鉄は熱いうちに

■ショートシナリオ


担当:Syuko

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月12日〜10月16日

リプレイ公開日:2009年10月21日

●オープニング

 育児と言うものは大変なものである。
 三蔵屋凛。独身。故あって突然男の子を育てることになった。
 その子は最近、母をなくしたばかりで、寄る辺の無い身の上を放っておけず思わず養育することを申し出てしまった。
 それだけでも彼女の日常には大きな変化であったのだが、問題はそれだけではなかった。
 佐輔と名づけた童はただの『人』ではなかったからである。
 見かけこそ五つ、六つの子どもだが、おそろしく悪戯者でしかもすばしこい。
 おまけに悪気はないのだろうが狐の姿と人の姿をきまぐれに行きかう。
 凛としても人として躾けるべきか獣として可愛がるべきか戸惑ってしまう。
 悪戯を見つけてとがめだてしようとしてもどちらの姿にしろ円らな瞳で見上げられると、凛にしろ店の女衆にしろあまりのかわいらしさについつい怒りがそげてしまう。
 なにせ母をなくして間もないのだからと不憫が先に立ち強く叱ることもできないのだ。
「これって拙いと思わない?」
 凛は子ども用の布団で眠るくだんの童の寝顔を見ながらため息を零した。
 この子は化け狐。
 悪戯は本能というものかもしれなかった。
 けれどこのまま成長すればいずれは悪戯は悪戯ですまなくなり人様に迷惑をかけることともなろう。
 しまいにはあの才蔵や雌狐のように‥‥。
 過去、冒険者たちと妖狐が対峙した場所に居合わせたことを思い出し凛は身を震わせた。
 それが佐輔の将来の姿にも思える。
 そういえば才蔵の顔も酷く整っていたけれど佐輔にも少し似たところがある。
 同じ狐ゆえかとも思えるのだが‥‥
「まさか才蔵の子、なんてことはないわよね。うん、ないない」
 佐輔には子どもゆえか才蔵には無かった愛嬌というものがあり、あまりのかわゆらしさについつい‥‥。
「そ、それが問題なのだわ」
 とにもかくにも佐輔には立派な男子(もしくは化け狐)に育って欲しいものだ。
 それに気になることもある。
 凛や店の者たちの言うことは良くわかっているようなのだが佐輔はまだ言葉をほとんど喋らない。
 才蔵や凛に化けていた雌狐がすらすらと人語を喋っていたところを見ると喋れはするのだろう。
 それも凛にはまだ佐輔が心を開いてくれていない所為なのではないかと思えるのだった。
 いろいろ好物を探してみたり、心を籠めて世話をしているのだがまだまだ足りないものがあるのかもしれない。
「こういうの、どこに相談したらいいのかしら‥‥」
 凛の頭に先日世話になった冒険者の声が蘇った。
『冒険者の中には動物好きな者もいる』
「どなたか相談に乗ってくれる冒険者の方はいらっしゃらないかしら」

●今回の参加者

 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec2813 サリ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec5845 ニノン・サジュマン(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ec7020 ネリナ・シーカー(21歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文

◆林潤花(eb1119)が三蔵屋に出向くと以前会った頃よりずっと大人びて女将らしくなった凛が大急ぎで表に出てきた。
「凛ちゃん、お久しぶりね」
「潤花さん!ようこそおいでくださいました。またお世話になります」
「皆、揃っているかしら?」
 今回の依頼が江戸市中ということで現地集合にしたのだ。
「はい。サリ(ec2813)さんとニノン・サジュマン(ec5845)さんは。ネリナ・シーカー(ec7020)さんはまだお見えになっていないのですが‥‥」
「そう。何か都合がつかないのかしらね。まぁいいわ。で、」
 潤花はからかうような色を瞳に浮かべた。
「今回の依頼は佐輔君を立派な妖孤に育てる相談だったかしら。立派な妖孤と言えば百鬼夜行を率いた七尾の阿紫や白面金毛九尾の玉藻よね。‥‥凛ちゃんてば、なんて恐ろしい子」
「や、違うんです!私、そんなつもりなんて」
 あたふたと言い訳する凛の肩を笑いながらまぁまぁと叩くと潤花は店の中に入った。
 幾人かの女中が潤花の顔を見て嬉しそうに会釈する。
 以前、依頼で鬼から救ったことのある娘たちだ。
 鬼にかどわかされた身としては村にいづらかろうと冒険者仲間が心配していたのだが、依頼主の凛が皆を雇い入れたと後に聞いたことを思い出した。
(そういえば‥‥)
 凛といえば潤花の脳裏に浮かぶのは一人の男、否、妖狐である。
 佐輔は才蔵の子かもしれない。彼の配下は雌狐ばかりだったし。
(あらあら、才蔵君ってば凛ちゃんというものがいながらやるわね)

