【残酷な姫君】鉢の秘密
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■ショートシナリオ
担当:Syuko
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 48 C
参加人数:3人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月27日〜10月31日
リプレイ公開日:2009年10月31日
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●オープニング
◆立て札を前にして派手目の男が呼ばわっていた。
「鉢はないかぁ。珍しい鉢は。あれば世にも美しい姫君が高く買うて下さるぞ」
「鉢?」
幾人かの人間が足を止めては立て札を読もうと伸び上がっていた。
「姫君は御伽話の姫君もかくやという美しさ。鉢をたくさん集めてござる。珍しい鉢を持っていけば高く買って下さるばかりか、最も気に入った鉢を持参した者は婿にしてくださるという話だ」
「へぇ、鉢をねぇ」
「本当に美しいのかねぇ」
「お疑いならこれをご覧。ほれ、姫君の絵姿だぁ」
大事そうに巻物を広げると男は美しい姫君の絵姿を周囲の男に見せびらかした。
「姉上、鉢を高く買ってくれるそうですよ。鉢なら我が家にも一つあるではありませんか」
「でもなにやら胡散臭くは無いですか?」
武家の姉弟とみられる二人連れが遠巻きに立て札の前の人だかりを見て相談している。
「高く、と言うのが果してどれだけのものやらわかりませんが、上手くすれば姉上の着物を質に入れなくても済むのでは‥‥?」
亡き両親が姉の嫁入り道具にとこつこつと買い揃えた着物だ。
生活に困ったからと言って売ってしまうのは弟として忍びない。
「でも‥‥」
躊躇う姉を押し切るように弟は大きく肯いた。
「どうせ家にあっても何の役にも立たぬ鉢です。そのうちうっかり割ってしまうかもしれない。それならば今のうちに金に換えるのもいいでしょう」
「あ、小太郎!」
呼び止める姉に手を振ると小太郎は家に向って走り出した。
大ぶりの鉢は床の間の横の押入れに放り込んだままになっている。
古いものが好きだった父がどこかで買い求めてきたものだが、家族に道具をめでる趣味は無く、父の死後はずっと放置していたのだ。
そういうわけで価値があるのかないのかさっぱりわからない。
美しい姫君の婿など思っても見ないが、少しでも金に換えられれば有り難いと小太郎は期待に胸を膨らませた。
◆「ほう、これは珍しい鉢をお持ち下された」
感心した声を出したのはあの立て札前の派手な男とは違う凄みのある男だった。
「これならば姫君のお気に召すやもしれませぬな」
「本当ですか」
「はい。わが姫君は大層目利きで遊ばしまして、ことに鉢にはおくわしゅうございます。最も喜ばれる鉢を貴殿はお持ち下されたようでございます」
「こ、この鉢が、ですか」
「はい。大層珍しいものです。では姫君にこれをお目に掛けてまいりましょう。これならばきっと御前に召されることでしょう」
半刻ほど待っただろうか。
先ほどの男に呼ばれ、小太郎は屋敷の奥に通された。
室礼は公家風とでも言おうか。上段の間には御簾が垂らされ、姫君の姿はうっすらとその陰が見えるだけである。
「鉢を持参した者にございます」
男が呼びかけるとぱちりと扇が閉じる音がして、御簾が少しだけ上げられた。
美しい綾の着物に覆われた姫君の膝が見え、真っ白い指先が扇を握っているのが見える。
「近う」
銀の鈴を転がすような美しい声がしてゆっくりと扇で差し招かれる。
小太郎が御簾に近づくと男が一礼しどこかに下がっていった。
「もそっと近くへ」
また姫君に招かれ小太郎は緊張しながら膝で進んだ。
