TRIBUTE(手向け)

■ショートシナリオ


担当:橘宗太郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月30日〜12月05日

リプレイ公開日:2004年12月08日

●オープニング

●老人の皮肉
 富ある者の家。
 その家の主人は、妻に病で先立たれ、唯一の子も早くに亡くしていた。
 家族と呼べる者は、もはや一人もいない。
「‥‥もちますか」
 ベットに横たわる老人の呟きに、医者は首を振った。
「良い状態とは、言えません」
 老人が驚く様子はなく、恐ろしいほどに冷徹だった。予期していた事なのだろう。
「皮肉ですな」
「と、申しますと」
「私は他人より富を得、誰よりも美しい妻と娘を持つに至ったのに、死の間際の幸福を感じられない。‥‥今の私は、貧民街に暮らす者達よりも劣っている様に思える」
「奥様とご息女が悲しまれます」
 老人は直接の返事を避け、違った話を振った。
「先生は、お暇が出来ますか」
「それが、忙しい身ですので」
「‥‥誰かに、墓参りをしてきてほしいのです。この手紙を、妻と娘に。‥‥この頃、随分と忘れるのが早いのです。死ぬ前に、覚えていなかったのでは仕方がありませんから」
 老人のその言葉に、医者は断る術を失った。
「わかりました。そういう事でしたら」
 手紙を受け取った医者に、‥‥老人は何も言わなかった。

●重い手紙
 その日から、医者は、その手紙を持て余す事になった。
 忙しい身と言ったのは本当で、仕事の量は増すばかりだった。
(「これでは、あの老人が死ぬ前に届けられないかもしれない」)
 医者は仕方なく代理を立てる事にした。
 それが、今回の依頼を受けた冒険者達である。
「どうか、大事に扱ってやってください」
 医者は冒険者達に手紙と墓までの地図を渡し、また仕事に戻っていった。
 小さな村の近くの小高い丘の上。老人の家から随分と遠い場所に、妻と子の亡骸は眠っている様だった。
 老人は妻を故郷に帰し、子も彼女の下に返したらしい。何よりも、二人の幸福を願っていたのだろう。
 ‥‥薄っぺらい手紙が、ひどく重い様に感じられた。

