●リプレイ本文
手紙を受け取ったゼフィルは、無言で手紙を開いて目を通した。
キースの弟、ゼフィルに手紙を渡したアレクシアス・フェザント(ea1565)は、彼が手紙を読み終わるのをじっと待っていた。ゼフィルはどうやら話は聞いていたらしく、決闘の申し入れをアレクシアスがはなしても、驚く様子は無い。
「向こうには、藍星花(ea4071)が代理人として立つ。貴族の決闘には代理人が立つものだが、あんたも代理人をたてるか?」
「そうだな。兄がそうするなら、俺もそうしよう」
ちらりとゼフィルはアレクシアスの背後に目を向けた。
アレクは二人連れて来ており、一人は赤髪の女性で、腰から剣を下げている。もう一人は長身で黒髪の中性的な顔立ちの青年だった。どちらも、二十歳になるかならないか位の年齢であろう。
「君が代理に立ってくれるのか?」
「いや、俺は立会人だ。‥‥代理はキラが引き受ける」
すう、と赤髪の少女が前に進み出た。
「あなたが、剣で決着を付ける方法を選ぶというならば、わたくしがお手伝いいたします」
「勝ってもらわねば、意味は無いぞ?」
ゼフィルが、赤髪の少女キラ・ジェネシコフ(ea4100)に厳しい表情を向けた。すると、もう一人の長身の青年ローウェイン・アシュレー(ea0458)が、キラより先にゼフィルにこたえた。
「どうしても勝ちたいのであれば、あなた自身が剣をお取りになっても良かったのでは? それ程に剣をつかうのであれば、勝つ事も難しくは無かったと思いますが」
「それでは‥‥」
と何か言いかけ、ゼフィルは口を閉ざした。ゼフィルの言葉を読んだように、アレクシアスが続ける。
「それではあまりに、惨い継承権争いだ。当人同士が剣を取れば、どういう結果が出ても後味が悪くなる」
キラは、ゼフィルをしっかりと見返した。
「わたくしが戦おうとあなたが戦おうと、同じ事。結局どちらかが傷ついてしまうわ。‥‥ご両親が大切にしてきた領地を、こんな形で兄弟が奪い合うつもりですの?」
「決闘は正式な方法だ!」
苛ついた様子で、ゼフィルは言い放ち、それきりむっつりと黙り込んだ。
アレクシアスは小さく息を吐くと、キラとローウェインを振り返り、部屋を出るように促した。
「貴族が自ら剣を握る事は、そうそうあるもんじゃない。勉学や剣の修行に励むあの弟、そうとう領地の継承に熱意を込めているんだろう」
部屋を出たアレクシアスが、ドアを振り返りながら言った。アレクシアスに、ローウェインがこたえる。
「彼らの祖先は、ずっとこの地を治めてきた地方貴族の家系でした。見ての通り特産物といえるものもなく、大きな街道からは遠い辺境の地ですが、それ故領主と領民の間の垣根は低いようです」
廊下からは、領地が一望出来る。
アレクシアスは、屋敷の門の前に立つエルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)とウォルター・ヘイワード(ea3260)に、シュヴァーン・ツァーン(ea5506)、が駆け寄るのを見つけて口を開いた。
「どうするつもりだ、キラ。藍は、本気でお前に斬り掛かって来る」
キラは眉をつ、と寄せた。
「‥‥わたくしは彼女とは違うわ」
そう言うと、キラは歩き出した。
きびきびとした足取りで歩くエルフェニアのやや後ろを、ウォルターがゆっくりと続く。門の前に立ち止まり、二人を待つシュヴァーンの前に、先にエルフェニアが到着して足を止めた。
柔らかい笑みを浮かべるシュヴァーンに、エルフェニアはやや堅い表情のまま、口を開いた。
「どうですか、双方の様子は」
「キース様の側にはユーディクス様と藍様、ゼフィル様の側にはアレクシアス様にローウェイン様、キラ様が付き添っておいでです。代理人は藍様とキラ様が申し出ておいでです」
シュヴァーンが答えると、ウォルターが苦笑した。
「キラは最初から戦う気が無いようですが‥‥」
「このような戦いの結果など、領民には塵一つの意味も持ちません。悲しんでいるのは、領民の方なのですから」
エルフェニアが厳しい口調で言った。
エルフェニアとウォルターの聞き込みによると、領民はやはり今回の決闘を快く思っていなかった。小さな領地内の出来事、すぐに領民全員に広まってしまう。
「しかし、兄の方も弟の方も、あまり悪くは思われていませんよ。双方どちらにも良いところがあり、悪いところがある。それを補って二人で治めてくれればいいのに、というのが領民の意見ですね」
