●リプレイ本文
赤い頭巾を嬉しそうに被り、メイは今日一日守ってくれるというお姉さん達を見上げた。両親と村長がメイの為(正確に言うと、メイと村の為、だが)に雇ってくれた人たちは、お姉さんばかりだ。
「ぼ、僕は男ですっ」
ミカエル・テルセーロ(ea1674)が、慌てて言い換えた。ミカエルは容姿もさることながら、パラという種族性もあって、一見女の子に見える。
長いスタッフを抱え、ミカエルは少し顔を赤くした。
「僕が男で、ティアさんが女の子なんだよ」
逆に、ミカエルと同じくパラのティア・スペリオル(ea2733)は、男の子に見える。容姿も対照的だが、控えめなミカエルに対してティアは元気いっぱいだ。
「ボク、初めてギルドから仕事を受けたんだ。よろしくね!」
メイの手をぎゅうっと握ると、握手をした。
「わたしはメイ。あのね、お爺ちゃんちに行くの」
「村長さんから聞きました。‥‥じゃ、みんなで一緒にお話でもしながら行きましょうか」
このメンバーの中で一番年上の、ニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)がメイに笑顔で話しかけ、彼女を抱き上げて馬に乗せてあげた。メイが乗った馬は、神聖騎士のゼフィリア・リシアンサス(ea3855)の愛馬だ。
馬の側にニルナとゼフィリアが、ティアはやや前を、そして馬の後ろをウィザードのミカエルとリサー・ムードルイ(ea3381)が付いて歩く。シフールのフィリア・シェーンハイト(ea5688)は、メイの上を飛び回っていた。
‥‥誰か一人足りないが?
「そういえば、もう一人居たような気がするんですけど‥‥」
おっとりとした口調で、はてとゼフィリアが考え込んだ。一人二人‥‥。確かに、一人足りない。
すると、リサーが鋭くゼフィリアに答えた。
「ゼフィリア、足りぬのはリリアーヌじゃ」
言われてみれば、確かに最初打ち合わせをした時にはリリアーヌ・ボワモルティエ(ea3090)が居た。リリアーヌはこの中では一番年下の黒髪の少女だ。
「リリアーヌは、例のコヨーテを調べに行くと言っておったぞ」
「そうなんですか‥‥。まだ小さいのに、感心ですねえ‥‥」
「一人で行かせて、大丈夫でしょうか」
ニルナは、少し心配そうにリサーへ言った。
大丈夫だろうか、と言いたいのはリサーの方であるが。
「‥‥人は皆そうなのか? 儂はこの歳にしてようやく独り立ちしたというのに、年端もいかぬ子供が一人旅をするとはのう‥‥」
と、リサーはメイを見た。
「そうですねえ‥‥でも、リサーさん程待っていたら、私達はみんなオバサンになってしまいますし」
「ゼフィリアさん、人とエルフは人生の尺が違うんです、単に生きた年齢を比べて考えてはいけませんよ」
「そうですよね」
確かに‥‥、とゼフィリアは笑ってニルナに答えた。
メイは、ミカエルやティア、フィリアと楽しそうに話している。
「そういえばミカエルさんは、前にもメイちゃんの依頼を受けた事がある、って言ってたよね」
ミカエルとメイの側を飛びながら、フィリアが聞いた。
どうやら、ミカエルが以前受けた依頼について話しているらしい。ミカエルは、メイに関する依頼を受けた事があるのだ。
「メイちゃんというより、メイちゃんの友達の妖精さんから、なんだけどね」
「じゃ、お兄ちゃんがメイのお薬を持ってきてくれたの?」
コボルトの武器に塗られた毒をうけたメイの解毒剤を得る為、ミカエル達はコボルトの元へと向かった。直接会っては居ないがその話は彼女の友達、妖精のシェリーから聞いているらしい。
「シェリーは元気?」
ミカエルがメイに聞いた。
「うん。このお薬も、シェリーが作ってくれたの」
メイが、持ってきた薬酒を指しながら答える。
「シェリーっていうのは、メイのお友達なの? シフール?」
メイの肩にちょんと座り、フィリアがメイを見上げた。
「ううん、シェリーはねえ‥‥えっと‥‥フィリアお姉ちゃんよりもっと小さいよ」
「シェリーは、妖精の一種なんだって。ものを腐敗させる力があるから、お酒を造ったりするのが得意だって言ってた」
メイに代わって答えたミカエルの話を、フィリアは興味深げに聞いた。
一行がのんびりと道を行く頃、リリアーヌは一人別行動を取っていた。まず村長から話しを聞いた後皆と別れ、出来るかぎり生肉を仕入れた。腐食が激しい生肉はそうそう置いてなかったが、話を聞いた村長が出来るだけ用意してくれた。
