●リプレイ本文
●人斬りの出る町にて
お日様が赤くなる頃。
冒険者達は、人斬りが出ると噂される町に到着していた。
人斬りは夜中に出るとの情報があるので、皆は腹ごしらえをしている。
空漸司影華(ea4183)は、ご飯を静かに口に運び、何やら神妙な面持ちをしていた。
(「人斬り‥‥許せないな‥‥。だけど‥‥相手は本物の人斬り‥‥技一つ覚えていない私で大丈夫かな‥‥」)
影華の家に伝わる我流剣術、空漸司流暗殺剣の名前とは裏腹に、彼女は人を殺めるという行為を嫌っている様だった。事情は詳細にはわからないが、そういった確執から家を飛び出しているらしい。
今だ空漸司流の技を使えるに至ってはいないものの、彼女に技術がないかといえば、そうではない。基本的な技術は、『有る』といって間違いはない。今後伸びる要素はありそうだ。
(「ふむ、なかなか美味い」)
その横に座っているのは、氷雨鳳(ea1057)。ご飯粒を口の端に付けながら、淑やかとは言い難い様子で、ご飯やら沢庵(たくわん)やらを食べている。
彼女は、人斬りについて考えていた。
(「‥‥憑きモノかもしれん」)
「人斬りは、霊体である可能性が高い。‥‥出来るなら、様子を見るべきだな」
冒険者の多くは、同じ様に人斬りが何かに憑かれているのだと思っていた。鷹見仁(ea0204)も同様である。
「この事件の真犯人は、通り魔か何かの霊ではないかと思う」
彼は、すでに食事を終え、筆で何かを描いていた。筆を走らせながら、独白の様に言葉も走らせる。
「そして、憑依された者が殺されると殺した者に新たに憑依する。‥‥そんなところか」
彼の絵を覗いてみると、意外なほど上手かった。女性の『艶』の様な部分も、うまく描いている。ジャパン一の絵描きを目指しているというが、それを冗談と笑う者は少ないだろう。
猛省鬼姫(ea1765)は、口をもぐもぐと動かしながら、
「幽霊なんて存在しねえ、ああいうのは、ただの魔物のはずだぜ」
と言う風な事を繰り返し言っていた。
なんとなく表情が優れないのは、彼女が幽霊やそういった類のものが苦手だからである。少しばかり粗暴に見える鬼姫も、やはり女性だったという事だろうか。
それに比べれば御月守優奈(ea1480)は、落ち着いていた。
(「‥‥うーん、幽霊も魔物も一緒といえば一緒の気も」)
僧侶である彼女にとって、幽霊やお化けという存在は不思議なものではないのだ。それ以上に、とてものんびり屋だから怖がっていないという面もあるのだが。
「あ、この味噌汁おいしいですね」
皆が人斬りの事をかんがえる中、かなりのマイペースである。
今も、ご飯をじっくりと味わって食べている。
そこにやって来たのは、ヴィヴィアン・アークエット(ea7742)。
彼女は、つい先程まで情報収集に出ていた。
周りに聞こえない様に、小さな声で喋り出す。何か収穫があった様だ。
「目撃者自体がほとんどいないから、人斬りの情報はろくに掴めなかったのですけど、やはり‥‥ただの人斬り騒動では無さそうですわ」
もったいぶった様子に、一同は耳を傾けた。
「二刀流の使い手の調査をしてみた結果、腕が立つかまではわからなかったのですが‥‥何人かの人物にしぼれました。おそらく‥‥その中に人斬りがいるはずですわ!」
証拠がない以上、踏み込むわけにもいかない。しかし、彼女のおかげで少なくとも警戒する事は出来る様になった。
また、彼女は更に別の調査もしていた。
「あと、‥‥死体の動きからしても、何かに憑かれているといった可能性は捨てきれませんでした」
