●リプレイ本文
◆「よろしくお願いします!」
顔を紅潮させて、花園馨は声を張り上げた。
彼は面々を興味津々に見た。まず、冒険者たちの容姿や出で立ちに心を奪われようだ。
ルーティ・フィルファニア(ea0340)は馨が今まで見たことのない髪や瞳の色をしているが、さらに心引かれたのは彼女が連れているペットであった。
(つ、角のある馬だ)
一角獣の伝承はこのジャパンにもあったが目の当たりにするのは初めてだ。
鑪純直(ea7179)は不敵な面構えの侍だ。馨とそう年はかわらないだろうにその落ち着きぶりは只者ではなさそうだった。
「おぬしは何故、冒険者の道に進みたいのだ?」
面と向って聞かれて馨は一瞬迷ったが大きな声で答えた。
「僕は、広い世の中をこの目で見てみたいんです。世界中のいろんな国を」
鑪には馨が冒険者に向いているようには思えなかった。
側用人にでも取り立てられるほうがよほど向いてそうだ。知り人に心当たりがないわけでもない。
だが、鑪はそれを口に出すことはなかった。
適性がどうであろうと、冒険者になりたいと真に望むならそうすべきなのだ。
楠木麻(ea8087)もまた、見たことのない鳥を連れていた。見事な金色の羽根を持った鳥である。その鳥は賢そうな眼差しで馨をじっと見つめていた。
「スモールホルスという。冒険者になりたいなら、これくらいでびびるな。世界には色々な生き物がいる。もっと凶悪な奴が五万といるぞ」
そう言われて馨はごくりと唾を飲み込んだ。
「よし、この辺りに異常はない」
突然背後から聞こえた声に馨は吃驚して飛び上がった。
「う、うわぁ」
振り返ってまた驚く。緑の皮膚、黄色い瞳、嘴、長い爪に水かき。そして頭にはお皿。
「河童に会うのは初めてなんじゃろうか?」
「は、はい!」
「わしは磯城弥魁厳(eb5249)。よろしく頼みまする」
「よろしくお願いします!」
「向こうに廃屋があった。中を調べたんじゃが宿にするには丁度良いようじゃ」
「では、そちらにまずは向いましょうよ」
日下部明穂(ec3527)の意見に皆肯くと、一同は廃屋に向った。
馨のあまりにも身軽な様子に明穂は視線を走らせる。
(あら、意外)
兄は心を鬼にしてわざと弟に注意をしなかったのだろう。
(身を以って知ることが大切だわ)
手を差し伸べるのはそれからでも遅くはない。明穂はそう考えていた。
二頭の子馬を連れた晃塁郁(ec4371)が馨と肩を並べて歩く。
「驚かれたのではありませんか?馨さん。冒険者といっても様々な種族、職業の人がいて刀が得意な人、弓矢が得意な人、隠密活動が得意な人、魔法が得意な人等、多様です」
「正直言って驚きました。僕の世間はなんて狭かったんだろうって。僕、ますます世界に出たくなりました」
◆褌一丁になって馨はぶるぶる震えていた。
「冒険は不測の事態の連続だ。まずは身体を鍛え、強い心を培うのだ」
勿論、水中は磯城弥により調査済である。
同じく褌姿の鑪に促されて馨は川に入った。春先とは言え、まだ水は刺すように冷たい。鑪は自分も同じく川の中に入っていく。
ガチガチと歯を鳴らしながらも馨は鑪に話しかけた。
「鑪殿は外国にいらしたことはありますか?」
「わしは以前、ノルマンという国にいたことがある」
「どんな国ですか?」
馨の唇は真っ青だ。本人は気を逸らそうと必死なのだろう。
「風土も言葉も信じる神もジャパンとはまったく違う国だ」
「さぞご苦労なさったでしょうね」
「侍魂は何処へ行こうと変わらない。ノルマンでも切腹し決死の覚悟で敵に意見を述べたことがあったな」
「切腹‥‥」
伝わるところがあったのか馨は黙り込んだ。すでに身体が強張っているようだ。
(そろそろ本当に限界だな。だが‥‥)
決して音を上げようとしない馨を鑪は心の中で少し認めた。
◆パチパチと爆ぜる枝の音をぼんやり聴きながら馨は暖を取っていた。
一日目の夜が来ようとしていた。冒険者達はそれぞれが保存食を手に火を囲んでいる。
(お腹すいた)
馨は自分が何も用意してなかったことに気付いた。何と迂闊だったことだろう。情けない心地だ。
が、冒険者達は素知らぬ顔だ。
翌朝は空腹で目が覚めた。
(何か食べ物‥‥)
子馬たちが草を食んでいた。
「水、飲もう」
束の間、腹を満たすと、馨は廃屋に戻った。皆はもう起きていた。
「馨君」
明穂に呼ばれて馨は慌てて居住まいを正した。
「冒険者にとって大切なことは何だと思う?」
「大切なこと‥‥」
「馨君は昨夜から何も食べてないわよね。それで満足に依頼を果せると思って?
