●リプレイ本文
●空き屋での暇潰し
囲炉裏(いろり)のある空き屋。
冒険者達は、囲炉裏の火で寒さをしのいでいた。
しかし、こうなると家から出たくなくなるものである。
ぬくぬくしながら、何かの『暇潰し』をしなければ。
秋月雨雀(ea2517)は、親父さんへの贈り物があった。
寒さに震える親父さんのために、褞袍(どてら)を買ってきてあげたのだ。
笑顔で褞袍を差し出す雨雀。
「お前‥‥そんなに俺の事を‥‥」
煎餅(せんべい)布団から這い出て、同じく笑顔で褞袍を着る親父さん。その様子を見た雨雀の目が、怪しい輝きを帯びた。
「‥‥御代、お願いしますよ?」
衝撃の一言に、全身を凍らせる親父さん。
「要らないんですか? でも‥‥冬が来たと同時に、冒険者ギルドの中で凍死なんて事になるかも‥‥」
言葉責めの結果、陥落する親父さん。
雨雀は、震える手で差し出された『なけなし』の金を頂戴した。‥‥酷すぎる。
夜神十夜(ea2160)は、春画(大人の人が見る画)を見ている。その様子が普通に見えるのは、彼の普段の行いのせいだろうか。
彼は先程まで調理場で『ぼたん鍋(猪肉の鍋)』を作っていた。後で、皆で食べる事になる。
親父さんは雨雀の仕打ちに生きる気力を失ったのか、煎餅布団をひいて寝ていた。
「親父さんも見てみるか?」
十夜は親父さんの顔の前に春画を揺らしてみたが、無反応だった。十夜は、友人である雨雀の『やんちゃ』が過ぎていると痛感する‥‥わけもなく、女性の『身体』を見る事に視神経の全てを使っていた。
(「一見して男の様にも思えたが、いやはや、よく見ると顔も胸もなかなか‥‥」)
十夜の視線の先で、氷雨鳳(ea1057)は囲炉裏の上に鍋を置き、お汁粉作りをしていた。
特に灰汁(あく)抜きには気を使っている様子で、普段の彼女とはまた違った一面を見せている。ただ、問題があった。
実は、砂糖がない。砂糖といえば、貴重品。お値段は‥‥まあ、お高いものだ。
アイリス・フリーワークス(ea0908)が、気前よく買ってきてくれるらしいのだが、本人の姿を見る事が出来ない。
「こんばんわ〜」
突然、戸をたたく音が聞こえた。開けてみると、
「‥‥お砂糖を買ってきたのです〜‥‥」
アイリスが身を震わせて立っていた。迷子になっていたらしく、半べそをかいている。
彼女は、今とにかく温まりたかった。
囲炉裏の暖かさに、今にも眠る寸前といった感じの橘真人(ea4556)の膝に飛び乗ると、
「あう〜。ぬくぬくです〜」
嬉しそうな表情を見せるアイリス。
疲れたのか、猫の様に丸まって寝息を立てはじめる。
猫だ。
半猫だ。
『半猫シフール』だ。
「‥‥お? なんだ、アイリスか。戻ってきたのか‥‥」
真人は膝の上に乗っかった可愛らしいシフールに視線を移し、目を開けたり、閉じたり。
まだ子供のアイリスの身体はぽかぽかしていて、真人の眠気を増していく。
(「暇潰しをするだけとは‥‥でも、たまにはいいか‥‥」)
夢の扉を開ける前にも悩む橘真人。彼は、何かと悩み癖のある男だ。
彼は、自分の膝の上で寝ているシフールをなんとなく愛娘と重ね、眠りに落ちていった。
二人がまぶたを落としかけている頃、アイリスが買ってきた砂糖は、お汁粉用の鍋に入れられていた。
後は、弱火で『ことこと』。
しばらくすれば、美味しいお汁粉の出来上がりだ。
お汁粉作りをしていた氷雨が鍋から離れると、
「氷雨さん」
空漸司影華(ea4183)が話しかけてきた。
二人は、たくさんの思い出を共有している親友同士だ。
「たまには、息抜きもいいわね。‥‥美味しそうな香りだわ」