興味本位で調べてきたヴィヴィアンであったが、重要な情報もあった。特に、二刀流の使い手に目をつけたのは、良い着眼点だったと思われる。
赤いお日様が消えると、冒険者達は箸を置き、飯屋を出る事にした。皆、表情は重々しく、人斬りの存在を意識している様子だった。
●囮(おとり)作戦
情報通り、夜中になると人気はなくなっていた。
誰もが怖がる夜道を歩く男。
鷹見である。
彼は囮役として、一人だけで夜道を歩いていた。聞いた通りなら、人斬りと出会える可能性が非常に高い手段である。
他の皆は、彼の後ろから付いてきている。
女たらしと評判の鷹見であるが、そういう役を女性に任せずに自ら進んで引き受けるといったところが男らしく、女性を虜にする原因なのかもしれない。
なんとなく、薄気味が悪かった。今夜は月も出ているし、完全に暗闇とは言い難い。しかし、見えるという事さえも、夜は恐れさせようとしているのかの様だった。
脇道に入った途端、彼の目にまるで酔い潰れた様に壁に寄りかかる男の姿が入った。
(「‥‥‥殺気!」)
猛省鬼姫(ea1765)は、見えないながらも、突然の殺気を感じた。
人間とは思えないほど冷たいそれに人斬りの存在を確信した彼女は、大声で鷹見に警告した。
「鷹見ッ! 気をつけろ!」
鬼姫がその言葉を言い終える前に、甲高い金属声が闇夜に響いていた。
男の二本の刀は、鷹見の腰を深く抉(えぐ)ったかの様に思えたが、鷹見も二本の得物でそれを抑え、後ろに飛んでいた。
そうする事が出来たのは、その男の風体がヴィヴィアンが調べた人物の一人に似ていたからだ。
月明かりを受け、その姿がはっきりと見える。見聞のため、町に立ち寄っている浪人だった。
(「出来る‥‥!」)
その鋭い一撃に、鷹見は背筋に何か冷たいものを感じた。口惜しいが、一対一では適いそうにない。
日本刀を右に小太刀を左に持ち、ゆっくりと後ろに下がる。
戦えば確かに適わないかもしれないが、堪える程度の事は出来るはず。
人斬りは、無感情に彼に斬りかかった。
目が虚ろで、定かではない。それなのに、その太刀筋は正確で、鷹見を焦らせた。彼が受けに徹していなかったら、今頃大怪我をしているところだ。彼は、両手の武器で懸命に相手の太刀を受け流した。
(「‥‥誰も死なせはしないわ!」)
影華が、愛用の日本刀『魔斬剣』を手に人斬りに斬りかかる(ただの日本刀だが、代々受け継がれてきたものらしく、彼女はそう呼んでいる)。
彼女は、忍び足で鷹見の後ろに付いていたので、すぐに彼の援護に出る事が出来た。
しかし、彼女の一撃は空を斬っていた。
影華と一緒に行動していた氷雨も、続け様に斬りかかる。彼女も、忍び足で鷹見をつける事が出来た。
「‥‥貴様、何者だ!」
影華の攻撃の際に隙が出来たのか、人斬りは彼女の一撃を避けきれず、赤い鮮血が人斬りの肩から流れた。しかし、人斬りがその事を気にしている様子は見られない。
(「なんだ‥‥この感じ‥‥」)
氷雨は、不思議に思った。目の前の男の技量なら、氷雨の太刀を受け止める事も出来たはず。なのに、そういった様子が微塵もない。
「気をつけろ! 普通に戦って勝ち目はない。囲んで倒すんだ!」
人斬りの攻撃を必死に受け止めている鷹見の言葉に、一同は従った。鷹見とて、なかなかの剣の使い手。その彼が、圧倒されている様子を見れば、一目で強敵だとわかる。
氷雨も違った意味で警戒を促がした。
「それに、やはり何者かに憑かれている様だ‥‥この男、私の一撃を受け止める事も出来たはずなのに」