一瞬の不注意が自分ばかりか仲間まで危険な状況に晒してしまうのよ。強いことも大切だけれど、行く先がどういう場所かを考え、何が必要かを予想し、抜かりなく準備を行う…そういう部分が大事なことを理解しなくてはね」
「で、どうする?馨君はどうやって食べ物を手に入れる?」
馨は考え込んだ末、決心したように顔を上げた。
「申し訳ありません、食料を分けていただけないでしょうか」
明穂は我が意を得たりと微笑んだ。
「それでいいの。でも、忘れちゃ駄目。冒険者は常に万全の準備をしておくものだけれど、事情で最低限しか持てないこともある。助け合いは大事だけれど、甘えちゃいけないわ」
明穂は二日分の保存食の代金を馨から受け取った。それも勉強である。
「さあ、食べて今日も頑張りなさいな」
「はい!」
◆「これを登るんですか?」
崖を見上げて馨は不安そうだ。
鑪が腕を組み厳しい面持ちで見つめている。とは言え、実は馨が怪我することのない様、要所にロープを引っ掛け命綱を用意してあった。その上、楠木が崖下の植物にプラントコントロールをかけ自然のネットを張り巡らせている。
「真達羅、頼んだよ」
霊鳥もそれとなく彼を見守っていた。
馨は低い場所から何度も落ちた。そんな馨の横をルーティがすーっと登っていく。
「う、うわっ」
馨がまた落ちたのを見て降りてきたルーティが無邪気に微笑みかける。
この中で最も体力がなさそうに見えるだろう自分が簡単に崖を登ったことを馨が驚いているのが手に取るようにわかった。
「これは浮遊魔法です。この高さを登るにはかなりの熟練が必要ですが」
「魔法、ですか」
「馨さんはあまり体力的に恵まれてはいませんよね」
「情けないです」
「私は冒険者って体力だけではないと思うんです。そればかりに捕らわれてしまうと、他の才を潰しかねません」
「他の才?」
「ええ、本気で冒険者になるのなら、他にも、目指せる道はあると思います」
◆最終日の朝が来た。
鑪の繰り出す剣を馨は必死に受け止める。楠木が魔法で馨の体に防具を纏うような効果を与えた上での訓練である。
「よし、休憩」
「はい、ありがとうございます」
手ぬぐいを川に浸しに行く。馨の脳裏には昨夜、皆から聞いた言葉が去来していた。
「お武家さんなら、主家やお家が剣を振るう理由になるでしょうけど、冒険者となればその理由は自分で見つけることになると思います。
何のために剣を振るうのか、そのことを心に留めて欲しいですね」
「貴女はどうして戦うのですか?」
「目の前で誰かの力になりたいと思えば、そのための力が欲しくなる…って、
自分でも何言ってるか分かりませんけど」
そう言って苦笑したルーティ。
「冒険者は自分で依頼を受け、見知らぬ誰かと出会い、見知らぬ土地で新しい価値観や世界の一端を知ることができるのが魅力と言えます。
けれど一つ心がけることがあります。戦うということです。その覚悟はありますか?」
「もちろん、あります」
「では、貴方は人を殺す覚悟はありますか?
勿論依頼の中には誰も傷つけずに済ませるのが最良というものもあります。
しかし山賊退治といった依頼も恨みのない誰かを殺す、という事です」
自分はまだ経験が浅いからという晃を補うように磯城弥が後を続けた。
「殺す事は呆気ないものです。肝心なのはその前と後にございまする。
激情にかられて、とか不慮の事故の場合は殺す前は覚悟しなくてすみまするが、
しかし後がいけませぬ。心がまともなら一生後悔致しまする」
「逆に覚悟の上でなら後悔はしなくて済みまするが、そう簡単に覚悟等身に付くものではございませぬ。
殺されるという恐怖、相手を殺すという罪悪感。もっと上手い方法はなかったのか。そんな事を考えまする。
殺人というのは辛く、苦しく、不意に首を締め付ける縄にございます。
それでも尚、殺さなければならぬ時がございます」
「大切な人を護る時。弱い者を護る時にございます。戦わなければ誰かが傷つき、死ぬ。それは自分が罪を被るよりも辛いものです。
覚悟をなさいませ。罪を背負う覚悟を。殺される覚悟を。戦う覚悟を。そして生き残る覚悟を」
「覚悟‥‥か」
皆、それぞれの覚悟を馨に伝えてくれた。
子馬の嘶きが聞こえ馨は我に返った。狼が忍び寄ろうとしていることに気付く。慌てて辺りを見まわしても誰もいない。
呼びに行く暇はない。
「何かを守るために‥‥」
馨は木刀を握り締めると「やあ!!」と狼に走りよった。
◆「まあ、がんばったほうじゃな」
闇雲に木刀を振り回し、どうにか狼を追い払った馨を見て身を潜めた磯城弥は呟いた。仲間たちに合図を送る。皆が訳知り顔で肯いた。
依頼は完了した。三日と言う短い間だ。冒険者のすべてを伝えることなど到底出来ないがそれでも馨は何かを得たに違いない。
「あとは己が決めることだ」
鑪の言葉に明穂も肯く。
「そして経験は自分で積んでいくものだわ」
「餞別にこれを差し上げよう」
磯城弥に手渡された木剣を馨は有難く押し戴いた。
「皆さんにお教え頂いたことは決して忘れません」
濃い三日間だった。とても大切なことを教わったと思う。
思い思いの方向に去っていく冒険者達を見送って馨は誓った。
「いつか、皆さんの仲間として胸を張れる、そんな男になってみせます」