で祈紐を作りましょう」
祈紐の意義を感じて欲しいというフォックスの意図はすべて仔狐に理解できないかもしれないが、皆で祈りを籠めて作っているうちに何か感じるところがあるだろう。
「はい。材料は私が用意いたします」
まだ不器用な仔狐には凛が手を添えて、皆は祈りを籠めて紐を結んだ。
「では、盗んだ分を返しに行こう。新しいものも奉納しよう」
「この子のことを許してくださるでしょうか。酷い目に遭わされるなんてことは‥‥」
心配する凛を皆が励ます。
「心配せずともよい。我らも共に謝り候」
「ええ。話せば解かってくれるでしょう」
「そうだ。神職、仏弟子が相手だ。きっと慈悲を垂れてくれる」
「僕、一生懸命、謝りますから」
「ええ。ではお願いします」
「帰ったら美味しい稲荷寿司をご馳走するぞ」
「はい。ではうちの台所をおつかいください。私もお手伝いいたします」
こうして仔狐は居場所を得た。
愛情深く育てられれば母を失った哀しみも薄らぐ日が来るだろう。