ウォルターが言った。彼はまた、問題の原因と思われる母親の死についても聞いてきていた。
「何か、特別な事情があったのでしょうか?」
「‥‥いいえ、私は最初から何らかの陰謀や確執の結果であった、とは思ってはいませんでした。確認したかっただけですよ」
ふ、とウォルターは笑うと、屋敷を見上げた。
「深い悲しみを、受け入れる事が出来ない‥‥彼らは、それを憎しみに転化させる事で紛らわせようとしているだけなのです」
「愚かな。‥‥死にゆく事を、何かの所為にしようなどとは」
小さな声で、エルフェニアはつぶやいた。
決闘は、屋敷の中庭で執り行われる事となった。
領民は見物する事は出来ないが、屋敷に身を置く使用人たちはその様子を遠目から見守っていた。
ロングソードの手入れをしている藍の様子を、ユーディクス・ディエクエス(ea4822)は複雑な思いで見つめている。女性の代理人同士の決闘は珍しく、また人目を集めている要因にもなっている。
ちら、と藍は顔をあげるとユーディを見た。
「私、演技って苦手なのよね。‥‥本気で戦ってもいいかしら」
「藍‥‥本気で殺せとは言っていない。それだけは気をつけろ」
ふ、と藍は唇の端をつり上げて笑う。ちらりとユーディの後ろに視線をやると、ユーディも振り返った。キースが、決闘を見届けるために藍の元へと歩いてくるのが見える。
「キースさん」
ユーディは、キースの前に立った。ちら、と彼の視線を追っていくと、庭の向こうに居る弟が視界にあった。
「俺達は、あくまでも決闘の代理人と立会人でしか無い。わかっていると思うが」
「ああ‥‥勝った方が領主となる‥‥そういう約束だからな」
ユーディは深くため息をつくと、視線を落とした。
「‥‥俺にも兄が居る。口は悪いけど‥‥本当は優しい人なんだ」
「そうか‥‥」
「でも、俺は兄に避けられている。‥‥嫌われているんだ」
視線をあげると、ユーディは自嘲気味に微笑した。
「俺は‥‥兄の気持ちが分からない」
キースは少しの間考えていたが、やがて口を開いてユーディに答えた。
「兄弟だからといって、手放しで仲が良くなれるわけじゃない。‥‥結局、何を考えているのか‥‥直接聞かなければ、何も分かりはしないよ。取り戻したいと思うなら、そう努力すればいい」
ユーディは、優しいキースの表情をじっと見ていたが、藍の声に反応して顔をそちらに向けた。藍は剣を取り、キースとユーディを見返している。
「どうやら、時間のようね」
藍はキラを、キラは藍をじっと見る。
そしてゆっくり双方、歩を進めた。
軽装のキラの胸元には、十字架が光っている。一方藍も、鎧を身につけず軽装であった。
ローウェインは二人の間に立ち、それぞれに視線を向ける。
そしてゆっくり、声を上げた。
「これより、かの領地を継ぐべき者を決めるべく決闘の儀を執り行います。キースが代理人藍星花、ゼフィルが代理人、キラ・ジェネシコフ、それぞれ前へ」
キラと藍が、前に進み出る。
「真に領主にふさわしい、正々たる戦いぶりにて、その証を此処に立てられますように」
藍は剣を、キラの方へとすうっと差し出した。ふう、とキラが一つ息をつく。
と、ローウェインの口から戦いの開始が告げられた。しかし双方、動く気配が無い。
「何もしないの?」
藍がキラに聞く。キラは構えたまま、ふるふると首を振った。やむなく藍が、剣を突く。それをかるく身をひねって、キラがかわした。
いっこうに攻撃しないキラ、対する藍はいつキラをまっぷたつにしてもおかしくない程、鋭い一閃を繰り出している。
藍の鋭い一撃はキラの体をかすめ、腕や足に切り傷を作り続ける。
「あなた、代理人じゃないの? 本気で相手をしてくれなきゃ、怪我をするわよ」
「‥‥」
キラは答えない。
「作戦変更ね」
右手に握ったソードを、キラに振りかぶる。さらに左手を、腰に回すと、ダガーをベルトから抜いてキラの懐に飛び込んだ。
この一撃は避けきれず、キラの服がざっくりとえぐられた。
「‥‥つっ」
続けた一撃を、キラはかろうじて剣で受け止めた。
キラと藍の視線が交差する。
「あなた‥‥いつまでこんな茶番を続ける気ですの?」
「あら、本番よ、これは」
藍はぐい、と剣を力任せに押し戻すと、即座に剣を突いた。