「この鉢をわたくしに譲ってくれるとか」
「は。お気に召しましたなら」
「大層気に入りました。この色合いといい、ご存知か、水を注ぐとほら、このように」
姫が小さな手で傍らの文机から水差しを取り鉢に水を注いだ。
「底の紋様が浮き出るようじゃ。まことに見事な作りと申せよう」
「まさかそんな逸品とは」
亡くなった父が目利きだったとは知らなかった。
「鉢も見事じゃが‥‥」
と、姫は喉を鳴らした。
「もっと見事なのはこなたじゃ」
「は?」
「もっとよく見たいものじゃ」
姫君がまた扇を鳴らすと御簾がさらに上がり姫君の顔が現れた。
(なんと美しい‥‥)
あまりの美しさに小太郎は礼儀を忘れてぼうっと姫君を見つめた。
「見れば見るほど見事じゃなぁ」
扇で口元を覆った姫君の眼がにんまりと細くなる。
(こ、これはもしや)
姫君は鉢もそうだが自分をも気に入ってくれたのではないか?と小太郎は胸を弾ませた。
まさかこの立派な屋敷の婿に迎えられるなんていう幸運なことが‥‥。
「本当にこなたの『鉢』は良い形じゃ。わたくしのこれくしょんにぴったりじゃ」
「う、うわぁ!!」
◆弟が帰ってこない。
鉢を持って立て札の屋敷に向ったはずの弟が。
あの日、走って家に帰った後姿を見送ってからもう三日になる。
勿論、あの屋敷にも出かけてみたが『そんな者は知らん』と門前払いで話にならない。
紅葉(くれは)は長持から着物をつかみ出すと風呂敷に包み急いで質屋に走った。
次は冒険者ギルドへ。
嫌な予感がしてならなかった。
●リプレイ本文
姫が動くたびにずるっずるっと床をするような音がする。
よく見ると裾に隠れて確証はないがうねっているようで‥‥小太郎はぞっとした己を叱った。
(「何を馬鹿なことを」)
きっと髪だ。長い髪がうねるように見えるのだ。
「どうかしたの?」
振り向くと姫は美しい顔で小太郎に微笑んだ。
「な、なんでも」
奥まった一室に姫は小太郎を招きいれた。
「わたくしの寝所じゃ」
「し、寝所!?」
何と大胆な、と初心な小太郎は真っ赤になったが、彼も男、その招く手のままに室内に誘われる。
「ふふ。まことにかわゆいのう。そなたには特別にわたくしのこれくしょん達を見せて進ぜよう」
いったいどんな素晴らしいものを見せて貰えるのかと期待に胸を弾ませ近づいた小太郎だったが、その顔がたちまち強張った。
「う、うわぁ!」
●紅葉
ギルドの情報によると依頼人の家はここらしい。
古びているけれど掃除だけはきちんとされている門前で冒険者たちは足を止めた。
姉様被りをした女が不安そうに玄関先をウロウロしているのが見えた。
女はふと冒険者たちの姿を見つけると走り出てくる。
「もしかして冒険者ギルドからおいでくださったのでしょうか」
そうだと応えると女は被り物を取って深々と頭を下げた。
「わたくし、紅葉でございます。どうぞ中へ」
座敷に通され名乗りを済ませると早速事情を聞く。しかしそれはギルドで得た情報と大差ない。
「御両親亡き後、姉弟二人で‥‥。それが三日も帰ってこない。それはご心配でしょう。よござんす。我が輩も一肌脱がせて頂きやす」
入江宗介(ec5098)の言葉に紅葉は安堵したように少し表情を明るくした。
「それにしても鉢‥‥ねぇ。そういや、頭蓋骨も鉢って言うんだっけ」
アニェス・ジュイエ(eb9449)は嫌な予感に肩を竦め眉を顰めた。
渡部夕凪(ea9450)も同感だ。
(「家を出てすでに三日か。‥‥姉思いが裏目に出てなけりゃ良いんだがねぇ」)
不安がまた押し寄せてきたのだろう、さっと顔を曇らせた紅葉の気を引き立てるようにアニェスがその頬をむにっとした。
「弟君は必ず探して来るから‥‥そんな顔しなさんな。折角の可愛い顔が台無しよ? まずは弟君の背格好や特徴を教えて頂戴」