◆凛はサリとニノンが待つ座敷に潤花を案内すると佐輔を呼んでくるように家の者に申し付けた。
「凛殿、未婚の身で、血の繋がらぬ…しかも狐の子を全うに育てること、可愛いから、可哀想だから、というだけでは務まらぬ一大事じゃ。これからも佐輔を育てるなら性根を据えねばの」
 と諭すニノンに凛は素直に肯いた。
「はい。仰るとおりです。これではいけないと私も思っているのですが」
「ええ。これからのことを考えないといけないですよね。お外で遊ぶことも多くなるでしょうし。凛さん一人ではなく、ご近所さんにも目をかけていただいて、ほめてもらったり、叱ってもらったりして人間社会の規則や、善悪の区別を教えていけるとよいですよね」
「ご近所の人、ですか?」
 サリの言葉に凛は目を丸くした。
「私、考えても見ませんでした。‥‥そうですよね。佐輔は人の姿でいることも多いですし人の世の善悪がわかれば大きくなっても人様にご迷惑をかけないようになりますよね?あの子が冒険者ギルドの壁に討伐の対象として張り出されるなんて考えただけで怖しくて‥‥でもご近所‥‥大丈夫かしら」
 そういう凛にはもう母親のような気持ちが芽生えているらしかった。
「まずは悪戯がどの程度か見定めてみることじゃ。これはジルベール殿も加勢してくれるようだからハメを外さない程度に好きにさせて観察してみよう」
「そうね。私も泊り込んで佐輔君と遊んでみようかしら」
「ええ。日常の様子を見て、佐輔くんが何を考えているか聞き出してみましょう」
 ニノンと潤花とサリ、三人の意見に凛は佐輔を預かって以来、ようやく人心地が付いた気がした。

◆「かわゆい子じゃない。ふうん‥‥」
 潤花は警戒も露に自分達を睨む佐輔を見てにんまりと微笑んだ。
 才蔵にどこか似たところは無いかついつい探ってしまう。
 あの妖狐が凛に執着していたことを考えると今回のことも深読みできないこともない。
 凛が無意識に才蔵を気にして佐輔を引き取ったのどうかは置いておいても佐輔には裏の人間として教えておくことがある、と思った。
 他の冒険者たちとは少し違う立場の助言を。
「ええ。見た目はこの通りとてもかわいいのですけれど‥‥。最新の悪戯はお隣の猫のヒゲを全部切ってしまったことですわ」
 はぁと凛はため息を零した。
「狐にはどういうときに戻るのですか?」
 サリの質問に凛は自信なさげに小首をかしげる。
「気の向くままのようです。あ、でも眠るときはたいてい狐の姿です」
「ふさふさの尾がかわいいですよね」
「さっきから気になっていたのです。サリさんのお連れになっているのは狐ですね」
「はい。イビリマといいます」
「良くなれていらっしゃるみたい」
「ええ。佐輔くんともたくさん遊んで心を開いてもらいたいと思っています」
「そうしたらあの子、私にも口を利いてくれるでしょうか」
「大事なのは佐輔に一目置かせることかもしれんのう。それには皆が筋の通った態度で佐輔に接することが肝心じゃ。同じ悪戯をしたのに、昨日は怒られ今日は怒られなかったとか凛殿には叱られ、他の者には見逃されたなどブレた対応をしておると佐輔は大人を信頼せぬようになる。佐輔は姿を変えるし、可愛らしいので対応が一貫しにくいであろうが、一度皆で躾の基本方針をきっちり詰めてみてはどうかの」
「はい。店の者ともよく話し合ってみます」
 凛の意識を改革することはこれでよいと三人は佐輔に向き合うことにした。
「ふうむ。風呂の湯に水を混ぜて温度を下げたり、猫を鳥籠にかしかけたり、手代の下駄の鼻緒を切ったりか。まぁ今のところは子どもが良くやりそうな悪戯ではあるんじゃがのう」
 ジルベールに聞いた悪戯の具合をニノンは他の二人に披露しながらそう言った。
「まぁ他愛ないといえばそうね。でもそれが幾つも重なるとね」
「確かに堪ったものではないですよね」
「とりあえずは当人に良く言い聞かせてみようかのう。凛殿が母狐の墓を立ててやったと聞くがそこに佐輔を連れて参るのはどうじゃろう」
「それは良いお考えですね。わたくしもご一緒致します。お母さんの好物がわかれば御供え致しましょう」
 サリは指に嵌めたリングに目をやった。
 これがあれば佐輔が人語にまだ不自由があっても意思の疎通はできるはずだ。
 床を延べてからサリとニノンが凛に進められるままに風呂に向うと、部屋には潤花と佐輔だけが残された。
「さて、佐輔君」
 潤花に名を呼ばれ佐輔はびくっと緊張した。
「どうやら私がどんな人間か少しは感じているみたいね。なら私の言うこともちゃんと聞いてくれるわよね?いい?君のような化け狐が人間の社会に混ざって生きるには通さなきゃいけない筋ってものがあるの。人間は自分たちと違う存在を排除しようとするの。だから君は不用意に正体をばらさないようにしなくちゃ。それから群れのボスである凛ちゃんの言うことには従うこと。君がいずれ妖狐にもなりたいと願うのならもっと頭を使って狡猾に動くこと。私は大人の妖狐にもあったことがあるけれど、立派な妖孤はいたずらなんかの小さい悪事は働かないものよ」
 妖狐と言う言葉に佐輔が再びぴくりと反応するのを見て潤花は微笑んだ。
「私の言ったこと、良く考えておくのね」