キラの体が吹き飛ばされ、体勢を崩す。そののど元に、藍の剣が突きつけられた。
「言ったでしょ、怪我をするって」
くす、と藍が笑った。
「勝者、藍星花!」
勝者を告げたローウェインは、悔しそうにキラをにらむゼフィルをちら、と見た。
なぜ剣を使わなかった、と責めるゼフィルを、キラは静かに見上げていた。戦いを見守っていたアレクシアスが、ゼフィルの前に立って制止する。
「剣を使っていたとしても、キラでは藍に勝てなかった。‥‥それはあんたにも、見てわかったはずだ」
「‥‥っ!」
ゼフィルが、アレクシアスの言葉を受けて藍へ視線を向ける。
藍にねぎらいの言葉を掛けたあと、キースがエルフェニアとローウェインを伴ってこちらに歩いてきた。
「‥‥キース‥‥」
キースは、黙って弟を見つめている。
やがて、ローウェインがゼフィルに声をかけた。
「戦いは終わりました。‥‥キースさんもゼフィルさんも、満足されましたか?」
「こんな戦いで‥‥」
と口にしたゼフィルに、キラが初めて口を開いた。
「そう、こんな戦い‥‥ですわ」
静かな表情で、キラがゼフィルを見ている。
「当人はあなたやキースさんではありません。‥‥領民ですわ。ゼフィル様のような“力”は領民を守り、キースさんの心は領民に安心感を与える。‥‥どちらが欠けても政道は進めませんの」
「‥‥この戦いに正義はありません。キース、ゼフィル。‥‥人の死は避けられないもの。その悲しみをいつまでも越えられず、領民をさしおいていつまでいがみあっているつもりですか?」
エルフェニアの厳しい一言を聞いて、キースがようやくゼフィルに目を向けた。ゼフィルは視線を合わさず、低い声を放った。
「良き領主になる事が、母上や父の願いだった。‥‥兄上には、長子としての自覚は無いのか‥‥領民を思いやった母の気持ちは‥‥」
それでも無言のキースに、エルフェニアがはなしかける。
「共に育った兄弟に刃を向ける事が、騎士道であるはずがありません。今のあなた方には、憂える領民の声は届かないのですか?」
「領民は、おまえ達二人で統治する事を望んでいる。‥‥そうやって支え合っていく事は出来ないのか?」
アレクシアスに言われ、キースは口を開いた。
「‥‥僕だって、本当は領主になりたくは無い。おまえがそうしたいなら‥‥いつでもそうするつもりだった。でも、僕には剣や勉学に励む事だけが領主の道であるとは考えられない」
「決闘はあくまでも、双方の意志の確認でしかありません。真に導き出す道は、双方で選ばれるべきかと思います。‥‥ゆっくり、お二人で話し合ってください」
ローウェインはそう言うと、アレクシアス達と視線をかわし、二人から離れた。
激しく言い合っていたが、どうやら落ち着いて来たようだ。
二人の様子を見守っていたユーディに、後ろからシュヴァーンが静かに近づいた。ちら、とユーディが振り返る。いつのまにか、ウォルターも側に立っていた。
「‥‥何か用か?」
「いいえ‥‥」
シュヴァーンは首を振ると、キースとゼフィルを見やった。
「兄は弟を、弟は兄を羨む。‥‥その気持ちが、大切な母親の死によって吐露されてしまったのですね」
黙っているユーディの横で、シュヴァーンが竪琴にふれる。滑らかな音が、響き渡る。
「兄は弟を思い、弟も兄を思っています。‥‥ただ、それに領主の子である事や両親師の死が重なった時、うまく双方折り合いをつける事が出来なかったんですね」
すう、とウォルターはユーディを見た。
「悲しくもすれ違う、兄弟の物語‥‥民に好かれ、領民を思いやる心優しき兄と、統治者の責の重さに己を律する気高き弟。互いに羨み、剣を取る‥‥決闘で領主の座を争う事はめずらしい事では無いのでしょうが、お二人の場合は少々違ったようですね」
「‥‥シュヴァーンさん‥‥」
ユーディに、シュヴァーンは笑いかけた。
「わたくしは吟遊詩人。己が見た事を言葉にして唄うのが本懐なれば」
ウォルターは軽く笑うと、今回領民に聞いて書き留めておいた羊皮紙を、シュヴァーンの前にぽんと差し出した。
「では、これも役立ててやってください。‥‥どこかで役に立つかもしれない」
「わかりました‥‥どこかで弟を羨む兄を見たら、このうたを歌う事としましょう。‥‥もちろん、この歌の結末は‥‥」
屋敷へと、キースとゼフィル、二人が戻っていく。
その表情は、穏やかだった。
(担当:立川司郎)