●今回の参加者

 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea5066 フェリーナ・フェタ(24歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ロシア王国)
 ea7504 ルーロ・ルロロ(63歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7579 アルクトゥルス・ハルベルト(27歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 ea7586 マギウス・ジル・マルシェ(63歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●草原の風は、丘を吹き抜ける
 なだらかな丘の上。
 そこからは、小さい村が見える。
 それ以外には、特に目立ったものはない。草原が辺りを覆い、枯れ木の上で痩せた小鳥が鳴いている。
 そこに、老人の妻と子の墓があった。墓石に、二人の名前が刻まれている。
 手紙をそこに置く‥‥ただ、それだけのため冒険者達はやって来た。
 ここまでやって来た彼等の胸中は、複雑である。手紙を置いてくるだけの事が、彼等には重い様に感じられた。
 冒険者達は、順に老人の妻と子の冥福を祈る事になった。
 サトリィン・オーナス(ea7814)は聖書を開き、祈りの言葉を唱えはじめた。
 祈りに集中するため、感情を置き、毅然とした態度で祈祷(きとう)をこなす彼女であったが、その間の一瞬だけ表情を暗くした。
(ロイヤル先生‥‥)
 その瞬間、彼女の脳裏に、目の前に眠る二人同様すでに天界へと旅立った恩師の姿が霞(かす)めていた。
 その恩師がどの様な人物だったのか、窺(うかが)い知る事は出来ない。わかるのは、彼女から尊敬されていたという事だけだ。
 ただ、ビザンツの生まれでありながら、国教の『黒』ではなく『白』のクレリックの道を選んだ彼女の半生そのものが、もしやしたらロイヤルなる人物の人格を表している様にも感じられた。
 根付いた場所によって、多様に変化するジーザス教ではあるが、その根本は変わらない。
 『黒』は、更なる高みを望む者に。
 『白』は、救いを求める者に。
 東西の交流点であり自由を愛するビザンツに生まれながら後者を選んだ彼女が、『ロイヤル先生』からビザンツに生きる他者とは違った何かを得たのは間違いない様に思えた。
 サトリィンに続いて、墓の前に立ったのはアルクトゥルス・ハルベルト(ea7579)。『黒』の神聖騎士である彼女は、老人の死を『試練』と見ていた。
(「長く生きられる分、多くの死を看取って来たが‥‥老人の様に死を素直に受け容れ様とする方は少ない。その試練の手助けを出来るのならば‥‥」)
 エルフである彼女は見かけより随分と長く生きている。死の間際にいる老人よりも、長く生きている。老人同様、いや、それ以上に多くの死を知っているのも頷(うなず)ける話であった。‥‥もっとも、この依頼を受けた冒険者達のほとんどは老人に近いかそれ以上の年齢の者達であったが。
 彼女は、手でそっと墓石をはらった。小さい音を立てて、墓石の上に付いていた砂が落ちていく。
 それ以上は何もしなかった。
 草に囲まれたこの場所を、それ以上綺麗にしても意味がない様に感じたからだ。
 彼女は、ここに来る途中で摘んできた花を墓石の前に置いた。そして、小声で聖句を唱える。
 『白』のジーザス教徒に気を使った、彼女なりの礼儀だった。
 七神斗織(ea3225)は、膝を草の上に置き、花を手向けると、墓石に手を合わせた。
 彼女は、墓に来る前、道中を騎乗して移動する事を提案していた。馬が足りないので、二人乗りになる者達もいたが、普通に来るよりは随分と早く来る事が出来たのも、彼女の案のおかげである。
「旦那様の事を、お父様の事を待っていてあげて下さい」
(「人の死は悲しいけれど、愛する者を得られぬまま逝くよりは幸福かも‥‥」)
 斗織が目を瞑ると、一面の闇に、酒場でよく顔を合わせる男性の姿が描かれた。
 その姿を見ると、自分でも、よく分からぬ思いが込み上げてくる。
 それが何なのか、彼女にはまだ掴めてはいなかった。
 妻と子の亡骸を遠くに埋めた老人を、
(「勘違いか、すれ違いがあったのかも」)
 と思っていたのは、フェリーナ・フェタ(ea5066)だ。
(「奥さんと娘さんの幸せを願っていたのなら、何より、お爺さん自身が二人の傍にいてあげるべきじゃなかったのかな‥‥」)
 フェリーナは死を前にした老人に対して、さほど感傷的になっているわけではなく、遠くに二人の亡骸を埋めたのを不思議に思っている様だった。両親に大事にされて育った彼女は、家族とは一緒にいるもの、という意識が強いのかもしれない。
 彼女は、墓の上に十字架のネックレスをかけ、手を合わせた。小さな十字架が風に揺られ、金属音が、まるで囁くかの様に鳴っていた。
「お爺さんは、もうすぐ天に昇ります。ご主人とお父さんを、優しく、温かく迎えてあげてください」
 自分なら近くにいたい、温かい家庭を夢見る彼女には、老人とその家族が辿ってきた道のりが、さほど平坦ではない様に感じられてならなかった。
 この場に置いてもニコニコと笑顔を見せながら墓参りしているのは、マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)である。
 マギウスの場合、癖に近いものだから、特に含みがあるわけでもないが。
 ハンカチを取り出しかと思うと、
「あのね。ここ、見ててね」
 指とハンカチが触れたところから花が飛び出す。
 なかなかの手並みであった。
 死者をも楽しませようというところに、彼の職業が見える。
 彼は、
(「不幸と思えば不幸、幸福だと思うなら幸福」)
 だと考えていた。
 マギウスは、見掛けほど単純ではない。途方もなく長い人生を生きているぶん、物事を見知っている様だった。
(「二人の笑顔を眺めていた時、老人は幸せだった筈なのね」)
 花をそえながら、マギウスはそんな事を思った。老人の思いが、少し寂しかった。
 セフィナ・プランティエ(ea8539)も、その上に花を重ねる。
 今まで手向けられてきた花が風に吹かれ、済まなそうに場所を空けていた。
 彼女は掃除をしようと思っていたが、どうやらその必要はなさそうだった。墓石に出来た苔(こけ)も、何か必要なものの様に見える場所だったからだ。
「あの方がそちらへ行かれましたら、どうぞ受け入れてあげて下さいましね」
 彼女が、聖句を唱える。その中の
「愛は、全てを完成させる絆です」
 という言葉が、いずれ天で再び会うであろう者達には、相応しい様に感じた。
 死者への挨拶を済ませ終わると、冒険者達は手紙を花の下に置いた。
 随分と人に構うのが好きな風が花を押しのけ、手紙を天へと攫っていく。
 見上げる冒険者達の目に、途切れ途切れの文が映った。
『忘れない』
 その手紙は、そう言っている様に見えた。

