●リプレイ本文
●到着! 犬鬼のいる森
狩猟場を現れた犬鬼達の退治を引き受けた冒険者達は、犬鬼達が徘徊している森の入り口まで来ていた。外は晴れているのに、中は薄暗く、少し気味が悪い様にも感じられる。
冒険者の中には、以前の依頼から再会を果たしている者達がいた。空漸司影華(ea4183)と氷雨鳳(ea1057)、それにミラルス・ナイトクロス(ea6751)の三人である。
「今回も、お互い協力して頑張りましょうね? ‥‥私も空漸司流暗殺剣三代目継承者として全力を尽くしたいと思います!」
影華がそう呼びかけると、二人は笑顔を返した。
「なんだか、私達は、これからも一緒になる予感がするな‥‥その時は宜しく頼む」
氷雨も、彼女達との再会を嬉しがっている様子だ。
(「‥‥なんとなく笑い返しちゃったけど、何と言ってたんでしょうか‥‥もー、私ったら何てお間抜けさん!」)
もちろん、ミラルスも受け答えをしたかったのだが‥‥相変わらずジャパン語を理解出来ないので、心の中で一人ボケツッコミをしていた。
しかし、思わぬ幸運があった。
「よければ、わたくしが翻訳するわよ‥‥一応、通訳の端くれだし」
茘茗眉(ea2823)が、シフール語と現代万能語に通じていたのだ。影華と氷雨は、喜んで彼女の申し出を受けた。
茗眉は、早速、彼女達の言葉を翻訳してあげた。
『二人とも、ミラルスさんと再会出来たのが嬉しいみたいよ』
茗眉の言葉を聞いたミラルスは、
『もちろん、わたくしもです‥‥今回も頑張りますよ! えいえいおー!』
という彼女らしい言葉を口にした。冒険者達は、彼女の様子を見て、クスリと微笑んだ。どうやら、その言葉を翻訳する必要はなさそうだ。
冒険者の中で、特別目立っている女性がいた。リンナ・シュツバルト(ea3532)だ。彼女の背には、その体格に不似合いと思えるほど重い得物が背負われていた。クレイモアである。
彼女は、その得物を大変気に入っている様子で、しばしばクレイモアに視線を移し、
(「ああ、この重厚感‥‥巨大な刃‥‥たまりませんわ‥‥」)
と、ウットリしていた。
「‥‥‥」
七杜風雅(ea4458)は、道中ほとんど黙っていた。どうやら、彼はあまり喋る方ではない様だ。もっとも、忍者としては、それが正解なのかもしれない。目立ちすぎても仕方がないからだ。
とはいっても、まったく言葉を口にしないわけではなく、誰かに話しかけられれば答えるぐらいの愛嬌はあった。
ディファレンス・リング(ea1401)は、晴れた青空を見ていた。
(「今日は、良い天気ですね‥‥出来れば、もっと見ていたんですが」)
冒険者である以上、そうはいかない。はやく犬鬼達を退治しなければ、猟師達の生活がままならないのだ。
不動金剛斎(ea5999)は、この依頼を簡単とは思っていなかった。
(「たかが犬鬼だが、侮って掛かると命取りになる可能性もある‥‥気を引き締めてかからねば‥‥」)
巨人族でありながら、細かい部分にも頭の回る人物に思える。それは、後々に活きてくるはずだ。
こうして、冒険者達はそれぞれの思いを胸に、森の中へと入っていった。
●ペア作戦失敗? ‥‥乱戦突入!