◆三蔵屋のご隠居、凛の祖母の住まいがあるのは江戸でも町から外れた緑の多いところである。
 さすがに狐の死骸を寺で引き受けてくれないだろうと凛は祖母の家がある裏手の土手の上に母狐の墓を作っていた。
「佐輔、ここにお主の母御が眠っているのじゃ」
 ニノンの言葉を聞くまでも無く佐輔にはそれが解かっているようだった。
「さ、佐輔くん。昨夜教えてくれた稲荷寿司ですよ。このお花とともにお母さんにお供えして差し上げましょう」
 サリは昨夜テレパシーを使って佐輔と話をした。
 佐輔は人語を話せないわけではなさそうだったが心を開くまではこの方が良いと判断したのだ。
 結局、母狐の好物は解からなかったが佐輔自身は冒険者が以前作ってくれた稲荷寿司がとても美味しかったらしい。
 それでサリは自腹を切って稲荷寿司をたくさんこしらえた。凛や店の女たちが手伝ったことは言うまでもない。
「凛殿はな、お主が周囲の鼻つまみ者になっては哀れと思い、お主を何とか一人前にしようと懸命なのじゃ。母と思えとは言わぬ。しかし、凛殿を困らせるような事はしてはならんぞ。母狐も生きていればきっとお主にそう言うであろうよ 」
「佐輔くん、お母さんがきっと心配してるから、凛さんがみてくれることになったと報告してあげるといいですよ」
「‥‥心配?」
 佐輔が呟いた。小さな小さな声だったが凛にはちゃんと聞こえた。
「ええ。そうです。あなたの家があると知ったらお母さんは安心なさいますよ」
「家‥‥?凛、ぼくの家‥‥」
 かわいい声だ。
「ええ。そうよ。佐輔はもう三蔵屋の子よ」
 じわっと熱い塊が込み上げるのを抑えて凛はそう告げるとしっかりと佐輔と手を取った。
 その手を佐輔がじっと見つめる。
「三蔵屋の子‥‥佐輔」
「うんうん」
「凛さん。佐輔くんは自分の居場所というものが見つけられていなかったのだと思います。ご近所の皆さんからも隠されているようで。それに皆さん少し恐々と佐輔くんに触れていたのではありませんか?」
 サリの言葉に凛は涙ぐんで肯いた。
「はい。私たち佐輔をどう扱っていいかわからなくて。悪戯をしてもこの子を匿って謝ってばかりでした。それが佐輔には不安だったのですね」
「ならば近所の人たち、とくに子ども達とお近づきになれるような算段をしてはどうじゃろう?」
「そうね、歓迎会‥‥宴なんかどうかしら」
 潤花の提案に凛の顔がぱっと明るくなった。
「宴ですか?」
「そうじゃ。友が出来れば、子供同士の付き合いでやっていい事悪い事も自然と判断出来るようになるであろう」
「それはいいですね。稲荷寿司ならばまだまだたくさん残っています。そうだわ、落ち葉を招待状にして配るのもかわいいんじゃないかしら。子ども達を集めて何か遊びをするのもいいですね」
「いい考えね。手伝うわ」
 こうして佐輔を主役にした楽しい宴が開かれ、まだまだ短いながらも佐輔の口からも何度か言葉が飛び出した。
 子どもたちに引き込まれたのか心からの笑顔も見られたという。
 悪戯のほうはすっかり陰を潜めた‥‥わけではなかったが笑って許せる範囲に収まったらしい。