鬼姫も、同じ様に違和感を感じていた。自分が横から迫ってきているというのに、この男はさほど注意している様子がない。
「俺をなめんじゃねえ!」
拳を脇腹に叩き込む。
やはり‥・・攻撃を受け止めはしなかった。
(「‥‥やる気あんのか?」)
とも思ったが、斬ると決めた一人に執拗に刀を振りかざす様子といい、そういうわけでもないらしい。
人斬りの二本の刃が、複雑な動きを見せて鷹見に襲い掛かる。
「くっ!」
その一本が鷹見の体を捉えた。腹に浅い傷が走る。内蔵までには達していないが、危ない一撃だ。
(「‥‥このままじゃ、持たないぞ‥‥」)
鷹見にも限界がある。
「さあて‥‥人斬りさんよぉ、お前の正体見せてもらうぜ!」
鬼姫は拳を繰り出し、それが避けられると、そのままの勢いで腹に蹴りを見舞った。
お化けは苦手だが、これだけ仲間がいれば怖くもない。
「人の命を奪う行為‥‥止めてもらうわ!」
影華は後ろに廻り、一撃、二撃と攻撃を加えていた。
人斬りは、さすがにその攻撃の全てを受けきれず、背中から血を流す。
ヴィヴィアンは、相手を眠らせる事が出来れば、動きが止まるはずだと考えていた。
「お眠りなさい‥‥スリープ!」
魔法が成功したのか、あっさりと倒れる人斬り。
「やりましたわ! ‥‥え?」
眠ったかに見えた人斬りは、またすぐに起き上がった。
やはり、何か別の意思が働いている様だ。
(「鷹見さん、少しだけ待っていてください」)
優奈は出来るだけ早く鷹見を治療してあげたい気持ちもあったが、今は人斬りを止めようと思った。
「悪行を許す事は出来ません‥‥ホーリー!」
ホーリーは、人斬りに大きな傷をあたえる事は出来なかったが、牽制にはなった。
冒険者達の攻撃によって動きの鈍くなっていた人斬りに、氷雨が斬りかかる。
「伊達に『はんたー』はこなしておらん! てぇーい!」
氷雨の一刀が斜めに人斬りの体を走り、返り血が彼女の体に降り注いだ。
そして‥‥人斬りは、倒れた。
●怨霊退治
「‥‥殺したの?」
影華は、氷雨に聞いてみた。
氷雨は首を横に振る。
「いや、殺してはいない。すぐに治療してやるべき状態ではあるが」
血まみれで倒れたままの人斬りの意識があるのかないのかは分からない。
しかし、まだ近付く事は出来なかった。なぜなら、憑いているものが出てくる可能性があったからだ。
「大丈夫ですか? 今、治療しますから‥‥」
「ああ、悪いな」
優奈は、リカバーで鷹見の体を治療してあげた。
こういう時に、回復役がいるのは、とても有り難い。
(「ただの魔物だ。‥‥幽霊なんていない!」)
少しおっかなびっくり構えている鬼姫であったが、準備は忘れていない。
オーラパワーで拳に気を纏った。これで、相手が幽霊であっても殴れるはず。
(「ん? あれは‥‥」)
「‥‥出てきた様ですわ!」
ヴィヴィアンの警告の声が響いた。
すっ、と人斬りの体から現れた青白く光るおどろおどろしい炎。それが、真の人斬りの姿だった。
怨霊と呼ばれている。
鬼姫は、びくっと体を振るわせた。やはり、お化けは苦手ではある。
「残念だったな。その展開は予約済みだ‥‥鬼姫、優奈、頼んだぞ!」
鷹見をはじめとする冒険者達は、前に出て盾役を引き受けた。
「‥‥えーい、もうどうとでもなれ!」
青白い炎に鉄拳を叩き込む鬼姫。
怨霊の体が大きく揺らぐ。どうやら、効いている様だ。
「とっとと成仏しやがれ!」
そう言って幽霊を殴りまくった。
どうやら、怨霊は人斬りほど避けるのが上手くない様だ。
