●リプレイ本文
雷電ウナギがいるらしい池へ出発する前に、冒険者達は、冒険者ギルドの親父さんにある頼み事をしにいっていた。
「実は、小船を手配してほしいのですよ」
黒部幽寡(ea6359)は、お客も来ないので暇そうにしている親父さんに向かって、そう切り出した。なぜか彼は言い終わった後にクックックと喉の奥を鳴らした。親父さんは、しかめっ面を作って彼の様子を気味悪がる。雰囲気からして、ダークヒーローというよりはダークそのものだ。
「池に皆に飛び込むとなると、まとめて土左衛門になってしまうかもしれませんし、お願いします」
サン・ウイング(ea6925)も、その事についてお願いをした。
親父さんは、しばらく口を開けて黙っていた。
(「そう来るか」)
といった感じだったのかもしれない。、
「船を借りてほしいだあ? ‥‥うーん、確かに小船ぐらいなら金がかかるわけでもないし、しょーがねえなあ。雷電うなぎを捕まえられなかったら、借りた代金は君が持つんだぞ。一緒に行って、漁師から小船を借りてあげるから、そこで待っていなさい」
親父さんは、小船の借りてくれる様に言い出した幽寡の指差すと頭をポリポリと掻きながら出かける準備をはじめた。とはいっても、書類に埋もれていた巾着袋を探し出し、乱暴に懐に入れただけだ。
よく見ると、あんまりにも貧乏くさい服装をしていたので、怖いもの知らずの猛省鬼姫(ea1765)は率直に感想を述べた。
「親父さん、その服、ださすぎじゃねーの?」
親父さんはムッとした様子で、言い返した。
「何を言っているんだ。俺は帰り道で一人ぼっちになるんだぞ。貧乏人に見えないと山賊に襲われるかもしれん。まったくこれだから‥‥、うわ、待ったッ!」
大真面目に長い言葉を吐いていた親父さんの口は、鬼姫の鉄拳に止められていた。
「あ‥‥わりい」
冒険者達は、親父さんと一緒に雷電ウナギがいるらしい池に来ていた。
大きくて、とても澄んだ水質の池だった。
「‥‥あの三隻を使ってくれ」
親父さんは漁師達との交渉を終え、近くに置いてある三隻の小船を指差した。
親父さんは、なんだか何時もより無口になっていた。右のほっぺが赤くなっている。
「‥‥じゃあ、俺は忙しいから」
親父さんは、いじけた様子で帰って行った。
親父さんを笑いながら見送った冒険者達は、雷電ウナギを捕まえるために『追い込み漁』をする準備をしていた。
「網は、うちが用意しただべ」
郷地馬子(ea6357)は、漁師セットの中から網を取り出した。これを二隻でひいて雷電ウナギを浅瀬に追い込むのだ。
(「おいおい、大丈夫なのかよ?」)
鬼姫は彼女とペアで小船(一)に乗り込む事になる。ただ、馬子は巨人族なので、人間用の小船に乗れるか心配であった。
「よし、それじゃあ練習してみるべえ」
鬼姫と馬子は、小船(一)にそっと飛び乗った。彼等の小船を中心に大きい波紋が作られる。乗ってみると意外に上手くバランスをとっていた。
馬子は、小船(一)を漕ぎはじめた。意外にスムーズに動いている。彼女には、少しだけ漁の心得がある様だ。
「どこのお金持ちかは知りませんが、雷電ウナギが食べてみたいとは変わった趣味ですね」
などと言った事を呟いていたのは、サンだ。彼女は、この依頼そのものよりも依頼人に興味がある様だ。
彼女は幽寡と一緒に小船(二)に乗り込む事になった。漕ぐのは幽寡だ。彼もそれなりに小船を動かす事が出来た。
小船(三)に乗るのは、伊東登志樹(ea4301)と水無月怜奈(ea6846)だ。
「うちは船を漕いだ事なんかないさかい、あんた、よろしく頼むわ」
怜奈はお江戸ではあまり聞かない喋りの持ち主だ。西の生まれだろうか。
「任せとけ。こんなもの、何とかなるもんさ」
ギィ、ギィと音を立てて小船(三)も動きはじめた。どうやら先の二人同様、登志樹も動かすぐらいは出来る様だ。
小船に乗り込まなかった二人、ユウナ・レフォード(ea6796)と海上飛沫(ea6356)は浅瀬に追い込まれた雷電ウナギを捕まえる役目をあるので、岸に座っていた。