●老いた泥棒の優しさ
 ルーロ・ルロロ(ea7504)は、死の間際にある老人の胸中を良く思ってはいない。依頼人である医者から伝え聞いた
「貧民街に暮らす者達よりも劣る」
 という言葉が、何よりも気にいらない。
 だが、かといって彼は病人をなじるほど酷い男ではなく、むしろ優しい男だった。
 彼は、丘から小さな村に降りて、老人の妻の親戚を探した。気にいらない相手にも気を使ってやるところに、百年とその半分を生き抜いた彼の底の深さというものが感じられる。
 さほど時間をかける事もなく、その人物は見つかった。
「‥‥あの御仁は、もう長くはないのじゃ」
 老人の妻の妹だと名乗る女性に出会ったルーロが、その女性に老人の様子を話すと、
「そういう事ならば」
 と言って、これ以後の墓の管理を引き受けてくれる事になった。
 丘の上の一行と合流したルーロは、愛驢馬ゲルゲに飛び乗った。彼の本職は泥棒らしい、仕事上の名前はドルゲ。似た名前をペットに付けるところが、彼の愛嬌か。
 皆も馬上の人になる。
 急げば、老人が死ぬ前に会えるかもしれない。

●将来の話
 墓からの帰り道。
 手紙を老人の妻と子の墓に置いてきた冒険者達は、時折ペットを休めながら、パリにある老人の家に急いでいた。二人乗りをしているペットは疲労が速く、思ったより進めてはいない。
 ただ、普通に歩くよりはよほどマシではある。
 ペットを休めている時間、する事もないので彼等は語り始めた。
 ふとした会話の中で、将来の話題が出る。
 はじめに、サトリィンが語る。彼女は、『ロイヤル先生』の様な、良きクレリックになりたいと話した。
「‥‥先生みたいに尊敬される様な人になれなくてもいい。ただ、私の教える事で、何か少しでも誰かに感じて貰えれば、それで幸せよ」
 真剣な様子で、彼女はその言葉を言い終えた。
 彼女の表情は誇らしげでもあり、寂しげでもあった。‥‥恩師の事を思い出しているのだろう。
「皆さんにも、何か夢と呼べるものがある?」
 その言葉を聞いたマギウスは、やはりニコニコとしたまま夢を語った。
「私の人生は、他の方の人生にクレソンみたいに彩りを添える事なのね」
 クレソンとは、ハーブの一種である。肉に添えられる事がある。
「それが数多く出来れば出来るほど、満足なのね」
 彼は、『続ける』という終わる事のない夢を持っている様だった。
 斗織は、二つの夢を語った。一つめは堂々と、二つめは少し小さい声で。
「パラディンになりたいのです」
 しばし間が空く。
「でも、それと同じぐらい‥‥心から愛する人と共に人生を歩みたいと思っています」
 政略結婚を嫌い、家から出た彼女にとって当然の思いがそこにあった。
 その言葉を聞いて、深く頷いたのはフェリーナである。
「そうだね。私も、心の強い人と結ばれて、可愛い子供を授かって‥‥」
 斗織も、
「はい」
 と言葉を入れる。
「家族、友達、皆が笑顔で暮らせる事が一番」
 そういうフェリーナの顔も、笑顔であった。いたって普通ではあるが、それが確かに一番なのかもしれない。
 しかし、意外に
(「何時か王子様が‥‥♪」)
 などという展開もかんがえているフェリーナであった。
 アルクトゥルスは、前の人達とは少し変わった考えの様である。
「神に恥じぬ生き方を」
 神に仕える者として、その生き方を真っ当するつもりらしい。
 しかし、その想いの裏に。
(「命を賭け得るのが何にしても、それに恥じぬ生き方をして、趣味の収集に品に囲まれて死にたいものだ」)
 などという事も思っていた。どうやら、彼女は趣味で集めた刀剣類が何より大事らしい。
 ある意味で、かなり珍しい女性である。
 珍しいといえば、また違った意味で、セフィナもそうだ。
 アルクトゥルス同様、
「神に仕える者として、恥ずべきことの無いように過ごせたら」
 とは語ったが、途中で自信がなくなったのか、
「過ごさねば」
 と言い換えた。普段、寝坊でもしているのだろうか。
「まだ本当に未熟なのですが」
 と顔を赤くして言う彼女が、更に
「それと、猫さん‥‥な、な、何でもありませんっ!」
 などと、猫好きのセフィナがよく意味のわからない事を言い出した瞬間、ルーロが反応した。
「‥‥猫は、可愛いのう」
 そして、
「はいっ!」
 まるで同士を発見したかの様に喜ぶセフィナ。
 それから猫談義へとなるわけだが‥‥話題をそろしたルーロが、将来に関して何も言わなかったのは、年甲斐もなく、と思ったからではない。
 彼が目指すものが、
(「この歳まで死に損なってきたのじゃ、後はもう‥‥『世紀の大泥棒ドルゲ』を目指すのみじゃ!」)
 という公言出来ないものだったからである。
 雑談を終えた一行は、ペット達が元気になったのを見て、また馬上の人となった。
 はたして、間に合うのか。