肉を仕入れた後、今度は体臭を消す為に綺麗に体を洗った。
洗った後、更に今度は泥水に浸かる。
リリアーヌがここまでしたのには、理由があった。
「(コヨーテに悟られないように、動きを察知しなければ‥‥)」
あの綺麗な花畑で、妖精と戯れるメイという少女が無事お爺さんの元にたどり着き、戻ってこられるように‥‥。
リリアーヌは、そうして森へと入っていった。
お天道様が上に上がる頃、メイの視界に河原が映った。きらきら日の光を反射し、水面を通る風は涼しい空気を運んでくれる。
側には、様々な花が咲き誇っていた。
ティアは花畑を見て、きらきらした目でメイを振り返った。
「ねえ、ここで花を摘んでいこうよ」
「うん!」
メイはニルナに手伝って貰って馬をぴょん、と下りると、ティアと二人駆け出した。河原の花の側に座り、色とりどりの花を見て手を伸ばすメイの側で、ゼフィリアも一緒になって花を摘んでいる。
ティアはティアで、花の名前や薬効について話していた。
「ティアお姉ちゃんはとっても物知りなんだね」
物知り、とメイに言われてちょっと得意げなティア。
「そ、そんな事無いよ。冒険する時に、とっても役に立つんだ。だから知っているだけだよ。ミカエルだって知ってるよね?」
「‥‥私は知らないです‥‥」
がっかりしたように、フィリアが言った。
慌ててティアが言い換える。
「あの、いや‥‥でもフィリアは動物の事に詳しいじゃない」
「ティアさんは何でも出来るんだよね。すごいなあ」
ミカエルはフィリアと二人、羨望の眼差しをティアに向けた。メイも何だかスゴイと言われ、ティアを見つめている。
「いや‥‥そう? ‥‥実はさ、ボク‥‥いつか世界中を旅して、すごいお宝を手に入れるんだ!」
「スゴイお宝、どんなの?」
わくわくしながら、メイは聞き返した。
「やれやれ、どっちが子供かわからんのう‥‥」
「いいじゃないですか、楽しそうですよ」
ため息をつくリサーと目をあわせ、ニルナは苦笑した。
と、ちらとニルナが森の方に視線を向ける。いつの間にか、ゼフィリアも戻ってきていた。
「儂等が話を聞いておくゆえ、お主はお子さまと一緒に花摘みをしていて、よいぞ?」
「そうなんですか? それじゃあ‥‥」
くるりと身を返したゼフィリアの手を、ニルナが掴む。
「ちょっとゼフィリアさん!」
「‥‥行ってもいいんでしょうか、いけないんでしょうか‥‥」
「いけません!」
ニルナに言われ、ゼフィリアは足を止めた。
森の中から彼女達の元にやってきたのは、リリアーヌであった。
リリアーヌの格好に、ニルナが驚く。彼女は泥だらけだったのだから。
「リリアーヌさん、どうしたのその格好は‥‥」
ニルナが外套で拭いてやろうとしたが、リリアーヌはその手を逃れた。
「いいんです、これで構いません。‥‥それより、コヨーテの群の動きがつかめました」
「やはり、気付かれておるか?」
リサーが聞くと、こくりとリリアーヌが頷いた。
「はい。左前方‥‥北西から二つの群れに分かれて接近しています」
「無理無いのう、人の匂いには敏感じゃから。‥‥で、どうするのじゃ」
リサーがニルナとゼフィリアを見返す。
襲撃して来る事を前提として話し合いをしていたから、誰かが離れるとは打ち合わせをしていない。
「出来れば、このまま迂回していただけないでしょうか‥‥」
「それは出来ぬぞ、リリアーヌ」
ぴしゃりとリサーが言う。
「儂等は、単に子供の面倒を見る為だけに付き添っているわけではない」
「そうですね‥‥コヨーテの群を一掃する事も、村長からの依頼事の一つですから」
リサーとニルナはそう言うと、河原に居るメイ達を見やった。
「‥‥それで、私はここに居るんでしょうか、行くんでしょうか」
「ゼフィリア、お主まだその事を言っておるのか。‥‥まあよい、メイが馬に乗るから、馬の所有者であるお主もここに居るがよい」
「そうします」
ゼフィリアはにこ、と笑って答えると、メイの元へと戻っていった。ゼフィリアと交代に、ティアとフィリアがやって来る。
「‥‥何かあったの?」
「ティアさんとリリアーヌさんは、コヨーテの群を見に行ってもらいましょう。リサーさんは私とともに、コヨーテを待ち受けます。‥‥残りの方は、ここで待っていてもらいましょう」