森の中に入った冒険者達は、ミラルスに偵察を頼み、犬鬼達が現れるのを待った。
ミラルスには、最大の武器があった。並外れた視力である。それと、彼女が空を飛べるシフールであるのも大きく働いた。
『犬鬼さん、どこですかー?』
しばらくすると、彼女の視界に、何者かの怪しい姿が映った。犬の様だが、犬みたいには可愛くない顔を持った人型のモンスター、犬鬼だ。こちらに近づいてきている。
『犬鬼さんを発見しましたッ!』
茗眉が、ミラルスの言葉を皆に伝える。
「どうやら、犬鬼がいたみたい。‥‥準備して」
皆は、一斉に武器を用意しはじめた。まだ距離は十分にある。先制攻撃のチャンス‥‥といいたいが、木々に隠れて相手が近づいてくる様子がよくわからない。しかし、補助魔法を使う余裕はあった。
「敵が来る前に準備をしておくとするか‥‥クリスタルソードッ!」
金剛斎はクリスタルソードの魔法を使い、自らの手に水晶の剣を作り出した。
『いきますよぉ! バーニングソードッ!』
ミラルスの魔法により、氷雨の日本刀は炎を纏った。犬鬼達は、その間にも全力で近づいて来ている。二回目はギリギリになりそうだ。彼女は、荷物を軽くして魔法に要する時間を速く出来ればと考えていたのだが、実は、魔法に要する時間そのものは変わらないのである。ちなみに、ディファレンスには逆の問題があって荷物が重すぎて魔法を使うのが困難になっていた。彼は急いで持っていたものを放り投げた。
ザッザッザッ‥‥犬鬼達が、木々の間から現れた。数は、八匹。冒険者達と同数だ。
(「しまった! 絶好の機会だったのに!」)
金剛斎は、グラビティーキャノンの魔法を失敗してしまっていた。ミラルスは二度めのバーニングソードの魔法に成功し、影華の日本刀から炎があがった。
(「今ならッ!」)
「ウインドスラッシュッ!」
ディファレンスは、ウインドスラッシュの魔法を使った。彼の手から、真空の刃が放たれる。それは犬鬼(一)の右の脇腹を切り裂き、小さい悲鳴をあげさせた。
冒険者達は、ペアを作って、この戦いに臨(のぞ)んでいた。ミラルスとリンナ、氷雨と茗眉、金剛斎と影華が前衛。残る風雅とディファレンスが後衛になる。
本当は、二人で一匹の敵にあたる作戦のはずなのだが‥‥敵が同数の上に、敵の分断する作戦を立ててなかったので、乱戦模様になってしまった。ミラルスは、これからも魔法を使いたかったが、前衛にいるため難しい。なぜなら、魔法を発動する準備をしている最中は、攻撃を避ける事が出来ないからだ。
●準備万端? こぼるとはんと開始
乱戦にはなったが、ペアとしては機能していた。前衛にいるペアは、二匹もしくは三匹の相手をする事になる。
ミラルスとリンナのペアが、まず最初に攻撃を仕掛けた。とはいっても、ミラルスは、それなりの傷を負わせられる攻撃手段を持たなかったので、対峙している二匹の犬鬼達の周りをウロチョロと飛び回っていた。
リンナは、ゆっくりとした動作でクレイモアを持ち上げると、勢いよく振り下ろした。
「えーいッ!」
その重い一撃を、犬鬼(一)は横に飛んで避けようとしたが、とても避けきれず、左の肩から腰にかけてパックリと肌が裂け、そこからボタボタと血が流れた。やはり、クレイモアの威力は並ではないらしい。
『犬鬼さん、こっちですよ』
犬鬼達も反撃に出たが、ミラルスの回避能力は高く、彼らの攻撃は空を斬った。
茗眉と氷雨のペアの出番だ。
一見、何の戦闘能力もない様に思えた茗眉であったが、彼女には別の手段があった。
(「毒の付いた武器が危険なら、その武器を叩き落としちゃえばいいのよ」)
ビシッ! 彼女は手刀を使って、犬鬼(三)の手を叩いた。ディザームだ。たまらず、犬鬼(三)は武器を落とした。犬鬼(四)と犬鬼(五)の武器も叩き落したかったが、さすがに何度も続くわけではなかった。
