偽りの花嫁

■ショートシナリオ&プロモート


担当:Syuko

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月06日〜03月09日

リプレイ公開日:2008年03月12日

●オープニング

 いったいどういうことなんだろう?

 だが考えても考えてもさっぱりわからない。

 父が亡くなってひと月。
 悲しみに沈む祖母に付き添うためにひと月、家を空けている間に凛の周囲は大きく変わってしまったのだ。


 番頭がいるとは言え主人のいなくなった店を放っておくわけにも行かないが、めっきり物忘れの激しくなった祖母を残していくのも心掛かりだだった。
 (身体が二つあればいいのだけれど)
 後ろ髪を引かれる思いで店はいつもと変わらぬ忙しさを見せていた。
 凛の実家は廻船業を営んでいる。

「お帰りなさいまし、奥さま」

「へ?」

 きょとんとしたのも無理はない。
 凛は結婚した覚えなどさらさら無く間違っても『奥さん』などと呼ばれる云われはない。
 これが凛の留守中新しく奉公に来た者というのなら、ああ、勘違いね、で済むのだが、目の前の顔は凛が生まれる前からこの店にいる女なのである。

「お、おまえ、どうかしたの?」

「は?何でございます?奥さま」

「奥さまって‥‥どういうこと?」

「いやですよ、まだ照れなさって。先だって祝言を挙げられたばかりでは無理もありませんけど」

 祝言?

 挙げてない!!

 凛はのほほんと応えた女を押しのけるように草履を脱いで家に上がった。

(どういうこと?どういうこと?)

「おや、戻ったのかい?」

 凛は肩を震わせた。この声は‥‥。

「さ、才蔵‥‥」

 番頭の才蔵がその整った顔に笑みを湛え立っていた。
 凛の背中をぞっと寒気が走った。
 この才蔵、遠縁にあたり父が頼りにしていた者ではあるが、切れすぎてどこか心の知れないところがあり凛は以前から薄気味悪く思っていた。

「酷いなぁ。いくらおまえが旦那様の一人娘だと言っても。もう夫婦なんだから、今はいいとしてもせめて使用人の前では私を立てておくれ」

「夫婦ですって!あたしが?いつ?おまえと?」

 父からは生前そんな話は一度も出ていなかった。

「そんな話はきいていないわ」

「何を言ってる?旦那様のご遺言を忘れたのかい?」

「遺言?う、嘘。嘘だわっ!あたしはおまえと祝言なんか挙げてない!」

 才蔵はどうかしたのだ。きっと。

「おかしなことを。ああ、かわいそうに、このところ色々あったから疲れているんだね」

「あたし、おかしくなんかないわっ!!」

「ほらほら、そんなにいきり立ってはいけないよ。のぼせて倒れでもしたらどうするね」

「いやっ」

 伸ばされた手を振り払う。

「おや、凛さま。もう痴話げんかですか?仲が宜しいのは結構ですけど我が侭はいけませんよ」

 古株の女中の声がして振り返ると家の者たちがみなにこにこと好意的な目で自分達を見ている。

「かまわないよ。凛とこうして夫婦になれたんだ。多少の我が侭は目をつぶらないと」

 甘やかすように才蔵がそう言うと皆は一様にうっとりとした。

「まあ、お優しい旦那様」

「嘘よっ!!」

 凛は才蔵を睨みつけると家を飛び出した。


 飛び出したところで友人の娘お光に声をかけられた。

「あら、凛ちゃんじゃない」

「お、お光ちゃぁんっ」

 綺麗な顔をゆがめて泣きついてくる幼馴染にお光は目を丸くした。

 二人で茶店に座りどうにか気を落ち着けて、凛は訳を説明した。
 始めはまったく信じていなかったお光も凛の真剣さにようやくこれがおふざけでないことがわかったようだ。

 お光は眉を潜めて空を仰いだ。

「うーん、整理すると凛ちゃんのお父っぁんが亡くなってひと月の間あんたはご隠居さん家にいってた。家に戻ってみると番頭の才蔵さんがあんたの婿に納まってたってわけね」

「そう」

「祝言は本当にあったわよ。あたしはあんたの花嫁姿を見てるもの。あんたとは直接話してないけど緊張してるのかなって気にしてなかったから」

「本当にあたしに見えた?」

「ええ。そりゃあ、そっくりだったわ。美男美女で似合いの夫婦だって町中の評判に‥‥」

「町中?」
 この結婚が周知の事実だと思うと眩暈がしそうだ。

「おかしなことはなかったのね?」

「そういえば、あんたん家の隣の小太郎が才蔵さんとあんたに酷く吼えてたっけ」

「小太郎が?」

 小太郎は隣家の飼い犬(柴犬)で小さい頃から凛にとても良く懐いている。
 今まで一度も吼えつけられたことなどなかった。

(そういえば前から才蔵は犬が嫌いみたいだったわ)