影華の言葉に、微笑みを返す氷雨。
「お汁粉なぞ作るのは久しぶりでな。‥‥上手く出来ているとよいのだが」
お汁粉を作る事自体は、影華が提案したものだ。残念ながら影華は料理を得意としていないので、お汁粉用の餅を焼いている。
ぷくぅ〜。
ぽんっ。
「ほら、影華。‥‥その餅はもう焼けたんじゃないか?」
慌てて皿に餅を投げる影華。
(「‥‥あれ? 数が足りないかしら‥‥」)
餅の数を数えてみると、何個か足りない。
近所の猫が食べたに違いない。‥‥たぶん。
「あの‥‥お餅が足りない様でしたら、これを」
スッと差し出された数個の餅。
差し出したのは、優しげに微笑む麗人。
シィリス・アステア(ea5299)だ。
「皆様と一緒に食べようと思っていましたから」
彼は、育ちが良いのか、礼儀とはまた違った上品さがあった。
柔らかい雰囲気のする人、そういう感じの表現が適しているかもしれない。
影華の感謝の言葉にも、にっこりと微笑んで返す。
こうして、シィリスが持ってきてくれた餅と合わせて、人数ぶんの餅が揃った。
そして、ことこと。
まだまだ、ことこと。
蓋を開けて、お汁粉の出来上がり。
氷雨がよそって、影華が配る。
甘い香りに起こされたのか、真人が目を開けた。
アイリスも、揺り起こされる。
「焦げてなければいいけど」
と言って、真人が炭の中から取り出したのは栗だった。
砂糖をたくさん使った『豪華お汁粉』に、栗が入れば、もはや敵なしである。
皆は、絶品のお汁粉を美味しそうに味わった。
「美味しいね」
そう隣に話しかけたのは、野村小鳥(ea0547)。背の小さいけど、そこが可愛らしい女性。
「ああ、素材の味がよく出ている」
小鳥の隣に座っているのは、奉丈遮那(ea0758)。ちょっと冷たい感じの人だが、彼女の前では別だ。
親しそうにしているし、一見恋人同士にも見えるが、まだそういう仲ではないらしい。
お汁粉を食べ終わり、少しのんびりとしている時間。気の抜ける時間。
そんな時間の一言。
「小鳥。こっちに来ないか?」
見ると、遮那が膝をなんとなく座りやすそうにしている。
「‥‥あぅ」
人に聞かれているのが恥ずかしいやら、何やら。
顔を真っ赤にする小鳥。それでも彼の膝の上にちょこんと座ってしまうのは、寂しがり屋で甘えん坊の彼女にとって、自然な事なのかもしれない。
彼女のそんな態度が、彼に期待を持たせる。
(「‥‥小鳥」)
「‥‥あっ」
小鳥は、後ろからそっと小さい体を抱かれた。
‥‥しばらくの間、彼等はそうしていた。
さて。
遮那と小鳥が、二人っきりの世界にいる頃。
違った意味での男女のやり取りは、他の場所でも起こっている。
物部義護(ea1966)と浦部椿(ea2011)の二人である。
手ぶらで空き屋にやってきた女性が、椿。その荷物持ちを勤めていた男性が、義護だ。
実は、この二人は従兄妹同士である。両家の仲は良く、兄妹にも近い間柄との事。
「従兄殿、その汁粉をとってくれまいか」
椿が指差したのは、十夜が手をつけなかったお汁粉だった。十夜は、甘いものが嫌いなのだ。
十夜の姿が何時の間にか消えているが、きっと調理場の中で奮闘しているに違いない。
「待っていろ‥‥って、なんで俺に取らせるのだ?」
「私は食べるに忙しい」
海苔で巻いた餅と格闘中である。
義護は椿の願いを断れないらしく、荷物持ちやら雑用やら、何かと引き受けてしまっている。
「どれ、いい頃合か」
義護は饅頭をあぶり、それを口に入れようとしたが、従妹の視線に気付いた。
せっかくの焼き饅頭も、椿に半分あげてしまう優しい義護であった。
ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は、ある計画をもって、囲炉裏に来ていた。
酒だ。
親父さんに酒を飲ませるのだ。
からかうのだ。
「もっと楽しまなきゃ‥‥ほらっ!」
親父さんを布団から引っ張り出し、その横に座る。
というわけで、皆を混ぜて酒宴に。
「あら、おじ様。近くで見ると、良い男ね‥‥」
「‥‥むむむ」
色っぽい彼女に顔を近づけられると、なんとなく照れる親父さん。
「ほら、スルメなんかどうかしら? あたしが焼いたのよ」
お酌をして、離れようとする親父さんを離さないジルベルト。ある意味で、魔性の人である。
はぐはぐ。
ジルベルトが焼いたスルメを噛みながら、逃げ場所がないか探す親父さんであった。
酒が入れば、芸もする。
笛の音が、響きはじめた。
演奏をしているのは、アイリス、氷雨、シィリスの三人。特に、アイリスの吹く音色は素晴らしいもので、聞いてる皆から、たくさんの拍手が送られた。
「ありがとうございます〜」
にこにこ顔でそう言うと、また真人の膝の上に戻り、また猫の様に丸まる。真人は少し年長に見えるし、接しやすそうに見えているのかもしれない。
(「‥‥俺も何か人に見せられるものでも覚えたいが‥‥にしても、あったかい‥‥」)
うとうと。
真人は、なんとか目を開けている状態。
すぐに、二人して眠りこけた。
次に、義護と椿の二人が即興の舞いを見せる事に。
義護が手拍子を叩いてやる。
しかし、この二人、見よう見まねでやってみたらしく、椿が足をすべらせた。
ごてんっ。
「やはり、見よう見まねでは難しいのかもしれんな」
義護の言葉に対し、椿から帰ってきた答えは。
「従兄殿、すまぬが‥‥起こしてはくれぬか」
酔っているらしい。
酔っているといえば、氷雨も怪しい。
「もしや、水ではなく酒を飲んだか‥‥」
笛の音程をはずしていたし、足下がおぼつかず、一緒に笛を奏でたシィリスに支えられている。
「大丈夫ですか? あまりご無理をなさらないでください」
さて、はじめてのお酒を飲んだ影華はどうだったかというと、わりと平気そうである。
「影華、躍ります!」
と言って、剣舞を見せてくれた。
華麗に見える踊りの裏で空き屋の壁やら床やらを斬っていたのは、内緒だ。
ジルベルトは酒が入って、より積極的になっていた。
「‥‥あたし、寂しいの」
抱きつかれた親父さんは、耳もとに彼女の吐息を感じ、どきどきしている。
小鳥は当初持ってきた甘酒を飲んでいたのだが、ためしに酒を飲んでみた。
「ふにゃ〜♪」
その結果、しばらく暴れ猫状態になっていたが、遮那がどうにか押さえ、今は彼の膝の上で丸まって寝ている。
(「酒に弱いのに、無理するから」)
遮那は、彼女の頭を撫でて、彼女が皆に迷惑をかけない様に、ぎゅっと抱きしめた。
(「なるほど、‥‥技術の不足は、この鍋理論によって‥‥」)
『魔女の鍋と魔術の相互関係』なる謎の本を読んでいた雨雀の前に、お椀が置かれた。
出汁(だし)のきいた良い香り。
十夜が『ぼたん鍋』を入れたお椀を配っていた。中に、遮那が買ってきた茸も見える。
「熱いから、ゆっくりと味わって食えよ」
「ん、ありがと。とーや」
十夜がそれを置いた瞬間、薄っすらと笑みを浮かべていたのに、本を読む事に集中していた雨雀は気付けなかった。
ぱくっ。
「うっ!」
涙が溢れ出たのは、美味さに感動しての事ではない。
十夜が長時間かけて摩り下ろした大量の山葵(わさび)のせいだ。
前にも似た経験があるのに、不覚である。
ぱたっ。
悪党、ここに倒れる。
