●リプレイ本文
◆冒険者一行は目的地に向っていた。
伊勢誠一(eb9659)の栗駒に荷物を預け、自らは楼焔(eb1276)のバックパックに潜り込んだミラルス・ナイトクロス(ea6751)がひょっこり顔を覗かせる。
「あっ俺の保存食が‥‥!」
「ふふ。荷物が軽くなってよかったですねぇ」
楼焔は嘯いた。
「まあいい。何せ行き先は温泉。温泉と言えば女湯!ふふふ‥‥」
彼が依頼内容を把握しているかどうかは甚だ疑問だが、話は宿についてからでも遅くは無かろう。
「詳しく聞いてみないことにはわかりませんが、各々役目を決めて行動したほうがいいとは思いませんか」
という伊勢の提案に
「俺もそう思う。宿を守る奴と山賊を誘き出す奴、待ち伏せする奴に別れてはどうだ?何かあったときは符丁を決めてこれで連絡すればいい」
群雲龍之介(ea0988)が準備よく鳥笛を出して、皆に配った。
瀬崎鐶(ec0097)はそれを軽く吹いてみる。
「僕は宿を守る係ってことにしてもらおうかな」
「俺もそうさせてもらおう。せっかくの温泉宿が山賊に襲撃されては困る」
山本剣一朗(ec0586)は山賊が好き勝手に振舞うのが腹に据えかねるらしい。
「それにしても静かですね。道すがら情報を集めようと思ったのですが」
晃塁郁(ec4371)が辺りを見回した。
「隠れ里ってのが売りらしいからな」
と言いながら、荊信(ec4274)は懐の仔犬、白矢を構う。
ほとんどの者が愛犬や愛馬を連れているので道中は大層賑やかであった。
「ペット歓迎か、犬はいいとして馬は身体を拭く程度でしょうかねぇ」
「温泉の後は酒盛りっていうのもいいな」
「おっ、いいねぇ」
「‥‥お茶がいいな」
◆宿は鄙びた風情を醸し出していた。
竹藪があり、雀が遊んでいる。
湯気が立ち上って温泉特有の匂いが辺りに漂っていた。
「閑散としてますね」
山賊を恐れて宿には客が一人もいないようだが、舌切り雀の翁を髣髴とさせる主人が一行を出迎えた。
「皆様、遠い所を有難うございます」
部屋に案内された一同は荷物を置き、一所に集まった。
愛馬たちは馬屋に、犬たちは座敷に上げられている。
「主人、山賊共はどんな様子なのだ?」
「はい、夜毎、散々飲み食いしてどんちゃん騒ぎをしております。
他のお客様や宿の者に嫌がらせをされて、このままでは家は潰れてしまいます」
「客がいない!では女湯は!ああ、お楽しみが!私ハ、トテモ悲シイ!イタイっ」
ばこっと誰かが楼焔の頭を叩いた。
「山賊はどこからやってくるのですか?」
「根城は山一つ越えたあたりにあるようです」
伊勢の問いに主人が答えるのを聞きながら群雲がさらさらと筆を走らせた。
簡単な地図が出来上がる。
「今夜も来るだろうか」
「麓の里を襲う相談をしておりましたから今夜は来ないでしょう」
「これ以上犠牲が出ないうちに仕留めなければ」
晃塁郁が言い、瀬崎も肯いた。
「ご主人、山賊を片付けるまで宿を休業できるかな」
宿の者達に怪我のないようにという配慮だ。
「ええ。どうせ山賊を恐れてお客様は誰も来ないですから。
ただ、あまり建物を壊さないでいただけると有難いのですが」
「それについては自分達に作戦がありますのでご安心ください」
伊勢がにっこりと請合った。
◆翌日、作戦通りに三班に別れた。ペットは宿に預けてある。
宿を守ることになったのが、瀬崎、山本、楼焔である。
彼らは竹薮に程近い部屋で待機することにし、交代で宿周辺を見回った。
「ご主人、外には決して出ない事。騒がしくしても様子を見に来ない事、これだけは守ってもらいたい」
主人が同意し、自室に下がると瀬崎はお茶を啜った。のんびりと見えていても油断はなく辺りを窺う。
その頃、山本と焔は宿の周囲を見回っていた。
「なるほど。この岩を登れば女湯ガ見えるノダナ」
そう呟く楼焔は放っておいて、山本は万が一、宿が襲撃された場合、弱点となりそうなところを確認した。
「この辺りがよさそうですよ」
伊勢は兵法書を念頭に地形を見渡した。
伏兵班として名乗りを上げた荊信が共に茂みに身を潜める。
捜索班が山賊の根城を探し当てたら知らせてくることになっている。
彼らが山賊を引付けてきたら、合流して一気に叩く作戦だ。
これならば宿に被害は出ない。
「ところで策通りに行かなかったら?アジトを急襲するか」
「そうですね。捜索班の皆さんが根城を探し出してくれるでしょうから」
ミラルスは山中を飛んでいた。
「この辺りだと思いますけど‥‥」
見るからに怪しげな古い寺が目に入る。
数人の男なら充分寝起き出来る広さだ。
窓から覗いてみると、荒んだ雰囲気ながら生活している跡が見られた。
「山賊さん達はお留守のようですね」
ミラルスの知らせで晃塁郁と群雲は根城近くに身を潜めた。
旅人のふりをした二人が囮となり山賊を伏兵班が潜む場所まで誘き寄せるのだ。
「わたくしは伊勢様と荊信様に知らせてきますね」
「何かあったら鳥笛で合図する」
「わたくしもファイヤーボムを空に打ち上げますので!」