「ともかく才蔵さんは今は廻船問屋三倉屋の主人であんたの旦那さまってわけね。あの人ってどこの出だっけ?」

「お父っぁんの遠縁だって口利きで家に来たの。よく気が回って落ち着いてるから目をかけられてあっという間に番頭になったのよ」

「何かあるわよね。だって外の人間ならいざ知らず店の者達まで祝言があったと信じているんだもの」

「そうなのよ。みんな才蔵をうっとり眺めちゃって‥‥」

「確かに男前だけれどねぇ」

「そんなことはどうでもいいのよっ。どうしたらいいかしら?店の者は誰も私の言うことを信じてくれないの」

「冒険者ギルドに行ってみたら?」

「助けてくれるかしら?」

「あそこにはいろんな冒険者が集まるって言うから。何とかしてくれるかもしれない」

 冒険者ギルド。
 場所は知っているが足を踏み入れたことは無かった。
 行ってみよう。誰かが助けてくれるかもしれない。

●今回の参加者

 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 ec4371 晃 塁郁(33歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

◆「で、ギルドに依頼してから今までどうしていたの。家には帰ってないんでしょ」
 林潤花(eb1119)の問いかけに凛は肯いた。
「ええ。友達のお光ちゃんちでお世話になっています。気味悪くて店に帰れなくて」
「そうですよね。その才蔵っていう人の狙いが何なのか、このままでは凛さんの身に危険が及ぶかもしれませんし。
 私は廻船問屋を乗っ取るのが目的なんだと思うんです」
 晃塁郁(ec4371)は続けた。
「各港を廻る船の一切の世話をするのが廻船問屋の主な仕事で船頭・水主の宿泊、航海に必要な用品の供給、積み荷の売買・委託販売等も請け負っています。
 問屋の中には出入り船の取り締まり、役金徴収、難破船の救助等も行っている店もあります」
「何らかの活動に都合が良いから三蔵屋を乗っ取ったのか。それとも、あんたを手に入れたかったか‥‥」
 黄桜喜八(eb5347)に言われて凛はぶんぶんと首を横に振った。
「お父っあんが生きていた頃にそんな素振りはありませんでした」
 抜け目のない才蔵は凛に対してもいつも慇懃ではあったというが。
「とにかく、奴の正体をつきとめたい。俺は使用人として店にもぐりこむ」
 それまで黙っていた氷雨雹刃(ea7901)が重い口を開いた。
「ええ、それがいいわ。雹さんが店に潜りこんでくれるなら何かとやり易いわね。
 事を上手く運ぶには、凛さんに店に戻ってもらわなくてはならないし」
 林潤花に見つめられて凛は不安そうな顔をした。
「心配はいらねぇよ。あんたにはこのダイゴロウを預けとく。あんたを守ってくれるだろうよ」
 喜八は足元に伏せている柴犬の傍で愛らしく動いている子狼を抱き上げて凛に渡した。
「まあ、かわいい」
 動物好きの凛はすっかり元気が出たようでダイゴロウに頬を摺り寄せた。
 その様子を林潤花がじっと観察するように見ている。
「じゃあ、私は店の周辺で大道芸を披露して客を集め、それとなく店をうかがってみましょう」
 晃塁郁に林潤花は艶やかに微笑む。
「三蔵屋周辺は賑やかになりそうね。見物人が大勢集まっても不思議はないわね」
「おいらは船着場を中心に才蔵に近づいてみるか。確かめたいこともあるしな。
 凛、夕方にはあんたの祖母さんに話を聞きに行くから付いて来てくれよ」
「はい、喜八さん、わかりました。ダイゴロウちゃんのお散歩に行くという口実で必ず」