十夜が親父さんの仇を討ってくれたのかと思いきや‥‥その後ろで、
「ちょっと‥‥おじ様?」
「‥‥今日は、厄日だ」
親父さんがジルベルトに悩殺‥‥ではなく、山葵にやられている。
今や親父さんは、きっと人間不信だ。
後の皆は‥‥美味しい『ぼたん鍋』を食べた。
臭みもよく抜けた、美味しい鍋だった。
「囲炉裏で鍋っていうのも、なかなかいいよなぁ‥‥」
それを作った本人が一番楽しそうだ。
‥‥部屋の隅で、二人ほど生死の境にいるが。
さて、そろそろ帰る時間だ。
これからは、帰り道でのお話。
●甘え癖
椿は、屋敷に帰るつもりだった。義護も
「来い」
と言われ、付き合っている。
椿はまだ酔いが覚めないのか、義護の着物の袖を掴んで連れて行ってもらっている。
「酔ってなどおらんさ」
と強がる従妹に対し、
(「まったく、童の頃の淑やかさは何処にいったのやら」)
などと思いつつも、甘えを許してしまう義護であった。
椿の態度は、子供の頃からの甘え癖の延長なのかもしれない。
●酒気抜けぬ帰り道
影華の肩を借りながら、重い足取りで歩く氷雨。
どうやら、氷雨は酒に弱いらしい。
彼女が影華を家に招待したのだが、きちんと案内出来ているかは怪しい。
「ほら、しっかり」
影華の言葉を、質問と間違えたのか、
「さ、酒に弱いわけじゃないぞ‥‥?」
と返す氷雨。
(「久しぶりに、ゆっくり出来てよかったかな。‥‥それにしても、氷雨さん」)
親友の情けない姿を見て、なんとなく笑みがこぼれる影華だった。
●あたたかい背中
夜道。
月明かりが、二人を照らしている。
「小鳥、平気か?」
「‥‥うん」
遮那は、酔い潰れた小鳥を背負い、家まで送り届けていた。
(「この背中。囲炉裏よりも、あったかいな‥‥」)
小鳥は、はっきりとしない意識の中で、そんな事を思っていた。
●謎の店
慣れなのか、なんとか復活した雨雀は、魔女の鍋なんちゃらの本を買った謎の店に寄っている。
(「これは‥‥」)
と思い、手に取ったのは、『女装に使える魔術』。
彼は、怪しい本がお気に入り。
●お持ち帰り失敗
十夜は、帰り道で出会った女の人を口説いていた。
そして、失敗し、ばちーんっと平手をくらった。しかし、彼はなぜか悪い顔をしていない。
(「‥‥触れた」)
吹っ飛ばされる瞬間に、さりげに胸の辺りに手がいっていたらしい。
●夜空の色
シィリスは、川辺の原っぱの上に座り、夜空を見上げていた。
幾多の星を見ていると、落ち着いた気分になっている。
(「今日も、ほぼ平穏無事に‥‥」)
そこに、流れ星ひとつ。
彼は、心穏やかな日が続くのを願った。
●落ち着かない朝
次の日の朝。
「む」
むくりと起き上がった親父さんは、その言葉を何回も何回も続けていた。
山葵でやられてから寝ていた煎餅布団の中に、女の人のみならず、シフールまで入っている。
「あら、おはよう」
ジルベルトの爽やかな挨拶に無言の親父さん。
特に何かあったわけでもないはずだが、こういった事に、男は自分を信用していないものである。
結局朝まで寝ていた真人は、親父さんのために冒険者ギルドの隙間風を塞ごうと準備していた。
「親父さん、隙間風入るのって、どこ?」
その言葉が、親父さんへの救いの言葉となった。
真人を連れて、逃げる様に冒険者ギルドに走る。
「う〜ん、意外に照れ屋なのかしら。‥‥キミ、もう朝よ」
ジルベルトに起こされたアイリスは、まだ寝たりないのか、布団から顔だけ出して、
「お昼まで寝かせてください〜」
なんて言っていた。
‥‥なにはともあれ、皆でぬくんだ。
『ぬくみ会』、お疲れ様。