●老人の最後
 老人の家。
 冒険者達は、その家の前に来ていた。
 家の中に駆け込んでいく。‥‥扉は開いていた。
 二階の日のよくあたる部屋が、老人のいる部屋だ。
 部屋に入ると、
「あまり騒がしいのは困りますよ」
 医者が、袖で汗を拭きながら老人の様子を見ていた。
 老人は息を荒くしながら、何も言わない。
「貴方のお心は、確かにご家族の元へお届けしました」
 斗織の言葉に、老人は微かに唇を動かした。お礼を言っているのだろうか。
 セフィナは老人の手を取り、
「もう何も心配する事はありませんよ」
 と言ってあげた。
(「お爺さんに、十字架を‥‥」)
 フェリーナはもう片方の手に、十字架のネックレスを持たせてあげた。
 ルーロも、
「丘の上から見える光景は、穏やかで、綺麗じゃった」
 との言葉をかける。彼は老人を哀れと思っていたが、口には出さない。
 老人は冒険者達の話を聞きながら時折笑みを見せた。手紙がきちんと届けられた事、そして、自分がまだその事を忘れていない事に満足している様子であった。
 マギウスは、気になる事があった。
 彼は、老人の人生には幸福も存在し、それが永続的に続かなかったから、不幸だと感じていると思っている。
 その事について、聞いてみた。
「あなたは、やはりそれを不幸だと思うのね?」
 老人は、静かに頷いた。否定はしない、そういう意味だ。
 目が、どこか遠くに向いている。もう見えないのかもしれない。
 彼の唇が、静かに動く。
「天に昇る資格があるかな」
 唇の動きだけの、誰にも聞こえない言葉を吐いて、老人は目を閉じた。
 彼は、もはや動かなくなっていた。
 老人は、富の築くためにしてきた事が、他人を苦しめているのを気にしていた。商売とは、時に他人の領分を奪い、その利権を勝ち取るものである。
 誰を幸せにする必要もなくなった老人は、死期を悟るまでそれを続けてきた。
 寂しさを紛らわすための手段だったかもしれないが、いざ死を前にすると、ひどく気になっていた様だ。
「何時の日か幸せな人生と呼べるものが訪れます様に‥‥」
「‥‥彼の御霊に父の導きがあらんことを」
 サトリィンと アルクトゥルスの呟きが、部屋の中で小さく響き合った。
 医者が、何時もの事なのに、‥‥やけに寂しそうに死者の目を閉じる。
 小さな十字架が、老人の手を静かに降りていった。

●その後
 後日。
 ルーロが手をまわしておいたおかげで、すぐに老人の亡骸を丘の上に運ぶ事が出来た。
 今は、家族三人、仲良く墓の下に眠っているらしい。
 ‥‥風が、今日も草原を吹き抜けていた。