 氷雨は凛の親友お光の知り合いということで店で雇うよう才蔵に強請るということに決まり、雹刃では町人らしくないということで「雹」と呼ぶことに決まった。

「いいこと、凛さん。店に戻っても探索が済むまでは寝間は共にしないのよ。言い訳は女なら簡単にできるでしょ」
 思い当ったのか凛は頬を少し紅くして肯いた。
「何か考えがあるようだな」
「ふふふ」
 そういう氷雨に林潤花はにっこり微笑んだ。


◆突然帰って来た凛に店先にいた才蔵はおやっという顔をしたがすぐに如才なく出迎えた。
「ようやく帰ってくれたのかい。飛び出したきりで心配したよ」
 凛は作戦通り殊勝に答えた。
「ごめんなさい。お光ちゃんの家でお世話になっていたの。
 お父っあんが亡くなってからあたし、気分が滅入ってしまって」
「かまわないよ。店のことは私がきっちり切り盛りするから、凛はゆっくり好きなことをしてるといい」
「まあ、嬉しい。じゃ、早速お願いがあるの」
 凛はいそいそと店の表に出ると、袖にダイゴロウを抱いて戻った。
「そ、その犬は」
「拾ったのよ。飼ってもいいでしょう」
 ダイゴロウに頬摺りしながら凛は才蔵を見上げる。
「‥‥好きにおし」
「それから」
「まだあるのかい」
「お光ちゃんの知り合いに仕事を探している人がいるの。雇ってもいいかしら。
 あちらの家にはあたしもお世話になってたんだし」
「男かい?女かい?」
「外で待ってるの。雹さん、旦那様が会ってくださるわ、こっちへ入って」

「なるほどね、呼吸はしてる、と」
 巻物を片付けながら林潤花は船着場に流し目を送った。
 水面から僅かに顔を出した喜八が石の中の蝶に注目していた。
「デビルでもねぇな」
 惑いのしゃれこうべが反応しないということはアンデッドでもない。
「とすると、何かな。氷雨さんが言ってた狐か狸の類かもしれねぇな」
 喜八はそう呟くと水中に潜った。

◆「まあ、何かしら賑やかだこと」
 片時もダイゴロウを離さない凛を不愉快そうに見、才蔵は新しく雇い入れた雹という男に目を配っていた。
 寡黙だが仕事の飲み込みが早くなかなか重宝しそうな男である。
「まあ、大道芸よ。芸人が来てるわ。人が大勢集まってるわ」
 晃塁郁の軽業に作戦であることも忘れてしまったように凛は目を輝かせた。
「凄い。あんなに多くの珠を一度に。ちょっと見に行ってくるわ」
「帰ったばかりなのだから少しは落ち着いてくれると嬉しいのだがね」
 そう言われて凛はわざと頬を膨らませた。
「お父っあんは煩く言わなかったわ。あたしが頼めば店にだって呼んでくれた」
「なら明日にでも家に呼べばいいじゃないか。店の者も喜ぶだろう」
「まぁ、本当?嬉しいわ」
 機嫌を直したふりで微笑むと凛はダイゴロウを抱いて奥に入った。
 これで晃塁郁が店の者の注意を引付けてくれている間に皆が才蔵の正体を探ってくれるはずだ。

 奥様のたっての望みということで呼び入れられた大道芸人の技に店の者は皆、魅せられていた。
 晃塁郁の軽やかな身のこなしに歓声が上がる。
 座敷からそれを見ながら、凛はこの家のどこかにいるであろう他の三人を心配していた。
 さすがに今日は店中の者が物珍しげにここに集まっているようだ。
 中には才蔵が最近雇い入れたのだろうか、知らない女中の顔もあった。
(あんな人いたかしら?)
 考えている間に気付くとその女中は消えていた。

「おまえ、見ないのか?」
 氷雨に訊ねられ、女中は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「別に興味はないから」
「へぇ」
 女中は整った顔立ちをしていたがどこか立ち居振る舞いに違和感があった。
 他の店の者はすっかり才蔵を信じ込んでいるようだが怪しいところはない。

 一方、何かあるかと床下を探っていた喜八は傍らの忍犬トシオが極低い唸り声をあげていることに気付いた。
 上からは氷雨と誰か他の人間の声が聞こえる。
「女か」
 祝言の時の花嫁役になっていた奴かもしれないと喜八と氷雨は同時に思った。
「そういやぁ、祝言の時に凛に懐いているはずの隣家の犬が才蔵と花嫁に吠え付いていたというしな」
「店には喜八のペットのダイゴロウがいる。近づけてみるか」