「主や家人の数、同様に戻らぬ者が居ないか等、下調べもしたい所だが、此度は刻が経ち過ぎた。直に小太郎さんの事を問いただした方が良さげやな」
夕凪の言うとおり事は一刻を争う。
婿の座を餌にするくらいだから、おそらく男のほうが潜入しやすいはず、と、夕凪が囮役と決まった。
古着屋と古道具屋で適当な男物の着物と鉢を見繕ってくるつもりだった夕凪を紅葉が「あのう‥‥」と呼び止めた。
「その着物と鉢は特別なものでなくても構わないんでしょうか?」
「かまわないけれど」
「それなら弟のものをお使いください。鉢も煮物を盛る古鉢が水屋にありますわ。どこにでもある安物ですが」
紅葉が大急ぎで弟の着物と袴、古びた鉢を持ってきた。
「よかった、弟と貴女様の背丈はあまり変わらないようです」
弟の着物に着替えた夕凪とその後を追うようにアニェスと入江が出かけていくのを見送って紅葉は手を合わせた。
「どうぞご無事で」
出際に聞いた入江の言葉に紅葉の口元は引き締まっている。
「姉さん。我が輩も一端の冒険者だ。安請け合いは出来ねぇ。もしもの時の覚悟はしといてくだせい。もう三日もたっちまってる」
覚悟は‥‥できている。
武家の娘として決して取り乱すようなことはもうすまい。
●鉢の秘密
座敷牢に閉じ込められてもう何日になるのか。
外の明るさで今が昼間だということはわかる。
シャレコウベが飾り棚に並ぶ気味の悪い空間で小太郎はもう気が狂いそうになっていた。
中には漆を塗られ、美しく飾り立てられたものもあったが骨は骨だ。
食事も不規則に差し入れられたが何やら君が悪く箸を付けようとは思わなかった。
一緒に閉じ込められていた男が昨夜呼ばれていった。
呼ばれた男たちが騒ぎもせず姫に魅入られているように大人しく付いていくのを見て小太郎は本当にぞっとした。
この屋敷で見た男たちは皆どこかぼうっとしていて焦点が定まらず、まるで正気ではないような。
今のところ自分は正気を保っている。だが、いつ自分の順番が来るかと思うと生きた心地もしなかった。
「ここだね」
夕凪が指に青と銀の指輪をはめ一心に念じると姿が男性に変わった。
そしていかにも大事そうに包まれた鉢を手に堂々と屋敷の門を叩く。
門内に招き入れられる夕凪のすぐ後についたアニェスが屋敷に潜入する。
術で姿を消し手いるため見咎められることは無い。
忍び歩きをしながらあちこち探ってみたが、思ったより全然人気がない。
夕凪を案内している男もどこか心を置き忘れているような感じである。
一方、入江は裏門で辺りを確認してから塀を軽やかに乗り越えた。
音を立てないように裏門の閂を外す。
そしてそっと障子を開け人がいないのを確認すると部屋に入りそこから天井裏に上がった。天井板を元に戻すと注意しながら移動する。
やはり人の気配がなく、まるで廃屋のようだ。
そのことを不審に思いながらも入江は天井裏から屋敷内を探り続けた。
ふと声がして下を覗くと、見事な装束の姫君らしい女が傍らの男に話しかけていた。
「なんと良い知恵を授けて下さったものでしょう。誘いに乗ってきた男を思い通りにして手の者として働かせ、頃合が来たら美味しく頂く‥‥」
「気に入った男はしばらく飼い殺しにして弄び、血を吸い尽くした後も‥‥」
なんと悪趣味なことよと男は楽しそうに笑っている。
姫君にも男にもそれは褒め言葉であるらしい。
「良い男の血はまことに美味。鉢もそれはもう良い形をしておりますのよ」
ほほと艶やかに笑う姫君はぞっとするほど美しかった。
「鉢を持参した男が来ております」
抑揚のない別の声がして姫は機嫌よく立ち上がった。
その拍子に裾が乱れ鱗に覆われた太い蛇の尾のようなものがちらりと見えた。
「どんな鉢か楽しみですこと」
姫がずりずりと部屋を出て行くと男は「馬鹿め」と呟いた。