話し合いの結果、ミカエルとゼフィリア、フィリアがここに残る事になった。
リリアーヌは再び、森の気配に紛れていく。ティアはリリアーヌとは別方向から、コヨーテの群に接近した。
とはいえ、万端の準備をしているリリアーヌと違い、ティアの気配はコヨーテに読まれやすい。
コヨーテを目視する前に、その接近を感知されていた。リリアーヌはコヨーテの2つの群がティアと、後ろからやってくるニルナ達の動きに反応したのを見届けると、その後ろを追った。
獣の足音と殺気を察知し、ニルナが剣に手をかける。
「‥‥来ます」
剣を抜くニルナの視界に、木々の合間を駆け抜けるコヨーテが映った。風を切る音が聞こえ、後方を掛ける幾つかに右方から矢が刺さる。
『ティア、退いておれ』
ティアの服から、リサーの声が響いた。ティアがリサーの姿を確認すると、向こう側もこちらを見ていた。
と、ティアの脇をリサーが発した稲妻が駆け抜ける。
一直線にコヨーテの群を突き抜け、木々を焼いた。
混乱したちりぢりに散ったコヨーテに、ニルナの剣が突き刺さる。
ティアの弓とリサーの魔法のフォローに加え、ニルナの剣でコヨーテの群はあっという間に半壊し、残ったコヨーテたちは個々に森の中へと消えていった。
ふう、と一息ついてニルナが剣をおさめる。
すう、と森からリリアーヌが出てきた。じいっとニルナ達を見つめている。
「‥‥さあ、戻りましょう」
ふるふると首を振り、リリアーヌは再び森の中へと消えていった。ティアがきょとんとリサーを見ると、リサーは肩をすくめる。
「よいのじゃ、リリアーヌはリリアーヌの思いがあるのじゃろう」
さて、そろそろ戻らねば。リサーは、メイ達が待っている方向へと目を向けた。
森の中にぽつんと立った丸太小屋に、メイの歌声が響く。歌は、お母さんが夜、寝る時に歌ってくれる歌だ。メイは聞き慣れたその歌が一番得意だったから。
メイの歌が終わると、お爺さんが拍手してくれた。ニルナやゼフィリア達も、楽しそうに手を叩いてくれている。
「‥‥ありがと」
ちょっと恥ずかしそうに、メイが一礼した。
メイがお見舞いに来た事を、お爺さんはとっても喜んでくれていた。お爺さんはさっそく彼女達に手料理を作ってくれて、歓迎した。
テーブルには、もちろんワインが並んでいる。
薬酒はお爺さんが大切そうに仕舞ったが、テーブルにあるものは薬酒ではない。
ミカエルがメイに手渡したものであった。
「ミカエルお兄ちゃんがくれたんだよ」
メイがお爺さんに言うと、ミカエルが付け加えた。
「いえ、これはシェリーに貰ったものだから。僕はお酒、飲まないし‥‥」
「シェリー?」
「ええ、メイの友達なんだよね?」
ミカエルが目配せをすると、メイが大きくこくりと頷いた。
「うん。シェリーは妖精さんなの。メイのお友達なんだよ!」
「そうかそうか、良かったのうメイ。メイには友達やお姉さんが沢山居るんじゃな」
「うん!」
元気になったお爺さんを見て、メイは安心したように笑顔を浮かべていた。来る時も元気だったが、やっぱり気になっていたのだろう。時折、心配そうな顔をしていた。
ニルナはメイに、筆記用具を差し出した。
ニルナの差し出した筆記用具を見つめ、メイは彼女の顔を見上げた。
「‥‥これ‥‥」
「メイちゃん、早く字を覚えて、今度はおじいさんにお手紙を書いてあげてください。そうすれば、ここまで来なくてもおじいさんとお話が出来るわ」
「お姉ちゃん、ありがとう」
筆記用具を受け取ると、メイはニルナに抱きついた。
お爺さん達と楽しそうに話をするメイの後ろで、そわそわとした様子でゼフィリアがテーブルを見ている。
気付いたフィリアが、こっそり彼女の横に飛んできた。
「‥‥どうしたの、ゼフィリアさん」
「あの‥‥」
「?」
「あのワイン、私もぜひ一口飲ませていただけないでしょうか」
は? と、フィリアが眉を寄せる。
「ゼフィリアさん〜、もうっ‥‥これはミカエルさんがメイちゃんに‥‥」
「分かっています、分かっていますけど‥‥」
じい、とゼフィリアはワインの瓶を見つめた。
「かまわんよ、さあせっかく頂いたものじゃから飲みなさい」
「そうですか? お爺さん、ありがとうございます」
「ゼフィリア、少しは遠慮せんか」
さっそくグラスを掴んだゼフィリアを、リサーが呆れて見つめた。
(担当:立川司郎)