氷雨は、刀を一旦鞘に収めている。どうやら居合いをする様だが‥‥動きを止めた彼女に、犬鬼(三)は大して痛くもない拳を彼女の頬に当てた。女性の顔を殴ると怖いもの‥‥その瞬間、
「やあッ!」
気合一閃! 鞘から解き放たれた刃は、犬鬼(三)の胸元を横一文字に斬り、そこから多量の血が溢れ出した。カウンターアタックである。犬鬼(三)は悲鳴をあげ、両手で胸を押さえながら逃げ出した。さすがに、この状態では追いかける事は出来ないが。
しかし、残る二匹は怯まなかった。
氷雨は犬鬼(四)の攻撃を何とか受け止めたが、茗眉は、運悪く犬鬼(五)の二撃めの攻撃を受けきれなかった。
「‥‥痛ッ!」
茗眉は、チラリと傷を見た。左肩の辺りに、痛みを感じる。浅いが‥‥問題はそこではない。‥‥毒なのである。茗眉の意識は、薄っすらと遠のき、動きが鈍くなった。
(「‥‥あれは、いかん」)
風雅は後方から攻撃を仕掛けるつもりだったが、茗眉が毒をくらったのを見て、急いで駆け寄った。‥‥冷静に状況を把握している。
「‥‥しっかりしろ。これを飲めば楽になる」
茗眉にとっては、ちょっと不恰好になるが、風雅は解毒剤を彼女の唇に当て、口に含ませた。‥‥そして、茗眉の動きと表情は精彩を取り戻した。風雅の様に、後方で動ける人間がいた事は、幸運だったかもしれない。
金剛斎と影華も同じく戦闘に入る。
「空漸司流暗殺剣の極意‥‥見せてあげるわ!」
我流ながらも、三代にもおよぶ空漸司流暗殺剣には当然技もあるはずなのだが、まだ影華はそこまで至っていない様である。しかし、彼女の太刀は、犬鬼(六)の右肩から左の脇腹を捉え、その激痛に身を屈めた犬鬼(六)の鼻先を深く切り裂いた。犬鬼もたまらず逃げ出す。ミラルスのバーニングソードの効果も大きい。
魔法を使って動きの止まった金剛斎に、犬鬼(七)の攻撃が迫る。
「毒を用いたとて、当たらなければ、どうという事はないわ!」
彼は水晶剣を使い、毒付き武器を受け止めた。確かに彼の言う通りである。当たらなければ、大したものでもない。
影華も犬鬼(八)の攻撃を受け止めて、傷が付くのを防いだ。
ミラルスは、相変わらずチョコマカとした動きで犬鬼達を翻弄していた。
リンナは、またクレイモアを持ち上げた。力持ちというよりは、『何とか』といった感じだが、先程の様子からして、その威力は馬鹿に出来ない。
「ヴァルハラへ送って差し上げますわ!」
彼女の声と共に振り下ろされたクレイモアは、地面に思いっきり叩きつけられた。ゴシャッ‥‥鈍い音が辺りに響き渡る。
それは、クレイモアが地面に叩きつけられた際に生じたものだったが、その通過点にいた犬鬼(一)が受けた傷は、もちろん軽いものではなかった。
リンナによって縦方向に二本の赤く太い線を刻まれた犬鬼(一)は、逃走をはじめた。
『ほーら! 犬鬼さん、急がないと逃げちゃいますよ!』
犬鬼(二)は、ミラルスに必死に刃を向けているが、今だに彼女を捉える事は出来なかった。
ディファレンスは、唯一後方にいる魔法使いだったので、魔法を続けるのに問題はなかった。彼が詠唱している間に、攻撃を仕掛ける者がいなかったからである。ちなみに、彼も解毒剤を持っているので、更なる被害者が出ても安心だ。
「風よ‥‥ウインドスラッシュッ!」
真空の刃が、犬鬼(五)を襲った。右の太ももの辺りが裂け、少量の血が飛び散った。
(「‥‥くらえッ!」)
風雅も手裏剣を両手に構え、犬鬼(五)に放げつけた。そのどちらもが命中したのだが、手裏剣の威力からして、さほど効果があるのかはわからなかった。
「そんなの持ってると物騒なのよ‥‥ていッ!」