◆山賊たちは略奪したものを手に戻ってきた。
収穫が乏しかったのか彼らは不満気だ。
「ちぇっ。しみったれてやがる」
「あの宿で飲み直せばいいではないか」
「その為に亭主を生かしているのだ」
「後は女がいればなぁ」
晃塁郁と群雲は顔を見合わせ小さく肯きあった。
「お、見ろよ、いいカモじゃねぇか」
遠目に裕福な夫婦の旅に見えたのだろう山賊の一人がにやつく。
「命が惜しくば女と金を置いていけ」
「きゃ」
「逃げろ!」
来た道を走り戻る二人を山賊たちが後を追う。
追っ手から離れず、しかし追いつかれない速さで二人は走り続けた。
群雲の合図の鳥笛が聞こえた。
「来ましたね」
伊勢は魔剣を構え、間合いを計る。
(今だ)
「山賊共、華国の壮士、荊壮蒼とは俺のことよ、さぁ覚悟して貰おうか!」
突然ぬっと現れた荊信達やくるりと反転して身構えた『夫婦者』に山賊たちは驚いた。
「しまった!罠か!」
「餌兵は食らうこと勿かれ。気付くのが遅すぎましたな!」
伊勢の台詞に、激昂した山賊の首領らしい男が斬りかかってきた。
荊信がその剣を盾で防ぐ。
「悪いが後ろは任せた!この男はオレが 」
晃塁郁はひらりと山賊の刀をかわした。
ミラルスは魔法で伊勢と荊信の刀に炎を纏わせている。
皆にやる気が漲ってくるのは彼女の力のようだ。
「わたくしは宿に知らせてきます」
ミラルスはそう告げると飛んだ。
群雲は素手で山賊の一人を気絶させ、もう一人の剣を挟みこんで止めた。すかさず腹を打って相手を気絶させる。
斬りかかって来る刀を盾ではねかえし、伊勢は荊信の後で闘っていた。
首領と刀を合わせている荊信を弓で狙う男に気づいた。
「‥‥はっ」
伊勢から衝撃波が発せられた。
襲いきた手下を盾ではね飛ばし、荊信は再び首領に向った。
手下共とは違い、首領の男の腕力は強い。
ぎりぎりと力比べをした後、渾身の力を籠めて荊信は刀を振り下ろした。
「戦況は?」
ミラルスに瀬崎が訊ねる。
「首領らしき男もいましたし、綺麗に片付けられるでしょう」
「なら助太刀に行くとしようか」
「念のために俺は残ろう」
山本を宿に残し、ミラルス、楼焔、瀬崎は闘いの場に急いだ。
◆「もう終わってしまったのか」
縛られて転がされている山賊共を前に楼焔はつまらんと言った顔だ。
が、ミラルスが「ほ〜ら、お仕置きですよ〜」と、山賊たちの髭や髪をちりちりにしているのを見て笑った。
山賊たちの悲鳴が響き渡った。
「本当にありがとうございました」
宿の主人は平伏すると繰り返し礼を述べた。
「隣室にお礼を用意させていただきました。どうぞお好きなものをお持ちくださいませ」
襖を開けるとそこには幾つもの葛篭が積まれていた。
それぞれがこれ、と思った葛篭を選ぶ。
「俺は小さいのを貰う。ジャパンには欲をかいて酷い目に遭う昔話があるらしいからな」
小さい葛篭の中からは報酬の金子が出てきた。
「わたくしはおっきいのでいってみます」
ミラルスは自分の身体より大きい葛篭を何とか開けた。
「あ、小太刀」
「へぇ。では俺も大きい葛篭を貰おうか」
群雲が手をかけた瞬間、ガタガタと葛篭が震え始めた。。
「あのう手違いが‥‥ああっ遅かった!」
主人が開きかけた襖をぴしゃりと閉じる。
葛篭の蓋が外れ飛んだ。
「太刀が一人で動いている」
抜き身の太刀がゆらりと宙に浮かび上がる。刀身に霧のようなものが纏わり付いていた。
「家鳴りじゃないか?」
と山本が言った。
「家鳴り?」
「物や家に取り付くんだ。普通の攻撃は効かないかも知れない」
「なら、任せてください」
ミラルスがファイヤーボムを打とうと構えた。
「おいっ部屋ん中じゃみんな巻き添えくらっちまうぞ」
「きゃあ、そうでした」
「‥‥もしかしてこれなら‥‥『オーラソード』」
瀬崎が手に半透明の輝く剣を創り出した。
◆太刀から何とか家鳴りを追い払い、皆は温泉を楽しむこととなった。
男湯、女湯の他、ペットとともに入れる露天風呂まである。
「天丸、気持ちいいか?」
「市松、良い湯ですね」
馬たちは後で足湯につけてやるつもりだ。
湯に浮かんだ盆の上の杯に日本酒を注ぐ。
「温泉で月見酒、極楽極楽…ですな」
「湯から上がったら俺の持参した神酒『鬼毒酒』を皆で味わおう」
「ところで楼焔は?」
山本の問いに荊信が呆れたように応えた。
「覗きか?見つかって袋詰めが関の山だろうに」
「これで平和が戻った‥やっと覗‥保養が出来るな」
辺りを伺い楼焔は大きな岩に近づいていた。
覗こうとした瞬間、
「てやんでぇ!おとといきやがれ!」
「せっかく桃葉湯を楽しんでいるというのに、覗きなんて許しません」
「‥‥」
晃塁郁と無言で怒っている瀬崎に湯を思いっきり浴びせられ、いつもとは口調の違うミラルスからは炎攻撃で容赦なく痛い目に会わされる。
「くそ〜帰りはミラルスを葛篭詰めにしてやるぅ〜」
その夜、心づくしのご馳走と酒を冒険者たちは心ゆくまで味わった。
賑やかな声は夜が更けるまで続いたという。