◆「結局、才蔵の身元ははっきりしないんですね」
「凛の祖母さんは息子の死以来、すっかり気落ちしちまって、時々記憶がはっきりしねぇらしい」
 凛を伴って三蔵屋のご隠居の所まで行った喜八だが新しい情報は得られなかった。
 三蔵屋の近所やお光の話も同じである。
 やはり敵はかなり上手く周囲を騙し果せているらしい。
「で、どうします?」
「まかせて、私の出番だわ」
 訊ねた晃塁郁に林潤花はそう請合った。

 身を清めて、真新しい寝巻きに着替え、『凛』は床を前に三つ指をついて才蔵を出迎えた。
「長い間勝手をして申し訳ありませんでした、旦那様」
 才蔵は素直な凛に驚いたようだったが、気を良くしたのか丹精な顔に張り付いたような笑みを浮かべた。
「祝言から随分日が経ってしまったが、終わりよければ、だよ。店のことも私がちゃんとするから安心しておくれ」
「ええ」
 恥らい俯く凛の美しさに才蔵は目を細めた。
 ゆっくり肩に手が伸びそうになったその時、凛がにやりと笑った。
 隣室で姦しく犬が吼え、「ぎゃっ」という手負いの獣が飛び込んできた。

 狐だった。

「ふふ、お仲間は正体を現したようよ」
 凛の声音が変わったことに気付き才蔵は目を眇めた。
「うまく変化したものだ」
「お褒めに預かり光栄だわ。ミミクリーっていう魔法よ。君も正体を現したらどうかしら」

「凛さん、下がっていてください」
 ダイゴロウを抱いた凛を庇うように晃塁郁が前に出た。
 備前長船の小太刀を構えた氷雨と薔薇の茎の鞭を手にした喜八が、化け狐と才蔵との間合いを計っていた。
 晃塁郁が弓を鳴らした。
 が、才蔵には効果はないようだ。だが犬達を睨みつけ、口元から牙を覗かせた。
「鳴弦の弓に反応しない。オーガでもないということですね」
「そうね、アンデッドでもないし」
「デビルでもねぇよ」
「化け狐を配下に持つんだ、大体の想像はつくがなっ」
 切りつける氷雨の動きは素早い。
 その刃を才蔵は身軽にかわした。
 化け狐が牙を剥くのを喜八の鞭が絡め取り、すかさずトシオがクナイで攻撃する。
「ぎゃん」
 傷を負った化け狐が怯んだ。

「あんたの目的ななんだ」
「簡単に口を割ると思うか」
 傲慢に答えた才蔵めがけてひゅんと氷雨の備前長船が空を切った。
 才蔵の手からたらりと紅い血が流れる。
「退き時か」
 悔しげに呟いた才蔵の身体が翻り、着物の中から五本の尾を持った大きな狐が飛び出した。
「首尾よく廻船問屋を手に入れたと思うたに。小娘にしてやられたか」
 林潤花がいつのまにか傍にいて、悔しがる才蔵だけに聞こえるように囁いた。
「なぜさっさと始末しなかったのかしら。私ならもっとうまくやるわよ」
「長い間、人を装う必要があったからだ」
 それに‥‥と才蔵は凛を見た。
「そうだな。もっと上手くやるべきだった」
 そういうと妖狐は手の甲の傷をペロリと舐めた。
 それが合図のように化け狐が氷雨めがけて飛び掛った。

◆才蔵と名乗った妖狐は姿を消した。
 店の者たちは今まで自分達が心酔していた主人が妖狐だったと知り、皆、顔色を無くした。
 なぜ、才蔵が三蔵屋を狙ったのか、理由はわからないままである。
 が、冒険者たちが才蔵の正体を明らかにし偽りの結婚を破棄したおかげで、凛は元気に毎日を送っている。
 才蔵を守って死んだ化け狐の遺体は凛の手で丁重に葬られ、供養された。

「本当にありがとうございます」
 あの四人が今、どこにいるかは凛にはわからない。
 でも冒険者ギルドの近くを通るたびに凛は彼らの無事を祈るのだった。