茗眉は、犬鬼(四)の武器を叩き落すのにも成功していた。
「さあ、私のために踊ってもらおうか。それとも、踊りの一つも踊れんのか?」
氷雨は軽くステップを踏んで、犬鬼(五)の視覚を惑わすと、隙を付いて斬りつけた。フェイントアタックだ。右上腕筋の辺りを、浅く傷つける。
茗眉は、武器を持たない犬鬼(四)の攻撃を避けた。そして、犬鬼(五)も続けて攻撃してきた。
(「続けてくらったりはしないわよッ!」)
今度は受け止める事が出来た。
金剛斎は、水晶剣を振るって反撃に出た。
「我が名は金剛斎! 犬鬼程度に遅れを取りはしないッ!」
彼の一撃は、犬鬼(七)が太刀を受け止めるために差し出した刃をすり抜け、犬鬼(七)の胸を左斜めに引き裂いた。
更に影華が攻撃を仕掛ける。二人に攻撃によって犬鬼(七)の体に×(ばつ)の字の刻まれ、絶叫をあげて犬鬼(七)は逃げ出した。
「この程度かッ!」
金剛斎は、犬鬼(八)の攻撃を避けた。
さて、ここまで来ると冒険者達の有利は決まってきている。
●逃げる前に始末しろ! 犬鬼掃討
八匹の内の四匹が逃亡。しかも、冒険者達を一人も倒してないとなれば、犬鬼達の士気も落ちてきていた。
逃げ出すのも、時間の問題に思える。しかし、せめて一匹は倒さなければ話にならない。ただ、ペアに分かれて戦っている分、集中して攻撃を仕掛けるのは、難しかった。ある程度の人数で、すぐに片をつけなければいけない。
(「逃げられる前に、なんとかしないと」)
茗眉は、ディファレンスと風雅の攻撃で傷付いている犬鬼(五)の足を薙ぎ倒そうとした。トリッピングである。
何度も彼女の足が犬鬼の足に当たり、ついに堪えきれず、その場に転がった。
(「‥‥許すわけにもいかん」)
‥‥ドスッ! 氷雨は冷徹に犬鬼(五)に刀を一度、二度と突き刺した。‥‥それでも、まだ生きている。
金剛斎と影華は、相手が一匹になり、本来の二対一の状態に追い込んでいた。
「空漸司さん、この機会を逃すわけにはいかないッ!」
影華もコクリと頷く。
「‥‥いくわよッ!」
二人は残った犬鬼(八)を挟み、両側から得物を振るった。
両者の猛攻に無惨にも切り刻まれた犬鬼(八)は、まるで踊っているかの様に、三度ばかり体を回し、その場に崩れた。‥‥まずは、一匹。
多くの仲間をやられた犬鬼達は、すでに逃げ始めていた。
しかし、茗眉に足を払われた犬鬼(四)は完全に逃げ遅れている。
彼の頭上に、冒険者達の刃が迫り、その悲鳴が森の中に轟いた。‥‥二匹め。
後の二匹は、森に慣れているので追うのは難しい。
(「‥‥お、重いですわ」)
それに、大きい得物を持っているリンナが追跡するのは難しそうだ。
(「どこまで行くんでしょうか‥‥」)
かなりの速度で飛ぶ事が出来るミラルスは、彼等を追ってみたが、よほどの恐怖を抱いたのか、森の奥へ延々と走り続けるので、彼等の追跡は諦めた。
「有難う。助かったわ」
茗眉が風雅に解毒剤のお礼を言うと、彼は
「‥‥気にするな」
とだけ答えた。なかなか渋い人である。
●親父さんからの労(ねぎら)い
「今回はご苦労だった。あそこの猟師達の話じゃ、もう犬鬼を見かける事もないとの事だ」
冒険者ギルドの親父さんの話では、どうやら犬鬼達を無事追い出せたらしい。
(「風雅に解毒剤を返しても、もう一本ありますよね‥‥」)
「そういえば、犬鬼が持っていた解毒剤、余っているんですが、どうしましょうか?」
ディファレンスの問いに、冒険者ギルドの親父さんは、
「それは、君達のものだから、俺にはどうしようもない」
とだけ言った。
こうして、解毒剤は冒険者達へのちょっとしたお小遣いに代わったのである。
猟師達も、無事生活を取り戻せた。
『こぼるとはんたー』よ、お疲れ様。