「皆で魚獲りなんて、なんだかワクワクします」
ユウナは、この『魚獲り』をとても楽しみにしていた。もしかしたら、『箱入り娘』の彼女は『魚獲り』をした事がないのかもしれない。
ユウナの言葉に対し、飛沫は
「誰か土左衛門になってしまわないかと心配ですけど」
と言った。二人は、顔を見合わせてクスリと笑った。
確かに心配ではある。何とか漕ぎ始めた三隻であったが、どれも進むにつれて動作がぎこちなくなってきていた。
「そろそろ網を渡しておくだ」
しばらく進むと、馬子に促された鬼姫は小船(三)に網の片方を放った。
小船(三)にいたと怜奈は、小船をグラグラとさせながらも何とかそれを受け取った。
「あぶないやんなあ」
怜奈の言葉に、登志樹は
「まったくだ」
と同意した。しかし、揺れたのは、まだまだ漁師としての経験が足りないからであった。
幽寡は、ある程度池の中心に近づくと、デティクトライフフォースを使ってウナギを探しはじめた。しかし、捜索をはじめてからしばらくすると、彼の顔は段々と険しいものなっていった。クックックも出てこない。
「魚がいっぱいい過ぎて、よくわからないですね」
どうやら雷電ウナギが餌に困っていないだけあって、魚達にとって天国にも近い場所の様だ。魔法で探すのは困難に思えた。
その言葉を聞いたサンも、船の上から池の中を覗いていた。彼女は、先程からずっとある一点の見ている。
サンは、やけにあっさりとした調子で、こう言った。
「ウナギらしき魚影が見えますよ」
彼女は、同程度の位置にいる冒険者の中では極端に目が良い。澄んだ水が彼女に味方していた。
「二匹一緒に仲良く泳いでいます。その内、岸の方に動いてくれるかもしれません」
彼女は船から身を乗り出し、ウナギの姿を見逃さない様に目を凝らした。おそらく、それが雷電ウナギのはずだ。
サンはしばらく水面と睨み合っていたが、突然
「今です!」
と声をあげた。二匹のウナギが岸に近づくのが見えたからだ。
幽寡は六尺棒に袈裟を巻いて、大きく振った。
『追い込み漁』開始の合図だ。
合図を確認した小船(一)と小船(三)は行動をはじめていた。
「伊東はん、この短槍と縄を貸してもらうで」
「ああ、うまくやってくれよ」
怜奈は登志樹から短槍と縄を借り受けると、短槍を縄に巻きつけはじめた。
(「意外に進まないものだな」)
登志樹は小船を岸側に漕ぐのに手一杯だ。彼の筋肉は、激しく隆起していた。まだ漕ぐのに慣れていないためか、思ったより大変そうである。
(「うちは維新組、土の志士だべ! こんなところで根をあげるわけにはいかないだ!」)
彼より大きい肉体を持っている馬子も、同じ様に筋肉を震わせていた。それでも一生懸命に漕いでいる。
ウナギの退路を完全に塞いでるわけではなかったが、登志樹と馬子の頑張りもあって、ウナギ達は何とか岸側には行ってくれそうだ。
しかし、突然ウナギ達が止まり出した。後ろから迫る振動を不審に思ったのだろうか。
「えいッ!」
怜奈は短槍を止まったウナギ(一)に投げつけたが、とんでもない方向に飛んで行ってしまった。
怜奈がポカーンと短槍の落ちる先を見つめていると、突然、ウナギ(一)目掛けて光の線が走った。幽寡が漕ぐ小船(二)に乗ったサンが、サンレーザーを使ったのだ。彼女が使うと、まさに『専用』という感じがする。
サンレーザーの熱でジュワッと水面から水蒸気があがった。
「当たりましたかね?」
幽寡の質問に、サンはコクリとうなずいた。
「見間違いはしていないはずです」
皆からはよくは確認出来なかったが、彼女の目は当たった対象がウナギ(一)だとハッキリ捉えていた。ウナギ(一)が焦げたのは確かだろうが、まだまだ食べれるはずである。
その証拠に、ウナギ(一)はまた岸側に進みはじめた。そして、プカーと浮かんでくるものがあった。近くにいた小魚達だ。どうやら、雷電ウナギで間違いはない様である。
(「ちくしょー、届かないじゃんか」)
鬼姫は、短槍で雷電ウナギ(二)を攻撃したかったが、まだ浅瀬に追い込めていないので攻撃出来なかった。