「我らが忌む冒険者めらの匂いに気づかぬか。まったく程々と言うところを知らぬから困る。だが充分楽しませてもらったことだし、ここいらで退散するとしようか」
天井の入江に気付いているのかいないのか、男はそのままどこかへ消え去った。
男のことは気になるが鉢を持参した男とは夕凪のことだ。
入江は姫が行った方向へまた天井裏を移動しはじめた。
アニェスは姿を消したまま隣室に潜み、姫君と対面する夕凪を見守っていた。
「これは、また趣のある鉢だこと」
姫は鉢自体よりも持参した夕凪のほうが気になるようだ。
さほど気に入らない相手ならばさっさと術をかけて相手を意のままにし、こき使ってやるのだが、上物の相手は正気のままいたぶるのがこの姫君の好みらしい。
小太郎を正気ままにしているのもその為だった。
もっとも召使いとしてこき使われていた者も大分、血を吸っては始末してしまった。
先ほど案内をしてきた男がひとり残っているだけだ。
(「また集めれば良い」)
あの『男』に連れられてここに来る前は山中で細々と獲物を待っていたのだが、街中では面白いほど獲物が寄ってくる。
「気に入りました。鉢もそなたも」
姫はそういうと夕凪を奥に誘った。
「わたくしのこれくしょんを見せてあげよう。そなたほどの鉢の持ち主ならばわたくしの鉢達が喜ぶというもの」
●姫君の最期
「小太郎君、小太郎君だろう?」
どこからか聴こえる声に小太郎は顔を上げた。
きょろきょろと見回していると天井からさっと男が降りてくる。
「あ、あなたは?」
「我が輩は入江宗介。姉さんに頼まれて救出にきた冒険者だ」
辺りを見回し飾られた『鉢』に入江はうへぇと声を上げた。
「あ、姉上が?」
入江は肯いてからしっと人指し指を口に当てた。
「静かに。あの化け物が来る。この屋敷には我が輩の仲間があと二人潜入してるんだ。心配いらねぇから今は大人しくしててくだせい」
姫君と夕凪がこの部屋に近づいてくる。当然その後ろにはアニェスが姿を消したまま付いてきているはずだ。
小太郎も武士の端くれ、覚悟を決めて部屋の片隅で身構えた。
がちゃがちゃと牢の鍵が外される音がし、ずりずりと姫君は部屋に入ってきた。
「小太郎、退屈させたのう。そなたの仲間を連れて参った。どちらも中々の良い鉢の持ち主じゃ、仲良ういたせ」
これから食する蛙を一所に集めて喜ぶ蛇‥‥姫君の心境をまさにそれであろう。
「一度に二人を相手にする気かい? ‥‥随分と積極的な姫君だ」
油断しきっている姫に向けて目にも留まらぬ早業で夕凪の刀が抜かれた。
「ぎゃあっ」
同時に姿を現したアニェスが反撃の暇を与えずサンレーザーを放った。
姫君に為す術はなかった。
「ごめんねぇ、あたし‥‥キレーで我侭で悪趣味なお姫様より、健気で可愛らしい女の子が好きなのよ」
だが姫君の返事はない。
「今のうちにここを出よう。小太郎君、歩けるかい?」
万が一あの怪しい男が戻ってきたらやっかいだ。
入江は小太郎に肩を貸すと座敷牢を出た。
襲ってくる輩がいればと抜かりなく進んだが、呆然とへたり込んでいる男を一人発見しただけだった。夕凪を案内したあの男だ。
「裏門が手近だ。そこから出よう」
歩けそうも無い男はアニェスが魔法の絨毯でギルドに運ぶことにした。
あそこならば何らかの身元の情報があるだろう。
●帰還
「姉上〜!!」
弟の声に紅葉は急いで草履をつっかけると台所から走り出た。
「小太郎!」
無事を喜び冒険者たちに感謝する紅葉をアニェスはそっと物陰に呼んだ。
「これ」
手渡された包みを見て紅葉は驚いて首を横に振った。
「アニェス様?こんなこと‥‥」
必死に返そうとする紅葉にアニェスはいいのよ、と微笑んだ。
「あたしはね、何時だって可愛い女の子の味方で居たい、その為に頑張れる自分で居たいの。良い嫁ぎ先が見つかると良いわね 」
後の情報によると件の屋敷の持ち主は全くの別人で長い間空き家だったのだという。