「人を殺める行為を許すわけにはいきません‥‥ホーリー!」
優奈も魔法で怨霊を苦しめる。
怨霊は盾役の冒険者達よりも、鬼姫の動きに反応していた。オーラを纏った拳に、恐れを抱いている様でもある。
怯んでいる間に、怨霊は優奈のホーリーと鬼姫のオーラパワー付き鉄拳を受け続け、段々と動きが鈍くなった。
ホーリーの効果は思ったよりない様だが、鬼姫の攻撃は効いている様だった。
「いるべき世界に行きなさい!」
優奈のホーリーに続き、
「でやあっ!」
鬼姫の拳が青白い炎の真ん中を突きぬけると、怨霊はどこかえと消え失せた。‥‥おそらく、消滅したのだと思われる。
「それみたことか‥‥幽霊なんて大した事ないじゃんか」
言葉の割に、ほっとしている鬼姫だった。
氷雨は、横笛を吹きだした。
優しい音色の曲だ。
きっと、人斬り‥‥怨霊の犠牲になった人達への手向けなのだろう。
「も〜、せっかくの髪がめちゃくちゃですわ」
戦闘で乱れた自慢の髪をとかしていたヴィヴィアンも、その音色を聞くと、自分の横笛を取り出して、それに合わせた。
(「人斬り騒ぎはこれで終わったかもしれないけれど、死者は戻ってきませんよね‥‥」)
彼女達の協奏は短かったけれど、周囲の雰囲気を和ませた様だった。
「‥‥そんな事も出来るなんて、少し意外だわ」
演奏を終えた氷雨に、影華が声をかける。
「ああ、少しだけな‥‥それにしても、こうくると腐れ縁になりそうだな」
「そうね。‥‥ここまで来るとね」
確かに、一緒になる機会が多いのは『腐れ縁』かもしれない‥‥二人は顔を見合わせて笑った。もしくは、強い絆というものなのかもしれない。
「そこのあなた‥‥大丈夫ですか? しっかりしてください」
優奈が、倒れている人斬り‥‥ではなく浪人に駆け寄る。先程まで戦っていた人物とはいえ、操られていただけだし、彼女はとても心配をしていた。
浪人の意識はないが、まだ生きてはいる様子だ。
(「このままでは、いずれ死んでしもうかも」)
リカバーで治療を試みてみるが、あまり効果はなさそうである。
「これじゃ優奈の魔法でも治せそうにないな。俺が医者のところまで運ぶよ。どうせ、着物も汚れちまったことだしな」
見れば、着物に血がしみこんでいる。返り血もあるし、自分の血もついていた。
「俺も手伝うよ」
鬼姫も肩を貸してやる。
「残念だぜ。鷹見が憑かれたら、思いっきりぶん殴ってやるつもりだったのに」
そんな鬼姫の言葉に、
「‥‥そんな気がしていたよ」
と返す鷹見であった。
血まみれの浪人をかかえた鷹見と鬼姫は、医者の下へと急いだ。
はたして、間に合うだろうか。
●その結果 平和が戻る
人斬りがいなくなった町には、夜に出歩く者も増えはじめ、そういった商売にも活気が戻ってきていた。
鬼姫と鷹見によって医者の下へと運ばれた浪人は一命を取りとめ、現在取り調べを受けているが、間もなく開放される事になる。なぜなら、人斬り騒ぎが怨霊の仕業だという事が、冒険者達によって明らかにされているからだ。
彼は鷹見の事を覚えていた様で、取り調べの最中、
「あの御仁は、剣の腕はまだまだだが‥‥場を読む力がある」
と語っていたらしい。
おそらく、受けに徹した事を評価しているのだと思われる。
以後の調査によると、怨霊の正体はいまいちわからないが、昔、少し離れた町で人斬りと呼ばれた人物が処刑された記録が見つかったらしい。おそらく、それではないかとの事だ。
なにはともあれ、冒険者達の活躍により、人斬り騒動は終決をみた。
『おばけはんたー』よ、お疲れ様。