雷電ウナギ(二)は船(一)の横を抜け、また池の奥深くに戻って行ってしまった。雷電ウナギ(二)は攻撃というよりも、迫る網にビックリしてしまった様である。
残るは後一匹。捕らえられるだろうか。
締めは、ここまでまったくといってよいほど出番のない二人だ。
雷電ウナギは三隻の小船に追いやられ、浅瀬に近づいてきていた。
(「来た!」)
ユウナは、近づいてきた雷電ウナギ(一)が射程内に入る前から詠唱を開始していた。そのため、射程に入った瞬間にコアギュレイトを発動出来た。
ユウナの体が、白く淡い光に包まれる。
その途端、雷電ウナギ(一)の動きが止まった。外見上の変化はないが、どうやらコアギュレイトは成功している様だ。
「飛沫さん、今ですよ!」
ユウナは思わず叫んだ。
ここがチャンスだ。
ボーッと待っているだけだった二人が活躍出来るのは今しかない。
(「維新組の一員として、水の志士として、ここで劣れをとるわけにはいきません」)
飛沫が長い囁きを言い終えた後、水飛沫があがった。
氷の固まりが水面の下から浮き上がって来たのだ。それは氷漬けにされた雷電ウナギだった。
彼女が唱えたのは、アイスコフィンだったらしい。
小さい波が波紋となって、池にひろがって行く。
「うわッ!」
突然起こった波に、三隻の小船はグラグラと揺れた。
その様子に気付く事なく、岸にいる二人は喜びを分かち合った。
「やりましたね。待ちに待った甲斐がありました」
ユウナの言葉に、飛沫もうなずく。
「はい。自分も維新組の看板に泥を塗らないですみました」
どうやら、彼女達は待っている時間に色んな話をしていた様で、随分と仲良くなっていた。
「うーん、こんな奴を捕まえるために苦労をしていたんだべか」
馬子は、小船から身を乗り出し、氷漬けの雷電ウナギを拾い上げた。外見は、大きめのウナギといったところだろうか。
サンのサンレーザーで焦げた後があるが、まあ大した問題でもないはずだ。それにまだ生きているし、『新鮮』だ。成果としては、良い部類に入ると思われる。
三隻の小船を岸に付け、『追い込み漁』をしていた冒険者達は、やっと大地に足をつけた。
「やれやれ。やっと終わったか」
登志樹は、大の字になって寝転んだ。漕ぎ疲れて手が動かない。
「おつかれさん」
怜奈は、一緒の小船に乗っていた登志樹の体をポンと軽く叩き、苦労をねぎらった。
「皆さんお疲れみたいですし、自分が雷電ウナギを入れておくものを借りに行ってきますね」
「あ、私も行きますよ。何時までも氷漬けになっているわけでもないみたいですし、急ぎましょう」
岸で待っていた二人は、雷電ウナギを入れるものを近所の人に借りに出かけ、小船に乗っていた冒険者達は疲れていたので、しばらく休む事にした。
湿っぽいそよ風が、なぜだか心地よい。
今度は、水遊びをしに来るのも良いかもしれない。
雷電ウナギを捕まえた後、冒険者達は親父さんへ報告をしに行った。
「割と簡単に終わっちゃったか。君達に修行の場をあたえるためにも難しい依頼を選んだつもりなんだが。まさか水に入らないなんてなあ‥‥」
何か残念そうでもある。きっと『土左衛門』に期待していたに違いない。
「まあ、まさか生け捕りにしてくるとは思わなかったみたいで、依頼人も喜んでいたよ」
「そのお金持ちというのは、どんな人なんですか?」
サンは、最後まで持ち続けていた疑問を口に出してみた。
「あー、なんといえばいいかなあ。紳士だなあ。紳士。えげれす紳士とやらだ。その人は、日本の珍味に食べるのが何よりの楽しみなんだ」
親父さんは、コホンと咳をしてから、
「‥‥今回は、君達の作戦勝ちだ。無事に終われて何よりだった。‥‥本当にね」
と言った後で、仕事場に戻って行った。少しは、心配していたのかもしれない。
「あの人、意外と良いとこあるじゃん」
鬼姫の言葉に、皆は軽く噴出した。なんでか皆の笑い声に「クックック」との怪しい笑い声が混じっていたが、それはご愛嬌だ。
とにかく無事に依頼は達成され、雷電ウナギは『えげれす紳士』とやらの腹の中に送り込まれたのである。